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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
197/245

144. <再会>

1.


 壁に叩きつけられたユウの肩に、毛羽立った板が突き刺さる。

その痛みで、ほとんど怒りで我を忘れていたユウはようやく周囲を見回すゆとりを持てた。

ふと見ると、目の前に鎧を纏った背の高い男の姿がある。

がしゃり、と眼庇(バイザー)を上げた男の顔に、ユウはかすかに見覚えがあった。


男は動かない。

よろよろと立ち上がったユウを見ても悠然と立っているだけだ。

その落ち着いた物腰に、自分を犯しに来たわけではないことを察し、ユウはナイフを注意深く構えながらじっと出方をうかがった。


「あー……こりゃひでえな」


 その男の後ろからひょいと顔を出したのは、別の男だ。

最初にユウに襲い掛かった男、つまりユウに股間を撃砕された男を見て、うえ、と呻く。


「<気絶(スタン)>、<激痛(ペイン)>、<朦朧(ディムド)>、それから……<部位欠損>?

なんちゅうえげつねえ場所を欠損させるんだよ、治るのか、これ」


 言いながらも、生き残った3人を手早く縛り上げていく。


「あとでてめえらに許可出した連中ともども、ユグルタに裁かれろ。どこのどんな組織でも、敵の女を犯していいのはフィクションの世界でだけだ」

「……てめえらは何者だ」


 ぼそりとユウは呟いた。

2人の男が、驚いたようにユウを見る。


「え……覚えてないの?」

「あんた、それにしても大体会うときって奇想天外なことしてるよな。……覚えてないか?ユウさん。

ハダノと、アキバで会ったぜ。 

……まあ、アキバでのことは覚えちゃいないと思うけど」

「ハダノ……?  まさか、カイか?」

「ご名答……ついでに服を着ろ。全身丸見えだぞ、あんた」


 ようやくナイフを下げたユウに、男――かつてユウと邂逅したアキバの<冒険者>、ギルド<エスピノザ>のカイとテングは、ほっとしたように笑ったのだった。


「お、来たな」


 その時、カツカツと別の足音が聞こえた。


 ◇



「……状況は理解した」


 カイとテングの――ユウが口を開くと喧嘩になりそうだったから――説明を黙って聞いていた、<不正規艦隊(ガルフイレギュラーズ)>を率いる男、ユグルタはしばらく黙っていた後それだけを口にした。

そのまま、顎をしゃくる。

彼に従ってやってきた乗組員たちが、動かない強姦未遂犯たちを荒々しく引き立てていった。

どこかに同情するような雰囲気があるのは、股間を失った<冒険者>のためか。


「艦長。君と<サラトガ>の士官諸君には、後で聞くことがある。たっぷりとな」


一緒に来ていたらしい<サラトガ>の艦長もまた、震える声でかすかに返答すると、逃げるように去っていった。


 そして船室には再び静寂が戻る。

奇跡的に完全破壊を免れた<上忍の忍び装束>を自己修復に任せ、カイに借りたマントで身を包んだユウ。

心配そうにユウとユグルタを交互に見るカイ。

その後ろで、後片付けをしているらしいテング。

そして、黙っているユグルタ。


「お、おい」

「……少なくとも、暴行に対してだけは謝罪しよう」


沈黙を破ったユグルタの言葉に、ユウが小さく頷く。

たがいに、本心からとも思えないが、とりあえずユグルタは謝罪し、ユウは受けた。

そのまま踵を返しかけた提督(ユグルタ)に、あわててカイが声をかけた。


「おい! それだけかよ!」

「ほかに何か言うべきことがあるのか?」


振り向きもせず返すユグルタの言葉はあくまで冷酷だ。

全身でユウ――いや、<教団>関係者と話をしない、という雰囲気を表現している。


「ユウは一応、女だぞ! その女が襲われかけて、ことの責任者がそれだけで済ますつもりか!」

「オレは謝罪した。そいつは頷いた。それで終わりだ。

そして、そいつに対する尋問までオレは止めるつもりはない。

……<教団>の犬ごときが」

「だから、ユウは!」

「客人、そいつと最後に会ったのはいつだ? それからの足取りを知っているのか?

……人間というのは変わらないところもあるが、容易に変わる部分もある。当人が望む望まないにかかわらずな。

そいつがお前の知る友人と、外は同じでも中身が違っていたらどうするつもりだ?」

糞野郎(コックサッカー)が」


 言い捨て、絶句したカイを尻目に今度こそ立ち去ろうとしたユグルタが、再び立ち止まった。


「……なんだと?」

「糞野郎と言ったのさ、聞こえなかったのか?」


ユグルタは勢いよく振り向いた。目が怒りに血走り、顔は真っ赤に染まっている。


「貴様、オレのことを言ったのか!? ……ぐ」


そのまま、無防備なユウに迫ろうとする足が不意に凍りつく。

無機質な<魔法の明かり>に照らされたその陰には、小さな、本当に小さな木製の針が刺さっていた。

<シャドウバインド>。

相手の動きを封じる、<暗殺者(アサシン)>の特技だ。


「お前……武器を……!」

「その辺の板から取ったささくれだよ。それより、言ってくれるじゃあないか。

私がカルトに洗脳された? 人間は変わる?

私のことも、戦いも、何も知らないくせに、偉そうに私を論評するな。

拷問されたのは初めてでもないし、まあ許して『やる』。

犯されかけたのも、よく考えれば今の私は美人だったし、それに何しろドイツ、イタリア、日本で散々女の現地調達をやらかし続けたアメリカ軍だからな。

そっちもまあ、許して『くれてやる』。 そんなことより。

<教団>に何をされたのか知らないが、世界を一周してきた私に対して、こんな片田舎の池ごときにお舟を浮かべて軍隊ごっこしていたような連中の頭目ごときが、何を偉そうに言える?

偉ぶって見せようが、たかだか田舎の海猿の大将やって喜んでいるお前に下げてやる頭はない。

四の五の言わず陸につけやがれ。

でなければ貴様の全身くまなく、バリエーション豊かに殺してくれるぞ」

「貴様ぁ……!!」

「さあどうする? 目を抉ろうか? 脛をへし折ろうか? それとも毒を叩き込まれて、息もできず全身を溶かされるのがいいか?」


 これ見よがしに腕を組むユウに、視線だけで殺しかねない顔でユグルタが睨む。

既に特技の効果時間は終わっているはずだが、おそらく人生においてほとんど言われたことのない罵倒と脅迫に、ユグルタはふるふると微かに震えるだけで動かない。

彼の顔は赤色を通りこし、血の気を失ったかのように蒼白になっていた。


「おい!ユウ! あんた、わざとユグルタを怒らせるようなことを……!」


あわてて止めに入ったカイに、ユウの目がぎろりと向けられる。


ユグルタ(こいつ)は最初から怒っている。今更多少怒らせたところで関係ない」

「だからって、お前……」


呆れ果てたカイの後ろから、テングが面白そうに口をはさんだ。


「やっぱりユウはユウだったね。アメリカの<教団>の信徒が、こんなすらすらとアメリカ人への罵倒ができるもんか。

それに、まあ、人と喧嘩しているほうがユウらしいよ」

「テング……お前も少しは<大災害>のころの殊勝なお前に戻ってくれ……」


ついにお手上げとばかりに両手を挙げたカイが見回す中、提督と捕虜、異なる立場の<冒険者>同士は目に火花を纏わせて睨みあった。

既に、双方の怒りは、手を出さないのが不思議なほどだ。


「最後にチャンスをやろう、狂信者(カルト)。せっかくこっちが譲歩しているんだ、そこに手をついて謝れ」

「そちらこそ、間違ってすみませんでしたと土下座して首を出せ、米国人(ヤンキー)

「武器もない、仲間もいない、カイたちも助けてはくれないだろう。

この艦隊でオレの権限は絶対だ。一声呼べば仲間も来る。それでもそのふざけた態度を改めないつもりか」

「丸腰の女一人が怖くないなら、さっさとかかってこいよ、白豚(ホワイトピッグ)


 どが、と船倉の床が踏み折られた。




2.




 ユウは、床に転がっている<暗殺者の石>を既に拾っている。

やろうと思えば、武器を抜いて、殴りかかるユグルタを切り倒すことも不可能ではない。

だが、精神のほとんどを怒りに押しつぶされていながらも、ユウはまだ、この場でユグルタを殺すのはまずいと思っていた。

短い会話や装いからも、彼がただの船員ではなく、少なくともこの船の船長すら従う立場にいることは分かっている。

海軍において、一艦の艦長が従うような人間といえば、より先任の艦長か、あるいは艦隊そのものの指揮者、すなわち提督とその参謀たちしかいない。

そして、ユグルタの傲慢な物言いから、彼が誰かに仕えているわけでもなさそうなのも、わかる。

であれば。


(提督を殺したら、さすがにもう申し開きはできないよなぁ……)


武器も防具もない状況で、そう呑気に考えながら、ユウは暴風のような彼の拳を避けた。


「あ、顔狙ったぞ、今!」

「そりゃあ、女に言うこと聞かせるDV男は、まず顔を狙いますもんね」

「黙ってろよ、お前……」


 ギャラリーが言い合うのを耳の片隅でとらえつつ、ユウは裸足のまま強引に体の向きを変えた。

<風切丸>と<上忍の忍び装束>、二つの速度増加賦与系装備(スピードブースター)に慣れた体には、その時の半分に近い今の速度がもどかしい。

先ほどの男たちのように、油断しているところに奇襲をかければともかく、武器こそ抜いていないものの戦意に満ち溢れた目の前の男(ユグルタ)を相手にしては、ちょっとした意識と肉体との速度感の違いが文字通り命取りになりかねなかった。

そして。


「速度が……合ってきている?」

「ああ。そういえばユグルタは<暗殺者>だったな」


邪魔な提督としてのガウンを脱ぎ捨て、シャツに迷彩柄のズボン、そしてブーツという――<名誉ある兵士の鎧>という名前の――迷彩服に、手にだけ武骨な手甲を着けた姿となったユグルタのスピードは、ユウに勝るとも劣らない程に速かった。

元来、手数と状況への対応力、そして単独の敵に対する圧倒的な攻撃力。

それらが、<エルダー・テイル>12職の中でも攻撃役(アタッカー)として最上位に位置する、<暗殺者>の能力だ。

その中でも速度を最重視し、さらにレベルがユグルタよりも4高いユウの速度もすさまじいが、ユグルタの速度も劣らない。

その髪から立ち上がるように狼の耳が伸び、腰からばさっと尻尾が伸びる姿を見て、ユウもユグルタの速度の理由に気が付いた。


「狼牙族だったのか!」

「死ね!」


手甲を風切音と共に振りぬきながら、ユグルタが怒鳴る。


「旅をしてきただと!? 田舎にいただけの猿だと!? 猿はどっちだ、卑怯な猿め!

<教団>に手を貸して、<バーミンガム>の仲間たちを殺しまわった貴様が、今更無関係を装っても無駄だ!

そんなに教主のところへ帰りたければ、オレが手ずから送ってやる!!」

「尋問の報告を受けたのか貴様! スワロウテイルへの恩義で助太刀しただけだ!」

「それはゲリラの論理だ!」

「何がゲリラだ!」


 言葉と拳の応酬が続く中、ユウがふわっと浮いたマントを踏んだ。

カイに渡され、体を隠すために使っていたものだ。

ユウは、届きかけた拳をすれすれで避けると、勢いよく邪魔なマントを払い落とした。

ユグルタの眼前に、肌色が一気に露わになる。


「うお!?」


 振りぬきかけた拳の軌道を強引に逸らし、彼は思わずたたらを踏んだ。


「好機!」

「うわ、お前!」


 バランスを崩したユグルタに、ユウは抱きつくように密着すると、そのまま背中から床に倒れこむ。

そして、男の体を突き飛ばしざま、足で男の腰を踏み、思い切り蹴り投げた。

巴投げだ。

すさまじい音と共に船倉に逆さに激突したユグルタの上から、化鳥のようにユウが飛び掛かった。

そのまま、マウントポジションを取り、腹を膝で抑えながらユグルタの両手を片手で掴む。

もう片手で、木切れをユグルタの目に突き付けた時、戦いは唐突に終わった。


「……これで勝負あり、だ。とりあえず、まともに話を聞け」

「……」


 観念したようなユグルタの上で、ユウがそう言ってにやりと笑う。

対する男は目を閉じ、口を引き結んで何も言わない。

そのかたくなな表情に、ユウの額に青筋が浮かび、彼女は彼の耳元で怒鳴りつけようとした。


「あー……。勝ち誇っているところ悪いけどな、ユウさん」


口を挟んだのは状況の傍観者と化していたカイだった。

後ろのテングは、なぜかあさっての方向を向いて再び掃除を始めている。

彼らの立場もあって、あえて放っておいたユウだったが、さすがに怒りをぶつけようとした瞬間に横から水を差されては面白かろうはずもない。


「なんだ、カイ」


旧知の知人に対する言葉とも思えない、冷え冷えとした口調に、カイはぽりぽりと頬を掻いた。


「あのな。多分忘れているんだろうが、ユグルタが目も口も開けないのはしょうがないことだと思うぞ」

「はあ!?」


荒い息遣いに揺れる彼女の胸を、できるだけ見ないようにしつつカイは言い辛そうに言葉を続けた。


「口じゃいろいろ言っているが、そいつも紳士なんだ。今のお前の姿を見たら、攻撃も何もできねえよ」

「何が言いたい」

「お前、全裸だぞ」

「!!?」


 ユウがあわてて飛びのいたのと、ユグルタが怒りの薄れた声で怒鳴ったのは同時だった。


「卑怯者め!! さっさと服を着ろ!!」




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