143. <不正規艦隊>
先に謝っておきます。
若干18禁風味です。
1.
「日本人! 知っていることを洗いざらい吐け!」
「もう話した。ついでに言えば言い方を変えろ、米国人」
「何だと!?」
何度目か分からない殴打に、鼻血が沫いた。
助けあげられて――より正確に言えば捕らえられて――数時間後、ここは<不正規艦隊>に属する帆船、<サラトガ>の艦内だ。
激昂して殴り飛ばした<武闘家>の肩を、別の男が掴んで止める。
「おい、やめとけ。やりすぎると死ぬぞ、こいつ」
「なあに、94レベルだろ、この糞日本人は。死にはしない。それに死んだところで、カルトが一匹棲家に戻るだけだ。また次のを連れてくればいい」
「落ち着け、ジョーンズ。もういい。誰か代われ」
しぶしぶと下がった<武闘家>の後ろから、<妖術師>が進み出た。
その手には、<インフェルノストライク>で燃え盛るナイフが握られている。
「そいつは<毒使い>らしい。注意しろよ」
上官らしい男の言葉に頷くと、<妖術師>は躊躇いなくユウの片目にナイフを突き刺した。
絶叫が、あがった。
◇
尋問という名の拷問は、夜に入ってようやく終わりを告げた。
かろうじて隠し通した<暗殺者の石>が見つけられなかったことに内心喜びながらも、ユウの気分は暗い。
焼け爛れるまで顔を火で炙られたこともそうだが、ユウを引きずりあげた<不正規艦隊>の<冒険者>たちは、はなから彼女を<教団>の一員だと思っているようだった。
ユウ自身にも弁解する余地はない。
<教団>の船である<ジョン・ポール・ジョーンズ>に乗り込み、スワロウテイルたち<教団>のメンバーに与して、<不正規艦隊>のメンバーを殺しまわったのは事実であるからだ。
<不正規艦隊>が、スワロウテイルが言うように元、あるいは現役の軍人たちが中核となった集団であるならば、下手をすればユウは戦時法で言うゲリラ扱いをされている可能性すらある。
(ゲリラは即射殺、が地球のルールだったっけ……)
ユウはハーグ陸戦条約などほとんど覚えていないが、時にロマンチックな描写をされることもあるゲリラ、あるいはレジスタンスと呼ばれる人々が、一般的には戦争犯罪者とみなされることくらいは知っている。
実際はこの条約では毒の使用が禁じられており、ユウはそういう意味でも明確に犯罪者なのだが、そのあたりはさすがに彼女も知らないことだった。
(暴力や恐怖では言うことを聞かない、となれば……私は女だったな、そういえば)
ほとんど耐久度を残していない<上忍の忍び装束>を見下ろし、ユウは小さくため息をついた。
見た限り<不正規艦隊>に女の<冒険者>は見当たらないようだったが、であれば彼らがユウを見て、何も思わないはずもない。
今までも貞操の危機は何度もあったし、襲われたことすらあるが、今度は極め付けだ。
(せめてキャラデータを作るとき、マ○コ=デラ○クスみたいな体型にすりゃよかった)
それこそ、20年単位で後の祭りだ。
ズタズタになった装束の上から半分見えている豊かな胸から、ユウはもう一度嘆息して目をそらした。
食事はない。
資材の限られた船の上で、捕虜に与える食料などないのも事実だろうが、衰弱はしないまでも空腹は耐えがたい。
助けられるまでに山ほど潮水を飲んでしまっていればなおさらだ。
「せめて、加減間違えて殺してくれないかな……」
わざわざその為に相手の罵倒に言い返しているのに、とユウが座り込んだまま放心していると、薄暗い船倉に小さな光が差した。
<魔法の明かり>だ。
まさかこのまま誰かのベッド行きか、と青ざめたユウの元に、にたにたと笑う昼間の船員たちがいた。
◇
ユグルタはその夜、途轍もなく不機嫌だった。
理由は非常に簡単だ。<不正規艦隊>の戦力のひとつであった<バーミンガム>が沈没し、乗っていた竜を<召喚術師>ごと叩き落されて、その上で<ジョン・ポール・ジョーンズ>に逃げられたからだった。
命令を無視して単艦で<JPJ>に喧嘩を売り、あげく開戦直後に弩砲の直撃を受けて死んだ<バーミンガム>の船長が、恐らくは二度と船を任されないだろうことを差し引いても、最悪に近い結果だった。
精霊船にして<冒険者>の技術を集めた外輪船でもある<JPJ>の足は速い。
あちこちの港に網を張って、ようやく<クレセントシティ>に停泊していることが分かったのだ。
(それをあの船長は無駄にしやがって)
元の世界では海軍少尉だったという、<バーミンガム>の船長を、ユグルタは内心で散々に罵った。
彼の怒りにも理由がある。
海兵隊の一員として、派兵の経験もある彼にとって、神とはごっこ遊びの玩具にするようなものではない。
生きるか死ぬかの戦場で、己の分を尽くして最後に頼るのが運であり、それを与えてくれるのが神なのだ。
(この世界の事はこの世界の神に任せておけ)
つまりは、そう言いたいのだった。
だが、現実は彼の望みとは間逆の方向に進みつつある。
彼が手にかけてきたイスラームの若者たちのように、所構わず神を唱え、興味のなかった人々を引きずり込んでいく。
あまつさえ、そんな<大地人>を死してなおゾンビとして使役しようなどとは。
「許せん」
提督私室の椅子に座ったまま、呪うように呻いた彼の耳に、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
「誰だ」
「入っていいか?」
「客人か。入ってくれ」
入ってきた二人に、ユグルタは顰めていた顔をわずかに綻ばせ、手ずから立ち上がって来客を迎えた。
「悪いな、勤務外に」
すまなさそうな片方の男に、笑みを深くしてユグルタが応じる。
「何、いいさ。まだ寝てなかったし、それに提督や艦長は基本的には常在艦橋だからな」
申し訳なさそうに頭を下げた二人にライムジュースを渡したユグルタだったが、彼の上機嫌もそこまでだった。
「ダメだ。あの女の釈放は認められん」
取りつく島もないというのは、今のユグルタの態度そのものだろう。
2人が申し訳なさそうに切り出したユウの話を聞くや否や、そう吐き捨ててユグルタは口を閉じた。
閉じられた目と、引き結ばれた唇が、彼の内心を如実に表している。
「だがな。彼女はあのままだと早晩殺されるぞ。
いや、殺されるならまだいい。犯されるぞ、確実に」
「それがどうした。カルトに与した自業自得さ」
「アメリカ軍は正義の守護者なんじゃなかったのか?」
黙っていたもう一人が口を挟む。
そんな彼を見て、ユグルタはふんと鼻を鳴らした。
「ああそうさ。合衆国はアレクサンダー・ハミルトンが言ったように、常に正義を貫くし、軍はその為の剣だ。
だがな。<教団>と、それに与する連中のどこに正義がある?
勝手に歪めた神の教えを振りかざし、善人面で忍び込んで、信者を増やしている。
挙句、そうして増やした信者をアンデッドにしている。
<バーミンガム>からの報告を聞いたとき、オレは正直吐きそうになった。
人を、ゾンビにするだと?
あんな連中を許す気なんて更々ない。
精々、乗組員の気晴らしになって死ぬがいいさ」
「それなんだが」
怨嗟のように言葉を続けるユグルタが息を継いだのを見計らい、最初に話し始めたほうが口を開いた。
「俺たちは彼女を知っている。すれ違う程度だが、一緒に戦ったんだ。
だから言うんだが、彼女は<教団>の一員じゃない。
彼女がどんな旅をしてきたにせよ、神にすがるような人間だとは思えない」
「一年前の事なんだろう?人は変わる。当てになるものか」
なおも冷笑するユグルタに、二人は口々に言った。
「なら、俺たちのどちらかが確かめる。ユグルタ提督、あんたも隠れて見ていてくれ。
彼女が本当に狂信者になったのか、そうではないのか、そこで少なくとも分かるだろう」
辞去した二人が閉めたドアの音が聞こえなくなると、ユグルタはゆっくりと腕を組んだ。
一士官に過ぎなかった自分がセルデシアに来て、何か一つ成長したとするならば、それは人を見る目だ。
あの地獄のビッグアップルで、あるいは<不正規艦隊>に身を投じ、人を率いるようになってからも、彼は努めて人の為人を見抜けるように観察眼を磨いてきた。
今回の捕虜ーーユウに対しては、会う価値すらないと思っていたが。
「まあいい。せっかくのヤマトの客人の頼みだ。見てやろうか」
ユグルタがそう言って立ち上がったのは、一時間ほど経ち、深夜も過ぎた頃だった。
2.
「ユーだったな」
竜骨から外された鎖が、じゃらりと音を立てる。
鎖を引かれ、ユウは思わずつんのめると、自分の手足を縛る鎖と、それを持つ男たちを、唾でも吐きそうな顔で睨みつけた。
既に火傷の状態異常効果は消え、ゾンビのように濁っていた片目も視力を取り戻している。
それでもまだ不満だったのか、男たちの一人が無理やり呪薬を彼女の口に突っ込んだ。
熱でチリチリになっていた髪が美しさを取り戻し、痛々しい水ぶくれーー火傷の後遺症だーーが、元の白さを取り戻す。
「ふん、半焼けのままじゃつまらんからな」
「犯す気か」
ぼそりと尋ねたユウに、男たちが一斉に下卑た笑いをあげた。
「気にすんなよ。どうせ心は神にくれてやってるんだろう?
身体くらい利用させろ」
「こいつぁ艦長からも許可をもらってる。お前ら狂信者は人間じゃない。いいか?」
「どうせなら神様の名前を呼びながら抱かれろよ。俺は昔からそういうのが好きなんだ」
「……ゴミどもめ」
両手足を鎖で縛られているとは言え、殺気に溢れるユウを、男の一人が苛立ったように蹴り倒した。
そのままのしかかると、ユウの背中に躊躇いなく刃を突き立てる。
「うがぁっ!」
「お、おい」
「治療すれば治るだろ。それよりお前ら、服も剥がずにことをする気かよ」
狩った獲物を剥ぐように、ユウの背中の肉ごと<上忍の忍び装束>を剥ぎ取りながら、男が嘲笑った。
<激痛>の状態異常だけでなく、文字通り生皮を剥がされる激痛にユウが叫ぶ中でも、男の手は止まらない。
むしろ、膝でユウをしっかりと押さえつけ、ナイフを使うのも面倒くさいとばかりに、鮮血を噴き上げる背中に手を突っ込み、めりめりと引き剥がす。
やがて。
「はーい、装備破壊ー」
もはや黒い布でしかない<忍び装束>を投げ捨て、血まみれの手をぺろりと舐めた男の横で、仲間の一人が<癒し>を唱える。
むき出しの筋肉が、逆再生のように白い肌に包み戻され、上半身をむりやりはだけさせられたユウはぐったりと床に横たわった。
ついでにとばかりに破いた下半身の、それも太腿から下のみを装備のかけらでおおっただけの、ほとんど全裸といってもよい格好だった。
「これで準備ができたろう。ついでに腕を折っておくか」
嗜虐的な笑みを浮かべ、ユウの背中を解体した男が腕を振り上げるが、仲間がその手を止める。
さすがの蛮行に、先ほどまでのぎらついた目は萎れ、酢を飲んだような目つきでその男は仲間に言った。
「やめとけ。どうせもう痛みで動けん。お前と違って、そこまで女にする趣味はない」
「ケッ。腰を振りたいからついてきたゲスのくせに」
「なんだと!?」
「ほら、やめろよ。お互い一発やってすっきりしろ」
さらに別の男がなだめ、しぶしぶと2人は互いに向けた拳を振り下ろした。
そんな会話を、ユウは途切れ途切れに聞いていた。
すさまじい激痛だったが、痛みで言えばユウはよりひどい目にあったことも幾度もある。
男たちが期待していたほど、ユウは朦朧としていた訳ではない。
ぐったりとした態度も、半ば演技だ。
とはいえ、むき出しになった背中から腰までを触られる不快さは、例えようもないものだ。
だが、派手に悲鳴を上げていたためか、それとも背中の生き剥ぎがよほどショッキングなのか、
あるいは今になっても手足を鎖で縛られていることに安心しているためか、男たちに先ほどまでの警戒はない。
ユウは口に含んでいた<暗殺者の石>をこっそりと吐くと、自らの胸と床の間に挟み、その時を待った。
どれほど酸鼻な光景でも、回復によって傷は消え、飛び散った血もまた、消える。
そして残されたのは、うなじから背中、そして尻までを無防備にさらし、動けない女が一人。
互いの性嗜好の違いはあれ、女に飢えていた彼らがそんなユウを見れば、当初の目的に立ち戻らない訳がない。
「さすがにすげえな。ポルノ・スターも顔色ねえな」
一人が生唾を飲み込むと、もう一人が無造作にユウの腰をつかんだ。
そのまま無造作に引っ張り、うずうずと呟く。
「やっぱりこいつ処女なのかねえ」
「いや、日本人は総じてHENTAIというし、そうじゃねえだろ」
「どうせ元はゲームのキャラだ。こいつも気にしねえだろ」
口々に勝手なことを言う彼らの一人が、不意に忌々しい顔を向けた。
「誰だ、この足の鎖をつけたやつは。足がひらかねえじゃねえか」
「どうする」
「どうせ死にかけだ。足をはずしても逃げられねえだろ。
そもそも、こんな素っ裸でどこへ逃げられるってんだ。他の乗組員に会って同じ目にあうのがオチさ」
「じゃあ、はずしちまえ」
(かかった)
ざぎ、と異音を立てて、太い鎖が断ち切られる。
<暗殺者>の膂力でも引きちぎられないよう、太くしっかりと縛られた足の鎖が、一人の――武器攻撃職だろう――刃で両断されたのだ。
がちゃ、と鎖が落ちる。
最初の男がいそいそとズボンを脱ぎ、無造作に広げたユウの足の間に入ろうとした。
その刹那。
天地さかさまの踵落としのようなユウの足が、無防備な男の、両足の結節点にめり込んでいた。
◇
「うがぁっ!!」
「なっ!?」
獣のような叫びを上げてのけぞった仲間を、他の仲間たち――しっかりと見ると総勢4人だった――が目を丸くして見る。
誰もが、わずか数分前まで背中を裂かれていた女が反撃するとは思っても見なかったのだ。
だが、床に転がした<暗殺者の石>から、ナイフを瞬時に引き抜いたユウにとっては、これは好機だった。
うつ伏せから腹筋だけで立ち上がり、縛られた両手を支点にしてかざした足を振り回す。
それは別の一人のこめかみを直撃し、その男はよろよろと倒れこんだ。
そんな彼の頭上に、バク転の要領で腕だけで飛び上がり、ユウが体を捻りながら踵を落とす。
勢いが十分についた、人体で肘と並んで強靭な部位は、容赦なくその男の頭蓋をきしませ、男は脳への激震に目をくるりと回して倒れこんだ。
<気絶>の状態異常効果を受けたのだ。
「この女!」
今度こそ立ち上がった敵に、ようやく反応した別の男が叫んだ。
だが、叫んだだけだ。
速度を上昇させるアイテムを装備していなくとも、ただでさえ速度重視の<暗殺者>に、男が対抗できるはずもない。
その男が腕を振る前に、ユウの両手で持たれたナイフがその眼球をまとめて突き破る。
視神経を貫き、奥の脳髄まで食い込んだ刃から、不気味な緑色の液体が滴った。
<ヴェノムストライク>だ。
「かへ」
それが、3人目の男の断末魔だった。
わずか数秒。
それだけで4人の仲間のうち3人を殺され、あるいは戦闘不能になるという状況に、最後の男は悲鳴をあげてへたり込んだ。
その声で、ユウは彼が自分を治療していた<癒し手>――ヤマトで言うところの<神祇官>だと気づく。
「あ、あ……」
口の端から泡をたらすその男に、ことさらにゆっくりとユウは歩み寄った。
痛みと激怒に黒髪がゆらめき、全身の服をほぼ失った壮絶な状態であることもあいまって、ユウの姿はさながら昔話の鬼だ。
「た、助けて……」
「死ね、糞野郎」
次の瞬間、ユウの裸足が男の顔に叩きつけられた。
自分が恥ずかしい格好であることなどもはや思考の片隅にものぼらないまま、ユウが嗤う。
「ほら、見たがってた女の裸だぞ、見ろよ、それともママの裸のほうがマシか? ゴミタメ野郎」
罵倒を浴びせても反応がないその男に、ユウは思い切りつま先を叩きつけた。
血がしぶいたその男に、今度こそ必殺の一撃を放とうとする。
だが、そのとき、その場にユウでも男たちでもない、6人目の声が響き渡った。
「何をしている!! やめろ!! ……ユウ!? ……うおっ!」
最後の叫びは、目の前の男を蹴り飛ばしたユウが瞬時に飛び込んで突き出したナイフをかわした声だ。
「お、ちょ、ちょっと、待て!!」
「死ね、カス野郎」
4人は反撃であっさりと沈んだ。
いまだくすぶる怒りを叩きつける相手を見つけた喜びに、ユウの目はぎらぎらと輝いている。
その目が黒から、どことなく青みがかってきたとき。
「ええい、よく見ろ! ユウさん!!」
そういって、6人目の男は手甲に覆われた手で、ユウを突き飛ばしたのだった。




