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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
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1. <五月> (改訂版)

 視界一面に立ち込める暗雲は、何か異形の神々に捧げられた供物のようだった。

闇夜のように暗い天を、稲光が奔る。

物理法則をせせら笑うように下から上へと駆け上る白い輝光は、視界の一部を切り裂くように焼き付かせると、一瞬でネガとなって消えた。


この光景は。


遠くに見えるあの光景――何かが崩壊しているかのような、いわく言い難いモノは何だ。


やがて、無限に続く雲の連なりに混じって、別の光景が現れる。

崩れた回廊、折れた円柱、打ち棄てられた神殿、死、崩壊の塔、無数の異形の被造物たち。


やがて……その中に鮮やかな色彩が生まれていく。

その色彩が何かの形をなすのを見届ける前に――『彼女』は意識を手放していた。



 ◆


「また、あの夢か」


鮮やかな朝の光の中で、身を起こした物体に驚いた小鳥が飛び上がる。

鮮烈といってもよい輝きが朽ちたビルの内部を照らし、殺風景な景色と、そこに漂う埃を色彩で射抜いていた。


そこは、かつてオフィスの一室だったと思しき場所だった。

机や椅子といった什器は影もなく、何をどうしたのか床材も見事に剥がされてざらついたコンクリートがむき出しになっている。

『倒産した』とか『夜逃げした』という形容詞がしっくりくるような光景であるが――2日前からこの場所に住み着いた一人の無宿人(ホームレス)にとってみればどうでもいいことだった。


「いかんな……一人だとどうしても口数が増える」


 中年らしい重々しげな口調と声で、住人は起き上がって頭を掻いた。

ついで立ち上がり、体のあちこちを続けざまに掻くと、ぶすりとした顔が襤褸切れから現れる。

それは声から想像がつく、陰気そうな中年男――ではなかった。


「ふう」


 ばさりと黒い髪が背中にかかる。

きらりと、つむじを中心に円を描いた艶が、ふわりと薄暗い部屋の中に広がった。

姿を見せたのは、髪に負けず劣らずの美しい女性だ。

白い肌はわずかに黄色みを帯びて雪のように輝き、すらりと高い背丈は170cmは優にあるだろう。

造形者が丹精をこめたような細面の顔立ちの下には、男性には魅力を、女性にはほのかな羨望を覚えずにはいられないであろう、豊かな胸とくびれた腰、そして豊かに広がった下半身がついている。

ストレートの黒髪はその肢体を隠すように広がり、微かに憂いを帯びて揺らめく眼差しはどこか、この世ならぬ場所を司る女神のように見えた。


だが、その頭の中身は。


「ふわ、ふ、ふ、ふぇっくしゅーん!! うえ、っぺっぺっぺ。 口の中がザリザリする」


外見とはまったく裏腹の、かわいげどころか女らしさの欠片もない声と口調で、その女神のような女性は乱暴に鼻水を拭いた。

ついでに、窓際に置いてあった水袋を手に取ると、汚い音を立ててうがいを始める。


「口の中が気持ち悪い。 ……口臭もひでえだろうな。 加齢臭も気になる……」


最後にちーんと鼻を噛み、女性――<暗殺者>のユウはのそのそとビルの入り口へと降りていった。



 ◆


 降りたところは小さな井戸になっていた。

彼女がいるアキバの街――東京都外神田を模して作られた<エルダー・テイル>、日本(ヤマト)サーバ最大のプレイヤータウンは、神代の遺産であるビル群と、その後に生えたであろう巨木が絡み合うようにして織り成す、一種異様な景観を持つ街だ。

かつて舗装されていたであろう地面は柔らかい草の絨毯に姿を変え、ユウが出てきたビルを含む多くのビルは宿木のように絡みついた大木に覆われて、まるで人類滅亡後のような、不思議な光景を形作っている。


ユウが入り口から姿を見せたとき、井戸の周りには既に何人かの人影がいた。

彼女のようなプレイヤー――この<エルダー・テイル>というゲームの世界に3日前に放り込まれた哀れな被害者――ではない。

早朝の支度のために水を汲みに来た、ゲーム時代のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)――ゲーム内の用語で言えば、<大地人>たちだった。


NPCとは読んで字のごとく、プレイヤーが操っていないキャラクターだ。

ごくまれにイベントの重要人物として運営側の人間が操っている場合もあるが、だいたいにおいては決まったプログラムにしたがって動き、しゃべるだけの存在だった。

『ここはアキバの街だよ』と答える村人Aといえば、分かりやすい。


だが、ユウ自身よく分からないながら、3日前――妄想か長い夢でなければ――<エルダー・テイル(ゲーム)>の世界に放り込まれた時から、彼らは決まった行動をすることはなくなっていた。

今もそうだ。

ランニングシャツに膝までのズボン――端的な言い方をすればステテコ――姿のユウを見ると、ある者は顔を青くして急ぎ足に去っていき、またあるものはこぼれそうな彼女の胸の谷間を凝視して顔を赤くさせている。


だが、最も多い反応は、ユウを刺激しないように目をそらしてさりげなく逃げていくというものだった。

わずか十数秒で人のいなくなった井戸で、彼女は水を汲み、顔を洗う。

ついでにと長い髪の毛を洗うと、水にぬれた黒髪が陽光にきらりと反射した。


一通り洗い終えると、ユウは思わずため息が漏れるのを感じていた。

失礼きわまる<大地人>たちの反応にではない。

自分や、彼らの置かれた状況のあまりの理不尽さゆえにだった。



 2018年5月4日0時。


異変が起きた時間だ。

その時、<エルダー・テイル>にログインしていたユウは、想像もつかない災厄に遭遇した。


MMORPGの世界に放り込まれる。


冗談のような現実が彼女と、彼女と同じ境遇の無数の人々を囲い込んだのは、花の連休も第一日目が終わり、眠りの前の寛いでいる時間だった。

勿論、ユウたちはVR(バーチャルリアリティ)の世界を体験していたのではなく、世界にそんな技術は影も形もない。

<ノウアスフィアの開墾>という、プレイヤーにとっては何年ぶりかの大規模アップデートが実装されたという、その直後のことであった。

それだけでも大問題であるが、さらに加えて彼女の場合は余計な問題がある。


「重い。痛い。肩がこる。 女房の言うとおりだった」



 ねぐらのビルに戻り、服を着替えながらユウは呻いていた。

忌々しそうに自分の視界の下に鎮座する巨大な脂肪の塊(乳房)を見やる。

二人の子供が生まれたばかりの頃、マッサージ機で肩を叩きながらユウの妻はよくぼやいていたものだった。


『胸なんてあっても意味がない。 重いし肩がこるし男の視線が嫌だ』


(まったくだ)


先ほどのNPCの反応を思い出し、彼女は虚空に向かって重々しく頷いた。

嫌味なほどに美しい外見、それが『(ユウ)』のもうひとつの問題だ。


 <エルダー・テイル>はゲームであり、使用するキャラクターはパーツを選んで自作する事になる。

当然ながらその選択は自由自在だ。

となれば、異性のキャラを育てて遊ぶ、一見してちょっとどうかという人間もそれなりの数存在する。

音声チャットが一般化した現代、十年以上前のようにわざと異性を装うネカマ(ネットオカマ)、あるいはネナベ(ネットオナベ)といった存在こそ稀になっているものの、いろんな理由で異性のキャラクターでプレイしていた人間は多くいた。

ユウもまた、その一人だ。


彼女を含む人々にとり、『ゲームのキャラになる』という状況が単なる漂流以上の問題を抱えていたことは、今更言うまでもないだろう。

ユウ自身、精神的な拒否反応もさることながら、まともに動くこともいまだに難しいのだ。



 ため息を吐いたところで何かが変わるわけでもなかった。

内心でぶつくさとぼやきながらも、ユウは手際よく服を調えていく。


「ろくでもない状況だな……タバコが吸いたい」


下着の代わりに薄い水着―-男物だ――を履き、胸を固定するため布をさらしのように巻き、上から着たきりの装備を羽織ってようやく人心地ついたユウは、手元のカバンからパンを取り出しながらしみじみと自分の境遇を振り返った。 ……ここ数日間の日課ではあったが。



 ◆


 ユウの本名は鈴木雄一という。

今年で39歳になるサラリーマンだ。

年齢から分かるとおり、『彼』のプレイ歴は相当に長く、18年近くになる。

伝説的な黎明の冒険者(ベータテスター)ほどではないにせよ、最初のプレイは海外サーバだったというから、相当な古参のプレイヤーだった。


彼もまた、<エルダー・テイル>が好きでたまらず、大学を卒業しても、就職しても、結婚しても子供ができても子供が思春期を迎えた今になってさえ、ゲームを続けているという変わり者だった。

当然、対外的には趣味はゴルフですと行ってはいるが、ゴルフに行くくらいなら同じ時間をPCの前でつぶしたいというほどにはゲームオタク(フリーク)だった。


そんな彼は長年、二人のキャラクターでプレイをしていた。

ヤマトサーバを拠点とし、今は彼自身がその姿になっている対人<暗殺者>の『ユウ』と、

テストサーバに置いている新パッチ検証用のキャラである<暗殺者>の『ユエ』だ。

連休二日目の五月四日、彼は数時間後に妻の実家に遊びに行く、その前の楽しみにと、<エルダー・テイル>にログインし――そして『ユウ』になったのだった。


そして、この異様な状況に巻き込まれて3日。

最初の半日は茫然自失し、残る半日で夢ではないかと自らを慰め、

さらに2日を目覚めるための無駄な努力に費やして――ユウも悟らざるを得なかった。


少なくとも自分の主観的には、この世界は現実であると。



 ふと、外から叫び声が聞こえる。

精神的に余裕がない人間特有の、聞き取れないほどの金切り声だ。

自分と同じような状況の誰かが、怒りのぶつけどころを知らないまま周囲に当り散らしているのだろう。

その結果が、先ほどのNPCの反応だ。

おそらくは無作為な怒りや暴力の吐け口として、弱い彼らはうってつけだったのだ。

その境遇にユウはかすかな同情を覚えるが、さりとて何かをする気にもなれない。

ユウ自身、そこまで人を気遣えるほどに精神の平衡を取り戻しているわけではなかったし――こんな状況に落とし込んだ運営――彼らが作り出したこの世界の住人たる大地人への理不尽な怒りもあるからだった。


まだ世間は連休中だ。

ゲームをやっていて気絶しました、という状況に対する家族からの怒りはさておいても、社会人たるユウにはまだ時間的余裕がある。

だが、既に時間は――彼女の主観が正しければ――5月6日だ。

幸いにして日曜日であり、いまだ連休は終わっていない。

だが明日には平日が始まり、彼のような事務系サラリーマンにとっては這ってでも行かねばならない月初がはじまる。

そんなときに『ゲームやってて目が覚めないので休みます』などと分かれば――端的に言えばクビだった。

ユウ自身、自分の部下がそんな状況下にあれば、考課表の『自己管理能力』という欄に大きく×をつけるところだ。

そんな状況に自分が陥ってみると考えれば。



「……うう」


 外気温によるものではない寒気が走り、ユウは急ぎ足で荷物をまとめる。

場所取り好きな日本人の性か、部屋に毛布代わりの襤褸切れを大きく広げてついでにナイフでとめ、先住権を主張してから、ユウはゆっくりと外に向かう階段につま先を向けた。



 ◆



「おい! GM(ゲームマスター)を出せよ!!」


 ビルを出て早々聞こえてきたのは、どかんという音、そしてその叫び声だった。

鬱陶しそうに顔を向ければ、そこには木箱を蹴り飛ばされ、売り物のパンが散乱する中、露天商にプレイヤー――<冒険者(アドベンチャラー)>が詰め寄る光景が見える。

初老と思しき露天商の大地人の顔は青を通り越して白くなっており、その傍らには息子か孫か、小学生のような年齢の少年が必死で親の服を掴んでいた。


「てめえ! さっさとしろや! ふざけてると殺すぞ!?」

「あ、あの、だから……」

「決まったこと以外言わなくていいんだよ、NPC(ロボット)が!!」

「爺ちゃんをいじめないでよ!!」


無視して通り過ぎようとしたユウの足が止まった。

少年の叫びが聞こえたからだ。


「おじさんたち、何でそんなひどいことをするのさ! じいちゃんが一生懸命作ったパンを!

おじさんたちが全部買っておくれよ!!」

「あん?」


 だが、必死で叫ぶ少年に向けられたのは、さらに余裕のない嘲笑だった。

涙を浮かべる少年に、一人がおもむろにパンを拾い上げる。


「これが、パンだって?」


そして――いきなり手を離すと、地面に転がったそのパンを躊躇いなく足で踏み潰した。


「!!」

「ガキ。パンっつーのはな、味があるものなんだ。 これはパンじゃない、ゴミだ。

ゴミを作るてめーのジジイも、ゴミっつーこった。 分かったか? ガキ」


あまりの言いように、おもわず少年が悔しそうに俯き――祖父の露天商が孫を抱き寄せて冒険者を睨み据えた。

その目つきに、男たちの殺気が膨れ上がる。


「……なんだよ!? 運営を出すか、GMとして喋れ。 こっちは連休明けたらヤバいんだ。

てめーらの偽お涙頂戴なんてどうでもいいんだよ。 わかっ」

「知っていたとしても教えるものか! 人非人の死にぞこない(アンデッド)め!」

「……今、なんつった?」


それは一瞬だった。

冒険者の一人が露天商の腕を掴み上げ、片手だけで持ち上げる。

無防備になった老人の腹部に向け、別の男がこれ見よがしに拳に息を吹きかけた。


「口でおとなしく言ってりゃ付け上がりやがって。

反吐を吐く覚悟はできてるんだろうな?」

「どうせ一発二発じゃ衛兵もこねーよ。 多少痛い目を見たいんだな?」

「……いや、ちょっと待て」


一人がにやりと笑って少年を向く。

その凶暴な視線に、少年は思わずへたり込んだ。


「連帯責任だ。ジジイの罪は孫の罰。 ジジイ、これから俺たちが不愉快に思うごとに、ガキを一発ぶん殴る。

どうせNPCだから殺しても再生(リポップ)するだろう? 短いお別れだ。気にすんなよ」

「や、やめ」

「ほら、もう一発」


 ユウは周囲を見回した。

大地人はもとより冒険者も、助けようとするものは誰もいない。

当たり前だ。 大地人はもとより自分たちが冒険者にかなわないことを知っている。

冒険者も、暴力を躊躇いなく振るえる人間はごく少数派だ。

元の世界では、彼らもただの市民(大地人)だったのだから。


ユウとて例外ではない。

自分が彼らの暴虐を止められる――彼らはいずれもユウよりレベルが低かった――にもかかわらず、むき出しの暴力の臭いが、彼女をして自然と怯えさせていた。

暴力を振るったら会社は、家族は、報復はされないだろうかなどと、この場に及んでどうでもいいことばかりが頭の中をぐるぐる回り。


そして破滅は唐突に訪れた。


「あ」



 単に冒険者の男にしてみれば、軽く小突いただけだったのだろう。

口では殺すと言っていたが、実際に殺す気がなかったことは、何より男の表情が物語っている。

だが、冒険者が『小突く』という行為が、何を意味するのか。

この時点では、ほとんどの者がそれに気づいていなかった。


くたり、と少年が倒れる。

それは奇妙に滑らかで、まるでふと転んだだけのようだった。


だが、少年のステータス画面。

そこに記された、普通なら青いはずの棒は、今は無慈悲なまでに赤く染まっている。

誰もが足を、呼吸を止めた。


「人殺し……」


囁くような声は、誰のものだったか。


「お、おれはちょっと!!」


呆然とする露天商が、動かぬ孫を掻き抱く。

その時、横合いから誰かが叫んだ。


「蘇生!!」

「え、あ、あの」


その場にいた<施療神官(クレリック)>――回復職と呼ばれる職業(クラス)の冒険者が、あわてて魔法を唱えようとする。


「そ、<ソウルリヴァイヴ>!!」


ほのかに泡となりかけていた少年を、白い光が包み――誰もが息を呑む中、ゆっくりとHPが青く戻っていく。


「や、やった!!」

「魔法が……使える……」

「人が蘇った……」


目の前で起きた、現実感のまったくない光景に少年を手にかけようとした冒険者たちすら見とれる中、ユウもまた先ほどまでの恐怖が一気に塗り変えられるのを感じていた。


ここは。

異世界(ファンタジー)だ。


と。



 ◆



 誰もが、何をすればいいのか分からなかった。

露天商の老人も状況に意識が追いついていないらしく、一言もない。

その中で最初に我を取り戻したのは、冷たい視線に晒されていた加害者たちだった。


「ふ、ふん! 所詮NPCだろうが! 都合よく生き返るのがその証拠だろう!」


それは彼らなりの虚勢だったのだろう。 何しろ人を殺しかけたのだ。

いや……あと数秒、蘇生が遅ければ間違いなく殺していた。

反省の色もないその言葉は、言い換えれば彼らなりの謝罪なのかもしれなかった。


だが、そんな心のうちを読み取れるほど、その場の人間――ユウもまた、精神に余裕はなかった。



「……子供を殺したな」

「な、なんだよ!?」



 ドスのきいた低い声とともに歩み出た女を、最初は彼らは理解しかねる風だった。


「こ、殺してねえぞ!」

「結果論だ。 貴様、子供を殺したろう」


なおも進み出る(ユウ)に、彼らが思わず後ずさる。


「こ、ここはアキバの中だぞ。 どうせ俺たちは牢屋(ジェイル)に行くんだ。 お前、ここで戦いになって」

「知るか、クズ」


 ユウの足が唐突に地を蹴った。

一瞬後には、貫くような蹴りが一人の男の顎に炸裂している。

ぐお、とよろけた男の顔が唐突に引きつった。


「い、痛え、痛え痛え痛え!!」


その脇腹には深々とナイフが突き刺さっている。


「私からすればお前らも子供(ガキ)だが……いい大人が子供を殺すとは言語道断」

「やる気かよ!!」


悲鳴のような叫びを無視して、別の男の頬を張る。

目の前の男たちへの怒りが、一時的に恐怖を押し潰す。

ましてや、殺されかけたのは少年だ――彼自身の息子とよく似た年恰好の少年だった。


だからこそ。


「死ねぇっ!!」


激怒したユウの拳が、逃げようとした男の背中に叩きつけられる。

すらりとした足が別の男の手首を蹴り、武器を取り落とす。

反撃もできない相手に、ユウは一方的に暴力を振るい続けた。

周囲で「喧嘩だ!!」「逃げろ!」と喚く声も、露天商と孫が逃げていったこともお構いなしだ。


「……っざけんなよ!!」


だが、相手は4人、それに対して1人では、一方的に暴れるのもわずかな時間のことに過ぎなかった。


「<オーブ・オブ・ラーヴァ>!!」


突然、ユウの全身が燃え上がる。

灼熱が全身の痛覚を突き刺し、ユウは思わず転がった。

無意識に火を消そうとしたのだ。

戦況が変わったのを感じてか、周囲の冒険者たちが武器を抜く。

突き刺される刃の感触を、ユウは不思議と暖かく感じた。


『戦闘行為は禁じられている』


その声が脳裏を掠める前に、ユウはまたも意識を手放していた。



 ◆



「……生きてる」



 不気味なまでの白い空間に置かれた石の寝台。

白い天井を見上げて呟いた声は、揺らめくように(ほど)けて消えた。

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