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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
34/245

22. <ムナカタ神殿街の異人>

この話には若干ですが、宗教に関する話題が出てきます。

ご不快の方はどうか仰ってください。

ご指摘、ありがたく承ります。

 はるか太古の話である。

この町は、海上交易の要衝だった。

安曇族と日本海から東シナ海の制海権を争った宗像族の本拠地でもある。

彼らを辿るよすがは既に無く、彼らを率いた偉大なる族長たちの名前すら

歴史の闇に消え果てて久しいが、ただ彼女たちが祖神と崇めた女神だけはその宮と共に今に伝わる。

宗像三女神。

海を司る猛き女神であり、豊饒を約束する優しい神であり、そして遥かなる時を経てもなお、

この地を見守っている女神たちだった。


1.


 「よく来たな!タル!ユウ!それにクニ!フォーリンパインでは大変だったなあ!」

「……はぁ?」


ムナカタの町に着いた3人を、わざわざ門の脇で待ち構えていた男に、3人は全く同じ(こんわく)を向けた。


その男の名前はバイカル。


ユウたちとはかれこれ20年近い付き合いの<武闘家(モンク)>である。



<エルダー・テイル>の黎明の時代、彼は当時不人気職と呼ばれた<武闘家>として降り立ち、

今に伝わる<武闘家(かれら)>の戦術を試行錯誤しながら作り上げてきた、セルデシアの開拓者の一人だ。

彼が確立させた<ワイヴァーン・キック>で高速移動しながら相手を翻弄する、通称<電車モンク><スパイダーマン>と言われた戦術技法は、形を仕様に応じて変えながらも、10年以上経った2018年でも<武闘家>の基礎だ。

そして、彼の外見も性格も、いわゆる典型的な武道家のそれを地で行っていた。

好き勝手に飛び跳ねたぼさぼさの髪。ところどころプロテクターをつけた<大師範の道着>。

豪放磊落、常に大声で喋り、肉を食っては酒を飲む。

自由奔放でありながら、常に弱きを助け、徒党を組むことなく、ひたすら求道の道を行く。

実際、ユウなどはオフ会で会うまで、彼のその行動は一種の演技(ロールプレイ)だと思っていたほどだった。

実際に互いにスーツ姿で居酒屋に行ったとき、思わず「無理しなくていいですよ」と言ったほどだ。




しかし、数年ぶりに会った彼の姿と来たら。


「そ、その服……?」


レディ・イースタルが指差す自らの草色の袈裟(ふく)を見下ろし、彼はがはははと笑った。


「いや、本当ならもう少し地味にしたいんだがね!

やっぱり新興宗教の布教には、押し出しも大事でなあ!」


「じゃあ、その髪は…・・・?」

「普通に剃るだけじゃ、切っても切っても生えてくるんで、ナカスの知り合いを訪ねて<外観再決定ポーション>を譲ってもらったんだよ。

いや、してみるとさっぱりしていいぞ、これ!」



――袈裟を纏ったみごとな坊主になっていたのだった。



3人は、こわごわと<大地人>が見守る中、バイカルに案内されて彼の家に着いた。

鳥小屋のちょっと豪華なタイプといわれても信じてしまいそうなあばら家に、そこだけはやけに豪華な

<法名寺>という扁額がかかっている。

中に入ってみれば、何の変哲も無い男の一人暮らしの部屋の奥に、作りかけの人形があった。

その造作からして、阿弥陀仏の像のようだ。

意外と才能があるのか、おお、と目を見張るほどのデザインである。

しかし、彼の性格を現しているように、佇む仏像の後ろには拳で砕いたと思しき無数の木片があった。

その量は、明らかに多い。

それだけでなく、木片のいくつかには顔や手足が付いているものもあった。



「いいのか?作りかけとはいえ仏像を殴り壊して……」

「突っ込むな」


クニヒコに鋭くユウが囁く。

3人は、「座ってくれ」と出されたかび臭い座布団に、恐る恐る腰をおろした。

バイカルもよっこらせ、と3人に向かい合うように座ると、一人ひとりを面白そうに眺め渡す。


「それにしても、やっぱり女がいると華やかだのう」


嘗め回すような視線に、さすがのレディ・イースタルも文句をつける。


「おい。俺は三宅だぞ。分かってんのか?」

「わかってる、わかってる。しばしの夢くらい見させろ。

現実でもそこのクニと同じくもてなかったし、女を家に呼ぶことも無かったんだから。

それが今日はタイプの違う美女が二人!

華やかな貴族お嬢様タイプの金髪美人と、クールお姉さま系黒髪美人だからな!

中身が冴えないおっさんだってことは分かってるから、少しは許せ」

「おい、俺は……!」

「突っ込むな」


勝手にもてない男にカテゴライズされたクニヒコが腰を上げかけるが、ユウがその裾を引く。

憤懣やるかたなし、という顔でどっかりと座りなおしたクニヒコに、バイカルは咎めるような視線を向けた。


「おい。お前の巨体であんまりドタドタするな。寺の底が抜ける」

「これ、寺なのか……?」

「寺だ」


周囲を見回すユウに、はっきり頷いて答える。

ぐっと閉じられた眉が、外見が大きく変わっても変わることのない意志の強さを表していた。


「それにしても、だ」


今度はレディ・イースタル。


「何でお前が坊主になんかなったんだ?わざわざ<外観再決定ポーション>なんて貴重なものまで使って」

「……多分、そこのクニが後生大事に風呂敷と鍋釜玩具を抱えているのと同じ理由だよ」


バイカルが視線を飛ばした先にあった荷物を、3人ははっとして見直した。

それは、何の変哲もない<大地人>の日用品を、紐で縛り、輪にしたものだ。

何の防御力も、特殊能力も、ありはしない。

見るバイカルの目は、かつて彼が見せたことがないほど、昏く、濁った光を宿していた。



 ◇


 バイカルは、当年とって43歳になる。

対等の口を利いてはいるが、ユウやクニヒコにとってみれば世代一つ違うようなものだ。

勿論、この世代のプレイヤー、という事は、バイカルもベテランプレイヤー、それも

<黎明の冒険者達(ベータテスター)>の一員だった。


そんな彼が目を覚ましたのはナカスの街である。

状況が徐々に分かってくるにつれて、彼は徐々に周囲を沈静化するよう勤めていた。

いつもの道着ではなく、袈裟じみた布切れを纏うようになったのもその頃だ。


バイカルは元の世界での職業柄、暴徒やパニックになった人間を落ち着かせる訓練を受けてきたし、

実際、彼は自らの能力に自信もあったのだ。



 ある日のことだ。


ナカスの外、<外テンジンの細道>の一角で、二つの集団がにらみ合っていた。

片方は<冒険者>、もう片方は<大地人>。<大地人>たちは一人の男の子を庇うように固まっている。

その子は、イベントトリガー―クエストの依頼人となる少年だった。

簡単で、どの街にもあり、大して報酬も良くない、そんなただの御使いクエストの起点だ。


その彼は、今では怯えきった目で、目の前で荒んだ目を向ける<冒険者>を見ている。

<冒険者>たちは濁った目で一隅に追い込まれた<大地人>を眺めた。

男達から、奇妙に優しげな言葉が漏れた。


「なあ、俺たちはたった1つだけ教えてくれればいいんだ。それだけでいい。

それで有り金全部くれてやるし、何でも言うことをかなえよう。

……GMは、どこにいけば会える?」

「知りません……知りませんよ」


何度目かわからない会話に、男たちがはぁ、とため息を漏らした。


たまたまそこを通りがかったバイカルは、ふと集団に違和感を覚えた。

悶着など、5月のあの日以来日常茶飯事だったが、それでも彼をそのまま通り過ごさせないだけの何かが、男たちから発せられていた。


「しょうがないな」

「そだな」


軽い会話である。まるで、「じゃあ次いくか」というような、簡単なやり取りだ。

しかしバイカルは次の瞬間、目をむいた。


男たちの一人がさらりと唱えた呪文―<フレイミング・ケージ>が、少年の体を包み込む。

たかがレベル2の少年に、<冒険者>の呪文を防ぎきれるはずもない。

まるで火葬場に放り込まれたように、一瞬で少年の足首から先は、消失していた。


「おまえら!?」

「ひっ!?」


バイカルが走り出すのと、怯える<大地人>に再度の呪文が打ち込まれるのは同時だった。


「<ライトニングネビュラ>」

「ちょっと、待て!おまえら……」


快速を誇る<武闘家>とはいえ、電撃の速さとは雲泥の差だ。

彼が3歩踏み込むうちに、一団の<大地人>はすべて転がっていた。

全身に凄まじい感電痕を残し、表情を苦痛と困惑に歪ませながら。


「……やっぱり出てこないな。イベント発生トリガーを()れば、さすがに運営も出ると思ったが」

「たいしたイベントじゃないからね、こいつのは」

「やっぱり処刑覚悟でサブ職上げ用のNPCをやるしかないんじゃね?」


「……おい!おまえら!」

「……なに?さっきから。あんたうるさいんだけど」


激昂したバイカルに男たちの一人が、心底迷惑そうに振り向く。

その表情のどこにも、子供を含む人間を殺した罪悪感が浮いていないことに、バイカルは戦慄した。


「おまえら、なんでそんなひどいことを!」

「……あー」


面倒くさそうに、男は叫ぶバイカルに向き直った。

そのまま何の感情も無い声で言う。


「あんたも、あれ?最近多い、『NPC(だいちじん)にも人権を!』とか『同じ人間だろ』とかいう、ああいう手合いの人?」

「……っ!」

「悪いけどさ。意見押し付けないでもらえる?

あんたがどう思うかは知らないけどさ。ここは<エルダー・テイル>で、NPC(こいつら)はただの運営が作ったデータなんだけど」

「データが泣くか、怯えるか!?お前らはまともにあいつらと話したことあるのか?」

「あるよ。でもそれが何なの?」


男の口調が、せめて怒りに満ちたものであれば、バイカルも少しは会話を続ける気になったろう。

しかし、男の声はどこまでも投げやりだった。


「俺たちさ。さっさとログアウトしたいわけ。んで、こんなクソゲーを作った連中をまとめて訴えてやりたいわけ。

そんなクソ運営の作ったデータごとき、どうなったっていいってわけ。

おっさんもさ、ムカつくなら俺たちを殺せば?

別に経験値が多少落ちようが、どうだっていいし。」

「というかさ。あんた、現実じゃ何してたの?

元の世界に戻ることとか、どうでもいいの?

現実だとゲームするしか能が無くて、こっちで英雄ごっこするのが楽しいって人なら

ま、好きにすればいいけど。

あいにく俺たちは普通に向こうで生活もあれば、待ってる人もいるんでね。

帰るためになら、こんな仮想世界(ところ)の住人なんて、何匹死のうがどうでもいいんだけどな」


そのまま談笑しながら背を向けた男たちに、バイカルの叫びが響く。


「<ワイヴァーン・キック>!」

「痛っ」


一人の頭を尖った足先で蹴りつけ、倒れこんだところに拳を振り下ろす。


「やめなよ」


無感動な声にますます苛立ち、バイカルは次の一撃を叩き込もうと身構えた。

そのとき。


「『警告。このゾーン内の戦闘行為は禁止されています』」


音もなく現れた影が、飛びかかろうとしたバイカルの両手をつかんだ。

万力のようなそれを意識せずに振りほどき、攻撃を続けようとする。


「『警告』」


人影(ガード)の斧槍が自らの胸板を深々と切り割った。

いつの間にか、<外テンジンの細道>を抜け、ナカスの域内に入ってしまったのだった。

力なく倒れるバイカルに、冷笑の影すら宿してない男たちの言葉が突き刺さる。


「あーあ。だからやめておけって言ったのに」

「自称正義漢でも、ゾーン切り替えのメッセージすら見落とすようじゃなあ」

「行こう。今日中にあと3人は確認しておきたい」


<大神殿>で復活したバイカルが、誰にも告げぬままナカスを去ったのは、その3日後のことだった。


 ◇


「連中の言うことはわかる。俺だって別にニートだったわけじゃない。

職業柄、一応嫁さんはいなかったけど、檀家の人たちもいたわけだし。

住職がネトゲにはまってPCの前で意識不明、ってのは、贔屓目に見ても体裁が悪いどころじゃないからな」


自分の膝を見つめながら、訥々と話し終えたバイカルが、手にした茶碗の酒を一口呷る。


「でもな。確かに俺は望んでこのセルデシアに来たわけじゃないが、そいつらみたいに現実大事でこの世界の連中がどうなってもいい、とまでは達観できないんだよ。

だから、気づけばこうして坊主(もとのしごと)の真似事なんかしてる。

この家の後ろ、見たか?

卒塔婆だらけなんだぜ。

<冒険者>にやられたその子供たちだけじゃない。

行き倒れた旅人、飢えて死んだじいさん、病気にやられた一家、産褥で死んだおっかさん。

このムナカタでまともに墓もなく行き倒れた連中の、俺は供養をしている。

せめて、それが今俺ができることなんだ」


「バイカル」


レディ・イースタルが呟いた。

その声にはっとして、慌ててバイカルは酒を注ぎ足す。


「ああ、いや、まあ、それに本職が坊主だからな、俺!

スト○ートファイターみたいな格好より、俺はこっちのほうが落ち着くんだよ!

ま、寝床はアレだが、ゆっくりしてってくれ!裏にタライもあるから、タルもユウも気にせず使え。

ちょっとは骨休めしてくれよ」


そういうと、そそくさと仏像のある奥に入り、横になる。

腕枕をしたその背中から、最後の一声が聞こえた。


「風邪はどうせ引かんと思うが、寒かったらそこの布団を分けてくれ。

クニは使うなよ。こっちで寝ろ」



そういうや否や、鼾をかき始めた友人の姿に、3人は手元の食事が冷たくなるまで黙って座っていた。




2.


 翌朝から、変な坊主のところに転がり込んだ3人の<冒険者>は町の名物になった。


そもそも、セルデシアに仏教は存在しない。

特にこのムナカタは、<大神殿>の女神の、いわば門前町である。

そんなところにふらりと現れ、誰も知らない神を祭って歩く奇妙な<冒険者>は、そもそも町の中で非常に目立つものだった。

そんなバイカルが、黒ずくめの鎧を着込んだ騎士と、傍目に見ても高貴そうな女性、そしてやけに殺伐とした顔の女性と、3人も連れて歩けば噂にならないはずがなかった。


「おい、クニ!托鉢に出るぞ、托鉢!」


ある日。

寝袋代わりにユウに借りた<森林熊の毛皮>に包まって寝ていたクニヒコを、そういってバイカルがたたき起こしたのは、まだ日も昇りきっていない朝のことだった。


「……んあ?」


<冒険者>がいくら寝起きがいいとはいえ、ものには限度がある。

寝ぼけた顔のクニヒコを片手で引っ張り起こすと、バイカルはぽいぽいと荷物を彼の上に放り投げた。

布と鉢だ。


「……これは?」

「鎧姿で托鉢に出る気か、お前は。さっさと着替えろ!」

「たくはつ…?」

「働かざるものなんとやらだ。早く準備せんか!」


夜明けだというのにやけにテンションの高いバイカルにつれられて、クニヒコは渋々と袈裟―のようなもの―を羽織り、笠をかぶって鉢を持った。

そのままバイカルに手を引かれ、ムナカタの街中へと繰り出す。


秋特有の肌寒い風が、起き抜けのクニヒコの体温を容赦なく奪っていくが、友人はそのような寒さなど感じていないらしく、市内を流れる川に沿ってずんずんと歩いていく。


「おい、バイカ……」

「ついたぞ」


バイカルが足を止めたのは、川沿いに立つ一軒の豪奢な屋敷の前だった。

裕福な<大地人>の商人のものらしいその家の、硬く閉ざされた門の前で、やおらバイカルは大音声を張り上げた。


「あ~、テステス。よし。え~~、摩訶ぁ般若波羅蜜多ぁ~、心経ぉ!!!」

「お、おい!」


周囲に響き渡る胴間声に、思わずクニヒコが裾を引くが、バイカルはその手を乱暴に振りほどくと、さらに大声で読経だかなんだか、よくわからないものをがなりたてる。

クニヒコが周囲を見回し頭を抱えたところで、目の前の門扉の横の窓がカタン、と開いた。


「朝からうるさいな!……あ、ボウズさんか」

「よう」


出てきた顔見知りらしい門番に、バイカルが気さくに片手を上げる。


「いつも朝から大変そうだが、少しは声を抑えてくれんかね」

「すまんなあ。托鉢行は修行だもんで」

「やれやれ」


一旦引っ込んだ門番が持ってきたのは、塩漬けにしていたと思しき魚と何枚かのパンだった。


「ほれ、今日はこの辺にしといてくれ」

「いや、おっさん。あんたは成仏するよ。南無阿弥陀仏。ありがとな」

「なんなんだ、この会話……」


いそいそと<魔法の鞄>に食料を仕舞い、バイカルがクニヒコの問いに答えたのは、すでに日も昇りきった帰り道だった。


「何か気になることがあるか?クニ」

「今の托鉢ってなんなんだ。俺にはただの騒音公害にしか見えなかったんだが」

「なんだ。そんなことか」


ふん、と鼻を鳴らし、何も知らない子供に噛み砕くように、バイカルは説明をはじめる。


「お前な。なんで俺が毎日うまいものを食えてると思う」

「あー……そういえば」


得意げなバイカルのサブ職業は<ちんどん屋>である。

派手な音と垂れ幕を作り出すことができるという、考えるのもアホらしい職業で、

もちろん食事や鍛冶といったまともな生活を行うための技能ではない。


「俺は一応仏に仕える身だが、別にうまいものが食いたくないわけじゃない。

『味覚極楽』なんかに出てくる昔の坊さんは、米ぬかで作った味噌汁だの、米だか豆だかわからん飯だのを食って生きてたそうだが、さすがにそんな生活はゴメンだ。

だったらあるところから貰えばいい。

といっても、坊主が堂々と殺生するわけにもいかんしな。だから托鉢ってわけだ。

きちんと代価は払ってるぞ?あの門番もきっと極楽へ行くだろ」

「……ほんとかよ」


こたえる気にもなれないクニヒコだが、バイカルは至極のんびりと、<大地人>たちの起きだしたムナカタの大通りを歩いていく。

クニヒコにとっては意外だったが、バイカルはこの町の人々と、それなりにうまくやっているようだった。


「お、ボウズさん。今日もメシはもらえましたか?」

「ああ。ルイードのところだ。塩漬けの魚を貰ったよ」

「あいつ、ケチだからなあ」


「ボウズさん。うちのばあさんが最近来ないねえ、って言ってるから来ておくれよ」

「俺はババアを口説く趣味はないぞ。死ねば極楽で会えるから安心して死ねと伝えておいてくれ」

「じゃあ、明日くらいに来て頂戴ね」

「あーわかったわかった」


「ボウズのおっちゃん!今日は何して過ごすんだ?」

「面白い見世物を昼にやるから、寺に来とけ」


わいわい。

老若男女、さまざまな<大地人>に声をかけられるバイカルを見て、思わずクニヒコは唸った。

今まで、自分を含めて<大地人>と接点を持った<冒険者>は多々いるだろうが

ここまで<大地人>に溶け込んでいる<冒険者>は見たことがない。

ナカスから去らざるを得なかった彼なりの贖罪なのだろうか。


感心して寺に戻ったクニヒコは、直後、友人を見直した自分を心底後悔した。



 ◇


 ぽん、ぽん、と空にのどかな音が鳴る。

クニヒコは、大体規模戦闘(レギオンレイド)で開戦を待っていた時よりも、さらに全身に汗をかいて、目の前で叫ぶ友人(バイカル)のたくましい背中を見つめていた。


昼下がり。

ムナカタの広場である。


彼と、隣にいるユウ、レディ・イースタルの目の前では、午前の一仕事を終えた<大地人>たちが、鈴なりになってバイカルと、その後ろの3人を見ていた。


(もう嫌だ……)


観衆の、好奇心で爛々と光る目にさらされ、クニヒコは先ほどから心の中で絶叫を続けていた。

無数のモンスターに囲まれたときのほうがまだマシだ、と思う彼の内心を知ってか知らずか、

バイカルは十分に観客が集まったと思しきところでいつもの胴間声を張り上げた。


「やあ、レディース・アンド・ジェントルメーン!よくきてくださった!

今日はいつもの説法だけではないぞ。こっちにいる俺の友人たちの手を借りて、ちょっとした物語をしようと思う。

このムナカタにも深い関係を持つ話だ。

心してきいてくれ!」


声にあわせてポンポンと花火が上がり、4人の上に紅白の垂れ幕がばさりとかかった。


すっと姿を隠したバイカルの代わりに、しずしずとレディ・イースタルが進み出る。

内心でクニヒコと同じことを考えていないはずがないのに、彼女の顔は苛立ちを覚えるほどに涼しげだった。


「では、まずはこの町を古くから守る女神に」


そういって頭を深く下げると、周囲の<大地人>もつられてか思わず頭を下げる。

そして彼女は鈴がなるような声で話を始めた。


はるか昔、フォーランド公爵領の片隅に生まれた少年は、長じてキョウの都へ上る。

そこで学識を買われた彼は、荒れ狂う海を渡って大陸の<大都>へ渡り、秘密の秘法を学んだ。

その帰り、彼は大嵐にあい、ムナカタの女神に祈る。

無事に帰れるように。


朗々と語るレディ・イースタルの語り口に押され、<大地人>たちはあるときは手に汗を握り、

あるときは涙しながら聞きほれていた。

語り手が<伯爵>だったというのもあるだろう。

老人の中には、一心に彼女を拝んでいる者すらいる。


しかし内容はといえば。


(何かと思えば弘法大師の話じゃないか)


単語を<エルダー・テイル>風に言い換えているだけで、これはそれなりに知られた弘法大師の話を適当につなぎ合わせ、脚色しただけのものだった。


ちなみに、弘法大師こと空海が唐から帰った際、宗像に立ち寄ったのは史実である。

この時に宗像三女神のお告げを受けたとして、この町に最初の真言宗の寺院を建てているのも事実だ。

理系人間だったクニヒコだが、親が真言宗だったこともあって内容は一応、知ってはいた。


詐欺の片棒を担いでいるかのようななんともいえない気分でクニヒコが見守るうち、話はクライマックスに入った。


「……そのとき海のそこから恐ろしい怪物が現れました。

ムナカタの神々の敵、恐るべき九頭大蛇(ヒュドラ)が、船を押しつぶそうと向かってきたのです。

クーカイはその目に勇気を宿し、雄雄しく<アンカー・ハウル>を叫び……」


レディ・イースタルも興が乗ったのか、身振り手振りを交えて大仰に語る。

その熱演に、最前列の子供の中には失神するものまで出始めた。


「……そして、クーカイはこのムナカタに最初の寺を建てたのです。

そのお寺は長い間、人々の魂を救ったということです……おしまい」


最後はどこかの英雄譚のような冒険活劇で締めると、レディ・イースタルは優雅に一礼して後ろへ下がった。

代わりに出てきたバイカルが、香具師めいた口調で拍手を続ける人々に喚く。


「さて、そうした因縁があり、俺も友人達(こいつら)もここに来たわけだ。

そんな俺達から諸君ら善男善女にいい話がある!」


(そろそろか……)


うんざりした顔で、クニヒコが前に進み出る。

隣でユウも観衆の前に立ったが、クニヒコにはその顔が同じ表情を浮かべているのがちらりと見えた。


(だがまあ、これも商売だしな……)


「さてここにいる屈強な<守護戦士>!聞いたこともあるだろう、はるか東のアキバの都で最強を謳われた<黒剣騎士団>で騎士隊長を勤めたという、このクニヒコ君!

なまじの怪物は相手にならん、イースタルを襲ったゴブリンの将軍すら斬り捨てたという豪の者だ!

そんな彼だが不死身ではない!殺生に明け暮れた人生の中で、数限りない恨みを買っている!

たとえば、ほら、こんな風に」


(頼むぞ、ユウ。頼むからまともな毒にしてくれよ)

「……ぐふっ!!」


ちくりと尻に痛みが走る。<大地人>に見られないように、こっそりとユウが針を投げたのだ。

かすかな痛みは、いきなり激痛となって思わずクニヒコの全身を苛んだ。


以前テイルロードで食らったものよりはるかに軽いとはいえ、凄まじい全身の痛みと虚脱感が、さしもの彼の体をも大地に打ち倒す。

いきなり口から血を吐いて痙攣し始めたクニヒコに、近くの主婦らしい女性が思わず叫んで後ずさりした。

大なり小なり、周囲の反応も似たようなものだ。

その反応を満足そうに眺め、ひとつうなずくとバイカルは朗々と話を続けた。


「善男善女諸君!見てのとおり、彼は今、積み重なった恨みに押しつぶされようとしている!

毒となった恨みの念が彼の全身を回り、脳細胞の水分から水素を抜いて二日酔いに……とまあ、理論はともかく。

諸君!このようにならないためにはどうすればいいか!」


(いいからさっさと解毒薬をくれ!!)


楽しそうに質問し始めたバイカルの声をかすかに聞きながら、クニヒコは激痛に呻いた。


「悪いことしない!」

「もちろんだ!それが一番だな!だが人間、食っていくためには動物を殺生しなきゃならん。

襲ってくるモンスターを殺したりもしなきゃならん。恨みを買わずに一生を終えるのは大変だ。

そこでこれだ!!」


もはや力なく痙攣するクニヒコを尻目に、バイカルは懐から瓶―ユウが作った毒―を取り出した。

ひときわ大きな花火が上がり、<大地人>たちの目が吸い寄せられる。


「これはさっきのクーカイが作ったという痛み止めだ。

万病に効き、肩こりを治し、痛みもほら、このとおり」


ちく、と再びかすかな痛みがクニヒコに走る。

それと同時に、全身を苛む毒の激痛がすうっと治り、クニヒコのHPが毒状態を示す緑色から、

平常の青へと切り替わった。

疲れ果てて立ち上がったクニヒコに、周囲の<大地人>からおお、と声が上がる。


「この薬!今ならたったの50ゴールド!ただし数に限りがあるからな。一人一本だ。

それから、俺の寺を建立するのを手伝ってくれれば10パーセントの値引きがある!

買ってくれたやつには後々極楽へいけるおまけつきだ!

さあ!!買うやつはだれだ!」

「おれだ!」

「あたしも!!」

「子供の分もいいかい?!」

「いいが、きっちり数は揃えるぞ。次の入荷は未定だが、喧嘩せずに買えよ!!」


瞬く間にクニヒコを突き飛ばした人々が、バイカルと、瓶を取り出すユウの元へと殺到する。


「おい、こら!盗んだら地獄行きだぞ!!こら、そこのじじい!喧嘩するんじゃない!金は俺のところへ……あいたっ!!」


毒の後遺症か、ふらつく頭で座り込んだクニヒコの目の前で、

どこかのフーテンめいた口上を述べ立てたバイカルが、正月のデパートもかくやという<大地人>の群れに飲み込まれるのが見えた。



 ◇


 夕暮れ。

寺にほうほうの体でたどり着いた3人は、話をする気力もなく冷たい土間に転がっていた。


「何べん同じ話をしゃべらされたと思う……」

「……あれほど<大地人>が恐ろしかったことはない……テイルロードのゾンビかと思った」

「……お前らな……毎回毒を食らってた俺の身にもなってくれ……」


ぼそぼそとしゃべりあう。

その向こうで、一人大酒を飲みながら手にした金貨を数えていたバイカルが機嫌よく声をかけた。


「いやあ、いい商売になった!お前ら、すまんな!」


能天気な声に、クニヒコの額に青筋が立った。

ふと見れば、ユウの白い顔にも同様の青筋が浮かび、

レディ・イースタルの顔は羞恥とはまったく異なる意味で紅潮している。


「……どうした?おまえら。明日もはやいから寝」


寝ろ、という声は放たれることがなかった。

翌日、約束どおり寺の建築の手伝いに来た<大地人>たちは、廃材の山と化した寺の前で気絶しているバイカルを発見する。

せめてもの情けとばかりにその上にはうすっぺらい布団がかぶせられ、

3人の「友人達」の姿はどこにもなかった。

独自設定を多く出してしまいましたが、一番の独自設定は

「<毒使い>は毒を自作でき、その中には薬そのものの効果があるものがある」

というものです。

一応、作れる毒(薬)は、HPやMPを直接的に回復するものではなく、状態異常を引き起こすか治すか、の2種類しかないと勝手に思っています。

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