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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
245/245

最終話 <ある毒使いの死>

1.


 何かが、聞こえる。


意味の取れない音の羅列が、かすかに彼女の耳に届いた。

それは、子供のころに聞いた童歌のようでもあり、あるいは誰かの哭泣(こくきゅう)の声のようでもある。

何度も聞いたことがあるようにも、初めて聞くようにも思えた。





 数瞬前。


 ユウの刃は、人間でいうなら両脇にあたる部分を抉り抜き、怪物の背中まで達していた。

ごり、と刃が捻られ、体内に空気――生命にとっては致死の酸素を送り込む。

びくり、と<教主>が痙攣し――足下の砂浜に突き刺していた触手がぐにゃりと折れ曲がった。

怪物のステータスに描かれたHPバーの色は混じりけのない赤に変わり、蠢いていた無数の触手が統制を失って暴れまわる。


同時にユウの手の中でぱきり、と音がした。

二振りの刀のひび割れが大きく、細く広がっていき――限界点を超えた瞬間、一斉に砕ける。

怪物と道連れになるかのように、刀たちはきらめく破片へと変わっていく。


(毒薙……風切丸……)


 口の中で呟いた言葉は、惜別の辞ではない。

最後まで己の役目を全うした愛刀たちに哀悼の念は無論あるが、それよりも感謝の念のほうが大きかった。

彼らは単なるアイテムに過ぎない。

だが、同時にユウの旅を最も間近で見てきた存在でもある。

最後の最後まで、自分を守ってくれた刀の欠片に、彼女は小さく瞑目した。

その瞬間のことだった。


 その一撃をユウは避けることができなかった。

いや、避けようとしたところで避けきれたかどうか。


ずぶり。


 ユウの背中を激痛が走る。

凄まじい痛みは、瞬く間に体の中央を貫いて、腹部で爆発した。

怪物の最後の意志によるものか、彼女の内臓がみじん切りになりながらぶちまけられた時、

彼女は、自分のHPも尽きた事を悟った。

どさりと倒れたユウの体はやがて光となって崩壊し、この世界における死が始まるだろう。


普通ならば、それはわずかな眠りに過ぎない。

過去の記憶と引き換えに、<冒険者>は死の世界から戻ることを許されるからだ。

だが、対価たる記憶を、厄と引き換えに失いつくした今のユウに、その許しが得られるかどうかは、

文字通りどこかの誰か()のみぞ知るといったところだった。


 自らを討ち取った敵手もまた、自らの触手に斃れたことを見届けるかのように、

怪物は無言のまま、光となって消えた。 



2.



 思い返せば、一瞬の攻防だった。

現在のユウは大の字に寝転がっている。

内臓は周囲に散乱したままで、今も血がどくどくと流れ落ちていた。

そのまま、戦いに思いを馳せていると、ふわり、と体が心地よい浮遊感に包まれた。

かすんだ視界の其処此処から、目に鮮やかな虹色の泡が浮かんでは空に昇っていく。

死が始まったのだ。

ふと瞳だけを横に向ければ、そこには先ほどの対峙以来、奇妙な光の明滅を繰り返す<盟約の石碑>の姿があった。


<盟約の石碑>


 元は単なる、アタルヴァ社の存在を示すためだけの、意味もない筈の設置物(モニュメント)だ。

少なくともユウの知る限り、それがどこかへのゲートとして機能したり、モンスターを呼び込む存在となったという話は聞かない。

ユウのとりとめのない思考の片隅に、ほんのわずかな疑念と――恐怖が浮かんだ。


なぜ、こいつはいまだに光っている?

なぜ、低い音を立て続けている?

――なぜ、こいつの光は強まっている?


その小さな疑惑は、すぐに確信へと変わる。

ユウから生み出された光の泡が、天に消えるのではなく、唸りを上げる<盟約の石碑>の中に溶け込むように消えていることに気が付いたのだ。


気怠ささえ感じるような、ふわふわした気分は一瞬で吹き飛び、ユウは身を起こそうとした。

しかし、できたことはほんのわずかに地面を引っ掻いたことだけだ。

ユウのHPは尽きている。

それは、この世界に影響を及ぼす行為を彼女がもはや許されなくなったことの証だった。


「<盟約の………石碑>!」


そもそも<盟約>とはなんなのか。

神と人の盟約というが、その主体たる『神』と『人』とは誰のことを指すのか。

盟約の中身とはなんなのか。




 ユウは強く後悔した。

少なくともまだ生きていた間に、それを調査すべきだった。

もしかしたら、彼女の追い求めたものに繋がる何かを、それは隠していたかもしれないのに!



 だが、すべては遅すぎた。

彼女の体と魂を構成するものたちが、ふわりふわりと石碑に吸い込まれ、同時に彼女の思考が混濁していく。

論理的な思考能力は失われ、散漫な思考は徐々に、失われつつある記憶に回帰していく。


<エルダー・テイル>でのこと。

元の世界――地球での思い出。

<大災害>以降の冒険の日々。


 既に9割がたは失われたであろうそれは、奇妙な鮮やかさでユウの脳裏を掠めては、泡となって消える。

前後の脈絡を考えられなくなり、焦燥感だけが絶頂に達しようとした刹那、

ふと、ユウの耳に誰かの声が聞こえた様な気がした。


『何とかできると思います』



 それは、はるか昔に思える初夏のアキバで、殺戮に狂った自分の耳に聞こえた声と同じものだった。

自分の中で答えの出ない――いや、本当は出ている問題を、直視させてくれた声。

その持ち主の顔を、ようやくユウは思い出した。


 先ほど月の彼方にある秘密を解く人間はだれか、と考えた時、脳裏に浮かんだ顔だった。

取り立てて親しくはないどころか、顔見知りともいえない。

まだゲームがゲームであったころ、ちょっとした冒険を一度、共にしただけに過ぎない。

<エルダー・テイル>というゲームを同時期にプレイしていただけの世界のどこかの赤の他人――その程度の相手でしかない。


 だが、それでいて奇妙に印象に残る青年だった。

それは、お仕着せのPC(アバター)を介してさえ感じ取れた、底の知れぬ怜悧さゆえか、

あるいは物静かながら的確にポイントを捉えた、説得力のある発言ゆえのことか。


シロエ。


自分より年下であろう、その名前を持つ<冒険者>は、今はクニヒコやレディ・イースタルも所属するアキバを率いている。

たった一人の自分ではなく、日本サーバの半数に達する<冒険者>の英知と能力を集めて、この世界に対峙しているはずだ。

彼ならば、もしかすると。



 不気味な光を強める<盟約の石碑>を見る。

鳴動するその物体は奇妙にぶれて見え、暗い夜の闇の中でそれはまるでざわめいているようだ。

それがどのような秘密をその中に秘めるにせよ、石碑自身は今、その秘密の一端を解き放つ気になっているようだった。

その秘密を解くことは、もはや自分には不可能。

かといって、この場から逃げることも出来ない。

出来ることは。



「ユウさん!!!」


 

 声が聞こえた。

戦闘の音を聞きつけてか、それともユウが戻ってこなかったことを心配してか、

レンインが駆けつけてくれたのだ。

道服の裾を無作法にたくし上げて駆けてきた彼女は、そのままユウを抱きしめた。


「死なないでください! 死なないで! ここで死んだら、もしかしたら」


幼女のように泣きわめく声は、昨日のような再会の喜びではなく、別離への恐怖だ。

彼女もわかってはいるのだ。 もはやユウが限界だと。

その声に、ユウは答えない。

代わりにぽんと肩をたたき、掠れた声で告げた。


「……ここで、起こったことを」

「ユウ!」

「アキバに……知らせてくれ」


敵のこと。戦いのこと、今まさに起きようとしている、<盟約の石碑>の異変のこと。


レンインが伝えられるかはわからない。

伝えられたとて、何かの意味がそれによって生じるかもわからない。

事態はユウが感じたよりはるかに安直でどうでもよいことかもしれず――どうでもよくなかったとしても、アキバがそれをもとに何をするかは分からない。

遠いウェンの大地で起こったことだ。

何かのアクションを取るにせよ、今日明日という事にはならないだろうと思えた。

カイたちもいる。

必要最低限の情報は、彼らもアキバにもたらしてくれるだろう。


だから。


「ここで起きることを……よく、伝えておいて……くれ」

「……わかりました」


 レンインも泣くだけの少女ではない。

すぐさま頷き、号泣を意志の力で止める。

見上げた目は、ユウの分解されつつある肉体が吸い込まれていく<盟約の石碑>を、

殺意すら籠った眼差しで睨み据えていた。


「他に……誰かに言い残したいことはありますか?」


ややあって、レンインが問いかけた。

彼女の膝の上で、ユウのもはや消えかけた顔が、小さく苦笑の形を作る。


「この世界も……案外、楽しかったな。 女房と子供に……いい……土産……ばなしが………」



極めてあっけなく。

ユウの姿は、無数の泡となって消えた。

どこか水色を思わせる、澄んだ色の泡だった。


そして。 レンインがどれほど待っても、ユウは<聖域>の大神殿には帰還しなかった。





3.


「そういやさあ」

「なんです? タルさん」

「ユウの野郎、今頃何やってるんだろうなあ」

「……さあね。 案外その辺でぽっくり逝っちゃってるんじゃないですか?」

「人様に迷惑をかけてなきゃいいけど」

「それは無理でしょう、あの人の性格上……っていうかサボらないでくださいよ、仕事多いんだから」

「へいへい、あーあ、ユウがいれば仕事半分押し付けてやるのに」

「あんたの場合は八割でしょう。 また毒ぶつけられますよ」

「お前、いい加減年長者をあからさまに見下す発言はやめよう、な……?」




軍団長(ギルマス)、今度来た<大地人>の難民ですけど」

「胡乱な人間はいないだろうな?」

「それが。 どうも一人、盗癖のある人間がいるようで。 ほかの面々とそりが合っていませんね」

「事情をよく聞いておけ。 本当にそいつがロクデナシなのか、それとも他の連中がロクデナシなのか。

幸いセルデシア(こっち)じゃ調査に時間もかけられるからな」

「了解。 ……そういえばあの<毒使い>、元気してますかねえ」

「多分な」



「おーい、巡回はこれで仕舞や。 どこかで飯食って帰るで」

「うす。 班長もお疲れじゃないです?」

「ンな訳あるかいな。 鎧兜で走り回っても汗一つかきひんのやから。 それより自分らはええんか?

適当なところで休憩はさむさかい、もうちっと気張りぃな」

「はい。 そうそう、ユウから何か連絡ありました?」

「なんであいつから俺に連絡が来るねん。 そんな関係やないで。 自分らこそ殺し殺されの間柄やないか。

同じように旅もしてきたことやし、案外話合うのかもしれへんで」

「いや……多分無理でしょう。 そもそもあいつ、今ヤマトにいるんでしょうかね?」

「さてなあ」



「……お茶でも飲まない? ロージナ」

「……いいわね。 ちょっと待ってくれ。片づけるから。 

……アールジュ。 みんなの容体は?」

「ここに村を構えて多少は良くなってるわね。 でも、心の傷は年単位で……いえ、場合によれば

一生かけて癒すものよ。

転地療養は大事だけど、最後は当人と周りの意志次第ね」

「あまりここにも迷惑をかけるようなら、いっそ太平洋の島にでも行く?」

「考えておくのも手ね。 この世界は天国じゃない。 <傷ある女の修道院>は、

天国ならざる場所に天国に近い場所を作らなければならないから」

「とはいってもなあ……リルルも忙しくて、調査のために外に出せないし。

いっそゲフィオン(ユウ)の奴が戻ってきてくれたら、喜んで調査に出すんだけど」

「あら? ロージナ、前は彼女を追いだそうと躍起になっていたじゃない」

「躍起になってなんかないぞ。 正体不明だから組織の安全上排除しようとしただけだ。

それに、あいつはもう知らない名無しの<冒険者>じゃない」

「ゲフィオンは今頃どの辺りにいるのかしらね」

「どうせまたどこかの戦場だろうさ」



「ローレンツ。 明日の予定ですが」

「明日は休む。 俺がいなくてもどうでもいいだろ。 勝手にしておけ」

「ですが……ランズベルク伯爵との面談も入っていますが」

「面倒くせえ。 そもそも俺が気が進まねえってんだ。 それとも何か?

俺に、このグライバルトの<大地人>共をぶっ殺す機会をくれるってのか?」

「……いえ、申し訳ありません」

「フン。 ……おいヴェスターマン。 今暇か? ……まあいいか。座れ」

「……もうすぐ執政官会議なのですが」

「俺が座れといったんだ。 座れ。 ……おいヴェス。 お前、ユウを覚えているか?」

「……ええ」

「あいつ、いい女だったな」

「そうですね」

「中身が野郎で、しかもおっさんで、手が早くて気が短くて殺し方がエグいことを除けばいい女だった」

「……それは果たして一般的な意味でいい女といえるのでしょうかね?」

「……突っかかるな。 まあいい。 任務だ。 あいつの居場所を探せ。優先度は低くていい」

「なんでまた」

「いい加減お飾りも飽きたんでな、あいつと組んで広域傭兵団でも作ろうかなと思ってな。

グライバルトもまた<冒険者>が増えて、仕事の割り振りにも支障が出ているんだろう?

ちょうどいい。 余った連中をまとめて、近隣の山賊やらモンスターやら、あとはろくでもねえ<冒険者>崩れ共を叩き潰す。

治安維持と人気取り、ついでにグライバルト地域の物産も売りつければなかなかのアイデアだろうよ。

……どうした。 ヴェス。てめえ、何泣いてやがる。 キモいぞ」

「いえ。 ……何でもありません。 ただ」

「ただ?」

「昔のローレンツのようだと、思いましたので」

「…………さっさと出ていけ。 野郎に泣かれると目障りで仕方ねえ」



「神殿長、ロビン神殿長。 決済をお願いします」

「了解。 ……開墾は進んでいるようだね」

「ええ。その件で隣の荘園を管轄するエアー子爵家から境界線の策定について打ち合わせを持ちたいと。

向こうはエアー子爵とその執事がお見えになるとか」

「分かった。 こちらも私と副神殿長、それから文書館長と祭儀長で出る。

スケジュールの調整をしておいてくれ」

「かしこまりました。 あと、<冒険者>が一人、庇護を求めてきています。<暗殺者>のようですが」

「!! 黒髪で黒い服の女性か?」

「あ、いえ。 黒髪ですが男性で、服も緑色の鎧ですが」

「そうか……ではまず食事と湯あみを。 それから私が面談する」

「かしこまりました」



「アンディとリアラはこれからどうする?」

「今度は、<教団>ではなく一人のキリスト教徒として、<大地人>と向き合おうと思います。

まずはこの旧<聖域>でしばらく過ごしてから、サウスエンジェルにでも行ってみようかと」

「危険よ?」

「あなたがたほどじゃないですよ。 あなた方はビッグアップルに行くんでしょう?」

「まあな。 俺たちはそもそも<不正規艦隊>じゃないし」

「どうか、ご無事で」

「お前らもな。 華国人の一部も来てくれるから、こっちは大丈夫だが。

そういえば、そのあとはどうするんだ?」

「どうしましょうかねえ。 ユウさんのように、世界を旅してまわりましょうかね、リアラと」

「羨ましいねえ。 ……まあ、元気でな」

「ええ。 そちらも」




 無数の声が流れていく。

サンガニカ・クァラの山麓では、ヤンガイジが一人、ヒマラヤに消えたユウを待ち続けている。

ナカスでは旧友のバイカルが、頼んでもいないのにユウの菩提を――彼女の生前から――弔っていた。

ヤマトの山奥では、<召喚術師>の長谷川がモンスターに追われながらユウの戦いを思い出していたし、

ミナミのユーリアスはユウをモデルにした『悪の毒使い、首の骨を折る』という児童書を上梓していた。

<ロデリック商会>のミレルはいつもの仕事の合間に、ユウから聞いた話をレポートに清書していた。

イチハラの村に住む道具屋の老店主は店の片隅に置きっぱなしのチェストの持ち主の帰還を――中身に対する好奇心とともに――待っていた。



 そして、レンインは。


「……これで、いいな?」


カシウスがよいせ、と最後の石を置くと、レンインとユグルタ、そしてフーチュンと参謀長は揃って頷いた。

後ろにはユウを知る一部の人々――マグナリアでともに戦った<不正規艦隊>のメンバーや、

華国で彼女を知る遠征軍の人々、そして保安執行騎士であったギルド<ファラリス>のギャロットたちや、

<教団>を離反したアンディ・リアラの二人、そしてカイとテングも立っている。


「どうせなら故郷に立てたほうが良かったかもしれませんが」


苦笑するレンインに、遠征軍における彼女の上官、<古墓派>のシャオロンが返した。


「なに、彼女が戻るとすればこの<聖域>の大神殿だろう。

せっかくだから、私たちの苦心の作を、彼女自身にも見てもらったほうがいい」


その『苦心の作』を見る彼女の眼は、ほんのわずか和らいでいる。

いつもの冷静な口調なので分かりづらいが、彼女にしては珍しく、冗談を叩いたようだった。


  

 それは、自然石を削っただけの墓石だった。

もちろん、<エルダー・テイル>に墓作成スキルなどというものはない。

そのあたりに転がっていた人間大ほどの石を持ってきて、無理やり剣で加工したのだ。

結果として、たおやかな女性の墓とは思えないほど無骨になったが、フーチュンの


「これくらい無骨なほうがユウらしい」


という言葉でこのままになったのだった。

墓には、これも剣で刻んだ粗い字で

Yuu(ユウ) Assassin(暗殺者) Venom()Master(使い) 2019 She(彼女は) died(旅の) in the() end() of journey(安らぎ), and() sleeps(包まれて) here(この地) in() Peace(眠る)

と書かれている。


その下に眠るのは死体ではない。

彼女の残したアイテムと、砕け散った刀の欠片だった。

そして、その墓は<盟約の石碑>のゾーンを抜けた、小さな広場の片隅に置いてある。


「まさか<冒険者>の墓を建てることになるとは思わなかったよ」


ユグルタがおどけたように言った。


「しかも、俺を裸で蹴り飛ばしたいけすかねえ女の墓なんざ」

「こう言っていますけどね。 我々は当面、この<聖域>を確保します。

残された<大地人>たちの身の振り方も考えないといけませんから。

そして私たちがいなくなっても、この墓はきちんと手入れをするよう、申し伝えておきますよ」


参謀長の言葉に、その場の全員が頷いた。

ややあって、一座を代弁するかのようにレンインが答えた。


「では……どうか私の友達の墓を、よろしくお願いします」


深々と下げられた頭に、ユグルタたちも返す。


 彼女と<夏>軍は、これから華国への帰還の途に就く。

まだ治安が安定していない華国において、彼女たちの不在は致命的なリスクになりかねない。


 一方で残留するのは、<不正規艦隊>と、華国を離れることを決意した中国サーバの<冒険者>たちだ。

彼らのするべきことは多い。

中米ヴェラクルスに逃がした、旧マグナリア住民の収容とマグナリアの再建。

元奴隷である<教団>の<大地人>や、降伏した<冒険者>の取り込み。

大神殿で復活するやいなや拘束され、今は監視付きで牢に放り込まれているトーマスの断罪。

そして各地に残った<敬虔な死者>たちの掃討。


 人手はいくらあっても足りない中、あえて<夏>軍の帰還を許したのは、ユグルタとしても苦しい決断だった。

だが、レンインたちの戦場はこの<ウェンの大地>ではない。

そのささやかな代償が、この墓だった。


「ユウのことだから、『墓なんて作るなよ、ほっとけ』とか言いそうだが」

「家族家族と煩かったからな。 一人の墓なんて死んでも入りたくないだろうよ。

……ああ、一応あいつ死んでるのか」


カシウスとフーチュンが軽口をたたくが、ははは、と乾いた笑いが風に吹かれて消えた後、

残されたのは沈黙だけだった。


「……では」


 シャオロンに小さく頷くと、レンインは身をひるがえした。

道服の後を、カシウスとフーチュンがそれぞれの別離の挨拶をして続く。

それがきっかけになったのだろう。

一人去り、二人去って、やがて墓の周りは二人だけになった。

何も言わなかった、カイとテングの二人だ。


カイは、黙って墓石を見下ろすと、やおら拳で石を殴りつけた。

端が欠け、砂礫が飛び散る。

後ろのテングは何も言わない。

しばらくして――カイはがしゃりと音を立てて膝をつくと、墓石の前に一本の葉巻を取り出した。

まるで線香を立てるように地面に突き刺し、苦労して火をつける。

紫煙が墓石の周りを漂い始めるのを確認して、彼もまた背を向ける。


「……テング」

「ああ」


振り向きもしないままのギルドマスターに、テングは背を向けたまま頷くと、

自分の刀の鯉口を切った。

そして少しだけ抜き、再び納める。


カチン。


澄んだ音は、ひそかに師と仰いだ先達<暗殺者>への敬礼だ。


「……ヤマトに戻ったら、俺は<毒使い>になる」


 それだけを言い残し、少年<暗殺者>も去った。




 ◇



 セルデシアに流された<冒険者>は数多い。

行方を絶った<冒険者>も枚挙に暇がない。

その不明者帳にまた一行、新たな名前が加わる。

彼女が消えたままであるのか、あるいはどこかで別のリストに名を載せているのか、

この時点では分かったものは居なかった。



大した話にするつもりもなかったのですが、存外に時間がかかりました。

読み苦しい話で申し訳ありませんでした。

また、原作好きな方々からはナンセンスとの厳しい評価をいただくと思いますが

甘受する所存です。


最後に。

勝手に二次創作なんぞ作ってしまった原作者様に伏してお詫びをすると共に

魅力的な世界を創造くださり、ありがとうございました。

ログホラTRPGのルールブックのデザイナー諸兄姉におかれても

ルールブックはたびたび指標になりました。ありがとうございました。

また、快くキャラを貸してくださったり様々な示唆を頂けた同じ二次創作の作者様方。

凹んだ時に励ましてくださった雅様。

オリジナル小説を書かれておられるにも関わらず親しくして下すった伊藤大二郎様、マグロアッパー様、月立淳水様、立花黒様、筑前筑後様他皆様方。


何よりこんな駄文を読んで下すった皆様に、改めて心より御礼申し上げます。

ありがとうございました。

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