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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
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95. <プレイ・オブ・オナー>



 コン、コン。


「どうぞ」


カチリ、と音を立てて、小さな扉が開かれる。

中からの返事に、その男は従士に任せることなく、自ら扉を開けて室内へ声をかけた。


「遅くなった」

「閣下。遅くに申し訳ありませぬ」

「いや、なに」


入った男は、小さな扉を窮屈そうに潜り抜けると、腰の剣を外して壁に立てかけた。

そのまま、部屋の中央に置かれた円卓の一隅、ひとつだけ残された椅子にどかりと座る。


殺風景な部屋だ。


丁寧に塗られた白い壁には染みひとつなく、調度は贅を尽くされてはいるが、

壁には肖像ひとつなく、それ以外に部屋を飾るものもなにもない。

よく見れば、円卓も巨大な大木を輪切りにして整えたと思しき重厚な一枚板であったが、

そこにはワインと煙草以外、装飾も何も置かれてはいなかった。


天井の、蝋燭をふんだんに用いたシャンデリアが、部屋の空気の流れでかすかに揺らめくのを見つめ、

最後の入室者は満座を見回した。


年齢も服装も見事にバラバラな、奇妙な一団であった。

ひとつだけ、その場にいる全員が豪華な服を着ている、ということ以外は。


「……では、今宵の会議を始めようか。おのおの方、よろしいな?」

「異議はない」

「ありませぬ」

「こっちもないっすよ」


「では、グライバルトの始末について話し合おうか」


座長役らしい男は、そういって手元から一掴みの煙草を手に取り、粘土(クレイ)パイプを手に取った。



 ◇


「グライバルトの状況は」

「悪化の一途をたどっているようですな。配給は日に日に厳しくなっているとか」

「よくも頑張ることだ」


くっく、とパイプの煙をくゆらせて座長の男が笑う。


「連中は自らを飾り立てるのに必死ですね」


別の男の追従めいた言葉に頷いて、座長は別の男を見る。


「議会はどうだ」

「四分五裂、というところです。<冒険者>のふがいなさを責める声も聞こえるとか。

……男爵、別に罵ったわけではありませんぞ」

「分かっていますよ」


別の椅子に座る男が不機嫌そうに答え、座長は男爵と呼ばれたその男に視線を向けた。


「工作は?」

「うまくいってますね。今のところ定時連絡でも異常は見当たりません。

念のため、協力者にローレンツたちの動きを探らせていますが、闇雲に警戒するだけのようです」

「よろしい」


肩をすくめたその男に鷹揚に応じ、座長の男は繰り返すように言った。


「貴公の動きは悟られるのはよいが、あくまで陽動。

もうひとつの工作と合わせねば意味がないぞ」

「お任せあれ」


男爵の答えにもう一度頷き、今度は別の男を見る。


「エゼルベルトたちの動きはどうか」

「今のところ問題はありません。血気にはやっておるようです」

「あの男も、墜退した家名を揚げることに必死のようじゃな」

「エゼルベルトが悪いと言うわけではありませぬが、あの家は領民に血を流させすぎました。

五十年前のこととはいえ、いささか忘れるのも早うございますな」

「貴族と言うものはそういう生き物じゃ。心せよ、アルフリッド」


アルフリッドと呼ばれた男がむっつりと頷くのを見て、円卓の一角に目を向ける。

そこには椅子ではなく、小さな水晶球が置かれていた。


「フルク議員の懐柔は進んでおるか?」

『予定通りですね』


水晶からもれた声に、座長の男は腕を組みなおす。


「となると、実態を見ねば理解させられまい。まあもう少しあの老人には苦労してもらおう。

まあ、有力者が二人もこちらの味方なのだ。

周囲に知られず意地を張り通すのももうしばらくのことじゃろうて。

あの老人の抜け目のなさは苛立たしかったが、ことこうなると頼もしいものよ」

『引き続き工作は続けます』

「頼むぞ……そうじゃ」

『何か?』


若干怪訝そうな水晶球の声に、座長の男はなんでもないように聞いた。


「あの女。ユウとかいったか、あのレベルが異常だという女はどうなった?」


女、という声に、一座にわずかに緊張が走った。

周囲の雰囲気を気にもせず、座長の男はなおも問いかける。


「最後の報告では、あのローレンツ団長に懐柔されたというではないか。

噂では愛人になったとか」

『あの男の派閥に加わったのは間違いありません……ですが、愛人というのはおそらく嘘でしょう』

「ほう?それは?」

『どんな男女でも、体を許せばどこかに気安い部分が出てくるものです。

あの二人にはそれがない。男女の関係ではありません。

ただ……利害のどこかが一致していたのでしょう。彼女がローレンツ派なのは間違いない』

「……そう取っておいて、他についた可能性は?」

『ありえませんね』


切って捨てるような水晶球の声に、座長の男は楽しそうに腹を揺すった。


「はっは。まあ、そなたがそういうのであれば何より確かじゃ。

引き続いて頼むぞ。測量もな」

『わかりました。それでは』


声が唐突に途切れ、沈黙していた円卓の一人がふう、と息をついた。


「それにしても伯爵。彼がこちら側についたのは心強いですが、その意図はなんでしょうかね。

ローレンツの下にいても、彼は特に困らなかったはずなのに」


その問いかけに、座長の男――伯爵は太り気味の顔に黒く筆で書いたような眉を、器用にも片方上げた。


「もちろん、あの男には裏切るだけの理由があるんじゃよ。

わしらには理解しがたいが、あの男には騒乱を好む性質がある。

何もない平和より、足を引っ張り合い、握手の裏で剣を突きつけることが何よりも好きなのじゃ。

だからわしらに付いた」

「そのような性質であれば、いずれわれらも裏切るのではありますまいか」


別の男が怯えたように問いかける。

それに答えたのは伯爵ではなかった。


「だったら、二度とそんな気を起こさせないほどに屈服させてしまえばいいわ」


それまでずっと黙っていた女が、ぽつりと言った。

その答えに、問いかけた男が嘲るように指摘する。


「だが、相手は不死身の<冒険者>だぞ。屈服といっても」

「そこの男爵閣下のような戦士は別として、<冒険者>は肉体はすばらしいけれど心はヒヨッコばかり。

戦士じゃない。

あの男も、きっとそうでしょう」


ならば対処は簡単、と嘯くその女に、伯爵がたしなめるように言った。


「じゃが、用意は周到にしておかねばの。そのためのエゼルベルトたちじゃから」

「はい」


別人のようにしおらしい女の声にひとつ頷くと、伯爵は満座を見回した。


「では、次の議題に移るかの」


夜は更けていく。

ユウたちが探索を開始する、わずか数時間前、ある町の屋敷の一室でのことだった。

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