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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
200/245

番外15. <三人の思い出> (中編)

1.


「どうどう!」


 騎馬の勢いを殺しながら、マナガに飛び込んだ3人の前で、村は眠りを忘れたかのように煌々と明かりを灯していた。

追跡のためだけではない。

<小牙竜鬼(コボルド)>は<緑小鬼(ゴブリン)>ほどではないにせよ、知恵を持つ亜人だ。

襲撃に疲れ果てた<大地人>が眠りに落ちるころを狙って再襲撃といった手を平気で打ってくる。


「<冒険者>殿かぁっ!!」


 見張櫓から身を乗り出した男に、クニヒコは愛用の大剣、<黒翼竜の大段平>を高くかざす。

そのさまを見て、浮き立つように下に怒鳴るその男は、肩に血まみれの包帯を巻いていた。


「ほとんど無傷がいねえじゃねえか、こいつら……」


 現れた<大地人>たちを見て、馬上のレディ・イースタルが思わず呻いた。

隣のユウも、答えないままに鋭く周囲の男女を見ている。

若い女性と子供を除いた彼らのほとんどが包帯や衣服を体に巻きつけ、中には手が不自然に短い者や、足を片方なくして杖をつく老人の姿も見えた。

だが、彼らの目は傷だらけの哀れな<大地人>のそれではない。


「ようっし!ザモンが何とかしてくれたわぁっ!」

「あいつ、昔から鉄火場はてんでダメだが、運だけはよかったからな!」

「よっし、逆襲よっ!」

「おいおい……」


 意気軒昂というべきか。

精悍な男も、穏やかそうな老婆も今は手に武器を持ち、そろいもそろって座った目をぎらつかせ、獰猛に言い交わしている。

ゲーム時代、このあたりの<大地人>は決して他の地域と比べて凶暴というわけではなかったはずだ。

だが、いまやこの世界は現実。

となれば、領主や貴族の援軍が見込めない場所に住む<大地人>は、農民といえども自衛を試みるしかないのかもしれない。


「おい、ユウ」


 村長らしき老人――彼もまた、年齢に不相応な長剣を腰に佩き、鋭い目で闇を見つめていた――と話すクニヒコを尻目に、レディ・イースタルは隣のユウにこっそりと話しかけた。

もちろん、<脈動回復>をかけながらだ。


「なんだ?」


 熱気に当てられたのか、意味もなく腰の<堕ちたる蛇の牙>をいじるユウが目をちらりと向ける。


「威勢がいいのはいいんだけどさ、なんか戦意高すぎね? 俺が回復した後、そのまま<小牙竜鬼>の群れを探して突っ込みかねないぞ、こいつら」

「そりゃそうだろう、仲間や親戚殺されて、挙句村の子供を盗まれたんだぞ」

「だがなぁ、いくらなんでも<大地人>で……」

「何を驚くことがある」


 そういやこいつは戦闘狂だった、とうんざりするレディ・イースタルに顔を向け、ユウは右手で愛刀の柄を叩きながら言った。


「家族を奪われた。親戚を、友人を、知人を、村の仲間を殺された。

そんな目にあって、泣いて<冒険者(おれたち)>に助けを請うだけなら、そんな村は滅びてもいい。

奪われたものは奪い返す。 永遠に奪われたなら、おのれも相手の大事なものを永遠に奪う。

それが当たり前だ。 それが闘争なんだ。

私も奪うし、奪われる。

復讐するし、される。

それを否定する人間は、生きることすら否定することだぞ、タル」

「……」


 それを聞いた彼女には、旧知の友人が不意に、彼女の知る『鈴木雄一』ではないような気がした。

現代人の思考ではない。


「おまえは……まるで……」


『殺人鬼のユウ』みたいじゃねえか。


 レディ・イースタルがそれを口に出す前に、状況は動く。


「タルさん!ユウさん! 北に行ったところに砦を見つけているそうだ!

中には<小牙竜鬼>が屯しているとか言っている! <ドリーネンコルム>の入り口前だ!」

「よし。 ……いくぞ、タル」


 さっさとユウが身を翻す。

そのまま彼女は繋いでいた汗血馬に乗り込むと、高く嘶かせて馬首を入り口に向けた。


「ここから<ドリーネンコルム>までは道を知っている。先に行く」

「あ、ユウさん。それが砦はひとつじゃなくて」

「ならばお前さんらが来るまでに抜いておく」


 拍車を当てて駆け去りながら、そう言うユウの顔は、高ぶる殺意に笑っているように、レディ・イースタルには見えた。



 ◇


 

 <暗殺者>がソロでモンスターの群れと戦う場合は、気配を隠して忍び寄り、一気にボスを狙うのがセオリーだ。

高いヘイト管理能力を生かして大軍の前に聳え立つ戦士職や、広範囲を荒野に変える呪文を駆使する魔法職と違い、<暗殺者>の真の威力は文字通り暗殺の場でこそ発揮される。

だが。


(早く行かなければ子供は死ぬ)


 時間こそが最大の敵である今、ユウはそんな悠長なことをするつもりはなかった。

左右に聳える稜線を繋ぐように、木造の建物が行く手に見える。

日本列島の住民が作り上げたにもかかわらず、どこか南国的な意匠を持つ、原始的な砦。

<小牙竜鬼>の砦だ。

細い回廊の上には何匹かの人影が、まだ夜明けに遠い闇の中、おぼろげに浮かび上がっていた。


「いざ参る!」


 ユウの手に握られるのは、いつもの爆薬と、槍だ。

製作級のそれは、決して優れた性能ではなかったけれども、ゲーム時代、知り合いの<鍛冶師>に打ってもらった業物だった。

馬上で振るうには短すぎる<堕ちたる蛇の牙>と異なり、それは取り回すに十分な長さを持っている。

古の勇将のように馬上で槍をひと回しした彼女は、閉じられた門に爆薬を投げつけた。

爆風に門がかしぐ。

その風を受けたかのように、汗血馬が大地を蹴った。


 ただの馬ならば、到底ありえぬ光景だ。

人の背丈ほどもある塀を、軽がると馬が飛び越えるなど。

着地点にいた一匹の不幸な<小牙竜鬼>の小さな頭蓋を踏み潰し、塀の上に轟音を上げてユウが着地する。

人間など恐れない<小牙竜鬼>が思わず後ずさりするほどに、その顔は怒りと殺意に歪んでおり、

皮肉にも、鬼の名を持つ亜人たちより、よほど鬼に見えた。


「貴様ら! 子供を返さぬ限り、楽に死ねると思うなよ!」


 馬の重さで崩壊する回廊を蹴りながら、ユウはそう宣戦布告した。


 ◇


「ここも、だ。 ……ユウ(あいつ)、目的忘れてるんじゃないか……?」


 しばらく経った後。

焼け落ちた砦を見渡しながら、レディ・イースタルは呆れたように言った。

隣のクニヒコも同感とばかりに剣をおろし、先ほど切り捨てた生き残りの<小牙竜鬼>の死体が消えていくのを眺めている。

これで3つ目。

おそらく<大地人>への攻撃のために急いで築いたのだろうが、それでも砦は作った労力を考えると<小牙竜鬼>たちがかわいそうになるほどに崩壊していた。

壁のそこここには爆薬らしき焦げ目がつき、死体こそ消えているものの、あちこちに馬蹄や亜人の足跡がある。

何匹かの生き残った<小牙竜鬼>たちも疲れ果てて座り込んだままだった。

その悲しそうな風情に、クニヒコもレディ・イースタルもなんともいえない気分になったが、まさか逃がすわけにも行かない。

逸る<大地人>を抑えて駆けつけたはいいものの、なんともしまらない進撃だった。


「門扉を爆破して突っ込んで、そのまま殺しまわって裏の戸も爆破して出て行ったのか。

こないだ貨物船一隻を爆薬で沈めたくせに、どんだけ爆薬抱えて歩いてるんだよ、あいつは」

「あの人が<ブレイジングライナー>食らったら、骨も残らないんじゃないかな……」


 ふたりでぼやくも、何が出てくるわけでもない。

ただ、ユウがこの場にいない以上、連れ去られた<大地人>の子供たちはさらに奥地へと連れ込まれたと見るしかない。

どこか弛緩した空気のまま、二人が馬に乗り込もうと思った時だった。


「GRRRRRRRRRRUUUUR」

「!?」


 明らかな獣の唸り声に、二人はとっさに立ち上がった。

クニヒコが大剣を引き抜き、レディ・イースタルが<魔法の明かり>が点ったままの杖を掲げる。

周囲の闇は払暁を控えてなお暗く、山頂から麓であるこの場まで、一帯は闇に飲み込まれていた。

わずかに<魔法の明かり>と燻る砦が照らす、わずかな光の中に、のっそりと黄金色のシルエットが姿を見せる。

人間ではありえない巨大な筋肉をしなやかにくねらせながら、視界に入ってきたものは。


「……(タイガー)か…!」


 レベル60、ノーマルランク。

野生動物系の敵の中でも中級に位置するモンスター、大虎だった。

光を跳ね返し、煌々と光る眼差しが、明かりを持つレディ・イースタルを捕らえる。


「<アンカー・ハウル>!」


叫んだクニヒコを見て、虎はどこか余裕げな表情で<守護戦士(にんげん)>を見た。


「<小牙竜鬼>が飼ってたのかよ!」


大剣と虎の爪が激突する後ろで叫んだレディ・イースタルの首筋を、不意にひやりとした感覚が駆け抜けた。

それが何であるか悟るより早く、<森呪遣い>はその場で大きく身を倒す。

無様に転がった彼女の首があった場所を、後ろの闇から飛び出した別の虎の爪が振り抜いた。


「GRUAAAAAAAAAA!!」

梟熊(オウルベア)!!」


 召喚に応じて現れた従者が、主人に噛み付こうとする虎を押さえつける。

その後ろでは、クニヒコが大虎を一匹、仕留めたところだった。


「おぉぉらぁっ!」


 振り抜いた勢いのまま、騎士の剛剣が熊ともみ合うもう一匹の首を薙ぐ。

ボト、と落ちた虎の首が泡となっているのを見て、クニヒコは周囲を警戒するように<大段平>を振った。


「間違いなく北から流れてきた動物だな。……<小牙竜鬼>だけが敵だと思ってるなら、ユウもヤバい」


 そんな友人にレディ・イースタルも頷いた。


「そういや、ここはサファリパークの北だったな。こりゃ、急いだほうがいいな」


 二人の背に、冷たいものがじわりと走った。



 ◇


「ガキはどこだ。 さっさと答えろ」


 ぶすぶすと燻る砦の中で、生き残った<小牙竜鬼>の首をユウは掴みあげた。

周囲はあたりかまわず炎が上がり、肉の焼ける臭いがたちこめている。

見せしめのつもりなのか、砦を守っていた<小牙竜鬼>たちのリーダーとその側近たちは、適当に突き立てた木切れに生きながら串刺しにされ、苦悶の声を上げていた。

じわじわと減るHPが消えるその時まで続く悲鳴と苦鳴の合唱が、夜に陰々と響く。


「答えられないか」


 泣き叫ぶ<小牙竜鬼>の頭蓋骨をごりごりと割りながら、ユウはなおも聞いた。

亜人の指が、震えながら北を指差す。


「……カミ」


 切れ切れの単語が、彼女の耳をかすかに打った。

同時に命乞いなのだろう、哀れな<小牙竜鬼>は両手を合わせて伏し拝む。

そんな彼の頭を、躊躇いなく<堕ちたる蛇の牙>で砕いて、ユウは後ろを振り返った。

クニヒコたちはまだ来ない。

実際には、それは彼らが虎やその他の動物と戦っているためなのだが、虎の存在すら知らないユウは、苛立たしげにつま先で別の<小牙竜鬼>の頭を蹴り飛ばした。

痙攣して泡と消えるその<小牙竜鬼>の事も念頭にないまま、ユウが再び馬に乗る。


「カミだと。ならそいつごと皆殺しにしてくれる」


 そういいながらも、ユウは手持ちの毒が再び尽きてきたことに思い至らずにはいられなかった。

そもそも、彼女の手持ちの毒や爆薬は廃工場の一戦で一旦枯渇しているのだ。

なくした毒を補充するには、他のプレイヤーか<毒使い>の<大地人>に頼るほか無いが、周囲にユウに伍する<毒使い>はおらず、<大地人>の毒ではそもそもユウの攻撃力を維持できない。

特技でも毒を用いた攻撃はできるものの、ダンジョンに入る可能性がかなり高くなった現在、手持ちの切り札はできるだけ温存しておくべきだろう。


「仕方ない。次の砦からは毒なしでやるか」


 そう吐き捨てると、ユウはそのまま馬に乗り、仲間を待たずに再び走り出したのだった。

山頂からわずかな曙光が一筋、すうっと稜線を撫でるのがそんな彼女の視界の隅にちらりと見えた。



2.


往時にはアルヴの貴族、後にはウェストランデの大貴族たちの狩場。

そこには世界各地の珍奇な獣達が集められ、贅沢に慣れた貴顕たちをも唸らせたという。

ウェストランデ王朝が瓦解し、ヤマトが統一を失って後、そこは省みる人とてなく、ただ連れてこられた獣達の末裔が、自ら望まずして得た自由のままに振る舞う、人を寄せ付けぬ楽園となっていた。


グッドタム台地。


そこは、歴戦の冒険者であっても少数であれば二の足を踏む、おそるべき野生の大地だった。

そこのルールは至極簡単だ。

弱ければ餌。強ければ、弱った時が餌。

レイドクラスのモンスターさえ跳梁するその地に、ユウが足を踏み入れたのは夜明けの光が台地をさっと照らし出した頃だ。

秋特有の爽やかな風が、涼やかに彼女の髪を撫でていく。

紺碧から透き通るような青に染まりつつある空には雲ひとつなく、その日も良い天気であろう事を伺わせた。


だが、今のユウにはそんな事は全くどうでもよかった。

夜行性と昼行性のモンスターが入れ替わるこの時刻は、ありとあらゆる獣達が互いに飢えを満たすべく、活発に活動する時間帯である。

だが、そうした獰猛な捕食者達も、黒い髪に黒い服の女<暗殺者>に決して近づこうとしない。

彼らもわかっているのだ。

強者がだれであるのかを。


「フン」


尻込みして逃げていく狼の群れ達を見て、ユウは小さく嘲笑を浮かべた。


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