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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
21/245

15.<Plant hwyaden>

 かごめ かごめ

 かごのなかの とりは

 いつ いつ でやる

 よあけの ばんに

 つると かめが すべった

 うしろの しょうめん だあれ?



1.


 レディ・イースタルは思わず後ずさった。

目の前でにこにこと微笑む男女二人の<Plant hwyaden>の<冒険者>たち。

一見友好的だが、その外見は擬態でしかない。

何より、周囲を警戒する<グレンディット・リゾネス>の目をどうかいくぐって接近してきたのか。

インノシマに入って、ギルドの警戒の目は周囲360度に広がっていたはずだ。

唐突に表れた彼らは、不気味そのものだった。


見たところ、服装はそれほど重武装ではない。

どことなく現実世界のスーツめいたジャケットを羽織った男。

<暗殺者(アサシン)>だな、とレディ・イースタルはあたりをつける。

そして動きやすく裾を切った和装に身を固めた女。手には短い杖を持っている。




魂は同じ現代日本に住む日本人プレイヤーのはずだが、内心をうかがい知れない作り物めいた笑顔の底で何を考えているのか。

レディ・イースタルには無言の二人が同じプレイヤーではなく、どこか別の世界から来た怪物めいて見えた。


警戒がありありと顔に出ていたのだろう、二人のうち男のほうが苦笑して彼女に礼をする。


「はじめまして。レディ・イースタル。

私は<Plant hwyaden>に籍を置いている<盗剣士(スワッシュバックラー)>のコーラスと言います。こっちは<妖術師(ソーサラー)>のサルマ。

ミナミから来ました。」

「はじめまして。だが悪いけどこっちはクエスト中でね。話は後にしてもらいたいんだが」

「そうもならないんですよ。我々も必死でテイルロードから追っかけてきたのですから」


居場所も知られているというわけか。


内心唇を噛むレディ・イースタルにも気づかぬ風で、コーラスと名乗った男は申し訳なさそうに答えた。


「といってもな。こっちも事情があってね。

話をするのはやぶさかじゃないが、事がすんでからにしてくれないか」

「事……というのはあの海賊たちのことですか?」


コーラスは城を一瞬振り向いて言った。


「ああ。一応一宿一飯の恩義というものがある。あそこにいる海賊の王とやらを倒すのを請け負ったんだよ。あんたらも<冒険者>なら、クエストを疎かにしたくないだろ?」

「ふむ」


コーラスは考えるように顎に手を置くと、後ろに控えるサルマを呼んで二言三言話した。

周囲を抜刀した<グレンディット・リゾネス>が見守る中、軽く頷いてコーラスが向き直る。


「確認します。あそこにいる海賊を殲滅したら、話を聞いていただけますか?」

「ああ。それは約束する。ただし、とっ捕まえて尋問という形の会話はやめてもらいたいがね」


ミナミでのことを思い出し、釘を刺すレディ・イースタルに、とんでもないとばかりに彼は手を振った。


「この島にいる、というか、あなた方を追っている<Plant hwyaden>のメンバーは今のところ我々だけです。周囲100kmには、ほかに<Plant hwyaden>の構成員はいないと思いますよ」

「念のため聞くが、『我々』とはあんたとそっちの<妖術師>、二人だけのことか?」

「ほかに誰がいるんです?」


不思議そうに尋ねるコーラスに、レディ・イースタルは内心舌打ちをした。

うまく言質を取られないようぼかした彼への苛立ちと、

そもそも彼が嘘を言わない保証は何もないことにようやく気づいた自分への舌打ちだ。


「まあいいや。どいてくれないか?今から戦闘なんだよ」


話を切り上げようとした彼女に、押しとどめるようにコーラスが手を伸ばす。

思わずバシ、と振り払った彼女に苦笑して、<Plant hwyaden>の<盗剣士>は言った。


「とりあえずこうしましょう。我々もクエスト達成を手伝います。

ああ、パーティには入れてくださらなくて結構ですよ。」


どこかで遠く鴉の声がする。

いつの間にか黄昏時になっていた事にレディ・イースタルはようやく気がついた。


徐々にその陰影を濃くしていく黄昏の空気に体を隠すように、コーラスと名乗った男は言った。


「ついでに情報も。あの城に海賊の王はいませんよ」


誰かがひく、と喉を鳴らす音が聞こえた。

あるいは自分の喉だったろうか。レディ・イースタルは分からなかった。



 ◇


 日が完全に没した中で、レディ・イースタルは突撃のタイミングを計っていた。

彼女は友人であるユウのように、夜戦を得意とするプレイヤーではない。

それでもなお夜戦を選んだのは、傍で同じく身を伏せる二人の<冒険者>、

コーラスとサルマと少しでも一緒にいる時間を短くするためだ。


内心ではコーラスの伝えた情報が渦を巻いている。


「あの城に王はいません。王は別の場所にいます。彼の近衛となった者たちとともに。

場所までは知りませんよ。ですが、海賊の根拠地とされるほかの二つの島でないのも明白です。

<|Plant hwyaden(われわれ)>は、ここに来る前に二つの島を調査しました。

その結果、出てきた結論は『今は二つの島に人間はいない』というものです。

<大地人>はおろか、動物すらいません。掻き消えたようにいなくなったのです。

有名な消失ものにあるように、ちょっと前まで人が住んでいた痕跡だけを残してね」


(何が起きている?)


テイルロードで聞いた情報と、コーラスのもたらした情報はあまりに違っていた。

コーラスの言葉を嘘と断じるのは簡単だ。

しかし、少なくとも彼に、ほかの海賊島の情報を偽る意味はない。


ありがちな推測は、他の二島は<Plant hwyaden>に占領され、根拠地となっているというものだ。

だが、そうであればインノシマとテイルロードをそのままにしておく意味がない。

何より、同胞の島を<冒険者>に制圧された海賊が黙って王に従っている道理がない。

何かが、起きている。

このクエストと同時並行して、どこかで何かが。

その隠された舞台の袖にはテイルロードの町長がおり、海賊たちとその王がおり、

そしてコーラスという<冒険者>の皮をかぶった<Plant hwyaden>の思惑もいるように見えた。


肝心な部分がわからないまま、誰かの推測通りに動いている自分に、レディ・イースタルの内心が沸騰する。

しかし、よく考えれば断片的な情報を追って話を組み立てるのは

記者だった彼女(レディ・イースタル)の本業ではないか?


(何が起きてるのか、絶対にヤマ当ててやる)


彼女は決意した。


 ◇


「そろそろですよ。先行します」


コーラスがささやき、腰をかがめたまま山裾を駆け上っていく。

少し遅れてサルマが続いた。

二人とも、いかなるアイテムによるものか、走っていても足音ひとつ立てない。


「<ブレイジングライナー>」


かすかな声が聞こえた。

同時に噴き出した火が夜空を赤く染め上げる。

どこまで極めたのか、サルマという名の<妖術師>は一撃で城の柵の一部を焼き落としてみせた。


「すさまじい腕だな……」


<グレンディット・リゾネス>の<妖術師>であるレイクスが畏れるような声で呟いた。

彼女自身、まったく同感だ。

火の粉を吹き上げて焼け落ちた柵から二人の人影が消えると同時に、レディ・イースタルは叫んだ。


「突撃!」



 レディ・イースタルを先頭に<グレンディット・リゾネス>の12人が城に飛び込んだとき、

彼女たちが目にしたのは戦闘というのもおこがましい一方的な殺戮だった。

手数よりも威力を重視したのか、両手に一振りずつ長剣を構えたコーラスは

わらわらと出てくる海賊たちの群れに飛び込み、縦横無尽に剣を振るっている。

特技を抑えているのか、ほとんど通常攻撃だけですませ、

時折相手を跳ね飛ばす一撃は、<ライトニングステップ>でも使っているのだろう。


より凶悪な威力で周囲の海賊をなぎ倒しているのはサルマだ。

彼女は非常に珍しい近接型<妖術師>らしい。

装飾のついた長刀を左右に振るいながら、時折<オーブ・オブ・ラーヴァ>や<アイシクルリッパー>を重ねている。

いわゆる<魔法剣士>と呼ばれるビルドだが、実際に戦っているのを見たのはレディ・イースタル自身数度しかない。

しかもここまで圧倒的に、武器攻撃職に劣らぬダメージを叩き出す<魔法剣士>ははじめてみるものだった。


「<デスクラウド>」

「<ワールウインド>」


<盗剣士>と<妖術師>。いずれも集団への攻撃に長けた彼らが海賊たちを殲滅するのに要した時間は

わずか数分だった。


「船団長!船団長!」


おびえきった声で海賊の誰かが叫んだ。

見れば、豪奢な皮鎧をまとった壮年の男が数人の海賊とともに現れている。

男の周囲の海賊たちが剣を抜いて走り寄り、そして瞬時にコーラスに切り倒された。


「お前がここの責任者か」


新たな血で染まった剣をつきつけ、コーラスは無表情に問いかけた。

男が頷く。

こちらも無表情を装っているが、焚火の明りに照らされる酸鼻な光景を見つめるその腕が震えていた。


 一つの船に命を預ける船乗りや海賊の仲間意識は高い。船長や船団長となれば、若い海賊たちは子供のようなものなのであろう。

だが、自らの刀をすらりと抜いた彼の切っ先は、もはや震えていなかった。


「良き敵よ。<冒険者>ども、手合せせん……うおっ!?」

「<ライトニングチャンバー>」


いきなりの一撃。

刀を取り落として呻く船団長が憎々しげに呪文を放ったサルマを見る。


「おい、せめて口上くらい言わせても……」


隣にいた<グレンディット・リゾネス>のメンバーが言うが、彼女は視線を向けさえしない。

続いて追加の呪文を、と長刀を振り上げるサルマを、コーラスが止めた。

訝しげに見つめる船団長とレディ・イースタルの前で、彼の手からカードのようなものが放たれる。


「このクエストは<グレンディット・リゾネス>のものです。…とどめはよろしく」


最後は後ろで見るレディ・イースタルへの言葉だ。

全身に無数の、カードの形をした図柄が浮かび上がった船団長に背を向け、コーラスが道化師めいた大仰なしぐさで腰を折る。



追加ダメージマーカーとは、<盗剣士>独特のダメージ概念だ。

直接ダメージを与えるのではなく、押したらダメージを齎す、いわばダメージの起爆スイッチである。

通常攻撃と織り交ぜたこのダメージマーカーの管理こそ、<盗剣士>の攻撃能力の源泉だ。

こうしたマーカーは通常、付けた<盗剣士>しか使えないが、例外もある。

コーラスが打ち込んだ<オープニングギャンビット>だ。

全身を覆うようなマーカーの群れは、コーラスの特技に対する熟練度をよく示していた。



 ◇


 音が、止まった。


それは錯覚でしかない。死にきれぬ海賊たちの呻き、火の粉をあげて燃え続ける海賊城、

様々な音やにおい、明暗を繰り返す光で満たされたその場はむしろ騒がしいほどだ。


しかし、それでいてなお、仲間に囲まれて立つレディ・イースタルと、

その正面で片膝をつく船団長の合間は静謐だった。

先ほどまであれほどに暴風を振りまいていたコーラスとサルマも、役者が舞台袖に退場するように

闇の中に姿を隠している。


「王は、どこだ」

「知らぬ」


攻めるものと攻められるもの、二人の将の問答は、静かに始まった。


「王はお前をこの島に残し、どれだけの海賊を率いて去った」

「知らぬ」

「残り2島の兵や民はどこへ消えた」

「……知らぬ」

「王はなぜ、船団長たるお前を助けない」

「王の御心を推し量ることは許されぬ。われらは王の元戦い抜くのみ」

「軍民ともに皆しんじまえ、というのがお前の王の命令か。お前は何で従っている」

「……それが王の御意なのだから仕方あるまい」


目の前の<大地人>は嘘をついている。

レディ・イースタルは声を上げようとするギルドメンバーを片手で制し、続けた。


「お前はこの島の海賊たちの頭領なのだろう」

「そうだ」

「海賊やその家族を養い、豊かにするつもりで生きてきたんじゃないのか」

「そうだ」

「ではなぜ、王に援軍を呼ばない。今は夜だ。生き残りもいるだろう。

このままだと俺たちが本当に、文字どおりの意味で全滅させるぞ」

「やむを得ぬ。決まったことだ」


レディ・イースタルの額に青筋が走った。


「きまってりゃみんなまとめて討死しても構わんと?お前、状況を分かってるのか?

お前らがテイルロードと手を切れば、そこにいた俺たちが攻めてくるだろうことくらい

バカでもわかるだろうが!

なんでその前に町と手打ちをしなかった?

お前のやっていることは指揮官失格だ。もし王に部下ごと死ねと言われたら、

逆襲するか船に乗って逃げるかくらいやってみろよ!お前ら海賊だろうが!」


激怒のままに降り注ぐ怒声を、全身をマーカーに包まれたまま船団長は黙って聞いている。

その口がふっと緩むのをレディ・イースタルは見た。


「お前は、この<冒険者>たちの将か。声の変な女よ」

「ああ。ギルド<グレンディット・リゾネス>のレディ・イースタルだ」

「そうか。お前は独立不羈なのだな。いいことだ。海賊もそうであらねばならん」

「そう思うよ」


コーラスとサルマを眼の端に見ながら、彼女は大きく頷いた。


「ひとつ教えよう。レディ・イースタルよ。われらは好んで王を担いだわけではない。

テイルロードと手を切ったのも喜んでではない。

恐ろしかったのだ。王が。そして王がテイルロードを狙っていることがな」

「どういうことだ…?」

「われらの王は、海賊稼業などどうでもよいのだ。だから2つの島の民を連れていった。

われらの島さえ、この場にいたのは元の兵と船の半数に満たぬ。

<グレンディット・リゾネス>のレディ・イースタル。お前はこの島のわれらを残らず殺した憎き敵だが

その誇り高さに敬意を表して伝えよう。

王はすでに侵攻の準備を整えている。前線におられるのだ」

「……礼を言う、船団長」

「では殺せ」


船団長は静かに瞑目した。


「お前に殺されれば、わたしも王から逃げられる。殺せ」


奇妙な言葉だった。

先ほど、船団長自身、『王はここにいない』と伝えたばかりだ。

一瞬いぶかしんだレディ・イースタルの前で、

ふと、彼の動きが奇妙なものになった。

膝をついていた足が震えだし、くるぶしがひくひくと動き始める。

それは、まるで、立ち上がろうとする足を上半身が押さえ込んでいるかのようだった。


足のつま先が地面をひっかくようなしぐさをはじめたとき、彼は焦った声で叫んだ。


「殺せ!早く!殺してくれ!」

「何で……」

「問答は終わりだ!早く!」

「そん……!」


突如、横合いから投げられた剣が痙攣する船団長に突き刺さった。

それは一瞬ですべてのマーカーを起爆させ、彼を爆発したかのような炎で包む。

煙が晴れた先には、何も残ってはいなかった。


「コーラス!てんめえ!」


レディ・イースタルが激昂する。

しかし、コーラスはそんな彼女を無感動に眺め、判決を告げる裁判官のような口調で言った。


「殺せというので殺したまでです。

それより、約束は守っていただきますよ。話をしましょう。

われら<Plant hwyaden>との話し合いをね」

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