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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
132/245

94. <探索> (前編)

1.


(……なるほど)


ユウは気の弱い者であれば泣き出しそうな目つきで、周囲を見回した。

その視界に移るのは、決して少なくない数の『騎士』たちだ。

しかし、彼らがユウと目を合わせることは、一部の<冒険者>を除き決して無い。


きわめて不本意ながら、『騎士団長の愛人』という立場に立ったユウにとり、<グライバルト有翼騎士団>というささやかな組織の居心地は、別人のように冷たいものになっていた。

人間と言うのは動物の一種だ。

いかに理屈を論じ、理非を唱えたところで、男女であれば抱き、抱かれれば理非なく感情が支配する。


『いかに口では中立な客人を唱えても、所詮は団長(ローレンツ)愛妾(いろおんな)


その意識は、少なくない数の反・ローレンツ派とも呼ぶべき人々に特に顕著だった。

最右翼はグンヒルデだ。

当初の友好的な雰囲気が嘘のように、現在ではユウを見ても冷然と無視するか、冷たいまなざしを向けるのみ。

また、もう一人の騎士団の重鎮と呼ぶべきユーセリアの態度も、わずかながら確実に余所余所しいものになっている。


すべては、ローレンツが意図したとおりの状況だ。


いっそ寝込みを襲撃(おそ)ってやろうか、とも思ったが、簡単な暴力で何とかなるわけでもない。

ユウが激発した時、おそらくローレンツもまた、簡単に自分を切り捨てるであろうことも分かっていた。

彼も政治的動物だ。

意のままに動くどころか、短絡的に暴走しか出来ない手駒など盤面の邪魔とばかりに排除するだろう。



それでも、ユウはグライバルトの街に残り続けた。


もともと、<冒険者>同士でいがみ合うアキバの雰囲気が嫌で飛び出したのがユウだ。

アキバの縮小再生産というべきグライバルトに残る意味など何もない、はずだったのだが。



 ◇


 作戦会議は夜を徹して行われている。

正確な時計などはないこの世界にあって、<冒険者>たちにわかるのは、『夕方』『夜更け』『夜明け』といった曖昧なものでしかないが、

すでに体感時間では会議は8時間を越えていた。


その議題はただ一つ、『どうやって敵をおびき寄せるか』というもの。


あくびをするローレンツに、同じく眠そうなグンヒルデが微笑む。

その対角線上に位置するユーセリアはそんな二人を苦笑して見つめていた。


だが、ユウにはわかる。

彼らの表情はすべて擬態だ。

『団結した騎士団』という幻想のための、打ち合わせたわけでもない無言の演技。

実際には、彼らの誰一人として、この夜に何かが決まるなどとは思っていない。


ただ、待っているのだ。


何かが起こるのを。


「想定どおり、街の食料庫の備蓄は30%を切りました。議会は昨日のうちに、食料の配給制をさらに強化するつもりです」

「ようやっと、か。お偉いさんも腰がそろそろふらついたか。で、商隊は手はずどおりか、ユーセリア?」


肩をすくめたローレンツに、書類を見ながらユーセリアが返す。


「ええ。危険を理由に、すべてこの街か近隣で足止めをしていますから。

グンヒルデさんの配給も止まっていますから、早晩この町は飢餓に襲われることでしょう」

「かわいそうね……」


自らもその片棒を担いでいることに気づいているのかいないのか、グンヒルデがしょんぼりと呟く。


「まあ、しばらくの辛抱ですよ。<大地人>を通じて、この街の状況は逐一周囲に触れ回っています。

モンタドール商会のギュスターヴ氏なんて、家財一式馬車に積んで、大声で触れ回りながら出て行ってくれましたからね」


街から脱出した有力商人の名前に、ローレンツのみならず、居並ぶ一同が揃って苦笑した。


「あのおっさんはずいぶんと役立ってくれたな。他の面々はどうだ?」


ローレンツの問いかけに答えたのは<付与術師>固有装備であるローブをまとった別の<冒険者>だった。


「昨日までの間で脱出した有力者はサーベラ卿、マティアス卿、アウス・デア・ハイテ子爵。

いずれも近隣に親類のいる貴族です。

他に脱出しそうな貴族は4名。市民に気づかれないよう荷造りをしているようですね。

一応、近隣までは<冒険者(われわれ)>の護衛がつくとわかったとたん強気ですよ。

商人ではアーバサ商会、ロッシュ商会、ザールブリュック商会が支店を畳みました。

体力のない中規模の商会を中心に、この動きは加速するでしょう」

「残ることを明言している連中は?」

「市長以下、数は少ないですね。教会の司祭も残ることにしたようです。

他は……いく当てのない貴族や、代々この土地にいる商会くらいですか」

「選別は順調だ、ということだな」


ローレンツが両手をあげ、会議室の<冒険者>が笑う。

その中でユウはふと気になったことを横のローレンツに問いかけた。


「ローレンツ」

「なんだ、ユウ」

「状況が整理されつつあるのはわかるが、推定容疑者を絞ってどうする?

攻め込むのか?」

「まさか」


何を馬鹿なことを、といわんばかりの態度でローレンツが答える。

かすかにクス、と響くグンヒルデ(だれか)の嘲笑を背景音楽に、彼はあっさりと答えた。


「市長とも話をしているが、無差別逆襲は無意味だ。

いや、一回叩くくらいならいいが、泥沼の戦争になってしまってはどっちみち交易都市としてのグライバルトは終わりさ。

ただでさえ100人以上の<冒険者>を抱えるここは周囲から見れば危険な相手だ。

まあ、いいところ対等な通商条約を結びなおす、くらいが関の山だろうよ」

「では、わざわざ容疑者を絞る意味は?」

「この街は友好する相手を求めているんであって、潜在的な敵は求めていない、ってことだ」

「要は見せしめですよ」


ローレンツに続けて声を発したのはユーセリアだった。

目をどこかそらしながら、彼は手短に告げた。


「めちゃくちゃなことをしなくても、グライバルトには対等な交易の用意がある。

だけど、<醜豚鬼(オーク)>をけしかけるような相手とまともな条約は結べない。

無差別の逆襲はしなくても、『相手を選んで』仕掛ける、ということです」

「おそらく早晩、連中はいかにも親切めかした顔で使節団を派遣してくるだろう。

そのときのやり取り云々で、ある程度正体は絞れるはずだ。

そこで、ユウ。おまえに頼みがある」


言葉尻を取ったローレンツに、ユウは怪訝そうな顔を向けた。


「頼みだと?」

「ああ。街道を巡回して<醜豚鬼>の住処を突き止めてくれ。

期限はこの日の夜明けから数えて2日。

そこで、できれば連中の黒幕につながる証拠を押さえてきてほしい」

「……一人か?」

「そんなわけがないだろう。<守護戦士>のヴェスターマン、それから<修道騎士(テンプラー)>のアンバーロード、そして<盗剣士>のマルシネだ」

「……わかった」


ローレンツが挙げた3人の名前は、いずれも<辺境巡視>や<追跡者>といった、探索に役立つ特技を持ったメンバーだ。

それだけではない。

ローレンツ派のヴェスターマン。

ユーセリア派のアンバーロード。

グンヒルデ派のマルシネ。

それぞれのリーダーの、いわば忠実な手駒というわけだ。


それを理解したのか、頷くユウの横でグンヒルデが異論を挙げた。


「4人だけでは危険じゃない?特にユウさんはこの国のことをあまり知らないし」

「知らないからこそ見られるものもあるだろうよ」


斬って捨てるようなローレンツに、一瞬グンヒルデが凄まじい目を向けたのも気にせず

ユーセリアが訥々と続ける。


「実際、我々の中でもっとも戦闘能力が高いのはユウさんです。

このクエストは速度と成果が命ですから、順当な人選でしょう」

「でも……」

「なら、お前が行くか? グンヒルデ」

「……いいわ。私も忙しいし、ならまあ、彼女にお任せしましょう」

「よし」


夜明けの光が一筋、窓に届く。

そうして、ユウの新しいクエストは始まった。



2.


 グライバルトから南へ伸びる街道は、大きく蛇行しながらホーエン方面へ向け伸びている。

かつての地球では、無数の橋やトンネルを用い、ほぼ直線の道路が延びていたが、この時代はそうした神代の交通網は軒並み崩落寸前の遺跡と化し、人々は科学技術が発達する前と同様に、舗装もない不自由な街道を歩くことを余儀なくされていた。


「アウトバーンがあればなあ」


騎乗で、そうぼやくのは<盗剣士>にして<追跡者>のマルシネだ。

外見上は20代そこそこの青年である彼は、どうやら実年齢も大して変わらないらしい。


「そう言うなよ。道があるだけマシさ。手入れも何もされていないんだから」


<修道騎士>にしてマルシネと同じ<追跡者>という、変わったビルドのアンバーロードが苦笑する。

一行の先頭を進むヴェスターマンも振り向いて答えた。


「それに、あまりいいことじゃないな。曲がった道は不便でもあるが防壁でもある」


なし崩しにリーダーとされた男の言葉に、アンバーロードとマルシネは揃って頷いた。


「まあ、それこそ<猛進犀>みたいな連中に突っ込まれたらたまらんからな」

「そうだなあ」

「……そろそろ前回の邂逅地点だ」


見覚えのある風景に、周囲を見回していたユウが静かに注意を告げると、残る3人も目を真剣なものへと変えた。


ユウは安堵していた。

それぞれ派閥が異なる3人の仲間は、リーダーの不和を知ってか知らずか、特にいがみ合うような真似をしなかったからだ。

ユウに対しての態度も、若干余所余所しいものの、排除しているという風ではない。

以前、アキバで<黒剣騎士団>と組んだ時と比べると天地の差だった。


だからといって気を抜くわけにはいかないのだが。


「ヴェスターマン、周囲の状況はどうだ?」


マルシネの言葉に、<辺境巡視>を兼ねる男はしばらく耳をすませて答えた。


「……同一ゾーンに他の<冒険者>はいない」

「ユウ、連中はどっちから現れた?」

「たぶん、こちらだ」


ユウが指差した方角には、鬱蒼とした森が広がっている。

古来より北欧の地に広がる、巨大な<黒い森>だ。

それは、さながら侵入者を飲み込む無限回廊のように、4人の行く手にある。


「団長に告げられた期限はあと1日半。見れるだけ見ておかないとな」


ヴェスターマンの言葉に4人が頷きを返したとき、不意にがさがさという音が全員の耳朶を打った。


「……周辺警戒!」


すかさず騎乗のまま、4人が等間隔に散らばる。

回復役であるアンバーロードを中心に、前後を残り3人で挟む簡易的な陣形だ。

周囲をまんじりともせず見つめる4人の眼前で、がさがさ、と茂みが揺れた。


「……ウサギか」


現れた小動物に、アンバーロードが安堵したようにため息をついたとき。

ざわりと、比較にならないほど激しく、森の空気が揺れる。


「……来たぞ」


ウサギに続けて現れた醜い姿の亜人に、猛々しさを隠そうともせず、ヴェスターマンが言った。



 ◇


 街道で4人が素早く戦闘体勢を整える。

ヴェスターマンとアンバーロードは、愛馬に乗り込んだまま、それぞれの武器を引き抜いた。

マルシネとユウはすかさず下馬すると、武器を抜き放って周囲を取り囲む<醜豚鬼>を見る。


「どうする」

「連中は統制が取れているとは言いがたい……今のうちに叩いて連中の居場所を追おう」

「じゃあ、俺はいつでも追えるようにしたほうがいいな?」


マルシネの声にヴェスターマンが頷くのが、戦闘開始の合図だった。


「うおおおっ!」


最初に突っかかったのはマルシネだ。

手にしているのは、細身の細剣(レイピア)だ。

貴族の決闘にでも用いられそうな、瀟洒な細工が施されたそれを、彼は軽やかに振り回す。

特技ですらないその一太刀ずつが、無造作に<醜豚鬼>を切り裂いた。

ピギィ、と悲鳴を上げ、後ずさりする亜人たちに馬蹄を踏み鳴らして分け入ったのはヴェスターマンとアンバーロードだ。

<守護戦士>であるヴェスターマンは無論のことだが、他のサーバであれば<施療神官>に相当する職業である<修道騎士>のアンバーロードも、直接攻撃力だけなら攻撃職に決して劣ってはいない。


もともと、騎士の名前を関するように、西欧サーバの<修道騎士>は回復役ではなく、剣を用いた攻撃もできるようにデザインされている。

アンバーロードもまた、幅広の長剣(ブロードソード)を縦横に振り回し、馬に近寄る<醜豚鬼>を次々と血飛沫の下に沈めていた。


そして、ユウだ。


心の中に少なからぬ屈託を抱えたままではあるにせよ、彼女の体は戦いを前に別人のように高揚していた。

<暗殺者>は敵を切って幾らの職業、といわんばかりに、両手の刀が踊るように敵を切り刻む。


当初は4人と侮っていたらしい<醜豚鬼>の指揮官が、ブヒイ、と喚いて手を振った。

それが合図だったのか、無秩序な乱戦だった戦線が徐々に整えられていく。


「させん!」


だが、ヴェスターマンはそんな彼らを見逃すことはなかった。


「<騎馬突撃(チャージ)>!」


踏みしめられた馬蹄が砂を巻き上げ、勢い良く飛び出した屈強な人馬が、腰だめに構えられた槍を中心に一本の線になる。

周囲に群がる<醜豚鬼>を蹴散らし、衝撃波さえまとった彼は、数瞬の後には狙い過たず、<醜豚鬼>の指揮官の首を槍の穂先で打ち抜いていた。


ブイギィ。ブヒィ。


隊長を一瞬で生首にされ、周囲の<醜豚鬼>たちが算を乱して逃げ惑う。

それらを掃討しながら、4人は亜人たちが一方向へ逃げていくのを見つめていた。


「あっちだな」

「じゃあ、俺が追う」


マルシネがいいざま、姿を消した。

<追跡者>の特技を使ったのだ。

同様に、アンバーロードも馬を下りると、マルシネの後を追うように走り始める。

ユウは騎乗のままのヴェスターマンとともに、その後方についた。

<醜豚鬼>をマルシネが追い、そのマルシネをアンバーロードが追い、さらに後方からユウとヴェスターマンが続く。

敵に張り付く人員を最小限にするこのやり方は、大規模戦闘(レイド)における追撃戦のセオリーだった。



「……わかった。位置情報は逐一教えてくれ」


マルシネの念話なのだろう、耳を押さえて答えたヴェスターマンはユウを振り向いた。


「準備はいいか? これからジャングルマラソンだ」


日が翳り、薄暗い森の奥は、まるで深夜のように黒く見える。

ユウはひとつ頷くと、その闇に向かって走り出したのだった。

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