序 <七丘都市> 改訂版
少し改訂します。
連載途中であったので設定が違うことと、少し納得できない部分があったためです。
1.
なぜ、自分はここにいる。
なぜ、自分はこんな姿をしている。
なぜ、自分は今の状況に陥ったのだ。
なぜ。
◆
「チッ……やるなぁ」
親父に勧められて、ワインを二杯ほど飲んだのがいけなかったのか。
彼がじっと見つめるPCの画面の中では、もう10分以上に渡ってひとつの画像が映されていた。
彼の祖国の遥かな先祖、古代ローマ帝国華やかなりし頃を髣髴とさせる闘技場だ。
そこは仮想の空間であるはずなのに、彼には遠くの観覧席を吹き渡る風の臭いすら感じられるような気がしていた。
「……こいつ!」
また外した。
男のキャラクターが振り下ろした刃が、紙一重で避けられる。
画面上では完全に当たっているはずなのに、相手のキャラクターのHPには赤い染み一つない。
いわゆるドット避け――画面表示のわずか1コマという、肉眼で見えないような隙間を縫って避けるという、冗談のような回避技だ。
相手の『女』は、遠く地球の反対側から、男のいる闘技場にログインしているにもかかわらず、至極あっさりとそれをやってのけたのだった。
どれほどのPC能力と、回線速度、そして反射神経があればそれを成し得るのか。
『ティトゥス!』
スピーカーから、彼のキャラクターの名を呼ぶ仲間たちの声が響く。
普段なら、決闘の最中に余計な声を上げる奴は叱り飛ばすところだが、今はその声が有難い。
目の前の亡霊のような敵手に対し、自分がただ一人ではないことを思い出させてくれるから。
実際、仲間たちが声を上げるのも無理はなかった。
彼――オンラインゲーム、<エルダー・テイル>西欧サーバでも名高い対人ギルド、<第二軍団>を率いる軍団長、ティトゥスは今、かつてないほどに追い込まれているからだった。
◆
<エルダー・テイル>というゲームがある。
1990年代後半に産声を上げた、大規模多人数参加型オンラインRPG――いわゆるMMORPGというジャンルでも、最古参に属するゲームだ。
稼動開始は1998年。 今年――2018年からしてみれば20年も前に始まったゲームだった。
通常、20年前のゲームなどは一般的に『懐かしの』という冠詞をつけて語られるものだが、このゲームは違っていた。
稼動20年目にして、先進国での実働人数は平均数百万人。
ゲームをやめた人間を含む、全世界の全アカウント数でいえば億に達するのではないかという、巨大タイトルなのだ。
一般的に5年動けば大成功と言われるMMORPGの中で、このゲームだけがそこまでの成功を収められたのにはいくつもの理由がある。
かつて別の、MMORPG最初の大タイトルを作った男が目指したような、箱庭世界における限りない自由度。
全世界に運営会社を置き、地域に密着した冒険や催しをきめ細かく行ったこと。
時代に即した映像技術や操作特性といった、かゆいところに手が届くサービス。
何より、現実の地球を注意深く――宗教や政治といった軋轢を生みやすい部分を排して――作り出された幻想の地球世界。
『憧れていたあの国に行ってみたい』
『もし、地球がファンタジーの世界なら、あの場所はどうなっているだろうか』
『指輪物語』や『蛮人コナン』ならずとも、ファンタジーを子供の頃に読んだ者なら必ず心に抱くその思いを、
このゲームは技術の進歩に歩調を合わせて徐々に、だが期待を裏切ることなく確実に実現させていった。
それは、『ゲーム』と称された遊戯の、決定的な変革だった。
ゲームという概念の極移動だ。
個人の無意識を超え、幻想を夢見る世界中の人間が作り出した巨大な遊技場。
体に装置をつけて仮想現実の世界に行ったわけでも、現実に戻れなくなったわけでもなかったが、
それでも<エルダー・テイル>が20年をかけて築き上げたものは、間違いなくひとつの異世界だった。
ティトゥスもまた、その世界に飛び込んで長い人間だ。
己のキャラを育て、スキルを鍛え、<守護戦士>という、プレイヤーが選ぶことのできる12の職業の中でも最も防御力に優れたものを選んだ。
無限ともいえる遊び方のうちから、1人で1人のプレイヤーと戦う、対人戦という遊び方を選び、その戦術を磨きぬいてきた。
同好の仲間たちを集め、プレイヤー間同盟を旗揚げし、そこの軍団長として彼らを率いてきた。
揃いの白銀の鎧に身を包み、軍団長を示す緋色のマントを背に背負い、幻想級――全世界で数本しかない武器、大剣<女王の拘束を手にいれ。
最強ではないにせよ、名の知れた有名プレイヤー以外には負けることはないとまで思っていた。
すべては、この幻想の地球で、己が最強と証明するために。
だが。
その日の夜にギルドのたまり場にふらりと現れて勝負を挑んできた黒髪の女<暗殺者>は、そのティトゥスの誇りを微塵に打ち砕こうとしていた。
◆
「畜生ッ!」
ちくちくとダメージを与えてくる相手に対し、男――ティトゥスのプレイヤーは思わず二度目の悪態をついた。
じわじわと削られていく自分の生命力をちらりと見て――音を立てて舌打ちする。
そこは既に、半分近くが赤く染まっていた。
彼、ティトゥスの職業は、<エルダー・テイル>の十二の職業の中でも最も防御力とHPに優れる<守護戦士>だ。
こと一対一の戦場において、数分でHPが半減するようなことは本来、あり得ない。
まして、目が痛くなるほどに白い大理石と砂の闘技場において、彼女が纏う黒い忍者装束はかえって目立つ。
白い鎧が保護色となっているティトゥスと比べ、視認性においては格段に劣ると言って良い。
それでいて、相手の攻撃は必ずティトゥスに当たり、ティトゥスの豪撃は一撃たりとも相手に掠らないのだ。
「化け物か、こいつ……」
<エルダー・テイル>の世界は広い。
ティトゥスの知らないようなアイテムや特技はあるのかもしれないが、それでもこうまで攻撃があたらないのは尋常ではない。
「ええいっ!!」
クリック音とともに、画面内の『ティトゥス』が手にした剣を大きく横薙ぎに振った。
<守護戦士>の特技の一つ、<大旋風撃>だ。
レベル上限に至ったティトゥスの、それも<幻想級>の大剣による最大威力の一撃だ。
まともに食らえば、同じレベルの相手であっても即死は確実。
それも、相手は忍者――絶大な攻撃力の代償として防御力を捨てた<エルダー・テイル>12職のひとつ、<暗殺者>であれば。
だが。
振り抜いた刃の軌跡の、またしても1ドット向こうで、黒髪が揺れる。
突進しかけていた動きを急激に止めての即時回避だ。
むなしく光を消した大剣の向こうで、ひゅ、と小さな音が鳴る。
ほんの僅かなダメージ。
だが、同時に『ティトゥス』のステータス画面に、禍々しい紫色の文字が躍り出る。
『麻痺』『継続ダメージ』『移動距離低下』
「毒かッ!!」
小さなダメージ――投げられた短刀によって、<暗殺者>の特技、<アトルフィブレイク>が発動したのだ。
目に見えてティトゥスの動きが遅くなる。
クソ、と画面を睨みすえ――ふと、ティトゥスのプレイヤーの目がかすかな希望に瞬いた。
◆
「大丈夫なのか、軍団長は」
『あんな動きの早い<暗殺者>、初めて見た』
画面の中で決闘する自らの軍団長と挑戦者を見ながら、観客の一人となった男は思わず呟いた。
同意するかのように、彼のイヤホンから別の仲間の声が聞こえる。
彼らの音声チャットにティトゥスはいない。
闘技場に立った対人家に言葉は無用。
そのギルドの絶対のルールを、彼らは守っているのだった。
とはいえ、時にはギルドチャットではなく広域チャットで悲鳴を上げてしまう仲間が出るのも、無理もないことではあった。
それほどまでに、彼らのマスターは追い込まれていた。
『おい、やばいぞ!』
誰かの声に、男もあわてて画面に向き直った。
暴風のように剣を振るうティトゥスのステータス画面に、いくつもの状態異常が輝いている。
動きは鈍り、ただでさえ捉えられなかった相手の動きはさらに刃から遠ざかっていた。
「団長……」
彼らとて対人家だ。
勝敗は時の運であり、どんなプレイヤーでも勝てないときはある、とは理解している。
それでも。
心情として、誰も顔も名前も知らないような相手に、自分たちの軍団長が負けてほしくはなかった。
その時。
誰かの祈りが届いたのだろうか。 戦場の様相が徐々に変わり始める。
それまで細かく動き回っていた<暗殺者>の動きが急に直線的になっていた。
円を描くのではなく、突進と一撃を繰り返し、ティトゥスのHPを削るペースを速めている。
さきほどまでにほぼ倍する速度で、急激にティトゥスのHPは0へと近づきつつあった。
だが、そんな状況にあるにもかかわらず、誰かが「やった」と小さく叫ぶ。
男もまた同感だった。
「これで、勝てる」
一見すれば、不利な体制は変わらない。
むしろ、時間当たりの被害率が増えた分、ティトゥスの敗北までの道のりはさらに狭まったはずだ。
だが、彼らティトゥスの仲間たる軍団兵たちは知っている。
こんな状況下でこそ、戦局をひっくり返しうる奥の手を彼らの軍団長が持っていることを。
「そうだ、そうだ。勝ち誇れ……」
ティトゥスもまた、焦りを意志で押さえつけ、その機会を慎重に測っていた。
相手はもはやティトゥスが死に体だと思っているのだろう。
それまでの慎重な戦いが嘘のように強攻を繰り返している。
「勝つとわかった決闘に見えるだろう……そうだ。攻め立てろ。戦いじゃなく『作業』に移れ……」
対人家が常に戒めている一つの言葉がある。
『戦いを作業にするな』という言葉だ。
強い対人家であればあるほど、そして結果が見えた戦いであればあるほど、集中力は途切れがちに、そして脳は無意識に楽な戦術を求め始める。
それまで慎重に避けてきた逆転のリスクを、『もういいじゃないか』と甘受するようになる。
古来、慎重であるべき多くの戦士が、その誘惑を避けきれず敗北していった。
<エルダー・テイル>においても。
目の前の<暗殺者>もまた、それまでの注意深さが消えうせ、単純な直線の動きによる攻撃に変わっていた。
いくらその速度が速かったとしても。
その軌道ならば。
読める。
「俺の敵を縛れッ!! <女王の拘束>ッ!!」
思わずプレイヤーが叫んだと同時に、満を持してティトゥスは特技を発動していた。
◆
闘技場が、とまる。
エフェクトに過ぎないはずの木々――闘技場のそこここから生える大樹のそよぎすら、止まる。
誰かが唾を飲み込む音が、やけに生々しく響く。
その中で、戦況は確かに一変していた。
反復一撃離脱を繰り返していた黒衣の女<暗殺者>、そのアバターに白い鎖のようなものが絡みついていた。
その鎖の行き着く先は、ティトゥスの構えた大剣だ。
大理石のような色合いの剣はいまや白金色に輝き、特技の発動を示すアイコンがティトゥスのステータス画面に踊っている。
<ヘヴィアンカー・スタンス>。
構えの名が示すとおり、それは特技というより<守護戦士>の持つ戦い方のひとつだった。
相手の動きを阻害し、自らの前に引き据える技だ。 特に移動力や敏捷性に優れる敵に対して有効な構えだが、当然ながら使いどころは難しい。
相手が自分の正面、それも至近距離にいなければならないのだ。
今回の<暗殺者>がいかに気を抜いていようとも、それだけで捕まえられるというものではない。
だが、その不可能を、ティトゥスの大剣は可能にする。
<幻想級>とは、通常級、魔法級、製作級とランクの分かれるこのゲームの装備アイテムの中でも、最高級を示す称号だった。
その総数はこの仮想の地球全体を見回しても数えられるほどで、<幻想級>の持ち主はそれだけでトッププレイヤーと看做されるほどだ。
当然、その能力もすさまじい。
絶大な攻撃力、防御力、状態異常耐性は当然のこととして、<幻想級>はそれぞれに固有の特殊能力を持っている。
魔法並みの攻撃範囲を誇るもの、意志を持ち自分で判断して攻撃をするもの、本来使えない特技を開放するもの。
その中で、<女王の拘束>はその特殊能力として、<ヘヴィアンカー・スタンス>の効果範囲と威力、そして再使用規制時間を大幅に底上げするのだ。
それはまさしく、<拘束>だった。
ティトゥスが無敵を誇るのも、本人の腕もさることながらその反則的な性能によって、相手の動きを完全に封じる装備の能力にも拠っているのだった。
「終わりだっ!!」
<慈悲無き一撃>が、今まで無傷を貫いた<暗殺者>の胴体に炸裂する。
一撃で半分近いダメージを受けた<暗殺者>が吹き飛んだ。
だが、解除された<ヘヴィアンカー・スタンス>は、数秒後には再び<暗殺者>の体を絡めとる。
まるでゴム紐に括り付けられたように、再び飛び込んできた<暗殺者>に、今度は<双刃撃>。
吹き飛ばされこそしなかったが、HPを僅かな時間で10分の1以下にさせられた<暗殺者>がよろめいた。
さっきの自分と同じだ。
防御も忘れた風のその<暗殺者>を見て、ティトゥスは我知らずにんまりと笑みが浮かぶのを抑え切れなかった。
先ほどまでの自分同様、相手も何が起きているのか分からないのだろう。
脳の処理速度を超える速さで、一挙に勝敗の天秤が傾いたのだから。
ティトゥスはほんの僅かな間、考えた。
これで勝利は間違いない。 たとえば<暗殺者>固有の特技、<シェイクオフ>や<ハイディングエントリー>で身を隠そうとしても、ここまで至近距離だと不可能だ。
特技を用いなくても、次の一撃で相手は死ぬだろう。
だが、せっかく遠い異国から自分を名指しで挑んできた相手だ。
戦ってはいるが、この広い<エルダー・テイル>で同じ対人戦を志向する同好の士でもある。
敗北を味わわせるにしても、不快な記憶にしてしまっては勿体無い。
このティトゥスの最大奥義、<オンスロート>の一撃で沈め、誇りある敗北にしてやるのが礼儀というものだろう。
どうせ、再使用規制の解除まであと数秒だ。
<幻想級>持ちの高名な対人家に、奥の手まで出させたことは、後々までいい思い出になるだろう……
その瞬間、ティトゥスはまさに自分が今、『戦いを忘れている』ことを忘れた。
◆
『何が起きた!?』
その瞬間、決闘を見守っていた<第二軍団>の面々は異口同音に叫んだ。
<女王の拘束>で引き据えられ、瀕死までダメージを負わされ、あと数秒後には死ぬだろうと思われた異邦の<暗殺者>。
その前で、ゆるりと剣を振りかぶっていた軍団長。
約束された勝利は、だが数秒後にやってこなかった。
代わりに闘技場に広がるのは、泡と化して消えるティトゥスと、その前で変わらず立っている<暗殺者>という光景だ。
ティトゥスが逆転して、わずか数十秒後の再逆転に誰もが呆然と画面を見守る中、一人がぽつりと呟いた。
『あいつ……化け物だ。 団長が<オンスロート>をするまでの数秒間で、あいつ、奥の手を使いやがった』
『奥の手だと!?』
『……毒だ。 <ヴェノムストライク>と<アサシネイト>を、たぶん連続で撃ったんだ。 ほかにも何かやったかもしれない。
それで、団長の残ったHPを全部削り取ったんだ。 何だあいつ……あんな対人家が、<エルダー・テイル>にはいるのかよ』
混乱していたのはティトゥスも同じだった。
いや、ギルドの誰よりも混乱していたと言ってよいだろう。
何しろ、<オンスロート>を使うことを決めてから、わずか数秒。
それだけで、剛勇を誇る自分のアバターが沈められたのだから。
「な……!?」
人間の思考速度は亜光速でも、思考を現実化するには現実の物理法則の制約を受ける。
まして、相手には<幻想級>のようなアイテムの助けは無い。
<暗殺者>は、プレイヤーとアバターの能力のみで、ティトゥスに勝ったのだ。
あまりの衝撃に、ティトゥスのプレイヤーはしばらく虚脱していた。
しばらく経って。
プレイヤータウン、<セブンヒル>の酒場の一つで、彼らは架空の宴会に興じていた。
ティトゥスを沈めた<暗殺者>は今、<第二軍団>の面々の真ん中で居心地悪そうに座っている。
誘ったのはティトゥスだ。
戦いが終われば親睦だという表向きの理由もあるが、実際は自分の敗北に納得がいかないからだった。
『名誉ある勝利者と、偉大な敗北者に』
誰かが音声チャットで音頭を取り、全員がカップを掲げるジェスチャーをする。
実際に飲んだり食べたりするわけではないが、そこは気分だ。
ただ、現実で夜食を食べている人間もいるらしく、耳障りにならない程度の咀嚼音がめいめいのイヤホンからは聞こえていた。
「あんた、すごいな」
どこから来たのかとか、普段は何をしているのかといった雑談が一段落したところで、ティトゥスはおもむろに声をかけた。
相手の<暗殺者>――日本人プレイヤーで『ユウ』という名前だとはじめて知った――が、「ん」と答える。
その声が低いのに気がつき、ティトゥスは苦笑してさらに問いかけた。
「あんた、男だったのか」
『どうせ見るなら野郎より女のほうが目に優しい』
なるほどな、と周囲のメンバーが笑う。
彼ら<第二軍団>が本拠にしているのは、この地球を模した仮想世界――セルデシア世界における都市のひとつ、<セブンヒル>だ。
名前から見るとおり、七つの丘を持つかつての世界の都、ローマをモチーフにしている。
そこのギルドのメンバーであるから、当然イタリア人が多い。
『ちげえねえな』『確かになあ』という言葉があちこちから漏れるさまは、さすがにイタリア人の面目躍如といったところだ。
「ところでな」
再び雑談になりそうな話題を引き戻したティトゥスに、<暗殺者>のアバターが目を向けた。
『なんだ?』
「あんたは最後、どうやって俺を倒したんだ?」
『……あんたみたいに幻想級を持っているわけじゃないんだ。手の内を明かすのは勘弁してくれないか』
「そこを何とか、頼む」
口調で、ティトゥスが真摯な気持ちであることが分かったのだろう。
<暗殺者>はしばらく考え込むように黙った後、翻訳機能を確かめるようにぽつりぽつりと話し始めた。
『あんたは私のことを知らなかったが、私はあんたのことを知っていた。
どういう戦い方で、どういう思考をするのか、動画も見たし、戦った奴に話を聞いたりもして、
自分でシミュレーションをしてきた』
「……なるほど」
『その上で、あんたと戦っていて、あんたが奥の手――その大剣を使ってこないことから、仮定した。
あんたは誇り高い。 強く――美しく勝つことに拘るとな』
ティトゥスは苦く頷いた。
確かにそうだ。
新米時代を過ぎ、勝って当たり前という立場におかれると、より美しく勝つことをティトゥスは心がけてきていた。
単に勝つだけでは、対人ギルドのギルドマスターは勤まらない。
誰もが『ああなりたい』と思わせる戦いを魅せなければ、人はついてきてくれない。
『あんたの立場はそうだった。 だから私はあんたが勝ちやすい道を作った。
優位に立った挑戦者が、身の程もわきまえず油断する。
そこに炸裂する奥の手。 劇的な逆転勝利だ。
……思い描きたくなるほどに美しい筋書きだろう?』
「じゃあ……あんたは」
咀嚼音がいつの間にか絶えていた。
「油断をした振りをして……俺を誘ったのか」
『そうだ』
頷いた<暗殺者>の言葉が流れていく。
『最後、あんたは多分、特技で勝とうとしたんだと思う。
おそらくは<オンスロート>か何かで。 それが一番『美しい』からね。
それにはリスクがあった。 数秒の再使用規制時間というリスクだ。
あんたは明確に示された勝ちの道筋に拘って、そのリスクを排除した。
だから最後に逆転された』
「あんたは……じゃあ最後にどうやって止めを刺したんだ」
誰かの問いかけに、<暗殺者>はゆっくりと笑った。
「<毒の一撃>さ。 私は<毒使い>だ』
◆
『また会えますかね』
「多分な、カシウス」
<エルダー・テイル>における遠隔地を結ぶワープゲート――<妖精の輪>に消えた<暗殺者>を見送った後、ティトゥスはぽつりと呟いた仲間にふと答えた。
「あいつも対人家だ。ヤマトか華国か、あるいは米国か……どこかの闘技場で必ず会えるさ」
『その時は俺でも勝てますかね』
「そのためには精進と、あとPCと回線次第だな。 といっても今の時代、まずは腕だ」
話していくうちに、徐々に気分が切り替わっていく。
「あいつの強さは相手の心理を読みきったところだけじゃない。攻撃をドット単位で避け、動き回る相手に的確に攻撃を当てていく。
攻撃に無駄を省き、常に勝利のために最適な行動をとる。
そうやってはじめて、読みが生きてくるんだ。
たかがMMOの遊びだが、あそこまで遊びを極めた奴もいるんだ。
精進しなきゃな」
最後は自分に言い聞かせるような口調で言い終えると、ティトゥスは身を翻した。
まだ夜は始まったばかりだ。
今夜は仲間とともに、戦技訓練と研究で楽しい夜になるだろう。
<大災害>の一ヶ月前、四月のある夜のことだった。