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第三話〜雪蛍編・第二章〜

屋敷に到着した時にはその不思議な感覚もどこかに吹き飛んでしまった。


いや、正確には考えるのが馬鹿馬鹿しく腹が立っていた。


相変わらず悪趣味な成金みたいな洋館の玄関前に車を止めた。


「じゃあ孝兄ぃ、またね♪」


梨香がヒラヒラと手を振って着替える為なのか隣の屋敷の方角へと軽くステップしながら去って行こうとした。


「おーう・・・って送らなくていいのかー?あれ?」


俺が思い出して振り返って梨香に声をかけようと思ったが。彼女の姿は既に見えなくなっていた。


「ん〜?なぁにぃ?考ちゃんってあの()の事がそんなに気になるの〜?」


恭子がムスッとした顔で俺の腕に抱きついて抗議してきた。嫉妬されてる・・・のか?


「ほぅ?お前にそんな趣味があったとはねぇ・・・人は見かけによらねぇなぁ」


隆次がニヤニヤと笑いながら俺の肩をポンポンと叩いてきた。あまりにも耳障りだから殴っておくか。


その時、俺は気づいてなかった・・・隣の館から俺達を見つめる何者かの視線が。


「お帰りなさいませ・・・外は寒かったでしょう?直ぐにコーヒーでも出しましょう」


俺の爺・・・正確には末崎家に仕える執事(バトラー)の百瀬浩二が俺に深々と頭を下げて出迎えてくれた。


俺が生まれる前から末崎家に仕えており、それ以前の経歴は一切合財不明と謎の多い好々爺である。


主に経理や運転手の仕事に従事していたのだが、俺が生まれたら俺の教育係的な仕事にも従事してくれていた。


小さい頃は小うるさい存在であったが、それも俺のことを心配してくれての事であろう。


「すまないな、爺・・・荷物はここに置いといていいか?」


俺は肩に食い込む荷物を床に降ろして爺に話しかけた。爺はコクリと頷くと不思議そうな顔で後ろの二人を見た。


「失礼ですが・・・お二人は孝一様の御学友でおられますか?」


爺が相変わらず丁寧に俺に聞いてきた。『様』付けなんて正直恥ずかしいんだが。


「あぁ・・・こっちは伊達恭子、俺の恋人だ・・・こいつは誰だっけか?」


俺が恭子を紹介し、わざと隆次のことをすっ呆けてみた。


「うぉい!!ひでぇな!!そんなに俺が嫌いなのかよ!!」


隆次が今にも泣きそうな声で俺に食って掛かってきた。俺は笑いながら軽くそれをいなした。


「冗談だ、これは弥栄隆次・・・俺のダチだ、多分」


俺がさっきの仕返しと言わんばかりにわざとはぐらかす様に答えた。


「多分じゃなくて友達だっての!!な?な?」


隆次が目をウルウルさせながら俺を上目遣いで見てきた。それが気持ち悪いんだよ。


「ど、どうも初めまして伊達恭子と言います、少しの間ですがお世話になります!!」


恭子が丁寧に言葉を紡いでから頭を下げた。


「弥栄隆次です・・・よろしく」


隆次がムスッとした顔で爺に頭を下げた。そんなに凹むことねぇじゃないか。


「・・・・」


爺は二人の顔を交互に見て難しそうな顔をして黙りこくってしまった。あれ?なんか不味いのか?


「爺?どうした?」


俺は居た堪れなくなって二人を代表するような感じで爺に聞いた。それを聞いた爺がふと我に帰った。


「あ、いえ・・・申し訳ありません・・・少し考え事をしておりました」


爺がポリポリと鼻の頭を掻いて改めて俺達に向き直った。


「あ〜?何を?」


俺が呆けに取られながら爺に聞き返した。もしかして二人を呼んだのが気に食わなかった?


「ただ今ですね、当館は一部改装工事をしておりまして・・・空き部屋が殆ど無いのです」


爺が改装工事の図面みたいな物を懐から取り出して俺達に手渡した。


確かに主に客室だった4階がほぼ改装中になっており、俺の寝室などがある3階と食堂がある2階、そして応接室やリビングがある1階だけが今の生活スペースになっていた。


「そうか・・・三人一緒に俺の部屋でも構わないから布団を運んでくれ」


俺は少し考えてから爺に頼み込んだ。別に三人一緒でもなんら問題は無いし屋敷の事を詳しく知っている俺と一緒のほうが心強いであろう。


「畏まりました、それではお部屋の準備ができるまでリビングでお待ちください」


爺はスッと頭を下げて深夜故に物音を立てないように静かに階段を登り始めた。


リビングでは暖炉に火がくべられていてパチパチと音を立てていた。


「ふぃ〜・・・生き返るような心地がするぜ」


隆次がソファーに腰掛けてタバコを銜えて呟いた。そして使用人が出したティーカップに口をつけた。


「すまん、ちぃっと親父の様子を見てくるわ」


俺はカップをテーブルの上に静かに置いて立ち上がった。家に帰ってきたのであるから顔ぐらい見るのが人情というか礼節だろう。


階段を登り屋敷の住人の生活空間に入った。既に灯りは消えていたが窓から入る微かな月の灯りを頼りに廊下を歩いた。


この廊下を歩くと昔の記憶が鮮明に蘇ってしまう。


良い思い出なんか一つもあるはずが無い。大抵俺がこの階に行くのは親父に叱咤されるときが殆どだった。


幼い頃はこの廊下を歩くたびに処刑される罪人のような気分になっていたものだ。


故に俺はこの階に自分の部屋は置いていない、むしろ親父も俺の面を見たくないらしくあっさりと承認したそうだ。


そして廊下の角を曲がった時ある違和感を感じて振り向いた。


−−誰カガ、ズット俺ヲ見テイル。


振り向いた時、確かに何かが角の隅を横切った。


慌てて角を曲がって廊下を見たが何もいなかった、おかしい何かがおかしい。


だが何かがおかしいのか分からない。もしかしておかしいのは俺なのか?


そんな考えが頭を過ぎったが、きっと目の錯覚か何かなのだろうと自己解決して歩き始めた。


ペタ・・・ペタ・・・と廊下を歩く自分の足音が静かに廊下に反響して俺の耳に入る。


「!?」


明らかにおかしい!!俺はスリッパを履いているし廊下には絨毯が敷いてある。


こんな裸足で歩くような音がする訳が無い!!


俺は恐る恐る後ろを振り返る・・・そこには相変わらず誰もいない廊下がある。


ハッ、科学で解明できない物の無い21世紀に幽霊ですか?馬鹿馬鹿しい。


どうやら長時間運転したせいで疲れたんだ、そうに違いない。


俺は窓辺の近くに立ち、数回深呼吸を繰り返して心を落ち着かせ始めた。雪と風が何度も窓を叩きカタカタと音を立てている。


ここから見る光景・・・この光景は俺は小さい頃から何度か見たことがある。


いや、正確には下から見上げていたっけな。


確か今俺が立っている場所には親父が鬼のような形相で立っていた・・・あれ?また何かが引っかかる。


親父の隣にもう一人誰かいたはず・・・。


吐く息が白くなる程寒いお陰で思考がかなりクリアになっていく。落ち着いてもう一度整理しよう。


男か女か?−−−男のようで女のような。


子供か大人か?−−−小さな子供だ。


どんな顔をしていた?−−−虚ろな目でこっちを見ていた。


それは誰だ?−−−それが分からない。


−−−本当ハ・・・分カッテイルノダロウ?−−−。


ブツリと音を立てて思考が急停止する、目の前が暗くなり見えなくなる。何も考えられない。


『考えるのを止めろ・・・じゃないと取り返しの付かないことになる』と俺の本能が思考に安全装置(ロック)をかける。


「ハァハァ・・・」


額から滝のように汗が流れる、酸素が全身に行き渡らない息を吸えども吸えども肺が空気で満たされない。


酷い吐き気がする・・・凄く不快な臭いがする、不快な不快な不快な深いな深いなフカイナフカイナふkいn・・・。


「孝・・・!!・・・本当・・・ごめ・・・なさい」


ふと、どこからか誰かの声が聞こえた。俺はその声を聞きながら遠のく意識の手を握り闇へと誘われて行った・・・。

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