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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
16/245

12. <ザントリーフ> (後編)

大間違いをしていました。

ゴブリン・シャーマンの漢字表記は「呪術師」ではなく「祈祷師」だったということに、今気づきました。

ああ、情けない。

前話までの誤表記は徐々に直します。

1.


「うおおっ!<百舌の早贄(ラニアス・キャプチャー)>っ!」


唸りを上げた刃風が、眼前の<ゴブリン祈祷師(シャーマン)>の喉を裂いた。

ビシャ、と叩きつけるような水音が響き、祈祷師の呪文が断ち切られる。


「いまや!」


振り切った刀をそのままに叫ぶテイルザーンの後ろから、<妖術師(ソーサラー)>ジュランが呼び出した炎の球が飛び出した。


「<オーブ・オブ・ラーヴァ>!」


火球は意志を持つかのように、祈祷師を周囲のゴブリンごと火達磨に変える。

どこか香ばしいような、おぞましい臭いと共にくず折れる彼らを断ち割ったのはユウの刀だった。

<妖刀・首担(くびかつぎ)>、幾人もの罪人の首を落とし、その怨念で黒く歪んだ太刀を打ち直したという謂れを持つ<製作級(アーティファクト)>小刀は、狙い過たず祈祷師の首を切り飛ばす。


「よし!いい連携や!」

「まあね」

「ふん」


テイルザーンの明るい声に短くこたえたのはユウ、横で鼻を鳴らしたのはジュランである。

相変わらずの<妖術師(ジュラン)>の態度に、テイルザーンの眉がぴんと跳ね上がるが、

それでも「ジュラン、ユウ、気張っていこうや。もう少しやさかいな」

と彼は朗らかに続けた。


 戦場は闇の中だ。


短い休息を挟みつつ、アキバの<冒険者>たちから成る混成打撃大隊は進撃を続けていた。

旧習志野から北上、かつての東京であれば常磐線が横切る我孫子の手前で大きく東に折れた大隊は

軍団との合流を図るゴブリン・ジェネラルを追いながらザントリーフ半島北部中央地域に進んでいる。

すでに快速の騎獣を駆る小規模な機動部隊はゴブリン軍を大きく迂回してチョウシの町との連携を遮断しており、ゴブリンたちは平野部に押し込められた形となっていた。

そして今。

遠征開始から幾度目かの夜を迎え、ユウたちはジェネラル率いるゴブリンの本軍と対峙している。


先ほどの祈祷師のような小規模な部隊を殲滅しつつ進むユウたちに、クニヒコが短く指示した。


「敵本陣の居場所が判明した。

前方約2kmにある渓谷だ。渓谷の手前で方陣を組む。

ユウ以外は陣形はわかるな?ユウ、あんたは俺の横についてくれ。

いくぞ。ここで戦役を終わらせる」

「よし、戦の花道、いわば天王山やな。気張っていこかい」


ガシ、と拳を組むテイルザーンの横で、ゴランがユウを振り返った。


大規模戦闘(レイド)の初心者さんには驚くだろうよ。まあ、俺たちの戦いを見物してな」

「そうだな。ついでに<禊の障壁>くらいかけといてやろうか?」


カイリも言葉尻に乗る。その言葉には悪意と嘲弄がたっぷりと混じっていたが、ユウはにこりと笑った。


「そうだな。ついでに<反応起動回復(リアクティブヒール)>も頼んでおこうか」

「ふん」


きらきらと、呪文によるエフェクトがユウの全身を包む。

あとは無言で戦場に向かうパーティを追いながら、クニヒコはほっと一息をついた。


徐々にだが、ジュランたち3人とユウの距離も近づきつつある。

何しろ遠征の序盤では、お互い会話もほとんどなかったのだ。

主に<黒剣騎士団>の3人が、喧嘩腰とはいえ会話をするようになったのは、クニヒコにとっては嬉しいものだった。


 ◇


「集合!」


 大隊本部からの指示に従い、ユウたちはひとつの陣形を組み上げた。

上空から見れば、それは巨大な正方形に見えるだろう。

古代バビロニアの時代より、散兵戦術が主流となる20世紀初頭まで人類が慣れ親しんだ歩兵用の陣形、

密集方陣(ファランクス)、その<エルダー・テイル>版だった。


正方形の四辺は戦士職が固める。

敵に直接正対し、その暴虐な衝撃を受け止める金剛不壊の盾だ。

その後ろにはユウたち武器攻撃職が控えていた。

衝撃力を失った敵を衝角のように削り取る、彼らは剣だ。

さらに後ろにはジュランたち<妖術師>や、ゴランやカイリら支援職が並ぶ。

彼らは前面の盾と剣を回復し、魔法で支援することでその衝撃力を保たせる役割を持つ。


「現代人が行き着く先がアレクサンドロス大王とは、これは何かの皮肉かね」

「それだけ偉大だってことだな。300年経ってみろ、今度はカエサルの戦術が出てくるぞ」

「うへ、ってことは道路工事までさせられるかもな、俺たち」

「いずれ<ニコちゃんマン街道(ヴィア・ニコチャンマン)>なんて名前がつけられたりして」


方陣を構成する<冒険者>たちから、そうした軽口が漏れるほど、

それは古典的ながら効率的な殺人陣形だった。


「進撃」

「進撃!進撃!」


陣形の頂点に位置する大隊長(クラスティ)から命令が下り、軍団がうなりをあげて動き出す。

闇の底で迎え撃つゴブリンたちも負けていない。

先駆けとばかりに巨大な魔狂狼(ダイアウルフ)が巨大な顎で方陣を噛み砕き、

ホブゴブリンやゴブリンチーフに率いられたゴブリンたちが陣の綻びを突き崩す。


「いくぞ、ユウ」

「任せとけ。デュエリストのやり方をレイダーどもに見せてやるよ」


前を進む鉄壁の黒い鎧に軽口を叩き返し、ユウは暴力的な造形の魔狂狼(ダイアウルフ)に毒の刃を叩き込む。

本来、同じ毒を持つ怪物(モンスター)であり、毒に抵抗があるはずのそれは、ユウの一撃でぐるりと目を回すと倒れこんだ。

HPを真っ赤にして泡と化すそれを蹴り飛ばすように<冒険者>たちは進軍する。

その前方をいくつもの火柱が彩り、巨大な炎の鳥が神々しい叫びを上げて飛び掛る。


「見えたぞ、ジェネラル!」


誰が叫んだのだろうか、炎の乱舞に明るく照らされた渓谷の奥で、ひときわ目立つ部族的(トライバル)な意匠の戦車が重々しい音を立てて揺れるのがユウの目に映った。


(ハダノで見たあのキャンプに似ているな)


あのときに若い<暗殺者(テング)>とユウ自身で倒したのと同じゴブリン・ジェネラルがいるであろうその戦車は、しかしみるみるうちに炎を吹き上げ、がらがらと崩れ落ちていく。


(こりゃ今回は楽勝だな)


「ぼやっとするな、ユウ、突撃するぞ」

「そういうことや。一番首はもらっていくさかいな」


乱戦も一段落したのか、そういってクニヒコとテイルザーンが足を速めた。

一瞬陣形を崩すことを考え、足を止めたユウの後ろをどか、と誰かの足が蹴る。


「おい!隊長を守れよ!ユウ!」


カイリだった。

踊るように手にした杖を振り、立て続けに呪文を唱えながら、<神祇官>は乱戦に興奮したか赤い顔を獰猛な笑みで彩った。


「俺をあの時蹴っ飛ばした恨みはこいつでチャラってことにしてやる。あの雑魚ども(ゴブリン)を皆殺しにできなかったら今度こそぶっ殺すからな!<対人屋(デュエリスト)>!」

「ふん、小便ちびらせて待ってろ、大規模戦闘屋(レイダー)!」


ユウにはカイリの嘲笑交じりの声が、後ろにかまうな、と言っているように思えた。

方陣から触手のように伸びた攻撃職たちの列は、あちこちでゴブリンと噛み合っている。


ユウはふと気がついた。

陣形に基づき、統制された行動を取るのではなく、乱戦の中でただ周囲の敵を倒し続ける。

規模こそ段違いだが、これは一つ一つの要素を挙げてみれば、彼女が慣れ親しんだ1対1の対人戦に近いものだった。


(そうか)


おそらく意図せぬ一言でそれに気づかせてくれたいらただしいガキ(カイリ)を内心で見直しつつ、ユウは駆けた。

ひと跳びでクニヒコたちを追い越し、着地したところで呆然と見ているゴブリンたちを切り捨てる。

両手の二振りの刀、<堕ちたる蛇の牙>と<妖刀・首担>がギラリと光った。


特技を使わない一撃でのけぞるゴブリンに<スウィーパー>。

一瞬で泡と化すそれを踏み越えてホブゴブリンに<パラライジングブロウ>。

立ち尽くす(ホブゴブリン)の脇をすり抜けざまに<ヴェノムストライク>。

そしてその後ろで吼える魔狂狼に<シャドウバインド>。


主君に続いて足を止めた魔狂狼に、別の<暗殺者>と思しき<アサシネイト>が叩き込まれるのを横目に、

次の敵に向かう。

ゴブリンの統制は失われていた。

おそらくジェネラルが倒されたのだろう、と思いながらユウは踊る。


すでにクニヒコもテイルザーンも、それどころかパーティのほかのメンバーの位置も定かではない。

敵と味方が光と影となって揺らめく戦場で、ユウもまた影になって揺らめいた。


ドス。


突然脇腹に熱い痛みが生じた。

周囲の敵がいなくなった一瞬の隙を狙われたのだ。

思わず見下ろした腹からは、黒光りする短刀が生えていた。


(これは……?)


意識の空白を赦さないように、次の衝撃がユウを大地に伏せさせた。


「見つけた。PK(ひとごろし)め、誰の許しを得てこの場で戦ってやがる」


憎しみが滴るようなその声に、ユウは遠征当初に考えた悪い想像があたったことを理解した。

見上げた彼女の目に映ったのは、遠目に見た大隊長(クラスティ)と同じギルドタグ。


「理由もなく俺を殺しやがって、赦さん。お前だけは凱旋なんてさせるものか。

惨めにアキバで寝てろ。この<復讐者の短剣>でな」

「あのとき殺した<D.D.D.>の一人か」


憎憎しげにユウを見下ろしたその<暗殺者>は、グサ、という音と共にユウの腹から短剣を引き抜いた。

引き抜く際、思い切り捻って空気を入れることも忘れない。

すでに反応起動回復や障壁といった、回復特技の影響も失っていたユウのHPが真っ赤になり、

彼女の視界はぐるぐると回った。


見渡せば、周囲は雑木に覆われた暗がりであり、周囲にゴブリンの姿はない。

戦場の、まるでエアポケットのようにそこは復讐者と対象、二人だけの世界だった。



2.


「こいつは『一生をかけて復讐を遂げたある騎士の怨念が宿った剣』という触れ込み(フレーバーテキスト)でね。

対象がどこにいようと、必ず見つけ出して復讐を遂げさせてくれるそうだ。

どうせフレーバーテキストと馬鹿にしていたが、案外当たるもんだな、ええ?」


<暗殺者>は嘲弄交じりにそう言うと、横たわったユウの脇腹を蹴り上げた。


「……ぐっふ」


衝撃で腹の傷口が破れ、臓物がぬるりと外套の下でこぼれだす。

激痛で息すらできない中、ユウは目の前の<暗殺者(アサシン)>に笑ってみせた。


「お前らの隊長(クラスティ)も知っていることか」

「さあね。知らんだろ。だが知ってても止めないだろうぜ。俺たちの仲間を殺し、ギルドを去ってしまうほどの恐怖を与えた罪は何度殺しても償えんからな」

「そうだなあ」


ユウは一瞬目を閉じ、思い出した。

中小ギルドのメンバーを前に高飛車に「狩場から出て行け」と言っていた彼らの、恐怖で歪んだ顔を思い出す。

当時は暗い喜びと共に思い出していた顔だった。

イチハラに去ってからは、思い出すことすらなくなった顔だった。


「そうだな、じゃねえ!惨めに泣け!命乞いしやがれ!このおぞましいネカマPK野郎が!」


何も言わないユウに業を煮やしたのか、泥だらけの靴がユウの顔面を踏み潰す。

ぐりぐりと、体重をかけたその足の下で、ベキリと鼻の骨が砕ける音がした。

口の中が泥で埋まり、浅い呼吸が詰まる。


「悟ったような顔をするな!惨めったらしく謝れよ!

<D.D.D.>にたかがソロプレイヤーごときがごめんなさい、とな!」

「何してやがる!」


不意に声が響いた。

かろうじて横を向いたユウの視線の先に、ここ数日で見慣れた黒いローブ姿が映った。


「……ジュランか」

「そこで何してる!同士討ちか!?まだ戦闘(レイド)は終わってねえぞ!」

「<黒剣騎士団>、邪魔しないでもらおうか。

これは俺たち<D.D.D.>の正当な復讐だ。お前らに邪魔する権利はない」

「はあ?」


眦を吊り上げたジュランの顔が、倒れている人影に気づく。


「……ユウ」

「お前らもこのPKのせいで大損害を出したと聞いている。

何なら一緒に()るか?この腐れネカマをぶっ殺そうぜ」

「……」


場に沈黙が落ちる。

戦場は遠ざかっているのだろうか、ユウの耳に周囲の音は聞こえない。

あたりは闇と無音のみ。


「……どうした!何か言えよ、<黒剣騎士団>!」

「………ゴラン、カイリ。ちょっと来てくれ。ああ、左手の雑木林の中だ」


別の足音が響く。

思わず身を固くする<D.D.D.>の<暗殺者>の前に、<施療神官>と<神祇官>が姿をみせた。

あからさまな回復職の出現に、あわてたように<暗殺者>が叫んだ。


「なんだ!?復讐の邪魔をするのか?お前らだって仲間をやられただろうが!」

「仲間じゃない。俺たち自身が、そいつにやられた。3人ともな」


固い声のゴランに、あからさまにほっとして<暗殺者>が笑みを見せた。


「なんだ、じゃあ話は早いじゃないか。早いとここいつをいたぶり殺して……」

「ゴラン。脈動回復。カイリ。障壁頼む。俺たち全員にだ。ユウもな」

「な!?」


愕然とする<暗殺者>の目の前で、ユウの体が光に包まれる。

瞬く間に砕けた骨が繋がれ、腸が蛇のようにうごめいてユウの腹腔に収まり、

仕上げに破れた皮膚が再生し、元PKは一足飛びに飛び離れた。

刀を抜いて飛びしさったユウの全身を青い光が包む。

<護法の障壁>だ。


「なんで助ける!?<黒剣騎士団>は、PKとつるむのか!?」

「馬鹿か、貴様」


いつもの杖ではなく、攻撃に使う刀を構え、ゴランが叫ぶ<暗殺者>に嘯いた。


「ここは大規模戦闘(レイド)の戦場だ。そして俺らは兵士(レイダー)だ。

レイダーがパーティのメンバーを助けて、何の不思議がある」

「だからって!」

「で、お前はレイドをほっぽり出して同じレイダーをPKしようとしていたわけだ。

どこに弁護の余地があるってんだ」


ジュランも杖を構えて答える。

その杖の先には魔力が渦を巻いて集まっている。

思わず息を呑んだ<暗殺者>に、とどめとばかりにカイリが告げた。


「そもそも、赦すも赦さないも、ユウ(こいつ)を裁くのは俺たちやお前じゃない。

クラスティやアイザック、<円卓会議>が、こいつをこの大規模戦闘(レイド)に迎えた意味を考えれば

お前の復讐なんて何の意味もないことがわかるだろうが。

こいつをメンバーに選んだのはクラスティだぞ」


「だが!俺の仲間も、友達もそいつのせいで」

「それは俺たちも同じだ。心の底ではお前と同じだ、赦してねえし、赦す気もねえ。

だけど、俺たちはギルドのメンバーで、アキバの<冒険者>だ。

ギルドマスターが赦すといえば、それで終わりなんだよ。

それがこの世界で紋章(ギルドタグ)掲げて生きていくってことだろ」

「……」


腕の力が抜ける。

だらんと戦闘態勢を解いた<暗殺者>の手の中で、黒い刃が鈍く輝いた。


「……ねえ」

「どうした」

「ゆるさねえ!死ね、PKども!」


行動は一瞬だった。


 掻き消えるように飛んだ<暗殺者(アサシン)>の刃が、正面のジュランを貫き、

一瞬で<護法の障壁>を突き破る。


「ぐ!!」

「ジュラン!<回復>!」

「させるか!」


回復呪文を唱えるゴランに、返す刀が振るわれる。

その剣を受け止めたのは緑色の刃。ユウの<堕ちたる蛇の牙>だ。


「PKが!くたばれや!<デッドリーダンス>!」

「<アクセルファング>!」

「<シェイクオフ>!」


刃がぎりぎりと噛み合ったのも一瞬、<暗殺者>は自ら繰り出した霧によってその姿を消す。

刹那の後、カイリの後ろに現れた<暗殺者>がその刃を振りかざした。


「<ステルスブレイド>!」

「<白蛇の凶祓い>!」


<暗殺者>の一撃で障壁が砕け散ると同時に、特技による新しい障壁がカイリを凶刃から守りぬいた。

一歩飛びしさる<暗殺者>に、ユウの投げ矢が吸い込まれる。


「<ペインニードル>!」

「ふん!……!?」


ちくりとした痛みにせせら笑った<暗殺者>は次の瞬間、口から血を吐き出して膝をついた。

周囲のジュランたちの目には、男のHPが見る見るうちに赤く染まっていくのが見えた。


「な……!?毒!?しかし、これは」

「<毒使い>を甘く見るなよ。奥の手くらい用意している」


そういったユウは、しかしジュランたちが回復を終えたのを見計らい、手を上げて彼らを制した。


「どうした?やらないのか」


いぶかしげなゴランに首を振る。

続いて投げられた霊薬が<暗殺者>の目の前に落ちた。


「……何してる!殺せよ、あのときみたいに!」

「ジュランたちの言うとおり、今は大規模戦闘(レイドバトル)の最中だ。

お前も大隊の一員だから、殺さない」

「……ふざけんなよ!偉そうに不殺でも気取ってんのか!

それとも復讐が怖くて仲直りするつもりか!PK風情が!」

「いいからさっさとそれを飲め。死ぬぞ。ポーションの中身は見りゃわかるだろう」


にらみつけながらもポーションを呷る<暗殺者>に、ユウは静かに告げた。


「私の当時の行動は理不尽だった。だが当時に戻っても私は同じことをしただろう。

当時のお前ら大手ギルドが、中小ギルドにどれほど理不尽を強いていたか考えてみればいい。

お前が私を付けねらうように、お前も誰かに付け狙われているかもしれないな」

「……」

「とはいえ、当時の私にお前らを裁く権限はなかった。というか、誰にもそれはなかった。

お前らは<円卓会議>を作り、ここでこうして<大地人>や低レベルプレイヤーを助けるために戦うことで過ちを償った。

私も過ちを償わなければならん。

だがそれはここでお前に殺されることでも、お前を殺すことでもない」

「……お前はどうする」

「アキバを出て行く」

「!!」


<暗殺者>だけでなく、ジュラン、ゴラン、そしてカイリが息を呑む。


「アキバはお前らの作った町で、お前らが守るべき町だろう。

だが、私はアキバを一旦否定し、アキバを作る手助けもせず、たまたま誰かの思惑でここにいる。

だから遠からず出て行く。

ちょうどよく、というのも変だが友人が西で苦境に立っているのでね」

「……逃げる気かよ」


黒い刃に視線を走らせつつ呟く<暗殺者>に、ユウは苦笑した。


「そういうだろうと思った。だからアキバへ帰還した二日後、私は一日<カンダ書庫林>で待っている。

お前だけじゃない。私を恨む連中全員連れてそこに来い。

こんな忙しない状況じゃなく、存分に相手してやる。

1対1だろうが総がかりだろうが構わん。

復讐するならそこでやれ。ジュランたちも、いいな?」

「……勝手ばかり言いやがって」

「そういって逃げる気じゃないだろうな!」


ゴランに被せるような<暗殺者>の叫びに、ユウはぎらりと笑ってみせた。


「そのつもりはない。だが、もう不意打ちは利かんぞ。

伊達に20年近く対人戦(デュエル)をやってないんだ。うらみつらみ全部まとめて

毒の刃で斬り倒してくれる」

「…………」


無言のまま、<暗殺者>が掻き消えた。

特技で一瞬で透明化したのだ。

ふう、と息をついて刀を鞘に納めたユウに、カイリが固い声で尋ねた。


「なあ。アキバを出るのは本当か」

「ああ」

「クニヒコ隊長は赦したんじゃないのか」

「多分な」

「……その友人を助けるためか」

「それもあるし、さっき言ったとおり償いの意味もある。

アキバはアキバにいる<冒険者>のものだ。私の居場所じゃない」


ジュランが口を開いた。

<暗殺者>の初撃で減ったHPは回復し、その足取りにダメージの痕はない。

戦場音楽も絶え、静寂を取り戻した深夜の森に消えるような声で問いかける。


「どこまで行くんだ」

「とりあえずミナミ。そこから西の、なんつったかな、<大地人>の町まで行くよ。

そこに友達がいるんでね。

そいつを助けたあとは、どうするかなあ」

「誰と行くんだ。クニヒコ隊長か?」


ジュランの問いかけに、ユウは目を大きく見開いた。

そしてそのままの表情で言った。


「なんなら、一緒に来るか?」

「……は?だけどお前から見れば俺たちは雑魚なんだろ」

「そうは思わない」


ユウはかつて自分がクニヒコや彼らに吐いた暴言を思い出し、つとめて真摯に答えた。


「対人戦の合間に暴言を吐くのは二流三流の対人屋(デュエリスト)のやることだ。

本意ではない、といっても今更取り消しようもないが。すまなかった」

「……」

「重ねて言うが、別に雑魚と侮ってもいないし、お前さんらは強かったと思っている。

戦ったのも何かの縁だからな。

一緒に来ないか?」

「…………考えておく」

「いい言葉だ」


無表情のまま、ジュランが手を差し出す。

ユウは右手でそれを握り返した。




どこかで朝を告げる鳩の声がした。

戦場の夜は終わりを告げようとしていた。

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