18.<死の町> (後編1)
いろいろ書いてたら長くなったので、切って投稿いたします。
皆様の感想、ひとつひとつってこんなに嬉しいものなんですね。
町とはひとつの生き物だ。
最初の人がその荷を置いた瞬間、町は産声を上げる。
その人が去り、村ともいえぬ規模で終わる町もあるだろう。
しかし、次々と人が訪れ、住み着き、泣き、笑い、死んで生きて、その土地に守られ弔われ眠ったとき、
町は生きる。
死せる民はその土地を守る地祇となり、産土神となり、子や孫たち、遠い子孫たちを土地とともに見守り続ける。
そうして町は栄えるのだ。
だが、町の寿命も永遠ではない。
数千年を嘉する古の都とて、いつかは滅び去る日が来る。
壮麗な尖塔は倒れ、家々は朽ち果て、人々は去っていく。
疫病か、戦乱か、はたまた環境の変化によってか。
そして、最後の住民が神々の列に加わった時、町もまた死ぬのだ。
そうであれば。
町とそこに眠る人々―神々の、無念さ、悲しさ、憤しさは如何ばかりであろうか。
そうして慈しむべき子孫を喪った祖先たちの魂の欠片は、どこへゆくのだろうか。
1.
夕暮れ、ユウは静かなテイルロードの細い路地を駆けていた。
日が落ちる時間は盛夏のころと比べればずいぶん早くなり、既に夕闇が家々の影と一体化して
不気味な陰影を形作っている。
逢魔が時。
夜明けと黄昏の一時期を、ユウたちの祖先はそう語り伝えて恐れた。
そして今、ユウは魔に逢うとされる時間の中で、魔を斬るために奔っている。
(間に合わない……!)
出会い頭に会釈した<蘇った水死体>を抜く手も見せず切り倒し、
ユウは内心で叫んだ。
もうすぐ夜が来る。
偽りの日常を終えた死者たちが、生者を求め彷徨う夜が来る。
狩人であったユウが、狩られる獲物となる時間が。
今はまだ、水死体たちは兆候を見せていない。
だが、旧世界に比べればその規模は数分の一とはいえ、討ちもらした死者の数は多く、
そしてテイルロードは坂の町と謡われるほどに起伏の多い地形だ。
疲れ知らずの<冒険者>とはいえ、昨日からほぼ40時間近くにわたって走り続けた肉体は
既に限界を迎えつつあった。
(どうする?一旦この町を出て、近くで野宿するか?
しかし既に私たちはその一挙手一投足を監視されていると言っていい。
交代で眠りながら体力を回復させるべきか?)
アイデアが浮かんだユウの脳裏に、別れた二人の仲間の姿が思い浮かぶ。
後悔と自責の念に苛まれ続けている今の二人が戦力になるとは思えない。
無理やりにでも<シュリーカーエコー>を使わせるか、とユウが思い始めたとき
不意に彼女の視界が開けた。
坂道の上は、小さな広場になっていた。
そこに<水死体>たちが集まっている。
古代は神社か寺だった思しきその広場には、かがり火のように木々が乱雑に積み上げられ
その周囲を何をするでもなく死者達が立ち尽くしていた。
かつては地区の集会場だったのだろうか。
もしかしたら祭りをしようとしていたのかもしれない。
やけに綺麗な姿で翩翻と翻るユーララの神印を描いた旗が哀しかった。
ちょうどいい、とユウが抜き放った刀を手に足を向けたとき
日がすっと沈んだ。
とたんに、言いようのない不安を感じ、彼女の足が止まる。
ふと見れば、夕日の残照に照らされた広場の中で、ユウの最も近くにいたゾンビが顔を―顔だけを振り向いてユウを見ていた。
そのうつろな眼窩は、初めてユウに気づいたかのようだ。
彼の無言の視線に吸い寄せられるかのように、その場にいた<水死体>たちが次々と振り向く。
(まずい!!)
ユウが飛びのく間もあればこそ、<水死体>の全員がゆっくりと振り向いた。
後ろからもいつの間にかトン、トンと坂道を登る足音が聞こえてくる。
夜が、来たのだ。
◇
手にした剣、<妖刀首担>が震えるようにリィィィンと鳴った。
斬るべき敵を見定めた刀が、振るい手に危険を知らせたのだ。
ゾンビたちの全身から、虫たちがずるりと顔を出す。
それを踏み破るようにユウは駆け、手近な一人に剣を振り下ろした。
不意打ちではない。
ゾンビは大きく揺れながらも、一撃で死ぬことなく腐った手を伸ばしてくる。
腐汁にまみれたその腕を避けて一閃。
そのゾンビが倒れた瞬間、周囲のゾンビが手を振ってユウに襲い掛かった。
バックステップ。
女性らしいゾンビの傾いだ首を狙って一撃。頭骨に阻まれる。
そいつを放っておいて足を掴もうとするゾンビに<スウィーパー>。
四方八方からの手をすり抜けて<ラピッド・ショット>。
ぶんと大振りで殴りかかるゾンビをしゃがんで避け、振り仰ぎざまに<デッドリーダンス>。
後ろからも、坂を上がってきたゾンビがユウの襟首を掴む。
死者特有の恐るべき力で掴み止め、振り向いたユウの首筋を腐った歯が狙う。
<噛み付き>の目的はダメージではない。
その体に潜む無数の寄生虫や寄生芋虫を流し込むための攻撃だ。
無理やり振りほどき、悪臭を流しながら襲い掛かるゾンビに<アサシネイト>。
<暗殺者>は、強敵との1対1に真価を発揮する職業だ。
こういう場においてはその攻撃力も威力は薄い。単体に使うには過剰すぎるのだ。
不意にユウの肩におぞましい痒みが走る。
見れば、数匹の芋虫がとりつき、口吻を開いて皮膚を食い破ろうと蠢いていた。
気持ち悪さも捨てて、乱暴に掴み、数匹をまとめて握りつぶす。
爛れた皮膚をそのままに、走ろうとするとその足を何かが止めた。
船虫だ。
数十匹が数珠繋ぎになり、ユウの靴を噛み止めていた。
「ええいっ!」
掛け声とともに、その剣が走り、爆発したように船虫が散らばる。
それでもなお近づく数匹を無造作に踏み潰し、ユウは広場の端に飛びしさった。
見れば、広場はゾンビの海だった。
既に足捌きどころか、足の踏み場もない。
彼女の額に汗が垂れる。
その塩味を唇に感じながら、ユウは刀を構え襲い来るゾンビの群れに備えようとした。
「<アンカー・ハウル>!」
「<アースクエイク>!」
不意に、ここで聞けるはずがないと思っていた声が響いた。
ゾンビが声のした路地を一斉に振り向き、直後地割れが彼らを包む。
坂の上にあったその広場の地盤は脆かったのだろう。
広場の中央に嘘のように穴が開き、ゾンビたちは右往左往しながら飲み込まれていった。
下は岩場だ。
ゾンビは無論のこと、ユウたちでさえ叩き付けられれば無事ではすまない。
自分に向けてひび割れが走ってくるのを見た瞬間、ユウは大きく跳んだ。
そのまま、ゾンビたちの頭を踏み潰しながら、地割れから逃げる。
<暗殺者>、それも速度に特化したユウだからこそできた芸当だった。
「クニヒコ!タル!」
広場が完全に消失する瞬間、大きく跳ねたユウは旧友二人の元に片膝をついて着地していた。
「すまん、遅くなった!」
「確かにあそこでボケっとしてても何もならないからな。任せてすまない、ユウ」
タウンティングでゾンビの目を向け、一瞬で地割れに飲み込ませた二人は、そういって<暗殺者>に謝罪し、それぞれの武器を構える。
しかし、今のユウには目の前の戦いより気になることがあった。
聞く。
「クニヒコ?なんだ、その変な格好」
レディ・イースタルは昼間に別れたときそのままの格好だ。
動きやすそうな皮の軽鎧に、防寒のためケープを羽織っている。
顔色は青白いが、その目は既に虚脱していたそれではなかった。
問題はクニヒコだ。
<黒剣騎士団>時代から愛用している黒い全身鎧姿は変わらない。
しかし今の彼はその上に、風呂敷を束ねたと思しきぼろ布をまとい、
子供の玩具やら、小さな鍋やらといった雑多な品物を紐で結んで肩にかけていた。
その風体は、はっきり言って異様だ。
これが生活用具の集合体ではなく、巨大な数珠ででもあったならば
徳川四天王と呼ばれた古代の武将にも劣らない偉容であったに違いないが
今の彼ははっきり言って大道芸人のようだった。
「供養だ」
しかし、当の騎士は唇を引き結び、それだけ言うと大剣を構える。
その剣から光が伸び、かろうじて墜落を免れた一人のゾンビに直撃した。
「<オーラセイバー>。俺はこの町のことを忘れない。この町をこんな目に合わせた敵を忘れない。
この町に生きていた人のことを忘れたくない。だから、これを纏う。
これは俺の贖罪だ」
クニヒコが斬った子供のゾンビのものと思しき、胸にある小さな玩具に手で触れて、
黒衣の騎士は厳かに呟いた。
その真剣な顔に、ユウも茶化すことなく背を向け、敵に向き直る。
「ああ……そうだな。これは俺たちの罪、<グレンディット・リゾネス>の罪、<Plant hwyaden>の罪、
<冒険者>の罪だ。
供養してやらないとな」
「そうだ」
大技を使って苦しい息の下からレディ・イースタルが言う。
「俺は心のどこかで、この世界を舐めていた。
所詮ゲームからできた世界だ、ゲームのように万事めでたしとなる、とな。
俺たちの行動ひとつひとつが、この世界の<大地人>にどう影響するか、骨身にしみたよ。
俺はこの町をこんな風にしたボスを倒す。
それが俺の贖罪だ。誤った選択から、町ひとつを滅ぼした、俺の」
そして3人は飛び出す。
この町で生と死を奪われた人々の為に。
2.
夜明けの光が3人を照らした。
周囲には無数とも言えるゾンビが倒れ伏している。
その中心で、3人はお互いに背を預け、三角形の孤城となって立っていた。
生きているゾンビの姿はもう数匹しかいない。
彼らは夜明けの光とともに、再びまがい物の日常に戻ろうとする。
その背を、陣形を崩した3人が切り裂いた。
クニヒコの大剣が農夫のゾンビの背骨を真っ二つに斬り割り、
ユウの刀は蛇のようにしなって町民のゾンビ―3人が訪れた宿屋の亭主―の首を捥ぐ。
そしてレディ・イースタルは、まだおぼつかない足取りでヨチヨチと歩く少女のゾンビを追った。
少女はこれから夢を見るのだろうか。
両親も、友達も、近所の人々も平和に暮らし、その中で親の手伝いをし、遊び、明日を夢見て眠る夢を。
それらはすべて失われ、動くその体は誰もいない町で彷徨うばかりであるというのに。
その姿が不意に、振り向いたユウの中でイチハラの少年少女―夏をともに過ごしたコルたち―、
そして、半年近くも会っていない自らの子供に重なる。
ゾンビと化した少女は年のころは10歳くらいだろうか。
あのコルたちや、下の息子と同じ年だ。
何事もなければ、イチハラの子供たちや、自分の子供同様、豊かな春秋に恵まれて
ゆっくりと育ち、美しくなり、恋をして結婚し、子供を育て、年老いて孫を抱き、子孫に看取られて死ぬはずだった少女。
「すまない」
ささやいた言葉は自分のものか、それとも槍となった杖を振り下ろしたレディ・イースタルのものか。
それすらわからないまま、ユウは涙を流して少女が首を撥ねられる瞬間を見続けた。
「<向かい合う島>にいこう。クエストなんて名前でなく」
クニヒコが言った。
レディ・イースタルは静かに頷く。
「共犯者の俺がするのはおこがましいが―敵討ちだ。
絶対に、この町をこうしたヤツを殺してやる」
涙に濡れた3人は、静かに佇む<向かい合う島>を睨み付けた。
既に読者諸兄姉にはお分かりのことと存じますが、
本話の舞台、テイルロードは広島県尾道市です。テイル(尾)ロード(道)という安直な発想ですね。
そして<向かい合う島>は同じく尾道市の向島町をイメージしています。
実際はゾンビなんかいない綺麗な町なのでぜひいらしてください。
坂道の上から見る晴れた瀬戸内海は、穏やかな風景と相まって非常に美しいです。
朝の連続テレビ小説で有名になったお好み焼きやラーメンのほか、目が覚めるほどに美味なちくわを作る練り物屋さんなどもあります。
向島も、多くの船が産声を上げ、世界の海に乗り出していく気持ちのいい町です。
実は当方の故郷なのですが、ふるさとだからとメチャクチャにしてしまいました。
同郷のかたがた、ごめんなさい。




