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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
218/245

161. <聖域の入り口にて>

今回は短いです。すみません。

1.



 目的地が近いのだろうか、<星条旗特急>は何度か、気忙しげに汽笛を鳴らした。

窓から見える風景は荒涼たる荒野から、竜たちが遊弋する谷の底を抜け、奇妙に規則正しく立ち並ぶ岩山の群れを突っ切って、今は小さな川の横を走っていた。

その小川は不思議と蛍のような光に満たされ、夜の光の中で燐光のように揺らめいている。

遠くに見えるのは朝の早い農民の立てる炊事の火であろうか。

オレンジ色の光がぽつぽつと、どこか幻の祭りの灯篭のように、野原に浮かんでいるのが見えた。

長い旅で、奇観を見慣れたテングでも、改めて目を奪われるような光景だった。


「俺たち以外に、車両には入ってこないんだな……」


途中、何度か<星条旗特急>が停車し、後方がざわつくのを耳にしていた。

窓から列車を見上げる何人かの<冒険者>や<大地人>も目にしている。

おそらくは、奴隷を逃がしていたのだ。

逃げた先がどのような場所か、それも知らぬままに。


人は誰もが、自分の利益――そして自分の属する集団の利益を第一に考える。

この大陸に存在する奴隷制を否定する人々は、奴隷を足もつかず逃がしてくれる<星条旗特急>を利用するが、一方でこの特急を操る<教団>側にも思惑がある。

それでもかまわないと考えた人々だけが、この特急を呼ぶのだ。

そうした、責任感ある無責任な取引の結果として乗車した奴隷たちは、どうやらカイたちとは別の場所に通されているらしい。

彼らの旅程を破る闖入者は、今まで一人として入っては来なかった。


「もうすぐだ。 ……明かりが見えた」


 眠っていたかに見えたカイが、ふと呟いた。

見れば、新幹線もかくやという速度でひた走る<星条旗特急>の行く手に、輝くような一帯が見える。

そこだけは、周囲のオレンジ色の明かりではなく、<魔法の明かり>によるものだろう――冴え冴えとした白い輝きが、周囲の夜を圧していた。


「……覚悟を、決めねばな」


 カイはそう言って、再び顔を腕の間に埋めた。



2.


 そこは、古代――神代の廃墟が点在し、その中にひとつぽつんと、石碑があるだけの場所だった。

少なくともこの世界がゲーム<エルダー・テイル>だったころは。

ダンジョンゾーンでないのは無論のことだが、高レベルモンスターがひしめくような場所でもない。

モンスターのいない、沈黙のエリア。

そこはこの世界がどうやって生まれたかの謎をわずかに設定(フレーバー)に漂わせた、追憶の地。


 かつてのシリコンバレー――<盟約の石碑>とは、そのような場所であった、はずだった。


 だが、今は違う。

石碑を取り囲むように建てられた無数の建物には煌々と明かりが灯り、中には数階建てもあるそうした建物によって、<盟約の石碑>は全く見えなくなっていた。


<聖域(エリシオン)>


そう呼ばれる、かつてアメリカが誇る最先端技術の牙城だった場所に、ユウ、カイ、テングの3人は、列車に乗って5日目の朝、足を踏み入れたのだった。



「<冒険者>の方は、こちらへ」


 奴隷だった人々による長蛇の列を離れた3人を案内したのは一人の<盗剣士>だった。

腰に細剣を差しているものの、見たところ敵意はない。

とはいえ、カイたちが90レベルを超えていることは見るだけで分かる。

どういう扱いをされるのか、予断を許さない。


 一方で、カイとテングは事前に申し合わせたことがある。


『明らかに敵対的な行動をとられない限り、こちらから騒ぎを起こすのはやめよう』というものだ。

実際、端から敵だと宣言するより、今は大人しくしていたほうがいい。

そもそも、一行の――正確に言えばユウの――目的は、<盟約の石碑>に行くというものであり、<教団>と敢えて事を構える必要性は無いのだった。


 何かを沈思するカイ、心ここにあらずというユウの間に立って、ふとテングは後ろを振り返った。

そこには、あの列車のどこにいたのかという数の<大地人>たちが一列になって歩いている。

誰もがみすぼらしく、一見して彼らが着の身着のまま逃げてきた奴隷であることは間違いなかった。

サブ職業が<奴隷(スレイブ)>である彼らの歩く先には、何人かの黒い僧衣(カソック)をまとった<冒険者>がいる。


(何をするんだ?)


 興味を駆られたテングは、隣のユウに肩を貸す事で後ろを観察する時間を作り、じっと見つめた。 


「もう安心です。あなた方に恩寵を……」


先頭の女性が、痩せた膝を大地につけてうなだれる中、僧衣の男の一人がそういうのが聞こえた。

頭に何かをふりかけ、手をかざして何かを唱える。

その手に、小さなカードが握られているのを、<暗殺者>の目は確かに見た。


安心したように突っ伏すその女性の顔を上げ、何かを飲ませる。

同時に、女性は小さく震えると、別人のようにしっかりと立ち上がった。


(?)


何が起きたのだろう。

ユウを支える振りをしながら、テングが疑問に思ったとき。

ちらりとステータス画面が目に入った。

サビナ。 <主婦> 9レベル。 サブ職業<敬虔な人(パイアス)>。


「!!?」


テングははっとして奴隷の列に向き直った。

案内役の、名前も知らない<盗剣士>は何を思っているのか、無言のままじっと待っている。


「サブ職業が……変わった!?」


<奴隷>から<敬虔な人>へ。

通常、サブ職業の変更にはそれぞれの職業に応じたクエストやイベントが存在する。

メジャーなものであればNPCに話しかけるだけで済むし、中には苛烈なクエストをクリアしなければ得られないサブ職業もある。

隣をあるくユウのサブ職業、<毒使い>も、ヤマトでそれを専門に伝える一族の課す試練をクリアしなければならないのだ。

それが、あの洗礼じみた儀式だけで変更される。

それも、<冒険者>によって、<大地人>の職業が変わる。


「あれは……一体!?」


ゲームだった頃の<エルダー・テイル>に存在した仕様ではない。

もちろんながら、<大災害>以降、そうした行動を可能にする特技が発見されたわけでもない。

しかも、<敬虔な人>。

<敬虔な死者(パイアス・デッドマン)>を髣髴とさせるといっては、生々しすぎる名称だ。


「おい、あれは何だ!? 何をした!?」

「……質問は、主任に」


見せるべきものは見せたと判断したのだろう。

<盗剣士>の声は、同じ<冒険者(プレイヤー)>のものとは思えないほどに冷たかった。

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