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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
229/245

172. <沈黙の戦艦>

1.


 それは、はるか古代に作られた船の模倣だった。


かつて鉄火が世界の命運を決めた時代。

そこにおいて最強たるべく作られた鋼鉄の死だ。

世界にはもっと硬い船があった。

より強大な攻撃力を誇る船もあった。

足が速い船、長く航海できる船、ローコストで作戦できる船。

それでいながら、彼女の元になった船はそのいずれをも凌駕した。


 その模倣たるべく生み出された船がなにゆえ生まれたのか、存在したのか、どのような歴史をたどったのか。

すべては歴史と魔法の彼方に消えうせ、今ではそれを知る術はない。


 だが、もしその船に意志があったならば、今の状態を喜んだことであろう。

鉄火をもって敵を打ち倒すべく作られた己に、再び打ち倒すべき敵が現れようとしているのだから。



「各隊! 連絡は問題ないな?」

『こちら後檣楼(サブブリッジ)、進捗は順調』

第一砲塔(アルファ)、問題ありません』

機関室(エンジン)、敵の数が多いが、まだ処理可能』

「よし」


各部署の隊長たちからの連絡を受け取った仲間からの報告に、ユグルタは小さく頷いた。

<サスーンの墓場>に潜って一日あまり。

彼らは、朽ち果てた船を順調に制圧していた。


ここは、<サスーンの墓場>の最深部といえるゾーンである。

そこを構成するのは、神代に作られたとも言われる、巨大な機械系モンスターの残骸だ。

さすがのアタルヴァ社も憚られてか、公式に発表することはなかったが、それがかつてサスーン湾に碇を下ろしていたアメリカ海軍の戦艦、アイオワ級戦艦一番艦アイオワがモデルだということは、北米サーバのプレイヤーには周知のことだった。


 アメリカにおいて、政治勢力として今なお強い影響力を持っている組織に、退役軍人協会がある。

その名のとおり、かつて米軍人だった者たちを中心にした組織だ。

彼らは、自らの所属していた軍という組織に強い誇りを持ち、その誇りを蔑ろにする者を許さない。

たとえ娯楽に過ぎぬネットゲームであってもそれは同様だ。

その存在が栄光の歴史そのものといえる、かつての米海軍の象徴――戦艦を、歴史も知らぬ若造に良いようにされて黙るような組織ではなかった。

当初、ダンジョンゾーンにおける最終ボスに予定されていたアイオワ――<時計仕掛けの戦艦(クロックワークス・バトルシップ)>がデータごとお蔵入りになったのも、彼らが訴訟も辞さない抗議をしたからだとユグルタは聞いている。


 結果として、<時計仕掛けの戦艦>はエネミーではなく、巨大なオブジェクトとして設定された。

イベントにおける悪の魔法使い(ヴィラン)ではなく、囚われの姫君(プリンセス)になったのだ。

神代の遺跡を奪還せよ、という形で戦艦はプレイヤーたちにその姿を見せたのだった。


 だが、何人かの<冒険者>は知っていた。

アタルヴァ社は、どうでも良いようなオブジェクトやゾーンにも、これでもかとデータをつぎ込む宿痾があることを。

であれば、稼動可能な<時計仕掛けの戦艦>のデータも、ただ消された可能性は低い。

もしかして――動かすことが出来るかもしれない。

それは、ユグルタたちの賭けだったといえるだろう。


だが――分の悪いその賭けに負けつつあることを、内心でユグルタは悟っていた。

確かに侵入には成功した。

内部の<時計仕掛け>たちも順調に掃討しつつある。

だがそれだけだ。

巨大な船を動かす機構を、彼らは突き止めることが出来ていない。


 崩れた戦闘指揮所(CIC)を制圧し、彼らが斜めに傾いだ艦橋へ上ろうとしていたとき。

外に残していた<マサチューセッツ>からの急報が、直接ユグルタの耳に響いた。


『提督! 異変です!』

「どうした」


事前の交戦規定では、ユグルタに直接念話を飛ばすことは禁じられていた。

総指揮官である彼が情報を整理し、解析する暇を与えるためだ。

だが軍隊の常として、その規定の上には常に『Without Emergency』の文字がついている。

だからこそ、ユグルタは自分に念話を掛けて来た男を叱るより先に、続きを促した。


『南方、<聖域>方面に巨大な煙! 爆音もかすかに聞こえます! 雲も集まっていて……おお神よ(ジーザス)!』

「祈りは報告の後にしろ。 ほかには見えるか? こちらへ向かってくるものは?」

『煙のほかに変な光が見えます! 青というか水色というか、そんな色です。

こちらに向かってくるものは見えません……あ!』

「落ち着け」

『申し訳ありません……湾口から船が一隻! 外輪つき、精霊翼つき、汽帆船……<ジョン・ポール・ジョーンズ>です!』

「……報告ご苦労。 引き続き監視怠るな。同様の報告は以後、甲板長(ボースン)に行え」


 念話を切ったユグルタは、周囲で自分を見る男たちを見回した。

手短に報告の内容を告げると、周りの男たちからうめき声があがる。


「ついに、来ましたな」

「スワロウテイルめ。 よくもここまで追ってきた」

「時間はないぞ」

「<JPJ>もそうだが、問題は<聖域>の異変だ」


 ユグルタが言うと、一人が手を上げた。


「参謀長たちの部隊が突出したのではありますまいか」

「いや……あいつからは進撃途中という報告が来ている。先走って攻めかかるとは思えん。

異変の正体は別だ」

「青い光と言いましたな。 ……まさか、あの女<暗殺者>では?」


別の男の問いかけに、ユグルタも頷く。


「ああ。マグナリアで見せた謎の技、あれが発動したと考えるのが妥当だ。

となると、問題は別の様相を帯びる」


提督の言葉に、その場の全員が緊張した面持ちで頷いた。


「ユウはいまだ<聖域>にいる。ということはカイたちもいると考えるのが自然だ。

そして、どういう経緯かは知らないがあの場でユウたちは戦い始めたのだろう。

敵の対応は分からないが……この湾でも察知できるほどの大規模攻撃だ。

並みの<冒険者>が敵うとは思えん」

「急ぎ、この戦艦を復旧させ、われわれも突撃すべきです」


勢い込む一人に、しかしユグルタは首を振った。


「今はどの道無理だ。 戦艦を起動させる手はずは整わず、湾口には<JPJ>が待っている。

我々と連動させねば、参謀長たちも戦えない。

古来最も厭う兵力の逐次投入になってしまうからな」

「ですが、それを言えば彼女の攻撃もそうです。 このまま船を捨て、陸上から参謀長たちと合流して攻めかかるべきです!」


なおも言を継ぐ男に、何かユグルタが返そうとした時。

再び彼の耳元で念話が開いた。


 しばらく小声で話した後、念話を切ったユグルタに、周囲の部下たちが不安そうな顔を見せる。

更なる凶報か、という彼らの疑問は、ユグルタの顔を見た瞬間氷解した。

彼の表情がどこかしら明るくなっていたからだ。


「援軍が来た。我々も急ぐぞ」


ユグルタは短く、それだけを言った。




2.


 

 荒涼とした大地ながら、どこか華国(故郷)とは違う大地。

それが、仮想ながら生まれて初めてアメリカ大陸を踏んだ、フーチュンの率直な感想だった。


「どうしました?」


 横を進むレンインが、足を止めたフーチュンを振り向く。

彼女は共産党の高官の娘だ。 彼女のような階級の子弟がえてしてそうであるように、彼女もまたアメリカへの留学経験がある。

そのためか、<大災害>以降初めて踏むウェンの大地にも、彼女は特に戸惑っていないようだった。


「いや……ここは異国なんだなあ、と思って」

「朝辭白帝彩雲間 千里江陵一日還

兩岸猿聲啼不住 輕舟已過萬重山……李太白の面持ち、といったところでしょうか」

「思い出すよ」


 フーチュンは感慨深そうに答えた。

そのまま、数ヶ月前のはずが遠い昔のように思える光景を思い出す。

思えば、幇主(ギルドマスター)を失い、いつ終わるとも知れぬ憎しみと戦乱の中で鬱々としていた彼の運命は、あの西域の荒野から変わったのだ。


「太行山に北上するに、

艱い哉、何ぞ嶷嶷(ぎぎ)たる。

羊腸坂は詰屈し、

車輪これが為に摧く。

樹木、なんぞ蕭瑟たる。

北風の声、将に悲し。

熊羆は我に対し蹲り、

虎豹は道を夾みて啼く。

谿谷は人民少なく、

雪落ちてなんぞ霏霏たり。

頸を延ばして長く歎息す。

遠行は懐うところ多し。

我が心は何ぞ怫鬱たる。

思いてひとたび東に帰らんとす」

「…………」


レンインも、二人のすぐ後を歩いていたカシウスも、その後ろに続く多くの華国の<冒険者>たちもまた、フーチュンが朗々と詠う古代の英雄の詩を噛み締めていた。

その英雄――魏の武帝曹操は、軍を率いて長城を離れ北上すること数十日、兵の前では言えない己の心情を、詩賦に乗せて詠ったのではないか。

そして今、彼らも自らの故地を離れ、戦うために異国を歩いている。


「ユウはきっと、何度も何度も今の俺たちのような気持ちを味わってきたんだろう。

そのたびに苦しんできたんだろう。

俺は、はじめてあの人の気持ちが分かった気がするよ」

「ああ。だが俺たちはユウよりは恵まれているな」


後ろのカシウスが口を挟んだ。

元気付けるためか、その言葉は大きく陽気だ。


「俺たちにはこれだけの仲間がいる。 別行動中だが、同じ華国の連中もいる。

……まあ、あいつらは俺たち<日月侠>と仲間だとは思っていないかも知れんがね。

そして……共に戦うべき仲間も待っている」


カシウスの言葉が引き金になったわけでもないだろうが、彼らが巻き上げる砂塵の彼方に人影が見えた。

何人もの<冒険者>が、星条旗を手に大きく振っている。


「ああ。そうさ」


それを見ながら、フーチュンは己を鼓舞するように頷いた。


「あいつらと一緒に、この世界の秘密を解き明かすんだ」


その日。

参謀長たち<不正規艦隊>の陸上部隊と、レンイン率いる<夏>軍は合流を果たした。



 ◇


「戦況は?」


 挨拶もそこそこに、合流したレンインたち<夏>軍の首脳部と、参謀長たち<不正規艦隊>の上位者は互いの情報交換に入った。

ここは既に戦場だ。

悠長な挨拶などをしている暇はない。


 ベイシアが<夏>の各幇から抽出した部隊は、3個 大隊(レギオン)、約300人の戦闘系<冒険者>から成る。

そこに、総指揮官たるレンインを直衛する50人、兵站や装備の補修を司る生産系<冒険者>を入れると、総勢500人強。

人数こそ小勢と称するに足るものだが、全員が歴戦の<冒険者>だ。

小隊(パーティ)以下は可能な限り同じ(ギルド)や知り合い同士で揃え、中隊単位でも正邪の旧派閥ごとに区分けしている。

皮肉なことに、正邪の対立が薄まってきたからこそ、このような部隊編成が可能になっていた。

同じ正派、邪派同士の連携が優れていること、何より中隊単位でそのような色分けをしたとしても部隊相互の対立のリスクが無視しえるレベルまで落ちていたからこそ、ベイシアは敢えてそのような軍を整えたのだ。

総指揮官は本人の希望もあってレンイン。

副将に腹心のフーチュンと、<古墓派>の幇主、シャオロンが名乗りを上げた。

本来ならばベイシアも行くつもりだったが、さすがにそれはランシャンやファンたち、<夏>の幹部総出で止められていた。


とはいえ、<日月侠>と<古墓派>、正邪の幇主が将として並び立っていることは大きい。

結果として、彼らはさしたる混乱もなく、予定通りにいくつかの<輪>からウェンの大地に足を踏み入れていたのだった。


「戦力化は順調……とはいえんが、我々も戦備は整えている」


<木工職人>が作った簡易的な椅子に腰を下ろし、参謀長は問いかけに答える。

そのまま、彼は自分たちを取り巻く状況を話し始めた。


「ここ<時計仕掛けの廃都>に遺棄されていた機械系モンスターを調査しながら、我々は君たちとの合流を待っていた。

我々の状況ですが、一部<召喚術師>並びに<機工師>が彼らを支配できることがわかってね。

さらにこの廃都に存在する<時計仕掛けの戦車>の一部は、他の戦車に指示を行っている……いわゆる指揮戦車だということも分かった。

現在は、そうした戦車を発見、支配し、可能な限り手持ちの戦力を増やしているところだ」

「ファンタジーの世界に戦車とはねえ」


後ろに立っていたカシウスが、驚いたとばかりに肩をすくめる。

白銀の鎧にマントをつけ、背に大剣を背負った彼は、どこをどうみても騎士英雄譚の世界の住人にしか見えない。

これで鎧に十字の浮彫でもあれば、エルサレムを攻め取りに来た十字軍騎士といっても通用するだろう。

彼はどことなく居心地が悪そうに、周囲の殺風景な風景を見まわした。


「それはいいんだが……連中はモンスターなんだろう? 本当に戦場で戦力として期待できるのか?

指揮車を支配すればいいというが、連中はそもそも長い間廃棄されていたスクラップだ。

後ろから戦車砲にぶっ飛ばされるのは避けたいんだが」

「もちろん、対策は講じている」


何度も検討したリスクなのだろう、参謀長は何でもないようにさらりと答えた。


「我々の世界における戦車のように、彼らを人の手で動かすのは無理だ。

正確には、無理やり動かすことは不可能ではないようだが、膨大な時間と手間がかかり、かつ彼らが本来持つ有機的な連携行動を不可能にしてしまう。

知っているかね?

この世界の戦車の多くは、38mm滑空砲が主砲なのだ。

一部、車体はほぼ同じで57㎜に換装した物もあるが、小部隊であれば1942年のドイツ軍でも互角に戦えるだろう」

「豆鉄砲じゃねえか……」


ちなみに、彼らの同時代における主力戦車の主砲口径は120㎜である。

米軍のM1エイブラムスやイタリアのアリエテは120㎜、中国人民軍の最新式戦車である99式は125㎜滑空砲が主砲だ。

大砲とは、砲口径だけでなく砲身長もまた重要であるから一概には言えないが、彼らの常識から言えば38㎜砲を積んだ戦車など、前世紀の遺物だ。


「防御力も心もとない。 そもそもこの世界の<冒険者>は単独でも絶大な攻撃力を持つからね。

なまじ戦車に乗せるよりも、歩兵として使ったほうが有効だ」


 ある意味ではセルデシアにおける、ごく当たり前の結論を述べた参謀長に、半ば呆れながらカシウスは再び尋ねた。


「じゃあ、そんな代物をどう使うつもりなんだ? 聞けばそいつらは戦力としても微妙な軽戦車である上に、いつ牙を剥くかもしれないモンスターだろ。

かといって歩兵の支援のない戦車なんて突っ込ませるだけ無駄だろう。

俺は軍人じゃないが、とてもまともに使えそうにないぞ。

陽動にでも使うか?」

「その通りだよ」


 参謀長は肩をすくめた。


「あくまで主力は我々と君たちだ。とはいえ、向こうも戦いに慣れた連中だろうから、まともに突っ込めば数を頼んだ殴り合いになる。

後ろに<大神殿>を控えた連中と、長駆遠征した我々では、どう考えてもこちらが不利だ。

……作戦案を提示する。君たちは忌憚なく意見を言ってくれ」


 おもむろに居住まいを正した参謀長に、黙っていたカシウス以外の<夏>の面々も頷いた。


「我々は<時計仕掛けの戦車>を先頭に立てて進撃する。

途中までは騎乗するか、戦車に乗車(デサント)して速度を稼ぐ。

連中の本拠地、<聖域>まで二時間のところで野戦陣地を作る。

あとは戦車を押し立て、我々は時間をおいて出撃する」

「<聖域>からの遠距離攻撃は? 二時間の距離は決して長くはない」


<古墓派>幇主、シャオロンの口が開いた。

その口調はいっそ清々しいと言えるほどに感情がない。


「対空は<召喚獣>や<妖術師>に任せる」


参謀長の声も同様だった。


「鳥系や竜系の<召喚獣>ならばこちらでも迎撃可能だ。

さらに言えば、一部の<時計仕掛けの戦車>は仰角が通常のものより大きいことも判明した。

おそらく対空戦車に近い使われ方をしていたと思われる」

「では、突撃を行うとして、その戦車では<守護戦士>や<侠客>――確かこちらでは<海賊>でしたね――の防御を抜けない可能性があります。

それでもなお戦車を前に出すのは何故です? 人的被害の局限ですか?」

「それもあるが、大きな目的は二つだ。

ひとつ、連中も<冒険者>だ。剣を交えるファンタジーの戦いには慣れても、一方的な制圧砲撃には混乱をきたす可能性は高い。

我々と違って、連中は半数以上が元民間人だ。

対砲撃の経験があるとは思えん。

幸い、数をそろえて砲身が焼け付くまでぶっ放してやれば、連中も頭を上げられないだろう。

……このあたりの戦術は、君たち中国サーバの住人のほうが詳しいのではないかな」

「?」

「なるほど。確かに」


思わず首をひねるフーチュンと対照的に、うっすらと笑ったのはシャオロンだった。

色の薄い黒髪を無造作に肩で切り落とした、その頭をかすかに振って、彼女は異国の戦闘指揮官に答える。


「間断ない阻止砲撃を、戦闘の序盤で可能な限り集中して行う……確かに中国、というより東側の戦術ね」


なおも意味を理解できないフーチュンとカシウスに、今度はレンインが解説した。


「戦いの最初には、ありったけの攻撃を、ありったけ行う。 簡単に言えば、そういうことです。

かつてその戦闘方針(ドクトリン)を厳密に行っていたのはソビエトでした。

ロシア人に戦い方を学んだ現代の中国人も、それを得意としています」

「君たちは詳しいんだな、女性の割に」

「私の父はもともと人民軍の将官でした。 退役して今は共産党で働いていますけど」


さらりと告げたレンインに、さすがの参謀長も呆気にとられる。


「それはそれは……心強い援軍、というべきだろうな。この世界では」

「それはどうも」


余裕ありげに会釈して、レンインは続けた。


「それで、もう一つの目的というのは?」

「<大地人>だよ」


 参謀長の口調が苦々しさを帯びる。


「我々は軍人で、<冒険者>だ。 断じて単なる人殺しではない。

<冒険者>は死んでも甦る……それが免罪符にはならないが、少なくとも人を殺した罪悪感に対する、一種の緩和剤になっていることは否定できない。

だが<大地人>は別だ。

彼らは死んでも甦らない。 だからか、我々の多くも<大地人>を手にかけることは躊躇うケースが多いんだ」

「それは、分かる気がするよ」

「……ありがたい。 だからか、<教団>は信者になった<大地人>を兵士として育成している。

彼らは戦力としては<冒険者>にはるかに及ばないが、ただ<大地人>であるというだけで、我々の戦意を鈍らせることができる。

ある意味では……彼らは人間の盾なんだ」


 人間の盾。ゲリラやテロ組織などがよく使う、非戦闘員や捕虜を敢えて首都や部隊といった攻撃に巻き込まれかねない場所に置く戦術だ。

子供や女性、老人といった人々を盾にすることで、自分たちの身の安全を図る卑劣な行為である。

<教団>は兵士としてだけではなく、そうした効果も勘案して、<大地人>を集めているのだろう。


「彼らをすべて救い出すことはできない。 仮に救い出したとしても、彼らはおそらく死んだ瞬間、あの<敬虔な死者(パイアス・デッドマン)>として甦ることだろう。

そうなってしまえば彼らにもはや言葉は通じない。

ただ……生きているうちは彼らは人間だ。

怖がりもするし驚きもする。

生まれて初めて味わう、間断ない砲撃というやつに、肝をつぶして逃げてくれれば、我々も無用の殺人を犯さずに済む」


 参謀長の顔は苦かった。

自分の論が空想――むしろ願望に近いものだということを理解しているのだ。

<教団>の<大地人>たちは確かに恐れおののきはするだろう。

だが、そんな彼らには同時に『信仰』という支えがある。

多くは逃亡奴隷である彼らが、文字通り自分を地獄から救い出してくれた<教団>を見捨てて逃げる可能性は低かった。


「戦車はそのまま可能な限り砲撃をつづけた後、適当なところで部隊を分ける。

突撃する我々の直協をする部隊と、そのまま<聖域>の周囲を遊弋しつつ、砲撃を行う部隊にだ。

その隙に制圧をかける」

「援軍は我々だけか?」

「君たち以外にも華国やほかのサーバから来たであろう<冒険者>たちは確認している。

君たちからの報告通り、中国サーバからまとまった数で来た部隊については、各地に散らばっている<教団>の掃討を依頼する手はずになっている。

ほかの連中には、近いならば可能な限り来てくれと言っている。

逐次投入になるが、乱戦になる可能性の高い場において、秩序だった部隊の掩護はありがたい。

あとは……我々の本隊も別方向から突入する手筈だ」

「海からね?」


 レンインの確認するような質問に、参謀長は大きくうなずいた。

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