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ある毒使いの死  作者: いちぼなんてもういい。
第6章 <傷ある女の修道院>
111/245

79. <ヴァイマルの騎士>

1.


「村の主だった者は集まれ!」


剣呑な声が、のどかだった村に響き渡る。

ここは北辺の地、春まだ遠い北の島、アルヴァ・セルンド島にある唯一の村だ。

今、その村は半年前に<冒険者>がやってきて以来の激震に見舞われていた。

人の手によって為された、その激震の震源地をちらりと見て、村長は早口で女たちに言った。


「早く、この家の裏口を通って逃げ出しなされ。

途中まではわが家の者が案内する。見つかったら厄介じゃ」

「あんたたちは、どうするの」


いち早く鍛冶場を離れ、手早く荷物をまとめていたドワーフの<鍛冶師>、コンコルディアが問う。

てきぱきと荷物をまとめるその手が、かすかに震えていた。


「わしらはやりようがある。どこの騎士かは知らんが、この島には何もないのじゃ。

適当にもてなせば帰っていくじゃろう。じゃがあなた方は別じゃ」

「どういうことだ」


次に口を開いたのはゲフィオンだ。そんな彼女に、問答の暇すら惜しいとばかりに村長は吐き捨てた。


「こんな田舎にも世の噂は届くものじゃ。今はどこの騎士団も神殿も貴族も、やっきになって<冒険者>を集めておる。

<冒険者>がおるとおらぬとでは、戦のやりようも違うからの。

多くの<冒険者>と手を結んだ南のマールブルジュ伯は近隣を切り取り、王を名乗ったとも言う。

あなたがたは、ただ<冒険者>であるというだけでどんな宝に勝るのじゃ」

「そうね。村長さん、悪いけど御代は次に戴くから」

「うむ」


ミリアムはそう村長に口早に言うと、イドリースとコンコルディアの肩を押すように裏口へ向かう。


「ゲフィオン! あなたも、早く」

「わかった」


身を翻しながらゲフィオンはふと、かすかな記憶が蘇るのを感じた。

わざわざ村人の一人を手懐け、遠い島までやってきた騎士。

彼らの目的は、本当に単なる略奪まがいの徴税だけなのだろうか、と。



 ◇


「やっぱりいたな」


製作級(クリエイト)アイテムのひとつである<学者の遠眼鏡>を構えた男の視線の先には、

小走りで駆けていくローブにフード姿の人影が見えていた。


「あの格好でならその辺の<大地人>はごまかせても、この遠眼鏡はごまかせねーって」


虚空に嘲りの声を投げ、男はさらに視線を凝らす。


「ミリアム 法儀族、<癒し手(メディウム)> 90レベル。他は……67に42か。ゴミだな。

まあ娼館か仲間(ギルメン)の囲われ者が関の山か。ドワーフにチビは好みじゃないしなあ。

……お?」


最後の人影を見て、男は訝しげな声を上げた。


「なんだ、あの文字。どこの奴だ? それに……94だと!? バグか?」


男は何度も遠眼鏡を操作するが、最後のローブ姿の女の表示は変わらない。

やがて、男は馬鹿馬鹿しくなった。


「まあいいや。とっ捕まえればいいだろうよ。それになかなかそそる身体みたいだしな」


ローブの下に揺れる、二つのふくらみをじっくりと見て、男はよ、っと登っていた屋根から飛び降りた。


「そろそろ次の仕事に移らないとな……ギルマス。女どもを見つけた。これから追う」

『わかった。気取られるなよ』

「了解……じゃあ行くとするか」


いつもながら頼もしい<傭兵隊長(ギルドマスター)>の念話に小さく応じて、男もまた駆け出した。


 ◇



ゲフィオンは、ふと寒気を感じて立ち止まった。


何かが危険だ。

過去の、失われた――いや、自ら閉ざしたという記憶が、私に何かを告げている。


「ミリアム! やはり村が心配だ! 3人はこのまま修道院へ戻ってくれ!

私は偵察してから追う!」

「ゲフィオン!」


馬を呼ぶ笛を口にしていたミリアムの制止に、ゲフィオンは断言する。


「私は<暗殺者(アサシン)>だ。単独偵察なら<大地人>など問題にもならない」

「あっ、ゲフィオン!」


そのまま身を翻し、すさまじい速度で村へ取って返す<暗殺者(ゲフィオン)>の背中を、ミリアムは呆然と見送るしかなかった。



 ◇


「そなたが村長か」

「これはこれは、騎士殿。こんな村に何の御用ですかな」


広場の中央で腕を組んでいた騎士隊長は、人ごみを分けて姿を見せた村長に、明らかな侮蔑のまなざしを向けた。

騎士隊長の横には、家来よろしくアルドルフが、故郷の友人知人たちを睥睨している。

村人たちの視線は複雑だ。

不安、恐怖、困惑、かすかな敵意。

中には「アルドルフもいるし、存外穏やかな用事じゃないのか?」と暢気な感想を漏らす者もいた。

そんな中を進み出た村長は、さすがに年の功というべきか、にこやかな笑みには一点の翳りもない。

だが、騎士隊長はそんな村長に見下した視線を投げると、勢いよく言い放った。


「これよりこの島は我が主君、クリューグ辺境()の領土となる。

課税は六割、一切の妥協は許さぬ」

「これは異なことを」


騎士隊長の宣言に大げさに驚いて見せた村長は、あくまで落ち着き払った声音で返した。


「そもそもこの島や周辺は古の強国、ゴドリック王国の領地だったもの。

王国は滅びましたが、その代わりにわが遠祖ギュルヴィは、七女王国より封を賜り、アルヴァ・セルンド卿と名乗ることをさし許されておりまする。

いかにクリューグ辺境()閣下といえ、他の貴族の領地を横領するとはいささか奇妙ですが、

何か閣下には、名分がおありで?」


口調こそ慇懃だが、言っていることはまさしく否定に他ならない。

顔面に怒気を立ち上らせた騎士隊長は、はっと周囲を見回した。

周囲の困惑と不安が、徐々に明確な敵意の形を取りつつあることに気づいたのだ。

見れば、漁民や農夫ばかりとはいえ、村の男たちの腕は太く、レベルも農民にしては高い。

船の関係上、わずか5人しかいない騎士では押し包まれれば負ける、騎士隊長はそう見た。

そして島は彼らの本拠地、クリューグからは遠い。

村人たちが口裏を合わせてしまえば、騎士たちがここに来たことすらなかったことにされるだろう。

まだ奥の手はあるが、今は安易に武力に訴えるべきではない。


そこまで考えた騎士隊長は、抜きかけた剣から手を離し、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

油が両面に塗られた、比較的質のいい紙だ。

それを掲げて見せ、騎士隊長は叫んだ。


「それほどに名分がほしいなれば教えてやろう。

古のゴドリック王国の国王家、アドル家の第5代、グンディベルト王の娘、バトヒルト姫が嫁いだのはアーディガード族のハイムルフ、その子孫がエルクセム伯爵家、その第6代ハグバルト伯爵の娘が嫁いだのがマークハント侯爵家、その分家がクリューグ公家の祖アルゼフト閣下であり、その直系の子孫がわが主君、アルブレヒト閣下である!

つまりアルブレヒト閣下は母方を通じゴドリックの王統に属している。よってこの地を支配する。

七女王国などに封じられた裏切り者の騎士の子孫など、取るに足らぬ!」

「それは……」


絶句する村長に、それ見たことかと騎士隊長は鼻を鳴らした。

だが、彼は勘違いをしていた。

村長が黙り込んだのは威圧されたからでも納得したからでもなく、単に呆れたからだ。


「……その論法で言うならばわしはガリアン武国の王を名乗れますな。

わが3代前の曾祖母の実家はかの国の王の分家たるキレナイカ伯爵家の出身ですから」

「なに!?」

「そもそも、クリューグ伯はヴァイマルの貴族のはず。ここはヴァイマルではございませぬ。

そのような無法、通るとお思いか。

せっかく来られたのだ。一日の馳走を差し上げましょうほどに、早々お帰りになられよ」

「こ、この老いぼれが……!!」


短気そうな顔立ちをさらに赤くした騎士隊長の横で、別の者が声を張り上げる。

アルドルフだ。

彼は村長ではなく、そこかしこから胡乱な目を向ける同年代の若者たちに向かって叫んだ。


「みんな、聞いてくれ! こんな何もない場所で何もせず老いぼれることが望みかよ!

みんなだって、従士になって華々しい武勲を挙げたいんじゃないのかよ!

この騎士様に従えば、こんな村なんて出て行けるんだ!

毎日毎日、魚を取って獣を取って、麦を踏んで死ぬのが人生じゃないだろう!」

「いや、それが人生さ」


熱弁をふるっていたアルドルフが、かけられたほうを振り向く。

そこには、アルドルフの幼馴染であり、親友であり、悪童仲間だったはずの青年が立っていた。


「今、しゃべったのはお前か? ユルグンド」

「ああ。そうだ、アルドルフ。 お前は何を言っている」


誰が従わなくてもこいつだけはついてくる、と思っていた親友からの思わぬ言葉に、アルドルフは絶句した。


「ユルグンド……」

「アルドルフ。確かにちょっと前まで、俺もお前みたいに思ってたよ。

この村にいるほとんどの若い連中もそうだったろう。

だけどよ、俺たちもいずれ年老いる。いつまでも夢を見ていられない。

考えても見ろ。俺たちは<大地人>なんだ。

生まれた村で、働いて子供を作って、育てて死ぬのが普通の<大地人>の生き方さ。

アルドルフ。戻って来い」


まだ数ヶ月前、一緒に修道院の女を攫おうとした無鉄砲な若者はそこにはいなかった。

そこには、アルドルフが忌み嫌い、かつてはユルグンド自身もそう思っていた、

『何のとりえもなく、野望もなく、夢もない』単なる農夫の姿があった。

そんな姿にショックを受け、アルドルフは思わずたたらを踏む。


「お前……友達だろうが」

「ああ。お前とは友達で、子供のころからの悪ガキ仲間で、再従兄弟でもあるが、友達ってのは一緒になって馬鹿をやるだけじゃないだろう。

まして従士になるなんざ、途方もない馬鹿だ。

どっか遠い場所で、惨めに死ぬのが関の山だぞ」


場に沈黙が落ちる。

アルドルフとともに海に出た2人の若者を除き、ほかの仲間全員が、ユルグンドと同じ目をしていることに、彼は気づいたのだ。

押し黙った若者二人に、村長も、騎士隊長も言葉を放つことなく押し黙る。

広場に、なんともいえぬ息苦しい沈黙が落ちた。



「あ~あ。やってらんねえ」


そのとき、場違いに明るい声が広場に響いた。



「きゃあっ!」


一人の村娘が素っ頓狂な叫びを上げる。いきなりごつごつした金属が、自分の下半身を触ったのだ。

騎士だろうという予測すらせず、怒鳴ろうと振り向いた娘は絶句する。


背の高い男だった。

村でもっとものっぽな男よりも、優に頭ひとつは高い。

そんな大柄な姿は、騎士隊長よりよほど豪華で、それでいてどこか異質な赤い鎧に包み込まれ、

その上には女性的とさえ言える美麗な顔が載っている。

だが、女のようなストレートの金髪をかき上げるその手つき。

そして何よりその表情が、どうしようもなく野卑な本性を現していた。


その男は、凍りついたような村娘をふん、と見下ろすと、ゆっくりと広場の中心に出てきた。

鎧の重さを微塵にも感じさせないその足取りは、まるで野生の熊だ。

男はゆっくりと騎士隊長とアルドルフの間に立つと、いきなり二人の肩にぽんと手を置いた。


「ねえお二人ともさ。何悠長なことやってんの? 家柄とか、仲間とかそんなのどうでもいいじゃん。

どうせ<NPC(だいちじん)>なんだからさあ。

俺たちもさ、暇じゃないんだよ。簡単にケリ、つけようか?」


村長は絶句していた。

アルドルフはともかく、貴族である騎士隊長にこれほど馴れ馴れしい口は、たとえ主君でもできない。

それに、周囲の敵意などどうでもいいとばかりのその態度。

さらには、彼の言った『ケリ』という言葉に秘められた危険極まりないニュアンスに、彼は意図せず喘いだ。


「ぼ……<冒険者>!!」

「おや? 爺さん知ってるの? 物知りだねえ。……まあそりゃそうだよな。修道院の女たちとよろしくやってりゃあな」

「なぜ、それを……!」

「なぜ、って」


一瞬きょとんとしたその男は、続いて爆笑した。

よほどに面白いのか、腹をかかえ、片手で額を押さえて笑い転げる。


「あはははははははは!! なぜって、なぜ、だって!? ははははははは!!

そりゃあ、知ってるに決まってんだろ!」


そう言って、急にアルドルフの肩を抱え込む。


「この従順な<大地人>の夢ある若者、アルドルフ君がこっちの味方なんだから!

まあ彼はたかが女にこてんぱんにのされた雑魚君だけど!! あははははは!」


そうしてひとしきり笑うと、男は不意に動いた。

どうやって抜いたのか、輝く剣の切っ先が村長の喉元すれすれにぴたりと止まっている。


「俺らの道理はこれだ。黙って従えよ、雑魚ども」


今度こそ、場の空気が凍った。



 ◇


 誰も動かない広場に、金髪の<冒険者>の声だけが響く。


「俺たちはクリューグ公に雇われた<冒険者>ギルド、<琥珀の騎士団>だ。

この島にはすでに十人以上の仲間が上陸している。

その意味は、わかるな?」


こくこくと村長が頷く。

男が歴戦の戦士であることはそのぶれない剣筋を見ただけでわかる。

ただでさえレベルの高い<冒険者>にとって、その辺の<大地人>など雑草以下だ。

村長は決断した。


「わかった……貴殿らに従おう」


異を唱えようとする無知な村人を睨んで黙らせ、ゆっくりと村長の膝が地面につく。

鋭い目でそれを見ていた<冒険者>の男は、にか、と笑って剣を引いた。


「そうそう。あんたらの生きる道はきちんと強い者には従うこと。

屁理屈はこねないこと。 殺されても何にもならんっしょ?

俺らが右といえば右、白といえば白。 それが当たり前のことだよ、セルデシアじゃね。

ああ、自己紹介が遅れた。 リルドアっていうんだ。よろしく」


論破された鬱憤が晴れてうれしそうな騎士隊長に、ほんのわずか、凄まじい軽蔑の視線を向けて、リルドアと名乗った<冒険者>はとんとん、と剣で肩をたたいた。


「というわけでさ。宿とご馳走と税と女、よろしく。

女はこっちで勝手に選ぶからいいよ」


ほうほうの体で後ろへ下がる村長を面白そうに見て、リルドアは周囲を眺め渡した。

醜悪な欲望の視線に、親は娘を隠し、夫は妻を背に庇う。

そんな姿を見て、リルドアはもう一度爆笑した。


「あはははは! そんなに警戒しなくても大丈夫だって、<冒険者>はあっちのほうは人並みだからさ。

それに俺はイモ臭い田舎娘はあんまり好きじゃないんだ……お?」


その目が広場の片隅で留まった。


「いいね君、こんな村にいるのはもったいない。<冒険者>みたいな美しさだね。

その黒髪もエキゾチックだし、今夜の枕は君に決めた!」

「ありがとう」


かすかに怯えた風情ながらも、気丈に答えたその娘に、リルドアはうんうんと満足そうに頷く。


「いいよいいよ、その『村を守るために犠牲になります』っていうけなげな心、

それでいて『私どうなるのかしら』という不安の表情! 実にいいね。

僕は現実(あっち)じゃカメラマンだったんだ。君の表情、ぜひ写真に残したいよ。君、名前は?」

「……ゲフィオン」

「ゲフィオンかあ、いい名前だけど変わってるね。まあいいや。

ベッドじゃ『おまえ』としか呼ばないし。さあ、こっちにきなよ」


村人やアルドルフたちが遠巻きに見つめる中、進み出た何の変哲もない、ややぶかぶかなチュニック姿の娘は、リルドアの前で腰を軽く折った。


「じゃあ隊長さん、俺、一足先にこの子と一戦してくるから。

ギルマスも悔しがるだろうなあ」


うきうきと足踏みするリルドアの前に、音もなくゲフィオンと名乗った娘が進み出る。


「騎士様、どうかよろしく」

「うんうん、俺は騎士じゃないけどね。よろしく頼むよ……って引っかかるかよ、バ~カ」



 ゲフィオンが、チュニックの裾に隠し持っていた短剣で切り上げたのと、

リルドアが剣でそれを受け止めたのは同時だった。


「な、な!?」

「逃げろ! みんな!!」


状況を把握できない騎士隊長が間抜けな声を上げるのと、ゲフィオンが切迫して叫んだのも同時だ。

すかさず「村の外へ!」という叫びとともに、村長が年齢の割には達者な足で走り出す。

わっという声とともにユルグンドが続き、村人たちもまた子供や老人を支えて逃げ出す。

瞬く間に広間には、騎士隊長と騎士4人、そしてアルドルフとその2人の仲間。

そして、二人の<冒険者>が残された。


「隊長さん! 連中を追え! 居場所を見つけるんだ!」

「させるか!」


飛びしさって騎士たちを殺戮しようとしたゲフィオンの足が不可視の戒めに絡めとられる。


「<ヘヴィアンカー・スタンス>!」

「<守護戦士(ガーディアン)>かっ!」


足捌きを奪われ、呻いたゲフィオンの横で騎士たちが駆け出そうとする。

その中の二人の首筋に、まったく同時に短剣が飛んだ。

<ペインニードル>だ。

だが、彼女が殺したのはそこまでで、隊長を含む3人の騎士、そして3人の裏切り者たちはそのままむらの外へと出てしまった。


「ほらほら、よそ見しちゃいかんよ。<クロス・スラッシュ>!」

「<ヴェノムストライク>!」

「おっと」


すぐ目の前を駆け抜けた緑の刃が、金髪を数本切り飛ばしたのを見て、おもわずリルドアがひゅう、と口笛を吹く。

だがその一瞬で設置(トグル)式の特技である<ヘヴィアンカー・スタンス>は破れ、ゲフィオンは空中でくるりと一回転して<守護戦士>から距離をとることができた。


「<暗殺者>か。<古来種>かと思ったが……そうか。噂は本当だったのか」

「噂だと?」


リルドアは構えを解き、いつの間にか装備していた盾でぽんぽんと肩をたたいて答える。


「そうだ。どこかに、新パッチがあたったプレイヤーがいるという噂さ。

そいつらだけが90レベルの壁を超えられるってね。

眉唾の与太話だと思ってたが、まさか本当にいるとはね」

「で、どうするんだ。90レベル」


たっぷりの侮蔑を含んだゲフィオンの言葉に、気のない素振りでリルドアは言う。


「別に。勝つだけさ」

「勝てるとでも?」

「もちろん。まず、仲間を呼ぶ。それでだめなら人質をとる。

そうだな、お仲間の修道院の女の子か、さっきの<大地人>の誰かを捕まえようか。

女なら目の前で犯すし、男なら殺す。

あんたが抵抗するならもっとする。それであんたも納得して降伏できるだろ?」

「下衆が……」


唇を噛んだゲフィオンに、リルドアは心底楽しそうに言った。


「だって、ここは異世界だぜ? 強姦罪や殺人罪なんてのもない。やった者勝ちさ。

別に好んで来たわけじゃないし、割り切ってしまえば気楽な世界だよ。

わかったか? ネンネの小娘ちゃん」


リルドアがそういい終える前に、ゲフィオンは目の前に立っていた。

すでに脱ぎ捨てたチュニックの下に着込んだ<上忍の忍び装束>と、<暗殺者の石>から引き抜いた<疾刀・風切丸>、二つのアイテムで加速した彼女の速度に、リルドアは反応できない。


「くたばれ、ゴミクズ! <アクセル・ファング>!!」


すり抜けざまの一撃に、赤いリルドアの鎧がすぱっと切れる。

痛そうに眉をしかめたリルドアは、しかしそれだけで首をこきこきと鳴らした。


「……で。教えようか。俺の秘宝級(アーティファクト)鎧、<赤狼の甲冑>は常時<障壁>と<反応起動回復>がかかる優れもんでね。ついでに状態異常(デバフ)にも耐性がある。

<暗殺者>の<致命の一撃(アサシネイト)>でも俺は死なないし、痛くもない。

どっちみちお前は俺一人にすら勝てないんだよ、バーカ」


赤い巨人は、そういって心底楽しそうに舌を出したのだった。



2.



 攻防は続いていた。

ゲフィオン必殺の毒も、巨人リルドアには通じない。

正確には、通じてもほとんどダメージが通らないのだ。

それではと、特技を繰り出してのダメージも同じこと。

常にかかっている<障壁>と<反応起動回復(リアクティブヒール)>でほとんどのダメージを無効化されてしまう。

もともとHPが<暗殺者>の二倍近い<守護戦士>ならなおのことだ。

もちろん高い防御力の代わりに攻撃力に劣るリルドアの一撃もゲフィオンには届いていないが、それも彼女の体力が続くまでのことだった。


「<シールドスマッシュ>!」

「……っ! しまっ……!」


何度当てても倒れない巨人に、無理な姿勢で攻撃した刹那、ゲフィオンの足が僅かに滑る。

その一瞬を見逃すリルドアではない。

すかさず放たれた一撃は、<上忍の忍び装束>の上から骨すら砕き、ゲフィオンは奇妙に歪んだシルエットで鍛冶場の壁にたたきつけられた。

すでに闇が深い中、衝撃で燃えていた炉から火がこぼれたのだろう、ゲフィオンの背中で火柱が上がる。


「ほーら、軽い軽い」


盾を構え、口調だけは軽いままにリルドアが嘲る。

その足は動かない。どうせ今追い討ちをしなくても勝つ、とはなから舐めきっているのだ。

炎に照らされ、炎の巨人(イフリート)のようにも見える<守護戦士>を、ゲフィオンはかすむ目で見上げた。

視界がぼやけ、意識が薄れる。

背中の燃え盛る鍛冶場の熱が、奇妙な心地よさを彼女に与えている。

同時に、頭に衝撃を受けたからか、湧き上がるものがあった。


記憶だ。


『<守護戦士>ってのは守りに入らせると強い。それを防ぐためには奇襲だ。

そうでなければ装備を壊せ、ユウ』


もうはるか昔のことだ。

一緒に訓練をしていた黒衣の騎士が彼女(・ ・)にアドバイスをしていた。


『<守護戦士>との戦い方はな、ユウ。相手のペースを崩すことだよ。

俺との対人戦(デュエル)でやっただろう』


白銀の騎士が、大剣を手に彼女(・ ・)に告げる。


『剣を折れ、ユウ。手にした剣じゃなく、心の方の剣だ』


西洋鎧に華国風の剣を背負った戦士がにかっと笑った。


かつて相対し、共に戦いもした<守護戦士>たちの言葉が蘇る。

同時に、自分がどうやって戦ってきたのかも。

それは、今の穏やかな暮らしをしていたゲフィオンにとっては正視に堪えない戦い方だった。

だが、と彼女は思う。


修道院の戦士でしかない『ゲフィオン』ならばできない。

だが、彼女の本当の名前。

<毒使い>の『ユウ』ならできるのだ。


「お、まだやる気?」


リカルドの嘲弄にも、もはや彼女の心は僅かな小波さえ立てなかった。

『ゲフィオン』もまた、彼女だ。

冷静で冷酷、敵を葬ることに躊躇いはない。

だが、『ユウ』ほどではない。


「クニヒコ、ティトゥス、カシウス……恩に着るぞ」


記憶の中の3人の<守護戦士>たちに彼女は小さく礼を言った。

そしてそのままよろよろと立ち上がり、残り少ない呪薬を飲む。

修道院に来て、ロージナたちから与えられた薬だ。

HPが元に戻り、同時に<骨折>と<朦朧>の状態異常(デバフ)が解除されるのを確認して、彼女はすっくと立つ。


「馬鹿だね。俺が仲間を呼べばおしまいなのに」

「その前に自己紹介を忘れていたよ」

「うん? あんたゲフィオンってんじゃないの?」

「違うね」


獰猛な笑みが漏れた。

その顔に、へらへらしていたリルドアの顔が微かに引きつる。


「お前……」

「ユウって言うんだ。ぶち殺された後も覚えておけ。私は対人家(デュエリスト)、ユウだ」


そう告げた彼女の足が、殺意をこめて僅かに撓んだ。



 ◇



 ユウはちらりと目の前の<守護戦士>を見た。

先ほどまでの、『ゲフィオン』としての策も何もない戦い。

<冒険者>の力に任せた攻撃がよほど拍子抜けだったのか、目の前の男に緊張の色はない。

だが、とユウは思う。

それだけではない。

目の前の男は、戦いを引き延ばしたがっている、と感じる。


それは嗜虐心だけではない。先ほど放った<大地人>の騎士たちに、村人を追い詰める時間を与えようというのだ。

加えて姿を見せないリルドアの仲間たち。

その目的は。


(修道院か!)


目の前の男の立ち居振る舞いから見て、同じ<冒険者>と同盟しようなどという生ぬるい目的でないのは明らかだ。

ただでさえ<傷ある女の修道院>に戦うことのできる者は少ない。

ユウは、心に浮かぶ焦りを全力で押しつぶした。

そうやって焦らせることもまた、リルドアの策の内かもしれないからだ。

今は、ただ勝つのみ。


そう思っていたユウは、ふと広場の地面に目を止めた。

村に何かあるときの集会場をかねているのだろう、広場の地面は土ではなく、ところどころ石畳が顔を見せている。

数百年単位で踏み荒らされた結果か、その石畳は磨き上げたような光沢であったが、同時にところどころヤスリのような粗い断面を見せていた。


「なるほど」

「もういいか? いい加減お前を抱きたいんだよ」


剣をひょいと構えて告げるリルドアに、ユウは再び笑みを浮かべた。


「貴様に抱かせる身体などない。熊でも抱いていろ」

「偉そうだなあ……じゃあ死ねよっ!」


突如放たれる<オーラセイバー>の軌跡を、ユウは大地を蹴りざま、ひょいとかがんで潜り抜ける。

凄まじい速さで迫るユウに、リルドアの歪んだ笑みは消えない。


「何度やっても同じだろ!」

「さてね」


つぶやいた瞬間、ユウはリルドアを斬るのではなく、その赤い鎧の腰を掴んでいた。


「ん!?」

「よっこら……よっと!!」


そのまま引いてリルドアのバランスを崩し、身体を半身、横に引く。

そのまま近すぎて盾も剣も使えないリルドアの肩を、飛び込むように押さえ、ユウは全体重をかけた。


「うぉっ!!」


バランスを崩し、リルドアの長い髪が地面に広がり、彼の顎は鋭くとがった石畳のふちに思い切り当たった。


「レスリングかよっ!」

「大相撲の決まり手の一つ、<上手出し投げ>だ」


そのまま倒れこむリルドアの剣を持つ手を踏みつけると、彼が膂力に任せて立ち上がる前に、彼女は用意していた瓶を逆さにした。


「うぉ!? ……な、なんだ」


瞬時に飛び離れるユウを追撃し損ねたリルドアをせせら笑って、空中でユウは二つの刀の峰を返す。

リルドア自身には何のダメージも与えなかった先ほどの毒の名は<強酸>。

それは、凄まじい防御性能を誇るとはいえ、秘宝級の鎧に過ぎない彼の<赤狼の甲冑>の背中をたっぷりと伝っている。


「なんだ、スモウかよ。ちょっと痛いだけで、無駄だったな」

「無駄かどうかは、これからわかる」


ユウは再び飛び込んだ。

リルドアが盾を向けるが、遅い。

彼がユウを徹底的に甘く見ていたのも幸いした。

何を出し惜しみしているのか知らないが、彼が特技を使う様子はない。

その趣味と、目的を考えれば自明のことだったが。


「おっと!」


ガシャア、と金属同士がたたきつけられる音が響いた。

もちろん、リルドアの剣が迫ったときにはユウは再び離れている。


「まあ、また疲れるまで存分にやるといいさ」


なおも余裕の態度を崩さない彼に、再びユウは飛ぶ。

まだ<強酸>の毒はあるが、これ以上ユウは用いるつもりはない。

彼女自身が調合した毒の強度は知り抜いているし、これ以上余計なことをすれば彼が気づくかもしれないからだった。

おまけに毒の威力は強過ぎる。

さすがに自分の毒で自分の刀をなくしては泣くに泣けない。


再び飛び込んで、二撃。

竜巻のような攻撃が、<赤狼の甲冑>を撃つ。

さらに<シールドスマッシュ>をよけて一撃。

欺瞞(ブラフ)のためにリルドア自身のむき出しの腕や顔を狙うのも忘れない。

今の彼には目をえぐろうが腕を落とそうが無意味。

鎧がすべてを防御するからだ。

だがクニヒコは言った。

装備を砕けと。


再び似たような時間が過ぎる。

違うのは、夜にまぎれて傷つく自分の鎧に気づかない、リルドアだけ。


彼はやはり油断していたのだろう。

ステータス画面を見れば、装備の消耗など一目でわかるからだ。

だが、彼はあまりにも弱い敵と戦いすぎた。

そして、ユウを侮りすぎた。

『ステータス画面を見る』たったこれだけの手間すら、惜しむほどに。


その怠慢のツケが、ついに支払われる時がくる。


「……ふっ!!」


くぐり抜けざまの背中への一撃。

<赤狼の甲冑>は、ついに耐え切れなかった。


「……え?」


戦闘中にもかかわらず、間抜けな顔でリルドアが立ち尽くす。

自らの鎧が突如砕け散り、ボロボロになって石畳に落ちれば、そうもなるだろう。


「え? え? あれ? なんで?」


自らの絶対的な防御力を奪われたことに脳がついていかない。

そんなリルドアの盾が突如飛んだ。


「うげぇぇぇっ!? な、な!?」


飛んだのは盾だけではない。

リルドアの肩から先も同様だ。

一年以上、味わっていない<激痛>の状態異常(デバフ)に、リルドアは涎をだらだらと流して叫んだ。

続いて、ふらつく彼のもう一方の腕も飛ぶ。

そして右足。

左足。


もはや痛みに呻くことすらできない彼の口が、突如細い腕で掴まれた。

達磨のような姿で倒れこんだ巨人の目が、涙さえ浮かべて自分を見下ろす(ユウ)を見る。


「これが対人家(わたし)の戦い方だ。貴様にはたっぷりと、ほざいた放言の報いをくれてやる。

そうだな。まずは、これがいいだろう」


片手でリルドアの口をふさいだまま、ユウがやけに色っぽい目を巨人の下半身に向けた。


「ほかの男の『こんなもの』、触るのも気持ち悪いが、まあ自業自得というものだろうな」


下半身の根元にあるものを蹴り潰され、ついで根元から斬り飛ばされる激痛に、リルドアは声なき声を上げた。

そんな彼の無様な姿を心底うれしそうに見下ろして、ユウは言った。


「何、私も急いでいるのでね。そんなに無茶はしないよ。

ただまあ、騎士どもは<大地人>を殺しはすまいし、貴様の仲間が修道院にたどり着くにももう少し間があるだろう。

ロージナにはすでに念話で状況を伝えてあるしな。

だから貴様、たっぷりとお話しようじゃないか。

まだ目もある。鼻もある。舌だってあるし、全身の皮だって残っているぞ。

しっかり、貴様らの目的を聞いておかないとね」


やけにショックや痛みに強い、<冒険者>の肉体が恨めしい。

ユウの掌の下で絶叫しながら、リルドアはこの時ほど自分の肉体を恨めしく感じたことはなかった。



 ◇


「こんばんは」

「あん?」


村人たちを手もなく追い詰め、今は部下の騎士やアルドルフたちと共に剣を突きつけていた騎士隊長は、突然後ろから聞こえた声に思わず振り向いた。

その顔面に、頭蓋骨が砕けるかのような衝撃と共に何かが叩きつけられる。

それが女の足の裏だ、と気づく前に、騎士隊長は無様に転がっていた。


「な、貴様! リルドアはどうした!!」


そのままの姿勢で自分をぐりぐりと踏みつける女――ゲフィオンに、騎士隊長はそれでも気丈に叫ぶ。

彼とて家柄や血筋だけで隊長になったのではない。

粗暴ではあるが、勇気に欠けたところがないのは、主君の領地を遠く離れた場所にやってきたことでも明らかだ。

だが、その勇気はこの一時に限っては、彼にとって負の結果しかもたらさないようだった。


「リルドア?」


自分たちの騎士隊長が踏みつけられ、反りの入った不思議な光る剣を突きつけられているという状況では、二人の騎士もアルドルフたち3人の裏切り者も動けない。

それをいいことに、現れた女は、くっくっと小さく笑った。

聞く者におぞましさすら覚えさせる、殺意に満ちた笑いだ。


「ああ。あいつなら村の隅っこで寝ているよ。目も鼻も口も耳も手足も全身の皮もない、実に涼しげな格好だけどね。

で、お前たちも同じように寝かせてやろう」

「ゲフィオン殿……!」


何発か殴られ、顔を腫れ上がらせた村長は鬱血した顔から血がざあっと引くのを感じた。

この女は、騎士たちを殺す気だ。

それはまずい、という声と、もう2人殺している、2人も5人も同じだ、という声。

内心の二つの相反する声が彼の内部で渦巻いた。


今更ながら目の前の女<冒険者>の異常性に気付く。

この女、『命を奪うこと』そのものに何の躊躇いも持っていない……!


「待ってくだされ、ゲフィオン殿!!」


振り下ろされようとした刀がぴたりと止まる。

その持ち主は、やがて奇妙ににこやかな目を村長に向けた。


「何か? 村長殿」

「そ、そやつを殺してはなりませぬ。殺せばこの村は立ち行かなくなりまする」

「異なことを。既に2人、殺しています。2人も5人も変わらない。

こいつらが生きて帰って復命すると、また新手が来ますよ、おそらくは、もっと大軍で」

「……!」


村長は唇を噛んだ。

ユウの足元では、すさまじい力に頚椎をへし折れる寸前にまで追い込まれた騎士隊長が、目だけで村長を見ている。

哀願する目だ。

今、この場において自分は哀れな被捕食者でしかないと、皮肉にも彼の磨いてきた武芸が告げているのだった。


「それに。おそらくはこいつらを皆殺しにしても状況は変わりますまい。<冒険者>がいる限りは」


ユウが止めを刺すように言った。

村長も力なく頷く。

死人に口なし、という。

だがその例外が<冒険者>だ。

先ほどのリルドアと名乗った<守護戦士>、そしてその仲間たちはたとえ皆殺しにしてもヴァイマルのどこかで復活する。

そして再度襲ってくるだろう。

彼らの私怨もあるだろうし、村長が知る傭兵とはそういうものだった。



 傭兵とは、このセルデシア世界でも古来からあると同時に、非常に特殊な職業だ。

彼らは、端的に言えば、いかなる国家や政治組織にも所属せず、契約によって武力を一定期間提供するサービスを生業とする集団だ。

彼らは武装を自弁し、武力を誇示し、契約相手(クライアント)を探し、その契約に応じた武力行使(サービス)を行う。

そして、そうした彼らの継続的な雇用を生むのは、ただ確実な勝利のみ。

戦闘に敗北しなくても、雇用主たるクリューグ辺境伯の家臣を全滅させたとあれば、たとえ<冒険者>だったとしてもただで済むわけはない。

先ほどのリルドアの言動のように、今は遊び半分の侵攻かもしれないが、一度叩き出せば次は本気でやってくる。

それが傭兵であり、彼らの行動原理であることを、村長も聞き知っていた。

だからこそ、村長は騎士たちの全滅を避けようとしたのだ。


だが、そうした夢想じみた甘い考えを、<暗殺者>は一撃で打ち砕いた。


「<冒険者>の多くは<大地人>からの侮辱を看過できない。

先ほどの変態的な<守護戦士>は、必ずこの島へまたやってくる。

私がそう仕向けたも同然ですけどね」

「いや……ゲフィオン殿がいなければ我らは死に勝る屈辱を受けておったことでしょう。

わしらも北辺の民、いかな相手であろうとも無慈悲な侮辱には耐えられぬ。

遅かれ早かれ、我らはこやつらに対し蜂起し、おそらくは……皆殺しだったでしょうな」


罪悪感からか、かすかに頭を下げたユウに村長は苦笑した。

その顔に、ユウは怪訝な顔をし、騎士隊長と二人の騎士の顔が引きつる。


「どのみち……こやつらが来た時点で我らに残された道は一つだったようです。

……皆、北の宿営地に移るぞ」


最後は村人たちを振り向いて言った村長に、ユウは思わず尋ねた。


「北の宿営地?」

「ええ。このアルヴァ・セルンド島の北には、袋のようになった海があります。

そこにはいくつかの島があり、わしらは漁の中継地や、風待ち、あるいは船が壊れた時の補修などを

そうした島にいくつか作った宿営地においてしております」

「へえ」


そう声を上げたユウは世界地図を思い出していた。

ここ、アルヴァ・セルンド島は、現実で言えばバルト海の入り口にあたる場所になる。

北に行けば、かつてフィンランド、スウェーデン、そしてバルト三国やロシアに挟まれた多島海だ。

<エルダー・テイル>では、いくつかの町を除いては、村落自動生成システムによる小さな村しかなかった、かなりの過疎地域のはずだった。


「本音を言えば、何事もなくこやつらを帰したかったが……それは土台無理なようです。

少なくとも、わしらにとっては、修道院を見捨てるような所業に等しい。

であれば……<大地人(わしら)>は<大地人(わしら)>なりのやり方で返すばかりじゃ」

「しかし、村はどうするんだ?」


ユウの問いかけに、村長は小さく笑った。


「<修道院>の<冒険者>の方々も無抵抗ではいきますまい。

とりあえずわしらは全員で船に乗り、一旦状況を確認します。

その後、宿営地の様子も見た上で、一度この村に戻ります。

先祖代々の村、完全に見捨てるのも忍びませぬからな。

当面は、村と宿営地を往復し、向こうの宿営地が十分に広がったところで、完全に移住いたしまする」

「なるほど」


自然厳しい北辺だ。

いきなり無理に宿営地に移住すれば、村長たちを含め老人や女子供にはどっと死者が出るだろう。

そのため、まずは宿営地を広げることから着手する。

村長の言葉は合理的だった。

ある一点を除けば。


「しかし、<冒険者>はまだ島に……」

「ゲフィオン殿、改めてお願いする。<修道院>の方々と共にあのリルドアという男の仲間を駆逐してくだされ」


突然深々と下げられた頭に、ユウは面食らった。

見れば、何人もの村人が同じ仕草をしている。

暴れる騎士の一人を押さえつけていたユルグンドも同じ格好をしていた。

頭を上げているのは、戸惑うように周囲を見るアルドルフたちだけだ。


ユウは、ふと気付いた。

彼らは、被害者だ。

ヴァイマルの騎士たちの、あるいはリルドアたちの、ではなく。

ユウの。


もし、ユウに切れのある頭脳があれば。あるいは相手を煙に巻く話術があれば。

あるいは――ユウが見た何人もの<冒険者>のように、おのずから人を従わせる威があれば。

村長たちは村を捨てなくて良かったかもしれないのだ。


ああ。また。


やってしまった。


「……ゲフィオン殿?」


ふと気付けば、村長が見上げるように、俯くユウの顔を覗き込んでいた。

足元の騎士隊長がもがくさまを気にもせずに、彼女の顔を見る。

皺の浮いたその顔は、ユウの懊悩も罪悪感も、全てを洗い流していくようだった。

だから、彼女は言う。


「わかりました」

「?」


不審がる村長の前で、返答代わりにユウは鍔鳴りをあげる刀を振り下ろす。

騎士隊長は何がどうなったかも分からなかっただろう。

彼の意識を一瞬で消し飛ばした緑の光は、天高くその首をはじき上げていた。


「では、私は私なりに、村のためになるようにいたしましょう」

「というと?」

「あの<冒険者>共を殺す」


夕闇が瞬く間に黒に塗りつぶされていく風景の中で、その声は異様に陰惨に聞こえた。


「この島に二度と来ないように、出来るだけの苦痛、苦悶、恐怖を味わわせて殺す。

傭兵としての矜持など、投げ捨てたくなるほどに」

「……ユウ殿」


すたすたと、光に変わる騎士隊長から離れ、ユウは騎士二人の元へと近づく。


「やめてくれ!」

「頼む! もうこの島には金輪際来ないから!」

「……抑えておいてくれ。暴れられると面倒だ」


ユルグンドともう一人の男が、じたばたともがく騎士たちをぐっと押さえつけた。

首だけが、まるでギロチンを待つ囚人のように突き出てきょろきょろと動く。


「……生きて残っても面倒なんだ」


ユウの、どこか疲れたような声と共に、騎士二人は泣き叫ぶ表情のまま首を地面に転がした。


「……さて」


残る『敵』をユウは見た。

哀れにも互いに支えるように座り込み、がたがたと震える若者たちを。


「こいつらはどうしますか? 村長」


アルドルフたちを目線で示す彼女に、村長は一つため息をついた。


「……同罪じゃ、殺してくだされ……といいたいが、裁きは村にお任せくださるまいか」

「というと?」


次の村長の言葉は、ユウの疑問に対する直接の返答ではなかった。


「この悪たれも子供のころから知っておったが、こんな阿呆に育ててしまったとはのう」

「お孫さんか何かですか?」

「いや、じゃがこの村の子供はみんな孫みたいなものじゃ」


切なそうに微笑んで、村長は言う。


「こやつらは」


アルドルフをちらりと見て、苦しそうに村長は言った。


「宿営地よりもっと北の島に置き去りにする。最低限のものは持たせる。才覚しだいで生き延びるじゃろう」

「心中お察し申し上げます」


深々と頭を下げたユウに、いやいやと村長は手を振った。


「わしらより、あなた方じゃ。先ほどの<冒険者>の仲間が修道院を襲っているかもしれん。

早く行きなされよ」


その声に再び頭を下げ、ユウは汗血馬を呼んだ。

悍馬の背に跨る彼女に、村長は最後の別れを告げた。


「では、おさらばじゃ。もう会うこともありますまい。ロージナ殿らに感謝をお伝えくだされ。

それから……最後の交易の代金はわしの家に置いていく。取っていってくだされ。

よい朝を、ゲフィオン殿」

「ユウです」


この近隣の<大地人>特有の挨拶を餞に告げた村長に、ユウは静かに言った。


「私の本当の名前はユウです。あなた方も、どうかよい旅を」




 ◇



「よい旅を……か。言ってくれるわ」


 ユウが駆け去ってしばらく、村長の口が小さく動いた。


「村長?」


長老の問いかけに、ため息混じりに答える。


「父祖の地、生きてきた地。故郷。すぐに失われるわけではないとはいえ、

いずれは捨てねばならぬ地となった。

……恨みつらみは、誰に向ければよいのじゃろうのう」

「<冒険者>でしょう」


これも小声で答えたのはユルグンドだ。

アルドルフが実質上、追放された今、彼こそが村の次代を担うリーダーだった。


「<大地人>だけならばいくらでもやりようはありました。

敵、味方に<冒険者>がいたからこその、この不運です。

敵にせよ、隣人として遇するにせよ、<冒険者>は災いをもたらす。

……よくわかりました」

「……そうじゃの」


今更ながらに村長は唇を噛んだ。

自分に何が出来たか、と思う。

村の全ての闘える男をつぎ込んでも、おそらくたった一人の<暗殺者>にすらかなわない。


そうした異生物(ばけもの)は、時にミリアムやコンコルディアのように便利さや幸福をもたらす。

イドリースのように、村に溶け込む人間も出るかもしれない。

だが、やはり<大地人>と<冒険者>は別の生物なのだ。

村長は、今更ながらに悔やんでいた。


<冒険者>と縁を持つものではなかった、と。

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