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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第6章 <傷ある女の修道院>
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80. <冒険者たち>

1.


 ユウの戦いから、時はしばし遡る。


積荷も持たず、3人の<冒険者>が息せき切って<傷ある女の修道院>へ駆け戻ったのは、夕日が最後の残照を水平線に投げかけた頃のことだった。


「どうした? 交易は?」


異様な雰囲気の3人に、入り口から出てきたロージナに、ミリアムは息を喘がせながらもかいつまんで状況を話す。


「騎士だと? <大地人>の騎士くらい、別にたいしたことでもあるまい」


状況を把握し、何だそんなことか、という顔を向けたロージナに、ミリアムは首を振った。

さらさらとした金髪から、汗が飛び散る。


「そうじゃない。ゲフィオンは『何か危険だ』と言ってた。

そもそもこんな辺境に、わざわざ騎士が来る? 目的は徴税なんかじゃないわ」


そこまで聞いて、ロージナも顔を真剣なものに変えた。


「……こないだの蛮族と同じ、ということか?」

「それに、噂は届いてるでしょう。あちこちの貴族が<冒険者>ギルドを抱え込んでるって」

「……みんな! 門扉を閉めろ!見張りを増やせ!!子犬一匹、修道院に入れるな!!

戦えない者、レベルの低いものは聖堂へ向かって鍵を閉めろ!!」


矢継ぎ早に命じながらも、ロージナは内心で呻いた。

気に入らないが、ゲフィオン――ユウの予感はおそらく当たっている。

であれば。


急速に動きを早める女<冒険者>たちを背に、ロージナはミリアムに念を押すようにたずねた。


「……後をつけてくる者はいなかったろうな?」

「……わからないわ。急ぐのに必死だったし、<暗殺者>や<追跡者>、<辺境巡視>ならどれほど警戒しても無意味よ」

「…ならば早晩来るとみたほうがいいな。私も物見に上がるぞ!!」


ロージナは、言い捨てて部屋に戻り、手早く鎧と剣をつける。

できるならば、こないだの蛮族との戦いのようなことがない限り、つけたくはなかった装備だ。

だが、今夜こそは、この装備が必要となる。


足元が抜けるような頼りなさを抱えつつ、ロージナはそれでも頼れるリーダーを演じなければならない。

この修道院しか頼るものがない、多くの女たちのために。


色とりどりの、一目で<冒険者>と分かる10人足らずの一団が門の前に現れたのは、そうしてロージナが自ら見張りに立って、僅か一時間後のことだった。



 ◇


「女ども!! 抵抗は無意味だ! さっさと降伏して門を開けろ!!」


一見して頼もしい、居丈高な声があたりに響いたとき、ジャニスは聖堂の片隅で震えていた。

怖い、怖い、怖い。

かつての恐怖が蘇る。

彼女は、いかなる技によるものか、修道院の隅々にまで響くその声に聞き覚えがあった。

かつては絶対的な安心感を与えてくれた声だ。

そして今は、恐怖の対象。


「クラレンス……<琥珀の騎士団>」


ちりんちりん、と念話の呼び出し音が鳴る。

クラレンス。トラック。ペリサリオ。CV。

いずれもかつての仲間たちだ。

ステータス画面のフレンドリストに残された、怖くて消すことすらできなかった名前が点滅するのを、ジャニスは恐怖と共に見つめていた。



「ジャニスの奴、呼び出しにも応じないぜ」


一行をここまで案内した<暗殺者>のJVが詰まらなさそうに言った。


「なあに、答えないならもっとひどい目にあわせるだけさ」


一団の真ん中で腕を組み、ユウならティトゥスに似ていると思うであろう白い鎧をまとって、ギルド<琥珀の騎士団>の団長(ギルドマスター)であるクラレンスはうっそりと笑う。


「そういや、リルドアも出ねーな」


<修道騎士(テンプラー)>、トラックの言葉に、クラレンスは再び笑った。


「どうせ今頃<大地人>のどっかの女をヒイヒイ言わせてるんだろうよ」

「チッ、あいつだけ得しやがって」


下卑た笑いが夜の闇に響く。


「ま、抱く女はこっちのほうが上だ。何しろそろって美人だからな」

「ちょっと乱暴にしてもしなねえしな」

「殺すなよ。どこに飛ぶか分からんからな」


クラレンスがしかつめらしく釘を刺すと、再び辺りに笑いが満ちる。

その時、沈黙を守っていた修道院から声が響いた。


「<琥珀の騎士団>!! 何用あって修道院に無法を言う!」

「修道院だと? 聖女気取りか、ロージナ!」


振ってきた声に、トラックが叫び返した。


「ここはこの世界でひどい目にあった女たちの最後の居場所だ! 頼むから見逃してくれ!!」

「頼むにしては誠意がないな」


応じたのはクラレンスだ。

ゲーム時代、人格者として名高かった彼は、口調だけはボイスチャットの頃のままに告げる。


「見逃してほしければ降伏しろ。そうすれば殺さん。

その代わりに差し出すものは、分かっているだろう」

「金貨でも素材でも装備でもくれてやる!」

「要らんよ、正確にはそんなものは副産物だ」

「なんだと!?」

「俺たちがほしいのは(おまえ)たちだ。ロージナ。

そこの全員、身をゆだねるなら命だけは助けてやる。

勝とうなどと思うなよ。次はほかの連中も含めて、100人単位で来るぞ」

「クラレンス……あんたはそんなことを言う人間じゃなかった」


きっぱりと告げるクラレンスに、ロージナの悲しげな声が届く。

その声が面白かったのか、クラレンスは思わずぷっと噴き出していた。


「俺が<聖騎士(パラディン)>だからか? ゲーム時代とは違うからか?

お前とは何度か大規模戦闘(レイド)でも一緒に戦ったが、ゲームはゲームだ。

本当の自分を出すわけないだろう。

それに、この世界は理不尽だ。何もしていないのに理不尽を強制された俺たちが、

何で好き勝手をしちゃいけない?」

「だからって、私たちに理不尽を押し付けるのが許されるのか!!」

「ならお前らも強くなって、俺たちやほかの連中に理不尽を強いればいいさ。

……余計な問答は終わりだ。<聖騎士>が一撃でこんなちゃちな扉などぶち抜けることをお前も知っているだろう」

「……考える時間をくれ」

「与えん。今決めろ。あるいは……そうだな。俺たち9人にそれぞれ一人ずつ。

お前らが9人を差し出すなら、一晩だけ待ってやる」

「……私が出る。時間をくれ」


降りてきた声は、どうしようもない絶望感に彩られていた。



 ◇


「いやあ、美人を肴に飲む酒はいつもいいなあ!!」


誰かが酒盃を手に喚いた。

<琥珀の騎士団>が立てた焚き火の周りには、男たち、そして同数の女たちがいる。

ロージナ、アールジュ。そしてミリアム。いずれも修道院の幹部たちだ。

残された人々は<騎兵(コサック)>のリリムがまとめ、今は聖堂で荷造りをしていた。


「ほら、酌しろよ」

「くっ……!」


クラレンスの横に侍るロージナの姿は、哀れなものだった。

もちろんだが、装備は、魔法の鞄を含めて一切ない。

まともな服すら着ることを許されず、今は下着のほうがまだましという水着だけを着ている。

最低限の衣服をまとわせたのはクラレンスの、


「女は服を脱がせるのがいい」


という勝手な理屈によるものでしかなかったが。

悲しげに目を伏せたロージナを楽しそうに見つめ、クラレンスは言った。


「で、一晩の時間をもらってどうする。俺たちが心を入れ替えて聖人になるとでも思ったか?」

「……話せば、昔のお前に戻ると思っていた」


その声に、遠慮会釈のない嘲笑がたたきつけられた。


「馬鹿じゃないのか、お前」

「こんなに楽しいのに、戻るわけないだろうが!!!」

「自分の姿を見て物を言えよ!」

「……ってことだ。まあ、仲間とシェアする前に自分たちだけ楽しみたい、というなら

喜んで手を貸してやる。望まなくても一緒だがな」


その声に、自分たち9人の惨めな境遇を思ってロージナは思わず嗚咽を漏らした。

突然、彼女に衝撃が走る。

殴り飛ばされたのだ、と気づいたときには、ロージナはざりざりと地面を削って倒れていた。


「泣くのはベッドの上だけにしろ、鬱陶しいんだよ」


冷たく言い捨てたクラレンスに、ロージナは顔を上げることができなかった。


「お、お前アールジュじゃねえか」


別の男(トラック)がいきなり叫んだ。

隣に座る半裸のエルフの正体に気づいたのだ。

その男は、それまででれでれと触っていた手を急に引っ込めると、怒りをこめて叫んだ。


「オカマなんぞ紛れ込ませやがって! ふざけるな!」

「私はオカマじゃない」

「同じだろうが、性同一性障害のカウンセラーだったといいながら、ゲームじゃ自分も女の格好してりゃ世話ねえぜ。その声はどうした?」

「この世界に来て変わったわ」

「気持ち悪いぜ、お前!」


ぺっ、とつばをアールジュに吐き捨てると、トラックは立ち上がって酒瓶を地面にたたきつけた。

ぱりんと割れた瓶をぐりぐりと踏みつけ、なおも叫ぶ。


「オカマがオカマのカウンセリングをしてるんだからとんでもねえな。

しかも女でござい、って顔をしてちゃっかり女に紛れ込んでやがる。

おいロージナ、お前、こいつの正体を知ってたのかよ」

「……知ってる」

「じゃあさながら同性愛(ゲイ)仲間だったってことか? ぶわははははは」


爆笑する男たちに、アールジュは答えない。

黙って俯くだけだ。

その姿に嗜虐心を刺激されたのか、男の一人が彼女を蹴りつけた。


「何をする!」

「いいの。ロージナ。堪えて」


怒鳴りつけるロージナを制し、アールジュは静かに言った。


「あなたたちにもカウンセリングが必要ね」

「そんなのはいらねえ。女の肌が充分癒しだ。

まあお前はオカマだが、一応体は女だろ。

明日も早いし、そろそろ寝るか」

「来る」


アールジュがそう呟いた時。

そして、黙っていたロージナが静かに頷いた時。


彼女は来た。

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