174. <サスーン湾の海戦>
1.
――俺はたいした男じゃなかった。
学校でも平凡、オタクの端くれに位置していたが、頭も別に良くはない。
ザッカーバーグみたいなアイデアもない俺は、普通に育って、普通に大人になった。
<エルダー・テイル>をはじめたのは、子供のころから慣れ親しんだネットとゲームの世界なら、俺もちょっとは人の役に立てるかなと思ったからだ。
結局、始めたゲームが悪かったのだろう。
俺は仮想世界でも、全世界数千万人の中の一人だった。
大規模戦闘にも手を出した。 仲間を集めてギルドを率いたこともある。
生産もやったし、レアを求めてあちこちを旅したし、ブログにSSや漫画を書いてみたこともある。
ファンタジーの真似事だってやってみた。
自分で言うのも変な話だが、どれでもそこそこはうまく出来たと思う。
でも、それだけだ。
(現実でひとかどの人間になれれば、ゲームでなら別にどうでもいい)
そう思っていても、虚栄心という獣は簡単にはとめられない。
そんな自分の不満を、不満とも思わなくなっていた頃、彼は人生を変える出来事に出会った。
◇
「探せ!!」
もはや敵意を隠そうともせず、人々が走る。
自分たちの領域に土足で踏み込み、今も影にまぎれる異分子を捕らえんと、人々が行く。
皮肉にも、そこに<冒険者>と<大地人>といった種族や、レベルによる軋轢はまったくない。
探索に優れた<大地人>騎士の指揮の下、<冒険者>たちが異論も言わず従い、別の場所では疲れ果てた探索隊のために、<冒険者>と<大地人>の<調理師>や<主婦>たちが共同で炊き出しを行っていた。
彼らの狙いはただ一つ、姿を消した<暗殺者>の命だ。
夜を迎えても<聖域>には煌々と明かりがともり、ユウが隠れ潜むべき影を打ち消していた。
そんな中。
ズタボロの装備に、こればかりは<冒険者>らしくたちまち傷の癒えた肉体を包み、おまけに荒縄で縛り上げられた二人組がいる。
言わずと知れた、カイとテングだ。
「……まさかここが牢屋代わりとはな」
彼らの居場所。
そこは暗くじめじめした牢獄ではなかった。
幸いにしてというべきか、解剖台の上でもない。
彼らの目の前には、浩々と輝く<盟約の石碑>が静かに鎮座していた。
静かだ。
どこからか風が入っているのか、床を埋め尽くした砂がかすかにさらさらと鳴る音だけが、彼らの耳朶を叩いている。
外では今も<教団>が逃げたユウを追っているはずだが、彼らの喧騒もここまで届いていなかった。
「どう思う」
主語のないカイの言葉に、テングが転がったまま応じる。
「わからんね。こんなにでかい自作の町なんだから、虫の沸く牢屋の一つや二つ、置いてあると思うけど」
「<教主>を殺した罪をここで深く反省しろ、ということかな?」
「その前に<教主>の亡霊に処刑されてしまえ、ってことかも」
テングが物騒なことを言い、口元だけで苦笑した。
口をあければ、砂が入ってきてひどい目にあうためだ。
年若い友人の冗談に、カイもちらりと目に笑みを見せた。
「そりゃおっかないな。ひたひたと寄ってきたりして。ホラー映画の中盤にありそうな展開だ」
「だろう? 今のうちにお祓いでもしておこうかな」
言い合う二人のいるセルデシアは、幽霊が存在する世界だ。
だが、地球と違って、幽霊と剣や魔法で渡り合える世界でもある。
しばらくしょうもない冗談を叩きあった後、ふと真顔になってテングが尋ねた。
「……ところで、さっきの攻撃の被害は? 何かないか?」
「いや、レベルが落ちたのと……このろくでもない<敬虔な人>に変えられた以外は、特に何も。 体に不調はない。 テング、お前はどうだ?」
「あと一回死ねばレベルダウンだが、特にほかにはない。装備もまだ壊れていない」
「ま。 今の俺たちには一回死ねばそれで終わりさ。 あの<敬虔な死者>になってうーあー言うことになるだろうよ。
……しまったな、もう少しゾンビ映画を見ておくべきだった。『死霊のはらわた』とか」
「……たまに思うんだけどカイ。 あんた、案外ブラックジョークが好きなのな……」
ため息をついたテングは話題を変えた。
「ユウはどうだと思う?」
「さあ……な」
カイとしても、質問にそう答えるしか方法はない。
彼とて、ユウの離脱をしっかり見ていたわけでもなく、その直後気絶したのだ。
MPをすべて奪われ、<気絶>の状態異常効果を付与されて。
ただ、とカイは言い添えた。
「俺も一瞬しか見ていないが。 最後に振り向いたときに見たあいつの目は、ああなる前の……昔のあいつに近いような気がした。
あいつの心は空っぽじゃない。 きっと、覚醒しているさ」
その言葉に、テングも先ほど聞いた話を思い出す。
ユウの心の中にあるという、普段の彼なら想像もしないであろうゾーン――そこでカイが体験した出来事を。
夢と言い切ればそれまでだ。
だが、カイの独白には、テングにそう笑い飛ばせないような迫真性が確かに存在していた。
「心のゾーン……そこにいる知り合いたちか。俺にもあるのかな、そんなゾーンが」
「あるかもな。 あいつほどはっきりとしていなくても、人は必ず他人を思い出に持ち、他人を受け入れているからな。 俺の心にはお前やあんにゃまたちがいるし、お前の心には俺がいるんだろう」
「そうか……」
ふと、周囲の青い世界を見て、テングは思った。
今こそはっきりと思い出せる。
ここは、死んだ時に見た光景だと。
青い、それでいて暗い空に、奇妙に清浄な白い浜辺。
そこに、何かを――おそらくは失われていく現実世界の記憶を捧げて、<冒険者>は今一度大地に戻る許しを得る。
もしかして、そこで捧げているものは、自分の中の他人なのかもしれない、と。
2.
「動かんか……」
何度目かの実験を経て、ユグルタはそう唇を噛んだ。
ここは<サスーンの墓場>中央部、古の巨大船の中だ。
老い朽ち、内部に無数の<時計仕掛け>達が巣食うエリアを彼らは制圧し、彼らはかつての艦橋、機関室といった場所で、動かぬ船の再生に取り組んでいた。
「やはり、参謀長のようにゾーンを買わないと……」
「言うな」
愚痴るような一人の言葉に、ユグルタが口をへの字にして応ずる。
彼らはゾーンを買っていない。 買うための代価が、足りなかったのだ。
ではと残された装置を弄り回そうとしてみたが、そもそも彼らはメカニックではない。
少数の整備士あがりにしても、戦艦を整備した経験などないし、そもそも彼らのいるこの大船が、自分たちの知る戦艦だという保証もない。
ユグルタは、決断を迫られていた。
あくまで戦艦の修復と再起動に賭けるか。
あるいは、起動をあきらめ、残った船で<聖域>に突入を掛けるか。
既に参謀長からは、華国の<冒険者>――彼ら自身は<義侠>と称しているが――と合流したという報告は伝えられている。
全米各地のメンバーからも、各所で援軍の<冒険者>と邂逅したという知らせを受けた。
今、敢えて戦艦にこだわる必要はない。
いや……<聖域>から見て至近距離にありながら、<教団>がこのサスーン湾を放置していたという事実こそが、このゾーンには何も眠っていないことの証ではないか。
だが。
罅割れて苔に覆われた窓越しに、ユグルタの目を華麗な色彩が打った。
「<ジョン・ポール・ジョーンズ>……」
<教団>の持つ、唯一にして最大の海上打撃戦力。
精霊動力と巨大な外輪を併せ持ち、内湾でも外洋でもすさまじい速度を生み出す高速船だ。
しかも弩砲と<召喚術師>や<森呪遣い>によって航空攻撃や雷撃までもこなす、恐るべき船だった。
その船は今、サスーン湾のくびれた入り口に陣取り、動かぬ<不正規艦隊>をじっと見つめている。
獲物を追い詰めた狼のようでもあり、罠にかかった獲物を眺める蜘蛛のようでもあるその船に、ユグルタは我知らず、聞こえるはずもない言葉を投げかけていた。
「スワロウテイル……どうして仕掛けてこない。 海軍のお前なら、俺たちの意図には気づいているはずだ。
今の俺たちに、お前を相手取る万全の準備がないことも。
何かを待っているのか……?」
その声が聞こえたわけでもあるまいが。
羽ばたくような光の広がりとともに、ぬるりと、滑るように船は動き出した。
◇
「来たぞ!」
誰かが叫び、召喚獣たちが解き放たれる。
上陸中のユグルタたちに代わって艦隊の指揮を預かったエヴァンズは、見張り員の叫びに落ち着いて怒鳴り返した。
「輪形陣の最外縁の船は、碇を切れ! 残る船はそのまま、弩砲出せ! バラストあげろ!
全艦、弩砲戦用意!」
ハリネズミのように砲門を掲げる艦隊に対し、単艦で近づく<JPJ>の動きは鈍い。
精霊動力だけで動かしているのか、外輪は海流に押されるようにゆっくりと回り、動力を与えているようにはエヴァンズには見えなかった。
「どう仕掛ける……スワロウテイル」
そう唇を舐めたエヴァンズの前で、不意に敵船の翼が輝いた。
「……!?」
エヴァンズが、自分が倒れていることに気がついたのは数瞬後だった。
跳ね起きた体のあちこちに痛みがある。
見れば、HPは半分以上削り取られ、<悪寒>や<痛み>といった状態異常効果がステータス画面に踊っていた。
周囲の船員たちも、甲板上にいた者はすべて同様の状態らしく、首を振ったり、転げまわったりという姿があちこちで見られた。
「……何が起こった!?」
かろうじて見た<JPJ>は、思ったよりも近くにいた。
既にもっとも外周に置いていた無人船をへさきで押しのけるようにして、艦隊に近づきつつある。
先ほどまで動きのなかった外輪は巨大な輪を回して水をかき、精霊動力の証である翼は、鳳凰が羽を後ろに流すように巨大にたなびいていた。
そして、その舷側から伸びているのは、巨大な弩砲。
「射程内だ! 各個に打て! 旗艦、主砲斉射!」
正規の<マサチューセッツ>艦長も頭を抑えて蹲っているのを目の当たりにして、エヴァンズはとっさに叫んだ。
古来艦隊指揮で忌避される、ワンマンフリートもやむをえない。
何しろ、先方は既にいつでも射撃できる体制なのだ。
<ジョン・ポール・ジョーンズ>と<マサチューセッツ>が、互いに反航するように砲を放ったのは、ほとんど同時だった。
◇
砲声は、殷々と響いていた。
連続してひとつの和音のように聞こえる音が放たれるたびに、どこかが砕け散り、誰かが傷を負い、不運なものは海に落ちていく。
空中と水中では、仕える主を敵味方に別った召喚獣や従者たちが、血みどろの死闘を繰り広げていた。
悲鳴を上げて鴻や星鷲が墜落し、何のものとも判別のつかない血が、じわりと水面に広がっていく。
戦況は、ほぼ互角といってよかった。
砲門の絶対数では、数に勝る<不正規艦隊>が有利だ。
最初の不可解な攻撃から立ち直った後は、各船の間断ない弾幕によって、<JPJ>に接近を許していない。
とはいえ、現在の遠征艦隊の各船はほぼすべてが碇を下ろし、停泊した状態にある。
動けない彼らに対し、機動力に勝る<JPJ>は、獲物の外周を遊弋する鮫のように、敵砲の死角をついて、あちこちに巨大な破孔を穿つことに成功していた。
召喚獣たちの戦いも、ほぼ対等といってよいだろう。
最初の頃こそ、召喚獣にまたがった<召喚術師>や、数少ない飛行可能な召喚生物を駆る<冒険者>が空に上がって空中から指揮や偵察を行っていたが、目立つ彼らは早々に敵味方ともに落とされ、現在では主の命を受けた怪物たちによる、力任せの戦いになっている。
艦隊側は敵の砲数が少ないこと、<JPJ>は精霊動力を利用したらしい防御によって弩砲の威力を弱めていることと、双方共に決め手に欠けていることもあり、戦いは持久戦になりつつあった。
(だが、おかしい)
間断なく放火を浴び続ける<JPJ>を見ながら、ふとエヴァンズは思った。
彼は現在、周辺に手の空いた<冒険者>たちを集め、いわば臨時の艦隊司令部を構成している。
ユグルタから「好きにやれ」と完全自由をもらったこともあり、今彼は陣形を緊密にまとめつつ、敵をじっくりと観察していた。
(動きが鈍い)
エヴァンズが感じているのは、そのことだ。
<JPJ>は現在、艦隊の側面を行きつ戻りつしながら砲撃を浴びせているが、そこに呼吸がないのである。
漫然と戦っている、といってよい。
ただ互いを削りあうだけの戦いでは、最後に勝つのは数に勝る<不正規艦隊>だ。
もし、自分が<JPJ>の艦長ならば。
最初の、おそらく精霊船としての特性を利用した攻撃で先手を取ったら、まず旗艦<マサチューセッツ>に肉薄砲撃を行う。
可能であれば水生の召喚獣を用いて、喫水線下を破壊してもよい。
<JPJ>が艦隊を見つけてから長い時間が経っている。 旗艦の位置は判明していると判断してよい。
巨大な浮島――古代の船の集合体に対し、半円を描くように広がる艦隊では、<マサチューセッツ>すら防衛線を受け持つ船の一隻として配置されているからだ。
その後は間断ない砲撃を加えつつ、敵の頭を抑え、一気に接舷して切り込みをかける。
場合によっては切り込みは程ほどに抑え、先ほどの攻撃が再び使用できるまで一旦艦隊の射程外に逃れてもよい。
浮島にユグルタ以下、メンバーを上陸させた遠征艦隊には行動の自由はないのだ。
かつてドイツ海軍潜水艦が得意とした群狼戦術のように、攻撃と離脱を有機的に連携させれば、<不正規艦隊>の疲労はより酷いものになるだろう。
防御の要たる指揮官を旗艦ごと失えば、士気崩壊すら引き起こせるかもしれなかった。
エヴァンズは、スワロウテイルという男がそれを可能たらしめる能力を持つ男だと知っている。
だからこそ、自分でも気づくことの出来た戦術に彼が気づかぬはずがないと思っていた。
だが現実は、彼が率いているはずの<JPJ>の戦いはそれとはかけ離れており、あたかも――船の能力に任せて無理やり正面からの殴り合いを挑んでいるようにも見えた。
(もしかして……<JPJ>を率いているのはスワロウテイルじゃないのか?)
その推測は、的を射ているように彼には思えた。
確かめるべく、彼は防御陣の最も辺縁部に位置する数隻に命令した。
「送る。<レキシントン>、<ステニス>、<バーク>、<ウィクリフ>、抜錨せよ。半速で奴を半包囲するよう動け」
指揮官の命令を、周囲の船員が念話で各船に伝えていく。
指示を受けたそれらの船は、帆を半分上げ、狭い湾内で踊るようにターンすると、両翼から<JPJ>を袋に閉じ込めるように滑り出た。
そして。
「……やはりな」
スワロウテイルならば、群れから離れた羊を狼が狩るように2つの船隊のどちらかに襲い掛かったはずだ。
だが、目の前の<JPJ>は軽やかにターンすると、艦隊を斜めに横切るように遠ざかっていた。
その行動には、旺盛な戦意は見られない――そう、見えた。
「やはり、何らかの理由でスワロウテイルは船を離れているのだ……。
おそらく今あの船の指揮を取っているのは、水上戦の素人だ」
断定的な口調に、一人の<冒険者>がはっと顔を上げた。
「……では」
彼の目に映ったのは、獰猛そのものの顔をした、提督代理の顔だった。
こちらをこそ鮫と呼ぶにふさわしい、歴戦の船乗りしか浮かべ得ぬ表情を浮かべ、<妖術師>の姿をした鮫は嗤う。
自分たちを狩にきた狼から、怯えた犬へと変わってしまった精霊船に向かって。
「ああ。全船、順次抜錨せよ。 速度半速。両舷弩砲戦、だが接舷に備え」
そうして、鮫は命じた。
「いくぞ。 ……連中を叩いた後、<ジョン・ポール・ジョーンズ>に斬り込みをかける。 貴様ら、ぬかるなよ」
3.
(何が起きている!)
スワロウテイルの代わりに<ジョン・ポール・ジョーンズ>の代理指揮を命じられた男は、続々と動き始めた<不正規艦隊>の船を前にして、へたり込みそうになる自分をかろうじて抑えていた。
彼は、有能な男だった。
スワロウテイルという、公平で気持ちのよい上官の元で、副長として長く勤めている。
船の総指揮は船長たるスワロウテイルが取り、町との交渉や船の整備、補修、陸戦など、それ以外の部分を彼が支えるという役割分担は、きわめてうまくいっていた。
彼自身、スワロウテイルの薫陶を受け、海事にもそれなりに明るくなったと自負できるほどだ。
だが、それもこれもスワロウテイルが召還されてしまうまでだった。
彼一人では、<JPJ>の航海の指揮は取れても、戦闘航海の指揮までは取れなかったのだ。
(数日で戻ると言っていたくせに!)
今も戻ってこない船長を呪ってもしょうがない。
だが、それまでは何とかうまくいっていたのだ。
自分が戻らなかった場合を見越してか、スワロウテイルはいくつかの指示を彼に与えていた。
<不正規艦隊>に注意し、何らかの理由で太平洋側に出るときは、それを追跡すること。
戦闘は出来るだけ避けること。
彼らの目的地を見つけたら、<聖域>に知らせた後監視に徹すること。
だが、報告を送ってからも一向に<教団>からの命令が来ないまま、動かぬ遠征艦隊を見ているうちに、彼は焦ってしまったのだった。
<サスーンの墓場>に眠る、古代の船――<時計仕掛けの船>を目覚めさせることに遠征艦隊が成功したら。
その焦りに、艦隊は多くの要員を上陸させているはずだ、という憶測と、動かない艦隊相手ならば<JPJ>一隻で何とかなるのではないかという期待が重なり、彼はついに船長の命令に背いた。
最初はうまくいっていた。
動けぬ艦隊を自在に砲撃し、少なからぬ痛手を与えたはずだ。
実際、ほとんど沈没状態の船や、横転した船もある。
だが、猟犬が鎖を解かれたように、彼らが動き出すや否や、彼我の勝敗の天秤は大きく相手方に傾いてしまっていた。
「うおっ!?」
舷側すれすれを、敵船が駆け抜けていく。
至近距離から叩き込まれた弩砲と矢が、<JPJ>の船腹に大穴を明け、何人もの船員が吹き飛ばされていく。
ようやくすれ違い終えたと思ったら、次の船だ。
狭い湾内でよくもと思えるほどに彼らは自由自在に船を操り、ほとんど動きを止めた<JPJ>を一方的に叩いていた。
「ええい、どけ!」
<敬虔な死者>と化した<大地人>の船員を押しのけ、副長だった男は剣を抜いた。
連中の考えは読めている。
砲撃戦で沈めるだけならば、ここまで接近する必要はない。
今の艦隊を率いる男は、よほどに豪胆なのだろう。 切り込んでくるつもりなのだ。
だが、<JPJ>は単独で強力な海上のモンスターや、<不正規艦隊>と戦うために存在する船だ。
切り込まれたからといって、簡単にやられるほど弱くはない……
その副長の自信が、文字通り前後左右から切り込んできた<不正規艦隊>によって命ごと木っ端微塵にされたのは、それからわずか10分後のことだった。
◇
『<ジョン・ポール・ジョーンズ>制圧しました。 捕虜なし』
「よし」
エヴァンズからの報告を受け、ユグルタはなおも望みの薄い努力を続ける部下たちを見回して告げた。
「ここから撤退するぞ。 ジョナサン、お前は第2支隊と残って引き続き復旧に専念しろ。
残る連中は船に戻れ。 作戦案ベータに移行する」
「はっ」
残る者、戻る者。 きびきびと動く彼らを見て、ユグルタは一人つぶやいた。
「ふん。戦車に戦艦で潰すのが、現代人らしいと思ったが。
……まあいい。 幻想世界らしく、精霊船で艦砲射撃をしてくれる」




