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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第二章 <西へ>
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14. <テイルロード>

 むかしむかし、あるところにそれはうつくしいおひめさまがおりました。

きらきらとかがやくひとみは星のよう。

たおやかな白いゆびさきは雪のよう。

ひとびとはいいました。


「きっとあのおひめさまは、とてもきれいなこえをしていなさるにちがいない。

どんなおうさまもおうじさまも うっとりとききほれるような、

天使のようなこえをなさっているはずじゃ」


しかし、ああ、ユーララさまはなんてつみつくりなことをなさったのでしょう。

うつくしいおひめさまの、そのこえだけは、まるでまもののようなおぞましいこえだったのです。



1.


「以上です」

「そうか。朗読ご苦労。……って、なんだこれは!!」


心地よい潮風が吹き込む、海に面した一軒の屋敷に、いつものように怒声が鳴り響いた。


「何が『まもののようなおぞましいこえだったのです』だ!失礼な!

これでもこの声は不肖この三宅真治(おれ)の地声だぞ!

言うに事欠いて魔物とは何事だ!!!」

「まあまあ、<大地人(ランダー)>の感性で聞くとそんなものでしょう」

「そんなものでしょう、って、お前なあ……」


屋敷に住む住人たちは、鳴り響く怒鳴り声にも特に反応を示さない。

彼らのギルドマスターのだみ声には慣れきっているのだ。

怒鳴り声を真正面から受けている<吟遊詩人(バード)>の青年も、顔色一つ変えず、

手にした薄っぺらい本をぱらぱらとめくる。


「『おひめさまとあくまのこえ』ですか。タイトルだけ見ればお姫様vs悪魔、という感じですが

まさかお姫様の声が悪魔だったというどんでん返しになっているとは。

<大地人>の物語の才能も馬鹿にできませんな」

「俺は目いっぱい馬鹿にされているんだがな……」


ひとしきり怒鳴って疲れたのか、肩で息をしながら屋敷の女主人は呻いた。


 美しい女性だ。

白金色に近い薄い金髪はたなびくように背中に流れ、

肌はそれこそ雪のように白い。

神がさぞ丹念に作りこんだと思わしき顔立ちは少女の可憐さと娼婦の妖艶さ、

いずれもたたえているように見えた。

まとっている服は粗末な男物のシャツとズボンだけだったが、まったく品性を損なっていない。

むしろ姿や顔立ちと服装とのギャップが、背徳的な印象すら与えて美貌を際立たせている。

仮に豪奢なドレスに着替えさせ、その辺の貴族の夜会に出席させたとしたら

たとえ一万人の姫君がそこにいたとしても、話題を掻っ攫うのは彼女だろう。


<東方の淑女(レディ・イースタル)>。

称号でもなんでもなく、これが目の前の女性の本名(キャラクターネーム)だ。

先ほど自分で言っていた通り、中身は三宅という男性である。

だがこの世界では声以外は非の打ち所がない90レベルの<森呪遣い(ドルイド)>であり、いわゆる<冒険者>と呼ばれる種族の女性だった。

サブ職業は名誉系のひとつ、<伯爵>。

ユーリアスも子供だったころに起きたイベントで、ウェストランデの斎王家直々に下賜されたという

特に効果はないが、人にはちょっと驚かれるものだ。

酒席で聞いた限りでは、イベントの際に彼女は、ちょうどいいとばかりに

適当に貴婦人っぽい名前のキャラを作り、称号を受けたのだという。

だが、その清楚な姿は大仰な名前に決して負けてはいない。

怒りに紅潮しながらも、清楚さと活発さを見る者に印象付け……と、


そこまで考えて<吟遊詩人>のユーリアスは自分のギルドマスターを内心で評するのをやめた。



彼の目の前で、美女は手近なマグカップに入ったぬるい水を一息で飲み、

そのまま「ガラガラガラ、カァ~ッ、ペッ」とうがいをして吐き戻す。

そして先ほど『雪のような』と内心で評した人差し指で鼻をほじりはじめたからだった。



「相変わらずおっさんくさいですな。ギルドマスター(ギルマス)

「いいんだよ。年取ると鼻がつまりやすくなるんだから。

そんなことより、本題に入ろうぜ。

そんな絵本を朗読するためにここに来たわけじゃないだろ」


どうでもよさそうに―本当にどうでもいいのだろう―答えるレディ・イースタルに無表情な顔を向け、

ユーリアスは本題に入った。


「ご友人と連絡はついたんですか?」

「一応な」


鼻くそを器用に丸めて飛ばしながら、レディ・イースタルが頷く。


「ユウのアホ、俺をフレンドリストから消してやがったらしく音沙汰もなかったが、

ようやくクニヒコと合流して西へ向かってるようだ。

といってもミナミにもたどり着いていないようだがな」

「まだまだ先ですな……今回のクエストはわれわれ<グレンディット・リゾネス>だけで何とかしなければいけませんね」

「そうだな」


仕方なさそうにレディ・イースタルは頬杖をついた。

彼女と、彼女の率いるギルドは困った事態に直面していた。



 ◇



もともとミナミを中心に冒険していた彼女たち<グレンディット・リゾネス>が<大災害>に巻き込まれたのは、

ログインできなかったメンバーを除く17人でちょっとしたクエストでもこなしにいくか、とミナミの門前に集まっていたときだった。

結果として、彼女たちは一人としてはぐれることなく、無事にギルドハウスまで撤収できていた。


しかし、状況は不明の一言に尽きた。

レディ・イースタルは、彼女自身の不安を押し隠し、泣き続けるギルドメンバーをなだめ、おびえる彼らを徐々に戦闘や冒険といった、この世界で必須の行動ができるまでに訓練しながら

ミナミが秩序を取り戻すのを待ち続けた。


数ヶ月して、ミナミは秩序を取り戻した――レディ・イースタルの望まぬ形で。

20年に近い彼女のプレイ歴でも名前を聞いたことのないギルド、<Plant hwyaden>は、

いつの間にかミナミの殆どを飲み込み、<大地人>の政権とすら癒着した巨大な権力となって

彼女の元へやってきた。


慇懃に<Plant hwyaden>への参加を求める使者を丁重に追い返した後、

青い顔のギルドメンバーを見回し、レディ・イースタルは即座のミナミからの脱出を決意したのだった。



 結果的には彼女の行動は正しかった。

友好的だった他のギルドにも秘密裏に、夜を待ってミナミを脱出した<グレンディット・リゾネス>のギルドハウスが、<Plant hwyaden>の私兵と化していた<ハウリング>に急襲されたのは、レディ・イースタルが脱出した直後のことだったからだ。

ギルドハウスに残した<シュリーカーエコー>の叫びで侵入者に気がついた彼らは一路西を目指した。


ユーリアスをはじめとする高レベルプレイヤーの偵察により、東―アキバへと向かう道が封鎖されていることに気がついていたからだ。


追っ手を巻くために中国山地の山の中を走破し、

彼女たちは何とか、ここテイルロードまで逃げ延びた彼女たちは町長に掛け合い、廃屋となっていた古い貴族の屋敷を買ってようやく一息つくことができた。

その後の数ヶ月、彼女たちは偶然発見した味のある料理を徐々に周辺に広めつつ、

いつ来るかもわからない<Plant hwyaden>の追っ手に怯えながら、それなりに平和な日々を過ごしてきた。



目立つ行動をできるだけ控えているとはいえ、17人もの<冒険者>が定住していれば噂は広まる。

そろそろ逃げ時か、と思っていた矢先の彼らにテイルロードの町長が問題を持ち込んできたのは

長い夏も終わりを迎えようとしたある日のことだった。



「インノシマに割拠する海賊がテイルロードを襲おうとしている。<大災害>以来、セトを通る船も少なくなったとかで、彼らの上がりも減ったこと。

それから噂だが、海賊たちに王と担がれる何者かが現れたこと……か。

確かにクエストだぁな。しかも未知だ」


何度も読み返した町長からの手紙をひらひらと振って、レディ・イースタルはぼやいた。


「報酬もいいですよ。現金や素材もさることながら、インノシマの財宝は総取り。

しかも、テイルロードをレディ・イースタル伯爵領として献上し、徴税権と行政権を差し出すとありますね」

「いらねえよ、そんなもん。

大体、今でさえ<Plant hwyaden>のお尋ね者なのに、勝手に貴族領なんて作ってみろ。

ウェストランデからも公的にお尋ね者になるだろうが」

「でも町長、ものすごく乗り気でしたよ。まあ、私らにとってみればあなたの<伯爵>なんて、ただの箔がついたサブ職業にすぎませんけどね、

彼らにとって見れば偉大なるウェストランデ斎王家から直々に下賜された、いわばいわくつきの爵位ですから。

<大地人>の話を総合すると、今の神聖皇国ウェストランデは爵位の叙任権がないので、

今の公爵やら伯爵やら、ってのは祖先の爵位やら適当な称号を勝手に名乗ってるだけだとか。

織田信長が上総介を名乗ったり、伊達政宗が奥州探題を名乗ったりしたようなものなんでしょう。

とはいえ、古の斎王自らが叙した伯爵が領主になるとなれば、テイルロードの町にも利益が出るのでしょうな」


「勝手に言ってろ」


ついにそっぽを向いたレディ・イースタルに、ふっと笑ってユーリアスは告げた。


「じゃあ、さっさと逃げます?四国か九州かどこかに。

幸い、ボロボロですが本四連絡橋もありますし。まあ、インノシマより本州側は寸断されてますけど。」


酢を飲んだような顔つきのレディ・イースタルは、まさしく地獄の底から響くような声で呻いた。


「そういうわけにもいかんだろうが……まあ、仕方ないな。<Plant hwyaden>にばれたらばれたでそのときだ。

ギルメン全員呼んでくれ。クエストに出るぞ!」


そう言って立ち上がったギルドマスターに、ユーリアスは慇懃に礼をしてみせた。




2.


 因島、能島、来島の三島は、往古から海賊の根拠地である。

倭の時代から列島西部をつなぐ海上交易路だった瀬戸内海のほぼ中心に位置し、

海流が早く船の難所として知られる来島海峡を見下ろすこの島々は、

古代から瀬戸内海の物流の結節点だった。


それはこのセルデシアでも変わらない。

島に住む人々の職業も、平時は通行する貨物船に標を与えてその航海の安全を保障し、

時には標を持たない船を襲う、そんな半分警備業者、半分海賊といったものである。

三島のうちのひとつ、インノシマに隣接するこのテイルロードの町は昔から彼ら海賊たちの上得意であり、

時には海賊を傭兵として雇ったりしつつ、おおむね友好的な関係を築いていた。


関係が変化したのはここ最近である。

インノシマに謎の「王」なる人物が現れると同時に、友好的だった海賊たちは何のためらいもなくテイルロードの船を襲い始めた。

ついに町からの船すら出せない状況になってから、町長は町外れの屋敷に住み着いた<冒険者>たちの存在を思い出した。


海賊が敵に回ったなら、もっと強い相手をぶつければよい。

ウェストランデ斎王直々の伯爵、などというとんでもない肩書きの相手だったにせよ

単なる<冒険者>だと思えば空手形などいくつも切れる。


結果としてレディ・イースタルは、ギルドメンバーを率いて港に集結することとなった。


「よし、全員そろったな」


相変わらずのだみ声でレディ・イースタルは目の前に並ぶギルドメンバーを見た。

レベルは様々だ。

40レベルの<守護戦士>から、90レベルのユーリアスまでその幅は広い。

<黒剣騎士団>や<ハウリング>といった武闘派ギルドではなく、冒険主体ののんびりしたギルドだったことが、幅広いレベルにつながっていた。


「じゃあ、攻撃メンバーを選別する。まず俺、ジオ、レイクス、又五郎……」


呼ばれたメンバーは一歩踏み出す。いずれも90レベルから60レベル後半までのメンバーだ。


「……あとリオン。以上の12人だ。残りはすまんが留守番だ。

留守組の取りまとめはユーリアス、お前さんに任せる」


片腕と頼む副官(ユーリアス)に告げると、レディ・イースタルは晴れやかに微笑んだ。


「じゃあ、いっちょぶあーっといくか」

「もう少し名前に見合った言い方をしてくださいよ……」


誰かがぼやき、全員がクスクスと笑う。

これが彼ら<グレンディット・リゾネス>の、恒例となった出陣儀式だった。


そのとき、気勢を上げる彼女たちを取り巻く<大地人>の輪の中から、まるまると太った老人が前に進み出た。


「お、町長」


気軽に片手を上げるレディ・イースタルに慇懃に礼をし、

町長が口を開いた。


「伯爵閣下、美しく高貴なる御身にこのような盗賊の征伐などさせてしまい、申し訳もございませぬ」

「いいよ。こっちは居候の身だし。」

「いえ、見事奴らを討ち果たした暁には、われらテイルロードの市民一同、

伯爵閣下の忠実なる家臣として、犬馬の労もいとわぬ所存でございます」

「まだ覚えてんのか、それ……」

「は?」

「あ、いやいや」


独り言を聞かれたかとあわてて手を振るレディ・イースタルを不審そうに見て、

町長は用意していた言葉を続けた。


「伯爵閣下におかれましては、忠勇なる家臣の騎士団諸卿と共に、ご無事のご帰還をお祈り申し上げております。

どうか白皙の麗貌にお怪我ひとつなさりませぬよう、お美しい御手が賊の血で汚されませぬよう。御身は正義の使徒、必ずユーララの加護がございますゆえ」


ずらずらと並べ立てる町長の美辞麗句に、にこやかに聞いていたレディ・イースタルの顔が徐々にうんざりとしたものになっていく。


「……であるからして、歴代の皇王陛下、斎王陛下をはじめ神々の恩恵豊かな閣下に対し、無礼千万と存じますなれど、なにとぞ民草のため、この地の安寧のため、その麗しき御姿を不敬なる蛮族どもにお示しあって」

「わかった。わかった。行ってくる。」


最後はもういいとばかりに手を振って、レディ・イースタルは用意された小船に乗り込んだ。


「おお、皆!勇敢なる<冒険者>に神々の栄光あれ!」


万歳三唱に送られながら、苦笑いして<冒険者>たちは船に乗り込み、帆を張った。



 ◇


 テイルロードから、海流に悩まされつつ対岸の<向かい合う島>まで辿る。

その後は船を引き上げ、<冒険者>たちは前後をレベルの高い戦士職、中央にレディ・イースタルを配した陣形で馬を呼び、進み始めた。

実際に王がいるというインノシマまでは、さらに海峡をひとつ渡る必要があるため、

一隻の船だけは馬車に乗せて運ぶことにした。


かつては町だったと思しき、古びた廃墟の合間を縫うように彼らは走る。

アキバやミナミのような、高層ビルのそびえる大都市でなく、彼らにも見慣れた民家の址が多いだけに、<グレンディット・リゾネス>のメンバーにはなおさら荒涼とした風景に見えた。


「やってられねえな」


朽ち果てたブランコが揺れる、ある民家の軒先で休憩しながら、レディ・イースタルは吐き捨てた。


「異世界だ、という気がなくなりますね。なんだか文明が滅びた後の世界っていう感じです」

「ああ」


不機嫌そうに若いメンバーに頷きながら、レディ・イースタルは周辺を見回した。

見通しの聞かない地形であるため、要所にメンバーが立ち、周囲を監視している。

彼女自身、休憩場所に選んだこの民家の周辺を自ら探索し、あちこちに<シュリーカーエコー>を置いていた。

それでいて彼女の心からは、不気味な感覚が拭えない。

誰かに見られているかのような、総毛立つような視線だ。

通常、クエストボスというものはダンジョンの最深部に鎮座し、

本拠地から離れたこのような場所にまで現れるというのは稀だ。

まして、奇襲をかけるというケースは<エルダー・テイル>の時代にはほぼ皆無といってよかった。

しかし、今回は何かが違う。

その感触は、この<向かい合う島>を抜けるまで、レディ・イースタルの心から去ることはなかった。


 ◇


 結局何事もないまま、<グレンディット・リゾネス>は<向かい合う島>を抜け、

インノシマと島を隔てる海峡にたどり着いた。

朝に出た彼女たちの頭上では、まだ午前の太陽が煌々と輝いている。

その明るさは変わらないはずなのに、誰もが眩しげに太陽を見上げ、大きく息をついていた。


「よし、これからが本番だな。船の準備はいいか?」

「大丈夫っす」


馬車に乗せてきた一隻の船を砂浜に下ろし、役目を終えた馬車は丘陵の潅木の陰に隠す。

そのまま、まずは6人を乗せ、船は海に漕ぎ出した。

島と島の間の距離はおおよそ500m。

<シャーマン>よりのレディ・イースタルであれば、支援魔法が届く範囲は広く、

仮に海上で襲われた場合でも十分な援護が可能な距離だ。


一団が漕ぎ出して数分後、島影から一隻の船が現れた。

その船縁に武器を構えた男たちが見えたとたん、<冒険者>たちの顔が緊張に張り詰める。


「敵だ!」


陸上では無敵の冒険者とはいえ、海流の早い海の上で投げ出されれば、最悪溺死もありえる。

死ねばミナミに逆戻りすると分かっている<グレンディット・リゾネス>にとっては不利、

そこまで考えて海を渡る瞬間を狙ったとすれば、海賊たちの王はよく考えて狙ったといえるだろう。


レディ・イースタルが<森呪遣い(ドルイド)>でなければ。


「<コールストーム>!」


敵船が効果範囲ぎりぎりに入った瞬間、レディ・イースタルの持つ槍が振りかざされる。

その穂先に呼ばれるように、快晴の空が瞬く間に暗雲に包まれた。


不安そうな海賊たちの船が、最初はゆっくりと、そして突如として激震に見舞われたかのように揺れた。

何かを叫ぶ海賊たちの周りで、突風が渦を巻き、小さな船は締め上げられるように震え、

そして耐えかねたかのように船体を折れ曲がらせて沈んでいく。

叫び喘ぐ<大地人>たちの頭が、全員波間に没したのを確かめ、レディ・イースタルは掲げた槍を下ろした。


<コールストーム>


その名のとおり局所的な嵐を生み出す、<森呪遣い>の呪文のひとつだ。

陸上でも風雨の猛威を呼び込むが、海上でのその威力はそれだけでなまじの船なら沈めてしまう。

<グレンディット・リゾネス>にはギルドマスターのほかにも<森呪遣い>がいるが、

秘伝にまで達しているのは彼女だけだった。


「アホめ。のこのこと<森呪遣い>の前に船で出てくるやつがいるかよ」


得意そうに吐き捨てる彼女だが、その顔は瞬く間にばつのわるそうな顔になった。

念話の主は、<船乗り>のサブ職業を持つ、最初のパーティの一人だ。

彼女は残りの5人を下ろした後、一人でもう一度<向かい合う島>に船を回航する役目だった。


『嵐のせいで一人で船を漕げませんよ、どうするんですかこれ!』

「あー。なんだ。すまん」



 ◇


 彼女たちがインノシマに全員渡航を終えたのは、予定より大分に遅く、午後も深くなってからだった。

その時点で、あわよくば奇襲してその日のうちに帰る、という予定は完全に狂ったといってよい。


<冒険者>たちは注意深く、島の中央部に位置する海賊の居城を目指し進んでいたが、だが彼らの顔は明るかった。

率いるレディ・イースタル自身、<向かい合う島>で感じた不気味な違和感がいつの間にか遠ざかっているのを感じていた。

何が違うのかは分からないが、<向かい合う島>ではギルドが全滅するかのような不安感があったが、海賊の本拠地であるはずのインノシマにはそれがないのだ。


「何者だ!」


誰何する海賊の小隊に出くわすたびに蹴散らしつつ、彼らの足は結局夕暮れ、海賊城を目前にするまで、緩むことはなかった。


 海賊城は、城というにはやや貧相な構えだった。

むしろ砦に近く、やや小高い山の上に、木で柵をめぐらせ、木造の建物が立ち並んでいる。

奥にかすかに見えるひときわ大きな木造の建物が王の居城だろうか。

見回りの兵士が戻ってこないことに既に気づいたのか、城のあちこちにはものものしく篝火が焚かれ、

武装した海賊たちが周囲を見回っているのが見えた。

ちょっとした城下町をかねているのだろう、城の眼下に位置する川沿いには村というにはやや小さな規模の木造の家々が、炊事の煙もなくしんと静まり返って立ち並んでいる。


さて、どうするか。

腕を組んで考えるレディ・イースタルの周囲で、不意にざわめきが生まれた。

その騒音は徐々に大きくなり、悲鳴のような声もあがる。


「なに遊んでる!居場所をさらしたいのか!」


考えを中断させられた彼女が手近にいたジオを怒鳴ると、彼はおそるおそるレディ・イースタルの後ろを指差した。


「あの……」

「はあ!?なんだ、はっきり言え!」

「……お客さんです」

「は?」


思わず振り向いた彼女の前に、2人の<冒険者>が立っていた。

レディ・イースタルの知る顔ではない。

そして、そのステータス画面には、<Plant hwyaden>という文字が禍々しく輝いていた。



場所が一気に変わります。

テイルロード、というのは現実の町をそのまま英訳しました。


そういえば、このあたりの宗主権って一応ウェストランデにあるみたいですが、実際どれほどの影響力があるんでしょうね。

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