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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
3/245

2.<変わり果てた世界>

第2話です。閲覧、有難うございます。

文章力が低いもので、分かりづらい等ございましたらご指摘をよろしくお願いします。


なお、時間軸が分かりづらいかもしれませんので、蛇足ですが列挙します。

序:<大災害>の数日前。イメージは昭和の日。

1 :<大災害>直前~3日後。5月3日~6日。

2 :<大災害>5日後~6日後


です。

社会人プレイヤーにとって、休日中であればまだ気持ちの余裕はあると思いますが、平日になると多くのサラリーマンが月締めや連休後の仕事の後始末で気持ちに焦りが出てくるのでは、と思いました。

1.


 江戸でもっとも殷賑を極めた盛り場が両国橋近辺である。

「両国」とは、この橋が往古、武蔵国と下総国を隔てる境であったことからつけられた名前だ。

ユウはその日、スミダの大川を<大地人>の船頭が操る渡し舟で渡り、

そのまま南へと下っていた。


かつて、江戸、そして東京の下町として繁栄を極めた本所・深川一帯は

この世界においては広大な草原と、ところどころの森に支配された自然の大地となっていた。

アキバと東のマイハマをつなぐいくつかの街道こそあるが、そのほとんどは初夏を迎えて萌え伸びる草木に埋もれつくしている。


 ユウがスミダにそって下る道筋にも、いくつかの朽ち果てたビルの他には<大地人>が立てたと思しき粗末な小屋がぽつぽつと建っているだけだった。


(まるで別世界だな……)


遮るものの無い陽光を、フードを深くかぶることで食い止めながらユウはため息をついた。



 この世界に来て5日が経過していた。

既にゴールデンウィークは過ぎ去り、いつもであればユウは休みにボケた頭を振りながら

たまった仕事を片付けている頃だ。

だが、今は仕事どころか、やることすらなくこうして野原をとぼとぼと歩いている。


 アキバの人気は、連休を過ぎ去ってから目に見えて悪化していた。

それまでは「連休に合わせた<エルダー・テイル>の革新的なパッチの一環だ」と

楽観的に構えていた多くの社会人プレイヤーが、明確にあせりを見せ始めていた。


(思えば当たり前のことなのだが)


足元に寄ってきた虫を無意識に避けながら、ユウは口を苦笑、というには苦すぎる形に歪める。

何の装置も事前通告もなく、パソコンの前に座っていた人間をいきなり仮想現実に連れ込むようなシステムが現実にあるわけがない。

そんなものは痴人の妄想にも似た何かでしかなく、もちろん、ユウ―雄一は狂った覚えもない。

多くのプレイヤーもそう思いつつ、それでも万が一の可能性を期待していたのだ。


『<エルダー・テイル>をプレイされている皆さん、新たな<ノウアスフィアの開墾>のアップデートパッチはいかがでしたでしょうか?

これからはゲームを画面の中で体験するのではなく、全身で体感できるようになるのです。

それではみなさま、ログアウトが可能になりました。皆様の忍耐に感謝いたします』


と、ぬけぬけとGM(ゲームマスター)が告知を出すことを。



 ユウの足は両国を渡り、かつての清澄通りを辿るような舗装も無い街道を南へ抜ける。

朽ちたスーパーマーケットらしい廃墟の脇を通りすぎ、

かつて江戸と明治の大財閥が作り上げた庭園の成れの果てと思しき場所を抜け、

そしてユウは、傾き、朽ちた高層ビルが、支えあうようにその不気味な姿を曝け出す場所に出た。


ああ、と思わずため息が漏れる。


(帰ってきた)


変わり果てていてもどこか懐かしい風景に、自身の瞼から涙が溢れ出すことに気づかないまま

彼女の足は巨人の死骸にも似た高層ビルの廃墟を歩き続けた。



 夕暮れを告げる烏の声が響く。

そのビルは、倒壊寸前のビル群の中では奇跡的にも、直立したままで剥がれた外壁を露天に晒していた。

周囲が茜色と黒の鈍いコントラストに染まる中、ユウは無言で階段に進む。


トン。トン。


既に耐久年数など遥かに超えた建物は、それでも細い女性の体重を支えられるだけの強度は残していたらしく、ユウの歩みを妨げるものは舞い飛ぶ埃以外には何も無かった。


「ここだ」


不思議なほどに損傷の無い扉には「912」とまだかろうじて読めるプレートがつけられていた。

ふと、わずか1週間前の事が白昼夢のような鮮明さでユウを包む。



月末だが不思議なほど仕事が早く終わったユウ―雄一は、土産代わりの菓子を片手に同じドアの前で立っていた。

周辺からは、夕食の香ばしいにおい。

早めに帰った誰かが風呂を使っているらしい、かすかな水音。

友達と別れて家路に着く子供たちの楽しげな声。

仕事の苦労も何もかも忘れるような平和な世界の中で、雄一は912と書かれた扉を開ける。


「ただいま。帰ったよ。今日はお土産があるよ」


「パパ!おかえり!」

「父さん、お帰りなさい。タバコくさいからうがいしてってね」

「お父さん……お帰り」


三者三様の家族の声。

自分が帰るべき場所。


ユウは、白昼夢に導かれるように扉を開けた。



「ただいま」







 そこには何も無かった。


新婚時代から大事に使っていた家具も。

まだ二人の子供が幼児だった頃、そろって撮った記念写真も。

帰宅後の一服、と玄関先に用意していたパイプも。


家族も。




がらんとした部屋を、風が吹き抜ける。

窓を失ったそのマンションの一室は、残酷なまでの清清しさでかつての主を迎えていた。

夕暮れから黄昏へと移り変わる時間の中、ユウは玄関先にくず折れて泣き続けた。

自分が泣いていることすら、理解することなく。




2.


 門前仲町にあった、かつてのユウのささやかな住まい。

それはどれほどの時を重ねたのか、主の痕跡をすべてきれいさっぱり拭い去ってユウの前に現れた。


 泣き続け、泣きつかれて倒れるように眠ったユウは、目に注がれる清冽な光で目を覚ました。


「何も、まあ、期待していなかった……というと嘘だな」


もそもそとパン―の形をしたなにか―を口に運び、のろのろと身を起こすとユウは呻くように言った。

瀬戸内海の島の出身であるユウにとって、アキバ―秋葉原を含めた東京という町はどこまでも異郷だった。

このマンションは、異郷にあってのユウの小さな故郷だった。

だが、その小さな故郷は失われた。むしろ、既にとうの昔に喪われていたと言える。


涙はとっくに流しつくした。

今のユウには、ただやるせない絶望感だけがある。

残された家族のこと、会社のこと、故郷の島の両親や親戚のこと。

そうした諸々を思ってユウは泣き叫び、そして流し終えたのだった。


チリン、と耳元で鈴が鳴る。


同時に見慣れたステータス画面から<クニヒコ>という文字が点滅して現れた。

念話だ。


「……もしもし」

『おはよう、ユウさん、ってすごいガラガラ声ですよ。どうしたんですか?』


相変わらず平静なクニヒコの声。

彼とは、この世界に来て何度か、念話を通じて情報交換を行っていた。

とはいえ、まだこの世界で実際に会ったことはない。

彼自身、大手ギルドのそれなりの立場にあった者として、自分より多くのギルドメンバーを優先させなければならない立場にあった。

だが、その平静な声が今のユウには妙に苛立たしい。

その感情が表れたのか、ユウの返事はいつにもましてぶっきらぼうなものだった。


「なんでもない」

『そうですか』


沈黙をさすがに悪いと思い、ユウはやや口調を変えて言葉を続けた。


「いや、ここのところ帰宅難民だったからね、家に帰ってた」

『家?でもユウさんのいるっていうビルには誰も……あ』


思い当たったのか、クニヒコの声が沈鬱なものになる。


『それは……間の悪いときに掛けましたね』

「いや、いいんだ。きれいさっぱりすっからかんでね。かえって諦めもついた」

『すみません。……で、今から会えませんか?』

「すまん、こっちは門仲(もんぜんなかまち)なんだよ。すぐ戻っても何時間かかかる。

……何かあったのか?」

『いえ。でも最近とみに人気が荒れてましてね。ユウさんも気をつけたほうがいいと思って』


気をつけたほうがいい。それだけでクニヒコがわざわざ会おうとするはずが無い。

何かあったのだ、と感づいたユウは持っていた水筒で乱雑に顔を洗い、腫れぼったい目を拭った。


「どこで会う?万世橋(ブリッジ・オブ・オールエイジス)でいいか?」

『ええ。じゃあそこで。どれくらいでつきます?』

「馬で戻れば1時間かからんと思う」

『じゃあ1時間後に』


プツ、と念話が途切れる。

ユウは急いで立ち上がり、かつて自宅だった廃墟を眺め渡した。


「じゃあ、行ってきます」


誰に言うともなくつぶやき、ユウは背中を向ける。

もうこの世界に「いってらっしゃい」と言ってくれる最愛の人たちはいない。

二度と会えるかもわからない。

だがそれでも、ユウは言わずにはいられなかった。


古代の墳墓の玄室のごとき沈黙だけが、去っていった<暗殺者(アサシン)>の背中を包み、消えた。




3.

 

 せかせかと階段を下りたユウは、腰につけていた鞄から笛を取り出した。

どことなく大陸的な意匠を持ったその笛は、ユウがかつての冒険で手に入れたものだ。

口につけ、吹き鳴らすが音は出ない。


それは人に聞かせるための笛ではないのだ。


しばらく待っていると、ドドド、と蹄の音を高く鳴らし、ユウのそばに現れた影がある。

馬だ。

それも現実にはありえないような、茶と赤が入り混じったような見事な毛並みの駿馬だった。


<汗血馬の笛>


中国サーバー西方にしか出現しない、汗血馬を呼び出すための笛なのだ。

現れた馬に持っていた草を与えると、鞍帯を締めなおしてユウは汗血馬に跨った。

手綱を取り、太股で馬腹を軽く蹴る。

それだけで馬は心得たように一声嘶くと、流れるような速度で走り始めた。


かつて中国は漢の武帝が欲し、そのために産地である大宛国(フェルガナ)を滅ぼしたとされる名馬は、その由来にそぐわぬ快足でユウを運ぶ。

スミダの大川を渡し舟で運ぶ際に馬は放したものの、ユウがクニヒコとの約束の場所までたどり着いたのは、念話が着てからおおよそ50分ほどの後だった。




「やあ」


橋のたもとは、ゲーム時代なら多くの行商人プレイヤーが露店を出し、また野良パーティと言われる行きずりの仲間を組んで冒険に出かける起点ともいえる場所である。

だが、今は人影も無く、まばらな通行人も足早に通り過ぎるだけの場所と化していた。

数日前、ユウが助けた行商人の親子のような<大地人>の姿は皆無だ。

そんなさびしい風景の中、橋の礎石に腰を下ろしていた黒い鎧の戦士がユウを見て片手を挙げていた。


「クニヒコか」

「ああ。ユウさん……だな?」


お互いこの姿で会うのは初めてのことだ。

確認で名前を呼び合うが、もともとは互いのゲーム画面で見慣れた姿だけあり、判別は簡単だった。

とん、と芝生に腰を下ろすユウをなんともいえない顔で見て、クニヒコは苦笑した。


「いや、それにしても見事に美女だね、ユウさん」

「ほっとけ」

「声だけ聞くとチャットで聞き慣れたおじさん声だから、まさかオフ会で会った鈴木さんの姿かと思ってたけど」

「そういうあんたも見事な白人顔だよ。……ああ、でもどことなく面影があるな」


苦笑から苦味を取ったクニヒコを見て、ユウは素直にそう思った。


 もともと、クニヒコのキャラクター(アバター)は、金髪白皙の青年騎士、といったものだ。

だが、今ユウの目の前にいるクニヒコは、大本の意匠でアバター時代を引き継ぎながらも、オフ会で会った現実の「木原邦弘」の面影を強く宿す顔立ちを残していた。

黒い鎧で190cm以上はあろうかという長身を包み、背に巨大な大剣を背負っていながら、愛嬌のある表情と人懐っこい笑顔が、その魁偉な印象を和らげている。


クニヒコも、ユウの全身をためつすがめつ眺め渡し、苦笑した。


「そういえばユウさんも面影があるね。娘さんか妹さんと言われても信じそうだ」

「うちの娘はまだ中1だ。妹は……まあ顔立ちは違ったな」

「でも美人だよ。いっそ声も女にならんですかね」

「いやだよ。これでもこの声は愛着があるんだ」


ガラガラ声でユウは否定する。

実際、この世界に取り残されて唯一、元の鈴木雄一と変わっていないのは声だけだ。

いくら不自然であろうが、声まで変わってしまったら「ユウ」が「鈴木雄一」である最後のよすがすら喪われてしまいそうだった。


「まあ、冗談はさておいて」


クニヒコはぽん、と手元に水筒を出すと、器用に片手で明けて飲みながら顔を真剣なものへ変えた。

現実で話していた時のように、丁寧な口調で彼は本題を伝えた。


「冗談抜きの話です。ユウさん。<黒剣騎士団(うち)>に来ませんか?」


クニヒコの話は手短だが、核心をついたものだった。


現在、アキバにいるプレイヤーは数千人以上。

その中で徐々に格差が生まれつつあるのだと言う。

クニヒコは口調を再び砕けたものへと切り替えて言った。


「ギルド同士の格差だよ。あいつはデカい。あいつは弱小だ。あいつは強い。あいつは弱い、ってね」

「大手ギルドと中小ギルド、あるいは高レベルと低レベル、ベテランと初心者、ってことか」

「ああ。実際に町を出た近隣エリアだと暴力沙汰も起きてる」


こうした状況になったとき、仲間の数、頼れる集団が身近にあるか否かは致命的な差となりうる。

最もつらいのはユウを含めたソロプレイヤーだろう。

現在、プレイヤーはお互いに疑心暗鬼に陥りつつある。

誰もが、身近な味方とそれ以外の全員が敵、という思考に入りつつあるのだ。

それだけではない。


「PKも……でてますね」


PK(プレイヤーキラー)


この世界では街中などの保護エリアを除き、ほぼ全域でいわゆるネガティブ行為が可能だ。

盗み、奪い、殺す。

だが<エルダー・テイル>がゲームであった頃は、それはあまり大きな問題点ではなかった。

圧倒的なレベル差があればともかく、プレイヤーの半数近くが最高レベルに達していた<エルダー・テイル>では、一口に殺人といっても簡単なものではない。

きちんとパーティで動き、陣形を組んだプレイヤーならなおさらのことだ。

そしてあまりに非道の過ぎたプレイヤーはあっという間に掲示板に晒され、今度は自らがPKK(プレイヤーキラーキラー)たちに獲物として追われることになる。

だが、今ならば。


「ゲーム時代からのPKもいるようだけど、多くはこうなってからの新参みたいだ。

自分よりレベルの低い奴を見つけ、言葉巧みに誘い出し、殺す。

今はレベルの低いプレイヤーや、仲間のいないソロプレイヤーは自由に町を出ることも難しい状況だ。

ましてこの世界の戦いは厳しい。ゲーム時代にどんなに強くても、実際に生き物や他の人を殺すという行為ができる人間なんて一握りもいない」

「確かに」


クニヒコの言葉に頷くユウ。

彼女自身、幾度も戦闘訓練を行っている。

それは自分より圧倒的にレベルの低いモンスターばかりだったが、それでも生き物を殺す、という行為には強い嫌悪感と忌避感を感じていた。

ましてそれがレベルも高く、装備も持ち、戦術を考える頭脳もあるプレイヤー同士であれば。

自らが殺人の被害者にされるという恐怖感はどれほどのものか。


ユウはうっすらと、この世界が<エルダー・テイル>のままであれば、死は終わりではないのではないか、と思っていたが、クニヒコはユウの問いに苦く頷いた。


「ユウさんの言うとおりですよ。この世界は死んでも<大神殿>で復活できる。

だが、だからこそ被害者の心の傷は大きい。

うわさでは宿から一歩も動けなくなったり、発狂した人もいると聞いている」

「非道だな……」


ユウはうんざりした。

ユウ自身、長く対人戦をやってきたプレイヤーであり、この世界に放り込まれてからは人相手の戦い方も考えてきたが、実際に人殺しをすることとはまったく違う、と思う。

法と言うくびきを解かれた人が容易に殺人者になると言う事実は、ユウ自身、自分の心の深淵を覗き込んだかのような不気味さがあった。


だからこそ、とクニヒコはユウに向き直って続けた。


「ユウさんには<黒剣騎士団>に来てほしいんだ。

嫌な話ですが、今のここじゃ、数は力ですからね。

<黒剣騎士団>のタグを持っていれば、ソロで歩いていても喧嘩を売る人間はまずいません。

ユウさんのレベルと実力なら、入団を拒否されることはまずないし」


クニヒコの言葉には友人への思いやりを強く感じる。

それに実際、クニヒコの勧誘は魅力的な提案だった。

ユウ自身、プレイヤー同士、あるいはプレイヤーと<大地人>のいさかいを何度も眼にしている。

ギルドタグでそれらのいくばくかを解決できれば、クニヒコの提案に乗る価値はあると思える。


だが、とユウは思う。


果たしてそれでいいのだろうか?

たまたま大手ギルドでそれなりの地位にある友人がいたからといって、

簡単に大樹に縋るのはいいことなのだろうか?

かつて一緒に<エルダー・テイル>を駆け抜けた多くの友人たちを思い出す。

彼らは、たとえどんな状況であっても、「大手ギルドに頼る」などという発想には鼻も引っ掛けなかったに違いない。

彼らは一人ひとりが自分自身のプレイスタイルを持っており、

それを覆すことは断じてしなかった。

 既に引退して久しく、身近な友人以外は誰も覚えていないであろう、ユウと同じく無名の多くのプレイヤー仲間たちに押されるように、ユウはゆっくりと首を横に振った。


「え、ユウさん、考え直してくれよ」


すがるような友人の声に、ユウは申し訳ないと思いつつ、あえて茶化すように答える。


「名高い<黒剣騎士団>にわたしみたいなロートルはいりませんよ。

なにしろゴブリンにびびって小便どころか、35年ぶりにクソまで漏らした臆病者だからな」

「え」


思わず体を離したクニヒコに憤然として答える。


「もちろん洗ったぞ。別に今漏らしてるわけじゃない。まだ大人用おむつが要る年頃でもない。

まあでも……有難う」


最後はさすがに笑い、ユウはクニヒコに手を差し出した。

苦笑しながらクニヒコも握手を返す。


「まあ、そういうだろうと思ったよ。大手ギルドとか、ユウさんは苦手だったからな。

ただ、何かあったとき<黒剣騎士団(おれたち)>が助けになるのは覚えておいてくれ」

「わかった」


ユウも笑顔で答え、立ち上がる。

興味津々といった風情の周囲の<大地人>があわてて目をそらすのがユウたちの目に映った。

思わずユウの顔が赤くなる。

周囲の彼らにしてみれば、二人の会話は騎士と美女の逢瀬に見えても仕方ない。


背後を見れば、クニヒコも裾を軽く払って立ち上がるところだった。


「まあ、またこまめに連絡しあおう。こっちは大抵ギルドタワーにいるから」

「わかった。こちらも大体廃ビルにいるか、訓練してる」

「そういえば……これから何か予定はある?ユウさんは」


立ち去ろうとする顔を振り向かせたクニヒコがふと問いかけた。

ユウは思わず鞄から手帳を取り出そうとし、苦笑して手をひらひらと振る。


「いや、ここ数十年ぶりに何も無いよ。ゴルフでも行くか?」

「ゴルフより訓練しよう。<暗殺者(アサシン)>相手の戦い方を研究したい」


その言葉にユウもふと空を見た。

日は中天高く輝き、まだ一日は終わりそうにない。


「そうだな。ちょうど良くわたしも<守護戦士(ガーディアン)>相手の戦い方を覚えておきたい」

「じゃあ、少し町を離れてからしようか」


そういって連れ立って歩き出したユウは、友人が近くにいる幸運を少しばかり感謝した。

手違いでフレンドリストから消してしまい、連絡の取れないもう一人の友人―レディ・イースタルのことも気にかかるが、今は考えても仕方ない。

遠く大阪(ミナミ)で無事でいてくれることを祈るばかりだ。


ユウは少しだけ晴れやかな気持ちで、陽光の映える草原に歩き出した。



そう。


このとき、ユウはまだ、晴れやかな気持ちだったのだ。

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