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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
209/245

152. <解説>

1.


 荒野。


そう呼ぶしかない果てのない平原を歩く影がある。

一人の女と、二人の男だ。

騎乗する二人の男からやや離れ、女は一人、揺らめくように歩いていた。


「……見ていられん」


 騎乗する、紫紺の鎧の上からマントを羽織った男が、兜を被らぬ若い顔立ちを苦く歪めて呻いた。

アキバの<守護戦士>、カイである。

その隣で彼の腕を押さえたのは、同じくアキバに籍を置く<暗殺者>、テングだ。

煌々と照りつける日差しに揺らめく大地を歩く、もう一人の旅の連れの背中をじっと睨む。


「……今のユウじゃ、もう」

「………」


二人の目の前を歩くユウの足取りはまるで幽鬼だった。

足取りには力がなく、かつてアキバやハダノを律動的な歩調で歩いていた面影は欠片もない。

転がる小石に時折足を取られながら進む姿は、餓死寸前の旅人を髣髴とさせる。

そして、その表情は。


カイたちの背筋に冷たいものが伝う。


 そこには、何もなかった。

人の顔を構成する要素が、決まった形に並んでいる、というだけのこと。

意思、感情、情動。それらのすべてが、そこからはぽかりと抜け落ちている。

疲労も、苦痛も、苦悩も、何もない虚無だ。


記憶を失うとは、ここまでのものか。


声をかけることもできないまま、カイたちはのろのろと彼女の後を追っていった。



 ◇


 死ねば記憶を失う通常の<冒険者>以上に、今のユウは記憶を失っている。


 テングの訴えを聞いた参謀長は、今更ながらにユウに逗留と治療を薦めたが、無駄であった。


「……要らない」


ぼそりと呟いた彼女の口調には、怒りも敵意もない。

赤の他人に向けるような顔で、赤の他人に向けるべき言葉をユウは言い捨て、参謀長たちはおろかカイやテングすら視線に入れることすらせず、去っていく。

貰った資材や毒を<暗殺者の石>に入れ、武装だけという軽装のまま、ユウはマントを羽織って街を出た。


 そのことにこそ、参謀長は本当に戦慄したと言って良い。

現実世界でも猛威を振るう、認知症という病気がある。

原因はさまざまだが、端的に言えば罹患した患者は徐々に記憶を無くしていくというものだ。

あくまで一般的な言及になるが、この病気は最初、本人も周囲もそれほど重大なものだとは思わない傾向がある。

人は病気を、つとめて大したことがないと思いたがるものだし、実際に初期に無くす記憶は些細なものだからだ。

ちょっとした物忘れ程度、老化に伴う人の当たり前の変化。

そう思い、実際に患者も周囲もそうやって安心している、そんなある日。


何の予兆もなく、患者の記憶は大きく失われる。

介護者なしでは動けなくなる者もいれば、食事や排便が自由にできなくなる者もいる。

その時点こそ、この病気の本当の恐ろしさを知る時だ。

後は、ただ緩やかに衰えていくだけ。

時折巨大な記憶の欠損を経験し、人としての尊厳をかろうじて保ちながら、死ぬ日まで生きる。


参謀長もまた、そうした家族を見送った人間であった。


何よりも恐ろしいのは、本人がそうした症状を自覚できていないことだった。

何しろ、『忘れてしまったことすら忘れる』のだ。

あわせて自制心や理性、経験によって培った知識、そうしたものも失ってしまう。

失ったものを思い返す余裕すら、そこにはない。


その時点で、直前までは何とか整合していた患者の内的世界と、周囲の外的世界に、絶望的な溝が生まれる。

埋まることのない溝だ。

いつか、患者が世を去るその日まで、互いの認識は大きくズレたまま、生きていかざるを得なくなる。


 かつて、古代ローマにキリスト教が広まる前、ローマのある程度裕福な層の死因の中で、決して少なくない割合を占めたのが『自殺』だった。

無論絶望や衝動に突き動かされての自死もないではなかったが、多くのローマの老人は親しい家族や客人を招き、盛大に告別の宴会をしながら、熱い湯に手を浸し、自らの動脈を切り開いたのだ。

それは、こうした痴呆によって、彼らは自らの拠って立つべきもの――尊厳を失うと考えたからだった。

誇りと威厳を失いただ生きるよりは、自分が自分であるうちに雄雄しく神や守護霊(ゲニウス)の元へ逝くことを彼らは選んだのである。



参謀長に言わせれば、この1日で、ユウは記憶を大きく失った。

テングの言葉がきっかけだったのかもしれないし、<水棲緑鬼の航海長>の攻撃が引き金だったかもしれない。

あるいは、ユウが<水棲緑鬼>相手に見せた謎の技が関係しているのかもしれない。


だがどちらにせよ、ユウの中で『ユウ』を構成していた多くが彼女から永遠に失われてしまったことは事実だった。

そして、これはことユウだけの問題ではない。




「……我々には無限の命がある」


 ユウが去って後、集まった、当直を除くメンバー――その中にはカイたちもいた――に、彼は沈痛な表情で口火を切った。

その場にいないメンバーには、念話で話を聞くよう、事前に申し渡している。

別のサーバにいる面々を除き、<不正規艦隊>のほとんどのメンバーが彼の言葉を聞いているはずだった。


「我々は強い。 死んでも蘇る。 その事に我々は幻惑されていたといっていい。

この世界では、元の世界よりも我々は優秀で、素晴らしい――少なくとも肉体は。

そう思っていたのではないか? 皆」


 参謀長の言葉に、誰もが口々に頷く。

既にいい年の彼らにとっては恥ずかしいことだが――子供のころ無邪気にあこがれた無敵のヒーロー、

そうでなくともそれに近い能力を得た、という喜びは、誰の胸にもあるのだった。


だが、と参謀長は、やや浮つくような彼らを厳しく嗜めた。


「実は違うのだ。 ……皆も手もとのレポートは読んでくれたと思う。 そこに書かれていることは事実だ」

「あのヤマトの<暗殺者>が認知症だっていうことか? そんな……」

「笑い事ではないぞ」


 きわめて真剣な参謀長の言葉に、全員がしんと静まり返る。

その中で、右手の扉から音もなく入ってきたユグルタにも、誰一人気づかないほどに。


「……諸君。本当に笑い事ではないのだ。

我々は死んでも蘇るが、代償に支払っているものは皆理解しているだろう。 ……我々の、元の世界での記憶だ。

かつてはそれは些細なものだった。 <大災害>直後は、誰もが地球から来たばかりで、特に思い出そうとしなくても、些細な記憶まで鮮明に残っていたからだった。

無数のソースから、ほんのひとつを差し出すだけだ。

……だが、今は違う。

我々が支払うべきは、一年前までの記憶だ。 その中で重要でないものを覚えている者がどれだけいる?

……分かっただろう。 ユウの惨事は、確かに人より早かったかもしれないが、決して無縁のものではないことを。

我々には無限の時間がある。 つまり、無限に死に続けるわけだ。

与えられた恩寵は誰にも負けないことではない、負けても生き返るというものだからな。 そして」


 全員の顔を見回し、黙示録を告げる預言者のように、参謀長は不気味に言った。


「いつか、ユウと同じようになる日が来る。

ユウほどではないかもしれん。 だが、記憶をすべて失う日が、いつか必ず来る。

1年後か、百年後か、千年後か。 大事な記憶を失う日がな。

……諸君。 心してくれ。 この業病に立ち向かう手段は、今はない。

せいぜい、遅くすることができるだけだ」


 声のないパニックが、波のように広がっていく。

ある者は顔を覆い、あるものは狂ったように首を振り。

その中で、震源地である参謀長だけは、静かに瞑目して立っていた。


(今は言わないほうが良かったかもしれない……が)


ただでさえ提督たるユグルタ自身が打ちのめされているときだ。

そんな中、ついに公然と牙をむいた<教団>に対抗しつつマグナリアを再建しなければならない時だ。

離脱者どころか、最悪、艦隊の崩壊すらありえる。


だが。


そんな中、敢えて参謀長が皆を集めてこのことを告げたのは、ある確信があったからだ。

牧歌的な『不死身』の陰に潜む絶望。

それを、<教団>に利用されないためだった。

だからこそ、全員を呼び集め、ショッキングに話した。 ……一番聞いてもらいたい相手(ユグルタ)の興味を引けるように。

<教団>の構成員も人間だ。 奸智には長けている。

信じていた者に裏切られ、心に大きな隙を作っている敵の首魁。

その彼に、更なる絶望を与え、自暴自棄にさせ、わずかな救いを示して取り込む。


……カルトの常套手段は、使わせない。


すう、と参謀長の薄い胸が大きな呼吸音を立てた。


「……だからこそ、諸君。 我々はここで子供じみた幻想から離れ、現実に立ち戻らなければならない。

今日、私が言いたいのはそれだ。

我々は幻想の将軍に率いられる不死の英雄による部隊ではない。

海洋冒険小説に出てくる名提督を仰ぎ見る、一騎当千の海兵でもない。

……私は中尉で、ユグルタは少佐。

そこのマッケインは上等兵で、ルヴァは兵曹長だ。

諸君。

元の世界で我々は、死んでも生き返る無敵の軍隊だったかね? ルヴァ?」

「サー! ノー、サー! 我々は無敵の軍ではありません!」


指差された男が、優雅なローブ姿に似合わない素早さで直立すると、ぴしりと敬礼を向けた。

参謀長もまた、答礼を行うと、別の男に目を向ける。


「我々があの地獄の新兵訓練基地(キャンプ)で学んだものはなんだ!? オスカー?」

「サー! 『死なずに戦え(スタンド・トゥ・ファイト)』であります、サー!」

「よし、総員、気を付け(アテンション)!!」


 参謀長が、普段の彼から想像もつかない厳しい声を上げ。

カイとテング――二人の民間人を除いた<不正規艦隊>の全員が、椅子からザ、と立ち上がった。

いや、もう一人、動かない人間がいる。


ユグルタだけは、動かない。


「我々の記憶から何が失われようとも、諸君の魂に焼きついた軍人としての本分はなくならない。

百年、千年の後にもし、我々が全員地球のことを忘れてしまっても、我々は変わらず軍人だ。

……ユウとは、それが違うのだ。

だからこそ、その百年を一万年、一億年の彼方にまで遠ざけるために、我々は今こそ<冒険者>から軍人に戻らなければならない。

……諸君(ガイズ)!! 右向け、右(ライトフェイス)!!」



 再び一糸乱れぬ動きで、<不正規艦隊>の<冒険者>たちは右に回る。


力なく項垂れる、彼らの指揮官のほうへ。

ユグルタは、不意に集中した無数の視線に、はっとなって顔を上げた。

泣きそうな目に、見限られ、見限ろうとした仲間の顔が映る。


「……貴様ら」

「総員! 我々の『臨時』指揮官に、敬礼!!」


陸軍、海軍、空軍、海兵隊と形は微妙に違うが、いずれも上官への敬意を表す手が、ぴたりと額に付けられる。

躊躇いがちに、それでも動かないユグルタに向かって、参謀長は敬礼をしたまま、腹に力を込めて怒鳴った。


「ロベルト・ミラー少佐!! 起立(スタンドアップ)!!」

「・・・・・・!? はっ!」


もはや反射なのか、兵士達に劣らぬ速度で立ち上がったユグルタ――いや、ミラー少佐に、ビーベリ中尉という名前ではなく、参謀長とだけ呼ばれる男が叫ぶ。


「ミラー臨時指揮官! 陸海空軍の部下達に対し、敬礼!」


とまどいながら敬礼するユグルタに、敬礼を向けたままの部下の突き刺すような視線が向かう。

敬礼とは本来、相手を睨んでするものだ。

何百対もの強い視線が、彼に向いた。

ややあって、ユグルタの肘に力が入る。

どこかぐにゃりとしていた指がぴんと伸びる。

あわせて、背筋も鉄骨が貫いたかのようにまっすぐに伸びた。

何人かの、地球でのユグルタを知る面々が思わず声なきどよめきを漏らした。

それこそ、彼らの知る『ミラー少佐(パパ)』の姿だからだった。


「臨時指揮官。 改めて我々、セルデシアに漂流する兵士たちの指揮権を、あなたに委託する」


厳しい声を微塵も緩めることなく、参謀長――ビーベリ中尉は、階級が上の男に対して声をかけた。


「我々は、<冒険者>でいられる楽観的な時代を過ぎました。 地球の記憶は残り少なく、死ねばそれらは失われる。

もはや私たちにはいつ死んでも生き返るという、気楽な考えでこの世界に対抗することは許されません。

一兵も失うことなく、任務を遂行し、この世界から帰る方法を探索する必要がある。

……それを指揮するのは、あなたです、少佐」

「……だが、俺は」


力のない声が反論した。


「お前たちの中にくすぶる不満も分かっていなかった。 腐っていくのを食い止めることが出来なかった。

苦しんだ挙句、カルトの甘言に乗る前に、相談を受けてやることも出来なかった。

俺は、お前たちの指導者でいるうちに、いつの間にか王になってしまっていた。

組織を硬直化させ、苦しむお前たちを保護できず……」

「それが誤りです、少佐」


むしろ断罪といってもよいほどの口調が、参謀長の口から漏れる。

普段、イエスマンとは言わないにせよ、おおむねユグルタの指示に従っていた彼とも思えない言葉に、

何人かのメンバーは思わず目と目を見交わした。


「あなたがリーダーに選ばれたそもそもの理由を思い出してください。

<エルダー・テイル>のプレイ歴だけでいえば、こう言っては何ですが私でもあなたより上です。

ですが、<大災害>以降あなたがみなに選ばれた理由はただひとつ、あなたが我々の中で最も高い階級だったからです。

我々は軍人です。上官は決断し、部下は上官に従う。

だからあなたを選んだ。 ……もう一度、思い出してください。

あなたは王ではない。

この場において、緊急避難的に指揮権を負託されただけの、我々と同じ一軍人だ」


 ユグルタの顔がはっと上がり、顔がみるみる紅潮した。

やがて、搾り出すような声で、担がれ、自らもまた誤解していた男は言う。


「……そうだな、中尉の言うとおりだ。

俺は……誤解していた。 思い上がっていた。

王でもなければ、全員の庇護者でもなかったのだ。俺にそこまでの力はないのだ」

「ならば、やるべきことは簡単でしょう。 ……<教団>の信奉者(シンパ)たちはどうします?」

「尋問し、状況を確認し、必要であれば放逐……あるいは別の刑罰をもってする。

だが、俺は正規の司令官でもないし、軍法による処罰権限を有するわけでもなく、ここは軍法の適用外の地域と言う事も出来よう。

決裁に関しては私刑(リンチ)とならないよう、最大限の配慮を行うことを誓う」


頷いた部下たちに対し、さらに参謀長が問いかけた。


「ユウをはじめ、多くの婦女子を暴行、ないし未遂とした連中については」

「これは越権となるかもしれないが、臨時法の適用範囲内と考える。 ……<妖精の輪>の向こうへの追放とする」

「了解しました。 ……少佐の仰るとおり、ここはアメリカではなく、我々はいわば軍務外と見做し得る状況にある。

その上で、きわめて臨時的だが、皆の多数決を持って本採決としたい。 ……異論無き者は挙手し待機せよ。

異論のあるものは姓名(キャラクターネーム)を申告し意見を述べよ。 無論、現実への帰還後、本件をもって弾劾するも自由である」


次々と挙がる手のなか、誰かの声が上がった。


「アルタイルだ。 殺された連中のことを考えれば、死刑が妥当じゃないか?」

「アルタイル。 この世界に死刑はない」


参謀長が、アルタイルと名乗った男に言うと、ユグルタが頷いて続ける。

その声は、先ほどまでとは別人のように力をこめて、大神殿の隅々に響いた。


「追放刑にあたっては、人員を配置し、別のサーバの、出来るだけ過酷な場所に放り込まれるように配慮する。

戻ってこないようにな。 それはこの世界でなしうる、最大限の酷刑だ」

「<施療神官>のディーヴァだ! あんたがもともと総指揮官だろう! あんたが責任を取るのが筋じゃないのか、海兵隊(レザーネック)!」

「そうだ!」


ディーヴァと名乗った男の声に、賛同するような男女の叫びが上がる。

黙って手を上げていたメンバーの中にも、憚るような囁きが徐々に浮かんでいく。


「軍法では、責任は常に命令者が負う! ユウのときも、あんたが状況を知らなかったとは言わせんぞ!

あんたは積極的に命令はしていないが、強いて強姦魔どもを止めようともしなかった!」


ユグルタが目を伏せると、大神殿にいくつもの怒号が轟いた。



 ◇


 カイたちは出て行くタイミングを逸したまま、激論に揺れる大神殿の片隅で黙っていた。

本音を言えば、さっさと出てユウに追いつきたいところだ。

だが、殺気立った<不正規艦隊>のメンバーの中で変な動きをするわけにもいかない。

仕方なく聞いていたカイとテングだったが、徐々に叫びが感情的になり、ユグルタや参謀長を非理性的に弾劾し始めるに及んで

さすがに額の青筋が太くなっていく。


「そもそも、<教団>は無差別に敵というが、連中も同じアメリカ市民だろう。

そんな偏狭な奴がリーダーでいていいのか?!」

「……あのなあ!!」


テングが袖を引くのもかまわず、カイはついに怒鳴って立ち上がった。

全員の目が、この中で唯一異国人のカイたちに向けられる。


「なんだ!! 日本人!! 邪魔するな!」

「いいや、言わせて貰うね。 これでも<大災害>以来、いろんな場所に行ったんだ」

「……カイ。 意見があるなら聞こう」


 参謀長の言葉に頷くと、紫紺の鎧の<守護戦士>は、ゆっくりと大神殿の中央に足を踏み出した。


「<大災害>以来、俺たちは故郷・日本のアキバをはじめ、いくつもの地域を旅してきた。

その中で分かったことがあるが、<冒険者>は三種類に大別される。

去年の五月から一歩も動けないまま、ただ無為に日々を送るもの。

自暴自棄になり、他人や<大地人>――元NPCを暴力で支配しようとするもの。

そして、自ら考え、前に進むものだ。

アキバは、三つ目のカテゴリーだった。 ほかの地域にもそんな連中は多くいる。

そんな連中には共通点がひとつある。 リーダーだ」

「そのリーダーの資質を問題にしている!!」

「じゃあ、聞け!!」


ディーヴァという男の叫びに、倍する怒鳴り声で応じ、カイはゆっくりと足を踏み出した。


「そんなリーダーには二つ共通点がある。

カリスマに恵まれたこと、そしてリーダーになるに当たって根拠を持たないことだ」

「……」


静まり返った広間に、カイの言葉だけが響いていく。


「アキバじゃあ、リーダーに選ばれたのは大手ギルドのギルドマスターたちだった。

何の根拠もない。ただゲームの中で顔が売れていた連中だ。 現実で何をしていたか、分かったもんじゃない。

だが彼らはリーダーに選ばれ、間違いはあったにせよ大過なくアキバを治めている。

ほかの場所もそうだ。

貴族や政府の要人、会社の経営者や投票で選ばれたもの。そんな連中は絶無とはいわないが、皆無に近い」

「何が言いたいんだ、貴様」

「ユグルタは確かに犯罪者を見逃した。 それはリーダーとして彼の罪だろう。

……個人的にも、友人が犯されかけ、謝罪もなかった。 個人的な思いとしてはユグルタは許しがたい」


カイの演説は続く。


「だが、これまで一年間の功績を見ればどうだ? ユグルタがこの街を維持してきたんじゃないのか?

百歩譲って、維持したのはあんたらでも、それを率いたのはユグルタだろう。

そして、<教団>。 連中も進んでいるとは言えるが、やっていることは<大地人>のゾンビ化だ。

そんな連中が果たして同じ市民か? 話し合い、妥協するに足る人間たちなのか?

連中を敵とする、ユグルタたちのプランは、本当に不当なものなのか」


やがて、彼は静かに言葉を締めた。


「俺は異国人で、あんたたちの仲間でもない。 俺は仲間(ユウ)を追って、助けるよ。

だけどな、あんたたちは一旦、フラットになって考えるべきだ。

自分たちが誰をリーダーに選ぶべきか、あるいは誰を敵とするかをな」


カイが椅子に戻ると、参謀長がひとつ咳払いをした。


「……半日、待つ。 その後、投票をしよう。誰が指揮官にふさわしいかをな。

立候補は構わん、元の世界の階級は忘れろ。 だが、<教団>を敵とする主方針は変わらん、変えさせん。

連中が非道をしていないという確たる証拠がある場合を除き、だ。

カイが言うとおり、我々はいかなる世界であっても、人が人を奴隷にしたり、あるいは

人が人をゾンビにするといったことは許されない、という認識を共有している。

ディーヴァ、それでいいか?」

「……分かった」


毒気を抜かれたような声に、参謀長は小さく頷いた。




2.


 やがて行われた選挙では、ユグルタがあっさりと当選した。

その後、ユウを追って去ったカイたちを見送った参謀長たち<不正規艦隊>の首脳陣は、いくつかの作戦を開始する。

数日後、作戦の詳細を詰めていた彼らの元に、ある知らせがもたらされた。


<水棲緑鬼(サファギン)>掃討の任務を帯びて出航した、<レキシントン>、<カートランド>、<ネバダ>の3隻から成る戦隊が送ってきた報告。

それは、かつてニューオーリンズと呼ばれた都市と同じ位置にあった町、

<クレッセント・シティ>が壊滅したという知らせだった。

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