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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
130/245

93. <内幕>

本話には性的マイノリティに対する批判と取られかねない一文がございます。

人によっては不愉快かも知れず、その場合はどうか御一報くださるか、見ないでいただければ幸甚です。


なお、作者自身はそうした趣味はありませんが、特に隔意を抱いてもおりませんことを念のため申し添えます。

1.


 その日のギルド会館のダイニングルームは何度目か分からない沈黙を保っていた。

それぞれの前で香ばしい匂いを放っていた鹿肉のソテーも、熱を失って心なしか萎れている。

部屋には、時折誰かの咳払いだけが聞こえていた。


ここにいるのは、ローレンツをはじめ、ユーセリア、グンヒルデをはじめとする、<グライバルト有翼騎士団>の幹部たちだ。

総勢117名を数えるこのギルドは、他のサーバの上位ギルドと比べれば、決して大所帯ではない。

だが、もともとがローレンツの率いたギルドを中心に、複数のギルドや個人プレイヤーが集まったギルドである。

特にチームリーダーたちの意思統一のため、ローレンツは頻繁にこうした食事会を開いて幹部同士顔を合わせているのだった。


いつもなら闊達に談笑する彼らが黙っているのは、他でもない。

ユウたちが持ち帰った、『<醜豚鬼(オーク)>が爆薬を持っていた』という情報だ。

持ち帰って数日、それはローレンツと幹部、そしてユウたち邂逅した部隊のメンバーには秘密とされていたが、他の巡回部隊も同様の敵に遭遇したことで、いつの間にか公知の情報となっていた。

そうした状況についにローレンツが決断し、この日の夕食を兼ねた幹部会議となったわけである。


モンスターが、製造しない限り一般に流通しないアイテムを持ち、使った。

それも、ただ拾って使ってみました、というものではない。

ユウたちの出会った部隊を始め、グライバルト周辺を遊弋する<醜豚鬼>たちは、明確な戦術思想の元に編成され、訓練されていた。

もちろんのこと、<醜豚鬼の擲弾兵(オークグレネーダー)>などというモンスターは<エルダー・テイル>には存在しない。

つまりは、彼らに爆薬を与え、使い方を教え、兵士として教練した何者かがいる、ということだ。


「……やはり、<冒険者>だろうな」


ローレンツが腕を組んだ。

そのまま頭をもたげて椅子にもたれこむ。


「この世界の<大地人>の文明は、いいところ中世だ。

手榴弾の使用は確か……いつだっけ」

「ルイ14世時代のフランスが最初です。ギリシア(ビザンツ)やイスラム、それに中国ではもっと前だとも言われていますが。

……どちらにせよ、<大地人>の兵器体系に爆薬はありません」

「……って、ことだ。つまり<大地人>の発明ではありえない」


どこか投げやりな口調だった。


 今夕食を共にしているのは、ローレンツやユーセリア、そしてヴェスターマンら、<騎士団>の幹部クラス全員だ。

そして客分としてこの夜、ユウもまた同席していた。

彼らの認識は一致している。


モンスターの自然発生のみならず、意図して街道を塞ごうとする悪意の存在だった。


「……こうなると、小隊規模戦闘(パーティレイド)級や中隊規模戦闘(フルレイド)級のモンスターの襲来も、何かの意図があってのことじゃないかと思いたくなるわね」


グンヒルデも呟く。

その言葉に返す者はいない。


「ユウ。何か知ることはあるか?」

「そうだね……モンスターや亜人を<冒険者>が操ることは可能だ。

<召喚術師(サモナー)>や<森呪遣い(ドルイド)>でなくても、食事、欲望、そういったもので釣ることは不可能じゃない」


何しろ自分自身でやったからな、とは内心のみにとどめてユウは続けた。


「そういうアイテムもあるだろうし、知性があるモンスターであれば言葉を交わして協力関係になることも可能だろう。

……だが、少なくとも<猛進犀(スタンピード・ライノス)>あたりは無理じゃないか?

撒き餌か何かで釣ろうとしても、その前に踏み潰されるぞ」

「竜もそうだろうな。わざわざ北極圏までおびき出しにいくのはナンセンスだ」

「では……そうした意図が入っているモンスターは、それ以外、ということか」

「安直には言えないですけどね。ただ、<醜豚鬼(オーク)>は低いとはいえ知性があります。

組織だった行動にも抵抗がない。

尖兵として使うにはベストとはいえないまでも、ベターな選択でしょう」

「……で、犯人はどの連中だと思う?」


口々に議論していた<冒険者>は再び黙り込んだ。

容疑者に心当たりがないのではない。

ありすぎてどこか一つに絞れないのだ。


「近隣でこのグライバルトを目障りだと思っているのは……自由都市ラインベルク。

それからランズベルク伯爵。ツェーミット子爵。ノイエンドルフ伯爵。北西のガンドロ族もですね。

連中の略奪部隊をこないだ撃退しましたから」

「ユーセリア。遠くの連中はいい。近隣で、それなりにでかい規模の<冒険者>ギルドを抱えてて、

しかもこのグライバルトが干上がって直接的に利益を得る街だ。

ここから西側の連中は違うだろう。

連中、グライバルトからの交易品が滞れば、日干しにならないにせよかなり困るはずだ。

東か、南だな」

ホーエン(ベルリン)の連中はどう? <冒険者>の数ではこの辺じゃあそこが一番だし、ガラの悪いギルドも多いわよ」

「いや、違うな。遠すぎる。連中、確かにここが没落しても困りゃしないだろうが、

わざわざ喧嘩を売って得るものがあるとも思えん」

「つくづく、爆薬を持ち帰らなかったことが悔やまれるな」


ユウは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまない。私のミスだ」

「いや、あんたを責めてるわけじゃない。6人で<醜豚鬼>に囲まれれば、ああやって戦意を挫くのが最善だ」


ローレンツの返事に頷きながらも、だが、とユウは思わざるを得ない。

ユウの愛刀、<蛇刀・毒薙>がそうであるように、<冒険者(プレイヤー)>が作った高レベルのアイテムには、製作者の銘が入っている場合がある。

もちろん、そんな足がつくようなアイテムを亜人に渡してはいないだろうが、それでも証拠が絶無であるよりはマシだ。

万が一、フレーバーテキストなどから作り手の素性が判明すれば、犯人はおのずと定まる。

仮にそうでなくても、その糸をたどっていけばやがて犯人に行き着くはずだった。


「……ともあれ、証拠がないのに犯人を捜しても無益だ。

やれるだけのことはやるしかない。 ……アウグスト、議会はどうだった?」


ローレンツの問いかけに、<大地人>との交渉を受け持っている一人の幹部が立ち上がる。


「平たく言えば恐慌状態ですね。<有翼騎士団(われわれ)>がいるとはいえ、他の<冒険者>が明確に敵対行為を仕掛けているわけですから。

許しを請うべきと言う者、断固戦うべきと言う者、四分五裂ですよ」

「状況は思ったより悪いな……」


<大地人>たちの置かれた状況は、ローレンツやユウたちとは比較にならない。

ある意味で分が悪くなればさっさと逃げればいい<冒険者>と違い、<大地人>たちにはこの町に財産もあれば生活もある。

何より、長年自由都市として周辺諸侯の圧力を撥ね退けてきた矜持もある。

<冒険者>に対する恐怖と同時に、彼らにはそうした無形のプレッシャーもあるはずだ。


「議会からは強く要請されました。速やかな犯人の特定と処罰、それから交易路の安全化を、です」

「簡単に言ってくれるな。俺たちは伝説の魔法使いじゃないんだ。物証もなく特定できるか」

「……いっそのこと証拠をもらったらどうだ?」

「ユウ?」


何を言い出す、と言わんばかりの一同を見回し、ユウは淡々と言った。


「犯人の目的は――確認するが、この街の滅亡ではなく支配なんだよね?」

「ああ、多分な。この街が廃墟になれば、地域経済にもダメージが行くはずだ。

何よりこの街は自由都市、金の卵を産む鳥だ。更地にする意味がない」


ローレンツの言葉に頷き、彼女は続ける。


「議会とよく打ち合わせた上で、わざと弱みを見せるんだ。

都市経済が崩壊寸前だと。

町の弱体化を狙っていた何者かは、ここぞとばかりに交渉に来るはず。

最初に来たやつが最大の容疑者。

あとはそいつらをマークすれば、わかるものもあるだろう」


咳き込む彼女を心配そうに見たグンヒルデが異論を唱えた。


「でも、あくまで推定容疑だわ。どうして最初の一人が犯人だとわかるの?」

「この町を狙う人間は複数いるはずだ。誰もが、他人に出し抜かれるのを嫌がっている。

わざわざ危ない橋を渡ってまで弱体化にいそしんできた連中にしてみれば、なおさらだろう。

一生懸命温めてきた卵をよそから来た鳥に奪われることは我慢ならんはずだ。

念のため各都市の力関係、特にどこがどこにひそかに従属しているかは確認の余地があるがね」

「単独での行動ではなく、複数都市による同盟の可能性はないか?」


これはヴェスターマンだ。

グライバルト出身でもあり、ローレンツの直接の後輩だともいうこの寡黙な<守護戦士>は、

先輩(ローレンツ)とユウの顔を交互に見る。


「同盟があるならば、雑草を刈り取る奴と、実った果実をとりに来る奴が同一人物とは限るまい。

真犯人の手で仕立てられた犠牲の羊(スケープゴート)とも思われる」

「最初の一人がすべてを総取り、はこの世界でも有効なルールなんだろう?

もし同盟を組んでいても、果実を平等に分け合う可能性は低いんじゃないか。

そして同盟が崩壊すれば、誰かは必ず注進に来ると思う。

自分がすべてを得るために」

「グライバルトの歓心を買い、自分たちに少しでも利権を渡すよう、迫る……ということですか」

「ああ……」



ひとしきり喋った後、ユウは黙って全員を見回した。

ローレンツは腕を組んだまま目を閉じている。

ユーセリアは考え事をしているらしく、時折小声で何かを呟いていた。

もっとも直接的に内心を顔に出していたのはグンヒルデだ。

かたかたとかすかに揺れるフォークの音が、彼女の中の何かを如実に指していた。

ほかのメンバーも反応は似たり寄ったりだ。

考え込むもの、感情を露にするもの、さまざまな表情を見せているが、明確な反論はない。

そんな中、片目だけを開けてローレンツが静かに唸った。


「どうだ? ユウの策は」

「悪くはない……と思います」

「でも、引っかかるかしら?」

「少なくとも、街を一時的に干上がらせるのは不可能ではありませんよ。

我々が街道巡回を少し『失敗すれば』いいだけです」

「……<大地人>には辛いことになるな」


ぼそりとヴェスターマンが呟くと、ローレンツを除く全員が顔を下へ向けた。


「策とはいえ、街と人々には更なる負担を強いることになる。

すぐ犯人がやってくればまだしも、様子見でしばらく放っておかれれば、下手をすれば餓死者や離脱者が出るぞ」

「議員諸氏にも言い含める必要があるが……反対される可能性もあるな。

彼らのなかには状況を理解しきっていない者もいるし、自分の資産が減らされることを嫌う者もいる。

そうした連中が外で策をばらしてしまえば、すべては御破算だ」

「その場合、議員への根回しは最小限にしましょう」


全員を順に見渡したのはユーセリアだった。

彼の現在の公的な肩書き、<騎士団参謀>の名にふさわしく、冷徹とも言える目が仲間たちを射抜く。


「ユウさんの策を実行した場合、考えられる状況は以下です。

我々がわざと巡回を密かに弱め、グライバルトの経済を圧迫する。

その時点で、無産市民や一部中産市民からは離脱者が出ると予想されます。

さらにその状況が続けば、傾く商家もあるでしょうし、都市貴族の一部も離れるでしょう。

むしろそうした連中は早めに離れさせたほうがいい。

欲を言えば、都市議会に名を連ねる何人か、できれば都市の外にも名前を知られるような人物が離脱してくれれば、策に真実味が増す。

どこの世界でもそうでしょうが、商人は常に利に聡いものです。

この街のほかにパイプを持った者は、早々にグライバルトに見切りをつけ、ほかの街へ出て行くでしょう。

残るのは、地主や、利益をある程度度外視しても街に執着する者ばかりになる。

その時点で残ったものから、真実を話す相手を選別しても遅くはない」

「残るのは街と生死を共にする覚悟を決めた者か、状況に流されるだけの者、そして……最後の最後で裏切るつもりのある者だけ、ということね」

「そうです」


グンヒルデの言葉に、ユーセリアがちらりと笑みを見せた。

どこか凄惨な笑みだ。


「そしてそのいずれも、我々にとっては有用です。

一時的に我々への風当たりも強まるでしょうが、そのあたりは団長に苦労してもらいましょう」

「最後は丸投げか、人が悪いな、ユーセリア」


同じような笑みを口の端にだけ掲げたローレンツがにやりと笑うと、澄ました顔でユーセリアも一礼する。

そんな部下をじっと見つめて、ローレンツは告げた。


「よし。ともかくも皆、今の案と状況をそれぞれ分析してみてくれ。

明日の昼にもう一度この場で打ち合わせよう。

無論のことだが、この一件は他言無用だ。外で話すやつがいれば、本案は放棄。

漏洩者を調べて、しかるべく処置するからそう覚えておけ。

……ユウはこの後俺の部屋に来てくれ。

具体案を打ち合わせたい」

「私たちも同席しますか?」

「いや、ユーセリア。今夜はいい。……フュネル爺さんのところのアマーリエ嬢が愚痴っていたぞ?

最近ユーセリア様が私のところにいらっしゃらない、とな。たまには顔を見せてやれ」


<大地人>である自身の愛人(アマーリエ)の名を出されたユーセリアが赤面して頷くのを見て、ローレンツがわははは、と笑う。

その笑い声が、どうにも陰湿な夕食兼会議の終わりを意味していた。




2.



 夜の闇を分厚いカーテンで押しのけ、騎士団長らしい豪奢な室内に簡素な<魔法の明かり>を灯したローレンツの自室は、住人の性格を伝えるようによく整頓されている。

羅紗で織られた赤いカーペットは丁寧に毛羽立たされており、部屋の隅には彼の甲冑が護衛兵よろしく飾られてあった。

その中、来客用のソファにもたれかかって飲むローレンツは、往時のスイス衛兵隊のような派手な中世風の衣服のまま、静かな表情でグラスを傾けている。


ユウはどうにも居心地の悪さを感じていた。


打ち合わせのためと称して部屋に共に行ったのはよいが、ローレンツは何かを言うでもなく、ただ勝手に座るとワインを棚から出して飲み始めただけだ。

肝心の打ち合わせどころか、ユウと目を合わせることすらしない。

元来、こうした意味のわからない時間を嫌うユウだったが、部屋に漂う不気味な雰囲気に、口を開くこともできずにいる。


ふと、別のことを話してみようかとユウは思った。

少なくともこの場でこうして、黙って酒を飲むローレンツに付き合うよりはマシのはずだ。

そんな時に思いついたのは、つい先日街を案内してくれてからどこか挙動がおかしくなった、知人の<暗殺者>のことだった。



 ニーダーベッケルはどこか屈託している。


気づけばどこか虚ろな目でぼうっとしているのを見ることが多くなった。

そもそも、ユウは客分であり、ギルドの一員として日々働く彼と顔を合わせることはそれほど多くはない。

顔をたまに見た時もその時も呆然と座り込んでいたり、無表情で黙々と何かの作業をしている事のほうが多かった。

自分の年齢のことや、元男であること――日本人なら口調でわかるだろうが――によるショックかとも思ったが、声をかけると初対面の時のように馴れ馴れしく接してくるので、そうとも思えなかった。


ユウが思いつくのは、あの観光の日、ギルドのサブリーダーであるユーセリアと話してから見せた、彼の奇妙な沈黙だ。

それまで、ローレンツを中心によくまとまっているギルドだと思っていただけに、あの異様な拒否感情は彼女の脳裏に鮮やかに残っている。

あれだけ明白に拒否してみせたのだ。ユーセリアか、あるいは彼の仲間に嫌がらせをされているのかとも思ったが、そうでもない。

日中はユーセリアと彼も普通どおりに話すし、笑い声が上がることもある。

特定の誰かとニーダーベッケルが争っている様子もなかった。


周囲も徐々に彼を訝しんでいるようだ。

うまく回っていた歯車が軋むような、奇妙に不安な感覚を、今のユウは感じていた。



「……ということがあった」


聞いているのかいないのか、さっぱり表情の見えないローレンツに向かって、ユウは彼の部下の奇妙な状況について述べ終えた。

告げ口にも思えたが、どのみちユウはこの街における異邦人なのだ。

誰に憚ることもなければ、後ろ指を差されることもない。


向かいに座るユウが身動ぎするのも気にしない風で、彼は目線だけを<暗殺者>に向けた。


「そうか」


吐出された言葉はそれだけだ。

その平板さに、かすかな反発を感じてユウは問い返した。


「で、この件はどうするんだ? なにもしないのか? それとも私をこの部屋に呼んだ主題を優先させるか?」

「あいつのことはいいんだ。あいつがそうなった理由は、何となく分かる」

「どういうことだ?」


問いかけ、というよりも詰問調に近いユウに、ローレンツは黙って肩をすくめた。

その仕草は、いつも悠揚と構える騎士団長のそれではない。


「あいつは恐らく、色々と悩みすぎているんだろう。仕事と私情の狭間でな」

「あいつは単なる一団員だろう。他の連中と同じことをしているだけに思えるが」

「違うね」


グラスをぽんと放り出し、ローレンツは奇妙に卑しげな目つきでくっく、と笑った。

投げ出されたグラスが、硝子で出来たテーブルの上をころころと転がる。

<魔法の明かり>を反射してキラキラと煌くそれを見て、ローレンツの笑みが深まった。



 どこか奇妙だ。


居心地の悪さが加速されていくのを感じつつ、ユウは思った。

目の前のローレンツが、彼女の知る彼とは別の生き物のように思える。

豪放磊落、部下を信じ、戦場に出れば勇敢無比。

例えばヤマトのクニヒコやセブンヒルのティトゥスのような、裏表のない野戦指揮官。

そういう印象しかなかった彼と、今怠惰な表情でソファに体を埋める彼との落差は大きい。


本当に今の彼は、私の知るローレンツなのか?


そう、ユウが僅かに腰を浮かせかけた時、ローレンツは何でもないように言った。


「あいつは、俺の密偵だ」

密偵(スパイ)だと?」


自身で転がしたグラスを拾い、再び赤というより茶褐色のワインを注ぎながら、彼は続けた。


「ああ。俺はあいつ以外にも何人か、同じような役割のヤツを紛れ込ませている。

あいつの役割は、この街に弓を引く異分子を見つけ、俺に報告すること。

このギルドを崩壊させる可能性がある何者かを調べること。

ユウ。あいつがお前に近づいたのも、そのためだ」

「……」


どこかのマフィアの親玉めいた表情で告げたローレンツを、ユウは内心で驚きながら見返した。

だが、能面のような彼女の顔は、彼の期待していたものではなかったらしい。


「どうした? スパイ小説のような話だぞ。驚かないのか」

「信用ならない部下を率いているなら、そういうこともあるだろう」


ユウの返事はその程度だ。

実際のところ、単に黄色人種の色香に迷っただけと思えた彼にそんな裏があったことに、

彼女は驚愕していたのだが。


「ヤマトの連中にもいるのか、ニーダーベッケル(あいつ)のような役割の奴が」

「いると思う。アキバやススキノを仕切るギルドは構成員数百人だし、ミナミはそれ以上だ。

そして寄り合い所帯。 ちょっと権力がある連中ならするだろう」


ユウは懐かしいヤマトを思い出しながら言った。

実際、江戸幕府の目付に限らず、権力者にとって内部統制は必須の命題だ。

なりたくてなったわけでもなかろうが、権力の座に付けばそのあたりに気を配るのは当然と思えた。

驚きはむしろ、そのような陰暗とした行動とは無縁に思えたローレンツがしていたこと。

そしてそれを、異邦人であるユウに告げたことにあった。


「なぜ、私に話す?」

「あんたはある意味で信用が置けるからさ」

「……」

「あんたはヤマトの出身で、しかも94レベルだ。

何をしても目立つ。 北の島に逃げ込んでいた女達を助けたことなんて、もう耳に入ってるさ。

こんな田舎町のしがない傭兵隊長でも、そのくらいのツテはあるんでね」


くくく、と笑ったローレンツが不意に真顔になった。


「俺のことを汚いと思うか」

「そうは思わない」


即答したユウに、一瞬口が止まったローレンツは、不意に大きく笑った。

はっは、という空虚な笑いが、部屋に霧のように広がる。


「……あんたには多分、<有翼騎士団(おれたち)>は良いチームだと思えたかもしれないがね。

実際は文字通り、カルネアデスの舟板(たすけぶね)に乗り込んだだけの烏合の衆さ。

だから俺は信用できる、と思えた連中に、周囲を調べさせている。

まあ、ニーダーベッケルの行動はちょっとあからさま過ぎたかもしれないけど」


黙って肩をすくめるユウを、笑いを収めたローレンツは背を起こして見た。


「あんたの身辺を洗ってみて、他の都市の手垢がついていないだろうと俺は判断した。

ニーダーベッケルも同意見だ。

少なくともグンヒルデやユーセリアとは繋がっていないだろうこともな……今のところは、だが。

ユウ。ちょうどいい話題を出してくれた礼に、俺があんたをここに呼んで、ユーセリアたちを排除した理由を教えてやろう。

……あんたの甘っちょろさを責めるためさ」

「甘いだと?」


いつしかローレンツの表情は再び変わっていた。

静謐な沈黙から、明確な怒りへと。


「そうだ。余所者を会議に同席させるべきじゃなかったと、俺は後悔しているよ。

この街や俺たちの状況を何も知らんくせに、したり顔であんなことを抜かしやがって。

斬り倒すか蹴り飛ばすか、どうしようかと悩んだくらいだ。

あんたは状況を報告して、あとは俺の隣で飯を食ってりゃ良かったんだよ」


その声に込められたあからさまな怒りと侮蔑の感情に、ユウの心にも瞬時に黒い靄がかかる。

もはや敵意を隠そうともせず、二人の<冒険者>はにらみ合った。


「……言ってくれるじゃないか、若造(ガキ)が。会議に文句があるなら念話でも言うか、事前にレジュメでも配っとけ」

「そうしなかったのを後悔してるがね。あんな状況で念話なんぞ使えるか。

あんたは俺を若造と罵ったが、俺にしてみりゃあんたのほうが若造以下だ。

いい年の大人なら、自分の貰った立場くらい理解してみせろ」

「それで、ありがたくも説教を垂れに私を呼んだということか?

骨格標本みたいな姿で泣き叫ぶ準備はあるというんだな?」

「都合が悪くなれば暴力か」


ふん、と鼻を鳴らしてローレンツはグラスを煽る。

そのまま、ソファから立ち上がり、刀に手をかけたユウに目線だけで座れ、と命じた。

横柄な態度に、刀を抜きかけたユウに、もう一度命じる。


「……座れ。少なくとも俺は、ここであんたと殺しあう積もりはないし、そんな無意味で有害な時間つぶしを楽しむ趣味もない。

文句を言いたいのは山々だが、あんたを呼んだのはその為だけじゃない。

あんたの策についてだ」


知るか、と言い放つことを、不思議にユウはしなかった。

こんな物分りのいい性格だったっけ、と自分で自分をいぶかしみながら刀を鞘に収めたユウが座りなおすと、同じく座ったローレンツは黙ってグラスを脇に置く。


カチン。


かすかな皹の入る音を尻目に、ローレンツは話し始めた。



 ◇


「あんたの策だが、あの策自体は有効だ。というより、俺もあれしかないと思う。

現状、この街の敵を釣るための最大の餌は紛れもなく街自身だ。

こっちから攻め込む手がない以上、連中の動きを待つのが最善。

……あんたの報告した<醜豚鬼の擲弾兵(オークグレネーダー)>についても、実は以前別の部隊が遭遇している。

その部隊は全員俺の子飼いだったから、黙らせて報告にも載せていなかったがな。

今回遭遇したあんたたちの中で、俺の息がかかっていたのはヴェスターマンとニーダーベッケルだけだ。

だからあの場で発表したのだが、俺はまだあそこまで議論を進めるつもりはなかったんだ」

「なぜだ?」


ユウの問いに、ひょいとローレンツは肩をすくめた。


「簡単なことだ。お前の提案したあの策は、すでに俺たちが考え、実行していたからだよ」

「何だと?」


聞き返すユウの目に映るローレンツの顔に嘘をついている風はない。

だが、あの夕食会議の場で策を聞いたユーセリアにもグンヒルデにも、事前に同じ策を実行していた、という感じは見当たらなかった。

それに、グンヒルデは観光の日、わざわざ傷入りの作物を村を回って持ち込んでいたではないか。

その行動とユウのあの策は明らかに矛盾する。


混乱した様子のユウに、ローレンツは自分の言葉に誤解があったのがわかったのだろう。

小さく指を立てて訂正した。


「俺たち、というのは俺と部下、という意味だ。ユーセリアたちのことじゃない。

俺は、自分の息のかかった部隊には、明らかに野生と見えるモンスター以外は適当にあしらえ、と指示してある。

もし、ユーセリアやグンヒルデの部下が見ていたとしても――確実に誰かを貼り付けているだろうが――ばれないように注意深く、だが全滅させないように、とな。

そうして、相手の動きを見ていたわけだ」

「……」

「異邦人のあんたでも数日で気づいたんだ。この町にいる俺たちが気づかないと思うか?

そしてユウ。あんたにこれを話す、という事の意味も、わかるな」

「……あんたに従え、ということか」


わかっているじゃないか、と言わんばかりにローレンツが頷く。


「あの<猛進犀>のように、明らかに野生のモンスターであれば、これまでどおりにしてくれていい。

ユーセリアの指示を仰ぐなり、グンヒルデを頼むなり、好きにしてくれ。

だがそれ以外のことであいつらに何かを言われたり、指示されたりしたときは、俺にそれを流せ。

念話に出られなくても、後で折り返す。

俺の指示を受けないでいい報告のときは事前に一度咳払いしろ。

そのまま言えば、俺は聞いている。

至急の場合は咳払いを続けて二度、だ。そのまま告げてくれていい。

指示は即座に折り返して告げる」

「私が、今の情報を丸ごと持って、ユーセリアやグンヒルデに寝返る可能性はないと考えないのか?

あるいはそもそも、私が誰かの指示の元、この町にやってきたとは思わないのか。

<冒険者>同士であれば、そもそも情報交換が接触不要でできることくらい、知っているだろう」

「それは考えてはいない」

「ほう」


即座に答えたローレンツに、糸のように細い眼から氷のような視線を向けたまま、ユウが答える。

その返事にも、態度にもそれまであった好意は一欠けらもない。

そんな態度を完全に無視して、ローレンツは諧謔味のある笑顔を向けた。


「ひとつは、あんたがそれなりの年で、ものが見えるだろう人間であることだ。

少なくとも俺は、この町を生かそうと試みている。セルデシアのそれとはいえ、俺にとってはここは故郷だ。

俺がこの町に着いてからの評価と貢献については、その辺の<大地人>のガキにでも聞け。

そして二つ目。

あんた自身は気づいていないようだが、あんたが観光したあの日以来、ギルドや街に噂を流している。

この俺が、異国から来た<暗殺者>にご執心で、誰も見ていないところで熱心に口説いているとな。

もちろん、二重スパイなどを通じて、さりげなく、だが。

そして今頃、ニーダーベッケルなどはこう言っているはずだ。

あの鉄面皮の東洋美女も遂に落ちた。

俺が狙っていたのに、打ち合わせと称して団長が部屋に連れ込んでものにした。

見ろよ。この時間までユウは戻ってこないぜ……ってね」

「………」

「もちろん、噂さ。 あんたが否定する可能性も考慮に入れてある。

だが、もしユーセリアやグンヒルデが確実に俺の敵なら、俺の『手垢がついた』あんたを取り込むリスクを考えるはずだ。

そんなところにこの情報を持ってのこのことあんたが行ってみろ。

10人が10人とも、俺の策だと思うだろうよ」



 ◇


 いつの間にか<魔法の明かり>は弱まっていた。

持続時間のかなり長い呪文だが、いつかは切れる。

ジジジ、と光量を落とすそれを見るともなしに見ながら、ユウは<守護戦士>がグラスを差し出すのを無意識で受け取った。


「ニーダーベッケルの最近の変な行動も、その策のためか」

「ああ。あいつはどうも、仕事でお前に接するうちに、本気で惚れたらしい。

間抜けな奴だ。

だが、あいつは間抜けだが俺とのつながりは強固だ。あいつを新人のころから手取り足取り教えたのは俺なんだ。

もちろん、そのころはこんな関係になるなんて思っちゃいなかったが。

あいつは俺を裏切らない。というより、あいつの性格上裏切れない。

他者への依存心が強く、この世界で不安な気持ちを持ったままのあいつにはな。

そしてあいつは同時に、俺があんたに惚れることなんてあり得ないこともわかっている。

だが、感情では納得できない。 そんなところだろう」


ローレンツの説明を聞いていたユウだったが、ふと気になった言葉を糺す。


「惚れることなんてありえない? どういうことだ?

確かに私は元男で、中年だが、ニーダーベッケルは知らないはずじゃないのか?」

「ああ。あいつはそこまでは知らんよ。だが俺のことは知っている。

せっかくだからもうひとつカミングアウトしてやろうか。俺は同性愛者(ゲイ)だ」

「!!」


瞬時にソファから飛び退いたユウを見て、ローレンツは心底楽しそうに笑った。


「なんだ。そんな顔をするな。ヨーロッパには多いんだぜ。

確かヤマト――日本も昔はゲイ文化があったんだろう?

何も驚くことじゃねえさ」

「……まさか」

「ああいや、ニーダーベッケルの野郎には手を出してないよ。

というより、このことを知っているの自体、あいつくらいのもんだ。

ヴェスターマンも知らん。

たまたま地球(リアル)で、酔った拍子に6月27日の行進(プライド・パレード)に出たことをばらしたのさ。

というわけで、今のあんたは完全に俺の守備範囲外だ。安心してくれ。

……おい。 そういう目で見られることは慣れているが、念のため言っておく。

ゲイというのは見境なく迫る獣じゃないんだ。相手を選ぶ権利くらいあるんだぜ」

「……失礼した」


ユウが座りなおすのを見て、楽しそうにローレンツはグラスを傾けた。


「日本じゃ俺みたいな奴の社会的な立場は低いみたいだな」

「……銭湯――公衆浴場や地域の祭りなど、男同士が裸や半裸で接する機会は多い。

そして日本では、確かに昔は武将や武士―サムライが男同士で恋愛することはローマ並みには認められていたが、それは同性愛ではなく両性愛(バイセクシャル)だ。

同性にしか興味のない人間、というのは確かに社会的に認知度が高いわけじゃない。

徳川将軍――大君(タイクーン)でもそういう奴がいたが、無理やり矯正したからな。

ただ、あんたが思うほど低くもないさ。

パレードやってるのも知ってるだろう」

「ほう。するとあんたの反応は一般的なものじゃないのか」

「多分な……ン、気を悪くしたなら謝るよ」

「それはいいさ。元から気を悪くしてる。それにしても不思議だな。あんたは元男なんだろう? てっきり同じ趣味かと思ったんだけどな」


その言葉に、ユウは昔敵対したドワーフを思い出す。


「私はこのキャラクターに思い入れがあったからね。<外観再決定ポーション>も持ち合わせがなかった」

「俺もだよ。 まあ、俺は別に女になりたいわけじゃなかったから、どうでもよかったが。

……それにしても」


話が脱線していたのを、ローレンツはその言葉と共に元の軌道へ返す。


「随分とこのギルドはどす黒い内幕を持っている……と思うだろう?

たかが100人かそこらの仲間で派閥争いなんて、ナンセンスもいいところだ」

「正直、な」


手に持ったままのグラスを口に運びながら答えたユウに、「正直なのはいいことだ」と呟いてローレンツは自らもワインを飲んだ。

ごくり、と二人の喉が動く。


「俺はもっと小さいギルドで、ギルドマスターをしていた。

本拠地は別の場所さ。

で、<災害>で俺たち全員がめちゃくちゃになった後、残った仲間と一緒にここへ来た。

<冒険者>同士で血みどろの殴り合いなんて御免だったし、こんな田舎なら誰も来ないだろうとな。

ニーダーベッケルはその頃からの仲間だ、といえば、あいつを俺が信じるのも納得いくだろう?

一緒に地獄を見た仲間ってのは信頼できる、というより信頼するしかない。

……俺たちがこの町で何とか生きているうちに、いろんなプレイヤーが訪ねてきた。

そいつらが今の<グライバルト有翼騎士団>のメンバーさ。

幸いにして、俺のギルド以上の勢力はなかったから、自動的にリーダーは俺のままだった」


来歴をぺらぺらと喋りだしたローレンツの声に、ユウは黙って耳を傾けていた。

もう部屋に入って2時間以上が過ぎた。

ニーダーベッケルたちの流した噂話に信憑性が生じるには十分な時間だ。

今頃、この町の多くの<冒険者>は、ユウがローレンツに裸で組み敷かれていることを想像していることだろう。


ちらり、と扉に目を向けたユウに、内心を察したローレンツが苦笑する。


「大丈夫だ。ここは独立ゾーンで、音が外に漏れることはない。

あんたが俺と斬り合ってようが、俺の腹の下であんあん喘いでいようが、誰も聞きやしないよ。

話を続けようか。

この話をすれば、なんでユーセリアやグンヒルデを俺が警戒するかもわかるだろう。

……秋になった頃かな。

グンヒルデが合流した。15人の仲間と一緒にね。

その頃は俺は50人くらいのギルドの長になっていたから、自動的にあいつは俺の下についた。

……あいつはいわゆる『姫君(プリンセス)』プレイヤーだ」


姫。


そのプレイスタイルはヤマトでユウも見慣れたものだ。

度重なるグラフィックの改良や、女性ユーザーを意識したアップデートの結果、女性層が比較的多くなった現在の<エルダー・テイル>では昔ほど見られなくなったプレイスタイルだった。

 

 かつて硬派MMOの最右翼といわれ、かわいらしさを前面に押し出した和製や韓国製MMOと比べて無骨な洋ゲー型のグラフィックだった<エルダー・テイル>は、女性プレイヤーがほとんどいないという時期があった。

必然的に、プレイヤーたちは数少ない女性プレイヤーをもてはやした。

インターネットの発展期にちょうど重なるその時代、そもそもネットを理解してネットゲームに飛び込む女性が少なかったということもそれを後押しし、女性プレイヤーは女性である、というだけでレベルに見合わない厚遇を与えられる時期があったのだ。


そうした待遇を受け続ければ、必然的に女性側も――もちろん全員ではないが――増長してくる。

ネットの出会い系による被害もまだ社会の話題に上らなかった頃、彼女たちは優しい言葉やかわいらしいしぐさを対価として、多くのギルドでトップや、その側近に上り詰めた。

そうした女性プレイヤーを指す言葉が『姫』だ。


男だらけのサークルに、一人女が入ったときのことを考えてみればよくわかる。

仲が良かった友人が恋敵になり、いつしか恋の字が宿に変わり、友人関係は崩壊していく。

なまじ、ネットという場だったことがその動きを加速させた。

顔が見えなければ、人間というのは都合のいい想像をするものだからだ。


そうした状況はボイスチャットの一般化によるネカマの廃絶、ネットが女性でも簡単に扱えるようになった現在、かつてほど盛んではない。

だが、一部のギルドや集団に、そうした人種がしぶとく生き残っているのも事実だった。


ユウがそこまで思い出したところで、ローレンツは憎憎しげに吐き捨てた。


「あいつはしおらしい振りをしてはいるが、それはその態度が一番周囲の男の気を引けるからさ。

騎士団から何人も女性<冒険者>の脱退者が出ているが、その中の少なからぬ数はあいつの手によるものだ。

あいつがここに加入した時点で俺はすでに人数でも町からの信頼でもあいつを上回っていたから、表立って反抗はしちゃいないが、グンヒルデは俺が落ちないことを見極めると、さっさと次の策を打ちに行くだろう。

それが裏切りでも、俺はまったく驚かないね。

あいつがほしいのは街の平和でも安定でもなく、自分を崇める周囲の視線、それだけだからな」

「……ユーセリアは?」


苦虫を噛み潰したような顔のローレンツの顔が、今度は別の表情に変わった。

グンヒルデへの感情が侮蔑なら、今度は……ユウには恐れ、に見えた。


「あいつはよく分からん」

「……というと」

「あいつは今年に入ってからこの街に来た。仲間は36人だ。

あいつはホーエンで所属していたギルドが割れたとき、かつての仲間と争うより逃げることを選んだ連中を連れて逃げてきた、と俺に言い、俺はそれを了承した。

あいつは政治にも経済にも軍事にも詳しく、使い勝手がよかったし、そのときはおれ自身が80人のメンバーを抱えていたからな。

グンヒルデとその手下を差し引いても、あいつの仲間と比べれば釣りがくる。

 

 そうして、あいつも俺の下についた。

……だが、正直あいつの考えが読めん。

そもそもどんなギルドにいて、何をして割れたのか。

こっそりと密偵をホーエンに走らせてみたが、あいつの告げた元のギルドの名前も、そこが解散したというのも、まったくの嘘っぱちだったよ。


それはそれでいい。


 この世界、馬鹿正直に自分の手札を晒すのは、利用してくれと言っているような物だ。

だが、あいつには知識も知恵もある。

そんなユーセリアが誰と手を組み、何をしようとしているのかが読めない。

少なくとも、グンヒルデと表立って組んでいないのは間違いないが、裏は分からん。

あいつとグンヒルデの勢力をあわせれば、騎士団の半数近くになるからな。


……これらが、俺があいつらを警戒している理由だ。分かったな?」


「わか……った……」


どさり、と音がした。

ユウが横倒しに倒れた音だ。

その口からはすうすうと、安らかな寝息が聞こえている。

そんな彼女を見下ろして、ローレンツはふう、とため息をついた。


「<毒使い>でも自分の毒なら効くだろうと思ってはみたが、眠ってくれてよかったぜ」


 <グライバルト有翼騎士団>に製造協力を受けていた<快眠>の毒を盛られて眠るユウは、そのまま手際よく服を剥がれた。

一糸まとわぬ姿になった彼女を、やや乱暴に、わざと皺をつけたベッドに放り込む。

どこをどう見ても『事後』だ。


そこまでの作業を終えたローレンツは、シーツにくるまれて眠るユウの盛り上がった肢体をできるだけ見ないように、ソファに座りなおした。

置いていたワインを手に取る。


「まあ、これで物的証拠つき、だ。自分を差し置いて団長の愛人になったユウをグンヒルデ(あのあま)は許さないだろうし、ユーセリアも警戒するだろうさ。

せいぜいいい夢を見てくれ、ユウ」



 <魔法の明かり>が途切れる。

薄闇に包まれた部屋の中、妙に目をぎらつかせてローレンツは一人ワインを傾け続けていた。

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