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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
190/245

138. <老保安官>

<ログ・ホライズン>のかなり重大なタブーに引っかかる話かも、しれません。

もしよろしければ、ぜひご一報を。削除します。

1.


 そこは、街の司法を――少なくともその一翼を――担う、保安騎士長(シェリフ)の住まいとしては、あまりに質素なものだった。

玄関の扉を開けると小さな土間、そして続く居間には、水を溜めているらしい壷がいくつか置かれている。

家具と呼べるほどのものはなく、着替えらしい服が、干していたのを取り込んだ時のままに無造作に置かれていた。

開けっ放しの奥の扉の向こうには、饐えた臭いが届いてきそうな黄ばんだシーツが放り込まれてあるが、おそらくはそれがルフェブルの寝室なのであろう。

家に明かりはついておらず、家具の少なさもあいまって、どこか空虚な、がらんとした気配を漂わせていた。


家がある地域も貧相なものだ。

<クレセントシティ>の外れ、門にも遠い城壁沿いの地域だった。

もちろん街灯などはなく、ユウとルフェブルにすれ違っていくのはいずれも真っ当な仕事をしていなさそうな、変な目つきの男女ばかり。

夜になって堂々と素顔を晒して歩くユウを見て、彼らの少なからぬ数が興味を惹かれた様子でこっそりと後ろをついてきている。


「いいのか、放っておいて」

「どうせわしがおれば何もしてこぬし、してきたとしてもお前さんなら簡単に片付くじゃろう」


何度目かに小汚い男から口笛を吹かれたユウがイライラしながら問いかけると、ルフェブルはなんでもないとばかりに答える。


そうして、いい加減ユウの苛立ちが高まったころ、彼女は、この老ドワーフの家にたどり着いたのだった。


「何もないが、ほれ、水じゃ」


与えられた罅割れたカップに、儀礼として口をつけた後、ユウはいきなり本題を切り出した。


「北の村にいたギャロットに聞いたが、この街にあの<星条旗特急>の呼び方を知る人間がいると聞いた」


聞いているのかいないのか、自分のカップを手に天井を見上げるルフェブルに対し、ユウはさらに言い募る。


「あんた、保安騎士長でしょう。何か知らないか?」

「……<星条旗特急>を呼び出して、何をするつもりじゃ?」


姿勢を変えないまま、ルフェブルが問いかけた。

ユウも表情を変えずに答える。


「乗る」

「乗れるのは奴隷だけじゃ。お前さんは奴隷には見えないがの」

「乗れなければ列車の屋根に張り付いてでもついていく。振り落とされれば追いかける」

「さて……では、列車に乗ってからどうするつもりじゃね」


その問いかけに、ユウは決然と言った。


「あの列車の目的地は<盟約の石碑>だという。……そこに行きたいんだ。

元の世界に帰る道を見つけるために」

「……ふむ」


目の前のドワーフが<大地人>であるため、ユウはかなりぼかした表現を用いていた。

それでもあっさりと目的を明かしたのは、目の前の老ドワーフの名前を事前に聞いていたからに他ならない。

あのギャロットたちにだ。

<ファラリス>の5人を執行騎士に任命した、いわば彼らの上司に当たるのが<クレセントシティ>の保安騎士長、つまりは目の前の老人だからだった。


「……まあ、会ったばかりで良いも悪いもないの。

ギャロットたちは、まっすぐないい連中じゃ。あいつらが会ったばかりのお前さんに協力したからには、手伝うのがあの連中への義理じゃろうて」

「……では!」

「まあ、待て」


勢い込んで問いかけたユウを、ルフェブルはドワーフ特有の大きな掌で遮った。


「もう夜じゃ。味のある食べ物など何もないが、何か食うか?

その後寝て、仔細は明日からじゃよ」

「だが……」


未練がましく反論するユウに、駄々をこねる幼児を叱る親のようにルフェブルがたしなめる。


「もう夜じゃぞ。誰が<星条旗特急>のことを知っておるにせよ、眠りかけたところを叩き起こされて、まじめに答えるお人よしはおらんじゃろ」

「……なら、お言葉に甘えて寝るとしよう」

「そうか。 寝具はひとつしかないが、一緒に寝るか? それとも布を貸そうか?」

「いい。……じゃあ明日」


そういって、ユウはあっさりと背を向けた。

土間から降り、外に出ようとする彼女を、ややあわててルフェブルが止めた。


「おい、どこへ行く気じゃ」

「宿屋を探す。見ず知らずの<冒険者>など、泊めたくはないだろう」

「……このあたりの安宿に一人で泊まってみろ、朝には何をされておるかわからんぞ。

居間を貸すから、そこで寝ろ」


ユウは思わず呻いた。

<大地人>の前で酔いつぶれたというハンデはあったにせよ、犯されかけたのはわずか数日前の出来事だ。


『肉の塊だって自覚しな』


その言葉が不意に脳裏によみがえる。


「……感謝する。おやすみ」


結局、ユウは酢を飲んだような顔つきのまま、その場でごろりと横になったのだった。



 ◇


 翌日は綺麗な快晴だった。

どちらかというと、<クレセントシティ>は海に面した港町であることもあって、湿気は高い。

この季節、からりと晴れた朝というのはそれなりに貴重なのだった。

起き出したユウが、相変わらず浮浪者のような格好のルフェブルにつられやって来た市場では、既に活気ある人々の声が充満している。


「安いよ、魚! 安いよ!」

「活きがいいぜ! 何ならこの場で食っていくか!?」

「ほい、ほい、ほい」


食料を買いに来た<大地人>の市民や、そんな彼らに抜け目なく飲み物やパンを売る商売人たちの雑踏の中を、ユウの先に立つルフェブルはひょいひょいと避けていく。

ごった返す人の波を切り分けるように後を追っていたユウは、ふと近くのスタンド――薪のコンロに瓶と真鍮製のタンクが置かれている、手押し式の屋台だ――を見た。

そこでうまそうに牛乳らしい飲み物をすすっている、一様に顔の整った男女の姿に驚いたユウは、思わず人ごみに沈みそうになっている小柄な禿頭を追いかけて声をかけた。


「おい! あれ、この街には<冒険者>もいるのか?」

「そりゃ、<大神殿>も銀行もあるんじゃから、いるじゃろう」


足を止められたからか、ややつっけんどんに答えたルフェブルに、ユウは機能のことを思い出した。


「だが昨日の衛兵ども、<冒険者>は全員たたき出すような勢いだったけど……」

「今、この街におる<冒険者>はいずれもそれなりに長く暮らしている。

ちょっとした揉め事を解決したり、モンスターを退治したりで、仲良くやっとるよ。

お前さんみたいな素性も知れない流れ者とは、応対も違って当然じゃろう」


確かに見たところ武器も鎧もつけていない彼らの顔は明るく、周囲の<大地人>たちも、ことさら彼らに隔意を持っているようには見受けられない。

ごく自然に<大地人>たちの間に溶け込んでいるのだった。


「ふぅん……」


興味深げに鼻を鳴らすユウの前で、何か冗談を言われたのだろう、<冒険者>の女性が真っ赤になってとなりの仲間らしい男性と一緒に俯いていた。



「よう、保安騎士長さん。今日もしぶとく生きてるな!」

「わしはドワーフじゃぞ、お前さんがよちよち歩きのころからよぼよぼになるまでこのままよ」


ユウがたどり着いたのは、市場の片隅に店を広げていた小さな魚の露天商の前だった。

漁師らしい、逞しく日焼けした男の前には、取れたての魚がいまだぴちぴちと跳ねている。


「で、今日はどうする? あ、そいつはやめとけ。年寄りには毒だ」


男の軽口をいなし、ルフェブルは一匹の、ユウにはマグロだかカツオだか判別がつかないような大魚を指差した。

男が訳知り顔で魚の首にナイフを入れ、斬り捌いていく。

そして、近くでスタンドを広げていた別の男に、怒鳴っているに等しい声を張り上げた。


「おい、ルイ! ちょっとスープよこせ!」

「おう、うるせえなマルセル。そんな声でなくても聞こえらあ」


同じく日焼けした同年代の男が怒鳴り返す。

マルセルと呼ばれた魚屋は、「ちょっと待っててくれ」と言いながら立ち上がり、

さばいた魚を手にルイと呼ばれたスタンド屋に近づくと、ルイのかき回していた鍋にいきなり魚を放り込んだ。

そのまま何かの香辛料を大量にぶち込み、匙で味加減を見ながらルイとマルセルは怒鳴りあう。

ユウが呆然と見ている間にスープが出来上がったらしく、マルセルは器用に二つの椀とカップを手にして戻ってきた。


「ほらよ」


どし、と手渡された椀は、意外に重い。

中に先ほどの魚が程よく煮込まれて入っているのを見て、ユウは目を丸くした。


「早いな」

「飯は早く、うまく、だぜ」

「ほれ、食わんか」


となりでスープをすすり始めたルフェブルに従い、ユウもおそるおそる椀に口をつけてみた。


「……うまい」


味付けは塩と何かの香辛料だけのようだが、磯臭い香りがユウの脳天を突き抜ける。

根っからの魚食民族であるユウは、その香ばしい匂いには到底耐え切れるものではなかった。

ここ数日、味こそあるものの、欧州から持ち込んだ保存食で飢えをしのいでいただけに尚更だ。

おっかなびっくりのスピードは、瞬く間にがつがつとした勢いに変わり、ユウは遠慮なくスープにかじりついた。

ともに供された、コーヒーのような香りの飲み物もいい。

まだ春とあって、海へ向かう風は肌寒いものの、その寒さが尚更食事の暖かさを際立たせている。

たちまち椀とカップを空っぽにしたユウの手に、次の椀がすかさず差し出される。

もはや礼を言う時間も惜しいとばかりに、それらはユウの胃袋の中へ流し込まれていった。


「美人にここまでうまそうに食べられちゃ、ちょいとばっかし嬉しいね」


手持ち無沙汰なのか、ルフェブルと世間話をしていたマルセルが、言葉とは裏腹に心底嬉しそうに、その食べっぷりを見て言った。

周囲の<大地人>もいつの間にか、魚を凄まじい勢いで食べ続ける黒い服の美女に視線を集中させていた。


「……ふう、食った」


心なしかぽっこりと膨らんだ腹をぱんぱんと叩きながら、ユウは満足そうにげっぷをした。

話の終わったルフェブルが、あきれたような顔で振り向く。


「……若い娘が小汚い食べ方をするものだの」

「服装が小汚いあんたに言われたくないよ」


言葉とは裏腹に、幸福そうにもう一度ユウはげっぷをすると、懐にしまっておいた袋を取り出した。


「……で、いくら?」

「金貨2枚だよ」

「わかった」


ちゃりちゃり、と金貨を手渡すと、ユウは自分より身長の高いマルセルの下から、いたずらっぽく笑って礼を言った。


「ありがとう。おいしかったよ」


魚くさい息を間近で浴びたためか、それともユウの美貌を真正面から見たためか、マルセルは真っ赤になって顔をそらした。

横合いで、別の客にスープを出していたルイが、気がついたようにわめく。


「おい! 魚以外はうちのスープだぞ!」

「わかってるよ、おいしかった」


にこりと微笑んだユウに、ルイだけでなく周囲の男たちも一様にとろけたような目つきになる。

それを見ていたルフェブルが、笑いをこらえるように咳をした。


「……ぶふ。お前さんも存外したたかな女じゃな。女の武器をよう心得ておる」

「この年まで生きてりゃ、まあ人並みにね」


自信ありげにユウが答えるが、本来彼女はそうした武器を使われる側だったことを、周囲のマルセルたち幸福な群衆は知らない。


やがて、食後にもう一杯、コーヒーに似た飲み物を受け取ったユウが、港に出入りする船を見ている横で、ルフェブルは自分の代金を払うと、さっさとその場を後にした。


「おい、どこへ行くんだ?」

「お前さんの服を買いに行く」

「……は?」


2.


 飲み物と港の風景を楽しむのもそこそこに、ユウはルフェブルの後を追っていた。

小柄なドワーフ、しかも老人にもかかわらず、健脚のルフェブルの足は意外に速い。

ユウもまさか、人ごみの頭上を跳ぶわけにも行かず、群集を掻き分けるように必死で保安騎士の後を追う。

やがて、市場へ向かう人の波が一段落し、ようやく並んで歩けるようになったユウは、隣を進むルフェブルに抗議した。


「おい、あんた。私はこの町にそんなに長居するつもりはないぞ。服なんて要らない」

「そんな<暗殺者>丸出しの人間に会う阿呆がどこにおる。服装くらいきちんとせんか」


取り付く島もない。

だが、ふとユウは子供のころ、祖父の後を同じようについていったときのことを思い出していた。

数少ないであろう、ユウの遺された思い出のひとつだ。

長身痩躯の祖父と、ずんぐりしたルフェブルに外見上の共通点はまったくないが、なんとなくその有無を言わせぬ物言いが似ているのだった。

だが。


「ほれ」

「こんなの着られるか!!」


数十分後、あっさりと差し出された、原色の色合いのミニスカートと襟ぐりの深いシャツを、まさに破らんばかりにユウは突っ返した。


ここは表通りから一歩入ったところにある古着屋である。

女将らしい50くらいの女性は、<冒険者>であるユウが売り物を引き裂かないかとはらはらして覗いている。


「いやか。ではこれは?」


今度は薄手のドレスだ。

この世界では糸で前をとめる服装が一般的だが、それにしても扇情的に過ぎる。

もし着たとすれば、ユウの豊かな胸の上半分から内側半分は、間違いなく露出してしまうだろう。

ユウは怒りよりも理不尽さに、思わず腰の刀を探った。


「いい年しているくせに、何でそんな服ばかり選ぶんだ!!」

「お前さんの背格好に合う服となるとかぎられるんじゃ」


確かに、<大地人>に比べて身長と起伏に富んだユウの体では、普通の服はだぶだぶに余るか、あるいはサイズが合わずに変な格好になるだろう。

サイズ調整がしやすい、露出度の高い服をルフェブルが薦めるのも無理のないことではある。

だが、心情というものがある。

不惑を過ぎたおっさん――ユウの自己定義は常にそうだった――が、若い娘でも躊躇うような服を嬉々として着ていたとすれば、そちらのほうが変態的だ。


何度もヒステリックに拒否を繰り返すユウに、焦れたようにルフェブルが仏頂面を向けた。


「……では、サイズの合いそうな好きなものを選べ。どんな服装がいいんじゃ?」

「……そう言われても」


実際に、ユウに何かの腹案があるわけでもない。

若いころの妻には、組曲だの五大陸だのといったブランドの服を薦めていたが、自分がそうした服を着ようとはまったく思わなかったユウだ。

おそるおそる、彼女は別の棚に行き、当たり障りのない襞なしシャツとズボンを指差した。


「これとか……どうだ?」

「そりゃ男物じゃ」


あっさりと断られ、がくりと肩を落としたユウは結局、「<上忍の忍び装束>の上から羽織れるもの」という、ニューイングランド島の赤毛の女校長が若いころ着ていたような服で妥協したのだった。



 ◇


「……で、どこに言って聞けばいいんだ、その<星条旗特急>の情報は」


時刻は午前も10時になろうとしている。

相変わらず街を行きながら、ユウは焦れたようにルフェブルに聞いた。

いや、実際に焦れているのだろう。髪の毛の端から、緑色の火花が散っている。

だが、老ドワーフはもはや答えもしない。

保安騎士である彼を知る、あちこちの住民に気軽に挨拶を返しながら、のんびりと大通りを歩いていた。

続くユウは、いつもよりも若干歩き方がぎこちない。

いつもの装備の上からとはいえ、ひざまでのスカートを履いているのだ。

数日前のドレスや寝間着であれば足が隠れるからまだしも、今は日中だ。

無理やり下に<上忍の忍び装束>を着ようとして失敗したため、今はやむなく装備を脱ぎ、膝が丸見えというのもまた、ユウの羞恥心を刺激していた。

ちなみに、いざというときに速度を落とさないよう、ユウの足には一見してそれとわからないよう、<疾刀・風切丸>がくくりつけられている。

そのせいで、ギブスをはめたように余計に歩きづらくなっているが、仕方ないことであろう。



「おい!」

「すぐわかる」


ついにユウが怒鳴ったとき、ルフェブルは短く答え、あごをしゃくった。

その方向に振り向こうとしたユウがきょとんと目を瞬かせる。


「……?」

「あっちの集団を見てみろ」

「……なんだ、ただの宣教師じゃないか……宣教師?!」


驚いたユウは、離れたところからその一団を見つめた。




「……ですから、人は神の元に常に自由なのです。神は慈悲深くあられ、常に優しく……」


そこには、何の変哲もない光景が広がっていた。

十字を掲げた青年の下で、何人もの<大地人>がふむふむと頷いている。

横では、<吟遊詩人>らしい少女が、つたない手つきでゲーム時代からのアイテムである、アコーディオンを弾いていた。

周囲の<大地人>の反応はさまざまだ。

まじめに教えを聞いているのは最前列の数人だけで、あとは興味深そうに、あるいは不思議そうに青年の言葉に耳を傾けている。

どうでもよさそうに、隣の男と世間話をしている男もいれば、大人たちの間で鬼ごっこをしている子供の姿も見えた。


「神は常に、どんな世界でも見ておられます。神は人々の守り手なのです」

「じゃあ、ウェニアさまとどっちが偉いんだ?」


不意に青年に男が尋ねた。

うさんくさそうなその男に、あくまで穏やかに青年は言葉を返す。


「ウェニアはこの大地の神。ですが、我々の神は世界全体、宇宙全体の神です。

ここがどのような成り立ちの世界であるにせよ、私たちがいるということは神もそこにおられるということ。どちらも愛し、大事にするべきなのです」

「へへえ。じゃあ、別にウェニア様を貶めてるわけじゃないのか」

「ウェニアは偉大なのでしょうからね」


落ち着いた返答に、男がふむふむと頷きながら引っ込むと、青年は再び声を張り上げた。


「さあ、みなさん。ぜひ私とともに賛美歌を歌ってください」


少女がアコーディオンを弾く。その物悲しい旋律に、しかし合わさった歌声は青年を始め、数えるほどだった。



 ◇


 説法は終わり、<大地人>が三々五々消えた後で、男は小さくため息をつくと、演台代わりの木箱を片付け始めた。

横で、同じくしょんぼりと、少女がアコーディオンを片付け始める。

先ほどの曲以上に、その後姿には哀愁が深く漂っていた。

少女が、落ちていた金貨を拾おうとする。

大道芸人と間違えられたのか、何人かの<大地人>が投げたのだ。

止めようとした青年は、しかしため息をついて頷いた。

侘しそうに少女が数枚の金貨を拾い、袋に入れたところで、ルフェブルが近づく。


「どうかの」

「……ああ、ルフェブル騎士長。相変わらずですよ。ほとんど誰もまともに聞いちゃくれない」

「いつも大変だの。雨の日も大風の日も、一日中声を張り上げて」

「一応私も<冒険者>ですからね。苦にはなりませんが……」



ははは、と苦笑した青年は、ふと男の後ろにいるユウに目を留めた。


「……<冒険者>ですか? 見かけない顔ですね。……それに、そのレベル…」

「顔は知らんか。まあ、当たり前だの」

「ユウだ。あんたたち……キリスト教徒か」

「ええ。あなたは……東洋人ですか?」


ユウの緊張した声に、青年は平静な顔で答えた。

見詰め合う二人の<冒険者>を、アコーディオンを片付けた少女が交互に見た。

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