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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
144/245

100. <襲撃>

遅くなって申し訳ありません。

1.


 襲われかけた夜以来、ユウは一瞬たりとも市長に気を許していない。

市長――既に死んだことになっている以上、その肩書きも最早無意味だが―も、それを知ってかユウに再び挑みかかることは無かった。

だが、個人的な感情はともかく、現在では共に陰謀に立ち向かう仲間ではある。

その夜も、二人は互いに情報を持ち寄り、推論を重ねていた。


 ユウが手に入れたのは、幾人かの<大地人>や<冒険者>を脅し――時には殺して――聞き出したことだ。


「グナイゼ商会。ここの連中は、野菜や穀物をグライバルトに運んでいる。仕入先はドーネルズ商会。

南アウグレンブルクから来ているな」


ユウがとん、と指し示した地図には、曲がりくねった細い道が遥か南に続いていた。


「連中、関税が上がったとは言っていたが、それを見越しても利益が出るらしい。

帰りはグライバルトで作られた鉄器、農機具や武器を仕入れて帰るようだ」

「ふむ。グライバルトの鍛冶師は腕がいい。まあ、順当なルートだろう」


市長も顎に手を当てて頷く。


「変なことだが、帰り道はこの衛兵詰所の廃墟、ここを通るよう指示されていたらしい。

そこで変な<大地人>に会って金を渡すそうだ」

「ふむ?」


彼女が指し示した一点を見据え、市長が上の空で言った。


「ここは確か……<醜豚鬼(オーク)>が頻発する場所ではなかったか?」

「そのとおりだ。その男は、<冒険者>が護衛についているので安心だと言っていた。

変な男に渡す金も、護衛費用の一環だと思っていたようだった」

「危険な街道を<冒険者>に護衛させ、斡旋する者に金を渡す……無理は無いな。

その変な<大地人>とやらには手を出してはおらぬだろうな?」

「ああ。下手に突っつくと薮蛇になる可能性があるからね」


ユウの返答に、市長は安心したように頷いた。


「うむ。敵の正体に直結している可能性もあるが、単なる斡旋人の可能性もまたある。

無理に調べても危険だろう」

「あんたはどうだ?」


地図から顔を上げたユウに、市長は中空を見ながら答えた。


「とりあえずフルク執政官とユーセリアに繋がっている人間は特定できた。

職工組合の組合長だ。おそらくそなたの言う取引を主導しているのも彼だろう。

日雇いに紛れて見てみたが、倉庫の中の農機具の在庫は明らかに多い。

今回の顛末を見越して在庫を作りだめしていたのだろうな。

お誂え向きに、農機具以上に多かったのは武具だ。

南では、<冒険者>を抱えた都市や貴族領同士の争いごとが増えていると聞く。

王権が機能しなくなりつつあるのだ。

武具の需要は高かろう」

「ということは、事前に用意していたと言うことか?

だが、南がきな臭いことはもともとグライバルトでも調べれば分かるはず。

職工組合長が何者かと繋がっていたと言い切るには証拠が弱すぎないか?」

「ふん」


ユウの疑問に鼻を鳴らして、市長はどこか得意そうに言った。


「グライバルトの鍛冶師もいい腕だが、わがラインベルクの鍛冶師のほうが上だ。

実際、この騒動になるまでは、ラインベルクへの注文は多かった。

だがいまやラインベルクは虫の息、武具の輸出など思いもよらぬ。

つまり、組合長はラインベルクが輸出できなくなることを見越していたということだ」


そこまで言うと、不意に市長はしょんぼりと肩をすくめた。


「……まあ、わしの見識の無さが招いたことではあるが。

ローレンツを共通の敵にしたとはいえ、いまやラインベルクは半ばグライバルトの植民地に過ぎぬ。

実際に、今かの町へと流れてくるラインベルクの主要な輸出品目は、人だ。

労働者が流れている。ということは、ラインベルクの産業は停滞していると言うことだ」

「それだけ聞けば、グライバルトの勝利のように思えるが」


ユウの指摘に、市長は再び肩をすくめた。


「経済的な面から言えば、まさにそのとおりだな。

おそらく、ラインベルクは攻め寄せた代償に、かなりの部分グライバルトに譲歩したようだ。

だが、その一方できな臭い部分もある。

輸入関税をグライバルトは値上げしたが、輸出に関する関税はむしろ下げられている。

それもかなり乱暴にだ。

特にいくつかの都市に流れる商品に関しては、ほぼ無税と言っていい」

「そのいくつかの都市とは?」

「列挙すると多いが、最大はランズベルクだな。

他の町も、ランズベルクの御用商会が根を張っているか、領主が親戚筋だ」

「では」

「うむ」


<冒険者>と<大地人>は互いの目を見交わした。

関税分だけコストの安い商品が流れていくとすれば、それを転売していけば自動的に利益が生まれる。

もちろん、市場に安い製品が大量に出回れば価格は下がっていくが、

それまで重要な農機具・武器の供給先であったラインベルクが倒れれば、市場はむしろ物資不足になっているだろう。


「敵の正体が知れた……そう、見るべきか?」

「少なくとも敵の顔のひとつは見えたとみていいな」


互いの目が、危険な光を発して小屋の中を巡った。


 ◇


「状況を整理してみようか」


 ユウの声が、深夜の小屋に重々しく響く。

応じた市長が手元の古い布に焦げた薪で何かを書き付けた。

疑問の提示役を務めるという無言の合図だ。


「まず第一。何者かがグライバルトに経済的な攻撃を仕掛けてきた」

「目的は」

「グライバルトの弱体化と支配。そしてラインベルクの弱体化」

「具体的には」

「グライバルトの交易圏の奪取、そして<冒険者>の弱体化。

グライバルトは周辺都市と軋轢を持っており、貴族社会に顔の利く領主がおらず、

しかも都市の規模に不釣合いな数の<冒険者>を抱えていたと推測する」

「手段は」

「経済的封鎖、そして奪還策を利用してのラインベルクとグライバルトの紛争の発生。

調停者としてグライバルトを支配し、事の犯人、その一味としてローレンツ一派を粛清することで

<冒険者>の数を漸減させる」

「結果」

「グライバルトは経済封鎖から開放され、現在は金属製品を主体とする好況に沸いている。

生活必需品は南方からもたらされ、宿敵ラインベルクは市長以下が行方不明、もしくは死亡し

速やかな行動が出来ていないことでビジネスにおける対抗者足り得ないからだ」


そこまで応酬して、二人は再び頷きあった。

これまでの会話は、いわば状況の総括に過ぎない。

次は、状況を組み立てた人物の特定だ。


「次に関係者を整理する。まずグライバルト」

「ローレンツ、ユーセリア、グンヒルデの<冒険者>側の有力者三人がまず挙げられる。

<大地人>側では現執政官であるフルク議員、職工組合の組合長、そして司教と神殿参事会の有力者、

それから有力商会や都市貴族……といったところか」

「今回の状況に深く関与しているのは誰か、わかるか? ユウ」

「ふむ……」


ユウは顎を撫でて答えた。

目は地図から一瞬たりとも離れない。


「まず、神殿参事会ははずしていいんじゃないか。

彼らは有力市民から選ばれている。個人で状況に関与しているメンバーはいるだろうが

組織としては、今回の騒動で住民の矢面に立っていた可能性が高い。

今回の行為は、一時的にだがグライバルトを飢餓に追い込みかねない行動だった。

彼ら全員が応じたとは信じがたい。

同様に、司教も関係ないと思う。

<冒険者(わたしたち)>の過去の歴史では聖職者というのは貴族並みに有力だった時代もあるが

この世界(セルデシア)ではそうではない、ようだ。

彼らも住民と日々向き合う職務だし……どう?」


ユウが顔を上げ、市長も頷いた。


「その可能性は高いな。グライバルトは市民の街だ。司教や、<冒険者>に関する建築を管理している一族は、基本的に<大地人>の政治には関わらない。

これが貴族領であれば、領主一族が司教を務めていることもあるのだがな」

「なら、そちらも除外しよう。

あと、各商会や都市貴族も積極的に動いていないように思えるね、あんたの偵察からは。

となると、<冒険者>以外だとフルクと組合長、ということになる」

「では、そうしよう」


市長はメモにフルク、組合長、と書き、続けた。


「次にラインベルク」

「現状では、不明だ。可能性であればあんたが一番高かったがね」

「馬鹿を言うな。わしが街を裏切るものか。 ……あとは<七花騎士団>か」


<醜豚鬼(オーク)>を調練し、ラインベルクに侵入したユウたち<グライバルト有翼騎士団(フッサール)>を迎撃し、現在は街道沿いで暗躍しつつある<冒険者>ギルドの名を市長は挙げる。


「連中はラインベルクの関係者……というには少し不気味すぎるね。

むしろ市長、そいつらはその黒幕の手先と見たほうがいい」

「同感だ。……じゃあ黒幕の推測に移ろうか」


どこかで夜烏がカア、と鳴く。

時刻は既に深夜だが、二人とも会話を止める気はなかった。

ユウたちがこの炭焼き小屋に隠れて二週間足らず。

今回の状況の、ほんの僅かな染みのような不確定要素、つまり<七花騎士団>の包囲網を突破した94レベルの<暗殺者>と、彼女に連れ去られた生死不明のラインベルク市長。

その捜索を黒幕たちが諦めたとは、二人には思えなかった。


「改めて列挙するぞ、<暗殺者>のユウ。

グライバルトにおいて黒幕と繋がっているのはフルク、組合長、そして<冒険者>の」

「ユーセリア」

「そうだな。そいつだろう。ラインベルクでは<七花騎士団>。

そして、南方の諸商会、彼らから金を受け取る謎の<大地人>。

グライバルトから交易品が向かう先である、ランズベルク。

つまりはランズベルク、その領主であるランズベルク伯爵が推定関係者だ」


市長が『ランズベルク伯』と呟いた口調は、『犯人』と呼ぶのと同じものだ。


「……もう一段、裏があるとは考えられないか? 例えばランズベルクは物資の集積地でしかなく

事は伯爵の把握の外だとか」

「少なくとも、状況に無関係とはいえないだろう。市の交易権は彼が握っているのだからな」


市長の口調は荒々しい。殺されかけているのだ、無理もないことだった。


「特に、あの街最大の商会であるボウズリー商会は、ほぼ伯爵の家臣と言える。

何代か前の伯爵が騎士に命じて作らせたのだ。

グライバルトに入っている商会のいくつかは、ボウズリーの傘下だ。

主君たる伯爵に無断で動かせば、遠からず耳に入るだろうの」

「なるほどね」


ユウはたん、と手を突いて言った。


「では、次だ。グライバルトを支配し、交易権を確立すると言う連中の目的は達したように見える。

さらに裏の目的があるかもしれないが、とりあえずは分からない。

その上で、私たちとしては何をするべきだと思う?」

「正義の執行でないことは確かだな」


市長が肩をすくめた。


「ユウ。連中の動きはまあ、穏便なものだ。<醜豚鬼>を使うという手段はともかくも。

ランズベルクは労せずして都市をひとつ没落させ、いまひとつを支配下に置いた。

状況の変化による影響は今後出てくるにしても、当面はグライバルトは連中を支持するだろう。

わしとしては、ラインベルクの衰退を止めたいがね」

「こっちの目的はまずはローレンツの救出だ。さもなくば、復讐を。

……とはいえ、その過程で今度こそグライバルトが滅びるようなことがあっては、

それこそローレンツが承知すまい」


ユウと市長が互いの目的を述べ合ったとき、不意にユウが指を『シッ』と口に当てた。

市長もすぐさま苦笑を引っ込め、音を立てないように動きを止める。


「……見てくる。あんたは予定通りに」


そういってユウは音もなく、窓を開けた。



2.


 ホーウ、ホーウ


妙に間延びして聞こえる梟の声を、ニーダーベッケルはうんざりした顔で聞いていた。

彼の周囲には、星の光すら遮る暗い緑の天蓋が、まるでテントのように広がっている。


その、向こう。


誰もいないはずの朽ちた炭焼小屋から揺らめく光を、彼は覆面から漏れる視線で見据えた。

隣では、彼と同じ任務を受けた<グライバルト有翼騎士団>の<海賊(サムライ)>、そして二人を指揮する<七花騎士団>の<盗剣士(スワッシュバックラー)>が同じく光をじっと見つめている。


(あんたはそこにいるのか、ユウ)


ニーダーベッケルは、小声で突入前の最後の打ち合わせをする仲間二人を無視し、

ここ二週間ほどの状況に思いを馳せていた。


 ◇


 ニーダーベッケルは、自他共に認めるローレンツ派だ。

ラインベルクへの奇襲に失敗し、グライバルトの大神殿で目覚めた彼を待っていたのは

別人のように目を冷たく光らせたユーセリアだった。


「ローレンツは、この町を飢餓に追い込み、君たちを使ってラインベルクと仲たがいさせ、その争いを縫って街の主権を奪おうとしたことが判明した」


復活したばかりで状況が理解できないニーダーベッケルを、同じギルドタグをつけた男たちが取り押さえる。

いずれも元はユーセリア、もしくはグンヒルデの子飼いと噂されていた男たちだ。


「……な、何を」

「選びなさい、ニーダーベッケル」


冷然と、いまやギルドマスターを追い落としたかつての副団長は言った。


「あくまでローレンツに殉じて、ここで殺されるか。

それとも私に従うか」


彼の言葉に合わせるように、ゾーン名称がニーダーベッケルの目元で輝いた。


グライバルト大神殿 所有者:ユーセリア


「!」


大神殿を所有する。

確かに、去年の五月以降、大神殿や銀行をはじめ、この世界のすべてのゾーンが所有可能になったことは知っていた。

だが、莫大な買収金額と維持費用に、誰もが、ニーダーベッケル自身もそのことを失念していたのだ。

それを、目の前の男はやった。


<エルダー・テイル>では、所有するゾーンにおいて、所有者はゾーンに侵入するプレイヤーを制限することが出来る。

例えば、個人の家やギルドタワーなどは、その機能を用いて部外者の侵入を拒むことが出来た。

同じことを、大神殿で行う、ということは。


起こりうる結果に気づいたニーダーベッケルの顔が青ざめる。

彼の表情の変化をかすかに笑って眺めるユーセリアの前で、ニーダーベッケルは黙って恭順を誓うほか無かった。


彼は初めて気づいたのだ。

死を免じられたこの世界で、唯一。

死をもたらし得る行動が何であるのかを。



 ◇


「動いた」


<海賊>の言葉に、ニーダーベッケルは想念の世界から引き戻された。

猜疑心に満ちた顔で自分を見つめているであろう、<七花騎士団>の<盗剣士>の姿をつとめて目に入れないようにしつつ、ニーダーベッケルはじわりと動く。

仲間たち――<七花騎士団>の男も、かつてグンヒルデ派とされていた<海賊>の男も、ニーダーベッケルがユウに執心だったことは知っている。

二人の男にとってニーダーベッケルは仲間ではなく、いつ後ろから撃ってもかまわない捨石でしかなかった。

それを知っていても、彼にはどうすることも出来ない。

死の恐怖に怯えながら、言われたとおり動くだけだ。


「せっかくの調査の結果だ。うまく討ち取るか、追い込めよ」


<盗剣士>の声にせっつかれるように、彼は音も無く窓から抜け出た黒衣に向かって身を隠しつつ動き始めた。


 ◇


 ユウはかすかな物音も聞き逃すまい、と周囲の暗闇に耳を研ぎ澄ませていた。


かさり、と枯葉を踏む音。

ユウは、襲撃を予測し、小屋の周囲に目立たないように枯葉を置いていた。

自分自身が移動に用いる枝を除き、周囲の木の大きな枝にも隠れて切り込みを入れている。

これがベトナム戦争の兵士などであれば、より凝った仕掛けを作ったのであろうが、

トラップの心得の無い彼女にはこれで精一杯だ。


時折、さまよい出るモンスターによってそうした警報装置は常に破壊の危機に瀕していたが、

今回はそれが間に合ったようであった。


 周囲を、見渡す。

かすかな殺気。

明確なものでないのは、相手が隠れているからに他ならない。


(殺気を読み取るなんて、いい加減私もファンタジーの住人めいてきたな……)


背後の明かりに照らされて、自分がほぼ丸見えであることを確信しつつ、ユウは手元の瓶を取り出した。

わざと手で意味の無いしぐさをしながら、こっそりと転がした瓶を足で踏み抜く。

たちまち、周囲に濃密な煙が湧き出した。

彼女の手持ちの毒のひとつ、<発煙>の毒だ。

毒と言っても、無害な煙を立ち上らせるだけで、すぐ晴れることもあって発炎筒代わりにもならない、

はっきり言って失敗作の毒だった。


だが、こういう場では役に立つ。


そう。

誰かをおびき寄せ、<シェイクオフ>だと思わせるには。



斜め後ろから飛び出した刃を、ユウは身を翻しざまに避けた。

ぐっと、膂力に任せて強引に軌道を変えた剣を、まるでブリッジするかのように体をそらして避ける。

そのまま爆転へ。

跳ね上げられた両足は、剣を握る手首をしたたかに蹴り上げていた。


「……ぐっ!」


煙の向こうでうめき声が上がる。

その隙に、両腕の筋肉だけを用いてユウは大きく跳び、空中を舞う土埃を足場に<ガストステップ>を放った。

飛びながら、そばを駆け抜ける襲撃者の肉体を深々と斬り割ることも忘れない。

相手が何者かも確認しないまま、ユウは後ろ足で相手の後頭部を蹴り飛ばし、さらに加速した。


相手は少数だ。


反撃を警戒しながら、ユウは内心でそう呟いた。

<冒険者>が単独であっても、慎重な指揮官なら最低でも6人、1パーティを向かわせる。

<大災害>から一年、この世界でレベルを上げている<冒険者>とはイコール、実際に手足を動かしての荒事に慣れた人間に他ならない。

ゲーム時代ならいざ知らず、実際に肉体がぶつかる戦場であれば、

予想外の出来事には事前に対応策をとっていて当たり前だ。

そして、相手に予想外の行動を取らせないには。

最初にありったけのダメージをぶつけて沈めるしかない。


すかさず木影に隠れながら、ユウは考える。

相手から見て、ユウは何を知っているのか分からないジョーカーのような存在だ。

そうであれば、ユーセリアであれば、殺してグライバルトの大神殿で捕まえるのが最も楽だ。

とはいえ、ユウが姿をくらましていた間、他の都市に入っていないとも限らない。

ユーセリアでなくともそこまで考えるはずだ。


つまり、生け捕りを目指している。

<付与術師>の<アストラルヒュプノ>のような呪文か、あるいは毒か。


ブン、と音を立てて飛んできたのは、中間で折れた鋭利な刃――ブーメランだった。

高速で動く彼女の肩をかすったそれは、奇妙な文様を残していく。


(<盗剣士>!)


ユウはかさり、とかすかに音を立てて着地すると、投げつけられた方向を見た。

同時に後方から再び飛び来るそれを、刀を抜いて叩き落とす。


すべては無言だった。


腹を切り割られた<暗殺者(ニーダーベッケル)>が呻きながら倒れこみ。

武器(ブーメラン)を落とされた<盗剣士>が細剣(レイピア)を抜き、

その前に幅広の海賊刀(カトラス)を構えた<海賊>が刀を抜いて立つ。

そしてユウは、姿を現した襲撃者を前に、にやりと口を歪ませた。


「そろそろ、来る頃だと思ったよ」

「<暗殺者>! おとなしくしろ!」

「嫌だね、と言ったら?」

「後ろの小屋を燃やす」


ブーメランを落とされた<盗剣士>は、弓を構え、嘲弄するように声を上げたユウの目の前で弓を引き絞った。

その矢には、小さな瓶が二本、括り付けられている。

闇の中でも毒々しく光るその紫色に、ユウは見覚えがあった。


「……爆薬か」

「そうだ。武器を捨て、両手をあげて膝をつけ。さもなくば殺す」

「中に誰かいるとでも?」

「早くしろ! 中にラインベルクの元市長がいることも分かっている!!」


<海賊>の怒鳴り声に、ユウは笑みを大きくした。


「市長を焼き殺すつもりか」

「既に死んだことになっている男が、正真正銘死ぬだけだ。

……いいか東洋人の<暗殺者>。俺はお前と問答するつもりは無い。

あと5秒立たないうちに言うとおりにしなければ、本当に燃やすぞ。5、4……」


勝ち誇った顔で告げる<盗剣士>に向かって、ユウは悪戯っぽく舌を出した。


「そこまで親切にしなくてもいい。……手間を省いてやろう」


言いざま。

ニーダーベッケルを含む3人の男は、ユウの右手から短剣が銀の尾を引いて伸びるのを、

不思議な虫が飛ぶような目で見つめることになった。


ユウの探検が、小屋の入り口に無造作に置かれた藁束を貫いた瞬間。


轟音とともに、文字通り小さな炭焼小屋は吹き飛んでいた。



 ◇


 市長は、穴倉の奥で身を縮めていた。

彼の耳には何も入らないが、上でかすかに争う音が聞こえる。

ぎゅっと彼が手にした地図と紙を握り締めたそのとき、爆音が彼のいる小さな窪みを揺るがした。

ぱらぱらと土が落ち、ひゅう、と彼が来た方向に風が吹く。

頭上に微かに開いた空気穴が無ければ、市長は空気を失って窒息していただろう。

ユウが『予定通りのこと』、つまり小屋の爆破をしたに違いなかった。


小屋の周囲に入ってきた者が野良のモンスターか、あるいは道に迷った<大地人>であるという希望的観測はこれで費えた。

彼は襲撃されたのだ。


<冒険者>に命を狙われる。

二週間前にも抱いたその激甚な恐怖に、彼が思わず歯をカチカチと鳴らして、どれほど経っただろうか。


ふと見れば、暗闇の向こうに人が見えた。


ひっ、と悲鳴を漏らしかけた彼は、その人影がユウであることに気づいてぎりぎりのところで声を飲み込んだ。


「……大丈夫だったか?」


ユウにかけた市長の声は、それでも少し上ずっていただろう。

だが、<暗殺者>の女は口調など気にせず、市長をひょいひょいと手招きした。


「自分で掘っておいてなんだが、もう少しきちんとすればよかったな。

埃だらけだぞ、市長」


そういって身を翻すユウに続き、彼は地下室から伸びたいざと言うときの隠れ穴から顔を出す。

襲撃に備え、ユウが空いた時間を使ってせっせと掘っていた穴だ。

中には数日分の食料と水が置かれ、最低限の生活が出来るように広げられている。

もしも自分がやられたとき、わずかでも市長が生き延びるための、ユウのアイデアだった。


穴にもぐっていたのはほんの僅かなのに、外に出た瞬間、思わず市長は深呼吸していた。

そんな彼を苦笑して見るユウに、新鮮な空気を堪能した彼は声をかける。


「どうだった?」

「相手は3人。2人殺して、1人生け捕った。知り合いだ」

「グライバルトの<冒険者>か?」

「ああそうだ。自己紹介しろよ、市長閣下の御前だぞ」


若干ふざけたようなユウの声に、蹲っていた青年は小さく言葉を発した。


「<グライバルト有翼騎士団>のニーダーベッケル、です」

「……生け捕っただと?」


市長の声を隠すように、どこかでギャア、という竜の声が夜の森に響いていた。



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