160. <エリア51>
かなり無理な設定を連ねています。
申し訳ないとしか言いようがない。原作者様にはお詫び……していいのかどうか。
1.
そこは、砂漠のただなかに、幻のように現れた。
朽ち果てた滑走路、そして墓標のように点々と浮かぶ殺風景な建物の群れは、かつてそれが果たしていた役割を、剣と魔法のファンタジー世界になった後でも、毅然と主張し続けているかのようだ。
<時計仕掛けの廃都>
そこは、全米でも最も危険と謳われる機械系ダンジョン、その一つだった。
『<教団>の連中はいないようです』
「よし」
馬上で頷く参謀長の率いる兵力は、<冒険者>が350人。
<不正規艦隊>のメンバーのうち、ユグルタ率いる遠征艦隊の乗組員と、レベルの低い者を中心にしたヴェラクルス防衛部隊を除く、ほぼ全力だ。
各地に密偵として散っていたメンバーも、可能な限り合流して参謀長の指揮下に入っている。
彼らを率い、参謀長は遠くのダンジョンを遠望すると、静かに腕を振り下ろした。
だれが言うでもなく、彼らは歩兵の基本である二人一組を組み、ゆっくりと前進していく。
彼らの前で、ひゅう、と砂塵が一瞬、古の基地の址と彼らの前を吹き抜ける。
◇
なぜ、<教団>への攻勢をもくろむ彼らが、通り道とはいえレイドダンジョンに挑むのか。
端的に言うとそれは、あるアイテムの入手のためだ。
いや、アイテムというのは語弊があるだろう。
そこにいるゾーン設置型モンスター、<時計仕掛けの戦車>の集団を、彼らは捕獲に行こうとしているのだった。
<教団>は巨大な組織だ。
ウェンの大地にいる<冒険者>、その多くはビッグアップルなどの都市圏にいるが、そこを離れて暮らす<冒険者>もまた多い。
そうした人々の集団の中でも、〈教団〉はかなり大規模なものと言えるだろう。
いかに軍人上がりが大多数を占めるとはいえ、わずか数百人で彼らを壊滅させるのは不可能に近い。
だが、参謀長を始め<不正規艦隊>は、その不可能を可能にする3つの策を思いついた。
そのひとつが現在の参謀長達――第2の作戦、つまり<魔導戦車M-31>の制御なのである。
この世界には〈魔導兵器〉と呼ばれる種類のモンスターが存在する。
この世界がまだ〈エルダー・テイル〉であった頃、そうした魔導兵器の暴走イベントというのは、特にアメリカのプレイヤーにとっては珍しい事ではなかった。
この辺り、SFとファンタジーの境が欧州に比べて曖昧なアメリカのお国柄が見て取れる。
そうしたイベントの定番のラストといえば、力押しではどうにもならないほどの魔導兵器の群れをくぐり抜け、基地の奥に眠る制御スイッチを押す、などというものだった。
そしてここは既にゲームではない。
であれば、停止だけでなく解析、あるいは制御して戦力化をはかるなどと言う事も可能ではないか。
無論のこと、賭けである。
きわめて分の悪い賭けだ。
風の噂で、契約をしなくてもモンスターと協力関係を築いたとか、困っていたら亜人が助けてくれたとか、この世界がゲーム的な二元論では最早ないという話は聞く。
だが、あくまで噂だ。
唯一噂ではなくモンスターを従えるのは他ならぬ<教団>だが、参謀長は<クレセント・シティ>の最後の日々を戦った何人かの<冒険者>と接触し、その「協力」のおぞましい実態を聞いていた。
既にあるモンスターを従えるのではなく、<大地人>をモンスターに「する」。
考えるだけでも恐ろしい。
だが、事実彼らは<大地人>の供給が途絶えぬ限り、理論上は無限にモンスターを生み出し続けることが出来る。
最悪、彼らの本拠地、及びその近辺の<大地人>は全て潜在的な<敬虔な死者>予備軍とみなす必要があった。
その絶望的ともいえる戦力差を覆すための、<時計仕掛>なのである。
◇
太陽は砂に隠され、黄金の円盤のような小さな輪郭を大地に投げている。
風が強まった。 砂塵が徐々に基地――<時計仕掛の廃都>を覆い隠していく。
「……やはりな。 今はイベントではない」
参謀長は最初の関門を突破したことに気づくと、部下達に悟られないようそっと安堵の息を漏らした。
このエリアは人里離れていることもあって、普段は砂嵐に隠されている。
イベントのとき――つまり<時計仕掛>たちが出撃する時のみ、その全貌を現すのだ。
そして今は――近づくに連れ荒れ狂う砂塵の彼方に、ダンジョンの入り口は没しようとしている。
「先陣は我ら海兵隊にお任せあれ」
廃都の勢力圏外――中にある復活ポイントに捕まる直前で馬を立てた参謀長とその幕僚団を、そう言って何人かの<冒険者>が追い抜いた。
アメリカ4軍の中でも緊急展開軍の主力を為す、アメリカ海兵隊の出身者達だ。
相互に指で合図を送りながら、彼らは相互に連携できる距離を保ちつつ、小走りで近づいていく。
やがて、入り口に達した彼らの一人が、頭上で腕を大きく回した。
脅威を排除した、と言う合図だ。
頷いて司令部と共に走り出しながら、参謀長はこのまま何事もなく終わることを、心から祈った。
自分達をこんな世界に放り込んだ神が、あまりにも虫のいい願いを聞いてくれるわけがないと、心のどこかで確信しながら。
◇
基地は半地下式である。
そこに一歩踏み込んだ参謀長は、不思議な既視感にとらわれ、思わず立ち尽くしていた。
他の面々も同じらしく、狐につままれたような目であたりを見回している。
当然ではあるだろう。
所属する組織こそ違え、彼らの元の職場を髣髴させる、というよりはその基地の格納庫そのものであるのだから。
「気を抜くな! ここは敵地だ!」
小隊や分隊のリーダーの叱咤が飛ぶが、それでも兵士達はどこか浮き足立っていた。
ユグルタの演説で、改めて自分たちは軍人なのだと、意識を新たにした彼らにとって、中東や訓練基地で見たような荒れ果てた基地はあまりに見慣れ過ぎていたもので。
だからこそ、対応が遅れた。
音も、前触れも、殺意さえなく。
机にふざけて座っていた一人の<守護戦士>の分厚い胸を、怪光が貫く。
「えへ」
目をぐるりと回してどさりと倒れこむ、その<守護戦士>の後ろから現れたのは、奇妙に生物的なフォルムを持つ、非金属の突起――基地の警備システム!
いかなる敵意もなく、ただ淡々と招かれざる客を叩きだす為だけのシステムが、次々と目を覚まし、参謀長達を向いた。
誰もが一瞬凍りつき、次の瞬間、叫ぶ。
「!! 会敵! 総員、応射!」
この世界はよほどの急所でなければ、一発二発受けた所で痛みはあっても即座に死にはしない。
HPが残っている限り、本来の肉体の能力は寸時も失われることは無い。
手近な遮蔽物に身を隠し、それぞれが弓矢や投げナイフと言った手持ちの武器で応戦する。
その中でも、何人かのメンバーはそろそろと前進を始めていた。
ある程度の距離まできたところで、<フリージングライナー>や<エレメンタルレイ>といった呪文で片を付けていく。
元の世界に比べて攻撃範囲は随分と狭くなったが、それでも元は兵士だ。
市街戦、あるいは閉鎖地域における戦闘に後れを取るような人間はいない。
目先の脅威が排除されたことを確認し、進もうとしたところで彼らの耳に英語の機械音声が届く。
『侵入者、脅威レベル3。迎撃態勢準備に上昇。 隔壁閉鎖。 当直者はただちに邀撃せよ。 繰り返す。 侵入者……』
「ふん、ここまで踏み込まれてようやく黄色か。 随分手ぬるい警備だな」
「むしろ警備システムが動いていることを誇りに思うべきだろうな」
「無駄口をたたくな。 どうせここはセルデシアだ。 この基地も米軍のものじゃない」
部下の軽口をたしなめ、先ほど真っ先に入口にたどり着いた海兵隊出身の<冒険者>が先頭に立った。
彼は自らの武器である小ぶりの斧――<狐の尾>を掲げ、前方を警戒する。
この<時計仕掛けの廃都>は地上と地下からなる広大な基地で、かつて地図上の同じ場所に存在した、一部SFファンや陰謀論者になじみ深い基地と同様に、地上より地下エリアのほうが広い。
地下はいくつもの壁で区切られた迷宮であるが、地上はほぼ一本道だ。
同時に、地上こそ、このダンジョンで最も難所と言われている。 理由は簡単だ。
キュキュキュ、と特徴的な走行音が前方から響いてきた。
朽ちかけた壁からぱらぱらと砂が降り、縦隊になっている<冒険者>が可能な限り横に広がる。
「……来た」
それは、唐突に表れた。
まるで瞬間移動したように無造作に、彼らの前方に長い砲身が『二本』現れる。
<魔導戦車M-31>
ウェンの大地にのみ生息する、大型の魔導機械だ。
現代の戦車を見慣れている<不正規艦隊>の面々には奇異に思えるほどの高い車高。
そこには正面に一門、そしてやや斜め下、操縦手が顔を出す横合いに離れてもう一門、都合二門の主砲を持つという特異なものだった。
曲面で構成された装甲は、対戦車戦闘を考慮しているらしく、この異世界で剣と魔法の使い手を相手取るには、滑稽さすら覚える。
だが、その姿を滑稽と言って笑える者はこの場にはいない。
「参謀長! 後方へ!」
「構わん!」
350人という、増強中隊規模の歩兵で戦車と戦うことの恐ろしさを彼らは知っている。
瞬時に身を伏せた全員の頭上を、輝く衝撃が飛びぬけた。
<魔導戦車M-31>の名は伊達ではない。 彼らが放つのは実弾ではなく、凝縮された魔力なのだ。
「反撃!」
魔術の砲であっても連射は難しいらしく、一旦動きを止めたM-31に、前衛の火力が降り注ぐ。
<オーブ・オブ・ラーヴァ>によって表面が赤熱し、塗装が焦げる独特の臭いが鼻を満たす。
その中でも突進したのが、<守護戦士>たち――戦車にも勝る防御力を備えた兵士たちだ。
旋回する砲塔に敢えて身をさらし、次々と<アンカー・ハウル>を放つ彼らに、意思なき古代の遺産は狙いを定め――75㎜の主砲弾は、一人の<守護戦士>が掲げた楯によって、弾かれて天井を砕いていた。
「よし!」
その隙を見逃す<不正規艦隊>ではない。
<暗殺者>や<盗剣士>ら、速度に長けた一団が狼のようにM-31の懐に飛び込むと、そのハッチを力任せに抉じ開ける。
「よし! 中は空洞!」
そういってするりと入り込んだ一人は――次の瞬間悲鳴を上げて飛び出した。
「どうした!」
「さっき火球ぶっ放した馬鹿はどいつだ! 中がオーブンになってるぞ!」
「なら冷やせ!!」
さっと飛び散った<暗殺者>たちの横を、文字通り雪崩の勢いで貫いたのは<妖術師>の<フリージングライナー>だ。
べきべきべき、とM-31から異音が漏れた。
外装の急激な温度変化に耐え切れず、構成材が亀裂を生じているのだ。
主砲とてその例外ではなく、ひときわ大きな異音とともに、長大な75㎜の主砲が半ばからへし折れた。
残るは副砲だけだが、37㎜の、しかも急激な加熱と冷却で内部が歪んだ砲塔では、<冒険者>たちの防御を抜けるわけもない。
やがて、頽れるように動かなくなった魔導戦車に、参謀長は一つうなずいて飛び乗ってみた。
ハッチはすでに引き開けられ、かすかに車輪が動くものの、履帯も切られた以上自走も不可能だ。
完全にとどめを刺していないのは、泡になって消えさせないためだが、実際、命もないはずの機械が消えるかどうかなど、ゲームではないこの世界で分かりようもなかった。
内部は思ったよりも簡素な構造だった。
モデルになった米軍のM3中戦車は大戦時の戦車であったから、現代の主力戦闘戦車《MBT》のようなシステマチックな内部構造は持っていなかったが、それにしても簡素に過ぎる。
車というよりはバイクに似た、かすかにきしむハンドルと、下にアクセルとブレーキらしいペダルはあるが、それ以外はいくつかのスイッチや、意味の取れない装置があるだけで、あとはがらんどうだ。
「動かせるか?」
一瞥して<魔導戦車M-31>から抜け出し、参謀長は機械をあちこち弄り回している一人の<付与術師>に尋ねた。
彼は陸軍の戦車兵、それも車長まで務めた上で内地にある試験部隊に所属していたという男だ。
今も、機械油より森奥の泉が似合うような優雅な外見とは裏腹に、真剣な顔で装置と格闘している。
本人の話では、あのマークⅣから、古今東西触れていない戦車はない、と言い放つだけに、参謀長も疑心暗鬼で彼に魔導戦車の操縦が可能かテストさせてみたのである。
「このままでは、無理ですね。 いや、魔導戦車が破壊寸前とか、そういうものではなく」
「戦力化は無理か」
気落ちしたような上官の声に、いや、とその<付与術師>は返事した。
「この戦車は自動操縦ですが、自分で判断しているわけではないようです。この装置で指示を受信しているようですね。
妙な魔力が流れ込んでいますから」
<付与術師>は<マナチャネリング>や<マナトランス>など、他の魔法職と比べて魔力そのものを扱う特技が多い。
そうした肉体的な面での補佐もあって、彼は命のない機械に流れる魔力を察知したようだった。
「操縦機構もそうですが、主砲弾や燃料もありません。 おそらく、この<時計仕掛けの廃都>そのものが、巨大な弾薬庫であり、燃料なのだと思います」
そうつづけた部下に、参謀長は「では」と言葉を重ねた。
「この基地から切り離して運用することは不可能か? 例えば内部の搭乗員がMPで肩代わりするとか」
「今のところは何とも。 奥を調べてみないと」
調査は終わったのだろう。 そう言って戦車から出てきた男の肩に、労わるように彼はぽんと手を置いた。
「ならばやることは変わってはいないな。 結局、この廃都を踏破しなければ使うも使わないもないわけだ」
2.
地下に進むごとに、<時計仕掛けの廃都>はその様相を変えていく。
上部は軍事基地そのままであるが、地下に進めばそこはさながら研究所だった。
「宇宙人とか出て来やしないだろうな……」
有名な俗説を口に出した隣の仲間に、参謀長が苦笑して返す。
今は彼らは地下二階、かつては無菌室だったと思しき奇妙に白い空間を歩いていた。
白、といっても既に長い年月がたち、そのほとんどは鼠色に近い薄汚れたものになっているが。
「案外いるかもしれないな。 アタルヴァ社のデザイナーがわざわざこのエリア51をデザインしたからには、そういうモンスターが眠っていてもおかしくない」
「月に行けるような宇宙戦闘艇でもありゃいいんですがね」
別の男が、20年ほど前の有名な映画に出てくる軽口で返す。
「参謀長、そろそろ」
「ああ」
正面に巨大な扉があった。
彼らの何人かが、その自動扉だったらしい扉を力任せに引っ張る。
地上を進む間に、彼らはさらに10体近くの<魔導戦車M-31>と交戦していた。
イベントの時よりは少ないこともあり、彼らはモンスターたちにとどめを刺してはいない。
うまくこの廃都を制圧できれば、戦力に加えることができるかもしれないからだった。
この世界で<魔導戦車M-31>が通常のモンスターのように勝手に発生するかよくわからない以上、彼らとしてもそうするしかなかったのだ。
「それにしても、広いですな。 迷路というのも分かる」
「誰もこのダンジョンに入ったことがなければ、迷っていただろうな」
感想を言う合間にも、次のゾーンが口を開ける。
そこにいたのは、人間を奇妙にカリカチュアライズした、機械仕掛けの人影だった。
<時計仕掛けの自動人形>。
橙色の警報――イベント時を除く、このダンジョンの最高度の警戒警報発令時にのみ現れる、全自動の殺戮機械だ。
さすがに参謀長も、これらを無傷で手に入れられようとは思っていない。
「撃て!」
ひゅんひゅんと矢音が鳴り、その隙間を縫って<暗殺者>は<致命の一閃>を、<盗剣士>は<ユニコーンジャンプ>からの<ワールウインド>などで制圧していく。
小型の魔導式の弩砲も、<冒険者>の人外じみた速度と破壊力には及ばず、なすすべもなく屍を晒すことになった。
正面の敵、さらには周囲の自動砲台も残らず沈黙したことを確認すると、<冒険者>たちは再び、相互に緊密な連携を保って前進していく。
一つ一つの小部屋も余さず開け、内部を掃討し、空にしてから進む姿は、装備こそ古めかしい中世や近世のものであるにしても、間違いなく訓練された兵士による掃討戦だった。
その後方、周囲を戦士職の仲間に守られ、参謀長は進んでいく。
一人の<冒険者>として、戦いもせず仲間に守られる今の姿に忸怩たるものを覚えぬでもないが、今の彼は指揮官であり、一<冒険者>ではない。
できるだけ戦場の混乱に身を置かず、全体を見るのが彼の役割でもあり、周囲の望むものでもあった。
先ほどの猫人族の<付与術師>が、破壊される寸前の<時計仕掛けの自動人形>を見て首を振る。
上で撃破した戦車同様、単独では動いていないということだ。
確かに、人形にしては妙に相互に支援しあいながら攻撃してきた以上、参謀長も薄々感じてはいた。
(どちらにしても、司令部を破らねば意味がない、ということか)
これからは正真正銘、このダンジョンの心臓部だ。
気を引き締めなければ、大規模戦闘用のダンジョンだけに、全滅もあり得る。
ただ、同時に参謀長は楽観的な予測を捨ててはいなかった。
(本来、このレベルの中隊規模戦闘ダンジョンなら、24人しか入れないはず。それが全員で殴りこめているということは、今、この<時計仕掛けの廃都>はレイドダンジョンとしての機能を発揮していないことになる。
ならば……無理やり押し通れば倒せなくはないはず)
実際に、出てくる敵は強力だが、所詮は対24人用の敵だ。
魔法職だけでもそれ以上いる、現在の<不正規艦隊>にとっては相手取るのはたやすい。
事実、彼らは最初に胸を撃ち抜かれた<守護戦士>をはじめ、初戦こそ何人かの死者を出したものの、それ以降は傷を負ったものこそいるが、死人は一人も出ていないのだ。
死んだメンバーにしても、<廃都>の入口で死に戻りを果たし、戦列に復帰している。
このままうまくいけば、と思った時。
「開けるぞ!」
いつの間にか先頭近くにいたらしい。
目の前の仲間が扉をこじ開けたとき、不意に参謀長の周囲から人の気配が消えた。
と同時に、彼はすさまじい衝撃を顎に受け、数瞬ではあるが、完全に意識が途切れた。
◇
『赤色警報、赤色警報。基地に重大な損害をもたらす恐れのある侵入者あり。 全戦力は起動、邀撃。 繰り返す……』
どこか不安を催させる警報音で、参謀長は目を覚ました。
と同時に、目の前で飛び散る肉片が目に入り、痛みに喘ぐ。
それでも周囲を確認しようと目を開けた彼の前に広がっていたのは、酸鼻な、というのも足りないような光景だった。
蜂の巣になっていく。
仲間の<守護戦士>が一人、楯を掲げて耐えるが、四方八方から放たれる、まさに幕のような銃火によって、さしもの<秘宝>級の楯もみるみる欠け、『かつて楯だったもの』へと変貌を遂げていく。
隣では、腹に魔法弾を撃ち込まれた<召喚術師>が腸を抑えて悶え苦しみ――次の瞬間、その頭部が文字通り穴だらけになった。
衝撃に顔の皮が外れ、生きながら骸骨のような顔になった彼は次の瞬間、人体でも堅牢なはずの頭蓋骨を撃ち抜いた弾丸によって、びしゃり、と奇妙に艶めかしい色の粘液をぶちまけて絶命した。
(動かなければ死ぬ)
そう思って、這いずるように動く彼の軌跡を正確に辿って光る弾丸が迫る。
「<キャッスル・オブ・ストーン>っ!!」
参謀長の体を守るように、一人の<守護戦士>が立ちはだかった。
まだ状況を理解していない指揮官のために、わずか十秒の安全を確保した彼が叫ぶ。
「撤退してください! ここは罠です! 後続と分断された!
このゾーンだけが、レイド仕様だったんです! 前衛もいません! 早く!」
言い募る彼の体から大理石の輝きが揺らめいて消え、代わりに血しぶきが上がる。
「<フォートレススタンス>! <クールディフェンス>! ……自分が持ちこたえている間に、早く後ろへ!」
一体であれば耐えられるダメージも、十字砲火を受けてはたまらない。
みるみる体のあちこちを毀損していく彼に、「わかった!」と頷いて彼は撤退に移る。
この場において、仲間を見捨てずに死んだところで意味はない。
参謀長を命を捨てて守る目の前の<守護戦士>も、望んではいないだろう。
「お前も早く来い!」
参謀長がそういって走り出す周囲を、機銃掃射のような勢いで弾丸が迫る。
ヤマトサーバでかつて対戦したことがある、面制圧機のような勢いで<パルスブリット>を発射する攻撃特化型<付与術師>――その弾幕を思い起こさせるそれに捉えられないよう、彼は必死で走った。
ゾーンを飛び出る瞬間、ふと後ろを見る。
そこにあったのは、全身を文字通り粉砕され、泡と化して消える<守護戦士>の姿だった。
◇
7人。
参謀長と同じく幸運にも――あるいは悪運の甲斐あって――殺戮地帯から脱出できた仲間の数だ。
元々350人以上いたことを思えば、あまりに少ない。
だが、その中の一人――女性の<癒し手>がその理由を知っていた。
正面にずらりと並んだ<時計仕掛けの自動人形>の群れを見た瞬間、とっさに得意呪文である<障壁>を張った彼女は、周囲の仲間たちがどうなったかを見ていたのだ。
「たぶん、あのゾーンから奥だけが中隊戦闘地域になっていたんだと思います」
大規模戦闘には、ゲーム時代に当然ながら人数の制約があった。
小隊規模なら十二人、中隊規模なら二十四人。
そして大隊規模なら96人。
この<時計仕掛けの廃都>は、そもそもが中隊――二十四人規模で制覇するエリアだった。
だがそれは、イベント期間中に限ってのことだ。
それ以外の時期は、何人であっても侵入できる。 今の<不正規艦隊>のように。
おそらく、赤色警報というのが、通常エリアから大規模戦闘エリアへ切り替わる起点なのだろう。
当然、レイドゾーンに許可された人数以外の人員は入れず――参謀長が一撃を受けて気絶している間に、残されたメンバーのほとんどは弾きだされてしまったのだ。
その、残されたメンバーというのも手が込んでいる。
「多分、ダンジョンに入ってからの敵愾心で選別されたのではないでしょうか」
実際、参謀長を含め、生き残っている人間はこのダンジョンに入ってから一度も接敵していない者たちだ。
畢竟、魔法職や戦士職は外され、残された人間はほとんどが支援職であった。
「悪辣な罠を……」
参謀長は唇を噛んだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。
基地が完全に戦闘態勢に移行している以上、いつ敵が来襲してもおかしくはないのだ。
実際、開け放たれた扉の向こうからは、<時計仕掛けの自動人形>たちが隙を窺うように見つめている。
ひとたび放たれれば、数も少なく、手傷も負った彼らが全滅させられるのは目に見えていた。
「排除された連中はどうか?」
速やかに念話で連絡を取っていた一人に聞くと、その女性は青い顔をさらに青ざめさせて首を振った。
「<魔導戦車M-31>の大群が出てきたそうです。 現在、何とか持ちこたえていますが……」
その言葉に、参謀長はふう、と一つため息をついた。
ここで全員死んで初めからやり直しか。
いくら蘇るとはいえ、死はやはり恐ろしい。
ましてや今度は最初から大規模戦闘用に調整されたダンジョンだ。
350人で押し通った時と道も違えば敵も多く、難易度は跳ね上がっただろう。
このダンジョンをクリアすることが<不正規艦隊>の目的ではない。
一刻も早く――まだ<教団>が自分たちの作戦に気づかないうちに攻めかかりたいのに、こんな場所で時間をかけている場合ではない。
残った6人がそう思って息を呑む中、参謀長はゆっくりと言った。
「やむを得ない。 全員、このまま待機。 奥へは私一人で行く」
「死ぬ気ですか!?」
誰かの悲鳴に、「そうではない」と首を振って、参謀長はゆっくりと手元の<魔法の鞄>に目を落とした。
「ここに来る前、全員から現金を徴収したことを覚えているか?」
それは、マグナリアを退去する直前のことだった。
突然、ユグルタは全員に命じ、余剰資産――現金や不要なアイテム――を徴収したのだ。
『<教団>の連中のなかには金で転ぶ連中もいるであろうから』
そういうユグルタに賛同し、彼らは必要最低限の資産以外をすべてユグルタに預けたのである。
それを、ほぼ二等分して現在はユグルタと参謀長が持っているのだ。
「ですが、それは……<教団>の<大地人>や<冒険者>への工作に使うためのものでは?」
一人の問いかけに全員が頷く。
「そのつもりだったが。 <教団>が任意に<大地人>をゾンビに変えられる以上、取り込みはむしろ危険だ。
安心して後ろに置いていれば、いつゾンビに変わって襲ってくるかわからない。
<冒険者>も同様であろうし――自ら<教団>に身を投じた者が、金で転ぶとも思えない。
私たちがそうであるように、たいていの<冒険者>は裕福なのだから」
「では……」
「こういう時のためだ。 皆に返せなくてすまない」
そう告げる参謀長の目には、ゾーンを示す表示が二重写しのように映っている。
ゾーンの名前と、侵入許可、属性などの項目の次に浮かぶ表示。
『このゾーンは現在特定の所有者を持っていません。このゾーンを購入するには金貨12万枚、月間維持費として金貨6千枚が必要です。購入しますか?(y/n)』
「力で破れなければ、別の力を使えばいい」
そういって参謀長はゆっくりと立ち上がり、正面の<時計仕掛け>たちを見た。
「武力で押し通る必要性はない。 ……買えばいいんだ」
その発言はわずか20秒後、現実のものとなった。
◇
参謀長率いる<不正規艦隊>の主力陸軍は忙しい。
かつてのダンジョンゾーン――今は参謀長個人の領地である<時計仕掛けの廃都>から、めぼしい物資を軒並み運び出しているからだった。
「よーし、そのまま後ろへ!」
誰かがライト代わりの<魔法の明かり>を点けた杖を振りながら叫ぶ前に、ゆっくりと停車するのは<魔導戦車M-31>だ。
横では、同じような格好に砲塔だけがなく、代わりにいくつかの臼砲のようなものが突出している車両が停まっている。
<魔導輸送車M-55AR>――<時計仕掛けの自動人形>たちを運ぶための装甲兵員輸送車だった。
すべては僅かな時間でのことだった。
参謀長がゾーンを買い取った瞬間、侵入者から『主』へと変わった参謀長を狙っていた自動人形たちは、恭しく頭を垂れ、忠誠を誓ったのだ。
通常の大規模戦闘地域ならまずあり得ない。
発生する亜人やモンスターは極論を言えばダンジョンに属しているものではないからだ。
だが、すべてを基地が一元管理していた<時計仕掛けの廃都>なればこそ、文字通り一瞬で武装解除は成された。
あとは基地の戦力化だが、これも案ずるより産むがやすしで、『所有者』の命令に基地は忠実に従い――今は、即席の機甲大隊となって<冒険者>たちの周囲に鎮座している。
参謀長は、何人かのメンバーを基地の担当として任じると、そのまま所有権をその中のリーダーに任せた。
能力はそれほど要らなくても、<教団>に寝返る心配のない者――それは、参謀長自身を除けば腹心たる幕僚でしかあり得ない。
そうして、彼らは問題なく作戦の半分を達成した。
あとは、残る半分。
「よし。 このまま<教団>本部のある<聖域>――シリコンバレーに突入する。
……全車、前へ」
そうして、このセルデシアでは異質極まる軍団は、わずか1日で再び進撃を開始したのだった。
最後のオチに関しては、原作にあります、『あらゆるゾーンが所有者を失い、売買可能になっている』という設定を使っています。
ただ、ダンジョンもこの対象だったかどうかは……原作を今一度読んでみるとします。
あと、ユウは完全に出て来ませんが、もうすぐきちんと出しますので。
今の彼女はほとんど条件反射だけで動いていますから。




