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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
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23. <ユフ=イン> (後編)

そろそろネタが尽きつつあります。

1.


 「あの阿呆!!」


ユウは足音も荒く、町筋を歩いていた。

ユフ=インの歓楽街の一角である。

周囲には、財布の重みと引き換えに、一夜限りの夢を楽しんだ男たちがふわふわと家路についていた。

本来、女が一人で出歩くべき所ではない。

しかもほとんど例外なく秀麗な顔立ちである<冒険者>となれば、尚更だ。

だが、ユウを覗き込んだあたりの男たちは、例外なく真っ青な顔で離れていく。

つまりは、それほど今の彼女は激怒しているのだった。


彼女は、足早に歓楽街を抜け、住宅街との境にある川べりの柳の木に向かった。

枝垂れ柳の袂には、これまた美しい一人の女性が所在無げに佇んでいる。

その女性は、近づく足音を聞いてぱっと顔を上げ、次の瞬間眉を潜めた。


クニヒコ(あのアホ)は?」

「おらん」


短く吐き捨てると、ユウはどっかりと木の下にしつらえられた簡素なベンチに腰を下ろす。

続いて座ったレディ・イースタルは、同じく雷を乗せたような表情で静かに尋ねた。

その口調は、爆発寸前の火山のようだ。彼女が本気で苛立っている証だった。


「なんで?」

「知らん。今朝早く、なじみの女と出て行ったそうだ。フル装備でな」

「なにやってるんだ……」


ともかく、とユウは口を引き結んだ。


「男爵は本気のようだ。鍛冶屋で聞いたら、最近妙に武具を集めていたし、

農家の次男三男を積極的に雇い入れているらしい。男爵風情が持つ私兵の域を超えてだ。

お前を嫁にもらって次世代に望みを、なんてもんじゃないな。これは。

それこそ今すぐにでも連中は戦争を始める気だ」

「何が望みなんだろうな、男爵は」

「さっぱりわからんな」


クニヒコへの怒りを男爵への疑惑に摩り替えて、ユウは首をひねった。


「今でも別にここは豊かだろう。周辺との関係もいい用に思えるし、何もしなくても男爵は幸福に死ねるはずだ。

いくら伯爵なんて肩書きのタル(おまえ)が領内に来たとしても、わざわざ戦を起こす意味がない。

武具の調達も兵の訓練も一朝一夕にできるものではないし、そんなことをしなくても

何人かの<冒険者>を雇えばその辺の<大地人>ならあっという間に滅ぼせる。

男爵の意図が読めん」

「単なる自衛の意味じゃないのか?<大災害>以来、<大地人>同士の経済も影響を受けていると聞いた。

あの男爵(でぶ)は、先祖から伝わった領地を守ろうとしているだけなのかも」

「五百人近い兵士を新たに雇ってか?」


どうだかな、という言葉を言外に込めたユウの発言に、レディ・イースタルもむっとした。


「ここは豊かなんだろ?500人のメシなんて不自由なく食わせられるだろ。

そもそも豊かなくせに武力のない国なんて、ネギを枕に寝てる鴨みたいなもんじゃねえか。

あの緊張感のない顔の男爵も、ちょっとは安全保障に気を使い出したのかも」

「うーん」


首をかしげたユウは、まあ、もう少し調べてみよう、と言って席を立つ。

合わせるようにレディ・イースタルも立ち上がった。

立ち去ろうとするユウの背中にレディ・イースタルは視線を向けた。


「なあ、おい。<大地人>同士の戦乱なんて放っておけばいいんだよ。

そりゃセルデシア(こっち)側の事情なんだから。

それに俺たちはもう後数日でアキバに帰るんだ。無理せずクニヒコを見つけておとなしくしてようぜ」


ユウの小さくなる背中は、友人の楽観的な忠告を全身で否定しているように、彼女には見えた。



 ◇


 ユウとレディ・イースタルが落ち合っている、その頃。

メハベル男爵邸の一角でひそひそと語り合う声を耳にすることができる。


「で、あの伯爵はどうした?」

「頻繁に<暗殺者>と落ち合っていますが、会話まではなんとも言えませんな」

「うまく取り込めればよし、そうでなければ……」

「いや、しかし……一筋縄では」

「だからこそだ。それは……」


 ◇


(そもそもユウは物事を悪いほうに考えすぎなんだよ。どうせクニヒコは彼女と温泉でも行ったんだろうし、この町に俺たちがいるのもあと数日だ。何が起きようが、モンスターの絡みがなければほっとけばいいんだよ)


「お帰りなさいませ、姫様」

「おう」


徒歩でメハベル男爵邸に戻ったレディ・イースタルは、敬意どころか感情のかけらもない声で掛けられた挨拶に適当に返し、そそくさと自室に引っ込んだ。

そこで、丁寧に掃除されているようで実は全くされていない室内を眺め渡し、呆れたため息をつく。


(使用人どもだってそうだ。戦争前の貴族の使用人のやることが、主人の寵愛争いと、横から来た<冒険者>への嫌がらせなんて平和なものじゃあ……)


服を適当に脱ぎ捨て、動きやすいシャツとズボンに着替えると、レディ・イースタルはごろりと寝転がった。

髪が乱れるのを気にもせず、彼女は精緻な彫刻を施された天井を見上げる。


 ◇


ここ数日、メハベル男爵邸に滞在して、レディ・イースタルはいくつか気付いたことがある。

それは、屋敷における女性使用人たちの、どうみても男性的魅力に富んでいるとはいえない主人親子に対する敬愛ぶりだった。


不自然にすら思えるその好意の意味については、メハベル男爵たちの行動が彼女に教えた。

彼らは、お世辞にも外見は魅力的ではないが、

貴族としては使用人に対して非常に気さくだ。

身分制度が当たり前の世界で彼らの態度は、見ようによっては異様ですらある。

使用人たちにとり、資産もあり、権力をかさに着ないというだけで彼らは仕え易い主君なのだった。


さらに、メハベル男爵は妻を亡くし、嫡男のメハベル卿は独身だ。

30に近いメハベル卿が独身だというのは、貴族としては異常であった。

レディ・イースタルは彼らの屋敷に滞在することになって数日間、一人の貴族の客も来ないことに気がついた。

近隣の土豪が来ることもないのだ。

来客は自領の領民ばかりであり、男爵は彼らに対しても気軽に接している。

だが、わずか数日とはいえ、そうした光景はメハベル男爵家が置かれた貴族社会における境遇を推測させて余りあった。


(つまりは、彼らは貴族社会から弾かれている。もしくは、距離を置かれている)


酒に酔ったメハベル男爵からそれとなく聞いた歴代の夫人たちの出身も、そうした推測を裏付けるものだった。

ヒタ男爵の次女、重臣の娘、近隣の地主の娘。

いずれも、ナインテイル九商家や、ウェストランデの中央貴族と縁がある女性ではない。


代々よく言えば独立独歩、あけすけに言えば孤立している家なのだ。


そこで、レディ・イースタルに対する変な敵意も正体が知れる。

レディ・イースタルは<冒険者>だが、貴族としてはいわばウェストランデ皇王朝直系の爵位持ち貴族だ。

<冒険者>に対する知識の乏しい使用人たちにとっては、かつて迎えたことのない程の大貴族といえる。

かつてはナインテイル伯爵と、現在は加えてウェストランデからも距離を置くこの家にとって

レディ・イースタルは異分子なのだった。

中には、男爵親子の妃の座を狙っている女性もいるだろう。

使用人とはいえ、彼女たちはれっきとした家臣の娘であり、ただの平民ではない。

過去、家臣の娘が男爵家に縁付いた経緯もあって、彼女たちにとっては、男爵やメハベル卿の愛情を勝ち得、この小さな王国における支配者の一人として君臨することは決して夢物語ではないのだった。


(敬愛する主君に近づくウェストランデの犬、くわえて美貌で男爵をたぶらかす女狐ってとこか。

こりゃ嫌われるな)


そこまで考えて、レディ・イースタルは身を起こす。

自分に対するささやかな敵意の正体は知れた。

しかし、それと最近の急激な男爵の軍備拡大が結びつかない。


レディ・イースタルの来訪がきっかけになったにしては時期が早すぎるし、

孤立しているといってもそれは昔からのことだからだ。

今、なぜ、善良で気さくなメハベル男爵は兵を集めているのか。

兵たちは、どこにいるのか。



2.


 エニエス・ガングリフォンは焦っていた。

兵団の駐屯する、ユフ=インからやや離れた駐屯地の自室で、頭をかきむしりながら書類をめくる。

彼の主君があちこちに放った密偵たちの報告は、すべてが最悪の事態の到来を指し示している。

次々と現れる部下たちに矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、手元の粗悪な紙に書かれた、メハベル男爵の指示を読み直した。


「やむを得んか」


やがて、観念したように彼は立ち上がり、指揮下の兵団の招集をかけた。


数時間の後、(エニエス)の姿は山道を進む愛馬の鞍上にある。

彼の後ろには、数百に上る騎士たちや徒歩の兵士たちがつき従っていた。

頼みの綱のナカスへと放った使者は、約束どおり<冒険者>の一団を呼ぶことができたが、

彼らはまだエニエスの元へとたどり着いていない。


(まあ、それもよいか。<冒険者(やつら)>が敵をひきつける分だけ、われらは勝ちやすくなる)


そう一人ごちた時、前方から土煙を蹴立てて一人の騎士が現れた。

エニエスを認めて馬を降り、最敬礼する彼をねぎらい、その目を見る。

意思がしっかりと宿っている強い目つき、彼自身が育てた子飼いの騎士らしい視線が返ってきた。


「報告を」


その視線に頷き、短く問いかけた将軍に、騎士は早口で答える。


「物見どおりです。連中、<狂い桜>の周りで何もせずぼうっとしています。レベルはやはり、ほとんどが90。まともに打ち合えば勝てませぬ」

「<冒険者>め。厄介なものを起こしてくれたものだ」


報告を聞き、エニエスは唸った。

跪く部下に馬に乗るよう促し、全軍に右手を振る。

粛々と、まるで葬列のような騎士団は再び歩みを進めた。


「ご主君は……男爵閣下はこれだけの兵を閣下に集めさせるということは、やはり」

「ああ。あの木と、それに群がる妖魔どもを打ち払う。そのために我ら全員、死なねばならぬ」

「……領内の新兵どもは、そのための」

「うむ。我ら亡き後のご主君の盾よ」


そのとき、エニエスの横で従っていた物見の騎士が、ふと周囲を見渡した。


「そういえば、若君が見えませぬな。話では、この隊の指揮を執られるのは若君のはず」


どこか不満そうなその騎士に、ふっと笑ってエニエスが嗜めた。


「わしが止めた。この戦、手を間違えれば十中八九死ぬ。そんなところに若君を出せるか。

ご主君には若君しかおらぬのだぞ」

「で、ですが」

「それに、我らが下手を打てばユフ=インは幻に殺される。

そのときはご主君も、無論若君も生きてはおられぬ。

ここにおらぬとて、命をかけておられぬことはないのだ。わかったか?わかったならば、励め」


騎士を下がらせ、エニエスはようやく見えてきた広場を睨む。

秋も果てようかとするこの時期に、それは幻影のような色彩をもってエニエスの目を射抜いた。


(あのような怪異が領内にあったとは……)


やがて木々がまばらになり、その鮮やかな色彩の下に思い思いの格好で座る男女の姿が見えた。

いずれも、不気味なまでに幸福そうな顔立ちで何かを呟き続けている。


(あやつらのせいだ。<冒険者>ども。

このヤマトに紛れ込んできた異分子ども。

連中のせいで、怪異が蔓延ることになったのだ!)


ありったけの恨みと憎しみを込め、エニエスは前方の男女を睨みつける。

その中でひときわ巨体の黒い鎧の男に目が留まる。

歴戦の戦士らしい風格ある体は、今エニエスの前で何の緊張感もなく微笑んでいた。


「皆、剣を抜け」


彼の静かな声に、しゃらり、という金属のこすれる音が重なる。


「いくぞ」


むしろ静かなその声とともに、エニエスと彼の騎士団は<冒険者>たちへ、

そしてその頭上で季節はずれの桜を舞わせる一本の木へと殺到していった。

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