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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
198/245

145. <襲撃と反撃>

1.


 アメリカの南西部、メキシコ湾に接する入り江に、小さな町がある。

かつてヒューストンという名前であったその町は、周囲に神代の巨大な遺跡を持ち、かつては上級ダンジョンを回る全米各地からの<冒険者>で賑わっていた。

 プレイヤータウンへの昇格願いも多く、全米でもシカゴに次ぐ第四の都市だった町をモデルにしたこの町は、<ノウアスフィアの開墾>と共に、正式なプレイヤータウンになるであろう、と言われていた。

今では、<大地人>の言葉で野花を指すマグナーリアと呼ばれるこの町をはじめ、東のクレセント・シティなど、多くの町に<大神殿>や<銀行>が建てられたのもその証拠だ、とも言われていたものだ。


 プレイヤータウンになるには、いくつかの条件がある。

一つは、都市間ワープポータル(タウンゲート)だ。

それによって、<妖精の輪>のような不安定な方法によらずとも、<冒険者>の行き来が可能になる。

そして、ギルド会館があり、都市内のゾーンを<冒険者>が購入できるようになること。

ギルドを作り、拠点として活用できること。

無論のことながら、ヤマトで言う供贄(くにえ)――プレイヤータウン関連施設を統括する<大地人>が常駐し、町が衛兵の守りの傘の下に置かれることも条件であるといえる。


 その意味では、マグナーリアはいまだプレイヤータウンではない。

銀行と大神殿、そして都市間ワープポータルの土台らしきものがあるだけで、衛兵もおらずギルド会館もなかった。


 そこに、5隻の帆船からなる艦隊が帰還したのは、五月も過ぎようとするある晴れた日のことだった。



 ◇


「出ろ」


 船員の無愛想な声に、ユウはゆっくりと立ち上がった。

もちろんだが、もう裸ではない。

もとは帆布らしき、粗い布で織られたチュニックを纏った姿は、どこか古代ローマの奴隷を彷彿とさせた。


「さっさと来い」


 慎重に近づかないようにしながら、彼女の腰に打たれた縄を引くその船員に連れられ、ユウは何日か振りに、光の下へ歩き出した。



 結局、ユグルタとの乱闘の後、ユウを取り巻く状況はほんのわずか変わった。

収監場所が<サラトガ>ではなく、ユグルタの旗艦である<ユナイテッド・ステイツ>に変わったこと。

それに伴い、嗜虐的な拷問と化していた尋問が、行われなくなったことだった。

食事も、味のないビスケットと水だけではあるが、一日二回出るようになっている。

いずれもカイたちの嘆願をユグルタが聞いた結果だ。

その点にのみ、ユウはカイたちに詫びを言っても始まらない程に申し訳なく思っていた。


「いや、たまたま俺とテングだけが仲間とはぐれて<輪>に飛び込んじまってさ。

それでマグナーリアに飛ばされたせいで、アキバに帰れなくなった。

だからまあ、<不正規艦隊(あいつら)>に二月ほど、厄介になってるのさ」


カイはある日の面会でそう笑ったが、考えてみればとんでもない事態だ。

実質、彼らは<不正規艦隊>と、おそらくはその指導者の一人であろうユグルタに逆らえない。

それでもなおユウを助けようとしてくれたその義侠心に、彼女は黙って頭を下げるしかなかった。


(私は、いろいろなところで人に助けられてるなあ)


このことなのである。


(私ならどうするだろうか)


 単に、戦場で少し行き会っただけの、同じヤマトの住人であったという以外には特に面識もない他人。

そんな相手を、自分の立場が劇的に悪化することを覚悟の上で、助けようとするだろうか。

首をひねって考え、ユウはじきにその仮定そのものが無意味なことに気が付き、自嘲した。

そもそもそうした関係を『しがらみ』と断じて切り捨てたからこそ、今のユウがある。

ヤマトでも華国でも、あるいは<サンガニーカ・クァラ>やアルヴァ=セルンド島の<傷ある女の修道院>、グライバルトでも<深き黒森のシャーウッド>でも、ダンバトンでも。

結びかけた絆を自ら断ち切るように、ユウは歩き去ってきた。

まるで、そうしたしがらみに取り込まれることに怯えているかのように。


 だが、カイたちは違う。

単なる戦場の知人というだけのユウのために、<教団>憎しで凝り固まっているユグルタに談判までしていたという。

自分はそこまでは出来ない、とユウは甲板に向かってとぼとぼと歩きながら、思っていた。


(妻や子のため……といっても)


 ユウの時間は、一瞬戻った現実から、再び自らの心に回帰していく。


 ユウの記憶野から、元の世界で愛していた妻や子供の顔が消えて久しい。

それだけでなく、その声も。

誕生日に何をプレゼントとして渡したかも。

両親がいたかどうかすらも。

職場で何の仕事をしていたかも。

もはや、ユウは覚えていない。

死んだから、だけではない。

彼女の放つ<口伝>だけでもない。

まるで、ユウの中に何かの怪物がおり、脳細胞をじわじわと食い荒らすかのように、ユウは寝て起きるたびに、昨日まで覚えていたことが抜け落ちているのを自覚するのだ。


「これは……元の世界のことを忘れ去るのも時間の問題だな」


 カイたちに聞くと、彼らはまだ地球の記憶を鮮明に覚えているという。

カイなどは、すらすらと故郷の地名を並べ立て、何があり、何が特産品で、そこで何をしたかなどを、まるで昨日そこに行ったかのように話してみせた。

いずれも、今のユウにはできないものだ。


(私は……もう、自分がどんな外見だったのかすらも思い出せない)


異世界(セルデシア)でのつらい記憶は、ほとんどをはっきりと思い出せるのに。

そう思い、ユウがため息をついたとき、彼女は後ろから蹴り飛ばされた。

無様に転がった彼女の上を、口笛を吹きながら別の船員が通っていく。

その下卑た目に、ユウの怒りがざわりと浮かんだ。

だが、その怒りも、彼女の縄を持つ船員が苛立たしげに強く引くとともに、泡のように消えていく。


(こいつらはどんな記憶を持っているんだろうなあ……)


敵意に満ちた目で舌打ちする船員の、縄を持つ手を見つめながら、ユウは再び蹌踉と歩き始めていた。



 ◇


「提督、ご帰還お疲れ様でした」


ぴっと敬礼をする、桟橋の男たちにユグルタが鷹揚に答礼する。

たがいに背筋をきちんと伸ばしたその姿は、恰好こそファンタジー風であるものの、まぎれもなく軍人のそれだ。

上着を従兵らしき<冒険者>の少年に渡すと、ユグルタは急ぎ足で歩きながら言った。


「スワロウテイルを取り逃がした。<バーミンガム>のジョンスンのせいだがな」

「ジョンスンは今も謹慎中です。早晩、警備隊に転職する手はずになっています」

「ああ。あいつはいい船乗りだったが、今回はちょっとやりすぎた」

「ですな」


 言いながら歩くユグルタに、沿道から黄色い歓声が上がる。

それらに手を振るユグルタを見ながら、彼と会話していた<冒険者>――艦隊参謀長は、内心で小さくため息をついた。

<ジョン・ポール・ジョーンズ>を取り逃がしたのは大失態だ。

<盟約の石碑>のあるゾーン――かつてのシリコンバレーに本拠を置く<教団>は、その位置からわかるように西をサウスエンジェル、北を荒野、東を、いまや竜の巣(ドラゴンズネスト)と化したグランドキャニオンに挟まれ、交易するにせよ拡大するにせよ、非常にやりづらい位置にある。

そんな中、<ジョン・ポール・ジョーンズ>は、メキシコ湾のあちこちから神出鬼没に表れては、東部のルイジアナやフロリダ、そしてニューイングランドといった各地を回って布教と交易をする、きわめて厄介な存在だ。

しかも尚更に厄介なことに、<精霊武装>と<冒険者>による魔法動力の大型外輪を備え、全身をハリネズミのように弩砲で固めたあの船と一対一で戦って勝てる船は、<不正規艦隊>も持っていない。

速力でも勝る<JPJ>は、さながら第一次、第二次大戦時のドイツの通商破壊艦のごとく、<不正規艦隊>の船が単艦で行動していると見るや戦端を開いて撃沈し、艦隊を組めば姿をくらましてしまうのだ。

その合間にも、<教団>の布教が着々と進んでいく。


(ジョンスンも功を焦ったというより、本隊が来るまで足止めをする、というつもりで挑んだのだろうが……)


まさかに<召喚術師(サモナー)>の操る大怪鳥(ガルーダ)すら持っているとは予想外だった。


(速力、防御力、火力に優れ、航空支援まで持っているとは、危険な相手だ)


しかも参謀長もユグルタも、敵の艦長であるスワロウテイルを知っている。

何しろ参謀長と同じ米海軍に籍を置き、航海士をしていたれっきとした海軍士官だったのだ。

転勤で離ればなれになったものの、同じギルドにいたことすらある。

そのスワロウテイルが、<教団>の艦を率いている。


(前途はいまだ多難だな)


 そう思ってため息をついた参謀長が見ると、ユグルタは駆け寄ってきた<大地人>の子供にサインをし、頭を撫でているところだった。

軍人は一人一人が外交官たるべし、というのは、国外への勤務も多い米軍にとっては士官学校でまず習う言葉だ。

ふっと苦笑した彼の前で、子供に合わせていた目線を上げたユグルタが、ふと自艦の方角を向き、目を険しくするのが見えた。

つられて見てみれば、女らしいほっそりした体型の人間が、よろよろと桟橋を降りるのが見える。

黒髪はぱさぱさと風になびき、ぐるぐる巻きに縛られた腕と、腰から延びる縄が痛々しい。


「……あの女性は?」

「捕虜だ。<ジョン・ポール・ジョーンズ>に乗っていた。 自分の言葉と、客人のカイたちの証言じゃ、<教団>の人間ではないというのだが、実際は分からん。

レベルは94、ヤマトの人間だ」

「94!」


思わず息をのむ参謀長の横で、なぜか女から目をそらし、顔を赤くしながらユグルタは言った。


「どっちにせよ、敵であることには変わりがない。<バーミンガム>との戦いで、あいつもスワロウテイルに加勢して<不正規艦隊(オレたち)>と戦っている。

……尋問任せるぞ」

「ええ……それは構いませんが」


参謀長は、妙な顔つきの司令官(ユグルタ)の顔を覗き込んだ。


「どうしたんです? 海軍(ネイビー)の私より、海兵隊(マリーン)出身のあなたのほうが、そういった尋問には慣れているでしょう。

自分でやったらどうです?」

「いや……オレは……やらん。あの女には会いたくない」

「はあ」


不得要領顔で、それでも参謀長が頷くと、ユグルタはまるで逃げるように、その場を去って行ったのだった。



 ◇


 ユウの扱いは、依然紳士的には程遠い。

ただ、陸に上がったためか、飢えた犬のような目つきで自分をじろじろと見回す男の視線が若干ながら緩んだことに、ユウはちょっとした安堵感を覚えた。


(マグナーリアか)


 この町は、ゲーム時代にユウも何度か訪れたことがある。

町の各地に小川がながれてい、現実にあれば結構湿気た場所だろうな、と思ったものだ。

だが、いざ現実になったマグナーリアは思ったよりもからりとした土地だった。

場所がいわゆる、テキサス州――大西部の只中とあって、町を吹き渡る風は乾いている。

そんな場所で、ユウは放り込まれた牢屋に訪ねてきた男を、じろりと見上げた。


「……よろしく。私がこの町の執政権限の代行者、つまりは市長みたいなものだ」

「市長、ねえ」


 やってきた<施療神官(クレリック)>の男――ユグルタの参謀長は、拘束されたユウを正面から見た。

ユウが見返すと、その動きやすいジャケットの肩に、四角いワッペンがつけられている。

カイたちを除き、兵士たちやユグルタ、つまりこの町の<不正規艦隊>所属の<冒険者>は、細かい意匠は異なるものの、すべて同じワッペンをつけていることに、彼女はようやく気がついた。


「実際は<不正規艦隊>の幹部、ってところなんだろう? 」

「そうだな。正確に言えば、君が会ったユグルタ提督の参謀団を率いる人間だ」


 彼はユウの問いかけにあっさりと頷くと、そのまま自己紹介を省き、本題を切り出した。


「<不正規艦隊>所属の<冒険者>――我々は自分たちを軍人と定義しているがね――が町の施政権を握っていることでも解るとおり、ここマグナーリアは<不正規艦隊>の根拠地、そのひとつだ。

他にもいくつかの町で我々は多数派を占めており、その中には港を持たない街もあるが、こうした点在する街を中心に、我々は<教団>の勢力に対抗しようと考えている」

「……」

「……君は、<教団>の船にして、我々の尊敬する歴史的人物の名を騙った、あの<ジョン・ポール・ジョーンズ>に乗船し、ニューオーリンズ――クレッセント・シティから出航した。

それは事実だな?」

「ああ」


 一般的に犯罪容疑者の口を割るときには、いわゆる『鞭』役――暴力的な恫喝や、時には直接的な暴行、脅迫、虐待などをもって犯罪者を消耗させる役――と、『飴』役――友好的な雰囲気と柔らかい物腰で犯罪者の警戒心を解く役――の二種類を使い分ける。

北風と太陽の寓話を引き出すまでもなく、自白の基本は精神的に不安定な状態に置くことと、その結果として敵味方の区別を被疑者に曖昧にさせ、混乱させることにあるからだ。

ユウはそれらを理解しており、目の前の市長と名乗った男が飴役であることも理解してはいたが、一方で際限なく続く拘束と尋問が辛かったのも事実だった。

感情的に、<不正規艦隊>への敵意はあるものの、客観的に言えば、<盟約の石碑>に向かう旅において、<教団>に積極的に参加することを是としないのであれば<不正規艦隊>とパイプを持っておくことは有用である。

目の前に現れた<施療神官>は、そうしたパイプ役としてもうってつけに見えた。


 ユウは、改めて尋問で語ったことを目の前の男にも話すことに決めた。

少なくとも、ユウから何らかの情報を得るために、目の前の政治と軍事で忙しいはずの男は、時間を割いてユウの牢獄まで足を運んでいる。

であれば、彼にとってユウが有用だと思わせることによって、解放も夢ではない。


「私は、<ウェンの大地>に<妖精の輪>を通って到着してから、<クレセントシティ>まで旅をした。

その過程で、<星条旗特急(ユニオンフラッグエクスプレス)>を知り、彼らが奴隷を連れて西へ向かっていることも理解した。

私は<盟約の石碑>に向かうことを旅の目的としている。

よければそれに便乗し、石碑まで向かおうと考えたのさ」

「<石碑>にたどり着いて何をしようとしている?」

「元の世界に還る手がかりを探す」

「……ふむ」


 即答したユウに、参謀長は軽く顎をつかむと、後ろに控える書記官らしいローブ姿の少女へ手を振った。

そのジェスチャーを理解した少女が、書き込んでいたペンを止め、記述の間に小さく線を入れる。

そして、そこに小さな字で何か注釈らしい単語を入れていくのを見て、参謀長は再度ユウに向き直った。


「<教団>とのかかわりは? なぜ<JPJ>に乗り込めた?」

「<クレセントシティ>で、私は道中行き会った<冒険者>パーティを通じ、あの街の保安騎士長(シェリフ)の<大地人>ドワーフ、ルフェブルと面識を得た。

彼が私へ<星条旗特急>に関する情報として教えてくれたのが<教団>の存在だ。

彼は、自分たちの町にも宣教師を送り込んでいる<教団>に対し、治安維持の面から警戒していた。

私は情報の見返りとして、<教団>にもぐりこみ、情報を入手して流すように指示されていた」


同じ事を<サラトガ>でも伝えたのだが、あの<サラトガ>からは情報が伝わっていなかったらしい。

驚きの顔を書記官、および周囲の部下たちと見交わした参謀長は、やや丁寧に聞き返した。


「では君は、<教団>に対するクレセントシティ側のスパイだったということか。

その証拠になりうる物は何かあるか?」

「このイヤリングだ。つけて聞け」


 ユウは、懐においていたように見せかけて取り出したイヤリングを参謀長に渡した。

それを耳につけ、彼は念話のように虚空へ話し始める。


「ああ。……いや、待て。私はユウを捕縛した<不正規艦隊>の者だが」


おそらくルフェブルとだろう、しばらく話していた彼はイヤリングを外すと、そのままユウに返す。

同時に、クレセント・シティの協力者を通じてルフェブルの身元を確認したのか、書記官が参謀長の傍に寄って耳打ちした。

ややしかめ面を緩めた参謀長に、内心でユウもほっとする。


「では……少なくとも君が最初から<教団>の仲間ではなかったことだけはわかった。

だが、問題点が二つある。

君がそういった立場でありながら、積極的に<バーミンガム>との戦闘に参加していたこと。

そして、今君が言った内容が、<サラトガ>では話されなかったことだ。

<サラトガ>からの報告では、君は反抗的な態度をとり続け、まともな尋問が出来なかったと聞いている。

そして、結果としてはユグルタ提督と乱闘に及んでいる。

その態度は、とても<教団>の仲間以外には見えないものだ」

「順を追って答える。まず、私は<教団>も<不正規艦隊(おまえさんら)>のことも何も知らないし、どちらが私の敵か味方かも判別できていない。

ルフェブルの取引に応じたのも、要は<教団>――正確に言えば彼らが本拠地としている<盟約の石碑>のあるゾーンに近づくためだ。

そんな中、<JPJ>の船長であるスワロウテイルは、部分的にだが<教団>の実情について教えてくれた。

戦闘に参加したのは、その返礼だ。

何より、<バーミンガム>は海賊旗を掲げていたし、連中は船の上にいる連中は皆殺しとばかりに襲い掛かってきた。

反撃するのも殺すのも、当たり前だろう」

「……」

「次に<サラトガ>からの報告との違いだが、私は<サラトガ>でも同じ事を言っている。

それは、尋問、というか拷問に立ち会った船員を問い詰めれば解ることだ。

連中は<教団>への敵意なのか、<JPJ>への怒りなのか、それとも別の理由があってか知らないが、その情報を握りつぶしたようだね。

反抗的な態度というが、あんた、拷問を受けておいてなんで拷問してくる相手に友好的にならなけりゃいけないんだよ。

ユグルタも同じだ。 いきなり襲い掛かっておいて、反撃したら敵とか馬鹿じゃねえのか!?」


 最初は落ち着いていたユウだったが、徐々に口調は激しくなり、最後はほとんど怒号だった。

参謀長は、はあはあと息を荒げるユウの前でしばらくたたずむと、やおら口を開く。


「……事情はあらかた聞けたと思う。 君の態度も首尾一貫している。あくまで君個人の行動については、だが。

だが、我々にも事情がある。君にとっては理不尽だろうが、君の採った行動は我々を十分に誤解させうるものだと理解したまえ」

「……」

「しばらく協議する。君は牢に戻りたまえ」


そういって立ち去る参謀長を、ユウは焼け付くような目で見つめていた。


 ◇


 参謀長は、ユグルタや他の何人かの幹部クラスのメンバーを集め、ユウの処遇について協議するつもりだった。

ルフェブルとの接触もできた以上、ユウが<教団>の主力メンバーだという疑いは、ほぼ晴れたといって良い。

実際、客観的に考えて、94レベルの<毒使い>などという人材は、能力を発揮できない海戦で使い捨てるにはいかにも惜しい。

たとえば、各地に点在する、<不正規艦隊>やその他の反<教団>側の街や村を襲撃し、指導者を暗殺するなどという任務のほうが、よほど彼女を有効に使えるだろう。

<教団>は、よく言って往時のモルモン教程度には危険なカルトだと思っている参謀長がもしユウの指揮官だったら、確実にそうする。

火砲や航空戦力の代わりになる魔法職や、多人数相手の広域制圧能力に優れる<盗剣士>に比べて、攻撃範囲も狭く、かつ足場が限られる海戦という舞台では、<暗殺者>の利点を7割がた捨てているようなものだからだ。

ユウ自身が証言するように――その真偽も正確にはわかりかねたが――単なる乗船客と考えたほうが納得がいく。


「――あの女が受けた拷問に対しては、<バーミンガム>乗組員の殺害に対する報復として不問とし、互いに謝罪しない形にして監視つきで街から出すほうが賢明だ」


会議の席上、ユウへの尋問を踏まえてそう告げた参謀長に、卓の一角から声が上がった。


「では、提督への暴行や暴言も不問にするのか?」

「それが良いと思います。彼女の立場では、襲い掛かられたというに等しく、彼女に反省の念は一切ありません。

戦ったとき、彼女は強姦されかけていた直後で、武器も衣服もありませんでした」


返答しながらも、上座に座るユグルタをちらりと見る。

こと、この女に関する議題に関しては、不思議なほどユグルタは発言をしない。

それを訝しげに思いながらも、参謀長は別の幹部が発言を求めたのを見て手で促した。


「解放には反対です。彼女は<暗殺者>であり、広大な平野部や森林地帯は彼女本来の戦場です。

監視をつける、とおっしゃるが、撒かれる、最悪の場合では逆襲される可能性もあります。

一連の騒動で、彼女の<不正規艦隊>への印象は最悪になっていると推測できますので、今度こそ彼女を<教団>に追いやることが予測されます」

「それには、監視者を<エスピノザ>に担って貰えばよいのではないか?」


参謀長が答えるより先に、別の男が腕を組んで発言した。

ユグルタの部下の一人で、3隻の高速船から成る分艦隊を率いる司令官だ。


「ヤマト人同士、面識もあるのだろう?

彼らを表向きの監視として、我々はその後を追えばいい。カイたちが役に立たぬという御仁はおられまい」

「だが、彼らの本来の任務はアキバへの帰還です。長期にわたるであろう監視任務を引き受けるでしょうか?」

「<教団>のことを知らせ、ユウを我々に取り込んでしまうのが上策では?」

「いや、一般の兵士――<冒険者>の間では彼女は蛇蝎のごとく嫌われています。単に仲間に加えるだけでは、軋轢を生むだけでしょう。放逐するに如かず」

「だが」

「ですが……」


議論が白熱し、会議室は騒然とした雰囲気に包まれた。

誰もが、94レベルの<暗殺者>で<毒使い>という存在が、きわめて危険なものになりそうなことは理解している。

この場にいる幹部クラスの誰もが、そんな彼女の敵意と反感を引き立てるだけになった拷問や強姦を忌々しく思っていたが、あいにく誰も、時間をさかのぼってなかったことに出来るわけではない。

結果として、議論の落としどころは杳として決まらず、時間だけが無為に過ぎていく。

そのとき。


「大変です!」


ノックの音もそこそこに飛び込んできた<冒険者>に、全員の視線が集まった。

ユグルタも薄目を開けて、息をあえがせるその男を見る。


「どうした?」


 代表して声をかけた参謀長は次の瞬間、顔面を蒼白にさせた。


「サファギンです! サファギンの大群が、港や周辺の海岸から散発的な上陸を!

陸上のほうでも、遠方に土煙が見えます!」

「非常事態を宣言しろ! 可能なら船を湾内に入れ、港にロープをかけろ!

水棲緑鬼(サファギン)ども、船を沈めにかかってくるぞ!」



2.


総員戦闘配置(バトルステーション)、総員戦闘配置! 手の空いた魔法職は海面を掃討しろ!」


<森呪遣い>が呪文(コールストーム)で呼び出した嵐に木の葉のように揺れる中、<不正規艦隊>に所属する大小数隻の船は、必死で帆を操り、港に入ろうとしていた。

その両舷からは、まるで水面を機銃で掃討するように、<パルスブリット>や弩砲が海面を叩いている。


「弩砲切らせるな! 連中に舷側に取り付かれたら終わりだ!」

「<ブルックリン>、横転! 沈みます!」


はためく帆が裏帆を打たないよう必死で保たせる<不正規艦隊>の小型帆船(コルベット)、<ジョンストン>の横で、僚艦が燃え上がりながら船腹を見せるのが見えた。


「救助を!」

「ここは湾口だ! 泳げば陸へ上がれる!」


<ジョンストン>を率いるエバンズが、部下の進言を一蹴する。

冷たいようだが、死んでも<大神殿>で復活できることを考えると、その判断は適切だ。

帆を半分以上降ろしているにもかかわらず、暴風に煽られるように疾駆する<ジョンストン>の船橋で、エバンズは周囲の海面に群がる水棲緑鬼(サファギン)たちを忌々しそうに睨みつけた。


「敵の数は膨大です!押さえ切れません!」

「それを何とかしろ! <フリージングライナー>!」


船長自らの氷の呪文が、逃げ遅れた哀れな数匹ごと海面を凍りつかせていくが、全体の数から言えば微々たるものだ。


「<大地人>や非戦闘員の避難が終わるまで、連中を陸に上げさせるな!」


ハリネズミのように全身から火線を放ちつつ、ジャガーノートのように<ジョンストン>は駆ける。

既に両舷弩砲戦(オールバリスタメント)は宣言済だ。

後は<ジョンストン>と、同じくたまたま湾外での警戒任務を行っていた数隻のコルベットが止めるしかない。


「連中をひきつけろ! 無駄弾は打つなよ!」


エバンズの指揮の下、<ジョンストン>は港に対し横向きに停泊すると、手持ちの弩砲や呪文使いをすべて左舷――水棲緑鬼(サファギン)のいるほうに向けた。

船の片方にのみ荷重がかかったことで船が大きく傾くが、重石(バラスト)を動かすことで対処する。


「陸上から発光信号です! 『ワレ城門にも攻撃を受けつつあり』とのこと!」

「援軍は期待薄ですな」

「仕方あるまいよ」


<魔法の明かり>を用いた発光信号を読み取った見張員が絶叫し、エバンズと副長は疲れた顔を見合わせて苦笑した。


「ずいぶん都合が良いな。サファギンに大きく迂回されたか? それとも別勢力かな」

「さあ……ですが、人をゾンビにする力がある<教団>です。水棲緑鬼を従えていても驚きはないですな」


 話す間にも水棲緑鬼たちは次々と<ジョンストン>の周囲に増えていく。

その中で、一匹の水棲緑鬼が両手を掲げ、複雑な印を結ぶと、周囲の海が沸きあがり、凍って、鋭角的な円錐を生み出した。

エバンズの顔が驚きに開かれる。


機関(ボイラー)まわせ! 氷をぶつけてくるぞ!」


<ジョンストン>にも帆走の補助動力として使われている<火とかげ(サラマンダー)>を用いた蒸気動力が甲高い音を立て、<ジョンストン>がゆれる。

間一髪、船尾を振った<ジョンストン>の脇を、巨大な氷が通り過ぎていった。

まるで魚雷のようなそれは速度はないが、小さな氷山に当たるようなものだ。


「<ブルックリン>がやられたのも、こいつか……!」


唇を噛むエバンズに答えるように、<ジョンストン>が武者震いに震えた。

だが、エバンズには、<ジョンストン>が無事に襲撃を乗り切れることがなさそうなのを、いくつも海面に顔を出した氷柱を見ながら悟らざるを得なかった。


 ◇


 海上で<ジョンストン>や他の船が絶望的な奮戦を続けている中、牢獄で静かにしていたユウの元へも、参謀長からの連絡が届いていた。

念話だ。


『襲撃への対応に、手を貸してほしい』


ユウは、チッ、と舌打ちをすると、おもむろに立ち上がった。

ガチャリ、と鍵が外され、牢獄の扉が開け放たれる。

牢番役の<冒険者>はやってきていたカイやテングを促すと、自らは外へと走っていった。

守備隊に合流するのだろう。


「ユウ。ハダノのときと同じだな」


そのハダノで、ユウに助けられた<暗殺者>であるテングが小さく笑って声をかけた。

一年前は高校生で線の細い印象があった彼も、一年がたった今では襲撃の報を受けても不敵に笑っている。


「<不正規艦隊>からの以来は、端的に言えば街の防衛だ。この街をぐるりと取り巻く防壁、そこの最も敵が多い場所に行ってくれ、と言っている」

「相手は?」

「<水棲緑鬼(サファギン)>と、<敬虔な死者(パイアスデッドマン)>だそうだ」


テングの代わりに返したカイが、小声で苛立たしげに補足する。


「<冒険者>の死骸がゾンビ化したようなのも混ざっていると聞く。十中八九、自然なクエストじゃない。

<教団>がらみだな」

「この街は押されているのか?」

「一般市民の犠牲者はまだ出ていないが、まあ、そんなところだろうよ」


 カイに頷くと、ユウはすたすたと歩き出した。

途中で立ち止まり、<暗殺者の石>から<上忍の忍び装束>をまとう。

完全に修復したとは言いがたいが、何とか戦闘に耐えられるレベルだ。

続いて刀を二本、腰にさしたユウは、階段の入り口でカイたちを振り向いた。


「なら、行こう。ここの連中は気に食わんが、<大地人>をゾンビの餌にするわけにもいくまいよ」



 ユウたちが到着したとき、硬く閉じられていた城門はドシドシと、不吉な軋みに揺らいでいた。

外にいる<敬虔な死者>たちが、自らの体を破城鎚の代わりにして体当たりをしているのだ。


「こりゃ、やべえな……」


ところどころ巨大なひび割れが走る木製の扉を見て、カイが傍らの、城門の守備隊長格の男に目を向けた。


「住人の避難は?」

「進めているが、もともと人口も結構あったからな。中央街区(ダウンタウン)に集め終えるまでは、まだ時間がかかるだろう」

「なら、それまで倒されちゃまずいな……他の門で、空けられる場所はあるか?」


 カイの問いかけに、守備隊長もぴんと来たようだった。


「そうか……この場で、高速の乗騎を持っている<冒険者>は戦士職や武器攻撃職だけで100人ほどだ。

連れて行け」

「カイ?」

「なあに、連中ゾンビだといえ、指揮者はどこかにいるだろう。見つけ出して、叩くのさ」

「逆襲か」


合点の言ったユウが念を押すと、カイはにか、と笑った。

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