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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
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24. <クニヒコ>

本作は『ログ・ホライズン』の原作を尊重し、そのルールの中での執筆を心がけております。

(今更という気もしますが、あまり原作を離れた独自設定を入れては二次創作の意味がなくなりますから)

その中で読んでいただければ幸甚至極です。

1.


 クニヒコは、ゆっくりと目の前に置かれたそれを手に取り、しげしげと眺めていた。

子供の頃、祖父の家で、まだ生きていた曽祖父が同じものを咥えていたことを思い出す。


『大きくなったらこれを使えよ、邦弘』


年老いていたが、優しかった曽祖父の声に導かれるように、友人(ユウ)がしていたように傍らの袋から葉を掴み取り、不器用な手つきで丸めて詰める。

用意されていた火鉢の炭を火ばさみでつまみ、ちょん、と雁首につけ。


「うぇっ!!げぇっほ、げほ、げほ、げほっ!!」


<守護戦士>クニヒコは、大きくむせて思わず手を離した。


「あっははははははは」


後ろから笑い声が上がる。

ここ数日、聞きなれた遠慮会釈のない笑い声に、うつぶせのままクニヒコは振り向き、

不満そうに言った。


「笑うなよ」

「だってさ、子供みたいで……あー、おかしい!」


しどけない寝巻の裾に、お守り代わりなのかムナカタ大神殿のお守りをぶら下げた<大地人>の女が、けらけらと笑いながら引き戸の入り口に立っていた。


「で、どうしたのさ。急にあんたが煙管なんて」

「なんでもない」


ぶっきらぼうに答えたクニヒコに、隣に同じく寝転がった女はいたずらっぽく囁いた。


「当ててあげようか。あんたのいい人、あの黒髪の女の子でしょう」

「あいつとはそういう関係ではない」

「まーたまた。心の中じゃ『今はまだ』とか思ってるくせに」

「冗談はよしてくれ、リアーナ」


リアーナと呼ばれた女は、だらしなく服が崩れるのも構わず、クニヒコに体を密着させた。


「我慢しちゃって。あんな綺麗な子がそばにいるのに何も思わないの?

それともお目当てはあの妖精みたいな伯爵様?あっちは難しいけど、挑み甲斐はありそうね」

「いいか。そもそも俺たち<冒険者>ってのは……」

「そういう関係にはならないものだ、って?聞き飽きたわよそんな冗談。

いい若い男が昼も夜も一緒にいて、何も思わないわけないでしょうが……あ」


突然体を引き上げたクニヒコが、リアーナと呼ばれた女を見下ろすように両手を突いた。

自分の頭上でぎらぎらした目をしたクニヒコを、リアーナはうっとりと眺める。

その引き結ばれた唇が、何かを耐えるようにわななき、そして言葉を発した。


「いくぞ」

「来て」


 ◇


 ユフ=インに3人が到着して1週間と強。

既に季節は11月を迎え、はらはらと落ちる色づいた葉と、めっきり寒くなった風が、冬の到来を静かに告げている。

そんな中、クニヒコはユウたちと同じ宿を取るでもなく、一人この娼館に流連(いつづけ)を続けていた。

古来より、人が集まる場所には、華やかな歓楽街がつきものだ。

温泉で潤うユフ=インの街にも、そうした例に漏れず巨大な歓楽街が付属していた。


本来、<守護戦士>クニヒコの肉体に宿る地球の壮年男性、木原邦弘という男はそれほど禁欲的な男性ではない。

家族を持つほかの友人二人と違い、気楽な独身生活ということもあり、遊びもそれなりに覚えている。

しかし、<大災害>以来の日々は、そうした個人的な歓楽を知らず後回しにするほどに激動の連続だった。

古い友人に会い、骨休めをしようとした時、半ば無意識に彼は歓楽街に足を伸ばし、

そしてリアーナを見つけたのだ。


彼女は美しくはない。

姿もどちらかといえば痩せており、レディ・イースタルやユウのような、他を圧倒させる美貌を持っているわけではなかった。

だが、愛嬌のある顔立ちと、どこか幸薄そうな目は、昔付き合っていた彼女をクニヒコに思い出させた。

ふらふらと入ってきた<冒険者>に驚いた娼館の女主人に、山のような金貨を渡してのっそりと上がりこんだのは、そうした第一印象があったからかもしれない。


あたしはさあ、ベップの町の生まれなのよ。

兄弟合わせて15人、大所帯でさ。食い扶持減らさないと食べていけなくてさあ。


寝物語に聞いた、リアーナの言葉が真実かどうかは分からないが、友人とも連絡を控えて

クニヒコは彼女と共に何をするでもない毎日を過ごしているのだった。



 ◇


「食べる?」


一戦を終え、再び寝転がって煙管をいじくるクニヒコに、そういってリアーナが小鉢を差し出した。

大根を摩り下ろし、鰹に似た魚を乾物にしたもの、そして漬けてあったと思しき梅をほぐして混ぜたものだ。

<娼婦>のサブ職業を持つ彼女に料理はできない。

彼女がやったのは、クニヒコの前で軽く塩を振っただけだった。


「ああ」


うっそりと頷き、さしておいしそうでもなく食べるクニヒコに、興味津々といった調子でリアーナが顔を向けた。


「ねえ」

「ああ」

「伯爵様のそばに行かなくていいの?あんた、伯爵さまの騎士なんでしょ?」


声の中にわずかに心配する調子が混じっていることに気づき、クニヒコは苦笑した。


「いや、別に俺はレディ・イースタル(あいつ)の家臣じゃないよ」

「そうなの?私はてっきり」

「お忍びの<冒険者>貴族と護衛の騎士、ユウは……そうだな、侍女か?」

「うん」

「そんな関係じゃないよ、俺たちは。そうだな、友人で、仲間だ」

「なかま?」


聞き慣れない単語に目を点にしたリアーナは、次の瞬間表情を変えた。

ますます興味がわいたという顔でクニヒコを正面から見つめる。


「あのさ。<冒険者>を客にしたのって、私はじめてでさ。サキ姐さんは前ナカスの人を客にしたらしいけど。<冒険者(あんたたち)>って、どんな人なんだい?あんたは何をしてきたんだい?聞かせてよ」


クニヒコはすぐには答えず、ゆっくりと身を起こした。

しどけなく寝転がるリアーナにちらりと目をやると、ベッドのサイドボードに置かれた水差しから、直接口をつけて酒を飲む。

昼下がりの光が、臙脂色のカーテンを通し、洋館の一部屋めいたその部屋を、赤い光で照らし出した。

部屋のうちを幻想的な光が流れていく。

それは、まるでクニヒコという<冒険者>が幻の塊で、いつの日かふっと、大気に溶け込むように消えていく、そんな印象すら与えるものだった。


<娼婦(このしごと)>を始めて以来、徹頭徹尾現実主義者である彼女(リアーナ)は、何も言わない。

ただ黙って寝転がったまま、目の前の騎士の言葉を待った。


「どこから、話そうか。そうだなあ。リアーナ、ちょっと信じられない話になるかもしれないが、まあ聞いてくれ」


前置きをしてから、クニヒコはぽつりぽつりと話し始めた。



 ◇


 <冒険者>ってのは、もともと人間だ。

だが、<大地人>じゃない。もっと遥か遠く、別の世界の人間だったんだ。

そこでは<冒険者(おれたち)>はまったく別の姿をしてて、まったく別の仕事をしてた。

でも<大地人(あんたら)>と同じところもあった。

同じように両親から生まれたし、傷つけば痛いし、死ねば土に還る。

いわば俺たちはその世界における<大地人>だったんだよ。


で、そんな時間の合間合間に、アバター……どういえばいいかな、仮の体でセルデシアに来ていたんだ。

遊びでね。

本当の体も意識も向こうのまま、パソコン……ああ、特別な道具を使ってここに来ていたんだよ。



 「その道具ってのはセルデシアにもあるのかい?」


 いや、ないよ。

あっちの世界はこっちでいう<神代>みたいなものでね。

あっちにあって、こっちにない道具なんていくらでもあるのさ。


 「あたしらはそっちの世界にはいけないのかい?」


分からないが、多分無理だと思う。

俺たちは、セルデシアはただの遊びの世界だと思っていた。<大地人>をまともに見ることもできなかった。

もし仮に、リアーナが向こうへ行っても、同じように見えるんじゃないかな。

まあ、ともかく……そんな感じだった。


変わったのが<大災害>の日だ。


 「だいさいがい?<5月の異変>のことかい?」


そうだな。<大地人>はそう呼ぶのか?

その日、俺たちは本当の意味でセルデシアに立った。

道具を使って体だけを操るんじゃなく、本当にこの体に宿ってしまったんだよ。

おきたのは、大混乱さ。

何しろ、みんなもとの世界に家族もいれば、仕事もあったからね。

俺は一人暮らしだったが、レディ・イースタルにもユウにも子供がいたし、妻……結婚相手もいた。

突然、この世界に放り込まれていろいろと分からなくなったんだな。

で、まあ……いろいろあって、それぞれの街ごとに俺たち<冒険者>は秩序を作っていった。


聞いた話じゃ、ほかの大陸、<ウェンの大地>や<ユーレッド>もそうらしい。

ともかく、こっちじゃ俺たちはみんな放浪者で、根無し草なんだ。


まあ、そんな顔をしないでくれ。

いろいろな人がいたよ。

故郷を思って泣くだけの人、誰かに怒りをぶつける人、仲間と一緒に耐えようとがんばる人。

ユウもタル……ああ、伯爵のことだが、タルもみんないろいろ考えて、ここまで旅をしてきたんだ。


 そういえば、仲間について説明していなかったね。

俺たちのいた国に貴族や騎士はいないんだ。昔はいたけれど。

だから、年とか、仕事で指示する人とされる人とか以外では、できるだけ対等でいようとするんだよ。

王様はいるよ。王様というより天の……皇帝陛下ね。


 「こうてい?なにそれ」


こっちでもエッゾにはいなかったっけ。本来の意味は、いくつもの国を治める人のことだ。

王様よりえらいのさ。

こっちと向こうはよく似ていてね。

俺が住んでいたのは向こうで言うイースタルだし、タルはフォーランド公爵領の南部に住んでた。

で、その皇帝陛下は、ナインテイルからエッゾまで、ヤマト全部の皇帝だったんだ。

こっちでいえば、そうだな……昔のウェストランデの皇王みたいなものだね。


ともかく、その人やその家族は別として、俺たちの間に上下関係はない。

タルだって、伯爵というのは皇王にもらった爵位だから、向こうの世界だとただの<大地人>さ。

だから、俺たちは親しい人を<友人>と呼ぶし、一緒に何かに向かう人を<仲間>という。

タルとユウは俺の<仲間>なんだ。


 ◇


 クニヒコの言葉を、リアーナはところどころ理解できていないようだった。

だが、クニヒコはふと、それならそれでいい、と思う。

不意に彼女は手を伸ばし、クニヒコの金髪を抱きしめた。


「な、な!?」

「苦労したんだねえ」


労わるようなリアーナの声に、クニヒコの動きが止まる。

やがて、その丸太のような手がリアーナの背に回され、

そしてかすかな嗚咽が聞こえた。


「すまん、俺やユウたちの話はちょっと休憩してからでいいか?」

「いいよ、それまでゆっくり休みな」


リアーナのさして豊満といえぬ胸に顔をうずめ、騎士は黙って頭を撫でられるに任せていた。

その体勢のまま、クニヒコはリアーナの囁きを聞いた。


「その……仲間と一緒に元の世界へ帰りたい?」


優しい声に、クニヒコは思わず頷く。

その頭の動きを感じたのか、抱きしめる手が強まる。

やがて、どこか彼方から聞こえるような声が、肉で塞がれた彼の耳に響いた。


「じゃあ……魔法の扉を通して、あんたを帰してあげる」


その声が耳の奥を反響(リフレイン)するうちに、クニヒコは眠りに落ちていた。



 翌日。

夜明け前にクニヒコはゆさゆさと自分をゆする手に目を覚ました。

瞼を開ければ、見慣れたリアーナの顔がある。

しかし、娼館の<娼婦>らしい気だるげな衣装ではない。

動きやすい皮のベストに同じく皮のズボンを履き、背には荷物、腰には護身用なのか、短いダガーを差した姿だ。

普段とは違う、まるで山に住む狩人の娘のような格好で、リアーナは寝ぼけていたクニヒコを急かし、武装を整えさせた。


「さあさあ。今日は休みをもらってるんだ。せっかくだから山歩きと洒落込もうじゃないの」

「あ、ああ」


事情がわからないクニヒコは、そう言った手に引かれ、陽光の元へ歩き出す。

久しぶりの朝の光に目を細め、クニヒコはさっさと前を歩くリアーナを追いかけた。



2.


秋の山は美しい。

色とりどりの紅葉は既に散りかけていたが、それでも冬の沈黙に包まれる前の静かな華やかさに、徐々にクニヒコの気分も高揚していた。


「どこへ行くんだ?」


ピクニック気分でリアーナに尋ねたクニヒコは、しかし答えがないことに首をかしげる。

かすかな違和感に、もしかしてあの女ドワーフのような輩かと思ったが、ステータス画面を見る限りではリアーナに特に変わったところはない。

夕べの会話がふと思い出された。


「なあ……これからいく行き先ってのは、もしかして昨日言ってたところか?」

「ええ。魔法の扉よ」


そういって振り向くリアーナの細い顔に屈託は見られない。

いかにも明るい、いつもの彼女だった。


「それは……?」

「町の狩人だったお客が見つけたんだけどね。なんだか、遠くの場所に人を飛ばす昔の遺跡なんだって」

「<妖精の輪>か!」


その情報からクニヒコはぴんと来た。

しかし、<妖精の輪>はこのセルデシアの中だけを行き来するための魔法装置だ。

虹の向こうへ飛べはするが、世界をまたぐものではない。

しかし、次にどこか夢見るように言ったリアーナの言葉に、今度こそクニヒコは仰天した。


「それがさ。その狩人の客がね、近づいてみたら不思議な声が聞こえたんだって。

ろぐうととか、ろぐあうとだとか」

「ろぐあうと……ログアウトか!!」

「知ってるの?」

「知ってるどころじゃない!!」


リアーナよりはるかに重い鎧を身に着けながら、クニヒコは一瞬で彼女の前に立つ。


「それは俺たちが元の世界に帰るための言葉だ!よく教えてくれた!」

「そうそう。サキ姐さんのお客もさ、あんたと同じことを言って飛び出してったきり、戻らなかったそうだよ。もしかすると、元の世界へ帰れたのかもしれないね」


それまでのどこか退廃的な気分を脱ぎ捨て、クニヒコは走る。

「おーい、待っておくれよ」というリアーナの声すら、今は鬱陶しい。


(あれ、俺はここまで元の世界に戻りたかったのか?)


逸る気持ちのままに足を交互に動かしつつ、ふとクニヒコは自問自答した。

彼には妻や子供はいない。

仕事も、半年以上無断欠勤をしている事から、よくて出世街道落ちは確実だ。

最悪、退職―クビになっていることもありうる。

しかしそれでも、クニヒコは足を止められなかった。


 ◇


それは、唐突にクニヒコの眼前に現れた。

秋から冬へ向かう周囲の景色に真っ向から立ち向かうような桜色。

圧倒的なまでに花を満開に広げ、舞い落ちる雨のように花弁を降らせる、それは一本の桜の巨木だった。


「これ……が?」

「そうよ」


途中からクニヒコに手を引かれ歩いてきたリアーナが、やや息をあえがせて答える。

季節はずれの桜の木は、まるで<守護戦士>を待っていたかのように満開の枝枝を風にそよがせた。


「これは……しかし」


漠然と、クニヒコは自分を待っているのは<妖精の輪>か、あるいは都市間ワープポータルに近い魔法的な遺跡だと思っていた。

しかし、眼前にあるそれはただの木だ。ステータス画面からも何も読み取れない、ただのオブジェクトに見える。

不気味なほどの桜花に、どこか不気味さを感じ、振り向いた先にはリアーナがいた。

その顔はいつもの彼女だ。

何の悪意もなく、自分の客となった男を望む場所に連れてこられた満足感を感じているように見えた。


「やり方は、前にこの木を探してた別の<冒険者>に聞いたのよ。

その木に触れて」


おずおずと手を差し出す。触れた巨木の幹は、奇妙な温かさをクニヒコに伝えた。


「願って。帰れるように」


目を閉じる。

帰りたい、と思う前に、耳ではなく心に巨大な声が響いた。


<叶えよう>


閉じた瞼に、ステータス画面が現れる。

その一角、<大災害>以来、光を失っていたアイコンがまばゆく光っていた。


<ログアウト>


その五文字を、クニヒコは押そうとし、そしてふと思い出して言う。


「リアーナ。いるか?」

「ええ」


後ろの声に、クニヒコは最後の声をかけた。


「ありがとう。君のおかげで俺は……<冒険者(おれたち)>は救われる。

ひとつ、頼みがある。ユウとレディ・イースタル、ユフ=インにいる俺の仲間たち二人にも

この情報を教えてやってほしい。

同じようにこの場所に導いてほしい。

あいつらは、俺よりずっと強く、故郷に帰りたいと願っているから」


「約束するわ」


もはやおぼろげにしか聞こえないが、そのリアーナの声に安心してクニヒコは再び五文字(ログアウト)を見つめた。


(これで……やっと)


そしてクニヒコは、躊躇いなくそのアイコンを押した。

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