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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
25/245

17.<西へ>

1.


 碁盤の目のように整然と並んだ区画。

あちこちに立ち並ぶ、神代の遺跡。

彼方には、風雨でボロボロになり、既に何を意味しているのか<大地人>の古老すら知らないが

両手を広げ走る男の巨大な絵が掲げられている。


 ミナミ。


<神聖皇国>ウェストランデ第二の都市にして、その繁栄と豊かさでは都たるキョウを凌ぐとすら言われる町。

<冒険者>の、すなわち<Plant hwyaden>の拠点であり、城下町であり、難攻不落の要塞。

それが、遍く西方の<大地人>たちに畏怖を持って語られる<西の都>ミナミだった。


その一角にある小さな屋敷。

元はどこかの貴族の別邸だったのか、瀟洒な雰囲気を残すその建物の扉を、丁寧に叩く者がいた。


「気持ちは決まりましたか?」


その日、コーラスがにこやかに戸を開けると、いきなり怒声が彼の鼓膜を叩いた。


「だから、荷物は個人で公平に分けろ、って言ってるじゃねえか!!」

「ええ。ですから公平に分けてるんですよ。プレイ年数順にね」

「だからって俺の私物が薪一本とはどういう了見だ!」

「だってあなた、20年もプレイしてるんでしょう?金くらいいくらでもあるじゃないですか。

ああ。お望みならこれもつけましょうか?

『おひめさまとあくまのこえ』改訂版だそうですよ。副題で『ゆうしゃユーリアスとあくま』とありますね」

「お前、それ自分で作らせただろ!どの面下げてそんな本を出せるんだ!?」

「この面ですが」

「………~~~~っ!!!!」


「……お元気そうですね」

「ああ。おかげさまでな。お前ら<Plant hwyaden>が、ミナミに戻った俺たちを有無を言わさずこの屋敷に放り込んで、ありがたくも看守(ごえい)までつけてくれたおかげで、俺たちは運動不足でイライラしてるんだよ」


皮肉めいたレディ・イースタルの挨拶も気にせず、コーラスはパタンと扉を閉めると部屋に入った。


「何か不足するものはありませんか?あと1日ですが、我々<Plant hwyaden>はあなた方を賓客として遇します。

足りないものがあればおっしゃって下さい。手配しますので」

「たこ焼きと関東炊きと『面白い恋人』をくれ」

「ええ。すぐお持ちします」

「あるのかよ……」


呆れた顔のレディ・イースタルに、コーラスはにこやかな笑顔のまま目を向けた。


「あなた方が<Plant hwyaden>に参加してくださることを思えば、特に浪費とは思いませんね。

……心は決まりましたか?」

「ええ。私はここに残ります」


漫才めいた会話を止めたユーリアスが、目の前の侵入者に対して慇懃に答えた。


「へえ!名高いユーリアスさんの加入とあればうれしいですね。

ほかのメンバーは?」


周囲のメンバーを見回すと、手がちらほらと挙がる。

いずれも、ギルド加入前からミナミを拠点にしていたメンバーだ。


「ほかのかたがたは?」

「俺たちはアキバへ帰る」


先ほどまでの喧騒が嘘のように押し黙るメンバーを代表して、ギルドのナンバー3である<妖術師>のジオが答えた。


「ですがミナミもいいところですよ?あなた方にとっても、悪い場所ではないと思いますが」

「アキバに友達がいるんでね。悪いが約束だ。俺たちを帰してくれ」

「……やむを得ませんね」


17人のギルドだった<グレンディット・リゾネス>。

そのうち、11人がアキバへの帰還を望んでいることに気づき、コーラスは笑みをわずかに罅割れさせて、それでもにこやかな態度を崩さないまま答えた。


「では、アキバへ帰るという方々はこちらへ。

国境のボクスルトちかくまで、<召喚術師>が送りますから」

「変なことをするなよ」


レディ・イースタルの恫喝するような声にもコーラスはにこやかに頷くのみだ。

自ら扉を開けて、案内するつもりなのか率先して外へ出て行く。


「じゃあ、レディ・イースタル(ギルドマスター)、ユーリアス。また会う日まで元気で」

「アキバで活躍を祈ってます」


口々に言い残し、アキバへの帰還組が出口へと去る。

万感の思いをこめて握手をし、冗談交じりに分けていたアイテムを渡して、レディ・イースタルは彼ら一人ひとりの『ギルド脱退申請』を許可した。


「では。……あなたはいいギルドマスターでしたよ」


最後にそう言ってジオが去った後、がらんとした屋敷の中には、ミナミへ残ると決めた<グレンディット・リゾネス>の面々、そしてレディ・イースタルだけが残った。



足音が遠ざかっていく。

その音が聞こえなくなり、しばらく経ってから、全員の脳裏にぽん、とウィンドウが開かれた。

ギルドチャットだ。


『何とか無事に逃がせましたね』

『すまんなユーリアス、それにお前ら、貧乏くじを引かせて』

『いいんですよ』


残ったメンバーの一人、又五郎がにか、と笑った。


『今のこの世界じゃどっちがマシかわかりませんしね。それに、一番大変なのはギルマスでしょう。

どうやってあいつらを出し抜いて脱出するんです?

というより、なんでギルマスだけ選択の余地がなかったんでしょうかね?』


無言のまま、お茶を一口すすって答えたのはユーリアスだった。


『又五郎、ギルマスのほかのプレイヤーにない特質は何だと思います?』


質問をする教師のような口調のユーリアスに、又五郎どころか周囲のメンバーも首をひねる。


『さあ……プレイ歴が長いところかな?』

『違います。プレイ歴でいえば、ギルマスはベータテスターには及びません』

『強いところか?』

『ギルマスより強いプレイヤーなんてどこにでもいますよ』

『ギルドマスターをやってて俺たちを率いているところ』

『我々はどっちみち解体されるわけですから、我々を率いても仕方ありません。

何より、<|Plant hwyaden(このギルド)>は典型的な上意下達(トップダウン)型の組織です。

独立心の強いリーダー上がりなんて不要です』


『俺が<伯爵>だからだろうな』

『ご名答』


うんざりと答えたレディ・イースタルに、口を閉じたままユーリアスが微笑んだ。

にか、と答えたレディ・イースタルが、不意に大声を上げる。


「さあて、アキバに逃げてった連中も出てったことだし、ひと寝入りするか」

「いいですね。じゃあ私もちょっと昼寝します」


『あわせろ』


ギルドマスターのチャットの指示に、声の意味を理解したメンバーが、わざと看守―<Plant hwyaden>の下級プレイヤーに聞かせるように大声で返す。


「ギルマス、いびきかかんでくださいよ!うるさいんだから」

「出て行った連中は、ギルマスのいびきと歯軋りに悩まされないことだけはうらやましいな」

「体質なんだよ、ほっとけ!」


ひとしきり騒いだ後、適当に雑魚寝をする振りをしながら、<グレンディット・リゾネス>はなおもチャットで相談を続けた。



『<伯爵>がそれだけ特別なサブ職業なんですか?』

『そうだ、又五郎。考えても見ろ。連中の権力の源泉は神聖皇国(ウェストランデ)だ。

つまり連中は、<大地人>貴族と融和、あるいは支配して今の力を保障している。

相手は生粋の貴族だ。俺たち<冒険者>は力で連中を黙らせることはできるが、本当の意味で協力させるには、連中の価値観に沿った解決をしてやる必要がある』

『ギルマスの持つ<伯爵>はそんじょそこらの爵位ではない。

実時間でいう19年前、当時の斎王から下賜された、というイベントで得たサブ職業です。

それは<大地人>にしてみれば、途方もないほどの権威を持つ爵位なのです』


ユーリアスの説明に、メンバーもああ、と思い出す。

テイルロードの町長が、わざわざレディ・イースタルを領主にしようとしていたことを。


『あの町長はわかっていたんです。今の神聖皇国の名目上の王である斎王家も、実質上の王である執政家も、元を正せば権威の源泉はどちらも旧ウェストランデの皇王です。

その皇王に、未だ血も近かった時代の斎王直々に賜った<伯爵>。

<大地人>にしてみれば、権威だけなら現代の公爵や侯爵すら凌ぐ。

どうやらこの異世界(セルデシア)でもそのようですが、本来爵位というものは自動的に継承されるものではありません。

代替わりのたびに、主君に改めて陛爵されることで初めて、親の権威と権力を引き継ぐのです。

しかし今のウェストランデもイースタルもナインテイルも、爵位を定めるべき王が不在の状況にあります。

斎王家は皇家の分家ではあるが、正統な王位の継承者ではない、というのがイースタルやナインテイルの貴族たちの見解ですから。

そういう意味では今のヤマトの貴族たちは一人残らず、爵位を自称しているにすぎないわけです。

その中で<Plant hwyaden>に一人、正式、ではないにせよ皇王に最も近かった血の斎王に陛爵された貴族がいる。

アドバンテージと影響力はものすごいものでしょうね』


『そのとおりだ。つまり俺は、<Plant hwyaden>に入った瞬間からキョウ駐在で、白面妖怪(おしろいおばけ)どもに囲まれて楽しい楽しい宮廷貴族生活、ということだな』


心底嫌そうにレディ・イースタルが吐き捨てると、ギルドチャットに笑いが起こった。


『結構面白そうなんですけど、それ』

『ギルマスのそのときの顔、見てみたいです』

『さしずめ題名は『あくまのおひめさま、みやこにいく』でしょうか』

『黙れお前ら!ユーリアスも絵本を捏造するんじゃない!

お前らには悪いが、俺はそんな生活真っ平だ。どうやってでも逃げてやる』


最後は呻きに近い声で呟くレディ・イースタルを面白そうに見ながら、ふと又五郎が尋ねた。


『それにしてもなんでユーリアス(サブマス)はそんなに詳しいんだ?<大地人>貴族のこととか、普通知らないだろう』

『何でもありませんよ』


そう答えたユーリアスだったが、答えになっていないと思ったのか、言葉を重ねる。


『むかし<せ学会>という組織にいましてね。もちろんまだゲームだった<エルダー・テイル>の話です。そこでいろいろ、雑学をひねりあわせてこの世界のあれこれを解釈していたんです。

その名残ですよ』

『へえ……』


沈着冷静な<歌う軍師>の過去に、居並ぶメンバーがそろって嘆声(へえ)をあげた瞬間、

重厚な扉の外に、カツカツ、と金属鎧特有の足音が響いた。


『打ち合わせは一旦中止だ。夕方、またやるぞ』

『『了解』』



「みなさん、彼らは無事に……おや?」


コンコン、と扉をノックして開けたコーラスが目にしたのは、タオルケット代わりの布を腹にかけ、それぞれ適当な格好で雑魚寝をする<グレンディット・リゾネス>の面々だった。

その中心に寝転がり、あられもない姿を曝け出して寝ているレディ・イースタルを見て、コーラスの顔が言いようもない表情に歪む。


「まあ、あと1日ですからね。のんびりしてくださいよ」


その言葉と、爬虫類のような視線の痕だけを残して、<Plant hwyaden>の<盗剣士>は扉を閉じた。



2.


 翌日。


レディ・イースタルと彼女の「元」ギルドメンバーたちはミナミの西門を出たゾーンにいた。

既に空は秋特有の高さを見せ、夕闇が迫るこの時間の風は肌寒い。

寒暖に強い<冒険者>といえど寒さを感じないわけでなく、レディ・イースタル自身、いつもの皮鎧の上からケープを一枚羽織っていた。


「来ました」


<Plant hwyaden>のギルドタグをつけたユーリアスが静かに言うと同時に、全員の耳に馬蹄の響きが聞こえる。

それは二つに分かれ、やがて馬に乗る二人の<冒険者>の姿となって現れた。


「よく来たな!」


黙る一団を代表して、レディ・イースタルが叫ぶ。

彼らの目前で馬を降りた男女二人の<冒険者>は、旧友(レディ・イースタル)の胴間声に苦笑を浮かべつつ歩み寄った。


「久しぶりだな、タル」

「タルさんもユーリアスさんたちも、元気そうで何より」


ユウとクニヒコだ。


彼らは、道中で出会った<召喚術師(サモナー)>の青年のアドバイスどおり、ミナミを大きく迂回して、西側から町にやってきたのだった。


「それにしてもあの三宅さんがねえ。これまた見事に化けましたね」

「お前こそ、威風堂々たる騎士じゃないか、クニヒコ。ユウは……目つき悪いな」

「生まれつきだよ、最初の台詞がそれか……」

「じゃあ言い直そうか?ぬばたまのような黒髪、神秘的な瞳、雪のような白い肌に天使のようなかんばせ、無骨な忍び装束に包まれた体は女豹のような色気としなやかさを湛え……」

「もういい。黙っててくれ」


ははは、と笑いあう3人。

その雰囲気を壊すかのように、後ろに控えていたコーラスが口を挟んだ。


「はじめまして、ユウさん、クニヒコさん。ゲーム時代からお名前は存じていました。

さあ、レディ・イースタル。約束です。<Plant hwyaden>へ移って……」

「誰だ、この無粋なガキは」


にこやかに話を続けようとしたコーラスは、ユウの声にぴしりと表情を強張らせた。


「……<Plant hwyaden>のコーラスです。こちらはサルマ。このかたがたのお世話を仰せつかっています。よろしく」


ぎこちなくコーラスが伸ばした手を胡散臭そうに見て、ユウは手を出さないまま白けた目を向けた。


「<Plant hwyaden>だと?旧友の再会に、なぜお前らが邪魔をする?」

「約束なんですよ。あなた方に<グレンディット・リゾネス>のギルドタグを見せたら<Plant hwyaden>に移るとね」

「本当か?タル(レディ・イースタル)

「委細承知した、と答えたからな」


しれっと頷いた友人に胡乱げな目を向けると、ユウは言った。


「あいにくこっちは委細も何も承知してないぞ。俺たちはこいつを連れて行く」

「それは困りますな」


笑顔も砕け散り、敵意に満ちた目で睨み付けたコーラスの横で、ユーリアスが一歩進み出る。

その手に握られているのは彼の楽器武器、<戦乙女のリュート>だ。


「ユーリアス。いくらお前でも、邪魔をするなら許さんぞ」

「約束は約束です。そして私たちも、<Plant hwyaden>に参加したとはいえ、ギルドマスターを奪われるわけには行きません。これ以上無法をするのなら……覚悟してください」

「俺がいるのも忘れるなよ」


ガシャ、という足音を響かせ、クニヒコも前に出る。

そのままユウとレディ・イースタルを<Plant hwyaden>から遮るかのように立った。

剣に手をかけないとはいえ、その威圧感に居並ぶ<Plant hwyaden>の面々の足が思わず一歩下がる。


「レディ・イースタル!あなたは約束を破るのですか!」


コーラスの絶叫が響いた。

その声に驚いたのか、あちこちの梢から鳥が飛び立ち、人気のない草原をしばし騒音が満たした。

音にまぎれるかのように、<Plant hwyaden>に参加した元<グレンディット・リゾネス>の面々が各々の武器を抜く。


「いや、俺は……」

「では早くこちらへ!ミナミへ入れば安全です!」

「だけど、友人同士で……」


煮え切らないレディ・イースタルに業を煮やしたのか、長剣を抜き放ったコーラスの足が消えた。

俊足、というのもおこがましいほどの速度で駆け寄ったのだ。

そのままレディ・イースタルの細い腰を鷲掴みにして後ろへ放り投げようとする。

ゾーンの向こうはミナミ。ユウたちが決して立ち入ることのできない場所だ。


「このミナミでふざけたことを!」


そう叫んで振り下ろした長剣を、巨大な鉄塊が遮った。


「手を出すな!無法者が!」

「無法者はどちらだ!」


鍔迫り合いながら、クニヒコとコーラスが叫ぶ。

いきなり戦闘に突入した二人を見て、ユーリアスが後ろを振り向いて鋭く叫んだ。


「サルマ!援護です!あの二人をアキバへ叩き返さないと!」


頷いたサルマが、己の武器―長刀を構えて前に出る。

その刃に炎が巻かれ、走る彼女の足元に魔法陣が浮かび上がった。

その切っ先が狙うのはクニヒコ―ではなく、ユウだ。


「<インフェルノストライク>」

「ぬるい!」


刃が<暗殺者>を狙う寸前、その足元に煙が噴き出した。

<暗殺者>の特技、<シェイクオフ>だ。

一瞬の煙幕は、あっという間にユウと、その周囲に立つレディ・イースタルを視界からかき消す。

大振りの一撃でその煙幕を切り払ったサルマは、ふと周囲の煙の色が変わったことに気がついた。

灰色の煙幕に見え隠れする毒々しい緑の霧。


「……っ!」


咄嗟に息を止め、地面を蹴って後ろに飛びのく――既に遅かった。


「……っ!ああっ!がはぁっ!!」


聞こえようによっては色っぽくすらある叫びを上げて、サルマが喉をかきむしって倒れこむ。

その頭上に影が差した。


「<窒息>と、道中で作った<痙攣>の毒だ。体は動かない、息もできないとわかれば苦しかろう。

楽にしてやる」


驚愕と、恐怖の色をあげて見上げるサルマの頭上から、音を立てて<堕ちたる蛇の牙>が唸る。


「あっぎゃあああっ!!」


ガシュ、となんともいえない湿度のある打撃音が響いた。


「サルマ!」

「おっと。こっちだ。<タウンティングブロウ>!」


目の前の<守護戦士>を振りほどこうとしたコーラスは、先ほどのまでの苛立ちが倍加する音を脳内で聞いた気がした。


「ええいっ!<アーリースラスト>!<ヴァイパーストラッシュ>!」

「<クロス・スラッシュ>!」


苛立ち紛れの一撃を剣を掲げて防御し、付けられたダメージマーカーを振りほどくようにクニヒコは猛攻を加えた。

コーラスも負けてはいない。後ろのユーリアスが奏でる<マエストロエコー>と<剣速のエチュード>に助けられるように、ユウに並ぶ攻撃速度で目の前の<守護戦士>を撃つ。


「お前らも来るか?それとも逃げるか?」

「ええいっ」


嘲るようなクニヒコの挑発に、又五郎が抜いた刀を肩にかけて飛び込んだ。


「又五郎!勝てると思うか!」

「ギルマスを連れて行かせるか!」


戦意がそのまま音になったかというほどの咆哮を上げて又五郎が飛び掛る。


「<朱雀の構え>!」


彼に続くかのように、ユーリアス以外の3名もクニヒコに向かった。


「あが……あ」


その後ろで不気味な呻きが響いた。

思わず戦闘を忘れた全員が振り向くと、そこには上半身を血でぬらした<暗殺者>の姿。

そしてその下で断末魔の痙攣をしているのは、かつてサルマと呼ばれた<妖術師>、その残骸だった。

<冒険者>特有の美しい顔はどこにもない。

顔のあった辺りは、赤と白の液体と破片が流れ落ちる、言いようのないくぼみと化していた。

その、まだかすかに原形を保っていた顎がひゅう、と最後の息を吐き、

一瞬の後に全身が泡に溶けて消える。


「ひ、ひでえ……」


惨殺、という言葉でも、今のサルマを評するには生々しさが足りないだろう。

文字通り<妖術師>の顔面を壊したユウがぬらり、と立つ。

全身を血と脳漿で染め上げた姿は、おぞましさを通り越して異界の邪神めいた美しささえあった。


「さて。次だ」

「ひっ」


真っ先に腰を抜かしたのはレディ・イースタルだ。

その姫君めいた白皙の美貌が、恐怖のためか更に白くなっている。


「タル。貴様が黙ってついてこないから、こんな羽目になった。

恨むなら貴様の優柔不断さを恨め」


先ほどまでの友好的な雰囲気は失せ、氷人形のような表情で言いながら剣を一閃する。

切り倒された<グレンディット・リゾネス>だった一人が、瞬時に転がって全身をひくつかせた。


「<痙攣>」

「あがっ!」


次の一閃。別の一人が、剣を向き合わせる暇もあればこそ、仲間と同じく転がる。

その顔が一気に赤く、ついで青白くなり、そのまま彼は嘔吐を始めると泡と消えた。


「<疫病>」

「やらせません!<ディゾナンススクリーム>!」


不意に周囲を不協和音が包み込む。黒板を四方八方から引っかかれたような音に、さしものユウも足を止めた。

その隙に、コーラスが走り寄る。


「援護を!よくも仲間を!<クイックアサルト>!<ダンスマカブル>!」


威力を上げた一撃がユウの腹に突き刺さり、HPを一気に削った。

内臓を貫かれた痛みからか、「ごふ」とユウが唸る。

更に<マエストロエコー>の追撃。HPが1割を切ったユウがすばやく飛びのき、手にした霊薬(ポーション)を口に当てた。


「やらせん!……っ!?」


ポーションをラッパ飲みしながら片手で投げた投げ矢がコーラスの足を縫いとめる。


「<シャドウバインド>……小ざかしい!」

「小ざかしいのはお前だ、<Plant hwyaden>に思うようにはさせん」


半分近くまでHPを回復したユウが一足飛びに懐に入り、コーラスの腹に一撃を振るった。


「<ヴェノムストライク―痙攣>」


一瞬で全身に震えが走り、氷室に放り込まれたような寒気と共にコーラスの動きが止まる。

もはや無力化されたコーラスを軽く蹴ると、ユウはユーリアスに向き直った。


「どうする?逃げて仲間を呼ぶか?」

「その間にあなたはギルマスを攫うでしょう。手向かいしますよ」

「もうすぐあのサルマとかいう<妖術師>も復活するころだ。

すぐ殺してやる」


リュートを構えたユーリアスにユウが飛び掛る。


「<グランドフィナーレ>!」

「<パラライジングブロウ>…<アサシネイト>!」



 ◇



「……あとは……頼みます。さよなら……ギルマス……」


ほかの全員が地に伏し、最後まで残っていた又五郎も倒れた。

最後の一声に、それまで無様に逃げ惑っていたレディ・イースタルが、すっくと立ち上がり部下(またごろう)に頷く。


「ああ。すまなかった。ひどい目にあわせて。達者で暮らせ」

「いくぞ!ぐずぐずしてたら追っ手が来る!」


クニヒコが馬を呼び出して叫んだ。

ユウとタルが頷き、各々の馬を呼び出すと足跡がつきづらい丈の高い草原を縫って走り始める。




すべては狂言だった。

念話を介したクニヒコとユウも交え、<Plant hwyaden>の追っ手が来たときのために、と打ち合わせていた芝居だ。

もともと、<Plant hwyaden>に残留を決めたメンバーは又五郎をはじめ数名いた。

彼らの保護と取りまとめのために、ユーリアスもまたミナミに残ったのだ。


『<せ学会>のメンバーもいますからね。無茶苦茶な扱いは受けないでしょう』


ミナミに残ることを彼が表明したとき、総出で止めたレディ・イースタルたちにユーリアスが告げた言葉である。


『<Plant hwyaden>が最もほしいのは<伯爵>であるレディ・イースタルです。

<グレンディット・リゾネス>全員がアキバに去れば、<Plant hwyaden>は面子にかけても脱出組を追うでしょうし、ギルマスにも執拗な追っ手がつくことになる。

クニヒコさんほどではありませんが、それなりに名前を知られた私が<Plant hwyaden>に残るといえば、彼らも最低限の面子が立つはずです』


甘い見通しかもしれない。確かにユーリアスは元<甲殻機動隊>のレイダーだが、現役ではないのだ。

だが、ユーリアスの決心は固かった。


『ユウさんとクニヒコさんに対して、我々は全力で戦います。

そして、ミナミへ死んで戻ったら執拗に追っ手を主張します。

そうしておけば<Plant hwyaden>とはいえ、我々を無碍にはできない。

元<グレンディット・リゾネス>として、迫害されずにすむ。

もし迫害されたら?ギルドをそのままにしてでもアキバへ逃げますよ。

だから全力で私たちを倒したあとで西へ向かってください。東は封鎖されていると考えたほうがいい』

『すまん、ユーリアス』


情にもろいレディ・イースタルが自分を抱きしめておいおいと泣くのを照れくさそうに見て

ユーリアスは彼らしい軽口で打ち合わせを終えたのだ。


『一般的な男性なら一度だけでも姫君っぽい人に抱きつかれて泣かれたいものでしょうが

おじさんじゃあねえ……聞き苦しいんでせめて声を出さずに泣いてくださいよ』


そうしてユーリアスが立案し、ユウたちと<グレンディット・リゾネス>が演じた猿芝居は幕を閉じた。

今頃、ユーリアスたちは血相を変えて、<Plant hwyaden>に追撃を主張していることだろう。

おそらくは、見当違いの方向に。

最後まで忠誠を尽くしてくれた部下たちに感謝しつつ、レディ・イースタルは自分ひとりだけ残ったギルドの、その下にある『解散』という文字を押した。





「ギルドを消したか」


ユウの声に、馬を走らせながらレディ・イースタルは黙って頷いた。


「これからどこへ行く?」

「テイルロード」


かつての世界では宝塚と呼ばれた大地に、静かな声が響いた。

<グレンディット・リゾネス>が受けた、最後のクエスト。

<Plant hwyaden>の乱入のおかげで中入りになってしまっているが、

そのクエストはまだ終わっていない。


3人は西へと馬を走らせる。

どこまで3人の道が交わっているのか、それは彼ら自身ですらわからないことだった。




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