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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第一章 <アキバにて>
15/245

12. <ザントリーフ>

執筆においては、原作該当箇所を読み直しましたが

アニメ等は見直すことが出来ませんでした。

もし、描写に矛盾する点があるとすれば、ご指摘ください。

1.



「急げ!陣形は到着地で組めばいい!」

「第2中隊C小隊、遅いぞ!速い騎獣に乗るものは速度をあわせて進め!」


怒号のような指示が響く。

なだらかな草原を疾駆する騎馬の一団は、時折分裂したり、合流したりしながら

全体としてひとつの大きな粘性生物(アメーバ)のように高速で動いていた。

その中で、ユウは何の気なしに後続する小隊員(なかま)を振り向いた。


「ユウさん!ぼやっとするな!」


すかさず小隊長をつとめるクニヒコの檄が飛ぶ。さすがに大規模戦闘経験者(レイダー)、後ろにも目があるかのような状況認識力だった。

あわてて顔を戻して頭を引き締める。


ここは、今ユウが駆けている場所は、20年間慣れ親しんだ戦場(デュエル)ではないのだから。



 ユウはナラシノ廃港から一路、北方に向けて進むアキバ遠征軍、先行打撃大隊の中にいた。

耳を聾する騎馬のとよみの中で、こっそりと嘆息する。

彼女自身、なぜ自分がこの大規模戦闘に選ばれたのか理解できなかったのだ。


先行打撃、の名前の通りこの大隊編制(レギオンレイド)は、今回の敵、乱入してきたゴブリン軍に対し、

全軍に先駆けて速やかに致命的な損害を与えることを主任務としている。

それだけではない。

その性、渾沌と言われるゴブリンが本性のままにイースタル全域に散らばらないよう、

彼らをイースタル平野東部平野地域に封じ込めるのも、また軍旅における必須条件であった。


わずか96名の<冒険者>、そして十分とはいえない兵站でそれを達成するのだ。

ただレベルが高い、プレイ歴が長いというだけのプレイヤーなど、歯牙にもかけられない。

大規模戦闘(レイド)経験豊富な人材でないと、敵を切り裂く最初の剣にはなれないのだ。

実際、大隊の<冒険者>のほとんどは、<D.D.D.>や<黒剣騎士団>といった、名だたる戦闘ギルドから選ばれていた。

そういった意味で、大手ギルドに所属した経験もなく、<放蕩者の茶会(デポーチェリ・ティーパーティ)>のような名高いレイド攻略グループで名を上げたわけでもないユウに<円卓会議>からの念話が届いたという事実は、意外を通り越して不気味でさえあった。


(クニヒコのせいで表立って排除できないから、ちょうどいい口実をつけて排除するつもりなのか?)



ユウの位置からは砂塵にかすんで見えないが、<狂戦士>の渾名を持つ今回の大隊長が軍の先頭にいる。

彼のギルドメンバーにも、一度か二度、襲撃をかけたことがあるはずだ。

あの将軍がユウの名前を耳にしているとすれば、よいイメージでは決してない。

それに、ユウは今度は目線だけで後ろをちらりと端に捉えた。

配属された部隊の仲間は、ユウのその推測をあたかも補強するようなメンバーだったのだ。


<妖術師(ソーサラー)>のジュラン。

<施療神官(クレリック)>のゴラン。

<神祇官(カンナギ)>のカイリ。


ユウがアキバから追放されたあの夜、彼女と刃を交えた<黒剣騎士団>のプレイヤーたちだ。

無論ユウのことを忘れるはずもない。

パーティの残りの一人が面識のない<ホネスティ>の<武士(サムライ)>だったことだけが幸いだったが

どちらにせよ、クニヒコと自分自身を除き、パーティの残り4人が全く信用できないことは

事実であった。


巨大な外輪船の甲板で、面通しした時の緊張が蘇る。

クニヒコと、テイルザーンと名乗った<ホネスティ>の<武士>が止めなければ、本当に剣を交えていたかもしれないほどの刺々しい対面だった。


ともあれ、と軽く手綱を引き、汗血馬に木の根を避けさせながらユウは内心にや、と笑った。


(とりあえず目の前の仕事に集中しよう。

その上で何かされたら、いざとなったら総大将(クラスティ)をぶち殺してでも逃げ出そう。

1対1の対人戦(デュエル)となれば、大規模戦闘者(レイダー)ごときが対人戦闘者(デュエリスト)には、

逆立ちしようが敵うはずがないことを、頭に叩き込んでやる)


 ◇


戦場は近づく。


戦闘を走るクラスティが手を上げた。

すかさず4人の中隊長が停止の指示を飛ばし、クニヒコをはじめとする各小隊長が隊員(パーティ)に指示を出す。

やがて、夕暮れに金色に輝く草原に、108人の<冒険者>たちは整列した。

ユウも含め、<冒険者>たちの正面には斧を握ったクラスティと、彼の幕僚たちが並ぶ。

クラスティの横に立つ彼らは参謀でもあり、索敵班でもあり、またこの場にいる少数の<大地人>、すなわちレイネシア姫と二人の水先案内人(パイロット)を守る護衛班でもあるのだ。


戦士たちの整列を待っていたかのように、地図を片手に持った女性<冒険者>が朗々とした声で告げた。


「これより先、我々は森を進軍しゴブリンの主力部隊を狙う。連中を隘路に封じ込め、余さず殲滅するためには、諸君の働きが不可欠である!

我々は小隊単位で個別に進軍、ゴブリンを殲滅しながらここより4km北、盆地になっている地域で終結、その場のゴブリン主力軍を一気に叩く。

念のため言うが、これは勝利だけを目的とした戦闘(レイド)だ。通常のクエストのように死んでやり直しはきかない。各自、それを重々理解のうえ、慎重かつ大胆に行動せよ。

詳細な進軍経路は各中隊長を通じて小隊に伝える。質問は?」


無言で返した<冒険者>たちを一瞥し、その女性は脇へ下がった。

代わってクラスティが進み出る。


「ではみなさん。掃除していきましょう」


まるで小学校の学級委員長のような気安さでそれだけ告げると、軍団長(クラスティ)は斧を担ぎ、森を振り向いた。

散歩に行くかのような彼に続き、手早く小隊の経路を確認した各小隊長が指示を出す。

クニヒコも打ち合わせを終えると、ユウたちを見回して手早く伝えた。


「俺たちは第2中隊の先陣を切って南から回り込む。地図で言えばここが今の俺たちの位置、進軍経路は回りこんで、到着地点はここだ。

無論、言わずもがなだがゴブリンだ。俺たちは戦士職が二人もいるいわば盾役の小隊だが、後ろの打撃部隊に任せきるわけには行かない。

殲滅目標で、やるぞ」

「隊長が敵に触れる前に片付けますよ」


そういって不適に笑ったのはジュランだ。

ゴランも腰の剣を叩いて言う。


「任せてください。無理せずやりますよ。

乱戦になったら怖いですから……なにしろこのパーティの武器攻撃職は、気心知れた仲間(エド)じゃないんで」


その声に多分に含まれた悪意に、ちらりとクニヒコの眉が上がるが、口に出しては彼は短く言っただけだった。


「よし。進軍するぞ」



2.


 6人の<冒険者>は、木々が密集し始めた森林の境で馬を下りた。

そのまま行軍隊形を整え、森の奥にゆっくりと歩を進める。

昼なお暗い森の中は、夜を迎えてさらに闇に包まれ、雰囲気はもはやホラー映画の舞台のようだ。

しかしこの森にいるのは、虚実定かならぬ亡霊ではない。

斧を担ぎ、槍を研いで人間たちを皆殺しにしようとする恐るべき怪物(モンスター)たちである。


誰かが、ごくりと喉を鳴らした。

すでに本隊はおろか、後続する部隊のしわぶきすらひとつも聞こえない。

周囲には、全面を包む闇。

現代の夜とは実は無数の明かりに包まれていたのだ、と心底理解させる、それは絶望的な闇だった。

夜目を失わないため、一行はランタンも<魔法の明かり(バグズライト)>もつけていない。

その彼らの耳に、枯れ枝を踏み折る足音がやけに響く。

しばらく歩いていると、なんともいえない悪臭が森の奥から漂ってきた。


「くるぞ。抜刀」


全員が武器を抜いたところで、森の奥に明かりがともる。

それは瞬く間に見開かれたゴブリンの目玉となり、6人に襲い掛かった。

剣を交えるクニヒコと、大きく飛び上がるユウ。

その合間を縫って1匹のゴブリンがジュランに迫る。


「お、<オーブ・オブ……>」

「要らないよ」


落ち着いた声とともにそのゴブリンが縦に割れる。

瞬く間に泡と消えたそのゴブリンの後ろから、ユウがジュランを一瞥した。


「あ……」

「まだくるぞ」


ユウは言い捨てて闇の奥に向かう。

彼女の姿がジュランの視界から消え、ジュランは大きくため息をついた。

その瞬間、ドン、と背中に衝撃が走る。


「おい、ぼうっとしはるなよ。まだ敵は辺りにいるかもしれへん。<妖術師>は気を抜かず、どこん敵かて対応でけるようにしいや」


振り向いて見上げた<妖術師>の顔にほっとした顔が浮かぶ。

西の大手戦闘ギルド、<ハウリング>から移籍したという<ホネスティ>の武士は、大振りの打刀を引っさげたままジュランの顔を不思議そうに見た。


「?……気分が悪いならその辺で休んどき。もうすぐ大休止やさかい」

「いえ、いいです」



大休止。


ジュランとゴランは、わずかな星明りの下で苦い顔を交わしていた。

誉あるアキバ最初の遠征、その主力軍とも言える部隊に抜擢された時は嬉しさに躍り上がるかと思ったが

尊敬するクニヒコ隊長の傍に佇む黒髪の女性を見たとき、その気持ちは夜露のように消えていた。


「なんであいつがここにいるんだよ」


ぼそりと呟いたゴランに、ジュランが頷く。


「あんな人殺しなんぞを選ぶなんて、<D.D.D.>も焼きが回ったな。

あいつは俺たちを……」


そこまで言ってジュランは思わず寒気に震えた。

今夜と同じ夜のフィールドで、成すすべもなく狩られた記憶がフラッシュバックする。

短刀のきらめき、動けない仲間、そして命を刈り取るべく冷静に見つめるユウの目。

同じ闇夜ということで、ユウの目が不気味なほどにあの夜のそれに見えてきている。


「おい!うるさいぞ!酒がまずくなる」


一人そっぽを向いて、腰の水袋から景気づけの酒を飲んでいたカイリが叫んだ。

そういいながら、彼の顔は赤くなるどころか、蒼白に近い。

手に持った水袋からはひっきりなしにちゃぷちゃぷ、という水音がしていた。


「……しかしこの場にいるということは、<円卓会議>からアキバへの帰還を許された、と見るべきなんだろうな」


ジュランが唸る。


「あのPK(ひとごろし)め……」


カイリが呟く。




少し離れた場所から、その3人を西から来た<武士>は静かに見つめていた。

その肩にぽん、と手が置かれる。

重厚な黒い西洋甲冑。小隊長のクニヒコだ。


「どうした。疲れたか?」

「いいや、隊長。別にへえへんよ。暴れたりないくらいや」


闇夜でも明るい声に、クニヒコは彼の周囲だけ明かりがともったかのような気にさせられた。


「ならいいけどな。どうした?」

「なら言わせてもらうけどな。あの若い3人、どうした?やけにユウに敵意を向けとるようや。

ミナミにも聞こえた大規模戦闘者(レイダー)のあんたなら今更釈迦になんとやらやが、大規模戦闘(レイド)のパーティが仲間割れするようなら勝てる(レイド)も勝てまへんで」

「……もう少しだけ、待ってやってくれ」


苦衷の声に、テイルザーンは片目で<守護戦士>を見た。


「……まあ、あんさんがこのパーティの隊長や。任せますさかいに。

ただ、あんたはんの友人と部下、どっちも今のままじゃ困りまっせ」

「……分かっている」


 ◇


「<フロストスピア>!」

「ジュラン、後ろへ下がれ。ゴラン。回復急げ、カイリは俺とテイルザーンに<障壁>!

5秒後に再進撃する」


先行打撃部隊の、その切っ先、各中隊のA小隊は、波状に現れるゴブリンの対処に忙殺されていた。

ユウたちが所属する部隊もそのひとつであり、大休止の終わりを待っていたかのように、無限に湧き出てくるようなゴブリンの群れを次々と叩いている。

彼らは戦士職と回復職を複数そろえた部隊であり、継戦能力は高いチームだ。

加えて相手は圧倒的にレベルの低いゴブリンである。必然的に彼らは掃除機のようにゴブリンを吸い込んでは、大地という棺桶(ごみばこ)に捨てる作業を繰り返していた。


「……っ!」


ユウが木の根に足を取られてよろめく。それを好機と見たか、魔狂狼(ダイアウルフ)は嬉しそうな泣き声をあげてその肩口へと噛み付いた。


「ユウ!?」


テイルザーンが叫ぶが、2匹の魔狂狼と3匹のゴブリンをひきつける彼に援護の余裕はない。

その余裕があったのは、二人の後ろで呪文の詠唱に入っていたゴランだが、本来重装であり、防御力の薄い<暗殺者>を援護すべき彼は、気づかないかのように呪文を完成させた。


「<ヒーリングライト>」


癒しの光が二人の戦士職を包む。

ユウはその間に狼の顎から何度も剣を叩きつけ、ぐたっと倒れた敵を蹴り飛ばした。

HPを少なからず失ったユウに、しかし回復の光は降り注がない。

こらえかねてクニヒコが言う。


「ゴラン!ユウにヒールをかけろ!」

「……<ヒール>」


そっけない呟きとともにもたらされた光は、わずかにユウのHPを回復し、消えた。


「なんやねん、このパーティは」


テイルザーンが呆れて呻いた。

<ハウリング>で何度も大規模戦闘(フルレイド)をこなした彼から見ても、パーティの連携はバラバラだ。

むしろ、後衛たちはユウだけを意識して回復や援護の対象からはずしている。

だが、このパーティのリーダーはクニヒコである。

その彼が何も言わない以上、自分がでしゃばるのは気が引けた。

しかし、さすがに目に余る。

目の前で苦戦する仲間を気にもせず、まだ余裕のある二人の戦士の援護を優先させるというのは、実質ユウを見殺しにすると宣言しているに等しい。


彼が口を開こうとしたとき、横から無骨な小手に包まれた腕がその声をさえぎった。

その手の主―クニヒコは首をかすかに振る。

彼の目の深い色に、テイルザーンは黙って刀を構えなおした。

そのまま言う。


「いくらなんでも目に余る。<黒剣騎士団>は、ソロプレイヤーにはかけるヒールも惜しむんか」

「……今は黙ってみていてくれ」


同じ大規模ギルドの盾職同士として、クニヒコのうわさは彼も聞いている。

冷静沈着な指揮官といわれる彼の判断ならば、何かの根拠があるのだろう。

テイルザーンはそう思い、一人はなれてポーションを飲むユウを見やった。


「対処ははやくしいや。全滅してからじゃ遅いで」

「……」


押し黙る隊長(クニヒコ)に鋭い目を向けたまま、テイルザーンは前を向いた。

次の敵が来るのだ。



3.


「各小隊、順調に進撃中。ミロードの元へ集まりつつあります。集合予定時刻は当初計画±2分」

『わかった』


通信索敵班の一人が念話を飛ばす。

短く答えるクラスティに、その<冒険者>は続けた。


「第2中隊A小隊の動きがやや遅いようです。目視確認する限りでは、パーティ内の連携が悪いかと」

『A小隊……アイザックさんのところのチームですか。原因は?』

「あそこに配属されたソロプレイヤーと、後衛職の連携が悪いようです」


レイドの経験もあまりないソロの<暗殺者(アサシン)>なんかを入れるから、という思いを胸に抱きながら、その<D.D.D.>の一人は告げた。

彼の耳に沈黙が落ちる。

内心を見透かされたか?と思い始めた瞬間、再びクラスティの声が響いた。


『まあ、そこの小隊長なら何とかするでしょう。各自予定通りに進軍するよう伝達』

「了解」


念話を切り、後ろにいるレイネシアたちに声をかけて彼は歩き出した。

ふと見ると、森の奥で黒鎧の騎士が片手を挙げて小休止するのが見えた。





 どこかで梟が一声ホウ、と鳴いている。

めいめい好きな場所に腰を下ろし、ユウたちは何度目かの休憩を取っていた。

一晩かけて回り込むようにゴブリンの主力部隊を狙う布陣である。

時間ごとの走破距離は、この夜に限っては決して焦ったものではなかった。


いつものように仲間内で固まるジュランたち、気ままに座るユウとテイルザーンからはなれて、

クニヒコだけが、<魔法の明かり>に照らされた地図をにらんでいる。


「ユウさん、調子はどうや?」

「軽いね」


テイルザーンが隣に座るユウに声をかけると、そのような返答が帰ってきた。

相変わらず外見に似合わない渋い声だ。


「腕がいいなあ、あんた。これまで大規模戦闘(レイド)の経験は多かったんか?」

「いや、何度か手伝っただけだ。本業が違うものでね」


早速煙管から煙を吐き出し、ユウは軽く答えた。


「本業というと?生産職か?」

「いや、対人家さ」


なるほど、とテイルザーンは内心合点がいった。


「なるほど。<黒剣騎士団>を相手に対人戦とは、なかなか筋の通った対人屋(デュエリスト)なんやね」


テイルザーンのかまかけに美女(ユウ)は答えず、離れたところに座る3人をちらりと横目で見る。

その光景にテイルザーンは、声を低めて話しかけた。


「<大災害>の直後、大手ギルドや<ハーメルン>みたいな悪徳ギルドをPKして回り、最後は<黒剣騎士団>に討伐された黒髪の暗殺者、ってのはあんたのことか?ユウはん」

「そうだよ」


あっさりと答えるユウに、なるほど、と頷くテイルザーン。

彼の属する<ホネスティ>でも、エリアゾーン、<朽ちた不夜城>で討伐されたそのPKが、何人かの討伐メンバーを<大神殿>送りにしたことは知られていた。


「まあ、あの時はいろいろあったわな」

「襲ってくる相手に命乞いなんて趣味じゃなかったしね」

「それで結果、かくのごとしってヤツか」

「まあ、自分をあっさり殺した相手とパーティを組むなんて、誰もやりたくないだろう。

手も足も出なかったと思えばなおさらにさ」


さらりと告げた事実は、決して言うほどに簡単なものではない。

テイルザーンが先ほどまで見てきた彼ら<黒剣騎士団>メンバーの連携、それらを目の前の<暗殺者>は一人で皆殺しにしたという。


「まあ、若者の稚気と思って気楽にやるさ」


そういうユウが立ち上がったのを見て、テイルザーンも立ち上がる。

歩き出すクニヒコについて歩を進めながら、テイルザーンはさりげなく3人の元へ近づいた。

いぶかしげに別のギルドの<武士>を見るジュランたちに、小さく呟く。


「恨みや怒りは構わんが、俺らや自分らが今ここにいるのはゴブリン軍の殲滅のためや。

その目的よりも自分の感情を贔屓させることは許さん。わかったか?」

「……うい」


鋭いテイルザーンの視線を避け、ようやくゴランが小さく答える。

彼を見つめて、テイルザーンは言葉を重ねた。


「自分らも一端のレイダーなら、個人的な感情とレイドの達成、戦場でどちらが重いかわかるはずや。

そして96人の大隊規模戦闘(レギオンレイド)は、一人が欠けても達成率は下がる。

アイザックはお前らに仲間を見捨てて構わんと教えたんか?」


<武士>の静かな怒気に、3人はしばらく黙り、しばらくして、ようやくといった形でジュランが答える。


「……確かに教わっていません。ですが、自分勝手な正義を振りかざして暴れまわった末に、全部収まった後でのうのうと戻ってくるような奴を許せとも教わっていません」

「それは誰の判断や?ユウを許すゆるさへんは、自分らが決めることなんか?」

「……自分を罵倒した相手を憎むことも出来ないんですか?

身勝手なことをするプレイヤーを嫌うことも出来ないんですか」

「……話を聞く限りじゃ、もう少し話は単純なようやがね。

いいか、これだけ言っておく。ユウが何をして、自分らがどこに最も怒りを覚えているのか

ようよう考えてみいや。

その上で、本当に憎むべきか否か、考えるんや」


それだけを言い捨て、離れるテイルザーンに、3人は顔を見合わせた。


「……だけど、あいつのせいで<偵察班の暗殺者(ロケット)>は戦場に出られなくなった」

「エドも<盗剣士(ラウンダー)>も夜中に叫んで飛び起きるしな。俺達だって……」

「……許せるもんか。こんな屈辱を与えられて」


ゴランの呟きは、深い憎悪に包まれていた。



 ◇


 結局、パーティの中にある溝は埋められないまま、ユウたちは集合地点にたどり着いた。

続々とたどり着く大隊の<冒険者>に、消えた顔はない。

この部隊の平均レベルは90。幾人かは90レベルを超えている。

ゴブリンに負けるはずがなかった。


彼らは改めて指示を待つまでもなく、クラスティの後ろに並んだ。

ユウも前衛に立ち、合図を待つ。

周囲を緩やかな尾根に囲まれたその地は、昼間に見ればのどかな山麓の風景だっただろう。

しかし、今彼らの行く手には、光り輝く玉が数百並んでいるのが見えた。

悪臭がぷん、と鼻を打つ。

それらすべてが敵。ゴブリンの爛々と光る目なのだ。


クラスティが右耳を抑えていた手を下ろし、振り向いた。

その顔は隠しきれない喜びに徐々に歪んでいく。

彼は何も言わず、ただ手にした大斧を大きく掲げ、前に振り下ろした。

直後、<妖術師>たちの雷が前方の森に降り注ぐ。

夜闇を一瞬失わせるほどの閃光の後、爆撃のような轟音がそれを引き裂いた。


「行きますよ」


駆け出す主将(クラスティ)に続き、ユウたちは足で大地を蹴る。

ぶすぶすと煙を吐き出す焼け焦げた木々、小さく燃える草やその合間に倒れる焼け焦げた肉を蹴って<冒険者>は進む。

その暴力的な顎は容赦もなく、生き残ったゴブリンたちに食らいついた。


斬り、突き、叩き、蹴飛ばし、押し倒す。

先頭を駆ける主将に遅れまいとユウも<ガストステップ>で移動速度を上げたまま周囲の敵を切り刻む。

彼女だけではない。この戦闘に参加している多くの<暗殺者>が同様の動きで主将の周囲を取り囲む。

それはまるでクラスティの周囲に張り巡らされる蜘蛛の糸のようだ。

雷廷のような斧の一撃を避けたとしても、周囲の蜘蛛の糸から逃れられるゴブリンはいない。


テイルザーンは、再使用規制時間の長い特技を避け、通常攻撃でゴブリンを次々と地に這わせながらも、

<暗殺者>たちの織り成す死の舞踏に見入っていた。

その中でも<D.D.D.>や<黒剣騎士団>といった大規模戦闘(レイド)の常連たちに劣らぬ速度で敵を沈めるユウを見る。

ソロプレイヤーも多い<暗殺者>は戦う場の裾野も広く、ユウのように対人戦がメインの<暗殺者>も少なくはない。

だが、そうした<暗殺者>がレイドで必ずしも活躍できるかといえば、そうではない。

対人戦とレイドでは、戦い方そのものがあまりにも違いすぎるのだ。


テイルザーンの見たところ、ユウはそうしたハンデを、ほかの<暗殺者>より一歩ぬきんでた攻撃速度で補っているようだった。

どういうアイテムを持っているのか、彼女の腕は影のように霞み、周囲のゴブリンたちは瞬く間に血反吐を上げてくず折れていく。


「巨人!」


誰かがどこかで叫び声を上げた。

丘の上に、二匹の巨人が傲然と人間たちを見下ろしている。

その巨人たちにクラスティが一人向かっていくのを尻目に、一旦散った<冒険者>たちは各隊長の指示の元、小隊単位で再びまとまる。


「はっ、はあっ……はあっ……」


疲れ果てたゴランがカイリに肩を貸され、クニヒコの元へたどり着く。

それを見たクニヒコは軽くゴランの肩を叩くと、大剣を担いで四方を見た。


「ジュラン、魔法は全体を見て合わせて打て。ゴランはカイリの援護。適宜回復。

ユウさんとテイルザーンは後衛3人を守りつつ周辺制圧。行くぞ」


指示の元、ユウたちは今度は小隊単位で散らばった。

ジュランを含めた魔法使いたちの制圧射撃に身をすくませたゴブリンたちの中に踊りこむ。

先頭にクニヒコ、左右にユウとテイルザーン、クニヒコの後ろに一列になってジュランたちが続き、最後尾を疲労の抜けたゴランが抑える。

大きな「T」のような陣形を組んだまま、ユウたちは粗雑な弓矢や斧を構えたゴブリンの群れを当たるを幸いなぎ倒した。

この場に至ってはゴランたちも個人的な感情を捨てざるを得なかった。

必死でMPをつぎ込み、ユウたちに防壁を張り、反応起動回復で戦闘継続能力を支える。



「あ!」


 ゴランは武器を構えたままびくりと震えた。

扇状に広がった戦線の一角、彼の目の前にゴブリン・チーフとホブゴブリンが立ちふさがったのだ。

周囲に助けになる味方はいない。

ビルドで言えばどちらかと言えばハイヒーラーよりの彼に、この2匹を相手取って沈める余力はない―その瞬間、ゴランは再び震え上がった。


ユウが見ている。

乱戦の中、ゴブリンを沈めたのだろうか、血剣を下げた彼女の目は、あの交戦で目を抉られる直前の彼女の姿と重なって見えた。

ゴランは、「あの時と同じように」思わず目を閉じた。


「う、うわあああっ!」


いきなり惑乱した(ゴラン)をせせら笑うようにゴブリンチーフが一歩踏み出す。

その瞬間、その首が何かの非現実のように零れ落ちた。


「おい、大丈夫か?」


年上の男の声。目を開けると、目の前には煌くような二つの瞳があった。


「あ……」

「おちつけ。クニヒコと合流しろ」

「あ、はい」


再び戦場に飛び込んでいくユウを眺めながら、ゴランはふと雀の声を聞いた。



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