149. <会議>
1.
瀟洒、と呼ぶに相応しい。
華麗ではない。豪壮でもない。日本式庭園のように山紫水明を見立てているのとも違う。
生垣と塀で限られた空間に、草花を植え、木を立て、小さなブランコを枝から下げ、片隅は庭園というより菜園なのか、いくつかの野菜らしい植物が均等に植えつけられていた。
白い木造の二階建てを背景に、それは、特段の作為がないように見えて、全体として見事な調和を作り出している。
<水棲緑鬼>も、人のいない庭など興味もなかったのか、港に近い場所であるのに、そこは不思議と荒らされた痕も少なかった。
19世紀アメリカ人の美意識を、はるか異世界で再現しようとしたら、こうなるだろう。
「『おうちがいちばん、おうちがいちばん……』」
仰向けに転がったまま、ユウが呟く。
彼女を見守っていたテングが訝しげに尋ね返すと、ユウは苦笑、と言うにはやや淡い笑顔で答えた。
「なんだ? それ」
「魔法の呪文さ」
それだけを言って、黙る。
アメリカ文学が生み出した、それは本当の意味での帰還の呪文だ。
だが、竜巻に巻き込まれ、魔法使いたちの世界へ行った少女の話を、ユウはこの場でする気はなかった。
先ほどまで激闘を繰り広げたとは思えぬ速度で身を起こし、ばさりと髪を掻きあげる。
爆破、雷撃と度重なる不幸に見舞われながらも、なおも艶やかな色を失わない長い黒髪を、テングは陶酔するように見下ろした。
だが、年少の<冒険者>に見つめられるユウから次に発せられた声は、全くもって即物的なものだった。
「<水棲緑鬼の航海長>はどうなった? 死んだか?」
「いや、今はカイが足止めをしている。 あんたが目覚めたから、俺も行く」
「……なら私も行く」
「それはやめてほしい」
その声に、ユウの目尻がつりあがった。
「なんだと!? あれは私の獲物だ。私が殺さないと」
「それが危うい、と俺もカイも思っている。 ……多分、俺の仲間たちも、この場にいたらそう言うだろう」
傍目にも分かるほど激怒したユウの黒い目の奥。
そこに燃え盛るどす黒い炎を、若い――まだ高校生だったのだ――<暗殺者>は見つめた。
激情と、妄執の炎だ。
復讐者の念と言い換えてもいい。
アキバで、あるいは<妖精の輪>で飛んだ各地で、テングたちが戦ってきたのはモンスターだけではない。
己を見失い、殺戮に喜びを見出したPKたちもまた、彼らは狩ってきた。
そして、再会したユウ。
彼女は、本当の殺人狂に堕していたわけではなかった。
心の隙間を、怪しい宗教や思想に乗っ取られたわけでもない。
だが、彼女の後先考えない戦い方や、平気で人と敵対する無鉄砲さ、そして狂戦士のように戦闘を望む姿に、得体の知れない不気味さを感じたのも、また、事実だったのだ。
「あんたは記憶がどんどん無くなっている、と自分で言っていた。
俺たちも相当に死んでいるが、そこまでなくなってはいない。
ということは、あんたは何か、死んでいる以上に記憶をなくす理由があるんじゃないか?
そして、あの戦い方。
正直、あんたは当分戦いから離れるべきだと俺たちは――俺は、思う」
あくまで真摯に、テングは言葉を続ける。
「あんたの旅の目的はなんだ? そのために、今、<航海長>を倒すことは必要なのか?
……いや、この町のため、ユグルタたち<不正規艦隊>のためには必要だ。
だが、それはあんたの目的なのか?
あんたは目の前の敵を殺すということを目的にしちゃいないか?」
「………お前に言われる筋合いは」
「ああ、ないさ」
不貞腐れたようなユウに、テングの眦もつりあがる。
「だがな。 <大災害>のあと、恐怖で潰れかけていた俺を助けてくれたあんたが、今は他人への殺意に潰されかけている。
あの時、俺に武器を貸し、戦い方を教えてくれたあんたはどこへ消えた?
あんたはこの世界で、ただ目の前の与えられた敵を有無を言わさず殺して回るだけの殺人人形になりたいのか!?」
俯くユウに、なおもテングの言葉は叩きつけられる。
「あんたの旅も、一人じゃここまでこれなかったはずさ。
どこをどうやって来たのか知らないが、俺たちと会ってからほぼ一年。
その間、あんたがたった一人で山篭りしていたとは思わない。
そのとき、一緒にいた連中は、あんたをそこまで追い詰めるような連中だったのかよ!」
「……」
もはやユウには、周囲の見事なアメリカ式庭園を見る余裕などなかった。
虚脱した彼女の前で、ゆっくりとテングが立ち上がる。
「あんたはここで休んで、しばらくしたら戦闘をさけて撤退してくれ。
<大神殿>まで行けば、ユグルタたちが防衛線を張っている。
居心地は良くないだろうが、無理をせずそこで休んで、後のことはカイも含めて相談しよう」
「……お前はどうするんだ、テング」
若い<暗殺者>は、製作級らしい、見事な刃筋の刀――おそらくは彼の本来の武器――をちらりと見せて、笑った。
「カイは<守護戦士>だが<追跡者>で、俺は<暗殺者>だ。 あんなパーティランクモンスター、相手になりゃしないさ。
……あの時のようなヘマは、もうしない」
そういって生垣を飛び越えて消えるテングを、ユウは覇気の失せた顔で、ぼんやりと見つめ続けていた。
◇
「そうら、<クロス・スラッシュ>!!」
カイは獅子奮迅という形容詞そのままの勢いで戦っていた。
周囲の<水棲緑鬼>が、剛剣に頭蓋を、脊椎を両断されて沈んでいく。
一方で、亜人たちの三又の槍は、重厚な鎧と盾によって、まともに通りすらしていない。
ここは<航海長>の御輿から少し離れた、広場の向かって右側にある地域だ。
後ろには、かろうじて<水棲緑鬼>の猛襲を逃れた<不正規艦隊>の船が、厳重な防壁の向こうに碇を下ろしている。
「ここは何人たりともとおさねえ……なんて言うと格好いいんだがな。
あいにく、俺は守る側じゃなくて攻める側なんだ」
ユグルタと彼の参謀長は、ある意味できわめて虫のいい、利己的な判断を行った。
ユウが単独で戦っている<水棲緑鬼の航海長>、それに彼女が敗れたときのために、救出と援軍、場合によってはそのまま次の討伐隊としての使命を、カイとテングに与えたのだ。
一応、名分はある。
ユウ自身が聞けば理不尽さに激怒するだろうが、<不正規艦隊>のほとんどの<冒険者>にとって、ユウは<教団>の船に同乗し、仲間である<バーミンガム>と戦闘行為に及んだのみならず、
あまつさえ<サラトガ>の乗員を殺害し、司令官であるユグルタにまで襲い掛かったならず者なのだ。
94というレベルに対する嫉妬ともあいまって、彼らの心証は非常に悪い。
そんな彼らをユウの援護に向かわせても、助けるどころか、これ幸いと見殺しにしかねない。
結局、ユウを理非なく助けてくれそうな人物といえば、カイとテング、二人の日本人しかいないのだった。
さらにいえば、カイは<追跡者>のサブ職業を持ち、一般の<守護戦士>に比べて隠密行動能力が高い。
<暗殺者>であるテングは言わずもがなだ。
人数を押し立てて無理やり進撃して防戦に穴を開けるより、ユウが突き破った穴から腕利きの彼らを突入させたほうが効率的。
ユグルタは、そう結論付けたのだった。
結局、彼らは思ったよりも短期間に、<水棲緑鬼>に制圧された地域を突破し、港地区まで到達していた。
そこで、<水棲緑鬼の航海長>による自爆覚悟の雷撃で死に掛けたユウの腕を切り落とし、
テングが無理やり彼女を救出したのだった。
そして、その彼がユウを目覚めさせるまでの防壁として、カイは無数の<水棲緑鬼>と相対している。
「……にしても、この数の<水棲緑鬼>に俺とテングの二人で突っ込めとは、ユグルタも大概だな。
俺たちの腕前を信用しているのか、どうせ使い潰すなら部下よりまず余所者から、ってとこなのか。
まあ、いいか」
カン、と槍を跳ね返され、のけぞった<水棲緑鬼>の首を剣で刈り取りながら思う。
カイは、本来の構成は一般的な盾戦士だ。
サブ職業柄、突撃役や強行偵察もこなすので、両手剣や両手槍も使えはするが、通常は鎧と盾で防御を固め、剣で相手の敵愾心を稼いでいく。
だが今回は、相手にした<水棲緑鬼>が弱すぎた。
カイの貧弱な攻撃力でも、十分掃討が出来るほどに。
こうなると<守護戦士>は強い。
極論を言えば、特技を繰り出さずとも、寄ってくる相手をなぎ払っているだけで、勝手に敵の数が減っていくからだった。
現実世界においては、いくら剛勇の戦士であっても、金属を着込み、金属を振るうという運動に対する疲労から逃れることは出来ない。
だが、この世界は異世界、セルデシアで、カイは<冒険者>だ。
いくら筋肉を躍動させようとも、疲労は溜まらず、その動きが鈍ることはない。
ざくざくと、音だけを聞けば雑草取りのような音を立て、カイはこ揺るぎもせず<水棲緑鬼>をなぎ払い続けた。
状況が変わったのは、さらに一個中隊ほどの<水棲緑鬼>が泡と化して消えた頃のことだった。
散りかけていた黒雲が再び集まり、渦をなしていく。
集合した雲は、パチパチと雷を含み、じっとりと湿った空気が港の広場を包み込んだ。
「<航海長>さま、ご出陣、ってわけね」
唇をぺろりと舐めて、カイが呟く。
それに呼応するように、遠くからキキキキ、と黒板を引っかくような叫びが聞こえた。
<水棲緑鬼>が再びざわめき立ち、その喧騒が徐々に近づいてくる。
カイは、今まで進みも退きもしなかった足を、じわりと前に出した。
航空偵察を行っていた<召喚術師>を通じ、彼も<水棲緑鬼の航海長>の戦い方を知っている。
だが、防御力に不備がある<暗殺者>と違って、<守護戦士>が得意とする戦いは、まさにそうした多対一の戦いだ。
「弱い攻撃力、高い足止めの能力に防御力。要はあいつは<守護戦士>のご同類、ってことだ」
カイはいきなり、自らの剣を盾に打ち合わせた。
ガァン、という割れ鐘のような音が、戦場の喧騒を一瞬、押さえつける。
それは、部下たちの壁にさえぎられ、姿の見えない<航海長>への、カイ流の宣戦布告だった。
2.
その建物は、奇妙な外観を持っていた。
構造の基礎は、ゲーム時代にもあった建築可能な建物のひとつ、<城>だ。
その周囲を、おそらくは手作業でこしらえたのだろう、いくつもの塔や堂宇、住居や煉瓦塀が取り巻いている。
そして、それらは大きくひとつの建造物を取り囲むように、ゆるやかな円形を描いて建ち並んでいた。
かつて聖人の名前を冠した大都市、その廃墟が建ち並ぶ巨大なダンジョンへと流れる水の終着点、<樫森の大地>の更に奥。
神代の時代、技術の最先端をひた走る人々が割拠した、21世紀のロードス島。
その、更なる深奥だ。
その場所には、かつてはひとつの歴史的なモニュメントが立っていただけだった。
<大災害>以降、いつのまにか集まった人々はキャンプを作り、それらは徐々に巨大化し、複雑化して今の形になったのだ。
その地に住む住民は、自らの生きる場所を固有名詞では呼ばない。
ただ、一般名詞で、こう呼ぶ。
<聖地>と。
同時に、その場所に集った人々は、自らのことをこう呼んだ。
<教団>。
◇
「遅いぞ、トーマス」
<聖域>に無数にある会議室、そこに書類を抱えて入ってきた青年は、いきなりの詰問に唇をぷう、と膨らませた。
「ごめん。でも、仕方なかったんだ。 昨日は徹夜だったもの」
「そんなものが言い訳になるか」
トーマスと呼ばれた青年と同じく、カッターシャツにスラックスという、とてもファンタジー世界の住人には見えない格好で、厳しい言葉を向けた少壮の黒人が続けた。
「俺たちはもう、徹夜で作業して目をふらふらさせるような体じゃないんだ。
お前もこの会議に出席するからには、きちんと自己管理をしろ」
「……へいへい。すみませんでした」
「まあいい。席に着け」
上座に座った男が仲裁し、二人の男は黙ってテーブルに座った。
「……諸君、おはよう。今日もシリコンバレーは快晴だ。 この谷から足抜けして、ロングアイランドで優雅に暮らしている先輩方なら、気持ちよく朝のクルーズにでかけるくらいのな。
だが、あいにくここはロングアイランドではないし、我々に今のところ給料はない。
ということで、議題を進めていこうか。
……まずは、プレイヤータウンの状況からだ。 ……ジェニー?」
「報告します」
スーツを着た女性が、きびきびと立った。
「ビッグアップルは動きなし。 まあ、いつものことですね。特段の兆候もありません。
強いて言えばギルド<ペニーハンター>がまた外に出たくらいですが、いつもの略奪でしょう」
「報告するまでもないな。 連中はもうほっといたほうがいいんじゃないか?」
誰かの茶々に、ジェニーと呼ばれた女性は首を振った。
「現状、このアメリカ大陸で、もっとも<冒険者>を抱えているのは変わらずあそこです。
目を離すべきではないかと」
「分かっているよ、ジョンも冗談で言っていただけだろう。……サウスエンジェルは?」
「<竜の渓谷>への討伐隊を組織しようとしていますわ。 使者が我々へも向かったとか。
十中八九、支援の依頼でしょう」
「連中も便利使いしてくれるなあ」
別の誰かがぼやく。
「人数が多いからって、使いすぎじゃないのか? 聖域の資材も無限じゃないぞ」
不満が紛々とまぶされたその言葉に、ジェニーは顔を苦笑の形に歪めて肩をすくめた。
「その代わり、連中に襲い掛かられないですみますわ。 うちが疲弊しないレベルでなら、応じるべきでしょう。
それに、あそこの主要ギルドの構成員はすでに<教団>の協力者に挿げ替えてます。
出兵要請じゃないし、もうしばらくすれば今度は連中がうちの言う事を聞くようになるでしょうね」
「『おお、ジェファーソン、汝は偉大であった。全員を支配するには過半数を支配すればよく、過半数を支配するには更に過半数を支配すればよく、その四半分を支配するには頭を抑えればよい』」
「誰の言葉だ? ヒトラーか?」
「俺がいた会社の社長さ」
ははは、と笑い声が上がったところで、ジェニーが座った。
続いて声が上がる。
「じゃあ、今度は周辺の地域だ。モンスターの状況は?」
そうした実務的な話題が続き、90分ほど経って、今度はより短期的な議題に、会議は傾いていく。
「……ユグルタたちにリンティアとその部下が捕縛された件についてだが、状況の進捗はあったか」
「特段ないようです。 まだ<不正規艦隊>は、マグナリアを攻め立てる<水棲緑鬼>への対応に忙殺されているかと」
<不正規艦隊>担当の一人が書類に目を通しながら答える。
反論したのは、さきほどトーマスを詰問した黒人の男だった。
「まだリンティアは帰還していないのだろう? あの女のことだ。
脅されればぺらぺらと話すだろう。 知っていることも知らないことも、全部な。 ……だろう?」
「ガンマの言うとおりだ。 思ったより蛮勇を発揮したか、ユグルタが一枚上手だったのか。
どっちにしてもリンティアの失策だな」
「この際、責任の所在確認は後にしていい」
うつらうつらしていたトーマスが声を上げたのは、その時だった。
「問題は、リンティアの持つ情報がどこまで<不正規艦隊>に漏れたか。
その上で、連中がどこまで我々への敵対行動を続けるか、というところだ」
「その点においては、あまり喫緊の問題にはならないんじゃないかしら、トーマス」
不機嫌そうに黙った黒人――ガンマの代わりに、ジェニーが発言する。
「リンティアが持っている情報は限定的だし、術者が一人使えなくなるのは痛いけど、代わりがいないわけじゃないわ。
<星条旗特急>の運行は順調。<杯>に溜まる水も好調よ。 教主の計画を邪魔立てするものじゃない。
そして、<不正規艦隊>は、無事<水棲緑鬼>を討伐できても、町の再建にかかりきりになると思う」
「そうかな? 連中、俺たちが<水棲緑鬼>をけしかけたことを把握したんだぜ」
トーマスは肩をすくめて、同僚の楽観的な言い分に水を差した。
金属製の机にトントンと指でリズムを刻みながら、青年は眠そうに、だが口調だけは鋭く続ける。
「連中は<冒険者>とはいっても軍隊だ。 殴られたらとりあえず殴り返そうとする。
こっちが、今までの船による嫌がらせだけじゃなく、明確に敵対行動を取った以上、連中には大義名分が出来た。
……ま、まずは偵察だろうね。 手練れの<暗殺者>か<召喚術師>で――あるいは両方での偵察と、可能であれば僕たちの捕獲、もしくは暗殺。
この場合、暗殺のほうが手っ取り早いかもね。 とりあえず首を洗っておけ、の意思表示にはなるよ」
「暗殺か……」
「あの、名前を忘れたアラブの大富豪でテロ屋だった奴、あれを殺ったのと同じさ。
騎兵隊の前には、たいてい流れのガンマンが来るものさ」
魔法で温度を調節しているはずの室温ががくりと下がった気がした。
誰もが、トーマスが暗喩している対象が誰か、分かったのだ。
「……まさか、教主を?」
「可能性は高いと思うね。 死んでもいいような手駒を使って、まずは腹いせに一発。
なにしろ僕たちは<冒険者>だ。 ジョン・ブースのように工作しなくてもいいし、リー・ハーヴェイ・オズワルドのように腕を磨かなくてもいい。
……確か、君の報告に面白い人物についての報告があったよね、スワロウテイル?」
トーマスの怜悧な目が、会議室の片隅へ向かう。
いきなり集中した視線に身じろぎをするように、その男――<ジョン・ポール・ジョーンズ>の船長にして、元アメリカ海軍軍人である<冒険者>、スワロウテイルは口を開こうとした。
その機先を制し、トーマスが歌うように言う。
「ユウ。ヤマト出身、<暗殺者>、おそらく<毒使い>。
レベルは94。おそらく<ノウアスフィアの開墾>実装済。
ヤマトからヨーロッパを横断してアメリカに渡ってきた。 目的は、<聖域>――その中心部への進入。
図ったようにうってつけじゃないか。
単独行動と暗殺にこれほど最適な人材もいない。 腕前も、このめちゃくちゃな世界を一周してきたなら、折り紙つきだ。
僕がユグルタなら、どんな甘言を弄しても彼女に向かわせるね。
どのみち彼女が帰ってこようと帰らなかろうと、どうでもいいんだから」
「……だからこそ、俺はユウを取り込むべきと考える。 敵にとっての猛毒は、味方にとっては最も頼もしい援護の盾だ。
彼女を解析すれば、俺たちのレベル上限や、この世界のシステムの分析も進むかもしれん」
「彼女は<水>を見てるんだろう?」
トーマスは、スワロウテイルの反論を一言で封じた。
「彼女については、あのルイジアナにいる下っ端の宣教師からも、君の船にいた腰抜けの役立たずからも聞いているよ。
<教団>と彼女が本来、敵対関係にないこともね。
ただ、<水>を使うのを見せたのは君の失策だ、スワロウテイル。
あれで君は、君自身の提案に強力な反証を与えてしまった」
「………」
黙りこくった会議室で、トーマスは一言を告げて締めくくった。
「どっちにせよ、彼女が唯々諾々とユグルタに従うとも思えない。 ……間諜から報告が来ているが、彼女とユグルタたちとの関係は最悪に近い。
その状況で、彼女が暗殺任務に応じるか。
あるいは、その隙を突いてこちら側に取り込みなおすことが出来るか。
……僕は、皆さんのお知恵を拝借したいけどね」




