19.<冴えたやり方>
クニヒコとレディ・イースタルは、変わった。
以前のようにふざけたり、軽口の応酬をすることはある。
しかし、根本的なところで2人は確かに変わっていた。
この世界が、気楽な仮想現実ではないということ。
「死」とは、この世界において遠く去った何かではないこと。
無論、彼らとて40の声を聞く年だ。一度二度のショッキングな体験で、人生観は変わらない。
しかし、今まで存在した余裕、言い方を変えればこの世界に対する非現実感―それが3人の間で薄れたのは確かだった。
「そろそろメシにするか」
立ち寄った町で、レディ・イースタルは振り向いて言った。
まだ正午には早く、金色の実をつけた稲穂が、夏に比べれば穏やかな日差しにきらきらと照り映えていた。
1.
当所もない旅である。
一応、西部にある<妖精の輪>からアキバへ戻る、という大まかな予定はあるものの、
そもそも西日本からアキバへ直結する輪があるのかなんて、3人の誰も覚えていなかった。
その日、3人が荷物を降ろしたのは、ロカントリという村の宿屋だった。
結局昼食を食べに立ち寄った村に投宿することとなったが、別に先を急ぐ旅でもない。
秋の山陽から九州までをゆっくり旅するつもりの3人であった。
ウェストランデからナインテイルへと続く街道に沿った町並みは、どこか懐かしい。
一見して全く日本風ではないのに、どこかに和の雰囲気があるのだ。
それはいかなる芸術家でも膝を打つような庭園をみた時もそうであったし、
出された料理の調理技法、あるいは雰囲気などから感じ取れる場合もあった。
「ではまあ、無事の旅を祝して」
「「乾杯!」」
紅葉を浮かべたホットワインをカチン、とあわせて3人が唱和する。
我侭を言えば日本酒が欲しいところであるが、プレイヤータウンから離れたこの土地では
味がある料理が出るどころか、味のある酒があるだけでも奇跡のようなものなのだ。
さすが人間の原始三大欲求の一つだからか、食事と酒の情報は、大航海時代における煙草もかくやというほどの伝達スピードで広まっていたが、
知ったからといって明日から作れるようになるわけではないのが、酒造と言う世界だった。
「明日の行程はどうする?」
瀬戸内の魚を皮ごと造りにしたものへ、煎り酒(酒にほぐした梅干を混ぜて煮詰めた調味料)を付けながらレディ・イースタルが言う。
その喉に小骨でも引っかかったのか、時折手を当てるしぐさをする彼女に答えたのはクニヒコだ。
彼は酒はそこそこに、豆腐を煎り抜いたふりかけを暖かい飯にかけ、宿に頼んで作らせた山菜や紅葉の天麩羅を頬張っている。
「少しここを観光してもいいな。錦帯橋の秋は格別だぜ。
それにお前の故郷も近いだろ、ユウ」
「そうだな」
鳥肉を奉書包みにして焼いた、どことなく和風の味付けの肉料理を口に運びながら
ユウも頷く。
「できれば、故郷の島へ帰りたいね。姿かたちは変わっても私はその島の土に還る身だ。
といっても私の島はもう少し向こうさ。」
「じゃあ急ぐか?」
渋々、というレディ・イースタルの声に、ユウは今度こそ破願した。
翌朝。
「きゃああああああああああああああああああ!!!」
「な、なんだ!?」
絹を裂くような女性の悲鳴でクニヒコは飛び起きた。
パジャマ代わりの下着のまま、枕元の長剣を一挙動で鞘から抜く。
バタバタ、という音が両側の壁の向こうからもしている。
両脇の部屋に陣取った二人の友人も、即座に戦闘態勢を整えているのだろう。
クニヒコはドアノブをまわす暇も惜しいとばかりに、裸足でドアを蹴り開ける。
<守護戦士>の絶大な膂力に、ドアは一瞬で粉砕され、彼はおっとり刀で飛び出した。
悲鳴の主に聞き覚えはないが、そんなことは関係ない。
クニヒコはこの世界で苦境に立つ女性は誰であれ助ける、と決めていた。
切羽詰った、命の危険すら感じる声なら尚更だ。
「不埒者め!」
いささか時代がかった口調で叫び声のあった部屋にクニヒコは踊りこんだ。
長剣を片手に周囲を見回す。
その目に見えたのは、予想していた、女性と揉みあう暴漢、ではなかった。
雪、を通り越して氷のような白い肌だ。
着替えていた途中だったのだろう。手鏡を取り落とし騎士を呆然と見る女性の姿は、ほぼ全裸である。
芸術的な腰の括れから、上下にふんわりと広がるシルエット。
男性では実現し得ない柔らかな曲線は肋骨の上から伸び、さぞ子供は満足するだろうと思えるたわわな胸と、
流れるような首筋に続いている。
その上には細いおとがいがあり、流れる黒髪に繋がっていた。
呆然とした、どこか夢見るような顔立ちはクニヒコがよく知っているもので……
「なに堂々とパンツに剣で入ってきてやがるんだ!!このエクストリーム変態野郎!!」
唯一、彼が聞き覚えのない見事な声が響き、
彼はすさまじい勢いで自分の頭蓋骨を投擲剣が割る音を、聞いた。
◇
3人は御通夜のような煤けた表情で顔を見合わせた。
クニヒコが男らしい格好でユウの部屋に飛び込んでから3日目の夕暮れである。
部屋から出てこない3人を既に宿の誰もが気にしなくなっていた。
実害と言えば、クニヒコが風呂に入る時、訳知り顔の宿の主人から「毎日ご精が出ますな」と
言われるくらいのものだ。
ユウと、レディ・イースタルの声が一晩で変わってから3日。
最初は幻覚を疑い、次にクエストではないか町中を駆け回って確認し、
自分の妄想か何かではない、と確認するまでにおおむね2日。
それが分かってから、錯乱した2人が正気に戻るまで1日。
3日目も午後遅くになり、ようやく3人は膝つき合わせて会話できるだけの精神的余裕を手に入れたのだった。
「確認するぞ」
円になった3人の一角で、重々しく告げたクニヒコに、2人が頷いた。
「この町にたどり着くまではもとの声だった」
「そうだ」
「寝る前までも男の声だった」
「ああ」
「朝起きたら声が女になっていた」
「その通りだ」
「ユウは声が変になるヘリウムガス的な毒を造っていない」
「誓う」
「タルも面白半分で<声再決定ポーション>とかを取り寄せてない」
「そんなものねえよ」
「この宿で供された食べ物には魔法はかかっていなかった」
「多分な」
「結論を言えば、状況はよく分からんと」
問答形式の会話が途切れ、やがてユウの口から声が漏れる。
ややハスキーで蠱惑的な声は、よくいってバスというそれまでのユウの声とは明らかに違った。
「正直、何が引き金かよく分からない。もし、これが新しいクエストの前兆だとしたら放っては置けないが、声がキーになるクエストなんて聞いたことがない」
「同感だな」
ユウとは対照的な、清楚で、清らかとすら思わせる細い女声でレディ・イースタルは相槌を打った。
むろん、細いのは声だけで、態度は一見してそれまでと変わらない。
カタカタと鳴り止むことのない手の中の杯だけが、彼女の内心をあらわしている。
「<エルダー・テイル>は標準的にボイスチャット機能がついていた。
俺たちを含め、実際に声でやり取りをしながらゲームをプレイする人数はかなりに上っただろう。
だが、声を出すのが前提のクエストなんて存在していない。
一定数、文字チャットだけのプレイヤーもいたからな」
「そうだな」
ユウがうむ、と頷く。
「アカツキ氏のように、無言を貫くロールプレイヤーもいたし」
かつてどこかの戦場で戦った、長身の<暗殺者>の名前を口に出す。
ロールプレイ、という概念にさほど理解のないユウだったが、無言を貫き、<追跡者>のスキルでユウを追いながら的確に攻撃を繰り出していたその男は、彼女の中に強い印象を与えていた。
ショックからの無意識の逃避なのか、思い出に逃げ込むユウの襟首をつかみ戻すようにクニヒコが冷静な声で指を上げた。
「ということはだ。推定できるのは二つ。
ひとつ。俺たちが錯乱した。ふたつ。実際に声が変わった」
「一つ目は考えたくない。二つ目に付いて、その原因は?」
「分析しよう。ひとつは何らかの外部要因によるものだ。おそらく一日目の夕食だ。
だがその推測は否定できる。2日目の朝食は前の日の夕食の残りだったからだ。
念のため、俺はそれを食べてみたが声は変わっていない。」
「女キャラの男にしか効かない呪いかもしれんぜ」
「それも否定できる。なぜなら1日目、お前たちは<大地人>に余計な心配をしないように、声を抑えていたからだ。
それに、この町にほかに<冒険者>は見たところいない。
わざわざ、偶然来たネカマの<冒険者>のために<大地人>が毒を盛った、それも声だけを変えるという毒を。目的がない。強いて言えば俺たちの混乱を招くことだが、それはこの3日間、何事もないことで否定できる」
「じゃあ、何だってんだよ」
「二つ目の推定要因は、お前らの内部によるものだ」
思わずレディ・イースタルとユウは、自らの喉に手をやった。
つるりとしたその感触は、男声を今まで出していたのが嘘のように滑らかに手を迎え入れる。
「この喉か」
「そうだ。強いて言うなら、俺たちは<大災害>でこの世界に来た後、外見が<エルダー・テイル>のそれに置き換わっている。
唯一そのままだった声が、時間差をつけて置き換わったとすれば……」
「おい。冗談はよしこちゃんだぜ」
「お前のその表現のほうが冗談だろ、タル。それはともかく、クニヒコ、つまりは俺たちは外見上、というより肉体的に完全に<冒険者>に置き換わった、ということだな」
おののくように尋ねたユウに、目を伏せてクニヒコは頷いた。
その表情を見て、彼女の顔に友人二人ですら見たことのない表情が浮かぶ。
「おい、ユウ……」
何かを言おうとするレディ・イースタルが伸ばした手が、バシンと音を立てた。
ユウが、しならせた手で差し伸べられた友人のそれを振り払ったのだ。
そのまま、不気味な笑いがその口から漏れた。
「ははは、ははははは。最初は体、次は家族、生活、仕事。人としての尊厳。居場所。平和。
日本人としての倫理観。記憶。……そして今度は声か。
今度は何を奪う気だ!?この運営は!!
人間であることも忘れて、無限に生きる人妖になれとでも言う気か!!」
二人は驚いた。
ユウが、叫びざま、後ろ手で自らの刀を抜いたのだ。
ぬらりと光る刃が、新しい獲物を予感したか、ぶるりと震える。
そのままその刀を首に当て、思い切り引く前に、クニヒコの腕が掴みとめたのは僥倖であったろう。
「おい!何をしている、ユウ!」
「放せ!もうこんな世界はお断りだ!死んで生き返るならいいだろう!
どうせなら生き返らなくなるまでひたすら死んでやる!何万回か死ねば戻れるかもしれん!」
「鈴木!」
錯乱するユウをとめたのは、レディ・イースタルの一言だった。
すう、と息を吸い、静かに声を出す。女王の気品にあふれた、望まぬ高音で。
「鈴木。俺は三宅真治だ。あんたは誰だ」
「鈴木……雄一だ」
「どこに住んでる」
「東京都江東区門前仲町のマンションだ」
「家族は」
「妻、子供が二人。ペットはいない」
「出身は」
「山口県周防大島町」
「仕事は」
「東京の会社の総務部総務一課で課長補佐」
そこまで聞いて、レディ・イースタル―三宅の声が響く。
「なら、俺にも聞け」
「……名前」
「三宅真治」
「住所」
「高知県高知市」
「家族」
「妻一人。子供は小学5年生の息子が一人。サッカー部に入っている」
「出身」
「神奈川県横浜市」
「仕事」
「新聞記者……わかったか?」
やさしくレディ・イースタルが囁く。
「俺たちは何も失っていない。声がなんだってんだ。
声だけで何もかもなくすほど、俺たちの現実は空虚なものではなかったはずだ」
「……そうだな」
「確かに、俺たちも怖いさ。なあ木原?」
クニヒコも静かに頷いた。
「そうだな、三宅さん。……鈴木さん、俺たちはこんな世界に来て、こんな格好をしているが
現実に生きてきた世界は幻想でも妄想でもない。
確かにひとつひとつ、俺たちは俺たちである縁を失っているんだろう。だけど、記憶も人格も何一つ変わっていないんだ。忘れないでくれ」
二人の声に、ゆっくりとユウは手の刀を下ろした。
ガラ、と音を立て、それは力無く板敷きの床に転がる。
「そうだな……すまん、錯乱した」
レディ・イースタルはほっと息をついた。
内心、自分もやばかったな、と思う。先にユウが錯乱したからこそ、自分が落ち着くことが出来たのだ。
ふと、思い出した言葉を言う。
「『この世界は、多くの謎がある。そもそも言うてみれば<冒険者>自身が謎の塊や。
せやけど、よっく頭をひねって考えてみれば、何の不思議もあらへんのや。この事態もそうや。
まずは落ち着いていこか』」
突然の関西弁に、刀を鞘にしまいこんだユウが尋ねた。
「なんだ、それ?誰かの金言か?」
「いや」
首を振るレディ・イースタルの脳裏に、<大災害>直後のミナミで会った咥え煙草のソロプレイヤーの顔が浮かんだ。
「まだ俺たちがミナミにいたころ、<グレンディット・リゾネス>は恐慌状態寸前でな。
俺自身、連中をまとめていく気持ちをなくしかけたことがあった。
その時、ユーリアスの繋がりで会った<召喚術師>に言われた言葉さ」
ユーリアスの昔なじみというそのプレイヤーは、年はおなじくらいだったろうか。
その一言を残し、そのプレイヤーは飄々と去っていった。
今は果たして、どこの世界にいるのか。
わからないままに、レディ・イースタルはユウの懐にごそごそと手を伸ばすと、煙草入れを煙管後と引っ張り出す。
何をする、という前に、不器用な手つきで葉を丸め、詰めて火をつけ、一口。
「ふう……禁煙するのもアホらしくなった。ミナミで買っておけばよかったぜ」
「そうだな。ユウさん、煙草吸っていけよ。
その人の言うとおりだ。謎は謎ではない。この世界でもそうなんだ」
クニヒコも、ぽりぽりと額を掻く。
強く掻きすぎたのか、爪に細い血がにじんだ。
「爪で引っかけば血も出る。顔を殴れば頬が腫れる。同じように、女の喉からは女の声が出る。
当たり前のことといえば、そのとおりだ」
そういって笑ったクニヒコに、ユウもようやく笑顔を返すことが出来た。
その顔に安心したのか、よっしゃ、と膝を打ってレディ・イースタルが立ち上がった。
ついでに灰をぽんぽんと暖炉に落とすと、気を取り直した声で告げる。
「じゃあ早速現状把握だ。俺は知り合いに同じ状況になったネカマがいるか確認する」
「なら俺は、<黒剣騎士団>に連絡を取ってみるわ」
煙管を受け取り、おぼつかない手つきで吸い始めたユウに、二人はそう言って別れを告げたのだった。
◇
「そうですか……ユウたちのほかにも、声の変わった<冒険者>が」
『ああ。まだロデリックのところで調査中だからなんとも言えんがな。
だが、お前の連れ同様、声が変わってパニックになっている奴はアキバにもいるぜ。
何かの薬の副作用かと思ったが、お前らのいる……あー。山口か?のほうでもおきているとなると
これはもしかすると世界規模の話かもしれんな』
「わかりました……何かあれば教えてください」
『わかった』
「どうだった?」
念話を切り、ため息をついたクニヒコにレディ・イースタルの声が飛ぶ。
その声に力なくクニヒコはこたえた。
「ああ、アキバでも同じ状況のようだ。一部、ネカマだった<冒険者>の声が変わっている。
今、あっちじゃそれが<大災害>の一環なのか、そうではないのか確認しているところだ」
「そうか……」
ユウたちの声は暗い。
自分たちだけにおきたことではない、ヤマト、もしかするとセルデシア全体に及ぶ異変が
実は終わっていないことをまざまざと知らされ、3人は不気味な戦慄を抑えられなかった。
無言の時間が過ぎる。
3人の誰もが、今後の異変のありようを考えていた。
「ともかく、俺たちを狙ったクエストではなかったってわけだ。これはでかいぜ、ユウ、クニヒコ」
沈黙を破ったレディ・イースタルの場違いに明るい声に、愁眉をやや開いたユウが呆れ声で返した。
「そりゃ、そうだけどな。お前さん……」
「なに、世界名作劇場でも言ってたろ。嫌なことがあってもよかった探しをしなさいとか何とか」
「じゃあ、ほかによかったことってなんだよ」
「ネカマだとばれない」
「口調でばれるぞ、お前の場合」
ははは、と笑い声が上がるが、それは突然断ち切られたように消えた。
「お、おい。ユウ、お前……」
「あん?」
震える手で指差したクニヒコ、その指が自分の股間に向けられていることにユウは気づき、
次の瞬間卒倒しそうになった。
血が、流れている。
たらたらと、妙に粘性の高い赤い液体が、自分のズボンを濡らし、床を這っていた。
「き、傷か……?」
自分で言いながらも、欠片ほども信じていない声でユウはつぶやく。
ぐっしょりと濡れた下着と鼻につく鉄の匂いが、そうではないことを彼女自身に知らせていた。
「……タンポンしてなかったな、お前」
「するか、阿呆!!」
叫んだ瞬間、今度こそユウは気絶した。
2.
『ピルって大事なのよ。黄体ホルモンを活発化させて妊娠してるような体にするんだよ』
『へえ』
妻―将来そうなった女性―が、大事そうにピルケースから一錠を取り出し飲むのを見ながら、雄一は適当な相槌を打っていた。
『それってどういうこと?』
『妊娠しなくなる、というのと、生理も楽になるのよ』
『へぇ』
『あなたもユウになったらきちんと飲むのよ。ないときはナプキンかタンポンできちんと処理しないと、恥ずかしい目に合うだけじゃなく不衛生だから』
『いや、俺男だし』
『何言ってんのよ。あなたどこからどう見ても女じゃない』
『へ?……うわ!』
す、と差し出された手鏡には、黒髪の女性のにやりと笑った顔が映っていた。
『よろしくね、わたし』
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
ユウは飛び起きた。
布団を蹴り飛ばしたらしい。布団だった物体は、見事に壁に張り付いている。
ドン、と隣に眠るクニヒコから壁に一撃が入る。
今朝もまた、ユウは自らの悪夢がもたらした叫びで目覚めていた。
無理やり同時に起こされるクニヒコは災難だったかもしれないが。
二度寝する気も起きないまま、顔を洗って服を着る。
部屋に取り付けられた金属板を磨いただけの鏡には、目に隈を宿した美女の顔があった。
(おはよう……ユウ)
細切れの眠りでまったく気分は乗ってこないが、<冒険者>の体は便利だ。
体調は良く、不眠による障害など何も起きていない。
自分に暗い声で挨拶をすると、ユウは腹を抑えた。
生理は5日目に入っていた。
すでにロカントリには1週間以上滞在していることになる。
動こうにも動けなかったのが事実だ。
ユウ、ついで次の日レディ・イースタルにも生理がきた。
特に彼女はひどく、2日目はベッドから一歩も動けないほどだった。
ここまでくれば、子供も出来るのかもしれないが、ユウは確かめる気持ちなどさらさらない。
彼女の腹は、何とか今日は鈍い痛みだけになっている。
(ろくでもない状況だ……)
だが、これがミナミやテイルロードにいる間に起きなかったことをどこかで感謝する。
無論、もしこの状況を作った神にユウが会えたとしたら
感謝の数万倍の罵詈雑言をたたきつける自信があったのだが。
(今日も寝とくか)
そう思い、朝食のためにユウが一歩踏み出そうとした、その瞬間。
ぐらり。
部屋がゆれた。
それが何なのか気づく前に、ユウの視界が回転する。
ドガガガガ。
立て続けの音に、壁が砕け散り、朝日が彼女の目を焼いた。
壁際に置いていた<ダザネックの魔法の鞄>が、巨大な穴となった窓から転げ落ちる。
地震だった。
声変わりはロデリック商会が言っていましたが、生理って起きるものなんでしょうか…?
なお、<私家版 エルダー・テイルの歩き方 -ウェストランデ編->よりレオ丸法師本人を登場させてもらいました。
感謝感謝です。




