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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
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13. <それぞれの出立>

ちょっとですが、真神なるみ様の〈おいでませ、宅急便屋タッキュウドウ〉を話で言及させていただきました。

全3話とのことですが、続きが読みたい話です。

 ◇


 どこからか、鴉の啼く声が聞こえる。

(ねぐら)に戻るらしい兎の親子が、周囲を恐る恐る見回し、トトト、と駆け去っていった。

ものの本に、「秋の夕暮れこそものぐるほしかれ」といささか軽佻な筆致で書かれるほどに

晩夏の夕暮れとは人の心を波立たせる不思議な空気に満ちている。


カンダ書庫塔の林。


神代の叡智を集めたとされる古の巨大な書庫、その成れの果てである地域のはずれで

石像のように動かず立ち尽くす人影があった。


<暗殺者(アサシン)>のユウだ。


大柄といえない肉体を堂々と立たせ、腰に差した刀の柄頭に軽く手を置いて微動だにしない。

兎の親子が、動かない彼女を不思議がってか、おずおずとその足元に近づいていくが、爪先を兎の鼻面が触っても、その肢体には一瞬の動揺もなかった。


徐々に暗くなる周囲に、ユウの閉じられていた目が不意に開かれた。


「一番手はお前さんたちか」

「……」


ガサリ、と音を立てて数人の人影がユウの横から現れた。

彼女を仇と狙う<黒剣騎士団>のメンバー、ジュランたちが現れたのだ。


「まだ誰も来ないのか」

「ああ」


無表情なジュランの仲間の一人、<神祇官(カンナギ)>のカイリの問いに軽く頷く。


「凱旋から2日目、のはずだがな」


遠くアキバからは、夕暮れになっても絶えることのない祭りの響みが、うわんという音となって聞こえていた。

アキバ遠征軍の凱旋を祝う、町を挙げてのパーティが開かれているのだ。

しかし、アキバから距離の離れた<カンダ書庫塔の林>に響く声はなく、

どこか、まったく別の世界の音のように、カイリたちには聞こえていた。


「まあ、せっかくのお客さんだ。歓待しよう。さあ、武器を抜け」

「そうしたいのはやまやまなんだがな」


嘲るような声とは裏腹に、ジュランはローブの裾からひとつのバッグを取り出し、

乱暴にユウの足元に投げた。


「……何のつもりだ?」

「くれてやる」


不審そうにバッグを足でひっかけ、蹴り上げて手元に掴み取ったユウは

中のアイテムを見て驚いた。


「これは」


中には様々な状態異常(デバフ)解除の霊薬(ポーション)、武器の耐久度を回復させる砥石、

いくつかの酒瓶といった、長旅に必須の物資が限界まで詰め込んであった。


「どういうつもりだ?」

「ミナミへ行くんだろ。俺たちが手を下さなくても、ミナミの連中がお前を叩きのめしてくれるからな」


それだけ言うと、ふん、とジュランは背を向ける。


「ミナミへ行けば、もう会わないだろうから言っておく。

せいぜい無様に死んでこい」

「口の減らないガキどもが……」

「黙ってろ、ネカマジジイ」


最後に背中で罵声を浴びせ、その日のユウの最初の客は去った。



 ◇


更に数時間が経った。

既に日は没し、あたりは夕暮れの残光が薄明かりだけを残し、世界を青紫色に染めている。


ユウは再び無言のまま待ち続けた。


<カンダ書庫塔の林>はフィールドゾーンだが、大きさはそれほどでもない。

アキバの外縁部といえる旧淡路町、江戸生まれなら連尺町と言うであろう場所を経由して

神保町方面に来ればすぐ、ユウのいる広場にたどり着く。


彼女は黙って待ち続けていた。


ゴブリン・ジェネラルと戦ったあの夜、襲い掛かってきた<D.D.D.>の<暗殺者(アサシン)>だけではない。

<大災害>当初にユウが屠ったプレイヤーは多岐にわたる。

何しろ「自分よりレベルが下の相手と揉めている人間」すべてを殺しまわっていたのだから。


しかし、次の客もユウが望む相手ではなかった。


「ユウ、久しぶりだな」


そういって笑いかけたのは、黒髪の印象的な<守護戦士(ガーディアン)>だ。

ギルド<エスピノザ>のカイ。

後ろにはハダノで共に戦った彼の仲間たちもいた。


「ここにくればお前がいると聞いたんでね」


トレードマークの逆立てた髪を片手で撫で付けながら、<吟遊詩人(バード)>のあんにゃまが言う。


「何も言わずいなくなっちまったからな。探したんだぜ」


<森呪遣い(ドルイド)>のレスパースもそう言って笑った。

彼らは、新たに<妖精の輪>を巡る旅に出発するのだという。


「ちょうどよくゴブリンどもも叩き出されたしな。

俺たちもまた本業に逆戻りってわけだ」


カイはそう言って肩をすくめた。

せめて祭りが終わるまでいればいいのに、とユウが言うと、


「それだと出る気が失せるだろ、アキバが楽しすぎて」


カイはそう肩をすくめた。

それにな、と<施療神官(クレリック)>のニョヒタが秘密めかして指を口に当てた。


「俺たちの目的はただの調査じゃない。<外観再決定ポーション>なんてのがあるなら、

<名前再決定ポーション>なんてのもあるかもしれないからな。探しに行くのさ。

そっちの哀れな名前の<妖術師(ソーサラー)>、黒翼天使☆聖さまのために」


わははは、と笑いがあがり、「黙れお前ら!」と<妖術師>が叫ぶ。

追いかける彼に杖でガンガンと頭を叩かれながら、ニョヒタが逃げ回った。

「喧嘩はやめろ!」とカイが叫ぶが、その彼も笑っているのだから何の抑止力にもなっていない。



 彼らはユウが何をしているのか、これからどうするのか、といった事は何も聞かなかった。

その彼らの距離感に、彼女は自分でも不思議なほど心地よさを感じる。


(あ、そうか。これが普段のこいつらなのか)


頼もしく笑うカイ、余興がてらに楽器を爪弾くあんにゃま、名前についてくだらない冗談を言い合うニョヒタとレスパース、名前をネタにされてぶつくさ文句をつける黒翼天使☆聖。

その後ろで控えめだが、自信ありげに立っているテング。


おそらく<エスピノザ>はこういうギルドなのだ。

決して多人数ではない。緩やかだが、一人ひとりが組織(パーティ)の中でしっかりと自分の位置を決めている。

その風景に不意に懐かしさがユウの心を満たすのを感じた。


「ああ、ユウ?どうした?」

「いや、仲間はいいもんだな」

「ふうん?」


いぶかしげに相槌を打つカイは、ユウの感じた気持ちはわかっていないのだろう。

彼は、今仲間に囲まれているのだから。

誰かの仲間であることをやめて久しい相手(ユウ)に、じゃあ、とカイが手を上げた。


「じゃ、ここで何してるのか知らないが、適当に済ませて寝ちまえよ。

俺たちは行くから」

「ああ、いい旅を」

「お前さんもいい旅をな、ユウ」



書庫塔の林の向こうにある<妖精の輪>を目指して6人が去ると、

先ほどまでの喧騒が嘘のように広場に静寂が戻った。


時刻は、もう深夜に近い。



 ◇


 いくら<冒険者>でも、前日の深夜から24時間近く立ちっぱなしでは疲れも出てくる。

とはいえ、自分を仇と付け狙う相手を前にして、十分な戦いができないのは対人家(デュエリスト)の名折れだ。

鈍い痛みを訴える足を叱咤して、ユウはその場に立ち続けていた。


「やっぱりここかい」


既に日付を超えたかとユウが月を見上げた時、特徴的な声が彼女の耳朶を打った。

視線を戻すと、当世具足風の鎧を着込み、陣羽織を羽織った<ホネスティ>の<武士(サムライ)>、

テイルザーンが酒瓶と料理を持って立っていた。


「飲むか?」

「待機中だから控えておく」

「じゃあ、座って食いや」

「立ったままで失礼する」


ユウの足元にどっかりと座り込み、テイルザーンは夜空を見上げた。

満月、というにはやや満ちていない月が、天頂を回りゆっくりと西の空へと落ちようとしている。

その明るい光があってなお、この世界の夜空は圧倒的な星の光に満ちていた。


「まさに星の海やな、ユウ」

「そうだな」


言葉を忘れ、二人は空を見上げる。


「なあ」

「なんだ?」

「もし、この世界が<エルダー・テイル>の世界なら、俺らの世界の遠い未来ってことになるんやろな」

「そうかもな」

「だったらあの星の向こうには、俺や自分らの遠い子孫が殖民惑星作って、モビルスーツとか動かしとんのやろか」


ユウの世代には馴染み深い、トリコロールの人型機械の活躍するアニメを口に乗せる。


「案外、銀河帝国と自由惑星同盟に分かれて戦ってるかも知れんな」

「アホいいな、せやったら地球は悪の大ボスやがな」


ははは、と笑いあう。

その笑いはあっという間に途絶え、やがてテイルザーンがぽつりと呟いた。


「まあでも、それでもええわ。この<冒険者(まがいもの)>の体の俺らやない、

本物の俺らの子孫が生きてるかも知れん、ってことは、現代(あのころ)の俺らは夢でも妄想でもないってことやからな」


しんみりした口調に、思わずユウは目線をおろし、テイルザーンのつむじを見た。

彼女の位置からは<武士>の表情は見えない。

顔を影の中に落とし、口調だけはそれまでと同じままでテイルザーンは問いかけた。


「ユウ。自分、あっちの世界に家族はおるんか」

「いる。故郷の島に両親や親戚、東京に妻と二人の子供」

「ほうか。俺にもいたんや。結婚3年目の女房と、生まれたばかりの子供がな」

「……そうか」

「もう結婚もして子供もでけた。仕事も忙しゅうなって、いつまでも学生気分でゲームなんかしてられへん。

そう思うて、引退前のひと暴れのつもりでログインしてたんや。あの日は」

「……」

「ゲームは楽しかった。仲間もようけおったし、ナカルナードのアホも気のいい奴やった。

せやかて、遊びの時間はいつまでも続かんからな」

「……そうだな」

「俺な、ちょっと前からガキの顔、思い出せへんねん」


まるでなんでもないことのようにテイルザーンは言った。


「親父のカミナリもよう覚えとる。結婚式の嫁はんも、鼻ちょうちんあげて寝とるガキのむずがる声もよう覚えとる。

せやが、こないだからガキの顔だけが消しゴムで消されたみたいに思いだせんのや。

俺に似とったのか、女房に似とったのか、どんな目で、鼻で、口なのか思い出せへん。

俺は正直怖い。

このままやと、俺はいずれ<テイルザーン>になってしまって、

田中修という男だった名残は何も残らへんのやないかと思うて」

「……」


二人は俯いた。

彼の話は、星空を見上げてするにはあまりに重すぎ、あらゆる人間の営みを吸い込むような星々は、

ちっぽけな人間の人格や記憶など、瞬く間に消し去ってしまう、

そんな妄想じみた恐怖すら呼び起こしたからだ。


「これから西へ旅に出るんやってな」

「ああ」

「もし旅先で分かったら知らせてくれ。

あっちの世界に戻る方法でなくていい。あっちの世界の記憶をなくさずにすむ、

なくした記憶を取り戻す方法をな」


邪魔したな、とテイルザーンは立ち上がった。

空の酒瓶をじゃら、とロープで結わえて肩に担ぎ、首から上だけを振り向く。


「もう会うこともないかもしれへんが、いい旅をな。ユウ」

「ああ、お前さんもいい旅を」


そう言って、最後は陽気ににか、と笑い、<ホネスティ>の戦士は去っていった。



 ◇


 チュンチュン、とすずめが鳴く。

どこかで夜明けを告げる雄鶏の声が響いた。

新しい朝が来て、<大地人>は日々の労働に、獣たちは餌取りに出かけるのだ。

何百年も前からそうしてきたように。


「結局、誰も来なかったのか」


旅装を背負い櫃に入れ、黒い鎧に護身用の長剣を腰に差してクニヒコが現れたのは

ユウが朝日に目を瞬かせながら顔を洗っているときだった。


「ああ。二日は待てんからな。約束どおりこれでこの町のけじめは済んだ」

「そうか」


ほら、と投げ渡された水筒で喉を潤す。

有難う、と投げ返そうとしたところで、ユウは不意にクニヒコのステータス画面の異常に気がついた。


クニヒコ。<守護戦士(ガーディアン)>。サブ職業は<騎士>、レベル93。

所属ギルドなし。


「お前、ギルドは?<黒剣騎士団>はどうした?」

「辞めた」


のんびりと答えると、クニヒコは背負っていた櫃をよっこらせ、とおろしてその上に腰掛けた。

そのまま、唖然とするユウに肩をすくめる。


「何せこれから長旅だ。ギルドの役にも立たないし、向こうじゃ<黒剣騎士団>のギルドタグなんて役に立たないどころか、要らん面倒を呼び込みかねんからな」

「まあ、それはそうかもしれんが……」


まあいいじゃないか、とクニヒコは笑う。


「ゲームだったころも、タルがギルドで忙しいときはよく二人で旅してたろ。

旅はのんびり楽しまないとな」

「まあ、それでいいならいいがね」


ユウも、痙攣すら起こしかけている足を動かして、軽くストレッチをする。

その格好のまま、<汗血馬の笛>を吹き鳴らした。


クニヒコも続いて汗血馬を呼び出し、二人して馬上の人となったあと。

クニヒコがふと思い出したように聞いた。


「そういや、イチハラの人たちに会っていかなくていいのか?

世話になっただろうし、確か素材アイテムも置きっぱなしだろう。

回収に行かなくていいのか?」

「いいよ」


汗血馬に人参を食べさせながらユウが答える。


「ほっといても腐るようなものは置いてないし、アキバから手紙もだしておいた。

トールスさんなら不用意に開けたりもしないだろう。

落ち着いたら手紙をだすさ。

まあ、宅急便なんてないから、取り寄せるのは無理だろうけどな」

「宅配便なら、アキバのプレイヤーの誰かがやっていたような気もするが……まあ、あんたがそれでよければいいよ」


それに、イチハラに帰ってこないだろう自分にとって、あの箱があの村にいたことの証拠みたいなものだからな。

そう心の中でだけユウは付け加えた。


あの粗末な衣装箱(チェスト)は、きっと、これからもあの殺風景な雑貨屋の一部屋で、戻ってこない主を待ち続けるのだろう。

トールスは子供もなく、彼が死ねば家がどうなるか分からないが、そのときには村長の家の倉庫の片隅においておくよう、手紙でユウは頼んでいた。


中に入っているのが干し首やおぞましい毒の材料だというのがいささか詩的ではないが、ユウにはそのようなことはどうでもよかった。

自分がイチハラにいた証があの小さな箱であれば、それもよいと思う。


「さて、じゃあいくか。今日中にはハダノまで着いておきたい。煙草を補充する必要があるからな」


馬の手綱を持ち、ユウは軽く馬腹を蹴る。

二人と二頭は、徐々に明かりを増す朝の空気を吸い込み、大きく息を吐くと細い道を歩き出した。




西へ。



「タルの奴、驚くかねえ」

「新聞記者は驚くのが仕事だ!なんて言ってた割りに、サプライズを嫌がる人だからね」

「違いないな」


こうして、ユウとクニヒコはアキバを去った。

お互い以外に見送られることもなく。


これで、アキバでの話は終わりになります。


「文章とは学べるようでいて、才のないものは決して身につかんのだ」

(『蒼天航路』、うろ覚え)という

魏王の台詞が脳内を駆け巡る毎日です。

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