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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
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番外2 <凱旋の日>

勝手ながら、オヒョウ氏の『私家版 エルダー・テイルの歩き方 -ウェストランデ編-』のエピソードを使わせて戴きました。

<大災害>直後のミナミの話は楽しく読ませていただいております。


とはいえ、無断でありますので、ご不快に思われた方はご一報のほどを。

1.


 100人の<冒険者>が歩みを進める音は、静かな川べりに思ったより大きな音で響く。

最初の戦闘から三日、森や谷を渡り歩き、彼らはゴブリンたちを屠り続けた。

すでにゴブリン・ジェネラルは斃れ、状況は掃討戦に近いものとなっている。

テイルザーンはその戦列にあって、静かに歩を進めていた。


「大休止!」


指揮官の指示で、軍団の歩みはのろのろと止まった。中にはその場に倒れるように座り込む<冒険者>もいる。

<冒険者>の体力は底なしであり、現実世界の本人の鍛え方にかかわらず、彼らの肉体は疲労というものをほとんど覚えないようになっている。

しかし精神的な疲労は別だ。

現実世界で軍人でも傭兵でもサバイバルゲームの常連でもない多くの<冒険者>にとって、数日に渡る行軍と遭遇戦の輪舞(ロンド)は大きな疲れをもたらすものだった。

しかし疲れてはいても彼らの顔は明るい。

ジェネラルが斃れ、戦場の山場を越えたという認識が共有されているからだ。

少数の耳の早い<冒険者>は、司令部のあるミドラウント馬術庭園やチョウシの町からの連絡で、既にゴブリン軍が退勢に陥りつつあることを知っていた。

それらの情報は瞬く間に周囲に広がり、彼らの明るい笑いに繋がっている。


「はあ、疲れた疲れた」


テイルザーンは愛用の刀を鞘ごと腰から抜くとその辺に放り出した。

大きく伸びをしてごろん、と草原に横になる。

見れば、周囲では様々な<冒険者>が似たり寄ったりの格好で休息しているのが見えた。


(眠くもあるが、腹も減った。今日の弁当はなんやろな)


舌なめずりをして想像する。

弁当のことを考えて幸福感を味わうなど、この世界に来た当初は考えもつかなかった。


(ミナミはどうなっとるんやろ。ナカルナードはんらもうまい飯にありつけとるんやろか)


かつて属したギルドの、重機のような鎧をまとった団長(ギルドマスター)の顔を思い出す。

ぼうっと、思いつくままにミナミの知り合いの顔を思い出していた彼だが、

その思い出が二人の女<冒険者>の顔に変わるや否や、首を振って打ち消した。


「ああ、けったくそ悪い。あんなキツネ女と無表情(アヤナミけい)女の顔なんぞ思い出すのもアホくさいわ」

「何がスか?」


不意にテイルザーンの顔に影が差した。

見上げれば、数日を共にした仲間(パーティメンバー)の顔がある。


「よう、お三方」

「座ってもいいですか?」

「ええよ、座り」


よっこらせ、と座ったジュランたちがめいめい、武器を片付ける。

ぽい、とテイルザーンと同様に放り投げたジュランとゴランに対し、しっかりとバッグに戻すカイリに、テイルザーンは我知らず微笑んだ。


「自分らもゆっくりしいや。また30分経ったら行軍やで」

「ええ。それにしても、何がけったくそ悪いんですか?」

「ああ」


目の横を蟻が通る。

どこの世界でも同じやな、と思いながら、蟻の横の草をテイルザーンはちぎり、

風来坊よろしく口にくわえた。

太陽は夏の日差しを受けて、うららかというには程遠く、

鎧の下も汗で濡れそぼっているが、今彼らが休んでいるなだらかな丘陵には程よく風が通ってい、

行軍で疲れた体を程よく冷ましてくれた。


「こないな気持ちのええ日に、しょうもない話をしても始まらんで、自分」

「いえ、ミナミのこと、俺たちほとんど知らないんで」

「<黒剣>くらいでかいギルドなら、<大災害>のときにミナミにいた仲間くらいようけ(たくさん)おるやろ」

「ええ、ですがいつの間にかギルドも脱退してたみたいで……わからないんです」


ゴランがぽつりと呟く。

実際に、ミナミやナカスに取り残された<黒剣騎士団>の団員もおり、彼らは早いうちにアキバへ脱出してきた少数を除き、いつしかギルドからも脱退して念話も通じなくなっていた。


「ほうか」

「ミナミで、何があったんですか?」


ジュランの問いに、テイルザーンは目を閉じた。

そして思い出す。


「……最初は、アキバと一緒や。

混乱、混沌、暴力と迫害。時はまさになんとやら、やな。

それでも、有名な<召喚術師>のおっさんが企画したダンジョントライアルやら、

<大地人>と協力したスザクモンの警備やらで、それなりに秩序はできつつあったんや。

自分らのギルドみたいな大手同士折り合って、助け合ってな。

そのままいけば、アキバみたいな<円卓>だってできたかもしらん」


テイルザーンは、自分がまだ<ハウリング>にいたころを思い出しながらぽつりぽつりと言った。

<ハウリング>でもベテランだったテイルザーンは、混乱に喘ぎながらもミナミに秩序を作ろうと、ギルドの一員として必死で働いた。

短気で思い込みが激しいが、豪放磊落で気持ちのいいギルドマスター(ナカルナード)や仲間たちと共に、

ミナミにやがては安寧を、と走っていたのだ。

その夢は、破れた。


ジュランたちは、唇に合わせて揺れる草を見つめながら、何も言わない。


「……いつの間にか、な。

よう分からん女どもが、俺らの上に立っていた。

どこをどうやったのか知らん、知りたくもあらへんが、<大地人>の都の白塗り(えらいさん)どもを従えて、俺らにしたり顔で命令するようになってしまいおった。

連中は言ったよ。

『ミナミは安定のために、神聖皇国ウェストランデと共にギルド<Plant hwyaden>を立ち上げる。

<Plant hwyaden>の中であらゆるギルドは統合され、大手も中小もない、新しい秩序を作りましょう』

とな。

きれいごとや。

綺麗事やからこそ、苦しむ<冒険者>や<大地人>には耳に心地よう聞こえたんやろうね」


「ひとつの巨大ギルド……」


ゴランが思わず呟く。

それはもう、<エルダー・テイル>だったころの遊び、楽しむために気のあう仲間と連れ合う組織ではない。

まるで、


「国……じゃないですか」


「そうや」


あっさりとテイルザーンも頷いた。

プッ、と草を吹き飛ばし、肘をついて上体を起こす。


「俺はな、胡散臭いと思った。

これでも地球(むこうのせかい)じゃ公務員やっとってな。

しがないもんやが、それでも権力やらなんやらの恐ろしさはそれなりに知っとるつもりや。

ああ、赤い旗振って憲法がどうのと喜んどるアホと違うねんで。

国や秩序は大事や。だが、ちゃんとした裏づけなしの権力なんて、おかしくなるのがオチや。

……俺が赦せんかって、結局ミナミを捨てたんはな。

そのアホくさい権力ごっこに、尊敬するギルドマスターや信じてきた仲間までが取り込まれたからや。

考えてもみい。

それまで<大地人(ランダー)>は尊敬すべき隣人や、俺らはお互いにいいところを見つけあっていかなあかん、なんて言ってた奴が、いつの間にか<大地人(ランダー)>ごときが、と呼び捨てるのを見た時の気持ちを。

こりゃあ、ガックリくるで」

「……」


ジュランたちの前にはもう頼れる大規模戦闘者(レイダー)、明るい<武士(サムライ)>はいなかった。

そこにいたのは、信じた仲間に裏切られ、一人知らない町に落ち延びざるを得なかった、傷ついた男だった。


「ある日、『ギルドを解散する』と言われてな。

どないすんのやと聞いたら、<Plant hwyaden>に参加する、ときた。

そんなアホなことあらしまへんで、と言ったらナカルナードのタコにいきなりぶん殴られてな。

それも痛かったが、それまで同じギルドタグをつけて、一緒に戦場を回ってた仲間たちが

殴り飛ばされた俺のことなど見向きもしないで黙々とギルドタグをはずし、

<Plant hwyaden>のタグに付け替えてる所を見て、ああ、ここはもうおしまいやな、と悟ったんや。

<Plant hwyaden>の第五席や、幹部やと言うアホウ(ナカルナード)と、

それはよかった、俺たちが実質<Plant hwyaden>の主力ですねなんておもねるさっきまでの仲間。

結局、それで俺は、自分ら勝手にせえ、と叫んで逃げたわけや。

追っ手も来たよ。

まるで抜け忍やな。だけどこっちも必死や。殺されたらミナミへ逆戻りやったからな。

アキバにほうほうの体でたどり着いた時、ようやく逃げ切ったと思ったで。

そっからアインスはんに拾われて、あとは自分らの知る俺、ってことや」

「……すごいことになってるんですね」

「そうやな」

「多分、連絡がつかなかった<黒剣騎士団(おれたち)>の仲間も……」

「ま、大方取り込まれたんやろな。まあ、しゃあない。

寄らば大樹の陰というが、ミナミ全部がひとつのギルドや。

これほどどでかい大樹もあらへん。

多分余計なことを考えず、すごすだけならアキバよりマシかもしれんさかいな」



心地よい疲労による汗はとっくに引いていた。

代わりに別の汗が4人の体を包む。

ふと、ジュランは風が冷たくなるのを感じた。

ミナミでうごめく不気味な何かが息を吹きかけたような、肌寒い風だった。


「ユウはそんなところにいくのか……」

「ん?ユウ?あいつがなんやねん」


ふとゴランが漏らした知り合いの名前に、テイルザーンの耳がぴくりと動く。


「いや、あいつ、これからミナミに向かうらしいんです。償い、とかいって」

「なんや、それ」


不思議そうに<武士(テイルザーン)>は聞き返すが、問いの中身よりも、ユウ、という単語にゴランが何の悪意も入れていなかったことにより疑問を感じた。

まともに話し、連携も取るようになったとはいえ、彼の目の前にいる男たちにとってユウは恨むべき相手のはずである。

どんな心の動きがあったんやろか、と首をひねるテイルザーンの前で、ゴランは話し出した。


「友人がミナミから逃げてるらしいんです。ミナミからもっと西へ。

そいつを助けに向かうらしくて」

「友人、なあ。確かに<Plant hwyaden>が嫌で逃げ出した<冒険者>も多いはずや。

俺の知ってる限りやと、<第11戦闘大隊>なんて、これで負け戦と遅滞防御戦闘ができる、なんて嬉々として反旗を翻したと聞くで」

「そういうギルドかは分かりませんが、一人で<Plant hwyaden>を相手にして戦う気ですよ、あいつ」

「ユウらしいな」


くっく、とテイルザーンは含み笑いをした。

どこかで「大休止終了!行軍はじめるぞ!」という声が聞こえる。

起き上がり、体についた草をぱんぱんと払うテイルザーンに、ジュランが聞く。


「助けてやろうと思います?」

「思わんね」


どこか哀願するようなジュランを無視するように、きっぱりと答える。


「え……」

「俺は今は<ホネスティ>のテイルザーンや。ユウは知り合いやし、あいつがどう思うとるかは知らんが

友人やとも思うとる。

せやが、あくまで俺の行動は<ホネスティ>のため、ひいてはアキバのためや。

それがケジメやと思う。

もしユウが自分で考えて、ミナミ行きを決めたのなら俺は止めることはせん。

せやけど、アインスはんが『手伝え』と言わん限りは何もせん。

餞別くらいは送るけどな」

「ですが、一緒に戦ったんだし」


カイリが言い募るのを、内心少しうれしく思いながらもテイルザーンは重ねて答えた。


「俺は、自分らも含めてアキバの<冒険者>とは同じ道を歩いてると思うとる。

ちょっとファンタジーな言い方をしとるが、ゆるしたってくれ。

この世界がもし、誰かが書いた無数の筋書きに従って、冒険をしとるのやとすると。

俺と自分らは、多分スタート地点は違ったかも知れんし掲げるギルドタグも違うが、多分このよう分からん冒険の終わりまで、自分らと俺は同じ道を一緒に歩くんやろう。

せやが、ユウは違う。

あいつはアキバにいるが、俺らと同じ道を歩いとる気がせんのや。

多分、あいつはスタート地点は自分らと同じでも、まったく別の冒険をし、まったく別のゴールに辿り着くんやろう。

俺らとあいつは、その冒険の過程でたまたま一時、同じ道を交差したに過ぎんのやないか?」

「それは、<Plant hwyaden>が目指すゴールということですか?」


杖を拾い上げ、ゴランが尋ねるが、テイルザーンは首を振った。


「多分、そうやない。

せやが、あいつは多分、最後はたった一人でそこに行くんやと思うよ」



「おーい、進軍だぞ、急いでくれ」

「わかった、クニヒコはん。まあ、おしゃべりは終わりや。

今言った事もホントか嘘かわからんしな」


最後はいつもの明るい顔でに、と笑うと、<武士>は歩き出す。

その後ろをついて歩きながら、ジュランたちは無言のままだった。


ふと前を向くと、先ほどまで話題に出ていた<暗殺者>が歩いている。

何を話しているのか、隣を進むクニヒコと笑いあっていた。


「別の道、別のゴール、ねえ」


カイリがぽつりと呟いた声は、ジュランとゴラン以外に聞こえることのないまま、

風に乗ってユウの頭上を通り、消えて行った。

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