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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第9章 <エリシオン>
187/245

136. <奴隷主>

1.


 ユウが<星条旗特急>を目にしてから翌々日の朝に、彼女は旅立つことにした。


なぜ、1日待ったかというと、ギャロットたちの忠告があったからだ。


「今、いなくなればあんたが犯人扱いされるぞ」


案の定、午前中のことだ。


自らの資産である奴隷が大量にいなくなったジョルオは使用人を引き連れて執行騎士の駐屯所に怒鳴り込んできていた。


「だから、ユウは潔白です」

「そうは言ってもな、ギャロット卿!! そこの娘がうちの使用人と揉め事を起こしたその日の夜に、奴隷が大量にいなくなったんだ! 

それも、<冒険者>ばかり集めて! 君、これは裁判も辞さんぞ!」

「そうは言ってもね。この娘が出られるはずはありませんよ。

ヴァネッサが<森呪遣い>であることはご存知でしょう。

牢を破った瞬間、<シュリーカーエコー>が村中に響きます」


ギャロットの返事に、ジョルオはフン、と鼻を鳴らした。


「君らは同じ<冒険者>だ……本当のところはどうだか、分かるものか。

君、嘘を言っていると知れてみろ、ただではすまさんぞ。

法によれば、資産を盗まれた被害者は加害者に相応の対価を求めることができるとある。

ウェニアの定めし法だ。

うちの農場で、そろって汗水を垂らすことにならなければいいがね」

「それは執行騎士に対する脅迫ですか?」


急激に室温が下がるような、ギャロットの冷たい返事に、ジョルオは思わずたじろいだ。


「な、い、いや……」

「それはよかった。われわれ<ファラリス>は、あなたも含む街の住民の総意の元、保安騎士から職務を分担した者です。

執行騎士への侮辱は、ひいては法に対する侮辱と同じ……善良な市民であるジョルオ氏ならば、当然分かっていると思いますが」

「いや、まあ、それは、その……」

「もしわれわれが信用に値しないと思われるのであれば、彼女の監視を代わっていただいても結構ですよ。

ただ、この町の牢は高レベル<冒険者>にとっては簡単に破れる程度のものです。

それを承知で、守りたいのであればどうぞ」

「……い、いや、はは、まあ……行くぞ!」


牧童たちを率いて帰りざま、捨て台詞のようにジョルオは言った。


「あんたたちがモンスター退治を請け負ってくれるから、流れ者でも執行騎士にしてやったんだ。

その恩を忘れおって……」

「何か?」


ギャロットの面白がるような一言にこたえたのは、荒々しく扉の閉まる音だった。


「……ぷっ。 あーっはっはっはっはっは!! なあにあれ、尻尾巻いて逃げちゃって!!」


扉が閉まった後も、しばらく謹厳な顔を崩さなかった5人のうち、最初に堰を切って笑い出したのはヴァネッサだった。

それに伴い、残る4人も、そしておとなしく入牢した振りをして耳を済ませていたユウでさえ、爆笑する。


「面白いなあ、あいつ! ユウの牢を見張ってろ、といわれた瞬間、周囲の牧童(カウボーイ)もろともびくびくして!」

「まあ、そういうな。彼らにも体面というものがあるからな。たかが奴隷屋の体面であっても」


ジーヨウが顔を手で押さえて大笑いし、マイヤーがしかつめらしくたしなめる。

だが、そのマイヤーの目じりにも涙が浮かんでいるのだから、世話はない。


「どうせお気に入りのローズマリーがいなくなったからだろう。今夜からさびしく一人寝だからな」

「奥さんに相手してもらえばいいのに」

「あのジョルオの奥方、あの農場の先代の娘で、ずいぶんプライド高い婆さんらしいぜ」

「そいつは傑作だ、あははははははは!!」

「……下衆め」


笑う彼らの中で、一人ユウだけが殺意を濃厚に漂わせて呟いた。

その声を聞いたジーヨウが慌てて止める。


「おい、頼むから行き掛けに殺していくなよ、あいつを」

「……というのは?」

「おいおい、頼むぜ」


芝居のようにオズバーンが天井を仰いだ。


「あのな。あいつは確かに奴隷をこき使い、下の世話まで平気でさせていたクソ野郎だが、それでもこの街の名士だし、市民なんだ。

流れ者にあっさり殺されたら、俺たちも本気であんたを追わなきゃいけなくなる。

<暗殺者>、それも高レベルなんて、存在自体が証拠みたいなものだからな。

それに、あいつの農場の麦で、この街は食っているようなものだ。

怒り狂ったあんたが放火でもしてみろ、来年は村で餓死者が出るぞ」

「……わかったよ」


重ね重ね釘を刺され、ユウは渋々怒りを引っ込めた。


思い返せば、腹が立つことをおさめてきたのはこれが初めてではない。

だが、はじめて直接目の当たりにした、『奴隷主』という存在は、どうしても許せない。

ユウが『とあること』を思い付いたのは、その直後のことだった。




2.


午後。

ジョルオは、一言で言えば不機嫌だった。

当たり前だ。

この一年、各地で好き勝手やってきた<冒険者>たち。

ジョルオとて、友人や知人の中には殺されたり、身ぐるみ剥がされて命からがら逃げ延びたという人間は、両手の指ほどもいる。

事もあろうにその<冒険者>に、面目を潰された。



「だのにあの連中、わしらが弱いことにつけこんで、好き勝手をしくさりおって……」


奴隷にしてもそうだ、とジョルオは思う。

<冒険者>の世界がどんな土地だか知らないが、ここはセルデシア、<大地人>の世界なのだ。

その世界が奴隷の存在を許している以上、ルールに従うのが異邦人のつとめではないか。

なのにあの連中は、勝手な言い草で人を極悪人のように言いおって。


「わしは、奴隷の扱いは公平な方なのだぞ!」


自分の書斎で、クラレットを呷りながら、彼は虚空に向かって怒鳴る。

そんな主人の逆鱗に触れることを恐れてか、執事やメイドたちも今のジョルオに近寄ろうとはしない。

それもまた、今のジョルオには気に入らない。


「あのならず者どもめが!」


何度めかわからぬ怪気炎を彼があげたとき、コンコン、と遠慮がちなノックの音が彼の耳に届いた。


「なんだ」


主人の返答に応じ、執事が銀の皿に何かを乗せて恐る恐る入ってくる。


「旦那様、ご来客が」

「わしはなんの約束もしておらんぞ」


ぎろりと目を剥くジョルオに、恐縮したように執事は皿の上の紙片を差し出した。


「……なんだ、この線は」


そこには漢字と片仮名で『鈴木ユウ』と書かれていたが、当然のことながらジョルオには読めない。

悪戯か?と睨む主君に、執事は過呼吸のような喘ぎと共に答えた。


「いえ、実は、昨日農場で騒ぎを起こした〈冒険者>が、一言お詫びしたい、と参っております。

いかがいたしましょう」



 ◇



「お口に合うか分かりませんが、どうぞ」


 数時間後。

ジョルオは上機嫌に、夕食を目の前の客に振舞っていた。

つまりはユウと、付き添ってきたギャロットに、だ。

その表情からは、しばらく前までの怒りなど、微塵も感じられない。

騒動を引き起こした張本人と、無礼な口を利いた執行騎士の長が、共に慇懃に無礼を詫び、頭を下げたのだから、当然ともいえるだろう。


「世界の料理と比べると見劣りがしますが、味が再発見されてからはなかなかこの地の料理も好評でしてな」


そういって彼が薦めたのは、セロリとピーマン、そして玉ねぎをまとめて煮込み、川魚を入れてとろみを効かせたスープだ。


「ガンボ、ですね」


テーブルマナーに則ってスープをすくうギャロットが、丁寧に応じる。

隣のユウは、きちんと膝をそろえて座り、淑やかな手つきで匙を口に運んでいた。

伏し目がちの目からは、その表情は窺い知れない。


「どうですかな? ユウどの」


どこか心配そうなジョルオに、ふわりと顔を上げ、<暗殺者>は花のように微笑んだ。


「ええ。初めての味ですが、おいしいですわ」

「それはよかった。おお、こちらはいかがかな。我が家の牧場のミート・ローフでな」


その笑顔につられてか、ジョルオも蕩けるように目じりを落とした。

ちなみに、ギャロットとユウはいつもの格好ではない。

ギャロットはスーツ、というよりもどこかのカジノのバーテンダーのような茶褐色のスーツ、

ユウはヴァネッサに借りたドレスだ。

アキバでボケた彼女が買い求めたものは、黒一色の喪服のようなドレスであったが、

こちらはパールホワイトの、裾の長いものだった。

<死せる花嫁のドレス>といい、死霊系の従者や召喚モンスターを強化するアイテムだが、

当然ながらユウはそのつもりで借りたわけではない。


たくましい肉体をスーツに包んだ美青年と、白地のドレスに、軽くシャギーの入った黒髪を流すようにした美女。

目の前の絵の様な一対に、ジョルオも、使用人たちも、揃って感嘆のため息をついた。


「……しかし、ユウ殿はどこかの貴族ではありませんかな? 随分と品がよい」


今日の今日まで『あの流れ者の女』と人目を憚らず呼んでいた相手に、阿るようにジョルオが聞く。

目の前の<暗殺者>は可愛らしく小首をかしげ、夢見るようなとろんとした瞳で言った。

その目に自分が映っている、というだけでジョルオの年老いた心臓が跳ね上がる。


「わたくし自身は特になにも……ただ、私の友人の中には、ヤマトで伯爵の位を戴いている者もおります」

「伯爵!」


驚くジョルオににこりと微笑み、ユウは上品にミート・ローフを切り分けようとして――ナイフを落とした。


「あら」


驚いたように言い、ユウが屈んでナイフを拾おうとする。

その瞬間、襟ぐりの深いユウのドレスから見える谷間を、ジョルオはしっかりと目に焼き付けた。

隣で不機嫌そうに食事する妻――とはいえ、彼女もギャロットに視線が固定している――に見つからないよう、顔をマナーに従い逸らすようにしているが、目は動くユウの上半身を見つめている。


「あ、どうぞそのままに」


口調もどこか上の空だ。



(伯爵の友人。ということはこの女は少なくとも騎士か、それに類する生まれ育ちだったのだろうな)


片田舎の名士に過ぎないジョルオにとって、貴族という存在は一種の憧れだ。

いくら町で威勢を尽くそうと、所詮彼は平民に過ぎない。


(しかし、この女を上手く使えば、もしかすると)


だからこそ、ユウの美貌と清楚そうな物腰にも助けられ、ジョルオの妄想は加速していく。

目の前の<冒険者>は、そんなことも知らぬ気に、美味しそうに料理を味わっているようだ。


「ど、どうですかな。もしよろしければ、このままお泊りになられては。

わしら<大地人>も、もう少し<冒険者>との間に互いの理解を深めたほうがよいと思いますでな」


食後のワインを味わう二人に、ジョルオは決心して声を掛けた。

下心満載のその言葉に、知ってか知らずか、ギャロットとユウは小さく目と目を合わせ、

そして慇懃に礼をして応じたのだった。


(よし、かかった)


内心で二人がそう思っていることも知らず。



 ◇


 

 ウェンの大地は温暖な地域から厳寒、熱帯と様々に分かれている。

その中でも、現実のアメリカで言う東部から南部に近い辺りであるこの村は、比較的四季がはっきりした地域であった。

という事は、5月の中旬と言うこの季節はまだ夜は寒い、ということだ。


暖炉が赤々と燃えている。

ぱちぱち、と火が爆ぜる音が心地よく響く中、ユウはジョルオと二人、彼の書斎でクラレットとパイプで一服していた。

ちなみに、ギャロットの姿はここにはない。


「私は煙草を嗜みませんから」


そういって一足先に寝室に引き上げたのだった。

もちろん、事前に打ち合わせた手はずどおりである。


 彼女の『悪戯』とは簡単なことだ。

要は美人局をしようとしているのだった。

勿論、脅すわけでも殴るわけでもない。

前者はギャロットたちの立場がなくなるし、後者はそもそもジョルオが死ぬ。


迫られた適当なところで叫びを上げ、ギャロットや使用人に主人の恥をさらしてやる。

それで、奴隷主であるという拭いきれない嫌悪感をチャラにしようと言うのだった。


だが。


ユウはもらった煙草を嗜みながら、どこかで怒りや悪意が薄れていくのを感じていた。

勿論、彼は奴隷を雇って恥じないような人間だ。

使用人をよく言えば、牛馬くらいにしか思っていないかもしれない。

現代人としての価値観から言えば、彼を認めることは断じて出来ない。


(だが)


目の前の落ち着いた調度を見渡す。

暖炉を中央に、ロッキングチェアや書き物机、ソファなどがカーペットの上に品よく置かれたそれは

ある意味で、ユウになる前の鈴木雄一がいずれ持ってみたいと思っていた、書斎そのものだ。

壁に貼られた落ち着いた壁紙、貴族の格好をした先祖の似顔絵(ポートレイト)や家族の集合絵。

暖炉の上には、セルデシアではおそらく随分と値が張ったであろう、分厚い書物がブックエンドに挟まれている。

そこは、家を作り、家を率いる男としての、ひとつの理想郷(アルカディア)だった。


(そして、思えばこの男も存外嫌らしい人間ではない)


 ユウは、目の前で若い頃のモンスター狩りの話をするジョルオに向けられる。

ローズマリーたちにしたこと、ギャロットたちが見聞きしたことを脇において、自分が見る限りのジョルオを一言で言い表せば、『可愛らしい人物』だろう、と彼女は笑顔で相槌を打ちながら思った。


無論、厳格だ。一連の騒動を見る限り、酷薄なところもあるだろう。

だが、農場を率いていくものとして、それは時に欠点ではなく利点だ。

そして、自分の欲望をさらけ出す時。


夕食の時にユウの胸をばれないように――だが丸分かりで――見ている仕草。

そして、一旦部屋に下がった彼女に、『寝間着でも』と、あっさりと薄手の、よくもまあこんなに薄く織ったものだと感嘆しそうになるほどのネグリジェや、同じく紐を引っ張ればすぐ解ける厚手のガウンを渡したこと。


いずれも下種そのものの行為であるにもかかわらず、そこには妙な愛嬌があるのだ。

欲望を無理に隠すでもなく、あからさまに迫るでもなく、程よい距離感を掴もうとしている風がある。

野卑では有るが、下卑てはいない、という感じだろうか。

エロオヤジ、などと称される人々のごく一部だけが持つ、不思議な愛敬だ。


煙草の匂いに包まれながら、ユウはそこまで考え――突然ぶるりと身を震わせた。


「………どうかなさいましたかな」

「あ、いえ、おほほほほ」


若干声を裏返させつつユウは手を当てて笑ってみせ――内心で戦慄する。


(私は今、何を考えた!?)


同性の、しかも異国の年寄りで、自分に色目を使って襲う気満々の人間を評して『可愛らしい』だと!?


 きょとんとしたジョルオを尻目に、ユウは内心で頭を抱えた。

妻と子供達の顔を思い出そうとするが、よく思い出せない。

いや、自分――鈴木雄一がどんな顔をしているかも、思い出せなかった。



(うげぇ……)


内心の嵐を無視し、外見だけはつとめて優雅に、煙草を一服喫する。

その顔が、ふと驚きに歪んだ。


「これは……ヴァージニアの香りですね。それにこの饐えた匂い……もしかしてペリクでは?」


煙草をじっくりと見つめ、その黒い葉合を見たユウの質問に、ジョルオは得意そうに答えた。


「この地域の特産でしてな。お気に召されましたか」

「ええ」


ふと、地が出てしまったユウは、身を乗り出しかけた体をつとめて自然にロッキングチェアにもたせかけた。


「欲しかった煙草です。まさかこの世界にもあるとは」

「よろしければ差し上げよう。場合によっては、買い付けられるとよい。

私の名前を出せば、安くしてもらえましょうからな」

「それは、すばらしいお言葉ですわね」


相槌を打ちながら、ユウの内心が迷いに取って代わる。


良く考えれば、いい年をした社会人として、このいたずらはどうなのであろうか。

意味もなく恨みを買い、ギャロットたちに迷惑をかけるだけではないのだろうか。


ぱちぱちと燃える暖炉に気を取られた振りをしながら、ユウはそんなことを考えていた。

それが格安でいい煙草を補充したいから、という内心の現れであることを、彼女は意図的に無視している。


(ええい、もう、なるようになれだ)



ジョルオは、クラレットを呷るユウを見ながら、こちらも内心で手をたたいた。

クラレットには、きわめて微量だが、誘眠剤に近い薬草が入っている。

眠りかければ判断も鈍るだろう、と彼なりに考えてのことだった。

ユウが<毒使い>であり――毒に強力な耐性があることを、彼は知らない。



 ◇


「そういえば、わらしたちのことを流れ者って、なにかあったんれすかぁ?」


さらに深夜。

ユウは非常に珍しい状態に陥っていた。

酔っているのである。

<毒使い>は、多くの毒に耐性を持つが、いくつかの例外がある。その一つがエタノールだ。

ゲーム時代、<毒使い>が<泥酔>の状態異常効果(バッドステータス)を受けないのはズルイ、という声に基づき実装された設定だが、ユウはこのことをスッパリと忘れていた。

ユウ自身が<大災害>以降は深酒をしなかったことや、元々鈴木雄一だった頃から酒に強かったということはあるのだろう。

それが、自棄酒のように強いクラレットを呷ってしまえば、こうなるのは当たり前といえた。


そして、冒頭の質問だ。

目の前の、前衛芸術のようにふらふらと座っているユウに比べれば、まだしも彼は酔っていない。

彼のなかでは、次の仕事が待っているわけだから、これは当然と言えば当然と言える。

だが、さすがに素面ではいられず、貌を赤くしたジョルオはそれでも言葉を選んでいった。


「<五月の異変>でしょうな。あの時、あなたがた<冒険者>は秩序を失った。

わしら<大地人>はそれによって随分とひどい目にあった。

……わしの友人知人にも、<冒険者>に殺された者がおる。そやつの言葉では遊び半分だったという。

同じ種族でしかないと分かっていても、憎むな、というほうが無理ではないでしょうかな」


苦笑するジョルオは、手の中の葉巻をもてあそびながら、言葉を続けた。


「あなたがた<冒険者>は一年がたち、少しは話せる人間も増えてきた。

あの<ファラリス>の連中もしかり。ゆえに、執行騎士にしようという村の声に賛同した。

この世界のモンスターは強く、<冒険者>でなければ勝てませんからな。

だが、いずれの<大地人>も知っておる。<冒険者>がいかに悪逆無道な連中であるかを。

幼稚で暴力的な、憎むべき人間であるかを。

じゃからかな、わしは<冒険者>を奴隷にし、虐げることに一抹の罪悪感も感じなかった」

「……ひょれは」

「昨日は売り言葉に買い言葉でああ言ったが、わしらとて奴隷をただ痛めつけるわけではない。

奴隷は財産であり、ウェニアに与えられた命であるという点では、わしら自由民と何の変わりもない。

死ねば人は天地に帰り、再び生まれるのだとすれば。

わしとて、次に生まれれば奴隷かもしれないのだから。

だから、給金も払うし、年季奉公という形で休みも与えておる。

契約も、<筆写師>に作らせたきちんとした紙で契約しておる……今回のように逃げられたのは不覚であったが。

結婚するなら祝いを出すし、死ねば葬式も出すし、子供が生まれれば教育も施しておる。

<冒険者>どもは、自分の行状を棚に上げ、奴隷がよくない、解放しろ、と言っておるが、良く見よといいたいな。

ましてや自分たちを省みると良い。

奴隷主どころではない。 殺人鬼で、強盗であるくせに」

「……だから私たち、<冒険者>を奴隷にした……」

「うむ」


酔いがさめたのか、静かに答えたユウに、ジョルオは小さく、だが確かに頷いた。


「……奴隷と言うのは二種類がおる。ひとつは、不運から奴隷になるもの。

奴隷狩りに捕まったり、親が奴隷であったりといった連中だ。

もうひとつが、自業自得で奴隷になるもの。それは借金を返せなかったり、犯罪者だったりといったものだ。

前者は哀憫するが、後者は自業自得、どれほど苦しもうと同情の余地はない。

……借金と言っても親の借金に巻き込まれる場合も有るから、一概には言えぬがの。

そして、<冒険者>はおしなべて強盗か、その仲間だ。友人達の敵でもある。

苦しもうと、何の痛痒も感じぬ」

「そうか。 そんなことを考えていたんだな、あんた」


不意に、ジョルオの手がつめたい、すべすべとしたものの感触を伝えてきた。

見ればたおやかな白い手が、無骨な老人の手を握り締めている。

驚くジョルオに、身を乗り出して彼の手を握った女は、驚くほど情感を込めた声で言った。


「……あんたは先ほど、私たちのことを言った。

確かに私達の多くは、奴隷を悪しきものとして考えている。

それは独善的な見方なのかもしれないね。

だが、それはあんたも同じだと思うよ、ジョルオ。

あんたも<冒険者>をひとくくりに考えすぎていないか?

あんたの友達を殺したその外道と、この農場に買われてきたローズマリーたちが、同じような屑じゃないだろう。

あんたたち<大地人>が多種多様であるように、私達<冒険者>も多種多様なんだ。

奴隷を悪だと、私は決めつけないようにしよう。

ただ、奴隷でありたくない、自由でありたい人を奴隷の鎖で縛らないほうがいい。

あんたに人徳があれば、鎖なんてなくても人はあんたに奴隷のように従ってくれるだろう」


切々と語るユウの髪が、はらりとジョルオにかかる。

その髪から立ち上る甘い香りと、間近で動く柔らかそうな唇が、長く人生を生きてきた男の脳髄でさえ、痺れさせそうになる。

そこにいるのは女だった。

男なら誰しも得ようとせずにはいられない、魔性の生き物だ。

柔らかなその肉体は、嫋々と無防備にジョルオの前にあった。


自身がごくりと唾を飲み込む音を、初老の農場主は赤の他人が立てた音であるかのように聞いていた。



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