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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第7章 <西の大地にて>
129/245

91. <仲間たち>

1.


風が、緩やかに髪を嬲る。

街を渡るその風は、まだほんの微かではあるが確実に、北の大地に夏の匂いを運んできていた。

徐々に輝きを増す太陽の暖かさが心地よい。

ロシア人程ではないにせよ、ドイツ人もまた太陽を希う民族の一つだ。

歴史は失われ、国や民族の名前すら忘れられた世界でも、気質だけは変わらないものらしい。


そんな中、かつて旭日を名に背負った帝国の成れの果てから来た黒髪の<暗殺者>は、心地よく吹く風に背中を押されるように、グライバルトの街を歩いていた。


グライバルトは、交易で栄えた街だが、古アルヴ時代末期の暗黒時代を生き延びたその街並みは、華やかさよりむしろ端正さを際立たせている。


(アルヴとは、かなり調和の美を重んじる民族だったんだなあ)


ヤマトに残る最も有名なアルヴ建築である<エターナルアイスの古宮廷>を思い出し、ふとユウは微笑した。


他のサーバにも聞こえたその奇観の宮殿や、<忘れられた書物の湖(ミラルレイク)>のように、見る人間を瞠目させるような魔法技術があるわけではない。

だが、おそらくは千年単位の風雪にも耐え抜くであろう堅牢さで形作られた家々は、大地にきちんと定規をひいたかのように正確に並んでいる。

時折混じる公共建築は、丁寧に並べられた家と言う戦列歩兵を督戦する百人隊長(ケントゥリア)のようだ。

雑然とした新市街区と比べ、ユウが午前の光の中を歩くグライバルト旧市街は、その均整な町並みを誇るように、陽光に屋根を煌かせていた。


ユウが旧市街を歩くことになったのは、多分に偶然による。

元々、客人扱いのユウは、特に自分から志願しない限り、先日のような<グライバルト有翼騎士団>の仕事に参加することは無い。

かといって、毎日毒を作るだけ、というのもあまりにもったいなかった。


先日のミレル同様、数少ない<騎士団>の<調合師>や<毒使い>が手伝ってくれていることもあり、

ユウの毒や呪薬の在庫は、着実に数量グラフの右上を指して駆け上っている。

たまには休日を楽しむ余裕はあってもいいだろう。


(それに)


先日共に戦った、若い<暗殺者>をちらりと眺める。

彼は嬉しそうに、ユウが90%は聞き流している観光案内を続けている。


(こいつのわがままに付き合うのも一宿一飯の恩義だ)


かすかにうんざりした口調でユウがぼやいた先には、楽しそうなニーダーベッケルの姿があった。


 ◇


 ユウはソロプレイヤーの<対人家(デュエリスト)>をやって長い。

20年になる彼女のプレイ歴のほとんどは、ほかのプレイヤーとの戦いで占められている。

それは逆を言えば、人と戦闘以外のコミュニケーションをほとんどとらなかった、ということだ。

必然的に、彼女はニーダーベッケルのような相手は非常に苦手だった。

お喋りといえばヤマトの友人、レディ・イースタルもかなりのお喋りだが、彼女はさすがに人を見る職業(しんぶんきしゃ)をしていた為か、会話の『間』をうまく取ってくれていた。

だが、ユウが呆れ顔を向けているドイツ人の青年と来たら、機関銃のように言葉を流してくるだけだ。

そういう、「意味のない会話」というものを、ユウはずいぶん久しぶりに耳にしていた。


「ここからアルテア区に入るんだ。そこの時計塔が目印でね。そこの広場では一日おきに市場が立つんだよ。

最近はさすがに店も減ったけども」


 うれしそうに街路を指差す先には、綺麗に手入れされた芝生に包まれた広場がある。


「ほう」


 思わずユウも歎声を上げた。

うららかな、雲ひとつない日差しの下には、あつらえたかのような緑の芝生が広がり、

そこここに設えられた大理石のベンチには、住民の手製らしいキルトの座布団が置かれている。

周囲を取り巻く家々は、赤い屋根と白い壁で、空の青と芝生の緑に鮮やかな印象を加えていた。

猫がベンチの奥をするすると抜けていく。

静かではあるが、そこは風景画にある<中世の広場>そのものだ。


だが。


「人が少ないな」


ユウが指摘したとおり、その美しい広場の周囲を歩く人は少ない。

数少ない通行人たちも、どこか余裕のない表情で足早に歩き去っていく。

ベンチのそばに小さな鞄を置いていた浮浪者らしい老人が、そうした人々を切なそうに眺めていた。


「……交易が最近滞りがちだからね。物がないんだ。

市場も最近じゃ閑散としてるよ。 商人が来てくれないからね」


ニーダーベッケルの顔が不意に苦しそうに歪む。

街を本拠にしているだけに、住人たちの苦しみが良く分かるのだろうか。

改めて見回したユウも気づいた。、

静かな広場は、言い換えれば活気がない広場だ。

町の中心、というわけではないが、少なくとも地区の中心である以上は、噂話に興じる主婦や、遊び跳ねる子供たちがいてもおかしくはない。

それがいない、ということは。


「ユウさんも聞いているとは思うけど、この街は本当に干上がりかけてるんだ。

なまじ、大きな貴族がいないからね。

こういうときに採算抜きで助けてくれる縁故もない」

「ハンザ同盟のように、都市同士で協力し合ってはいないのか?」

「昔はあったみたいだけどね。 <冒険者(おれたち)>が来てからはないよ。

<冒険者>を雇ってしまえば、雇っていない街に対してはしたい放題が出来る。

うちは、ローレンツ団長の指示で略奪まがいの交易(そうしたこと)には手を出してないけど……

それも時間の問題かも」


(なるほど)


侘しそうな物乞いの老人に金貨を渡しながら、ユウも改めてこの街の置かれた状況について考えざるを得なかった。


 <冒険者>という絶大な武力を得るというのは、いわば核兵器を手にした状況に近い。

たとえ善隣友好をうたっても、力がない側からすればそれは振り上げられた棍棒だ。

そうした状況であれば、たとえどんな理不尽な取引だろうと通るだろう。

なまじ、100人近いメンバーの<グライバルト有翼騎士団>がいたために、グライバルトは見えない不利益を受けている。

いくらこの街の商人が誠意を尽くして見せようとも、相手はその裏に突きつけられた剣を見る。

それは見えない敵意になって、この街をひそかに孤立させているのだ。


だからといって<冒険者>がいなくなればすむ、という話でもない。

一旦生まれた敵意は、疑惑の衣をかぶって巨大になっていく。

いつかこいつらはしでかすだろう、という疑惑だ。

<醜豚鬼>を操っていた何者かも、それらを利用しているのは間違いない。

そして、実際に今<冒険者>がいなくなるのは、街にとっては自分の死刑執行書にサインをすることに等しい。

武力を持てば嫌われ、持たなければ搾取される。

それが欧州(ここ)のルールなのだった。


「お」


不意にニーダーベッケルが顔を上げた。

つられてユウが目を向けると、見知った顔が広場に入ってくるのが見えた。


「ヴェスターマンさん」

「やあ。デートかい?」


動きやすそうな鎧に身を固めた<守護戦士>が、佇む二人を見て片手をあげた。

「そうです」と「違います」の重唱に、堅い彼の顔がかすかにほころぶ。


「ヴェスターマンさんは何を?」

「ああ、ちょっとね。ユーセリアに頼まれて、ちょっと使いをしてたのさ」


軽く答えた彼は、こっそりとユウに会釈した。

ユウも片目をつぶって彼に答える。

そんな二人に気づかず、ニーダーベッケルは明るく両手を広げた。


「こっちはユウさんが観光するってんで、ちょっと街の案内をしてたんです」

「そうか。大変だな」

「ええ! でもせっかくドイツを好きになってくれるなら、って」


(本音は『自分を好きになってくれるなら』だろうなあ)


心の中で突っ込みを入れつつ、ユウも当たり障りなく微笑んだ。

ユウの実年齢については、彼女もヴェスターマンもニーダーベッケルには告げていない。

特にユウは、それを当然のように告げようとしたのだが、彼が止めたのだ。


『しばらくあいつの気の済むようにさせてほしい。あいつもいろいろと大変なんだ』


それがヴェスターマンの言葉だった。


 しばらく当たり障りのない話をした後で、ふと思いついてユウは尋ねた。


「そういえばヴェスターマンもここの出身だったのか?」


どこか悲しそうに広場を見回していたヴェスターマンが首を上下に振った。


「ああ。俺はここの生まれだよ。ローレンツ団長の3年後輩なんだ。

ニーダーベッケルはボンだったよな?」

「だからこの街に?」

「……ああ」


一瞬顔をゆがめ、<守護戦士>はため息をついた。


「俺はもともとパリに留学しててね。<災害>にもヴィア・デル・フルールで巻き込まれたんだが。

やはり不思議なものでね。故郷(ここ)がどうしても気になってね。

戻ってきてしまったよ」


ヴェスターマンの声は静かだが、奇妙に重く響いた。



 ◇


「じゃあ、俺はギルドに戻るから」


そういって去った彼とは逆方向に、ユウたちは歩いていった。

街のそこかしこに、活気なく<大地人>たちが歩いている。

先ほどまでの観光旅行めいた気分もなかば失せたユウの目に、ふと人だかりが見えた。


「あれは?」


指をさす彼女に、ニーダーベッケルが手を額に当てて答える。


「あれは……グンヒルデさんかな?」


確かに<大地人>らしい人だかりの向こうに、数人の<冒険者>が見える。

その中の一人、小柄なためか特徴的に跳ねた髪型だけが揺れている、その髪の持ち主の名前を聞いて、ユウは俄然興味がわいた。


「行ってみるか」


そういってすたすた歩き出す彼女の後姿に、すかさずニーダーベッケルが続く。

二人がたどり着いたとき、そこは先ほどまでの静寂が嘘のように押すな押すなの盛況だった。


「あ、ニーダーベッケル!それにユウさん!」


どうやら馬車を連ねてきたらしいグンヒルデが、人ごみの向こうの知人に気づいて声を上げた。

その呼びかけに気づいた<大地人>たちが道を空けてくれるのを会釈で返しつつ、ユウは頭二つは小さなグンヒルデに問いかけた。


「これは?」

「見てのとおり、食料を配ってるのよ」


我先に手を伸ばす<大地人>たちを忙しそうに捌きつつ、<有翼騎士団>の幹部たるグンヒルデが言う。

確かに、彼女の後ろの馬車には木箱が山のように載せられ、彼女の部下らしい<冒険者>と何人かの<大地人>が忙しそうに荷物を開けては配っていた。


「押さないで! 荷物は十分ありますから!」

「二度は並ばないでください!」


かける声も殺気立っている。

そんな部下たちを背に負いつつ、グンヒルデは口早に言った。


「二人とも暇? それならちょっと手伝ってほしいの。

見てのとおり商隊組んで村を回って食料をかき集めてきたんだけど、この調子じゃ暴動がおきかねなくて。

できれば一緒に配ってほしいんだけど」

「いいよ」


ごねるかと思っていたニーダーベッケルがさらりと応じたことに驚きながら、ユウもおっかなびっくり荷物に手を伸ばす。

すかさず伸びてきた誰かの手を軽く払い、荷物を取り上げた彼女に、感謝の視線を向けながらグンヒルデは指示した。


「こっちの子に渡して。荷物は取られないようにね」

「わかった」


そういいながら、ユウは<冒険者>ならではの怪力でひょいひょいと荷物を取り上げる。

その手が不意に滑った。


「おっと」


木箱から転がり落ちたのは林檎だ。

だが、しなび、虫が沸いて、食べられる状態でないのは一目で分かった。


「これを?さすがに……」

「いいのよ。作成メニューから作れば鮮度なんて関係ないから」


自分も大穴の開いたキャベツを配りながらグンヒルデが言った。


「だが、それじゃ味が」

「味なんて食べれば同じよ」


山のように詰まれた食材の入った木箱が、次々と消えていく。

樽につめられていた塩漬け肉もいつの間にかなくなっていた。

やがて。

戦場のような一時が終わり、空箱の山を背にユウはふう、と汗をぬぐった。

隣では、精魂尽きたような顔のニーダーベッケルが樽にもたれて座り込んでいる。


「ひどいものでしたね」


グンヒルデの部下の一人が持ってきた水は、当たり前のように味がない。

水分補給、という意味だけでコップに口をつけたユウの横で、ふとニーダーベッケルが顔を上げた。


「それにしても、これだけの食料をどこから?」

「近くの村よ。使い物にならない野菜、しなびた果物、塩漬けにしすぎた肉、そんなものを買ってきたの」

「……まさか、ほかの街や貴族領と同じように」


略奪まがいの交易をしてきたのか、という団員(ニーダーベッケル)の無言の問いに、グンヒルデは少女っぽく首を振った。


「まさか、よ。きちんと普通の野菜並みのお金は払ったし、交渉自体は私たちが来る前に<大地人>の商人さんたちに任せたわ。

私たちの役割は道中の護衛と、こうして配るだけ」


周囲に疲れ果てて座る彼女の仲間たちが一様に頷いたのを見るに、そのとおりなのだろう。


「ローレンツは私たちが出張ること自体嫌がったんだけど、それはしょうがないわ。

略奪に思われないように、きちんと値段を書いた証文も預かってる」


そういって彼女が見せた紙には、なるほど屑野菜や果物に対するものにしては相場よりかなり高い金額が書かれている。


「<筆者師>に頼んだものだから、嘘は書けないわ。ほかの街なら有無を言わさず徴発するんでしょうけど、私たちは野蛮人じゃない」


そこまで一気に告げたグンヒルデは、悲しそうにユウに微笑んだ。


「まあ、取引したほうは……不本意だったかもしれないけど、捨てるはずの作物を買い入れたんだから、悪い話じゃないはずよ。

明らかにほかの貴族の所領にあたる村や荘園には手を出してないし。

だから時間がかかった割りにたいした量じゃないんだけど。

また、今度は別の行商人さんと合流して次の広場で配らないといけない。

二人とも、ありがとう」

「いろいろ大変なんだな、この街も」

「そうね。大変なのよ、ほんとに」


そう言ったグンヒルデの顔は、疲れ果てた老婆のように見えた。



 ◇


 街が薄い夕闇に包まれ始める。

春も盛りとはいえ、北の大地の夕暮れは早い。

瞬く間に赤みを強める陽光の中で、旧市街の家々はまるで燃えるような赤に染まっていた。


「そろそろ夕方だな」


徐々に紺色の色合いを増していく空に、星が見える。

ニーダーベッケルもさすがに疲れたか、答えはない。

そんな二人は、一日をほぼ歩きとおし、再びギルド本部のある新市街に続く道に足を踏み入れていた。

全体的に平坦なグライバルトの街の中で、ここだけはかすかに起伏がある。

その、丘ともいえぬ小さなふくらみの頂上に、一人の人影が見えた。

ローブ姿で、手に奇妙な物体を持ち、一心に空を見上げている。


「おや」


近づいてくる足音に気づき、その人影が顔を向けた。


「ユーセリアさん?」


ユウも、薄闇に包まれつつあるその顔を認めて声をかける。

グンヒルデと並ぶ<冒険者>たちのサブリーダーは、嬉しそうに頷いた。


「ユウさん。散歩ですか?」

「ええ。そこのニーダーベッケルに案内されてね」


顎をしゃくった先には、のんびりと会釈する<暗殺者>の姿があった。


「それはそれは。では今から本部に?」

「ええ。そうですけど……ユーセリアさんはそこで何を?」


理知的な風貌の<妖術師>は、かすかに羞恥んで空を指差した。


「星を、見ているのですよ」

「星?」

「ええ。これを使ってね」


そういって彼が掲げた手には先ほど奇妙な機械と思えたものがあった。

よく見れば、それは銅製の歯車仕掛けがついた望遠鏡だ。


「そんなアイテムは」

「六分儀と望遠鏡を自分で組み合わせたものです。星を確認するためにね」


ユーセリアの手には、メモのびっしり書かれた紙と黒鉛がある。


「この時間だけが休憩時間なもので。その合間にこうして星を見ているんです」

「なぜ?」


問い返したユウに、ユーセリアは空を指差していった。


「私のサブ職業は<占星術師>なんです。ここがどういう世界であれ、占星術があるなら星見の技術がある。

なので天体の配置を確認しているんですよ」

「へえ」


ふと既視感にとらわれたユウが空を見上げると、そこにはいつの間にか満点の星空が瞬いていた。

だが、星に詳しくない彼女にとって、どれが何の星座なのかはもちろん分からない。

先ほどから一言も口を開かないニーダーベッケルをちらりと見て、ユウは尋ねた。


「しかし、なぜ星を? <占星術師>なら、スキルで星を見られるのでは」

「これは、まあ私個人の研究なんですけどね。思い出せる限りの元の世界の星座と照合してるんですよ」

「照合?」

「ええ」


鸚鵡返しに返したユウにひとつ頷いて、ユーセリアは講義を始めた教授のような口調で話し始めた。


「私はこの世界がどういうものなのか知りたいんです。

星の動きを見れば、元の世界との年代のズレが分かる。

このセルデシアには、神代の遺跡という名目で、現代文明の痕跡が残っています。

と同時に、この世界は一旦砕かれ、今の形に再構成されたとも。

矛盾だと思いませんか?

なんで半分の地球(ハーフガイア)に再構成されてまで、現代の遺跡が残っていないといけないんです?

もし伝説(フレーバーテキスト)のとおりなら、この世界は文明がリセットされた未来の地球ということになる。

ですが、もしそうであるならば、魔法やモンスターがああまであるのはおかしい。

ゲームの世界が現実化した、つまり架空の世界であれば、星の配置は現実そのままか、あるいはてんで適当か、どちらかでしょう。

私はそれを知りたかった」

「なるほど」

「私は<災害>以来星を確認するようにしています。それで分かったんですが、この世界の星の配置は現実のものとは明らかに違いますが、その違い方には一定の法則がある。

公転軌道の変化による年数の推移はわかりませんが、北極星(ポラリス)、北斗七星にあたると思われる星々は発見しました。

少なくとも、この世界は一定の法則にしたがって変わった、あるいは変えられていると推測しています」

「それは、つまりここが未来の地球であると?」

「あるいは過去かもしれません。もう少し詳細に調べるか、あるいは私同様星に詳しい人がいれば別ですが、現状ではなんとも……」


首を振るユーセリアの顔は無念そうだ。

ふと、ユウは既視感の正体が分かった。

彼の真摯な姿勢は、ヤマトの山奥ですれ違ったある考古学者を思い出させるのだ。

その男も、ゲーム上ではありえない遺跡を発掘することによって、この世界の真実を追究しようとしていた。

ユウがそのことを告げると、ユーセリアは目を丸くし、続いて楽しそうに言った。


「いや、それは面白い。そういうアプローチもあるんですね。

遠く離れたヤマトでそんなことを考えている人がいるとは。

確かに……ゲームをデザインしたアタルヴァ社にはデザインにあたってのいくつかのタブーがある。

各国の宗教はその最たるものです。

もしそれが発見されれば……この世界は運営の手によって作られた仮想世界とは言えなくなりますね」

「彼のその後については私は知りませんから、無事発掘できたかは分かりません。

ただ、モンスターに備えて護衛をつけて続けていたはずですよ」

「その方にお会いしたいものだ」


ユーセリアの目が夢見るような輝きを帯びる。


「ユウさん、そろそろ」

「あ、そういえばもうすぐ就寝ですね。では」


あわてて手を振るユーセリアが、いそいそと望遠鏡を片付け始める。

それを未ながら、ニーダーベッケルが続けて口を開いた。


「俺たちは先に行ってていいですか?」

「あ、うん。頼みますよ」


そういうユーセリアの声が消えないうちに、ニーダーベッケルはユウの手を引き、背を向けていた。



 ◇


 夜道を二つの影が重なるように歩く。

周囲の家々で明かりをつけているところは少ない。

食料がないのが関係しているのか、<大地人>たちは早々に眠りについているようだった。


ギルド本部が行くてに見えてきたある路地で、ニーダーベッケルが押し殺すように言った。


「あの人にはあまり気を許さないほうがいいですよ」

「……? どういうことだ? さっきも妙に黙っていたが」


視線を合わせないまま、<暗殺者>が答える。


「あの人はもともとホーエン(ベルリン)でも大きなギルドの幹部だった人です。

<災害>直後に起きたホーエンの暴動にかかわっている、という噂があります:

「噂だろう?」

「ただ、あの人は自分に従う30人くらいを連れて、最近この街に来たんです。

そこで自分のギルドを解散して<有翼騎士団(ここ)>に入った人です。

なんでホーエンを離れたのか、昔の仲間とどういういきさつがあったのか、ローレンツ団長はともかく俺たち普通の団員は誰も知りません。

このグライバルトに縁があるわけでもないし、その頃の話もしません。

……なんとなく胡散臭いんです。ギルドから離れて、あの人の仲間内でたまに会合を開いてるし」

「それだけで疑うのか?」

「……それだけじゃありません」


何がニーダーベッケルにそういわせるのか。

ユウは聞きたかったが、結局彼はギルド本部に戻るまでそれ以上の言葉を投げなかった。

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