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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
137/245

98.<変容>

1.


 唐突にユウは違和感を覚えた。


中心街の中でもひときわ目立つ豪壮な屋敷――かつてのラインベルク伯の居城であり、今は市庁舎、それと同時に市長の公邸でもある屋敷の窓をこじ開け、入った瞬間だ。


仲間よりも一足早く公邸にたどり着いたユウだったが、念のためと思い周辺を一回りする間に、彼らにずいぶん出遅れてしまった。

すでに何人かは、首尾よく神殿参事会の会頭だの、職工組合の組合長だのといった連中を取り押さえることに成功している。

ユウが目指すべきは街の現時点でのトップ、市長だ。

都市貴族でもあり、ラインベルクきっての商会の会頭も兼務する彼を捕獲すれば、グライバルトに対して引き起こされた陰謀を洗いざらい吐いてくれることだろう。


気取られた様子は無く、すべては順調なはずだった。

もちろん、現在彼女は特技を使い、自らの痕跡を消している。


だが、それでも。


(おかしい)


違和感は時間が過ぎるごとに深まっていく。

間取りが違う。

使用人の寝室と教えられた場所は何も無い倉庫であったし、

廊下の位置取り、階段の場所、それらがまったく異なる。

間取りを知っていた<冒険者>の記憶違いかと思ったが、それにしてはあまりに違いすぎた。


『ユウ!』


突然念話が彼女の耳に飛び込んだ。

ニーダーベッケルの声だ。


「ニーダーベッケル。作戦中の私的な念話は……」

『そうじゃない! ユウ、ここは罠だ! 連中、待ち構えてやがった!』


彼の声は必死だ。


『連中にも毒がいきわたってる! まさかあんた……』

「待て、毒だと!? なんのこと」


だ、ユウが答えかけた瞬間、ブツリと念話が切れた。

ステータス画面で見る彼の名前はいまだ光っている。

死んだわけではない。

ということは。


ユウは混乱しかけた頭で必死に状況を整理しようとした。


作戦の目的は、ラインベルクの有力者の捕縛だ。

そうしてグライバルトまで連行し、陰謀の証拠を市民の前で自白させる。

乱暴もいいところだが、よく言って中世後期並みのこの世界では、それで十分証拠になる。

それを元に、ラインベルク、ないしは彼らを操っているものを特定する。


作戦はうまくいっている。

実際にユウが侵入する前、町の神殿参事会の会頭や、職工組合の組合長といった有力者を捕縛したという知らせが、念話を通じて彼女の耳にも入っていた。

いまだに<有翼騎士団>の一員ではない彼女には、そうして伝えるほか無かったのだ。


後は、ユウを含む何人かで、街のトップである市長を捕獲するのみ。

都市貴族であり、かつてのラインベルク伯の筆頭騎士でもあり、この街を拠点とする商会の主でもある彼を捕獲すれば、陰謀の内幕はほとんど見えてくる、とローレンツは見ていた。


すべてはうまく行っている。


この街にも大神殿があるため、帰還呪文を用いての緊急脱出こそできないものの、

作戦の当初目的は半ば達成されたと言っていいだろう。

だが、ぞわりとユウの全身を包む言い知れない不安。

事前情報とまったく異なる屋敷の配置。

そして、今のニーダーベッケルの叫びと奇妙な沈黙。


彼は『連中にも毒がある』と言った。

あの、<醜豚鬼>が爆薬を持っていたことから、少なくともユウと同程度に熟達した<毒使い>が敵側にいるのは明白だ。

単に、奇襲に気づいたこの街の<毒使い>が邀撃に出てきただけなのか。


それとも。


不意に、ばさささと言う音がユウの鼓膜を打った。

窓の外、枝に止まっていた梟が翼を広げて飛び立った音だ。


その瞬間、ユウは窓を破り、一気に外へと飛び出していた。


くるりと回って、広大な庭園に着地する。

元は貴族の邸宅らしく、規則的に配置された花壇は、あの『不思議の国のアリス』のハートの女王の城にも似て、言い知れぬ不気味さを感じさせる。

そして、その向こうから自分をのぞき見るような、見えない目。


(ここは危険だ)


かつての幾度もの戦いと同様、ユウが自らの直感を信じて走り出したとき、不意に足に何かが絡みついた。


(網!?)


それが誰かの投げた投網と気づく前に、ユウの腰から抜き放たれた刀が一閃する。

そのまま、彼女は驚異的な身体能力でバランスを立て直すと、そのまま一気に飛び上がった。


「逃がすかっ!」


すかさず斬りこんできた誰かの剣を、体をひねって寸前でかわす。

再び着地したユウを狙って飛んできたのは、今度は矢だ。

十本近いそれらを、ユウは<ガストステップ>で大地をけって置き去りにした。

ととと、と軽い音が彼女の背後から響く。


「マルシネ!」

『すまん、こっちは逃げられそうに無い』


別方向から市長公邸に侵入した仲間の、諦めたような声がユウを焦らせた。


「脱出しろ! できないのか!」

『無理だ。<冒険者>が、見える範囲で5人いる。<大地人>の兵士はそれ以上だ。

すまん……ここは罠だった。誰か、裏切り者がいるんだ。

俺のリーダー(グンヒルデ)とは……思いたくないが』


ははは、と耳に届く疲れたような笑いに、ユウは思わず叫んだ。


「諦めるな! 脱出しろ! 真相を掴むんだ!」

『あんたは94レベルになったんだろう……何とか逃げて、仲間に状況を知らせてくれ。

念話だけじゃなく、実際に見たことを。

……頼むよ』

「マルシネ!」


戦友の答えは無い。


ユウは立て続けに投げつけられる投網と矢を転がるようにかわしながら、状況が加速度的に悪化していくのを絶望的な面持ちで認識した。



この状況では、仲間を救うことはほぼ不可能だ。

自らを脱出させるだけでも難しい。

それに、とユウはさらに考える。

城壁の外にいるはずのヴェスターマンは無事だろうか。

彼は<守護戦士>だ。とっさに逃げることは難しい。

ここまで周到な罠を張った相手であれば、城壁のすぐ外に待機している彼の存在に気づいていてもおかしくは無いはず。

まだ、撤退の時間まで間がある。

誰かの念話で状況を把握していたとしても、街からそう遠くまで離れているとは思えなかった。

そもそも。


この作戦はローレンツを始め、今回のメンバー以外ではごくわずかしか知られていないもののはずだ。

隠密奇襲が作戦の肝なのだから。

であるにもかかわらず、敵は<冒険者>がどこにどのように入るかまで把握して迎撃している。

情報が漏れていなければできることではない。


ユウはこの作戦を知る面々を頭に思い浮かべ――そして、彼らに対する情報を何も持っていないことに気づいていまさらながらに愕然とした。

半ば無意識に攻撃をよけ、顔も見えない相手に短剣を飛ばしつつ、庭園を疾走するユウの脳裏に、<有翼騎士団>の面々の表情が思い浮かぶ。


現時点で推定有罪なのは、この都市の間取りを伝えたあの<冒険者>だ。

確か、名前はアウグスト。

後はローレンツ、ユーセリア。何人かの準幹部とも呼ぶべきメンバー。

そしてヴェスターマンと、作戦部隊の面々。

<大地人>ではフルク議員と、エゼルベルト。

ユウが知るのはこれだけだ。

だが、それ以外にどれだけの人間が作戦を知っていたのか、ユウには知るすべは無い。

この世界には念話もあるし、フルクのような有力者は多くの従者や家臣、召使に囲まれているのが常だ。

彼らの口全部を塞ぐことなど、できようはずも無い。


いったい誰が裏切り者なのか、あるいは裏切り者は元からおらず、口の軽い誰かの言葉から敵が概要を知ったのか。

それは分からない。

ただひとついえることは、つかまるにせよ殺されるにせよ、このまま手をこまねいていては最悪の方向へ向かう、ということだけだ。




ユウは走りながら頭上を見上げた。

既に再使用規制時間は過ぎている。

彼女の手からぽん、と投げ上げられた石が、中空に緩やかな放物線を描く。

その石が最高地点に達する直前、ユウは庭師がさぞ丹精こめたと思しき花を躊躇なく踏みにじり、思い切り飛び上がった。

つま先がかすかに石に触れた時点で特技を発動する。


<ガストステップ>。


まるで投石器で射出されたかのように、弾丸のように飛び上がったその足元を、いくつもの矢がむなしく飛び去るのを見ながら、彼女は城壁を越えたことを目で確認する。

城壁の上には、煌々と輝く松明。

そのそばには、<大地人>と思わしき兵士が、弓に矢を番えて睨んでいた。

その顔に化け物をみるような怯えが浮かんでいるのが見える。


ユウは弾道弾(ミサイル)のように鋭角で着地すると、周囲を怯えたように囲む兵士たちを見た。


「誰の命令だ」

「あ……あ」

「言え。誰の命令だ」

「……傭兵隊長、閣下です」

「よし」


その返事に頷くと、ユウは彼らを押しのけ――不運な何人かが城壁から転げ落ちるのも構わず――城壁の犬走りを駆け抜けた。

そうしながら、手元の<暗殺者の石>から次々と爆薬を取り出し、投げる。


連鎖的な爆音がひびき、庭から感じられる気配が明らかにざわついた。

それにも構わず、ユウはまるで小判をばらまく江戸の怪盗の如く、次々と爆薬をばら撒いていく。



ユウは曲がりくねった公邸の塀を走りながら、この夜の奇妙さについて改めて気づいた。

先ほど、兵士は自分たちが配置されたのは傭兵隊長――状況からしておそらくは<冒険者>のギルドマスターだろう――の指示だといった。

そして、追手の奇妙な沈黙。

もしユウを追うのなら、音を鳴らし、勢子を集めて狩り出そうとするはずだ。

どんな腕の良い<暗殺者>でも、自分が狩りの獲物になると知って冷静ではいられない。

だが、追跡者たちはそうすることをせず、闇夜で密やかに自分たちを狩り出そうとした。

そして、屋敷内の静けさ。


それらすべては、あるひとつの結論に行き着く。

それは。


「なんだ!? 何が起きた!?」

「閣下!危のうございます」


唐突に出窓の一つに明かりが灯り、バン、と窓を開けて恰幅の良い中年男性が姿を見せた。

ナイトガウンだろうか、ゆったりとした衣服に包まれたその体の上に乗った顔は、困惑と不審に彩られ、背後の明かりを照り返している。


(やはり)


「市長を隠せ!」


ユウがにやりと笑って飛んだのと、その足下から焦った声がしたのは同時だった。

空中を、まるで鳥のように黒い影が飛ぶ。

その影は、いくつかの破風と屋根を経由し、瞬く間に中年男性――市長の眼前に現れていた。


「な、な!?」

「こんばんは。市長閣下。そしておやすみなさい」


何かを言う前に、ユウ手製の<快眠>の毒が市長の喉元に突っ込まれる。

瓶の毒をまるごと飲み干し、たちまちぐったりとなった市長を横抱きに抱え上げると、

ユウは狼狽えて自分を見る執事らしい男性にウインクした。


「な、市長閣下をなんと」

「少しお借りする。暴れなければ殺しはしない。騒がないでいただきたい」


なおも言い募ろうとする男を尻目に、ユウは再度窓から飛び出した。

行き掛けに蹴り飛ばした毛布を足場に、再度<ガストステップ>を用いて城壁に戻ると、そのまま飛び降りる。


「重たいな……」


背負い直した市長を担いだまま、ユウは走りだした。



2.


 追手を振り切るには時間がかかる。

ユウは、人一人を抱えてなお、通常の<暗殺者>より速く走ることができるが、それでもラインベルクからグライバルトまで伸びる街道を行くのは危険に過ぎた。


ヴェスターマンと合流はできておらず、他の仲間の安否も不明のままだ。

捕獲した他の<大地人>も奪い返されたと見て良いだろう。

ユウは、汗血馬を呼び出すと、その背に荷物のように市長の体を括りつけ、自らもまたがった。

荷重に不満そうな嘶きを上げる汗血馬の首を叩いてなだめ、走りだす。


その進路は、行きと同じ森の奥を指していた。


「ん……あ」


市長が目覚めたのは、翌日の夕暮れ時になろうかとする頃だった。

状況がよくわかっていないのか、寒そうにぼんやりとした目を周囲に向ける彼に、

ユウは静かに声をかける。


「市長閣下」

「ん……!! 貴様、グライバルトの<冒険者>か!」

「いかにも。閣下におかれては、ごきげん麗しく」

「嬲るか!<冒険者>めが!」


さすがに一都市を率いるだけはあり、一対一でユウと対峙していても、その言葉に怯えた様子は微塵もない。

そのまま、彼は居丈高に叫んだ。


「おのれ、我が都市を狙うだけでなく、儂の命をも奪おうとするか。

忠告しておくぞ、雌犬。貴様の飼い主に伝えておけ。儂が死のうともラインベルクは決して降伏などせぬぞ」

「……ちょっとまってくれ、閣下。『わが都市を狙う』だって?」


高飛車な物言いより先に、その発言の中身がユウは気になった。

目の前の男は、交渉事に長けた生粋のネゴシエイターだ。

そうではあるが、起きた咄嗟で言った言葉にしては、妙だった。


「そうだ。傭兵隊長から聞いている。貴様らグライバルトが、かつて我が都市から放逐した領主を担ぎ、わが町を狙っているとな。

そのために住人の食料すら切り詰め、貴様ら<冒険者>を多く抱えていると」

「待て。先に手を出したのはあんたたちじゃないのか? グライバルトとの交易を閉じ、挙句<醜豚鬼(オーク)>を七花騎士団に訓練させ、交易路を荒らしていたじゃないか」

「なんのことだ!」


怒鳴った市長の声が、夕焼けに淡く染まる森の木々をびりびりと揺らす。

雷喝というにふさわしい大声に、軽く耳をふさいだユウは、しばらく顎に手を当てると、やおら縛っていた彼の手の縄を切り落とした。

誘拐犯の意外な行動に、一瞬黙った市長に向かってユウは静かに言う。


「どうも相互に誤解があるようだ。私は確かにグライバルトの<冒険者>だが、私の話を聞いて、あなたの認識と違うところを教えてもらえないか? 非礼は詫びる」

「……言え」


縛られたままで固まった手首をさすりながら答えた市長に、ユウは説明した。

グライバルトに何者かが攻撃を仕掛けてきていること。

交易路を閉じるだけでなく、<醜豚鬼>に爆薬を渡し、訓練を施して交易路を荒らしていること。

その訓練を行っていた<冒険者>は<七花騎士団>であること。

そして一昨日、ラインベルクからの使者が到着し、交渉に入っていること。

グライバルトは一連の事件の容疑者をラインベルクと判断し、ユウたちが市長の身柄確保のために派遣され、そして待ち伏せを受けて壊滅したこと。

およそユウが知る状況の全てだ。


市長は目を閉じ、腕を組んで黙って聞いていた。

ナイトガウンだけの姿でありながら、さすがにその風貌には威厳が漂っている。

やがて、ユウが口を閉じたあと、市長は静かに口を開いた。


「……たしかに、認識に齟齬があるようだな」

「そうですか」

「うむ。そもそもだが、わしらラインベルクはグライバルトと積極的に事を構えてはいない。

確かに交易路を閉じたが、それは貴様らが先に<冒険者>を集め、食料や資材を切り詰めて武備を整えている、と聞いたからだ。

そして、儂らの宿敵を密かに迎え入れ、庇護を与えているという情報もな。

儂らはグライバルトが我がラインベルクに攻めこむのではないかと考えた」

「宿敵、というのは」

「そなたは珍しい風貌をしている。この土地のものではないのだろう。

であれば知らぬのも無理は無い。

儂らは元々自由都市だったわけではない。50年ほど前までは領主がいたのだ。

暴虐の限りを尽くすだけでなく、<毒使い>や<錬金術師>を利用しておぞましい実験までもした。

それに当時、領主の騎士であった我が祖父君はじめ、当時の家臣たちが反乱を起こし、

<冒険者>の助力を得て領主を放逐した。

宿敵というのはその子孫だ。

ラインベルク伯爵家、当代の当主はエゼルベルトといったかな」

「エゼルベルト」


ユウは鸚鵡返しに繰り返した。

ラインベルクへの今回の襲撃に同行してきた、<大地人>貴族の名前だ。

彼女が心あたりがあることに気づいたのか、市長は厳しい目線を彼女に向けた。


「確かに儂らもグライバルトが弱体化することには大賛成だ。

あわよくば漁夫の利を狙おうとしたことも否定はせん。

だが、先に仕掛けてきたのは貴様らなのだ。

まして<醜豚鬼>を使っただと? 言いがかりはほどほどにしておけ!」


最後は激高したのか、怒鳴りつけた市長に対し、ユウはなおも問いかけた。


「では、<七花騎士団>は? あんたたちの街の<冒険者>ではないのか?

今日の襲撃を察知して迎撃したのもあの連中だが、あんたの指示ではないのか」

「あやつらか」


忌々しそうに吐き捨てて、市長は日が落ちた空を見上げた。


「確かに連中はわが町にいる。傭兵隊としての身分も与えた。

だが、断じて亜人を使うような策など命じてはいない。

何より、襲撃があるということも、迎撃しろということも、儂は知らんし、命じてもおらん。

それに、使者といったな? グライバルトへやって来た、という。

その男はどこの誰だ」

「……会っていないので名前は知らん。ただ<七花騎士団>の<冒険者>だ」

「……グライバルトとの交渉の文面は作っている。この場ではわからんが、儂の執務室の金庫に他の書類とともに入っているはずだ。

だが、儂は使者を出してはおらんし、出す予定も今のところなかった。

情報を集めてからだと思っていたからな。

……その男は儂の下で動いてはおらん。儂以外の何者かが、ラインベルクの名を借りて行ったことだ。

…貴様に助言するのも何だが、数日あればその男の嘘はバレていたはずだ。

であればその男の目的は唯一つ。

貴様らを焦らせ、儂や他の有力者の誘拐、もしくは暗殺を目論ませることだ。

そしてその結果を利用することだろうよ」

「……ということは」

「その男、つまりは<七花騎士団>と、今回貴様らに作戦を与えた男はグルだ。

目的はラインベルクとグライバルトの仲を決定的に裂くことだろう」


言うだけ言って、むっつりと押し黙った市長を前に、ユウは珍しく呆然としていた。


市長の言を信じるならば、全ては誰かの立てた筋書き通りに進んでいることになる。

その盤面の一方に<七花騎士団>という<冒険者>ギルドがあることは間違いない。

だが、<冒険者>がこのような迂遠な方法で都市を荒らすということは考えにくかった。

今回、グライバルトとラインベルクが弱体化することで最も利益を得るものは。


「他の都市のしわざ、ということか」

「だろうな」


市長は、ユウがある程度理解したと判断したのだろう。

それまでの高圧的な態度から、やや軟化した口調で告げた。


「そなたの主君が信頼できる相手であれば、このことを告げるといい。

そして、儂も一旦姿を隠したほうが良さそうだ。

敵の目論見がラインベルクを激発させることであれば、儂以下、何人もの有力者を攫われたとして生かしておくはずもない。

他に誰を攫ったのかは知らんが、どのみち殺されているだろう。

そうなればわが町は死に体、残された住民は激怒して攻めこむに違いあるまい」


ユウはステータス画面を起動した。

一覧表の中に、『ローレンツ』という名前を探し、念話をかける。

しばらくの後、相手が念話に応じた音がした。


「ローレンツか」

『ユウか』


念話の向こうの声は、疲れ果てているようだった。

その口調が気になったが、ユウはあえて自らの要件を先に話しだした。


「ローレンツ。市長を確保した。殺してはいない。

市長から奇妙なことを聞いた。

ローレンツ、ラインベルクは今回の事件の首謀者じゃない。

ラインベルクに雇われた<七花騎士団>が暗躍しているのは確かだが、その主人は……」

『遅いぜ、ユウ』


矢継ぎ早に言おうとしたユウの声を、ローレンツの声が遮った。

その口調に溢れる絶望感に、ユウが思わず息を呑む。


『俺達……俺と俺の派閥は、反乱者にされた。

告発したのはヴェスターマンだ。

容疑は、ラインベルク市長、神殿参事会会頭、職工組合長の暗殺。

そして、グライバルトとラインベルクを共倒れにさせ、己が領主になろうとした、という容疑さ。

すでに仲間は10人もいない。

脱出しようと城門近くの鐘楼に立て籠もってはいるが……ムリだろうよ』

「どういうことだ! それに10人!? <有翼騎士団>はまだ70人近くいるはずだろう」

『ユーセリアとグンヒルデが裏切った。連中がいまやフルク議員率いる討伐隊だ。

ついでに<七花騎士団>と<大地人>からなるラインベルク軍もいる。

俺の派閥は奇襲と降伏勧告でズタボロさ。

それに、大神殿をユーセリアの奴が買い取ってやがった。

今じゃ、俺達は復活すら出来るかもわからん』

「……! すぐ行く」

『来るな!!』


キーン、と耳に響く絶叫がユウの耳を打った。

しばらく黙った後、ローレンツが一転した穏やかな声で言う。


『お前は当面の間、市長を守れ。そして証言させるんだ。

ラインベルクとグライバルトが何者かの陰謀に巻き込まれているとな。

多分、ユーセリアと<七花騎士団>の主人は同じ連中だ。

最初から連中の獲物はグライバルトだけじゃなかった。

連中はグライバルトとラインベルク、2つの都市をまとめて戴くつもりだったんだろうさ』

「……」

『俺達の名誉を守ってくれ。……頼む』


ブツリ、と念話が途切れる。


ユウは体の奥底から、得体の知れない感情が沸き上がってくるのを感じていた。

ふつふつと滾るそれは、<エルダー・テイル>のゲームの中でかつて感じたいかなる感情とも違う。

例えて言えば、それは仕事で誰かに出し抜かれた瞬間の気持ちに似ていた。


市長を振り向く。

その眼光を見て、どこか怯えたような彼に対し、ユウはゆっくりと言った。


「市長閣下。当面の間、私は自分の元の部隊に戻れなくなりました。

その間、閣下を護衛します」



 ◇


「連中も粘るねえ」


鐘楼の窓から眼下を見下ろし、ローレンツは楽しそうに言った。

丸一日近い撤退戦を演じた彼の目には、隠し切れない疲労が深く浮かんでいる。

そうでありながら、彼は楽しげに、わずか数人に打ち減らされた仲間たちを見やった。


「ユーセリアのやつ、実際の指揮は下手くそだな。ヴェスターマンに全部任せりゃいいものを」

「あの裏切り者たち、何度殺しても飽き足りません!」


仲間の一人、<聖騎士>の言葉に、ゆっくりとローレンツは首を振った。


「連中には連中の思いがあるんだろうよ。俺たちを――俺を排除してこの街に新しい秩序を作りたい、というな。

フルク議員もこの道が最も街に対していいと思って、選んだんだろう」

「ですが……大神殿まで」

「そりゃ俺のミスさ。買収費用と維持費用が高すぎて、ほっとくしかなかったけどな。

ユーセリアの奴、どこであんな大金を持ったのか……」

「……」


鐘楼の周囲、城内も城外も十重二十重に囲まれ、すでに逃げる事はできない。

その上。


「裏切り者を殺せ!」

「<大地人>を傷めつけた連中を殺せ!」

「資材を止めたのもこいつらだと言うじゃないか!」

「……ユーセリアの野郎、罪を全部こっちになすりつけやがった。

まあ、嘘じゃないけどなあ」


周囲から聞こえるグライバルト市民の叫び声に、ローレンツは肩をすくめた。

自分が守ろうとした、異世界での故郷の住民の叫び声が心に響いていないはずはないのに、あくまでローレンツの仕草は飄々としている。

ついに押し黙り、男泣きに泣く仲間たちを見回し、彼はゆっくりと鎧を外した。


「何を!?」

「俺を殺して降伏しろ」

「そんな!」


反論する仲間たちを睨み回し、彼は落ち着いた声音で告げた。


「このままでは全滅だ。復活できるかもわからん。

俺を殺して降伏すれば、ユーセリアも少なくとも殺すことはしないだろう。

いや、戦力の減少を嫌がるフルク議員が止めるだろう。

だからやれ」

「そんな……」

「ギルドマスターとしての仕事のうちだ。それに朗報もある。

ユウがラインベルクの市長を捕らえた。殺してはいない。

彼の証言があれば、この茶番劇も別の形になるだろう。

だからお前らは生き残れ。

生きて、ユウの力になってやれ」

「……」


押し黙る仲間たちを一人ひとり眺め渡したあとで、ローレンツはゆっくりと座って目を閉じたのだった。

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