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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
151/245

108. <妥協>

1.


 決して夏ではない。

雪の降り積もる季節はとうに脱したとはいえ、吹き渡る風はいまだに寒々とした息吹を地上に投げ下ろしている。


だが、その部屋の中は、まるで真夏のように暑かった。


「……あの時と同じだな」


先に着席していた一座に軽く会釈をし、そう呟いてランズベルク前伯爵、クロデリクはどこかほろ苦く笑った。

その言葉の意味がわかるのは、同じ部屋に集った人々の半数ほどになるだろうか。

ここは、グライバルト。

その市長公邸の中央部にある、会議室だった。


「歓迎する、とは言わぬが、よくいらっしゃった。ご気分はいかがか」

「問題ない」


上座――議長席に座るグライバルト執政官、フルクの言葉に簡単に応じ、

クロデリクは従者が引いた椅子に億劫そうに腰を下ろした。

水代わりの葡萄酒(ワイン)が配られ、それぞれの手元に灰皿が置かれる。

昨今、<大地人>から<冒険者>に広まりつつある嗜好品、葉巻が、重々しくそれぞれの手元に配られたのを見て、フルクはゆっくりと一座を見渡した。


グライバルトの執政官、フルク。

ランズベルク伯爵アルフリッドと、その父クロデリク。

ランズベルク一の商会の主であり、今はクロデリク親子の従者であるという態度を崩さない、

ボウズリー商会の会長、アドルフ・ボウズリー。

クロデリクの愛人にして親衛隊を束ねる長、ブルクセン族長アデルハイド。

そして、水晶球によって会話に参加しているラインベルクの市長。

<冒険者>ギルド、<七花騎士団>の長、ボスマン。

<グライバルト有翼騎士団>の団長、ローレンツ。

副団長、グンヒルデ。


つい先日までは、この場にいないユーセリアを含め、互いの利益のため、

争っていた面々だ。

特にフルクにとっては、ラインベルクの市長も、クロデリク親子も、共に長年の宿敵といっていい間柄だった。

だが、今はこうして同じ卓につき、ワインを飲み、葉巻を燻らしている。

フルクは、それを異常だとは思わない。

それが政治なのだ、と彼自身が何よりも弁えていた。


「おのおの方、まずは参集に例を言う。前伯爵も、遠くからよくこそいらっしゃった」


まずは一座の中でもっとも権威あるクロデリクに軽く頭を下げてから、執政官の役割を騒動の結果任された老政治家は、ワインで口元をしめらせた。


「それぞれ思うところもあろう。わしとて無論のこと。わがグライバルトの独立が脅かされた事は忘れようにも忘れられぬ。

じゃが、その遺恨を敢えて抑え、妥協の道を示すべく、ここにわれらは集まった」

「異議はない」


アルフリッドが応じ、挑戦的な目つきで全員を見渡した。


「私とわが父、そしてボウズリー卿は、ランズベルクの意思の代弁者としてここにいる。

フルク執政官、そして市長殿、お二方も同様と見てよいのかな?」

「無論じゃ。わが街の市民、神殿、神殿参事会、職工組合、各商会の意思を代表しておる」

『わしもだ。伯爵、貴卿(きけい)が心配なさるには及ばぬ』

「ふん」


鼻を鳴らした息子(アルフリッド)に代わって口を開いたのは(クロデリク)だ。


「で。何を話そうというのかな、執政官殿は。我が陰謀を糾弾し、弾劾するおつもりかな」

「まさか。そんなことをすればまたぞろ、街道を封鎖して締め上げにかかるおつもりであろう。

グライバルトも、ラインベルクも商業の街じゃ。

取引相手がおらねば生きてはいけぬ」


フルクの返答に、今度こそ苦い笑いを浮かべてクロデリクが答えた。


「ならば、早々ではあるが言う。今の状況を維持されよ。

ラインベルクにも便宜は図る。決して誰かが困るようにはさせぬ」

『何をぬけぬけと……!』


水晶球から漏れた小さな呟きが聞こえなかったかのように、フルクも返した。


「無論のことじゃ。こと、ここに至っては、閣下らの作られた筋書きに則って作られた、

この秩序を維持せざるを得まい。

わしがこの場で話そうというのは、その秩序の永続性についてじゃ。

……前伯爵、改めて問おう。

閣下が此度の陰謀を抱かれた、そもそもの目的とは、何ぞや?」


場に沈黙が落ちた。

ボウズリーは黙って正面を見据え、アデルハイドは葉巻をうまそうに吸っている。

腕を組んで目を閉じたローレンツ、餓狼のような視線で周囲を見回すボスマンの間で、

グンヒルデだけが落ち着きのない視線を周囲に向けていた。


ぱさり、と灰が落ちる音がした。


「……二つ、ある」

「ほう?」


当然、フルクはクロデリクの動機をすでに理解している。

それでもなお言葉に出すことを迫ったのは、彼自身に気持ちの整理をつけさせるためだった。

かつて伯爵の称号を帯びていた、この老貴族の心を変えねば、

真の意味で今回の騒動は完結しないのだ。


「ひとつは、ランズベルク伯領の発展だ。

わしが伯爵位を継承して54年、息子アルフリッドにそれを譲って8年。

わしの目的はただ、わが領地とわが家門の発展と栄誉にこそあった。

じゃが、我が領地は小さい。

南にはブランデン、ホーエンローエ、ツェーミットといった同格の貴族領が並び、

その南には七女王国がある。

そして北にはそなたらがいた。貴族を持たず、金儲けに邁進する自由都市が。

われらが発展するには、そなたらを併呑するか、支配するしかなかったのだ。

確たる領地を持たぬそなたらにはわかるまい?

領民を鼓舞し、荒地の隙間を縫うように畑を広げ、モンスターや亜人の襲来に怯え、

それでも父祖より受け継いだ地を守って次代に継がせねばならぬ貴族の労苦が。

この世界(セルデシア)は人には厳しい。

なればこそ、残り少ない人の地を、少しでも得られねば没落しかないのだ」


淡々とした言葉だった。

視線を周囲に合わせることもなく、訥々と語る前伯爵の姿は、

見るものが見ればとても陰謀の首魁とは思えない。

昔語りを若者に聞かせる老人のような淡さだ。


だが、その裏にどれほどの苦労が、血のにじむような努力があったことだろうか。

貴族同士の戦いとは難しい。

たとえて言えば、それは裁判に近い。

武力だけではなく、横領するに足るだけの名分、たとえば血のつながりといったものも必要となる。

それすらなく他領に侵攻すれば、周囲すべてを敵に回して逆に自らが獲物になるのが落ちだ。

クロデリクは、野望とは裏腹にそれを恐れた。

だからこそ、貴族が支配していない――ある意味で名分を立てる必要がそれほどない、

北の自由都市の支配を目論んだのだ。


名指しで獲物といわれたに等しいフルクも市長も、何も言わない。

クロデリクの言い分は横暴で独善的ではあるが、それが貴族なのだと知っていたから。


クロデリクは、手にした葉巻に火をつけることもせず、淡々と続けた。


「もうひとつの問題はそなたらだ、ローレンツ卿、グンヒルデ姫」


名前を呼ばれた二人の<冒険者>は、それぞれ対照的な反応を返した。

ローレンツは姿勢を変えもしない。閉じた目すら、開かなかった。

逆にグンヒルデはあたふたと、普段の余裕ある物腰が嘘のように身じろぎする。

彼女のまとった夜会服(ドレス)の衣擦れが、耳障りなほどに周囲に響いた。


「今を去ること一年前、この世界は巨大な変革に見舞われた。

そなたら<冒険者>の出現じゃ。

人の肉体に、人ならざる武力を秘めた人外の騎士たち。

数人で、歴戦の騎士百人に勝る者を前に、われら<大地人>が受けたものが、わかるか?」

「……なんなんです、か」


無言を貫く団長の代わりに、おずおずとグンヒルデが問いかける。

その、あまりに無邪気な反問に、逆に胸中の苦悩が和らいだのか、

むしろ微笑ましげな眼差しで、クロデリクは断言した。


「混沌だ」


 ◇


「<冒険者>とは、あまりに不安定で、無秩序で、強大な力だった。

<古来種>のように、騎士団としてまとまっているわけでも、明確な目的があるわけでもない。

ただやりたいように生き、死んでも死なず、家族もない。

既存の王権は、それらを取り込んだ者たちによって、瞬く間にその権威を失墜させた。

じゃが、一年も過ぎれば無秩序の中にも秩序が生まれる。

そんな中じゃ。

グライバルトとラインベルクに、それぞれ<冒険者>が現れたのは。

特にグライバルトはその数が百人を超した。

……そなたの手腕であろうの、ローレンツ卿。

わしとて<冒険者>が欲しかった。 わが騎士となってもらいたかった。

じゃが、<大神殿>があるこの地に、そなたらは集った。

この恐怖がわかるかな」

「わかる気は、するよ」


ローレンツの口から、押し殺したような返事が漏れる。

頷くと、クロデリクはフルクに向き直る。


「だから、わしはそなたらを支配することにした。協力者を得て、な。

そこのボスマン卿、そしてこの場におらぬこの町の職工組合長、ユーセリア卿。

それぞれの目的のために、わが陰謀を用いたのだと知ってはいたが、それでも行った。

そして今、ここにわしはおる」

「よくわかった」


クロデリクが黙ると、ややあってフルクが小さく頷いた。


「わしらグライバルトも、あまりに無邪気すぎた。

<冒険者>が<大神殿>のある街に集まるのは当然、と思っておったし、

閣下には申し訳ないが、安心感もあったのじゃ。

もはや、我が町の商隊はモンスターの襲撃にも、無法な山賊にも、諸貴族領の重税にも

怯えることはない、との。

そのために<大神殿>や<銀行>を維持し、それを管理する者共を市民として遇してきたのだ、とな。

じゃが」


老執政官の視線が、じろりと<冒険者>たちを見る。


「<冒険者>は<古来種>ではなかった。

ひとつの旗の下に集っていても、心がひとつではなかった。

モンスター相手の戦いには優れていても、人と人とが知恵で応酬する戦いには無力どころか、

むしろ足かせになることに、ほかならぬわし自身が気づいておらなんだ」

『わしもだ。どこかで<冒険者>を都合のよい駒だと見ておったのだろうな』


贖罪のように紡がれる、二人の支配者の言葉に、ローレンツは返さない。

ボスマンも、グンヒルデも、同様だった。


二度目の無言の時が流れる。

それを打破したのは、水晶球からの声だった。


『では、前伯爵、そして伯爵、ボウズリー卿、アデルハイド族長。

おのおのがたの動機はわかった。 その上で状況をどうするか、だが』

「グライバルトは現状を崩す気はない。

ランズベルクからの食料の供給と引き換えに、武具をはじめ必要な商品を用立てよう。

関税は公平な形に適正化すべきだと思うが、前伯爵閣下の意を汲み、

ランズベルクへの若干の税制優遇をよしとする。 ……市長閣下はいかに」

『約束を違えはせぬ。ラインベルクもグライバルトに倣おう。

三都市間の関税はこれを低く抑え、ひとつの経済を構築するのがよいだろう。

……提案がある。わがラインベルクとグライバルトは、武具や農具の生産に関しては競合者(コンペディター)だ。

互いの職工組合を合同させ、ひとつの紋章で売り出すのはいかがか』


その提案にフルクが目をむく。

ラインベルク市長の申し出は、現在質的には優位にあるラインベルクの工業技術を、

グライバルトに供与するといったに等しい。

老執政官の無言の問いに、水晶球の向こうで市長は苦笑したようだった。


『これも、<冒険者>によるものだ。悔しいことだが、半世紀を鍛冶に費やした達人であっても、

<冒険者>の作る武具のできばえには遠く及ばぬ。

そしてその技術は、徐々に我ら<大地人>にも波及していくだろう。

そうなれば、グライバルトとラインベルクの品質の差など小さなもの。

むしろ、そうした工業の発展にいち早く乗り、品質を向上させると共に

市場を拡大していくのが目下の問題と存ずる。執政官、いかに?』

「……確かにのう。 ならば我がグライバルトの職工組合がそちらの組合の傘下に入るべきじゃ。

経緯はどうあれ、わが街の組合長は街をいち早く裏切った。

その償いのためにも、あの者から地位を取り上げ、ラインベルクに指導権を委ねよう」

『感謝する』


続けて話題に出たのは商業ルートのことだった。

これは、この場にいるボウズリー商会を、物流の元締めとして据えることで片がついた。

既存の両都市の商会はそのままに、商隊の編成がボウズリーに任されるのだ。

グライバルトもラインベルクも、核となる商会の規模では彼には及ばない。

結局は、両都市の生産品を南の市場へ流すのは、ボウズリーということになる。

これによって、間接的だがランズベルク伯は両都市に支配権を残すことになるのだ。



 ◇



 三つ目の話題は、やや話についていけなくなっていた<冒険者>の処遇についてだった。

だが、フルクたちが何かを言う前に、ローレンツが腕組みを解いた。


「俺たちは三都市の街道を警備し、現在跳梁しているモンスターを排除する。

また、商隊を護衛し、各都市にはある程度の人数を駐屯させる。

どこかの都市に危機が迫れば、全員で対処する。

……いいな、ボスマン?」


じろりと睨み付けられた<七花騎士団>のボスマンも、不承不承頷いた。

その言葉に、顔色こそ変えなかったものの、その場の<大地人>たちがほっとしたように唇を緩める。

そもそもが、この場に出す議題の中で最も荒れそうなのがローレンツたちの処遇だったのだ。


 ローレンツは、いわばクロデリクが張った罠にはまり、

同じ都市の支配者だったフルクに裏切られたという立ち位置だった。

ユーセリアの暗躍があったにせよ、守ってきたグライバルト市民から石で追われるごとく殺されている。

話し合いに応じるどころか、武装蜂起をしてもおかしくなかったのだ。


しかし、彼はその道を選ばなかった。

死に、復活できないという状況を経てなお、彼は黙って話し合いの席に座ったのだ。

おずおずと、アルフリッドが問いかける。


「無粋な質問だが……それでよいのか? 恨みは、もうないのか?」

「無いと思うか?」


ローレンツの眼光に、伯爵としての威厳も一瞬忘れ、アルフリッドが小さくのけぞる。

その視線のまま、居並ぶ<大地人>たちを順々にローレンツは見た。


「俺たちを裏切った連中、石を投げたやつら、こういう状況に落とし込み、汚名を着せた奴ら。

殺したいさ、どいつもこいつも。

俺や、俺の仲間ならそれが出来る。 <冒険者>だからだ。

恨みを忘れたと思うなよ、貴様ら」

「……ではなぜ、協力をしてくれるのじゃ?」


フルクの問いかけに、嘲るように――実際、嘲ったのだろう――ローレンツは鼻を鳴らした。


「それでもグライバルト(ここ)は、俺の故郷だったからだ。

そして仲間と一緒に守ってきた街だからだ。

街の住人にはもはや何の親しみも覚えんが、俺の知る故郷の町並みのよすががここにあるからだ。

だが、俺の仲間は知らんぞ。

実際、俺は出て行く奴を止めはせん。

お前らが旧怨を忘れて手を取り合うのは勝手だが、俺や仲間の気持ちは覚えておけ」

「ローレンツ、そんな言い方」


思わず言いかけたグンヒルデが、「きゃあっ!」と叫びを上げた。

彼女を見もしないまま、丸太のような片手が瞬時に伸び、彼女の襟首をつかみあげたのだ。


「お前は黙っていろ。何の役にも立たなかったお飾りが。

貴様が姫君ごっこで遊ぶのは勝手だが、俺を巻き込むな。

俺はもう、お前には何の期待もしない。<大地人(こいつら)>に担がれて喜ぶなら、勝手にしておけ」


言い捨てざま、汚物を投げ捨てるような勢いで彼女を片手で突き飛ばす。

グンヒルデのドレスが椅子から無様に転げ落ち、手にしたワイングラスがぱりんと割れた。

そんな彼女を相変わらず見もせずに、ローレンツは告げる。


「約束は守るが、それだけだ。ボスマン、お前は俺の下につけ。

俺は積極的には何もせん。

こいつらの命令を聞くのはお前がやれ」

「……」


あからさまに激怒しているローレンツに、萎縮したようにボスマンが頷く。

そのステータス画面に記されたギルドタグは、もはや<七花騎士団>ではない。

復活したローレンツに居丈高に命じられ、彼は自らのギルドごと、<グライバルト有翼騎士団>へ移籍していたのだった。


自分たちを一瞬で捻りつぶせる化け物に深い恨みを買ったことに、一座の<大地人>たちは声も無い。

剽悍な蛮族を率い、クロデリクの親衛隊長をもって任じるアデルハイドすら、銜えた葉巻がかすかに、だが確実に揺れている。


やがて、声が響いた。

くぐもったそれは、水晶球の向こうからのものだ。


『ローレンツ卿。貴卿の怒りは最もだ。

だが、この場の者は全員、大なり小なり貴卿と同じ恨みを互いに対し持っている、と心得られよ。

その上でなお街に留まるならば、相応の働きを期待したい』

「くどいぜ」


そういって、今度こそローレンツは腕を組み、乱暴に足を卓に投げ下ろした。

不躾きわまる態度だが、それを糾弾する声は無い。

クロデリクもフルクも、無言のままに見つめているだけだ。

その表情のまま、フルクは最後の議題に移った。


「………では、今夜最後の議題じゃ。

そこなるローレンツ卿を陥れ、今夜合意した我らの協定に唯一反する者、

元<グライバルト有翼騎士団>の副団長、<妖術師>のユーセリアについてじゃ」




2.


 市長公邸を出たときは、すでに夜明け前だった。

暁の到来を告げる、深い青紫色の光が、闇の中にうっすらと輝きを増している。


腹立ち紛れに公邸の潜り戸を蹴って、文字通り吹き飛ばし、ローレンツはのっそりと歩き出した。

その後ろに影のようにつき従う者がいる。


「打ち合わせは、終わりましたか」


ヴェスターマンだ。


信頼を置いていた、この裏切り者に視線すら向けず、ローレンツは小さく頷いた。


「ああ。お前の思惑通りにな」

「それは、よかった」


二人の互いに対する態度は、裏切りとローレンツの帰還以降、明らかに変わっていた。

それまであった、同郷の先輩後輩という気安さは微塵もない。

ヴェスターマンは、まるで王に仕える従僕のように慇懃にローレンツに接していたし、

ローレンツもまた、この<守護戦士>に対して軽口を叩くことはなくなった。

向けるのは冷たい視線と、それ以上に温度のない言葉だけだ。


ある意味、当たり前だといえる。

ローレンツはヴェスターマンの意思を、ユウを通じて、また本人自身からも聞いていた。

ヴェスターマンが感じた危機感は、ほかならぬローレンツ自身もうすぼんやりと感じていたことだ。

だが、理解することと納得することはまったく違う。

二人の間にあった何かが決定的に壊れたことを、何より二人がよく知っていた。


だが、それでもローレンツとヴェスターマンは決別はしない。

グライバルトを愛している、その一事のみは、いまだに共有しているからだ。



とげとげしい会話すらなく、二人は夜の街を歩く。

ローレンツが口を開いたのは、いまや<七花騎士団>をも吸収した、<グライバルト有翼騎士団>のギルドホールに到着しようという時だった。

気の早い雄鶏が、あちこちで朝を告げる声を上げる中、ローレンツはぼそりと言った。


「ユーセリアのことを聞きたいか」


返ってくる言葉はない。

その無言の中に承諾を見出し、裏切られた騎士団長(ギルドマスター)は独り言のような大きさで言った。


ユーセリア(あいつ)の討伐が決定した。

近日中に人をそろえ、ラインベルクの市長公邸から地下に向かう。

ただし、あいつの動向は不明だ。

お前も知ってのとおり、<大神殿>に人を張り付けていたが奴は復活しなかった。

地下の<装置>とやらも動きを停止したままだ。

唯一帰還した、アンバーロードの奴からも、それ以上の報告はない。

あの異邦人……ユウの安否も不明のままだ」

「手がかりは?」

「さあな。お前のほうが詳しいんじゃないのか?」


毒を多分に含んだローレンツの反問に、ヴェスターマンが首を振る。

それが見えていたわけでもないだろうが、ローレンツはくっく、と低く笑った。


「ユウも阿呆な奴だ。こんなクソくだらない騒動、さっさと見切りをつけて出て行きゃいいものを。

どうせ無理やり俺の派閥に組み込んだようなものだ。

自分の目的のために、こんな場所なんてとっとと去ればよかったのにな」

「……あなたとの約束を果たしただけなのでは? ローレンツ」

「お前ごときに何がわかる!!」


憤激は突然だった。

振り向いたローレンツの腕がヴェスターマンの喉元に伸び、遠慮なく締め上げる。

もともと、身長はややローレンツのほうが高い。

もがこうともしないヴェスターマンを宙吊りにして、ローレンツは雷光を込めた目で彼を見上げた。


「ああそうだ。ユウの奴(あのアホ)、馬鹿正直に俺との約束を守りやがった!

俺がこの街を守る限り、俺の力になる、だと!? 寝言は寝て言え、あの年増!!

頼まれもしねえのにあのラインベルクの市長を守り、クエストの解法もしらねえのにユーセリアが待ち構える地下都市に突っ込みやがった!

イッシュクイッパンの何とやらか知らないが、挙句に勝手に戦って消えやがって!

後始末するこっちの身にもなれってんだ!

俺や貴様を含めて、<冒険者>にはロクデナシか小ずるい奴しかいないと思ってたぜ!!」


叫び終えたローレンツの腕にヴェスターマンの手が触れる。

まるでそれが電気ショックだったかのように、ローレンツは彼を投げ捨てた。

地面に転がって、げほげほと咽る部下をローレンツの足が無造作に蹴る。

<秘宝級>のブーツを履いた足に蹴り飛ばされ、ヴェスターマンの額から血がしぶいた。

その血を拭うことすらせず、ぽつりとヴェスターマンは言う。


「……それがあいつなんだと、思います」

「…知った風な口を利くなよ」

「……俺も、あいつみたいに生きたかった」


視線を地面に落とすヴェスターマンに、ぺっと唾を吐いてローレンツが背を向ける。

その背中から、小さな囁きがヴェスターマンの耳に届いた。


「お前が、あいつのようになれるものか。

俺は、お前を一生涯許さん。

……その上で。お前が部隊を率いて行け。 行った後は、好きにしろ。

二度と戻ってくるなとは言わん。お前なりにこの街と、ラインベルクと、ランズベルクを守れ。

俺のことは、もう気にするな。 罪悪感も抱くな。

お前が贖罪すべきは俺と俺の仲間であって、この街でもあいつでもないんだ」

「……ローレンツ」

「…頼む」


ヴェスターマンの目の前で、ギルドホールの扉がひそやかに開けられ、そして閉じた。

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