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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
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171. <変化>

1.


 誰もが、言葉を失っていた。

かつてのサンフランシスコ、その南部に広がる<冒険者>たちのゾーン。

その一角でのことだ。


「なにが起こったぁっ!?」


 ヤマトの<冒険者>3人を連れて来い。

それだけをトーマスから指示された男が狼狽えて叫ぶ。

当然だ。 

いかに<教団>が恐るべき技を用いるとはいえ、彼自身は何の秘密も持たない、一構成員に過ぎない。

そんな彼が、目の前の異変から真実を探り当てるなど、それこそ予言者でもない限り不可能だろう。

彼の部下たちも同様だ。

誰もが、輝きながら起き上がる<暗殺者>を恐怖の眼差しで見つめていた。


「貴様、<暗殺者(アサシン)>! 状況を説明しろ!!」


 そんな声にも、テングはなにも答えなかった。

答えることができなかったというのがより適切であったろう。

何しろ、彼も知らないのだから。


 だが気付いたことがある。

目の前の光は、今まで見たものに比べてどこか暖かく……冴え冴えとしていることを。

そしてそれは、<盟約の石碑>があったゾーンを覆っていた光に、よく似ていたことを。


「ユウ……」


呟くテングの前で、ユウがゆっくりと目を開いた。

その目はいつもの黒ではなく、輝くばかりの青だ。

遠いどこかの国の草原を照らす、雲ひとつない青空の色だ、と彼はその時思った。


「……<シェア・ディザスター>」


 その場の誰も知らぬ特技の名前とともに、部屋を覆っていた光が徐々に収斂していく。

それはユウの体を伝い、艶やかさを失わない髪の一本一本、女性らしいなだらかで豊満な曲線を描く肉体を撫でるように通過していき。

そして、瞳に集まった。

いったん目を閉じたユウの瞼が再び開かれたとき、そこにあったのは青空の色ではなかった。

空色を凝縮しつくした、深海のような瞳だ。

誰もが動くこともできない中、ユウはゆっくりと足を床に下ろすと、周囲をじっと見回した。


「き、貴様。 ……トーマス……先生が、お呼び……だ」


そんな彼女に声をかけた、<教団>の男の勇気をこそ賞賛すべきであるかもしれない。

彼をして口を開かせたのは勇気でも使命感でもなく、上司(トーマス)への恐怖だったかもしれないが。


だが。

そんな彼のなけなしの献身は、まったく無駄だった。

どこか今までのユウとは違う――無数の声がより合わさってユウの声に似せたかのような声が、白磁のような喉から溢れ出す。


「<サモン・ディゼスター>」


 その瞬間、彼らがいた小屋は、トーマスの哀れな部下たちごと一瞬で消滅していた。



 ◇


 『それ』は悩んでいた。


 自分がいつの頃から在ったのか分からない。

ただ『それ』は、回る輪廻のようなその世界で、ただ黙々と己の職責を果たし続けていた。


 変化があったのは、しばらく前だ。

いつも自分が現れるとやってくる、不快にしてどこか親近感を覚えるほどに似た存在――それはその時、来なかった。


(なぜだ)


 『それ』は、自分に与えられた思考をする能力を用いて考える。

その『思考をする』という行動もまた、いつの間にか出来るようになっていた。

来るべきものが来ない違和感。

自分の運命が捻じ曲げられつつあるような、奇妙な不快感。

その感情の原因を確かめるべく、『それ』は初めて、自らの意志で進路を変えた。



(なぜだ)


 時間が経ち、見たことのない大地と見たことのない海を越えて、『それ』は再び疑問を抱いた。

初めて考えた「なぜ」が現状への疑問だとするならば、今度の「なぜ」は現状への不満だ。

『それ』は消滅しかけていた。

苦痛も苦悶も何もなく、ただ雪が春になって溶けていくように、『それ』は大気へ消えようとしていた。

それは良い。

消滅と再生は、『それ』に存在を与えた何者かが同時に課した宿命だからだ。

だが、長からず、かといって短くもないイレギュラーな旅は、いくつかの疑問に答えを見出すことを『それ』に許していた。


 『それ』が嫌悪し――どこかで心待ちにしていた相手は、異様な集団と戦って消えたこと。

その者とともに、同類たちもほとんどが滅びたこと。

その者を助け、自分に刃を向けてきた相手――<冒険者>も、かつての彼らではなくなっていること。

そして。 『異様な集団』その一員が、世界のあちらこちらで跋扈していること。

そのひとつが、星の旗の下にいることを。


 『それ』に人間に近い感情はない。

己の好敵手だった男を討ち取った者が誰なのか知る気もないし、敵討ちなどという感情も無論、持たない。

ただ――知りたかった。

自分に与えられた『知覚する』『認識する』『思考する』という能力をもって、相手を推し量ってみたかった。

もしかすると、『それ』が感じたもっとも最初の欲望かもしれないその思いは、今、『それ』自身と共に世界に拡散しようとしている。

『それ』にはそのことが不満だったのだ。


 ふと、眼下を見る。

地上を歩く者たちに自身がどう見えるかという事には、『それ』は興味がない。

長い列を作り、天空を翔る半透明の猟師と猟犬たち。 そしてその獲物たち。

常ならば極光(オーロラ)が照らす夜の帳の元、星明りに輝く雪を眼下に駆けるはずの自分を雪ひとつない砂漠の空で見た人々が騒ぐことにも、『それ』は無関心だった。


 眼下にあるのは、ひとつの集落のようだった。

ほかの場所でもそうであったように、『それ』を見た地上の生物たちが指をさして何か叫んでいる。

いつものように無視して通り過ぎようとしたとき、ふと、緑色の光が『それ』の前に現れた。

こっちに来い。

あたかも、そう差し招くかのように。



「何を待ってる!! 今のうちに削るんだ!」

「待つんだ!! 他の連中は降りていない!!」


 『それ』はゆっくりと地上に降りた。

目の前で怒鳴りあう姿の違う生物……その背の低い側から、光が漏れ出ていることを認識する。

だから、『それ』は己の意志を目の前の生物に伝えることにした。


『星の旗はいずこ』



 目の前の生物たちは、自分の発言を理解していないようだった。

認識はしているようだが、処理をし切れていないのだろう。

踏み潰してもよかった――本来、『それ』に与えられた役割はそれだ――が、『それ』は余計な行動で消滅の危機を早めるつもりはなかった。


『星の旗はいずこ』


だが、再びの問いに、帰ってきたのは返答ではなかった。

『それ』はゆっくりと自分自身を戦闘に向けて準備していく。

焦っている、という意識もないままの『それ』に、ふと緑の光が進み出た。


「星の旗なら、知っている」

『それはいずこ』


望んだ返答に、『それ』は歓喜する。

同時に、『それ』は気付いた。

目の前のちっぽけな存在――その奥に潜むものが、消滅しかけた自分を救い得ることに。

だから、『それ』は取引に応じる。

その思考が、既にかつての『それ』自身とかけ離れていることに気付かないまま。


厄になれ(寄生しろ)


 その取引のままに、『それ』は厄となった。


……自分を受け入れたその生物が、どうなるのかには一片の興味さえ抱くことなく。


 それからの旅は快適なものだった。

『それ』が寄生した生物(宿主)は、『それ』が密かに命ずるまま、ひたすらに西を目指していた。

自分はそこで待っているだけでいい。

存在のカテゴリが変わったことで、『それ』はかつての『それ』に戻ることは出来なくなっていたが――消滅の危機を免れたのであれば、どうでも良いことだった。

ただ、問題は日に日に宿主が憔悴していくことだった。

『それ』以外にも、その生物は多くの存在を己の中に取り込んでいた。

それを緑の光が管理しているようだったが、それでも限界はある。

しかも、思ったより宿主は強かだった。

『それ』はいつしか縄で括られ、弱った寄生虫が吸収されるように消えていくかに思われた。


 無論、それは『それ』の本意ではない。

『それ』は徐々に宿主を蚕食していった。

不要な記憶(ゴミ)を消し、宿主の支配に綻びを生んでいく。

望外の幸運も起きた。

何の目的かは分からなかったが、宿主は自ら『それ』の束縛を解き、一時的だが開放したのだ。

その瞬間、『それ』は更なる侵食を宿主に掛け、体の支配権を奪い取る寸前まで行くことが出来た。

完全に奪えなかったのは、ほかの寄生存在たちの抵抗と――『それ』自身が望まなかったからだ。


どうせ宿主は乗り物に過ぎぬ。

星の旗の下へ行ければ、あとはどうなりと捨てればよい。

宿主の意志は既に『それ』の支配下にあった。


 そしてついに『それ』は目的の場所に到達した。

焦っていたのか、もっとも目標の色の濃い生物に力を使ってしまったが、目標が消滅したわけではないことは、『それ』にも分かっている。

あとは宿主が滅ぶまで使い捨て、残りは『それ』自身が行えばよい。



 そこまでが、『それ(ワイルドハント)』が己の意志で考え得た事だった。




2.



「どういうことなのだ!!」


 緊急の幹部会の席上で、ガンマはダン、と手を机に打ち付けて叫んだ。


「あの<冒険者>は何者だ! さっさと討伐せねば、<聖域>が滅ぶぞ! 

それに教主もおられぬ! 早く見つけねば……!」


 激昂して怒鳴ったのはガンマだけだったが、ほかの幹部も大なり小なり気分は同じなのだろう。

何しろ<サウスエンジェル>による討伐隊を迎え撃ってより半年振りに<聖域>が敵を迎えていたのだから。

だが、ざわめく幹部たちの中で、何人か冷静な者がいる。

トーマスや、彼に近いといわれる幹部たちだ。

彼らは場違いな祭りを見るような白けた目でほかの人々を見回していた。


「落ち着いてくださいよ。 騒がなくても聞こえます」

「トーマス!」

「最初にやられたのはうちの部下なんです。 ガンマさん、あなたが騒ぐことじゃない」

「だが!」

「それに、<教主>は無事ですよ。 ガンマさんもご存知でしょう? <教主>は滅びない(・・・・)

「む……。 ……まさか?」

「ええ。ライラーは(・・・・・)死にました。 先ほど簡易<大神殿>での復活も確認しています。

ですが、<教主>は無事です」

「……ならば最悪の事態は免れたわけか、よし。 で、どうする」


 やり取りを経て安心したのか、がくりと腰を下ろしたガンマに、トーマスがにこりと微笑んだ。


「ちょうど良く<冒険者>は中心部から離れつつあるようです。 適当なところで討伐しましょう。

あの女<暗殺者>がどんな未知の特技を使っているかは知りませんが、無限に放てる特技などはない。

適当なところで、例の装置の実験台(ターゲット)にします」

「出来たのか!?」


 別の男が嬉しそうに叫んだ。

いつもはラフなジャケット姿であるのに、この会議には普段馬鹿にしていた『下の<冒険者>』のような全身鎧でやって来た男だ。

トーマスやほかの何人かがいつもと全く変わらない現代風の衣装をまとっていることと、その男の装備は対照的だった。

彼だけではない。

ガンマやジェニーを含め、その場の多くの者もまた、絶えて腕を通していなかった<冒険者>の装備をまとっていた。

だが、それらへの侮蔑を一切表情に出さず、トーマスはにこやかな笑顔で答える。


「ええ。 試運転は出来ます。 後は実地試験ですね。 これが出来れば、わざわざ<教主>に水をもらって撒き散らすような、テロリストのようなことをしなくてすむ」

「<魂魄処理装置(スピリットアクセラレータ)>……!!」


 うっとりと、声をかけていた男が呟く。


「まさに福音装置だな。 それが出来れば、<教団>の敵はいなくなる。

元の世界への帰還も出来るかも知れぬ。 それも、<冒険者>の力を持ったまま」

「ま、うまくいけばですけどね。 そのためにも、現状ではあの女<暗殺者>が必要です。

皆さんには、そのための行動をしていただきたい」


 いつの間にか座を仕切るのはトーマスになっていた。

彼は目の前に広がる円卓に肘をつき、同輩であるはずの男女を王が臣下を眺めるように見やる。

だが、そんな彼の不遜な仕草を咎めるものは既にいない。

もっとも反りの合わなかったガンマですら、トーマスと視線を合わせないよう天井を見上げていた。


「ガンマ。ジェニーと共に女<暗殺者>を実験場までおびき寄せてください。 ニコール、ピーター、アルカインは残存の<冒険者>を集めて包囲を。 外に逃がしてはなりません。

フラックスは変異済の連中と共に陽動を。 オーシャンは<星条旗特急>を指揮して生産系の連中の避難を指揮してくださいね。

ほかの面々は手分けして<大地人>と<敬虔な死者>をぶつけてください。

実験場までおびき寄せれば、こちらの勝ちです」

「トーマス。 <不正規艦隊>はどうする?」

「ああ」


 フラックスの言葉に、トーマスは興味のない声で応じた。


「近づくようなら無許可で攻撃してもかまいませんよ。 せっかくです、フラックス。誰かに命じて攻撃してください。 <大地人>を前に出しておくことも忘れないように」

「連中の一部がサスーン湾で何かしていたという報告もあるが」

「……どうでもいいことです。 ほうっておきなさい」


トーマスは徐々にうんざりしているようだった。

その冷たい声音に、誰もがあわてて席を立つ。

その中で一人座ったままのトーマスは、最後に部屋を出ようとした男に「そうそう」と声をかけた。


「スワロウテイル。 あなたは残ってください」

「は?」


呼びかけられた男――帆船<ジョン・ポール・ジョーンズ>の船長、スワロウテイルは、訝しげにトーマスを見た。


「俺も迎撃に出たいのだが。 諸君らの中で、もっとも軍事作戦には明るいと自負している」

「それはいいんです。 今夜の仕事は作戦というより、狩ですから」


あっさりと答えたトーマスは、にやりと笑って目の前の元軍人を見上げた。


「それより、あなたには頼みたいことがありましてね。 悪いが、ついてきてくれますか」


その朗らかな口調の裏に潜む何か。

それに警鐘を鳴らす自分を、その時スワロウテイルは無理にも押さえ込んでしまった。

自分に待つ運命を、知ることもなく。

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