110. <封印の森>
『不幸というものは、耐える力が弱いと見て取ると、そこに重くのしかかるものだ』
W・シェークスピア 『リチャード2世』
1.
そこは、深い森の入り口だった。
あの北欧の小さな島を出て、はじめて見た欧州の黒く深い森とも違う。
明るい森だ。
ミレーの絵画に出てくる野遊びの森にも、アリスが兎を見かけた森にも似た、
明るく、隅々まで光が行き届き、手入れが十分にされた森。
ユウが何度目かに<妖精の輪>をくぐって歩き出した世界は、そんな場所だった。
「ようやく、とりあえず生きていけそうな場所に出たな……」
いいながらも、手早く持ち物をチェックする。
自己補修が済んだ刀と衣服に問題はない。
手持ちのアイテムも、かなり目減りはしているが、まだまだ補給なしで大丈夫と見た。
特に回復用の呪薬や、彼女の代名詞ともいえる毒と爆薬については、補充のあてがあまりない以上、
景気よく使い続けるわけにもいかない。
これからの彼女の戦いは、いかにダメージを抑え、アイテムを使わず戦っていくかが考えどころとなるだろう。
あのアルヴの総督だったという<留め置かれし亡霊>は、確かに出口を教えてくれていた。
だが、地下で寝て、起きたユウが飛び込んだ世界は、一面の氷山の上。
あわてて元の輪に飛び込めば、今度は灼熱の砂漠のど真ん中。
続いて密林、変な叫び声が聞こえる古ぼけた廃村、絶海の孤島じみた小さな砂州の上と、
とんでもない場所を次々と経由して、ようやくたどりついたのがこの森の前なのだ。
とりあえず、この森に入れば餓死することはないだろう。
(森といえば嫌な思い出があるけどね……)
ユウは口の中でそうつぶやいて、新しい見知らぬ世界の中に第一歩を踏み出した。
◇
「いいぞ、ロビン!」
(俺はロバート、なんだがなあ)
いつもいつもいい間違える勢子(狩場で獲物を追い立てる役の狩人)のチャールズに苦笑しつつ
<盗剣士>のロバートは手にした弓を構えた。
わずかな風のそよぎ、森のざわめく音。
それらが一瞬で意識からはずれ、視界が無限に澄んでいく。
息を吸い、吐く。その音も、そして心臓の音すら今の彼には集中を乱す夾雑物に過ぎない。
使い慣れたライフルに対し、今彼が手にしている弓は比べるのもおこがましいほどに原始的だが、
彼は子供のころ、父親から学んだ言葉そのままに、弓をきりきりと引き絞った。
『ボブ、ライフルは力をこめて構えるものじゃない。ゆっくりと柔らかく構えるんだ』
弓弦が引き絞られ、半月形から満月に近くなる。
『しっかり獲物を見て、狙うんだ。殺気を相手に向けちゃいかん』
がさり、と草むらが揺れた。
牡鹿だ。<ワイルドエルク>という低レベルモンスターに位置づけられているそれは、
鹿特有のどこか不気味なまなざしで、後ろから迫る追っ手たちを撒いたか確認しているようだった。
『殺気は一瞬。それで相手を動けなくさせるんだ。銃口を向けられれば、どんな生き物でも一瞬動きが止まる。それを狙え』
鹿がロバートを見る。その視線が大きく見開かれる。
『しなやかに、ゆっくりと、羽を落とすように引き金を引け』
ひゅん。
狙い過たず、ロバートが放った矢は鹿の左後ろ足をまっすぐ射抜いていた。
「今だあ!」
HPをギリギリ残し、なおも逃げようとする鹿を、どこからかわらわらと現れた<大地人>が取り押さえる。
殺さないように気をつけつつ、手早く彼らは鹿を縛り上げると、弓矢を下ろしたロバートににこりと笑った。
「よう、射手のロビン! 今日もうまくやってくれたな! これで4頭めだ!」
「今日から当分、飯も豪勢になるぞ!」
「だから俺はロバートだ! いい加減覚えてくれ、チャールズ!」
叫び返すロバートに、チャールズと呼ばれた中年の<大地人>は、髭面をほころばせて笑った。
「まあ、気にすんなよ、ロビン。お前はお前なんだから」
「せめてボブと呼んでくれよ」
「何だ、その変な短縮は」
狩人たちは、燦々と降る光の中でにこにこと笑う。
ふと、その一人、まだ少年の風情を残した狩人が別の方角を指差した。
「あ、あれ! でかいのがいるぞ!」
彼の指差す方を見れば、今仕留めた鹿と同じか、さらに大きな鹿が木々の向こうから人間たちを見ている。
だが、血気にはやる若い狩人たちを尻目に、チャールズたち年嵩の猟師や、外見上は若いロバートは、弓を構えようともせずあっさりと弦を弓からはずした。
「どうしたんだ! みんな、あいつもやろう! 5頭めだぞ……あいてっ!!」
「馬鹿野郎。お前の目は節穴か。 ありゃ牝だ」
もっとも大声で騒ぐ若者に拳骨を落とし、チャールズは叱り付けた。
「あ……本当だ」
木々の間に隠れていこうとするその鹿には、確かに大きな角がない。
しゅんとした若者たちに向かって、ロバートも弓をバッグに片付けると笑いながら語りかけた。
「牝まで殺しちまうと森から鹿が消えてしまう。狩猟は節度が大事なんだ。
生き物を殺して飯にしようってんだからな。
それに、何事もほどほどがいいのさ。欲張って狩りすぎると、自分が狩られる側に回るぞ」
「ちぇっ。ロビンは若いくせに訳知ったような顔をしやがるなあ……」
「若いもんか。俺はこっちの世界じゃおまえらのじいさんより長生きなんだ。
……<冒険者>だからな」
簡素な服にバッグだけをまとい、軽装になったロバートはそういうと、ははは、と大きく笑い声を上げた。
2.
「客人?」
村に戻ったロバートたちを待ち受けていたのは、女たちの浮かない顔だった。
小さな村だ。
緩やかな起伏に沿うように畑が広がり、ところどころぽつぽつと家が建つ。
どこかの時祷書の挿絵のような牧歌的な風景の中で、ただ住民たちの困ったような顔だけが
微妙な違和感を昼下がりの村に与えていた。
「そうなんだよ。東の森から来たんだけどね。何でもいいから食い物を、といって来てさ。
みたところロビンと同じ<冒険者>だから怖くってね」
「東の森だって? そいつは今、どこに?」
狩人を代表してロバートが問いかけると、その中年女は水車小屋を指差した。
「あそこさ。パンと魚を散々食った後寝ちまったよ。今は粉引きのヒュー爺さんもいないから、
まあいいかと思ってね」
今は遠くの神殿に巡礼に行っている、水車小屋に住む善良な老人の名前を出すと、おおこわ、というようにその主婦は手をエプロンで拭いた。
周囲の猟師や農夫たちも、一斉にロバートを見る。
集まった視線に困り果てたように、彼は頬をぽりぽりと掻いた。
「いや、でも俺72レベルだしなあ……まあいいや。行ってみるよ」
居候の身は辛い。
結局、周囲の<大地人>たちの無言の圧力に屈し、
ロバートは念のため短剣を腰に挿すと、水車小屋へと足を向けたのだった。
◇
そこにいたのは、ロバートが想像していた<冒険者>ではなかった。
<大災害>――この地域では<五月の異変>という呼び名が一般的だが――以来、同じ<冒険者>をつとめて避けてきたロバートにとって、一般的な<冒険者>のイメージとは以下のようなものだ。
いわく、ならず者。すぐ暴力に訴える。レベル差ですぐ相手を罵倒する。
そのくせちょっとしたことで痛いと騒いでは逃げ出し、今度は仲間を連れて仕返しにやってくる。
はっきりいえば執念深くて言葉の通じる狼のようなものだ。
そんな<冒険者>と同列に扱われるのが嫌で、彼は<妖精王の都>から海を渡って
ここ、現実世界で言えばコーンウォール半島の付け根あたりにある、小さな<大地人>の村に身を寄せたのだった。
だが、扉をおそるおそる開けた彼が目にしたのはそうした悪党にはとても見えない人物だった。
「うお、美人だ……」
つややかな黒い長髪。歴戦を経たことが如実にわかる、あちこちに傷やほつれのある黒い服。
対照的にやや黄色みがかった白い肌は、どこか異国の磁器を連想させた。
服の上からもはっきりとわかる起伏に富んだ肢体を、色気も何もない、まるで東洋の忍者めいた装束で隠し、手元には一振りの刀が置いてある。
顔立ちも<冒険者>らしく端正だが、どこかにやや疲れの色が見えた。
そんな女性が、小麦の袋を枕にして、すうすうと寝入っている。
「レベルは……94だと!?」
いつの間にか見入っていたロバートがわれに返り、ステータス画面のアラビア数字を見て驚きの声を上げたその瞬間、
熟睡していたと思しきその女<冒険者>の目がばちりと開かれた。
「誰だ!!」
「ま、まて、俺は敵じゃない、敵じゃないってば」
首筋ぎりぎりに突きつけられた緑色の不気味な刃に、ロバートは冷や汗がどっと出るのを感じつつ、
そう答えるのが精一杯だった。
◇
「ふうん、この村で、か」
その謎の女性――ユウは、ロバートが持ってきた肉の燻製を遠慮なくぱくつきながら、
胡坐をかいて目の前の男を見た。
向かい側には、空の小麦袋を座布団代わりにして、ロバートが座っている。
いきなり刀を突きつけられた恐怖が抜けていないのか、どこかうす寒そうな調子で
ロバートは薄暗い水車小屋を見まわしていた。
「ああ。俺はロバート。オーストラリアからイギリスに留学していた学生だよ」
「そうか。私はユウだ」
そっけなく名前を告げると、再び手元の肉にかぶりつく女性の口元を見ながら、
ロバートは聞こうと思っていたことを尋ねた。
「ところでユウ。あんたのレベル表示なんだが……それ、レベルだよな?」
「ああ。94だ」
何度同じ話をしたことか、と内心うんざりするユウに向かって、ロバートが勢いづいて尋ねる。
「どうやってレベルを90から上げた? 何か特殊なクエストか?」
「いや。私が<大災害>に遭遇したのは日本だ。日本だけは先行して新アップデートが適用されていたので、それによるのだろう」
あっさりとしたユウの答えに、がくりと彼が肩を落とす。
「なんだ……じゃあ、俺も91レベルにはなれないのか」
「気の毒だが」
肩をすくめたユウに、気を取り直したロバートが別のことを尋ねた。
「ところで、あんた。東の森から来たと聞いたが」
「ああ。中で動物か木の実か、何か食おうと思ったら、何もなくてね。
絵画の世界に迷い込んだようだったよ。おまけに湧き水もない。
行けども行けども等間隔で並ぶ同じような木だけで、飢え死にするかと思った」
ぶすっと答えたユウに、ロバートがくっくと笑う。
「……何がおかしい」
「いや、それより、その森で黒い泉を見なかったか?」
「ああ、見たよ」
肩を器用にすくめ、ユウが口をもぐもぐさせながら答える。
周囲の明朗な風景とはどこか異質な光景を、彼女はまざまざと思い出していた。
◇
歩き始めて数時間。
ユウは、自分の見立てが間違っていたことにようやく気づいた。
彼女が迷い込んだ森は、一見すると普通の森に見える。
だがそこは、モンスターも、野鳥も、小動物すらいない無音の世界だったのだ。
陽光は一面を明るく照らし、木々の葉があちこちに柔らかな木陰を作っている。
だが、普通の森であればそこで憩うはずの栗鼠や狐、野兎や穴熊、そうした生物すら
一切その森にはいなかったのだ。
一面青々と茂る木々や草にも、実はおろか花すらつけているものはない。
なにより、その森が異常だったのは、音がなかったことだった。
文字通り、何かの絵画の一場面のように、森からは動植物たちの音が聞こえてこない。
本来、森とは無数の生き物が作る生活音に満たされた、騒々しい世界のはずなのに。
(……これは)
さらに数時間歩き続け、夜の帳が下りたころになって、ユウはようやく危機感を覚え始めた。
ためしに木の葉を噛んでみるが、当然ながら苦味だけ残って味もない。
まだしも、味のない自動生成の食物のほうがマシに思えてくるほどだ。
樹液をすすろうにも、何の木なのか、表皮は<疾刀・風切丸>の一撃ですら
まともな傷はつかなかった。
結局、彼女が絶食すること2日間。
そろそろ意識が朦朧としていたころになって、ユウはそれを見たのだった。
ぴちゃり。
ぴちゃり。
「水音だ」
数日前に戦った亡霊さながらに虚ろな口調で、ユウは呟いた。
この森に入って、自分が立てる以外でははじめての音だ。
もはや理性というより、食欲そのものに突き動かされ、ユウは一目散に音のするほうに駆けた。
ぴちゃり。
「……なんだこれ」
そこにあったのは泉だった。
ただし、水の色が墨もかくやという黒色に染まっていなければ、のことであったが。
「水……? それともタールか何かか、これ」
心なしか、その泉の周辺は、森のほかの部分よりも薄暗い。
これまで不気味なものや異様なものは見慣れるほどに見てきたユウであったが、
さすがにここまで明らかに異常な水を汲んで飲もうとは思わなかった。
「私は<毒使い>だし、少量なら……」
ふと試みて触れようとすると、周囲の草に気づく。
緑色のはずの草は、明らかに毒々しい紫色に変色している。
「……やめておこう」
「変なものは食べてはいけない」という人間として基本的な警戒心が、
その時のユウの食欲に勝った。
結局、ユウはその後も丸一日森をさまよい、ようやく人里に出てきた、というわけだった。
◇
「そりゃあんた、飲まなくて正解だよ。ありゃ異界への入り口だ」
「異界?」
ひとしきり笑った後、そう告げたロバートは、胡乱げなユウに説明した。
「あの森は<封印の森>といってね。まともな森じゃない。
昔の北欧サーバのレイドクエストの準備ゾーンなんだ。
あの泉を通って、レイドエリアに行くんだよ」
「へえ」
「今は別にクエストがあるわけじゃないけどな。
……ちょうどいいや、ユウ。 あんた、目的地がどこかあるのか?」
「いや、目的地はあるんだけどね。 大西洋を渡る船に乗りたいんだが」
「なら、その前に一仕事、手伝ってくれないか?」
ロバートが不器用にウインクする。
再び何らかのトラブルに巻き込まれつつあることを無意識のうちに気づきつつも、
ユウは先ほどまで通ってきた森のクエストというものに、俄然興味がわいてくるのを感じた。
「わかった。何の仕事だ?」
気づけば、彼女は目の前の陽気なオーストラリア人に対して、
そう興味深げに尋ねていた。
3.
ロバートが身を寄せている<大地人>たちの小さな村から歩くこと数時間。
奇妙な森――ロバートいわく<封印の森>の中を、
巨大な荷物を背負ってロバートとユウは歩いていた。
ロバートの仕事とは、聞いてみれば簡単なことだった。
<封印の森>の黒い泉を通ってたどり着くレイドエリアには、大規模戦闘用のクエストエリアにしては非常に珍しいことに、<大地人>が住んでいる。
ゲーム時代、クエストの合間に呪薬や素材を売ってくれる、いわばお助けNPCともいえる人物として配置されたものだ。
当然、彼らも<大災害>後はその他の<大地人>同様に意識と命を持つようになった。
だが、彼らも人間であり、食物や生活雑貨を必要とする。
それを届けてほしい、というものだったのだ。
聞けば、この村の<大地人>は昔から、その仕事をしていたという。
代わりに薬や素材をもらう事で、この奇妙な取引関係は続いていた。
とはいえ、<大地人>にレイドエリアへの配達は荷が重い、そのための<冒険者>なのだ。
「俺も、いわばあの村に厄介になっている身でね。頼まれちゃ、断りづらくてさ。
でも、72レベル一人でレイドエリアに行くのは毎回怖かったんだが、
今回は94レベルのあんたがいてくれる。助かるよ」
自分の図体より大きな荷物を背中に背負ったまま、ははは、とロバートは笑った。
口調とは裏腹に、彼の目はせわしなく動き、全身には鳥の矢羽で飾られた、
<狩人>特有の皮鎧をまとっている。
心なしか、声も若干低いようだった。
「特にここ最近はレイドエリアのモンスターも増えている感じがしてね。
逃げるにも一苦労だったんだ」
「そりゃあ、大変だったな」
「まあ、この<封印の森>だとモンスターは出ないけどね」
「へえ」
同じような荷物を背負ってユウが答える。
歩きながら、二人は簡単に自己紹介と、互いの境遇について話を終わらせていた。
オーストラリアから、イギリスにある大学に留学していたロバートは、聞けば23歳だという。
大学生活の気晴らしにやっていた<エルダー・テイル>のプレイ中に、<大災害>に遭遇した口だった。
ユウが日本から来たことに、「なるほど、ニンジャだな」と即座に頷いたところをみるに、
それなりに日本に対する知識もあるらしい。
両親は、オーストラリアの北部で、ハンター、兼観光ガイドをして生計を立てているということだった。
「最近は、日本人の客も減っててね。親父も困ってるよ。あんた、オーストラリアには?」
「仕事で何度か」
歩きながら答えたユウに、ロバートがぼやく。
「うちの国もなかなか難しいからね。特に日本とか中国には」
「ま、捕鯨に文句つけたり観光客や留学生に卵ぶつけて喜んだり、いろいろやらかしてるからね」
「そういうあんたらも観光地以外じゃ外国人に冷たいじゃないか」
「ふん。捕鯨やってたくせに今更鯨は友達、なんて言う連中を信用できるか」
「お前らだって戦時中は俺たちの捕虜を虐待したじゃないか」
「木の根っこを食べさせた話か? ありゃ英軍じゃなかったかな。
それにあれはゴボウといって、きちんとした野菜だ。うまいんだぞ、あれ」
「そうなのか? ……いや、俺たちのことだ。俺たちはカウラでジュネーブ条約にのっとった扱いをしてたし、脱走した捕虜だって毎年きちんと慰霊してるぞ。
それにお前らは俺たちの農作物に関税かけて買わないし、オージービーフは二級肉だなんて言うし、
鯨だって平気で食うし……」
「昭和天皇陛下を戦犯呼ばわりしやがったくせに」
「なんだと!!」
「なんだよ!!」
にらみ合った二人は、しばらくしてぷっと吹き出した。
「いや……やめよう。なんでわざわざ英国まで来て文句突きあわなきゃならん」
「そうだな。 とりあえずは、仕事だし」
互いに謝罪した二人の耳に、ぴちゃりと水音が響く。
二人は同時に顔を向け、真剣な表情のまま頷きあった。
「……そろそろだな。用意はいいかい、日本人のユウ」
「ああ」
泉の前に来ると、二人はゆっくりと水辺に近づいた。
どこかどろりとした黒い液体が、滾々(こんこん)と地面から湧き出ている。
それを見ながら、ユウが言った。
「……で、どうやって転移するんだ?」
「飛び込むのさ」
いいざま、ロバートが身を躍らせる。
ばしゃ、と音を立てて足から入ったロバートの体が、まるで下から何者かに引っ張られているように、ずぶりと胸まで沈んだ。
「息ができないのは一瞬だ! 中はいきなり戦闘地域だから、気をつけてくれ!」
言い終わる前に、ロバートの頭が引きずりこまれるように消える。
気味悪そうにそれを見たユウだったが、意を決して飛び込む。
黒い闇。
何かの音。
気づけば、ユウは薄暗い森の中にいた。
一足先に岸辺に立っていたロバートが、油断なく弓を構えて、ユウをちらりと振り返る。
「ようこそ、<深き黒森のシャーウッド>へ」
ホウホウ、と梟がざわめく声を上げた。




