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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
210/245

153. <クレセント・シティ> (前編)

1.


 アメリカ大陸が懐に抱く、広大な内湾がメキシコ湾だ。

軍事的にはもちろん、経済的にも東部と西部を繋ぐ動脈として機能したこの海は、世界を――あるいは時代をまたいだこのセルデシアにおいては、既に人のものではなくなっていた。

今や<水棲緑鬼(サファギン)>をはじめとする多くの海棲モンスターが割拠し、人々を拒む魔の海だ。

遥かに東、<魔の三角海>と呼ばれる場所では、不死系と機械系の怪物が跋扈しているとも言われている。


<冒険者>が操る船は、そんな海を独力で(わた)りうる、数少ない存在だった。

<大災害>以降、従来の陸上交通が寸断され、脅威としてモンスターに加えて<冒険者>が蔓延る中、沿岸部の諸都市は、かろうじて保たれていた細い交易網を維持することで、街としての体裁を保っていたのだ。


マグナリア――嘗ての名はヒューストン。

クレセント・シティ――嘗てのニューオーリンズ。

共に全米屈指の大都市であり、近隣に強大なモンスターのいるゾーンが少ないこの両都市は、いわば南部アメリカ経済圏における中核都市として、繁栄とはいかないまでもそれなりの暮らしを享受出来ていた、そのはずだった。


時間は、ギャロットたちが<敬虔な死者(パイアス・デッドマン)>を見た、その日の夕方に遡る。



 ◇


「やばいぞ、奴ら俺たちに気付いた……!」


遠目の利く<暗殺者(アサシン)>のオズバーンの目には、人々――不死者(ゾンビ)たちがゆっくりと踵を返すのが見えていた。

ゾンビは一般的に知能が無いと言われるが、こともなくジーヨウの梟――つまりは高レベルの幻獣を捕食した彼らは、少なくともB級ホラー映画に出てくるゾンビほどには頭が回るらしい。

梟を食った不死者の後ろから、わらわらと巨大な群れが現れるのを見て、<暗殺者>はチッ、と唇を噛んだ。


「あれだけの数に気付かなかったとは……ジーヨウ、日光に目がくらんだとは言い訳できないぞ」

「彼は今、話せないわよ」


<森呪遣い>のヴァネッサが、いくつかの呪文を唱えながら、倒れこんでいる<召喚術師>の冷や汗をゆっくりと拭う。

『食べられた」――<召喚術師>である彼には、自分が捕食されたのと同じショックだ――彼の顔色はチアノーゼを起こしたのか真っ青だ。 呼吸も荒く、弱々しい。


「自分がゾンビに食べられる経験なんて、私なら素っ裸でブロンクス(ブギー)を歩くよりゴメンだわ。

どうするの、ギャロット? もたもたしてると追いつかれるわよ」

「……村に行かせるわけにはいかん。 オズバーン、お前は<ハイディングエントリー>で村へ行け。

あれだけの数だ。 村に気づかないとも限らない。

連中を追い立てて、<クレセント・シティ>まで避難させろ。

他のみんなは」


一行を率いる保安執行騎士(コンスタブル)の長は、どこか覚悟した表情で言った。


「村の反対方向に行こう。連中をおびき寄せるんだ。 ちょうど良く大型のモンスターがいてくれればいいが」

「ジーヨウはどうするんだ? 呪文じゃすぐには治らんぞ」


副将格の<施療神官>、マイヤーが問いかける。

ジーヨウも連れて行かせたほうがいい、という内心の提案を、ギャロットは黙って首を振ることで拒否した。


「オズバーンにはスピードを持たせるべきだ。 動けない人一人を抱えて行かせるわけには。

そして、ジーヨウが目覚めれば、彼もまた重要な戦力になりうる」


友人としての思いもある。

何しろ彼は普通なら一生経験しないような、壮絶な激痛と恐怖を味わったばかりなのだ。

戦うことはおろか、下手をすれば正気を保っているかすら、怪しい。

だが、それでもギャロットは決断し、仲間たちも頷く。

状況は切羽詰っているのだ。



「こっちよ! ゾンビ!! ……うーん、アリスになった気分ね」

「アリスよりはマシだろうよ。弾切れを気にする必要もなければ、彼女より俺たちは強靭だ」


ヴァネッサが呼び出した<コールストーム>の嵐の中を進んでくる<敬虔な死者>の群れに、それでも彼らは軽口を叩く余裕があった。

近づくにつれて、<敬虔な死者>たちのレベルが見えてきたのも大きい。

彼らのレベルは、低くて10、高くて70前後。

90レベルの<ファラリス>からすれば、恐るほどではない相手だ。


「オズバーンはどうだ?」

「村で打ち合わせ中だそうだ。一部の村人が離れたがらないらしい」

「……クソッ! 頭の中が花畑(パラダイス)ってのは、ビッグアップルの連中(ワーム)どもの専売特許だと思っていたがな」

「……仕方ないさ、マイヤー。 連中は先祖代々あそこに住んでるんだ」


ギャロットとマイヤーが言い合う横で、ようやく目を覚ましたジーヨウにヴァネッサが語りかける。


「大丈夫、ジーヨウ? あんた、後遺症とか恐怖症とか残ってない?」

「……ああ、なんとか。 だが前線はちょっと無理だ。援護に徹させてくれ」


そういいながら呼び出したのは不死鳥(フェニックス)剣の乙女(ソードプリンセス)だった。

彼の出身サーバの文化を反映してか、剣の乙女は髪をシニヨンに結び、両手に中国風の剣を持った、武侠小説のような立ち姿をしている。

さらに呼び出した麒麟に跨ると、ようやく力のこもり始めた声で、ジーヨウは鋭く命令を下した。


「四海王、幻戦娘。我々を守り、ゾンビを打て」

『……了解した、師兄』


幻戦娘と呼ばれた剣の乙女(ソードプリンセス)が抱拳を返すと、剣をくるくると回しながら、<敬虔な死者>たちの元へと向かっていく。

それに応じるように不死鳥も高く羽ばたき、マイヤーとギャロットも前に出た。

やや着崩したカウボーイ風のマイヤーが槍を手近な<敬虔な死者>に向ける横で、ギャロットは武器である船上刀(カトラス)に目もくれず、懐から無骨な金属を取り出す。

ガチリ、と弾をこめ、何かの呪文を囁き、撃鉄を起こすと、彼はそのまま近くの死者に砲口を向けた。


「失せろ」


ドガン、という音とともに、並みの膂力であれば腕ごと千切れると思わせる衝撃が<海賊>の肩まで突き抜けた。

拳銃だ。

正確には、爆薬と呪文で、無理やりに拳銃サイズまで落とし込んだ弩砲である。

同時に、一人の<敬虔な死者>の頭が文字通り粉砕された。

頭を失ったその死者が消えるころには、次の<敬虔な死者>の肩口が爆砕され、剣が荒野にがらんと落ちる。


二発で二体の敵を撃破し、弾込めをしようとしたギャロットが、あちゃ、と顔を抑えた。


「二発が限度か」

「内部がやられたか?」

銃身(フレーム)が歪んだ。 次に発砲したら暴発する」


いいながら、壊れた拳銃型弩砲を懐にしまいなおし、別の弩砲を取り出して弾を込める。


「確かに俺は<海賊(パイレーツ)>だが、銃をとっかえひっかえ撃つような、本当の海賊(バッカニア)みたいな真似をするとは思わなかったぜ」

「残念だけど、あまり悠長に撃ってる暇はないわよ。そろそろ近い」


(トマホーク)を手にしたヴァネッサが獰猛に告げ、ギャロットは肩をすくめると片手で船上刀を抜いた。


「やるしかないねえ」

「まあ、気持ち悪いのを除けば楽なものよ。 私はジーヨウを護衛するから、突っ込むのは二人でよろしく、ギャロット、マイヤー」

「へいへい」

「お嬢様の言うがままでごぜえます」


苦笑したギャロットとマイヤーが目を見交わすと、次の瞬間、彼らの目がぎらめいた。


「<ホーリーヒット>!!」

「<バッカニアーズ・クラッシュ>!」


荒野で、無数対4人と2体の乱戦が始まった。



2.


「ジョルオ! あんた死にたいのか!!」


人々が着の身着にわずかな手荷物だけを持って南へ下っていく。

オズバーンはそんな人々の流れる横で、いらだたしげに足を踏み鳴らした。


この村は、現実で言えばニューオーリンズの郊外地区に近いあたりだ。

川に沿って歩いていけば、一日足らずでクレセント・シティに着く。

既に<ファラリス>は、制度上で彼らの上司に当たる保安騎士長(シェリフ)ルフェブルから、わかる範囲の情報と引き換えに難民の受け入れを承諾されていた。

後は肝心の村人たちが行けば、何とかしてくれる。

そう思ってオズバーンが安心した矢先、梃子でも自分の邸宅から動かない男が出たのである。


「ジョルオ! 俺たちもここではゾンビからあんたを守りきれない! クレセントシティに向かってくれ!」

「やかましい! お前らはこの村の保安執行騎士(コンスタブル)だろうが! 普段はわしらの金で、酒場で飲んだくれているくせに、いざとなったら尻尾巻いて逃げるというのか!?

貴様らも<冒険者>なら、わしらを守って死ね! 

そのために流れ者の貴様らにただ飯を食わせ、言いたい放題を言わせておったのだからな!」


オズバーンに怒鳴り返すジョルオも強硬だ。

もともと奴隷主であり、<ファラリス>との関係が良くなかった彼は、先日のユウの一件で完全にへそを曲げたようだった。

荷物をまとめようともせず、どこかだらしないガウン姿のまま、<冒険者>に一歩も引かず言い返している。

主が脱出を決めなければ使用人も逃げられない。

怒鳴るジョルオの後ろでは、うなだれたクラヴィたち使用人が、絶望に満ちた顔で立ち竦んでいる。


「ここはわしの土地で、わしの畑、わしの財産だ! この間は流れ者を引き入れてうまくわしの奴隷を盗みおったが、ここまできて土地まで盗む気か!?」


ジョルオの言葉は証拠もない言いがかりではあったが、半分事実ではある。

怯んで黙ったオズバーンに、フンと鼻を鳴らしてジョルオは勝ち誇った。


「やっぱりな! ……クレセントシティに行きたければ勝手に行け! わしの財産はわしが守る!」

「……わかった。 執事(バトラー)さん、メイド長さん、あんたらだけでも」

「黙れ!! わしの使用人をこれ以上取るな! 貴様らも、こんな流れ者の言葉をまさか、

鵜呑みにするのではあるまいな!?」


次善の策とばかりに、後ろの使用人たちにオズバーンが話しかけるのと、ジョルオが彼らを威圧的に睨み付けたのは同時だった。

色の違う二つの視線にさらされた彼らは顔を見合わせ、やがてのろのろと執事が告げる。


「……旦那様がお逃げになられない以上、我々はどうすることもできません。

……普段どおり過ごします……」


今度こそ黙ったオズバーンに、ジョルオが目線で思い切り見下し、犬を追うように手を振った。


「ふん、わかったか? たかが流れ者の分際で、何を偉そうに。

こっちが妥協してやったから、貴様らはいい身分で飯を食えたのだ。

ほら、さっさと行け。 野良犬は野良犬らしく、野良の暮らしに戻るがいい。

お前らが与えられた任務も放棄して逃げ出したことは、後ほど丁寧にクレセントシティの友人に送ってやる。

覚悟しておくことだな」


シッシ、と追い払われるオズバーンの内心で、ふと黒い衝動が沸き起こった。

目の前のこの奴隷主をこの場で殺してしまえば。

一人の犠牲で使用人全員が助かるのであれば。


だが、オズバーンは、あのユウなら躊躇いなくそうしたであろう選択肢を取れなかった。

そんな彼を責めても仕方がないだろう。

自分に相手を殺せる力があるとわかっていても、躊躇なく暴力を振るうには、彼は良識的過ぎたのだった。



 ◇


 オズバーンと村人たちの足音が絶えて数時間後。

近来稀に見る爽快な気分のまま、ジョルオは自邸の居間でワインを嗜んでいた。

一緒に残った――残らされた――使用人たちは今は何事もなかったかのようにそれぞれの仕事をしているはずだ。


(やはり<冒険者>は疫病神だった)


心地よい酩酊感が体を支配するのを感じながら、ジョルオはふと思う。

奴隷としてはレベルが高くて使いづらく、命令をしても反抗的。

鞭を与えてみても、痛そうなそぶりすら見せない。

同じ<冒険者>出身の奴隷にさせてみて、ようやく痛がるというのもまた小面憎かった。


あのローズマリーのような女奴隷ならば使い道はあったが、それくらいのものだ。

そんな奴隷たちも軒並み奪われた。

何の根拠もなく、資産を盗まれたのだ。 反省すらなく。

『自分たちの元の世界では奴隷は違法だ』などと、理由にもならない理由をつけて!!


(連中の世界とやらで奴隷が違法だろうが関係あるものか。ここはセルデシア、<大地人(わしら)>の土地だ)


 さらに忌々しいのが、あの<ファラリス>と黒衣の女だ。

オズバーンたち<ファラリス>が強いということで保安執行騎士として雇ってはみたものの、働くどころか日がな一日酒場で飲んでいるばかり。

元来、勤勉たれと言われて育ったジョルオには、まずそれが不愉快だ。

加えてあの女、ユウ。

いい女だったし、単純だったから簡単に取り込んで抱いてやろうと思ったら、良くわからないうちに気絶させられていた。

そして自分は尊敬されるべき農場主から、『客の女性を酔わせて襲った卑劣漢』へまっさかさまだ。

その風評のせいで、どれだけ自分が不当に肩身の狭い思いをしたことか。


 思い出すうちに怒りが募り、勢いに任せて酒を飲むうちに徐々に酔いは深まっていく。

やがて、だらしなくソファにもたれて眠り込みかけた彼の耳に、トントンと軽い音が響いた。


「……なんだ? 執事か? 開いておるぞ」


遠くの窓を見れば、夜であろうか、昼なのか、いまいち判然としない。

部屋の中は肌寒く、夜にも思えるが、窓からは煌々と明かりがともっている。

そんな中、再びとんとんと扉のたたく音がし、あわせて小さな声が彼の耳に届いた。


「だんな様、旦那様。 こんばんは。ローズマリーです。あなたの奴隷だった、ローズマリーです」

「ローズマリー……?」


奴隷主の脳内で、数日前まで気が向いたら抱いていた、<冒険者>の美少女の姿が蘇った。


「ローズマリーだと? 貴様、よくもぬけぬけと。 逃げたのではないのか?」

「……逃げました。 ですが、戻ってきたのです、旦那様にお会いしたくて」


そのしおらしい声に、いぶかしんでいたジョルオの顔が不意ににたりと崩れた。

アルコールによる酩酊にはいくつかの効果があるが、その中のひとつが、理性と思考力の低下だ。

先ほどまでの硬い声とは打って変わって、猫をなでるような声でジョルオは言った。


「何、ならば最初からそう言え。 うむ、まあ、わしが始めての男だったかもしれんしの。

扉は開いておるぞ」


鷹揚な彼の言葉にも、扉は開けられようとしない。


「私は一度旦那様から逃げた身です。 このままでは旦那様に顔向けできません。

どうか、だんな様の声で、『入っていい』と仰ってください。 私は待っていますから」


(変な女だ……。 まあ、<冒険者>なりのけじめなのかのう)


彼の脳内で何かが小さな警報を鳴らしたが、欲望に突き動かされたジョルオはもはや気にもしなかった。

すう、と息を吸い、できるだけやさしい声音で、彼は自らの死刑執行状に声でサインをする。


「よしよし、まあよい。かわいいローズマリー。 入っておいで」

「……ありがとうね、『旦那様』」



その1分後、名も無き小さな村にいる生命は、1つから0となった。


クレセントシティの滅亡の、2日前のことである。


その運命を知るのは、かつてローズマリーだった物と、彼女を導いた、星の旗をたなびかせて佇む機械の操り手だけであった。

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