90. <街道の戦い>
1.
自由都市グライバルト。
バルト海に注ぐ海岸線から森をひとつ隔てた、陸上交易で栄える街だ。
南のホーエン、はるか西のヴィア・デル・フルールといった都市と北辺の諸部族が割拠する地をつなぐ<大地人>の大動脈として、街はアルヴたちが栄えていた時代より連綿と続いている。
不思議なことに、遠浅の海岸線から十キロというきわめて恵まれた場所にありながら、この街は外港を持たない。
古来より、アテネにはピレウス、ローマにはオスティア、北京には天津というように、港を持たない割に海に近い交易都市はおおむね巨大な外港を持ち、それらを幹線道路でつなぐことで擬似的な港湾都市として機能していた。
実際に、地球におけるグライバルト――グライフスヴァルトは、ハンザ同盟にも加盟していたリック川河口に位置する港湾都市だったのだ。
海上物流と陸上物流の持つポテンシャルの差について、いまさら言うまでもないだろう。
ソビエト連邦は、直線距離では南ベトナム―アメリカ間の数十分の一に過ぎないアフガニスタンへの補給線を、わずか10年で放棄せざるを得なかったのだ。
余談だ。
ともあれ、セルデシアにおけるグライバルトにとって海は交易路でもなければ自分たちの庭でもなかった。
必然、グライバルトが近隣諸侯の圧力を撥ね退け、独自に自由都市として生きるためには、東西の交易路の安全化が不可欠だ。
平時――モンスターの襲撃がないという意味での――における<グライバルト有翼騎士団>の主任務とは、この交易路の維持だった。
そして、今、臨時に彼らと行動を共にするユウもまた、その中の一隊にいる。
「大休止!」
一隊を率いる<守護戦士>、ヴェスターマンがそう言って片手を挙げた。
ユウも仲間たちとともに馬を下り、草場に放して自らも座る。
召喚生物であるはずの馬であったが、手ずから食事を与えることで彼らの元気―スタミナがわずかに計算値以上になることを、ユウたちは経験的に知っていた。
ユウの加わった臨時の小隊編成であるほかの5人も思い思いの格好で休み始める。
ここはグライバルトから少し南に移ったあたり。
元の世界で言えば、デミンと呼ばれた場所だった。
このあたりは高地が多く、平野はそれらを縫うように走っている。
交易路もまた、そうした平地を伝うように、曲がりくねって続いていた。
(ヤマトでは街道上にはモンスターが出ない、というシステムがあったけどな)
それは、ヤマトでは常識に近いシステムだった。
だが北欧サーバの街道には平気で野犬や狼、熊や魔狂獣が出現する。
知見のないユウには、それが元の設定からしてヤマトと北欧で異なるのか、
それともユーセリアの言うように<大災害>以降の生物環境の変化がそれを強いたのか分からない。
ただひとついえることは、今のグライバルト周辺の街道は、十分な護衛を雇わない限り<大地人>にとっては危険極まりないゾーンになっていること、それだけだ。
「ここからどうするんだ? もう少し南へ行くか?」
「そうだな。もう少し回ってから戻ろう」
仲間の<妖術師>がヴェスターマンと話す声がかすかに聞こえる。
そのドイツ語の会話を聞き流し、まだ肌寒い風に髪を嬲らせながら、ユウは空を見上げていた。
ユウは、結局ローレンツたちに協力する道を選んだ。
過去を忘れたわけではない。
目的を見失ったわけでもない。
ただ、激情のままに動く『ユウ』ではない自分として考えたとき、こうすることが正しいように思えただけだ。
思えば、<大災害>以降一年が過ぎている。
このまま永遠に異世界を彷徨うのか、それともどこかに着地点があるのか。
<神峰デヴギリ>の頂上で、それにつながる何かを垣間見た気もするが、思い出せなかった彼女にとって、
ただひとつだけ言えるのは、目的を忘れさえしなければ、その途中がどれほど迂遠でもよいのではないか、ということだった。
だからこそ、ユウは今、初夏を迎えたドイツの森にいる。
名前を知らない小さな青い鳥が、彼女の視線の隅を掠めた。
「ドイツの森は珍しいかい、ユウ」
足を投げ出して座っていた彼女の頭上に影が差した。
視線を転じれば、そこには90レベルの同じ<暗殺者>の青年がいる。
ニーダーベッケルという名前だと、出発のときの自己紹介で聞いた。
それなりに腕の立つ<暗殺者>で、ユウも聴き覚えがある。
こいつも対人家なのかな、とぼうっと見ているユウに、ニーダーベッケルは「座っていいかな」と申し訳程度に言い、返事も待たずに彼女の横に座った。
その距離は妙に近い。
「ドイツは始めてかい、それとも旅行か何かで来たことが?」
「仕事で二度ほど」
「へえ、元の世界では何を?」
「会社員」
「へぇ、それはすごいな」
いちいちリアクションが鬱陶しい奴だな。
かすかに不快感が湧き、ユウは隣に座って大げさに驚く<暗殺者>をちらりと見た。
彼は、そんなユウの内心も知らず、勝手にしゃべり続けている。
「俺はボン生まれでね。生まれたときにはもう統一後だったから、あまり実感はないが、実家の父はいまだにこの辺の人を共産主義者め、と言っているよ。
日本もアメリカの同盟国だろう? やっぱり共産主義者は嫌いかい」
「日本じゃ共産主義者はあまり好かれてはいないね」
適当に返すユウに、話に乗ってくれたと思ったのかニーダーベッケルの声が跳ねる。
「でも、人も別にそんなのばかりじゃないし、何よりこのあたりの自然は最高さ。
料理もおいしいよ。ビールとザウアークラウトが有名だけど、女の子ならワインのほうがいいかな。
本場はラインかモーゼルだけど、このあたりにもちょくちょく高級品だってあるんだ」
「ふうん」
「異世界だからそのままとはいかないけど、<醸造職人>がいいのを作っててさ。
もしよければ一緒に」
「大休止終わり!」
「……だ、そうだ」
すっと立ち上がったユウが遠ざかっていくのを見ていたニーダーベッケルの肩を、横から別の<森呪遣い>が突いた。
「歯牙にもかけられていないな、おまえ」
「うるせえ」
地団太を踏むニーダーベッケルを他の仲間が面白そうに見る。
ユウがグライバルトに着てから、少なくない数の男性<冒険者>が彼女に興味を持っていたが、
もっとも露骨なのがニーダーベッケルだ。
今回の巡回にユウが参加することを躍り上がって喜んだのもこの男だった。
気づいていないのはユウ当人だけだ。
鐙に片足をかけながら、ニーダーベッケルが捨て台詞を吐く。
「見てろ。絶対に落としてやるから」
「やめとけやめとけ。相手は94レベルだぞ。しかも日本人だ。
元の世界じゃ世界の反対側じゃねえか」
「それがどうした。今じゃすぐそばだ。レベルなんて関係ない。俺はやるぞ」
あきれたような仲間の声に、彼は意気揚々と馬を蹴った。
◇
6騎の騎馬は、歩くより少し速い程度の速度で街道を進んでいた。
道にはモンスターはおろか、<大地人>もいない。
物流が滞り始めているのだ。
今は大規模な商隊を組み、護衛を生業としている<大地人>の傭兵や奇特な<冒険者>を雇って何とか繋いでいるが、これ以上大型モンスターの被害が出れば本格的に物流は断絶する。
そうなってしまえば、グライバルトのような都市はおしまいだ。
いくら周囲のモンスターから金貨を得たとしても、買うべきものがなくなってしまう。
物資がなくなれば、近隣から無理をして買い求める他はない。
その代わり、近隣の土地を支配する諸侯は不平等な条約を求めてくるだろう。
戦時における兵力の供出、関税の片務的な撤廃、そうしたあれこれだ。
そして、最後は属国化。
ローレンツたちが決断し、ユウたちが実行している街道の安全化という行動は、そうした望ましからざる未来をグライバルトにもたらすのを避けるためのものだ。
(しかし、ニーダーベッケルはどこまでそれらを理解しているのやら)
うんざりした気分で、ユウはすぐそばに馬を寄せて歩くニーダーベッケルをちらりと眺めた。
愛想笑いどころか相槌すら打たない彼女をどう思っているのか、彼は口臭がかすかに臭うほどの近場で、あれは何の森、あそこは地球では何の町がある辺り、などと木々を指しては観光案内を続けている。
周囲が何も言わないのもユウには腹立たしい。
本来、堂々と姿を見せての街道警備というのは、襲われるのが前提の行動なのだ。
実際、戦闘にはいつでも騎乗槍を振り回せるように<守護戦士>が周囲を警戒しているし、ユウ自身も殿で後方の異変に目を配っている。
であれば一行のもう一人の<暗殺者>であるニーダーベッケルは集団から離れ、先行偵察を行うというのがもっとも適切な行動のはずだ。
だが彼の目はひたとユウに向けられ、近すぎる距離は互いの行動の自由さえ奪い取っている。
ユウが離れてもすかさずついて来るし、先行偵察に自ら出ようとすれば「同行します」と一緒に来たがる。
ユウも木石ではない。彼の内心程度なら分かる。
女としての外見と声を持っている以上、男から求められる場合があることも理解している。
とはいえ、ここはいつ戦場になるかも分からない場所なのだ。
大学生のサークル合宿のような気分でいられても迷惑というものである。
「ニーダーベッケル」
「何? ユウ」
馴れ馴れしく答えた<暗殺者>に、ユウはぴしゃりと言った。
「観光案内をしてくれるのはありがたいが、私は観光客ではなく、ここはピクニックでもツアー旅行でもない。
余計なことをせず、仕事に集中しろ」
ユウ自身が意識したより数段冷たい声に、さすがの彼も鼻白む。
「でもさ、ユウ……」
「聞こえなかったのか? 仕事に集中しろ、と言ったんだ。
お前は何だ? バスガイドか? 観光案内所の職員か?」
「……」
ふて腐れたニーダーベッケルから視線を外し、ユウはばつが悪そうなほかの仲間を見やる。
「他の連中もそうだ。この街道が使えなくなればグライバルトは干上がるんだろう?
そのための遠征のはずだ。なら全員が集中していないと余計な危機を招くだけだろう」
「そのくらいにしてやってくれ」
横からはさまれたヴェスターマンの声に、ユウは胡乱な表情で振り向く。
「みんな、遠い日本から来たあんたにドイツを好きになってもらいたいだけなんだ。
確かにちょっと気が緩みすぎていた。 反省するから、もうそのくらいにしてくれないか」
「……わかった」
2.
不意に周囲がざわめきに満ちた。
清潔好きな本物の豚が見たら同類にしないでくれ、と思うだろう、不潔な豚顔の二足歩行動物が、周囲の森から次々と現れる。
<醜豚鬼>だ。
本来、より暖かい場所を好む種族だが、亜人なりに毛皮でできた鎧を纏い、防寒のためか頭から狼の毛皮をかぶっている者もいる。
その数、見えるだけで数十。
組織や軍団を好む彼らにふさわしく、それは小さいながら同じ長さの槍を持ち、横隊を組んで横から打ちかかってきた。
「敵襲!!」
ぐるりと大きく馬を回し、その勢いで騎乗槍をぶんと振り回してヴェスターマンが叫ぶ。
その姿が一瞬の間に光に包まれ、彼は弾丸のように飛び出した。
槍の隙間を縫い、一直線に駆けるその騎影に、わあと<醜豚鬼>が崩れ立つ。
<騎馬突撃>だ。
集団であれば大規模戦闘級のモンスターの足さえ止める技だが、一人ではせいぜい敵の隊列に綻びを生むのみ。
だが、それで乱れたった<醜豚鬼>の群れに、すかさずユウも駆け上る。
邪魔くさいニーダーベッケルを馬ごと押し、開いた隙間で彼女の刀が抜き放たれた。
ドドド、と馬蹄の音が響く。
横合いから突きかかられたほかの小隊員も、さすがに90レベルだ。
槍を弾き、特技すら惜しいとばかりにそれぞれの武器で撃ちかかる。
「<オーブ・オブ・ラーヴァ>!」
詠唱に答えて呼び出された溶岩の塊が、ヨーヨーのように周囲の<醜豚鬼>を松明に変えていく。
呪文を唱える<妖術師>の横で、ニーダーベッケルが意外と鋭い剣さばきで<醜豚鬼>たちを牽制しているのを見て、ユウは顔を正面に向けた。
<醜豚鬼>は顔に似合わず組織だった行動をとりたがる種族だ。
どんな小規模な部隊でも必ず指揮官がいる。
それは、おそらくは数が多いほうの部隊の奥だろう、とユウは見た。
わざわざ小部隊を本陣にする度胸がある指揮官は、そうはいない。
同じように考えたのだろう、ヴェスターマンが鎧を煌かせてユウの向かう方向に走っていく。
(そういえば、先祖がプロイセンの騎兵だとか言ってたな)
<醜豚鬼>の指揮官がどれほどの腕かはしらないが、せいぜい<ホブゴブリン>クラスだろう。
ヴェスターマン一人で制圧にはお釣りが来る。
ならば別働隊を叩くか、とユウは馬首を返し、<醜豚鬼>をなぎ倒しながら考えた。
その目に、後詰らしい<醜豚鬼>の一団が入る。
兵の逐次投入は愚の骨頂、とユウが密かに笑ったとき、その新しい<醜豚鬼>が不意に何かを投げ打った。
ドン。
響いた轟音と爆風に、思わずユウの腰が落ちる。
だが、落馬しそうになった彼女は続けて飛来する、自分のよく知る瓶を見てあっけにとられていた。
「爆薬だと!?」
<冒険者>たちは一瞬で色めきたった。
周囲を取り囲むように、それでいて最前線で槍を振るう仲間に当たらないよう、爆薬が次々と戦場に投げ入れられる。
いわば<醜豚鬼>による擲弾兵だ。
個々のダメージはそれほどでもない。
だが、立て続けの閃光と轟音、そして何より、『<醜豚鬼>は爆弾を使わない』というゲーム時代の常識と、目の前の現実とのギャップに彼らは平常心を失っていた。
何より、ユウ自身が驚いている。
爆薬の調合は、<調合師>か<毒使い>による製造が唯一の入手方法だ。
かつてユウも使っていた<閃光の呪薬>であればその限りではないが、
あれはダメージを与えず、状態異常効果だけを引き起こす。
少なくとも、目の前の<醜豚鬼>が当たり前のように使えるものではない。
「どういうことだ!? どこかの<冒険者>から入手したか!!」
誰かの声に我を取り戻し、ユウは慌てて<暗殺者の石>を探った。
もはや触覚だけでそれと分かる、見慣れた瓶を引っ張り出す。
ユウが投げたそれは、空中でくるくると回転し、擲弾兵たちの足元で割れると爆発した。
ユウ自身の爆薬だ。
(威力は、相手より弱いか……)
足りない素材を別のもので補って、<ロデリック商会>のミレルと試行錯誤して作っただけあって、威力は彼女がかつて持っていた爆薬の5分の1ほどもない。
だが、擲弾兵たちが自らの近くで起きた爆発に右往左往するのを見て、ユウは後ろを振り向いて口早に叫んだ。
「爆薬はこっちで抑える! みんなは周辺の敵を叩いてくれ!」
言うや否や、馬を走らせるユウにいくつかの呪文が飛ぶ。
背に魔法の輝きをたなびかせて、女<暗殺者>は大きく鐙を蹴った。
汗血馬の召喚を解除し、そのまま着地すると、馬上では使いづらかった<疾刀・風切丸>を抜く。
だが、本当の武器はこれではない。
左手の<蛇刀・毒薙>をユウは口にくわえた。
そのまま開いた手を<暗殺者の石>に突っ込み、引っこ抜きざまに投げつける。
(そんな爆薬を装備して、密集してるんじゃない!!)
投げられたユウの爆薬は、今しも投げつけられようとしていた一人の<醜豚鬼>の爆薬にがちゃり、とあたった。
衝撃で二つの爆薬が誘爆する。
その爆風は瞬く間に<醜豚鬼>を飲み込み、それでは飽き足らないかのように周囲の同輩たちを巻き込んだ。
天地が揺らぐような轟音が響いた。
煙が晴れた先に生者はいない。
擲弾兵たちの爆薬が軒並み誘爆したのだ。
ユウ自身が何度も実行してきた、多数の爆薬の連鎖爆発。
それは一瞬で<醜豚鬼>の小部隊を飲み込み、塵も残さず消し飛ばしていた。
(しまった)
おそらく虎の子であったらしい部隊が壊滅――よりありていに言えば消滅――したのを見た<醜豚鬼>が算を乱して逃げ出すのを見ながら、ユウは刀を腰に戻しながら内心で呻いた。
(あれだけ大量に持っているなら、一匹ずつ殺して爆薬を奪っておくべきだった)
だが、もはや手遅れだ。
まさしく一瓶残らず、爆薬はチリと化している。
呆然と見つめていたユウの肩を誰かが叩いた。
「ヴェスターマン」
おそらくはこの<醜豚鬼>の部隊長を倒してきたと思しき<守護戦士>は、何も言わずにユウの後ろを指差す。
つられてユウが視線を向けると、そこでは<妖術師>をはじめとした仲間たちを背中で守りながら、最後の反撃に出た<醜豚鬼>の一団と渡り合うニーダーベッケルの姿があった。
通常よりふた回りほど大きなその<醜豚鬼>が、ゴブリンで言えばホブゴブリンに相当する階級なのだろう。
戦意を失った雑兵<醜豚鬼>を尻目に、彼らはせめて<暗殺者>の首を取ろうと汚れた斧を振り回す。
一方のニーダーベッケルも必死だ。
レベル差で言えば70レベルの<醜豚鬼>と彼とでは20の差があるが、1対5ではさすがに分が悪い。
それでも着実に細剣を振るい、ダメージを集めていく。
「<チェインライトニング>!」
後ろの<妖術師>の呪文を一歩退いて避け、大きく踏み込みざまに一撃。
それは一匹の<醜豚鬼>の喉を貫き通し、その肉体を光へと変えた。
仲間の死にますます猛る<醜豚鬼>に、ニーダーベッケルも剣を頭上に掲げて立ち回る。
「……」
援軍に行かなくていいのか、という無言の問いを、ヴェスターマンはかすかに首を振って否定した。
「あんたの言葉が利いたんだよ。あいつがただの軟派男でないことを見てやってくれ」
「……」
ニーダーベッケルは激戦の最中であるにもかかわらず、ちらちらとユウたちに視線を向けてくる。
それはまるで、俺を見てくれといわんばかりだ。
いつの間にか、ユウは微笑していた。
ペットにたとえるのは失礼だと思うものの、百歩譲ってもそれは親に褒めて貰いたい一心で何かをがんばる子供の姿そのものだ。
「あいつには年の離れた姉がいると聞いている。あんたに惚れたというより、姉の面影をあんたに見たんじゃないかな」
また一匹、<醜豚鬼>が倒れた。
小さくガッツポーズをとるニーダーベッケルが、またしてもユウをちらりと見る。
それにあわせ、ユウは軽く体を動かして見せた。こう動け、という無言の助言だ。
「まあ、悪い奴じゃないよ。次からは俺たちも少し反省するから、邪険にしないでやってくれ」
「……そうだな。あんたらにはあんたらの流儀があるしな。
余計な口を利いてすまなかった。 それにしてもニーダーベッケル、私の息子にそっくりだよ」
「息子!?」
驚くヴェスターマンに、ユウは明るく答えた。
「ああ。あの子も親の私に褒めてもらいたくて、ああやってちらちらと見ていたものさ」
「……ユウ。あんた何歳だ!?」
「40だけど?」
「40だと!?」
あーあ、と天を仰ぐヴェスターマンを見て、ユウは屈託なく笑った。
ニーダーベッケルが凱歌をあげる叫びが、どこか遠く聞こえていた。




