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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第8部 <森>
163/245

116. <それぞれの挑戦>

かなり最初のほうで原作、ならびにアニメとの乖離がありました。

変えようか止めようか、ちょっと検討中。忙しいしねえ。

1.


 ロバートは途方にくれていた。


ここは<妖精王の都(プラークリー)>、セルデシアにおけるアイルランド島中央に位置する、プレイヤータウンだ。

孤独と不自由に耐えかねたロバートが数ヶ月前に逃げ出した、かつての彼の本拠(ホームタウン)だった。


 道行く<冒険者>や<大地人>の表情はそれほど暗くはない。

<五月の異変>――<大災害>が起きて約一年、世界中の同胞たちと同様、<妖精王の都>の<冒険者>たちもそれなりに秩序を回復していた。

大陸から、いまや水棲モンスターの領地である海峡を隔てた向こう、ということもあったのだろう。

<大災害>直後は空気すら澱む程に荒れ果てていた雰囲気は、古のエルフの女王によって築かれたという建物が立ち並ぶ、昼下がりの大通りからは見られなかった。


「<アウグレフィンの牛角>、金貨五万枚だ、安いよ!」

「<オーロラ・ポーション>は売ってないか?」


町のあちこちで旺盛な売買の声が響く。

狩を終えた<冒険者>が帰ってくる横を、何人かの別の<冒険者>が鋭い目で周囲を見回しながら歩いていた。

直接的な暴力沙汰以外に出て来ない衛兵(ガーズ)に代って、<妖精王の都>を巡回する大手ギルドのメンバーだ。


(……はぁ)


 いつまでも門の横で立っていても始まらない。

ロバートは、自然と俯きそうになる顔を情けなく思いながら、町へとゆっくり踏み出した。


 ◇


 <妖精王の都(プラークリー)>は、アキバやミナミと同じく、比較的幸運に恵まれたプレイヤータウンだったといえるだろう。

サーバを股にかけるギルドが多い北欧・西欧サーバにしては珍しく、この街にはそれほど大きなギルドが拠点を構えていなかった。

また、近隣の<大地人>部族も、互いに睨み合ってはいたものの、<冒険者>を雇って戦争を始められるほど裕福な者はいなかったのだ。


結果的に、かつてアイルランドと呼ばれた島の<冒険者>たちは、<大地人>を雇い主とした血みどろの相打ちを経験することなく――それを望んだ者はさっさと街から出て行っていた――徐々にだが確実に、街を中心にまとまっていった。

比較的大手のギルド同士が折り合って、まがりなりにも合議制を築いた<妖精王の都>は、

アキバやミナミの、かなり小規模ながら相似形の集団となった。


だが、誰も彼もが幸福に暮らせたわけではない。

大手ギルドが主体となって秩序を取り戻したということは、ロバートのようなソロプレイヤーにとっては、あからさまではないが徐々に顕在化する差別や不自由をもたらす柔らかな牢獄となったということでもある。


 ほしいアイテムを先に予約していても、後から来た大手ギルドのメンバーに取られる。

狩場に先についていても、ギルドタグをつけた<冒険者>たちは当たり前のようにロバートを無視し、

その狩場を独占していた。

そんな彼らに楯突けば、今度は陰日向の嫌がらせが待っている。

『秩序の維持のために』

そうした題目によって正当化された悪意なき差別が、ロバートたちソロプレイヤーや、零細ギルドのプレイヤーたちを苦しめた。


 ほとんどのプレイヤーはそんな状況に嫌気が差し、いずれかの大手ギルドに名を連ねるか、

あるいは街を去っていった。

広大なオーストラリアの原野に育ったロバートも、そうした空気を嫌って町を出た一人なのだ。


そして、その街に戻ってきたロバートの足取りは重い。

彼には分かっていた。

ユウを助け、<蝕地王>を倒そうとする限りは、この街の千人あまりの<冒険者>を糾合する他はない。


そしてその為には、彼が何より嫌ってきた街の大手ギルドを動かさなければならないのだ。



 ◇


「……しばし待つように」


ギルドタグのないロバートを胡散臭そうに見た門番の<守護戦士>は、そう言って顔を引っ込めた。

奥へ報告に行った彼の代りにロバートを見ている同僚の<聖騎士(パラディン)>は、

不審そうな視線を隠そうともせず、弓を携えた彼の姿を上から下まで見定めている。

無言のまま、ロバートはそばのベンチに腰を下ろした。


<妖精王の都>は、その名前の通り古代エルフ部族の都を元に作られたという設定のプレイヤータウンだ。

建物のほぼすべてはエルフの都らしい瀟洒な調度で覆われ、樹木を模した柱や壁はいかなる技術によるものか、うっすらと光を放って神々しい。

人工の建物を侵略するのではなく、融合するかのような大樹が、天蓋を広げて地面に緑の陰影を作り上げている。

そして、その中でもロバートが佇む屋敷は特に壮麗だった。

木陰の位置すら計算されたような樫の木によって、ロバートや傍の<聖騎士>の顔は緑と白のモザイクに染まっている。

細いしなるような木で作られたベンチは、歩き詰めで疲れた彼の体重をふわりと支えてくれていた。

見れば、さまざまな花々で覆われた庭園の向こうに、ヴィクトリア朝様式と森が溶け合ったかのような、

巨大な屋敷が彼を真正面から見返している。


周囲には門番のほかは人一人いない。

ここが、今から彼が会おうとする人物個人の屋敷であって、その人物が率いる集団(ギルド)の本拠地ではないことを、彼は痛いほどに思い知っていた。


時を忘れたような、『不思議の国のアリス』の世界に迷い込んだかのような静寂が、

不意にさくさくという足音で断ち切られた。


「……話を聞くとのことだ。ついて来い」


戻ってきた<守護戦士>は、そういって横柄に顎をしゃくった。



 ◇


「ようこそ、ソロプレイヤーのロバート。ギルド<レンスター同盟>のアルバだ」


 絡み合う枝を模したドアを開けたロバートを待っていたのは、

柔らかなソファに座った、一人のエルフだった。

その姿は、かつて英国の詩人学者が世界に広めた<神秘的な森の妖精(エルフ)>そのものと言ってよい。

柔らかな絹の長衣(ローブ)をまとい、長い金髪は背中に長く伸びている。

胸元に飾られた、ケルト十字のペンダントが、窓から注ぎ込まれる陽光にきらり、と輝いていた。

瀟洒という言葉を鋳型にはめ込み、人間の形を取らせたとすれば、さしずめこのエルフのようになるだろう。

この屋敷の主に相応しい、この人物こそ、<妖精王の都>最大のギルドのひとつ、<レンスター同盟>の盟主、そして<妖精王の都>を支配する大手ギルドによる評議会の有力者、

<大釜王(グンデルストルップ)>の異名を持つ街の王、<召喚術師>のアルバなのだ。


ロバートは、圧倒されるものを感じつつ、何とか口を開いた。

たどたどしく自己紹介を済ませた彼を横目で見てちらりと笑い、アルバはふわりと片手を上げて自分の向かいを指し示す。


「座りたまえ」


恐る恐る、ソファに座った彼に、「さて」と言い置いてアルバと名乗ったエルフは視線を向けた。


「……で、話を聞こうじゃないか。実に興味深い話のようだからね」



 気おされた気分のまま、<深き黒森のシャーウッド>での一連の出来事を語り終えたロバートに対し、

アルバは視線を自分の手元の小箱に向けたまま尋ねた。


「……この街を出た君が住んでいた村の近くにある大規模戦闘地域(フルレイドエリア)……そこにいるというレイドボスか。

ふむ」


独り言のように言いながら、小箱を開け、中から白い紙に巻かれた煙草を取り出す。

パチン、と鳴らされた指に応じて出てきた召使――<エルダー・メイド>のサブ職業を持つ<冒険者>だった――に視線すら向けず火をつけさせ、

アルバは細い指でうまそうに煙草を吸うと煙を吐いた。


「で、君が私の前にいるということは、私に―この街に援助を求めているということでいいのかな」

「……そのつもりだ」


同じ<冒険者>とは思えないほどに気品に満ちたアルバの態度に、一抹の望みを託しながらロバートが頷くと、エルフは静かに煙草を口から離した。

その唇がゆっくりと上下する。


大規模戦闘(レイド)か。確かに、興味深い話だ」

「……なら」


思わず身を乗り出したロバートを、再びアルバが見た。

その目がわずかに揺らめいているのを見て、ふと気づく。

微笑んでいるかのようなアルバの表情の裏にあるものを。

その微笑は、親愛や友好といった、人間の正の感情に起因するものではない。


逆だ。


このエルフが見せている魅力的な微笑みの真の意味、それは、嘲弄。

何の後ろ盾もなく、分不相応にもこの<妖精王の都>の王に謁見に来た野良犬(ソロプレイヤー)を、

悪意をこめて面白がる顔だった。


「あいにく、興味深いがそれ以上の話ではないな」


性別不明の魅力的な微笑のまま、アルバは不自然なほどに感情の篭った声で言い放った。

絶句したロバートににこやかに微笑み、再び銜えた煙草から煙をふう、と吐きかける。


「所詮は他所(イングランド)の話だろう? なぜアイルランドの私たちが手伝わなければならないのだ?」

「それは……だが、放置しておけば被害が」

「それこそ我々には関係がない。顔も知らない<大地人>何十人かのためだけに、

私のギルドは血を流し、レイドをクリアしなければならないのかね?」

「……」

「そもそも、君は何者だね」


もはや喜色を隠そうともせず、アルバはロバートに言葉の毒矢を向ける。


「この街のために何かを為すこともせず、さっさと逃げ出しておいて、

都合が悪くなれば助けてくれ? 君は私たちが喜んで戦いに出るとでも思っていたのかね?

もしそうなら、実に愉快な頭というほかはないな。

ましてや君は72レベルだろう? そんな弱者が、この私に、何かを頼めるとでも思っているのかね?」

「だが、こうしてあんたは会ってくれたじゃないか!」

「単に珍しい野犬を見てみたかっただけだよ、そんなもの」

「てめえ……!!」


ははは、と高笑いをしたアルバに、ついに堪忍袋が切れたロバートが立ち上がりかけたとき。

彼の両肩が、不意に恐るべき力で持ち上げられた。


振り向くと、そこにはケルト風の衣装をまとった半透明の美女が、冷たい殺意を込めて彼を見下ろしていた。


「<ソードプリンセス>……!」


<召喚術師(サモナー)>であるアルバが呼び出したのだろう。

殺意すら生ぬるいほどの酷薄な視線で、彼女は目を見開いたロバートを静かに見下ろした。


「さて。面白い語らいの時間もこれまでのようだ。 ……メイヴ、窓から落とせ」


ひらひら、とアルバが手を振る。

それが合図だったのだろう。まるで木の枝を持ち上げるように召喚獣はロバートを持ち上げると、

召使が開け放った窓から彼を放り出す。


「……次からあの男を屋敷内で見たら殺してかまわない」


何の躊躇もなくそう言うと、アルバは吸いかけの煙草をうまそうに肺に満たし、満足そうにため息をついた。



2.


『無理だったか』


念話から聞こえる声に、思わずロバートは萎縮していた。

耳の向こうの声からは何の感情も読み取れないが、無様に窓から放り出され、

その後屋敷からほうほうの体で逃げ出した彼には、念話の相手(ユウ)が責めているように聞こえたのだった。


「……すまない。話を聞いてもらえたので、何とかなるかと思っていたが」

『無理もない。何の手土産もない上、街を離れて遠征しろと言うのだから』


返すユウの声はあくまで淡々としている。

その声色には、怒りも失望もない。

冷静な声にふと、ロバートはむかっ腹が立ってくるのを覚えた。


「あんた、こうなることを予期していたのか」

『ああ』

「なら先に教えてくれていてもいいだろう!!」


怒鳴ったロバートの目が、ふと左右を泳ぐ。

ここは夜に入った<妖精王の都>の一角にある路地裏だ。

あまり大声で怒鳴ると、周囲に聞こえる恐れがあった。


アルバは、速やかにロバートに対処していた。

プレイヤータウンなので襲撃こそされないものの、個人所有のゾーンに入ればその限りではない。

ましてや<大釜王>アルバ自らお尋ね者にした<冒険者>などを助けようとする住人はおらず、

結果として彼は果物ひとつ買えず、宿屋にも泊まれないまま、どこかの軒下で夜風に震えているのだった。


ロバートは憤懣やるかたない口調で、なおも小声でユウに怒鳴る。


「なぜ事前に教えてくれなかった、俺は面と向かって野犬とまで呼ばれたんだぞ!」

『……低い可能性だが、大規模戦闘と聞いて条件なしで来てくれるかもしれなかったからな。

それに、お前さんのその街(プラークリー)での状態を私は詳しく知らない。

先に予測を立てても無駄だ』


 拍子抜けするほどにあっさりと答えたユウに、ロバートは毒気を抜かれた形で黙った。


『……ともかく、その街の連中は当てにならないわけだね』

「ああ。……この街の王様ごっこがよほど楽しいらしいぜ、このジャガイモ野郎(ケルトやろう)どもは。……それよりユウ。あんたは大丈夫なのか?」


ロバートは話題を変えた。

しばらく耳から沈黙が届く。


やがて、『大丈夫』と言う言葉が届いた。

その奇妙な間に、ロバートが何かを言う前に、彼の耳に再び女<暗殺者>がささやく。


『ロバート。その街にはほかに有力者がいるのか?』

「ああ。<妖精王の街>は大手ギルドの合議制だ。アルバの野郎以外に、3人ほど同格のギルドマスターがいる」

『ならほかの連中に教えてやれ』


耳から聞こえるどろりとした声に、ロバートは身震いしそうになる自分を感じていた。


『一緒に戦っている<冒険者>は94レベルだと、ね』



 ◇


 念話を終えると、ユウは暗闇に包まれた石壁をぐるりと見回した。

ギャオ、ワオという言葉とも吼え声ともつかぬ音が聞こえる。

カチカチと石畳を叩く音は、<灰斑犬鬼(ノール)>たちの持つ槍が石とこすれあう音だ。


「……この砦も陥落済み、か」


かつて<蝕地王>の軍勢を押しとどめる壁であり、王の封印を兼ねていたという砦だった廃墟を見上げ、

ユウは静かに嘯いた。


「さて……あの<古来種>、どこを逃げ回っているのやら。

そして……あまり連絡を取りたくなかったが、やむを得ないな」


独り言をもらすと、ユウは開いたフレンドリストの末尾に記されたいくつかの名前を、

ゆっくりと押したのだった。


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