70. <最果ての雪原にて>
1.
まだ、死んでいないのか。
ユウが目を覚まして真っ先に思ったのはその一言だった。
冬の雪山で、防寒も防風もなく意識を失えば人間などという生物はわずか数時間で死に至る。
ましてや周囲を飢えた竜に狙われ、数千メートルの急降下を行った直後ともなれば尚更だろう。
戦いのあった夜からは、どれだけの時間が過ぎたのか。
たまたま雪がドーム状にえぐれた、天然のかまくらのような空間にユウはいた。
冷たさで感覚のない指をゆっくりと動かす。
いくつかの呪薬を飲み、HPが回復していくのに合わせるように、ステータス画面に張り付いていたいくつもの状態異常の文字が剥がれ落ちていく。
自分の位置を周囲の山並みから確認し、ここが<氷竜王の寝床>からさらに奥に入ったところにある、通称<最果ての雪原>だろうかと結論付ける。
ゆるゆると体を起こし、小さく息を継いで薄い大気に肺を慣らせながら、ユウはつい先ほど見た光景を頭の中で反芻していた。
怒れる氷竜王の背で見た、<神峰>の山頂。
そこにあった天空の神殿。
何の装飾もない、そっけなさすら感じる外見が、尚更に神秘性を際立たせている。
(あそこに行けば、何かが)
そう思ったユウがぐっと拳を握り締めた時、ふと彼女は周囲を見回した。
不意に違和感が彼女の全身を包んだのだ。
最果ての雪原とは、<サンガニーカ・クァラ>の中でも最も開けた、大規模戦闘向きのゾーンだ。
不規則に口を開けるクレバスに囲まれた白い原野は、雪豹や白虎たち凶暴な狩猟獣の猟場である。
一面白の世界の中で、それらを保護色として潜む獲物を狩る彼らの主武器は、無論聴覚と嗅覚だ。
そんな中で、天空から氷竜王と共に落下した異物―人間である彼女が鼻につかないはずがない。
普通ならばそのまま狩られて昇天、というのが筋のはずだ。
同時に落下したはずの氷竜王の落としたであろうドロップアイテムがないことも違和感を加速させる要因だ。
通常、モンスターは死ねば肉体は大地に帰り、いくつかのドロップアイテムを残す。
ゲームだったころのシステムに因らない、たとえば高所からの墜落死などでは死体が残る。
どちらにしても、ユウがいる周辺には氷竜王の痕跡がのこるはずだった。
それがない。
違和感といえば、体を包む状態異常がまったくないというのもある。
<最果ての雪原>も<サンガニカ・クァラ>の一部である以上、<極寒>や<高山>という状態異常はどのような形であっても残るはずだ。
狐に化かされているかのような違和感と共に、ユウはゆっくりと立ち上がり、慎重に雪を掻き分けて雪原の上に出た。
◇
どれだけの時間が過ぎていたのか。
外は夜明け直後のようだった。
からりとした高山特有の乾いた大気が、恐るべき夜によって凍て付いた平原を沈黙で覆っている。
一面の白銀の中で、ユウはさしずめ黒いシミのような点だった。
ゆっくりと、足を踏み出す。
その瞬間、右足の下の地面が剥がれ落ちた。
あわてて飛びのく彼女の眼下で、周囲の雪原が次々と崩壊していく。
その下にあるのは、無限の深淵だ。
「<極大氷裂>……!」
舞い上がった雪の欠片を発射台にして、<ガストステップ>で前に飛ぶ。
そのユウのすぐ後ろを深淵が口をあけて追う。
着地点を蹴り、もう一度跳躍。
その踵を砕けた氷が一瞬包むものの、ユウはその跳躍によってようやくクレバスから逃れることを得た。
息をつき、真後ろを振り向くと、そこにはおそらく小さな村ならすっぽり入るほどの巨大な穴が広がっていた。
当然、飛んで戻ることなど不可能だ。
ユウは、時間があれば一度<氷竜王の寝床>に戻り、ティトゥスたちの残したであろうキャンプ設備を回収してこようとしていたが、それは夢物語になりそうだった。
『ユウ?』
ため息をついたとき、チリン、と耳元で鈴の音が鳴った。
ティトゥスだ。
『大丈夫か? お前はまだ<サンガニカ・クァラ>にいるのか?』
「ああ。こっちは大丈夫だ。お前さんたちは?」
ユウの返事に、彼は安堵したようだった。
『何度かけても念話に出ないのでどうしたのかと思ったぞ。俺たちはそろってマヒシャパーラだ。
結局、竜どもを越えられなかったよ』
口調は残念そうだが、どこかに安心の色がある。
ユウを除いて全員無事に合流できたことが彼をしてそういう口調にしているのだろう。
ユウもまた、おざなりではないうれしさをこめて答えた。
「ああ。全員無事なら何よりだ」
『……ユウ。約束どおり俺たちはヤマトへ行くぞ。お前はこのまま進むのか』
「ああ」
『……俺たちにできることは、もうないか』
少しの沈黙を隔てての問いかけに、ユウはしばらくの間天を仰いで答えた。
「……ひとつだけ。ヤマトへ行ったら、五大都市のひとつ、アキバへ行ってくれ。
そこで<円卓会議>に所属するテイルザーンという<武士>を尋ねてくれ。
ユウに聞いたといえばわかる。
そして、そいつとそいつの仲間の力になってくれないか」
『お前の仲間だな?』
「ああ。 最初はそう思っていなかったが、今なら思える。あいつは私の……大事な仲間だ」
『わかった。約束しよう』
あっさりとした答えに思わず『仲間に聞かなくていいのか』と聞き返そうとしたが、ユウが次に出した言葉は別のものだった。
「それから、代わりにひとつ。竜王の背中で私は見た。<神峰>の山頂を。
そこには小さな神殿らしい建物があった」
『神殿だと?』
「ああ。少なくともあそこには何かがある。何かがね。それを確かめに行く」
『ならその<何か>の報告を俺たちは待つとしよう』
ユウは再び前を向いた。
一面の氷原に敵の影はない。
クレバスも見た所ではないようだ。
念話を切る瞬間、ユウはここ半月ほど共に戦った異国の騎士に最後の挨拶を投げかけた。
「じゃあな、またな、ティトゥス。それから<第二軍団>によい旅を」
『お前もな、ユウ。いい旅がお前の前にあるように』
ぷつりと切れた念話はそっけないほどだったが、ユウはこれで言うべきことは言ったと思えた。
そして、それは彼方のティトゥスにとっても同じであると。
ユウは再び歩き出した。
今度こそ、一人で。
2.
その前のゾーン、<氷竜王の寝床>に比べると、<最果ての雪原>というのは一見楽なゾーンに思える。
実際に、過去ゲーム時代に<サンガニカ・クァラ>に挑んだ大規模戦闘大隊は、このゾーンで装備の最終点検を行い、隊列を整えて進軍していた。
つまりは、それだけのゆとりがあったということだ。
だがそれは、96人、192もの目で周囲を観察する大隊なればこそ。
単独で進むには、この雪原はやはり地獄だった。
「……っ! またか!」
頚動脈を切り裂かれて沈む白虎の後ろから飛び掛ってきた雪豹を<蛇刀・毒薙>で受け止めながら、ユウは思わず舌打ちした。
これで5連戦だ。
平穏な歩きと思えた雪原行は、一匹の白虎が氷の隙間から飛び出した途端に立て続けの白兵戦へとその姿を変えていた。
一匹ずつならばノーマルランクの80レベルモンスターとはいえ、こう立て続けにこられるとたまったものではない。
跳躍して逃げようにも、彼らのすばやさと跳躍力はユウと互角に近い。
結局、クレバスの隙間を縫うように走りつつ、一匹ずつを相手取るしかなかった。
「偶因狂疾成殊類、ってな!!」
虎になった男が詠んだという漢詩の一節を叫びながら、緑の刃で雪豹の喉をかき切ろうとする。
その刃をくにゃりと体を曲げて避け、反撃の牙がユウを襲う。狙うは、細いその首。
獣臭い息を押しつぶすように、ユウは勢いをこめて頭蓋を下に落とした。
彼女のあごと豹の脳天が激突し、互いに目から火花が飛ぶ。
「……っ!まだまだ!」
バランスを崩した雪豹の胴体を渾身の力で蹴り飛ばし、逆手に握った<疾刀・風切丸>を振り下ろす。
狙い過たず、<スウィーパー>の一撃が雪豹の心臓を大地に串刺した。
びくん、とひときわ大きく痙攣する豹の死骸を見下ろして、ユウは周囲に耳を澄ませた。
びょうびょうと鳴る風の音に混じり、虎の吼え声が聞こえる。
まだ、敵は多い。
そして<最果ての雪原>の出口は、まだ遥かに遠かった。
「まったく、どれだけいるのやら」
血のにおいにつられて次の敵が来る前に、とユウは適当にアイテムを集めつつ、ため息をついた。
剥いで風にさらしていた白虎の毛皮を防寒具、兼保護色代わりに背中から羽織り、ロープで固定する。
(予定では、この先のゾーンからは地下を通るはずだが)
<最果ての雪原>の出口は、巨大な洞窟になっている。
その向こうは頂上近くまでが、巨大な地下ダンジョンだ。
無数の、あらゆる属性の敵とレイドボスが闊歩する人外魔境の名に相応しい場所である。
だが、ユウは今回そこを通るつもりはない。
洞窟の横を通り、ゲーム時代は通行できなかった山麓の尾根を伝って山頂に出るつもりだ。
そこからはまさしく体力勝負である。
そのためにも、こんな場所でモンスター狩りで体力を失うわけにはいかなかった。
これでユウが<追跡者>や<逃亡者>のサブ職業持ちであれば、十分安全に通過できたことだろう。
だが、彼女は<毒使い>であり、多数のモンスターをすり抜ける特技は持ち合わせていない。
対人家である彼女にとって、姿を隠すという行為は数秒間、相手の視界をさえぎるための行動でよかったからだ。
だが、今となれば自分の選択が恨めしくもある。
まして、姿を見せたこの<雪原>のボス、並みの虎より優に倍は巨大な<古代の狂牙虎>が自分をにらみつけるのを確認したからには。
<古代の狂牙虎>が轟哮を上げる。
古の大地人に神と崇められた虎神が、従う民を食い殺して狂ったと来歴に書かれている、この巨獣は、すでにユウをターゲットとして認識しているようだった。
虎の特性はまずもってその執念深さである。
一旦狙えば、獲物をどこまででも追う習性は、現実の虎と同様だ。
加えてゾーン自体の難易度が<氷竜王の寝床>より低いためか、HPだけなら氷竜王を凌ぐ上、自己回復能力と炎属性への高抵抗も備わっているという、まさに強敵だ。
この<最果ての雪原>を中間ゾーンと侮って通ろうとしたレイド部隊を、狂牙虎はいくつもその牙にかけてきた。
(勝てるか……いや、正面切っては勝てないな)
ユウの目的はゾーンの制圧ではない。
当然、狂牙虎の撃破が必須ではない。
だが、一旦この獣の牙をすり抜けたとしても、<古代の狂牙虎>はどこまでも追ってくるだろう。
氷竜王のような不意打ちからのなぶり殺しという戦法は使えない。
ならば、とユウは、怒涛の勢いで氷を蹴り砕く<古代の狂牙虎>に、潔く背を向けた。
◇
巨獣が、駆ける。
並みの虎どころか、象に匹敵するかのような巨大な体躯を氷に舞わせながら、その足元は微塵もぐらつかない。
さすがに雪原の主、どこにクレバスがあるかを知り尽くしているようだった。
背後から迫る巨獣の息吹を感じながらユウは走っていた。
先ほどと逆方向、入り口に向かってだ。
そこには先ほどユウが危うく転落するところだった巨大なクレバスが口をあけている。
(そこに落とす)
そして這い上がる前に逃げる。
それが、ユウの選んだ戦法だった。
全身全霊で走る。
少しのクレバスならば飛び越え、そうでなければ<ガストステップ>を併用して飛びながら、ユウはひたすらに走った。
すでに後ろに狂牙虎の体温が感じられるほどの距離だ。
(もう少し!)
そう思ったとき、ユウはふわりと何かが上を通り過ぎる、その影を見た。
その瞬間、疾走の状態だった両足を突っ張り、膝にきしむ痛みが走るのもかまわず、瞬時にユウは移動のベクトルを変える。
それが間一髪、横薙ぎに振りぬかれた腕に顔を抉られる運命から彼女を救ってくれた。
長い髪が束のまま、ちぎれて宙を舞う。
その向こうに、にやりと笑うような顔の狂獣がいた。
(笑みとは、元来攻撃的なもので、肉食獣の威嚇の表情から生まれたもので……)
一瞬で自分を飛び越し、クレバスから10メートルは離れた場所で自分に牙を向ける<古代の狂牙虎>に、ユウは混乱しきった頭でどこかで読んだ解説を思い浮かべ、
「うおっ!?」
一瞬で距離をつめた狂牙虎の噛み付きからすんでのところで逃れた。
そのまま横っ飛びに飛びながら、刀を持ったままの手で短剣を投げる。
だが、飛び来る短剣を狂牙虎は軽やかにかわすと、なおもにじり寄りながら軽く唸った。
どこか甘えるようなその声には、紛れもない殺意と悪意が渦巻いている。
お前の策くらい読めていたわ。
その顔は紛れもなく、そう告げていた。
ユウは一瞬の空隙のあと、飛び出した。
ほぼ同時に巨獣も大地を蹴る。
その巨大な牙も、鋭い爪も、鉄材を束ねたような筋肉も、すべてがユウという卑小な生物を狩るためだけに躍動している。
ほかの敵はいない。
そう、狂牙虎自身もわきまえているようだった。
「<シェイクオフ>!」
GURUU。
接触する寸前に、ユウは煙を起こして掻き消える。
残されたのは外套代わりの白虎の毛皮のみ。
ドガ、とすさまじい音を立てて氷の表面を狂牙虎の爪が割り、一瞬の間敵を見失ったレイドボスは周囲を見回して大きく息を吸った。
咆哮。
全周囲に衝撃波が音と共に撒き散らされる。
<古代の狂牙虎>の特技の一つ、<虎王の咆哮>だ。
周囲に無属性ダメージと共に、タウンティングの効果を与える、対集団向けの特技である。
ゲーム時代、タウンティングの効果は実質死に効果でしかなかった。
だが、今は。
『そうです。先日<円卓>が発表したように、死によって記憶が一部なくなっていくことは事実です。
ですが、その度合いはたとえば数日前の夕食がなんだったかとか、知り合いの顔だとか、
たいしたものではない、というのが通説でした。
ですがそうではない。『そうとは限らない』。
特に死が惨たらしいものであればあるほど、記憶の欠損は拡大する』
『そんな、ことが……』
唐突に狂牙虎は背後を振り向いた。
姿を消した小癪な小動物とは別の小動物の発する音を、その巨大な耳が拾ったのだ。
GURUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNNNNN!!
伏兵に怒った獣王の爪が、音のするほうに振り下ろされる。
しかし、たたきつけられた爪が砕いたのは血のしぶく肉ではなかった。
きらきらと、微細に砕けた何かが狂牙虎の眼前を舞う。
それが砕け散った鏡の欠片だと、その脳が情報を理解する前に、本命の刃は背を向けた狂牙虎の後方に迫っていた。
「こ、の! クソ猫がぁぁぁぁっ!!」
地面に水平に、まさに飛ぶようにユウが走る。
その両手から無数の短剣が投げ打たれる。
「<ペインニードル>っ!!」
<痙攣>、<窒息>、<脱力>。
最初の一撃は特技で、続いては毒を塗った刃そのもので、ユウの渾身の毒が狂牙虎の尻に着弾する。
続いて。
「<アクセル・ファング>!!」
通常なら相手をすり抜けざまに一撃を与える特技だが、ユウは敢えて動きの向きを手動で変えた。
タウンティングによって茹で上がった意識のままに、すさまじい排泄臭のする<古代の狂牙虎>の下半身に全身全霊で二つの刃を突き立てる。
先ほどとは別の咆哮があがった。
威嚇ではなく、嘲笑でもなく、悲鳴だ。
そのまま、たたきつけられた衝撃と<脱力>の毒による脱力感のままに、ずるずると狂牙虎が滑る。
そのわずか数メートル先には、巨大なクレバスが口をあけていた。
尻から串刺しにされた形の<古代の狂牙虎>が吼える。
その爪がなおもしっかりと雪原を踏みしめようとするのを見て、ユウは左手の刀を引き抜いた。
その刃が血と脂を振り落とし、緑の閃光を上げる。
氷を砕いて踏みしめた両足が、自らの体重を遥かに超える敵を押し流さんと全力を挙げる。
「<ヴェノムストライク>! <激痛>!!」
肛門から腸までを一直線に刺し貫き、さらに毒によって倍化された未経験の激痛が、さしもの雪原の王の足元すらよろめかせた。
もちろん、まだHPは瀕死には程遠い。
だが、遥か地底の深淵まであと、わずかに50センチ。
崖際に爪をしっかりと立てる狂牙虎が体をよじった。
今、後方の敵の全力は一直線にクレバスに向かっている。
猛獣の力に任せて体をひねれば、食らうことはできずとも殺すことはできるはず。
受けた傷はやがて時間と共に癒える。
この刹那に及んでなお、<古代の狂牙虎>は自らが負けるとは思っても見なかった。
自らの足元に、色鮮やかな瓶が転がってくるまでは。
「吹き飛べっ!!」
ユウは貫いていた二刀を引き抜きざま、別の瓶を転がっていた瓶にあて、狂牙虎の足元で爆発させた。
それは、巨大なクレバスに張り出すように突き出ていた氷棚の、ひび割れていた部分を破壊するのには十分だった。
ぐらりと巨体が揺れる。
前足を中空に投げ出し、それでも後ろ足だけで落下を防ごうとした<古代の狂牙虎>の、その両足の腱が斬り飛ばされ、あらゆる支えを失った獣王は空中に踊った。
反転する視界の中、自分をクレバスの底へ叩き落そうとする相手の姿を見る。
怒りに燃えて、狂牙虎のあぎとが道連れにせんとばかりにその体を狙う。
その口に何かが放り込まれた。
思わず噛み砕いた刹那、すさまじい激痛と共にその口から毒々しいピンク色の煙が噴き出した。
「<強酸>」
もはや牙が溶け落ちることすら防ぐことはできず、怨嗟の咆哮を残して<古代の狂牙虎>が消えていく。
奈落の底へ。
いつかは這い上がってくるだろう。
そのときユウがまだ<サンガニカ・クァラ>にいれば、追ってくるかもしれない。
だが、現時点ではこれが最善のやり方だ。
ユウはあたりを見回した。
さきほどまであちこちから聞こえていた虎や豹の咆哮は今はまったく聞こえない。
もともとが猫科の猛獣は縄張りと個体の強弱に敏感な生物だ。
自分たちの覇者たる<古代の狂牙虎>を沈めた<冒険者>を襲うことを躊躇しているようだった。
しばらく<狂牙虎>が落ちた深淵を覗き込んでいたユウだったが、首を振ると改めて放置してあった白虎の毛皮を背負いなおし、千切れていたロープを結びなおすと立ち上がる。
まだ、道は半ばなのだ。




