159. <海峡突破> (後編)
今回、歴史上の方について言及する箇所があります。
ご不快と思われた方は、どうかなにとぞご一報を。
1.
夜空は、どのような世界であっても変わりはしない。
月と星。 太古、人は天体を神の現身であると考えた。
呪術的世界観の中に生きた時代の人々にとって、夜を悠々と泳ぎ渡る天体たちは、この世界の神秘の一端を司るものだと考えていたのだ。
それは、セルデシアに生きる<大地人>たちにとっても同じであるかといえば、少し違う。
彼らにとっての神、ユーラシアやアメリカは天の神ではなく、あくまで地上の支配者――あるいは守護者であると考えられているからだ。
神に肖って大地の名前をつけたのではなく、その逆なのである。
「だが、それは不思議なことだ」
ガトゥン湖を抜けて1日。
徐々に勾配を厳しくするミラフロレス閘門への道の途中、<ミッドウェイ>の艦長、エヴァンズは周囲に居並ぶユグルタたちに、そういって頭上の月を指差した。
彼は、旗艦<マサチューセッツ>で行われた艦長会議の終了後、眠る前の雑談にとこの世界の神話について一席を論じていたのである。
何処の国でも海軍士官とは、メカニズムが発達した現代であってもまずもって船乗りであることを求められる。
天測航法のための天文学もまた、彼らの必須技能だ。
その上でエヴァンズは趣味の領域で天文史学ともいうべき知識を得ているようであった。
どうせ狭い水路内でもあり、艦長たちがそれぞれの船に戻れるわけもなく、興味のあるものも無い者も、黙ってエヴァンズの話に聞き入っていた。
「古代における天文学とは、自然科学であると同時に宗教学でもある。
ギリシア人、あるいはさらに過去のシュメール人たちは、地上の運命が天に映し絵のように反映するものだと考えていた。
そう考えられていたのも、天は神々の領域、そして月や星は神々か、あるいはその顕現だと考えたからだ」
ほとんど満ちつつある月は、冴え冴えとした青い光を地上に投げおろしている。
どこからモンスターが表れてもよいように、周囲を広く見ながらも、ユグルタもまた頭上の月に視線を転じた。
「月の女神みたいなものか?」
「そうだ。 天の父神と地の母神が世界を生む。我々のいた地球の神話の類型だ。
だが、このセルデシアは不思議と月や星そのものを司る神はいないようだ」
「そりゃあ、アタルヴァ社の連中が歴史に詳しくなかったからだろ」
身も蓋もない――怨念すら混じったヤジに、だがエヴァンズは首を左右に振ってこたえた。
「いや、既にこの世界はゲームではなく、現実としての蓋然性を持っている。
であるならば、この疑問にもこの世界なりの答えが用意されていると思える」
「お前さんの推論を聞かせてくれよ、エヴァンズ艦長」
別のヤジに、エヴァンズは一言一言を区切るように、静かに言った。
「この世界の神々がなぜ、天空と縁が薄いのか。 技術神バルルや音楽神ヴェルスのように、職業や特定の技術だけを司る神が多数を占め、なぜ概念や神秘そのものを司る神が少ないのか。
あくまで推測だが、この世界の<大地人>――少なくとも現代に繋がる古代<大地人>は、単に天空の月や星を神だと見做していなかった、ということだと思う」
「よく分からんな。 当たり前のことじゃないのか? 月の神も星の神もいない。
ならば月や星は神ではない。
答えになっていないように思えるが」
「いえ。 それが正解なのです、提督」
首をひねったユグルタに、エヴァンズは静かに言い切った。
「我々は死んだとき、大神殿で復活する前、どこかのゾーンに行きます。
……詳細は恐らく誰も覚えていないでしょうが、その場所こそ、この秘密の答えではないかと」
誰もが、頭上に煌々と輝く月を見上げる。
エヴァンズがあえて口に出さなかった場所を、息を殺して見つめ続ける彼らのまなざしに宿っていたのは、恐怖なのか、それとも。
「……そこへ行くのは、きっと俺たちじゃないだろうな」
一つため息をつき、ユグルタが呟くのを契機として、彼らは三々五々自分に与えられたハンモックに戻っていった。
◇
はるか遠く、別の場所で、3人の<冒険者>が同じ月を見上げている。
まるで前世紀初頭の客車のように、木の椅子に申し訳程度のクッションの置かれた客室。
自分たち以外には客車に座る人間はおらず、星の光が暗い車内をわずかに浮き上がらせている。
周囲は優雅なインテリアで彩られているが、本来ならば天井に輝くべきシャンデリアの明かりは、今はない。
「……本当に乗ってよかったのか」
ぽつりと呟くのは、ヤマトの<暗殺者>、テングだ。
問いに答える人間はいない。
彼の同乗者である男女のうち、男は目を閉じて静かに腕を組んだまま動かず、もう一人は、ぼんやりと月を見上げて微動だにしなかった。
<星条旗特急>。
<冒険者>の技術と魔法の融合で生まれたであろう、線路もなく走る幻のような特急列車。
自分たちが敵と定める<教団>の――文字通り秘密を乗せて走る超機械だ。
同様の列車を、ヤマトのギルド、<Plant Hywerden>が実用化しているという噂もあったが、胡散臭さではこの列車と甲乙つけがたい。
「…………」
ふと視界に影が差したのを感じたテングは、真横に人が立っていることに気付いた。
気配もなくたつ不気味な人影に、思わず叫びそうになるが、意志の力でかろうじて抑える。
その人影――車掌服のような帽子の横に獣の耳が突き出ていることから、狼牙族だと知れた――は、抑揚のない声を一行にぽつりとかけた。
「ディナーの時間デすガ、イカがいたシマすカ」
「……遠慮しておく」
「ソウでスか」
車掌は黙って身をひるがえすと、足音もなく客室から滑り出ていく。
思わず追おうと立ち上がりかけたテングを、再び瞑目した仲間――<守護戦士>のカイが制した。
「やめておけ。どうせ鍵をかけられている」
「あの車掌を捕えてしまえば、もしかしたらこの電車を奪い取れるかも」
若さゆえか、勢い込んだテングに、カイはゆっくりと首を左右に振った。
「……あの車掌のステータス画面を見たか」
「…………」
テングも、黙って頷く。
それは、その場で車掌に飛び掛かるのを断念した理由でもあったからだ。
<大地人>、<冒険者>、モンスターを問わず、この世界の知的生命体であれば誰もが持っているステータス表示画面、そこにあったのは異様な羅列だった。
名前、レベル、職業、サブ職業、地位。
そのすべてが意味のない文字列で埋め尽くされていたのだ。
数字しか表示されないはずのレベルやHP、MPバーの横の画面さえ、「shrfjiehrfiuab」といった奇妙な文字で埋められている。
しかも、それは時間を追うごとに刻一刻と変化していく。
一瞬だが表示された文字列から、車掌の男の元の名前が『In』で始まることだけは理解できたが、それ以外は職業も何もかも不明のままだ。
そんな生物は、この世界が<エルダー・テイル>である限り、あり得ない。
「……今の状況で俺たちが戦えるかどうかすら、分からん。 列車はいずれ駅に着く。
その時点で何をするか決めたほうが、いいだろう」
歴戦の探索者らしいカイの言葉に、一つ頷いてテングが座りなおしたとき、やり取りの間にも窓から一瞬も視線を外さなかったもう一人の同乗者――<暗殺者>のユウが、小さく呟いた。
「あれ」
「ユウ!?」
「あそこに、行ったことがある」
意味を持つ言葉を放ったことに驚いた二人の男が見つめる中、彼女は小さく、だがはっきりと空を指差した。
その向こうには、天頂へと登らんとする月がある。
「多分、もう一度、私はあそこに行かなくちゃいけない」
驚く二人の<冒険者>を前に、ユウは静かに、きっぱりと告げた。
ピィィィ、と汽笛がそんな3人の耳を掠めて、過ぎていった。
2.
「総員! 対空戦闘開始!」
ユグルタの号令とともに、<マサチューセッツ>の甲板はハリネズミのような弾幕に覆われる。
近代軍艦のような機銃やファランクスによってではない。
誘導弾の代わりに<妖術師>の魔法が、機銃弾の代わりに弓使いの矢が、空を埋め尽くすほどの<極楽鷲>の群れに向かって放たれた。
ここはパナマの太平洋岸、かつてバルボアという名の都市があった河口付近だ。
もうすぐ運河を抜ける、と乗員たちの気が一瞬、抜けた瞬間を見計らって、怪物たちは奇襲を仕掛けてきたのである。
知恵の回ることに、爆弾代わりの大石を足に掴み、全方位から囲い込むようにしての空襲だ。
河口付近はやや川幅も大きくなったとはいえ、左右は相変わらずの密林であり、回避能力をほとんど制限されての防衛戦だった。
だが、それで戦意を失うような人間は、この場にはいない。
「爆撃機を先に落とせ! 艦長、操艦ぬかるなよ!」
「アイサー、提督!」
遠距離攻撃が出来る人間は全員が甲板上に立ち、<召喚術師>は飛行可能な召喚生物を放って辛うじて艦隊の防空は確保されていた。
だが、攻撃は空からだけではなかった。
「高度5、目測200m! 左舷、<極楽鷲>接近!」
「弩砲、各個射撃! 打ちまくれ!」
あたかも第二次大戦の雷撃機のように、尖った石を抱えた<極楽鷲>が突っ込んでくる。
雷撃機と違うのは、彼らが鳥であり、空中で自由自在に舞うことができることだ。
一直線に進むことしかできない帆船では、彼らを押しとどめることはできない。
そう思われた時。
<マサチューセッツ>を目指して進む一羽の<極楽鷲>が、不意に海面から伸びた巨大な手によって掴みあげられた。
どれほどの膂力が込められているのか、ブチリと一瞬で首をちぎり飛ばして海から巨大な女性が表れる。
「海魔竜魚!!」
<召喚術師>に手を振るかのように、その海魔竜魚――深海に棲む西欧サーバの怪物は、尾びれをひらりと振って再び没する。
自分たちよりはるかにレベルの高いモンスターに、思わず失速した<極楽鷲>たちの不幸は……残念なことにこれで終わりではなかった。
「弩砲! 撃て!!」
両舷から突き出した鉄の筒。
そこに込められた巨大な弩の砲弾が、まさしく薙ぎ払うように放たれたのだ。
巨砲を船の竜骨に沿って並べる近代戦艦に、それより昔の帆船が唯一劣らないもの。
それが、両舷合わせて数十門にも及ぶ弩砲による、鉄のカーテンだった。
翼をもがれるもの、足を吹き飛ばされるもの、運悪く頭を砕かれるもの。
<マサチューセッツ>の斉射によって、文字通り鳥の怪物たちは消滅した。
水面に落ち、弱弱しくもがく彼らを、海魔竜魚やクラーケンといった海の召喚生物たちがゴミを払うかのように拭い去っていく。
それだけではない。
水面に長く伸びたクラーケンの腕のひとつに握られているのは、海洋ゾーンに広く住まうモンスター、一角鮪だった。
魚雷の名前からわかるとおり、弾丸の速度で近づき、骨が変化した巨大な一角を叩き込むという、極めて危険な敵だ。
文字通り生きた魚雷ともいえるそれらを、主が気づかぬ間に、彼らは掃討しているのだった。
「すまねえ!」
時間を置かぬ波状攻撃に晒される人間たちは、召喚獣たちによるそうした援護に礼を叫ぶ事しか出来ない。
ただ、同時に一様に思った。
(なぜ、出口付近になって彼らは猛攻撃を仕掛けてきたのか?)
このことだ。
もう少し奥に入れば、より攻撃に適した場所はいくらでもある。
海魔竜魚やクラーケンを呼ぶことすらできないような狭い水路だ。
そこであれば、各船は回避すらさせてもらえず、弾幕の餌食になっていたことだろう。
その疑問は、出口近くで氷解した。
長い年月は、深く浚渫されたバルボア港湾部を、波の運ぶ砂によって浅瀬へと変えていく。
だが、喫水の深い近代船舶ならば致命的なそれも、帆船にとっては決して通行不能域を意味しない。
<極楽鷲>たちが、その狭い浅瀬の上に持ってきた石を積んでいなければ。
「……なるほど。 河口をせき止めた天然防波堤が、<極楽鷲>の巣、というわけか」
獰猛な笑みを浮かべて、ユグルタは呟いた。
何のことはない。 <極楽鷲>たちは巣に近づかせるだけ近づかせて、餌を確保するつもりだったというわけだ。
そしてそのお零れにあずかるのが一角鮪、そして。
「……あの忌々しい巨人ども、というわけだな」
岸辺から、石で出来た原始的な斧を打ち鳴らす巨人型モンスター、<イシュプル・プヴェク>の群れを眺めて、ユグルタは唸った。
猛爆撃にこらえ続ける艦隊の各船も、前方の状況に気が付いたようだ。
一部の攻撃が向きを変え、防波堤に向かう。
だが、強大な威力を誇るとはいえ一個人の呪文では、恐らく何百年もかけて積み上げられたであろう、自然石の塀は壊せなかった。
弩砲の一斉射撃であれば破壊できるだろうが、その為には船を――まず先頭を走る<マサチューセッツ>の向きを、河口の壁と平行にする必要がある。
無数のモンスターに囲まれたこの状況でそれをするのは、自殺の同義語だ。
船はまた作ればよいが、どこで復活するかもわからない状況で、乗員たちをいちかばちかの賭けに乗せるつもりは、ユグルタにはなかった。
そう。
ユグルタには。
3.
不意に後方からバシン、という音がした。
帆綱が大きく伸びきった時特有の、空気を引っ叩くような音だ。
同時に、すさまじい熱気が後方からあふれ出す。
驚いたユグルタが見たのは、甲板のそこかしこから火の手が上がった二番艦、<ミッドウェイ>の姿だった。
「何をしている!! やられたのか! 応答しろ、エヴァンズ!!」
「問題ありませんよ、提督」
念話で叫んだユグルタへの返事は同じ念話ではなく、熱気に煽られた風に乗って直に耳に届いた。
見れば、人気のない甲板上で、エヴァンズだけが船橋にすっくと立っている。
ほかの乗組員はといえば、飛べるものは空から、それ以外は接舷した三番艦へとロープを伝って脱出していたようだった。
ぶちり、と大斧でロープが断ち切られる。
それで文字通り舫を解かれ、<ミッドウェイ>は自らが生み出す熱風に煽られて急激にその速度を上げた。
「何をする気だ!! エヴァンズ!」
みるみる加速し、あわてて避けた<マサチューセッツ>とほとんど並走しながら、エヴァンズは彼の先祖であるチェロキー族の戦士のような表情で、にやりと笑って叫んだ。
「なあに! カリブ海じゃ海賊旗まで掲げた俺たちです! ここらでひとつ、海賊流に連中の罠を食い破ってやろうと思いましてね!!」
「馬鹿野郎!! 貴様、マグナリアで俺が言った言葉を忘れたか!!
俺たちは勝手な<冒険者>じゃない、チームを組んで戦う軍人だ! 独断専行は許さん! 退艦しろ!」
「わかっております!」
エヴァンズが敬礼し、彼を乗せた<ミッドウェイ>が旗艦を追い抜いて行く。
ようやく脱落艦が出たことに喜んだのか、頭上の<極楽鷲>たちが燃え盛る<ミッドウェイ>に殺到していった。
もはや乗員による対空迎撃はない。
次々と岩が投げ落とされ、帆が破れ甲板に岩がめり込み、みるみるうちに<ミッドウェイ>は満身創痍となっていく。
ユグルタたちが水面に没した仲間がいないことを確認する中、文字通り火の塊と化した<ミッドウェイ>は、風と水流に煽られ、駆逐艦のような速度で突進し続けていった。
◇
ついにメインマストが折れた。
前方に倒れたそれは、あたかも船首から突き出された衝角のように見える。
その中で、エヴァンズはじっと精神を集中させている。
既に魔法の効果範囲を広げる<ラミネーションシンタックス>、ダメージを増加させる<スペルマキシマイズ>は唱えている。
さらに魔法の威力を底上げする、 <エンハンスコード>も詠唱済だ。
あとはダメ押しの威力増加魔法、<ロバストバッテリー>を唱えれば完璧だ。
強風に煽られる彼の口から、抑えきれない喜びの雄たけびが溢れ出た。
誰にも言っていないことだが、今の状況こそ、彼が内心で思い描いていた夢、そのものなのだ。
目の前には強大な壁。
無数のモンスターたち。
後方には守るべき仲間たち。
既に乗組員は全員退船しており、後顧の憂いもない。
エヴァンズは幼いころ、繰り返し祖父に聞かされた物語がある。
彼を海軍軍人の道へと進ませた物語だ。
アメリカ海軍の偉大なる父、ジョン・ポール・ジョーンズ。
英国の名誉を担って決死の海戦に出撃したホレイショ・ネルソン。
世界屈指の大艦隊に果敢に挑み、勝利を作り出したヘイハチロウ・トーゴー。
偉大なる歴史上の船乗りたちの中にあって今もって燦然と輝くのが、彼と同名の曽祖父の雄姿だった。
彼と同じく海軍軍人であった曽祖父は、第二次世界大戦のとき、駆逐艦『ジョンストン』を率いる艦長だった。
海軍に何百人もいる駆逐艦長の、その一人。
1944年のフィリピン・レイテ島で、上陸部隊の支援部隊の一員として曽祖父は地獄を目の当たりにした。
今もって世界最大最強の戦艦『ヤマト』率いる日本帝国海軍の主力水上戦隊の襲撃に、彼は遭遇したのである。
味方はわずかに護衛空母が数隻と、同じ駆逐艦が数隻。
勝つどころか、生き残ることさえ難しい状況だ。
その中で、彼の曽祖父は決断した。
護衛駆逐艦としての任務を全うするために、『ヤマト』『ナガト』『コンゴウ』『ハルナ』といった日本海軍の主力ともいえる決戦部隊に、真っ向から挑んだのである。
戦後、撃沈された『ジョンストン』と同じ海で、同じく戦艦のように戦った駆逐艦、『サミュエル・ロバーツ』の乗組員から、エヴァンズの祖父は聞かされたのだという。
満身創痍の『ジョンストン』、その半壊した艦橋で、先祖たるチェロキーの戦士のように胸を張り、果敢に挑む父とその部下の雄姿を。
それは、エヴァンズ一家にとって、忘れてはならない神話的な記憶となった。
その記憶とともに育ったエヴァンズが、この異世界で、仲間を守るために出来ることがある。
俄か作りの海軍士官ではない、本当のアメリカ海軍士官として、彼だけが。
仲間を守り、強敵を向こうに回して戦い抜く。
その果てに、曽祖父やその部下たちが見た光景に自分も到達する。
戦場の浪漫主義と言わば言え。
曽祖父から受け継いだ魂が呼ぶ戦場こそ、エヴァンズが求めていたものなのだった。
「すまんな、<ミッドウェイ>」
船としての役割を永遠に終えつつある自らの乗艦に詫びると、エヴァンズはぎり、と目を見開いた。
曽祖父は『ジョンストン』と共に散った。
己の戦いが、『ヤマト』を、強大な日本艦隊を食い止めたことを信じて。
だが、曾孫たるエヴァンズはここで死ぬわけにはいかない。
まだ<不正規艦隊>の征途は遥か遠いのだ。
だからこそ。
「<ロバストバッテリー>ッ!」
熱気に炙られるエヴァンズの髪が、揺らめくように逆立った。
ゲーム上ではありえない、攻撃補助呪文の同時多重展開だ。
魔法陣が渦を巻き、その中心でエヴァンズの体が輝く。
その光景に、目の前の半沈没船が極めて危険な存在だ、と<極楽鷲>が気付いたときは――既に遅かった。
高々と掲げられたエヴァンズの右指、その先に巨大な火球が生まれ、瞬く間に膨れ上がる。
今、自分が使ったのが<口伝>――その切っ掛けであると、エヴァンズ自身が思うより先に。
分厚い壁に<ミッドウェイ>は船首からすさまじい勢いで激突し、エヴァンズから放たれた火球――<オーブ・オブ・ラーヴァ>が、船倉に山と積まれていた弩砲の弾を巻き込んで駆け抜けた。
次の瞬間、<ミッドウェイ>は大爆発を起こし、周囲の<極楽鷲>の巣を巻き込んで、巨大な火柱と化していた。




