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暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
9/26

◇旅は道連れ世は情け Ⅴ

 ――ガーナ王国城跡。


「おー、いたいた。探したぜ」


 何者かの声がして、瓦礫の山と化した城跡の前に佇む三人の男の前を突風が吹き抜け、土埃が舞う。

 何事かと乱れた髪を直しながら何かが通り抜けていった方向を見るが何もない。

 三人が、風の音が人の声に聞こえたのだろう、何だ空耳かと互いに納得していると不意に影が射した。見上げると、巨大な漆黒の毛並みの狼が三人を見下ろしている。それだけでも十分に驚愕に値するのだが、声もなく震え上がる三人の目線はその狼に乗っている少年へと注がれる。


「ひいぃっ!」

「なっ、貴様は――」


 シンの姿を見た瞬間、王は腰を抜かし、いつぞやの門番の一人は驚愕の表情を浮かべて剣を引き抜き身構える。

 俺は閻魔か何かかと呆れながらシンは両手を上に上げて敵意が無いことを示した。


「……別にやり合うつもりはねぇよ。一分一秒が惜しい。ちょっと王様借りるぞ!」


 言うやいなや、モロクが王の襟首を噛み、自らの背中に放ると、踵を返し来た道を引き返す。


「あっ、貴様ッ、王を返せーー!」

「あんま叫ぶと腹減るぞー。ったく、言われなくてもちゃんと返すっつーの」


 私は物かと心の中で愚痴りながら王は四つん這いの姿勢で雑草を掴むかのようにモロクの毛を掴み戦々恐々とした眼差しをシンに向け、小さく呟く。


「ば、馬鹿な……。もう貴様らの耳に入ったと言うのか……?だ、だが、私は何も悪くない……」

「あぁ?また何か仕出かしたのか?」


 耳聡くその呟きを聞いたシンが王の胸倉を掴んで凄みを利かせると、逆に王は畏縮して魚のように口をぱくぱくと開閉しながら狼狽える。その間抜けな動作にシンの忍耐力が使い果たされようとした時、モロクが唸るような声で言葉を発した。


「夥しい、血の臭いだ」

「おい、テメー。何しやがった。……場合によっちゃ吐くぞ」

「貴様がか!?」

「喋れるならさっさと言え、ボケッ!」


 シンは目を剥いて突っ込みを入れた王の頭をぶん殴ってから再び胸倉を掴んで鞭打ち症になるのではないかというほど強く揺する。


「わ、我が領土を巣くう狼共を、て、帝国の騎士が、駆除して下さると……」

「あぁ!?帝国の騎士?クソッ、入れ違いになったか……。大将の甲冑は?ローブみたいなやつだったか?」


 涙目になりながら白状した王を更に問い詰めると、上擦った声で、


「は、白銀の、甲冑だが……」

「あー……。何だ、エセ魔法騎士団かよ」


 ボリボリと頭を掻きながらシンは安堵のため息を吐き胸を撫で下ろす。予想外の反応に王は目を白黒させた。


「え、似非……?」

「ニコラスの野郎だろ?三男坊の。上二人が飛び抜けて天才だったからよ、それなりに才能あんのに見向きされねーから性格がかなーり捻くれてんの」


 お前も相当だが、と突っ込みたいのを何とか堪えて王は、そ、そうなのだなと曖昧な相槌を打つ。

 自身の微妙な反応にまた暴力を振われるものと覚悟していた王は恐る恐るシンを見ると、彼は何か腑に落ちないことがあるらしく俯いて考え込んでいる。しばらくは安泰だと王が安堵に胸を撫で下ろし前を向いた瞬間、王の視界に奇妙な生き物が映った。


「な、何だ、あれは……」


 王の狼狽した声に、うん?とシンが顔を上げる。そして懐かしそうにあぁ、あれなと目を細めて笑った。


「ニコラスの十八番おはこ、造形魔法と自動魔法を組み合わせて造った魔造兵だ。フランが攻撃してんのは……ニコラスの虚像だな、ありゃ。頭に血が上って気が付いちゃいねぇようだが」


 猪突猛進としか言いようない無茶な戦いをするフランを見てモロクは更に速度を上げる。

 極力風の抵抗を受けないよう下を向いてモロクにしがみついていたシンは目を細めながらその様子を観察し、やがて不意を突かれて身動きの取れなくなったフランを見兼ねたように仕方ねぇなぁと呟きながらゆっくりと立ち上がる体勢を整える。


「モロク、あの魔造兵の頭上に跳んでくれ」


 モロクは無言で頷き、一気に地を蹴り高々と跳躍。数秒の浮遊感と地上との距離の遠さに王は声にならぬ悲鳴を上げた。

 シンはモロクの巨体が魔造兵の頭上に差し掛かった時、柄に手をかけ跳んだ。頭から一刀両断するのかと思いきや、体を捻りながら抜刀。抜刀の仕方や速度で衝撃波の種類が異なるらしく、回転が加わったことで衝撃波は鎌鼬のように四方に分散し、魔造兵の四肢を分断する。更にシンは魔造兵の脳天に落下の勢いのままに切っ先を突き刺す。ゼリーを貫いたような何とも言えない感触と共に見る見る内に魔造兵の頭はブクブクと膨れ上がり――爆ぜた。

 目が眩む白い閃光が辺りを包み、徐々に収縮していく。

 王は呆気に取られるがあまり掴んでいた毛を離してしまい、着地の勢いで外に投げ出され、腰を強かに打ちつけながら尻餅をついた。

 シンは何事もなかったかのように普通に着地を決めると剣を肩に担ぐ。その場にへたり込んでいるフランに手を差し延べると、そっと立たせた。


「ふー……、危なかったな。危機一髪……いや、間一髪?まぁ、どっちでも良いけど死に急ぐのは感心しねぇな」


 やれやれと首を横に振ると辺りを一瞥し、足元に転がる狼の亡骸を眺めて随分様変わりしたなぁと顔をしかめながら呑気な感想を述べた。


「シン……。モロクも……」


 フランは狐に摘まれたような呆気に取られた表情を浮かべ、安堵したのか次には泣き笑いの表情になる。


「わりぃな、遅れちまって。後は俺が何とかすっから、モロクの所に行ってな」

「……分かった」


 フランはじっとシンを見つめ、大きく深呼吸するとゆっくりとシンから離れる。シンはフランが十分に離れるのを待ってからニコラスを見据えた。


「よう、キュー太。相変わらず丸々してんな。今日こそ唐揚げにしてやるぜ」

「ギャアーーーーー!!」


 キューは翼を広げなから九官鳥特有のだみ声で威嚇とも悲鳴ともとれる奇声を上げる。


「モロク、皆が……」

「分かっている」


 恐怖のせいか覚束ない足取りでモロクに近寄り、震える手でその存在を確かめるように必死にしがみつく。モロクは幼子をあやすようにフランの頬を舐めて仲間の血を拭った。


「町民C、ぼんやりし過ぎで存在感なくなってんぞ。しっかりしろ」

「う、うん……。おかえり、シン」


 シンは魂が抜けたようにその場に棒立ちしているフィリップの背中をバシッと思いっきり叩いて活を入れる。


「いっ!?」

「とにかく今は森の案件を片付けんぞ。ニコラスは後だ」


 フィリップが小さく頷いたのを確認し、シンは離れた所で目を合わせないようそっぽを向いているリリスを一瞥してから王に視線を向ける。


「おい、ガーナの王のオッサン。そこの貧乳が魔狼にこの土地譲れと抜かしやがるが、どうだ?」

「い、嫌だ……。此処は我々(にんげん)の領土だ……。譲るものか……」


 尻餅をついた格好のまま、目の前の凄惨な現場におこりのようにガタガタと震え、歯をカチカチ鳴らしながら王は喉の奥から絞り出すようにして言う。

 シンは一つ頷いてからリリスを見た。


「だそうだ。諦めな」

「で、ですが、狼の皆さんだって此処の他に住む場所が…」


 何とか説得を試みようと必死になるリリスに、王は耐え兼ねたように血走った目を見開き、叫んだ。


「田畑が駄目になり、食料の備蓄も底を尽きようとしている!物価が高騰し、ガーナ王国の民も限界なんだ!ボロきれを纏い、身を堕としても子に食べ物を与えようとする母親、骨と皮しかないようなやせ細った父親が家に少しでも金を入れようと城の門を叩くッ。だからこそ、如何なる汚名を受けようと予には国王として国を、民を救う義務がある!」

「同盟を結んでるっつー名目で参戦しようとしたのもおこぼれが貰えるからだろ?戦い慣れてねぇ兵を引き連れて森で狼に食われちまうより、戦争に参加した見返りに少しでも物が貰えるならそっちの方がいいに決まってると踏んでのことだよな」


 俺らがそれをぶち壊しちまったから、否応なしに討伐せざるおえなくなったわけだが、と淡々とシンは人事のように呟いた。


「お前が、お前等が来なければ、上手く事が運んだかも知れぬのにっ…」

「仕方ねぇだろ。勇者たる者ガキの頼みは無視出来ねぇし。兵願した奴も戦場に行っても無駄に命を散らすだけだ。どうせ参加賞は大金で、食い物なんてもらえねぇだろうしな」


 悔しそうに歯噛みする王に、シンは肩を竦める。

 シンの言っていることは確かに正論なのかもしれない。しかし、リリスには御託を並べ立てているようにしか思えなかった。そう思いながらシンを睨んでいると、シンの方もリリスの視線に気付いたらしく一瞬だけ視線が交差する。

 いつものように何だよと好戦的に突っ掛かってくるかと思いきや、シンは無言でリリスから視線を逸らす。シンの視線はモロクに注がれていた。


「王よ、一つ頼みがある」


 近付いて来たモロクにビクッと王の肩が跳ねる。


「大樹にだけは手を出さないでほしい。あの木のおかげでこの森は平生を保てているのだから」

「わ、分かった……。約束しよう……。だ、だが、随分切り倒されいるが、そのご、御神木とやらは無事なのか?」

「案ずるな。あの木に魔法は通じない。だから大丈夫だ」


 交渉の成立を見届け、シンは一歩前に出る。地に刺した剣を引き抜き、肩に担いだ。


「さて、ニコラス。俺達にとっちゃ、こいつ等の領土争いなんて他人事だ」

「シン!」


 リリスが強い口調で窘めると同時に、だが、とシンは力強い口調でニコラスを見据える。


「お前がそれに首を突っ込むとなると色々と事情が変わって来るよな。……なぁ、ニコラス。お前の課題は帝国の領土拡大のはずだろ?西に遠征に向かったと聞いていたが、そのお前が何でこんな南まで下りて来てんだ?」


 シンの言葉にニコラスは表情を強張らせ、それを見たフィリップは色を失う。


「やっぱり、本当に負けたのですか?偵察だから小部隊で赴いたんじゃなくて……」

「お前の予想通り、それだけ手酷くやられたってことだろ」


 ニコラスの後ろで一箇所に纏まって突っ立っている兵士達に視線を向け、再度ニコラスの表情を窺う。


「分かったような口を……」

「違うなら否定すりゃいい」


 忌ま忌ましいと言わんばかりに表情を歪め、吐き捨てたニコラスを即座にシンが言いくるめる。


「課題を達成出来なかったばかりか、何の手柄も立てずおめおめと帝国に逃げ帰る訳にはいかねぇよなぁ。……少なくとも、どっかの国を乗っ取らない限りは」

「ふん、何を言うかと思えばそんなことか。ならば来た時に襲撃している」

「成る程。つまり、一番出来の悪い王位継承者おとうとを消しに出向いた訳か」

「さぁな」

「だとしたら残念だったな。折角、俺が不在だったのによ」


 しみじみと哀憐を滲ませながらシンは嗤う。


「シン、怒るよ」


 半ば冗談とも取れぬ物言いにフィリップが険のある声で一喝すると、シンはへいへい、冗談だっつーのと茶化しながら本題に移った。


「そっちも負傷兵抱えてるし、町民Cや俺も正直疲労困憊だからよ、さっさと次の町に行って休みてぇってのが本音だ。事を穏便に済ませたいのはお互い様だと思うんだが、どうだ?」


 口調こそ穏やかではあるが、そこには有無を言わせぬ響きがあった。手は剣の柄に添えられ、僅かに刃が覗いている。


「……それは、脅迫のつもりか?」

「まさか。"帝国の王子に"刃を向けたとあれば流石の俺も直ちに反逆罪で殺されるって」


 シンの言葉にニコラスの眉間に皺が寄った。一瞬だけ視線が後ろの兵達に向けられる。長い長い沈黙の末にニコラスは無言で踵を返すと、何処かへ去って行く。彼の兵達もその後に続いた。


「はぁ……。生きた心地しなかった……」


 昨夜と同じようにへなへな地面にへたり込むフィリップをシンは呆れ顔で見て視線を地に横たわる狼の死骸に向けた。


「へたり込んでる場合か。日がある内にこいつ等を埋葬してやろうぜ。いつまでもこのままじゃ、可哀相だろ」

「うん、それもそうだね。」


 フランを気遣い、ちらちらと横目で様子を窺いながらフィリップは頷く。フランは何も映していない虚ろな瞳で、ぽつりと呟いた。


「荼毘は止めて。魂まで燃えてしまう。土に還れなくなる」

「……分かった。興味本位で聞くが、何で火葬は駄目なんだ?俺が知ってるとある国の話じゃ、魂は煙となって天に昇るって言うぜ?」

「空には、たくさんの穴があるから」


 シンの問いにフランは憔悴しきった様子で二の腕を抱き寄せ、天を仰ぐ。乾いてひび割れた唇から途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「天に昇る魂が、この地に還れない」

「穴のねぇ大地なら、魂が迷わずに済むってことか。じゃあ、こいつ等が無事に還れるようちゃんと埋葬してやらなくちゃな」


 埋葬が終わる頃には、辺りはやや暗くなり、地平線付近の空は淡黄色、上空はぼんやりと霞みがかったように朧げで淡い水色と変化した。これこそルクス・グランディアの夜の風景である。


 モロクは一旦、国王をガーナ王国へ返しに行き、フィリップやリリスは精神的も肉体的にも疲れてきってしまったらしく、御神木の大樹の下で食事も取らず直ぐさま寝てしまった。

 ニコラスはともかく、彼の残党が襲って来ないとも限らないので、一人黙々とシンは火の番をしながら周囲に気を配る。


「いい加減、出て来いよ。ずっとそんな熱い視線注がれてんのも照れる」


 本気なのかそうでないのか判断に困る言葉を平気で言いながら横に擦れた。

 ガサガサと物音がしてモロクの背の上で寝ていたはずのフランがひょこっと顔を覗かせ、寝ている二人を気遣って忍び足でシンに近寄ると隣に座る。


「……。」

「ニコラスを逃がしたこと怒ってんのか?それとも、領土のことか」


 疲れきった顔でフランは首を横に振り、微笑を浮かべる。


「そんなんじゃない。多分相子だから、気にしてないよ。まぁ、簡単に割り切れるものでもないけどさ、今は、とりあえず大丈夫」


 無理矢理笑みを浮かべるフランの横顔は焚火の炎に照らされ何だか痛々しかった。


「…なぁ、シン。居場所が見つかるまでで良いんだ、シン達の旅に同行しちゃ駄目かな?」

「いくら美人の願いと言えども聞けねぇな」


 シンはにべもなく即答する。


「仲間の敵討ちたいだけだろ。だが、今回のことはそれほどのことか?お前等の言い分は分かるが、正しくはない。さっさと退けばこうはならなかったかもしれねぇからな。……まっ、同情はしねぇが、賞賛はする」


 側に置いてある薪を手に取り、放り込む。火は一瞬だけ勢いを増し、元に戻った。


「ボクにとっては皆は家族だ。いつかこうなることくらい分かってた。モロクは頭領として新しい土地で種の存続を願っていたけど、皆はこの場所を気に入ってたから。……今日もね、皆様子がいつもと違ったんだ。別行動なんてしないのに、昨日のことがあったからかなって思ってたけど、アイツ等が来るの、多分皆は分かってた。やっぱり、ボク、人間だから。皆、気を遣ってくれたんだね。ボクだけ残っても、しょうがないのに……」

「文字通り、仲間外れにされた訳か」


 そこには嘲りも同情している様子もない。思ったことをただ口にしているような無感情で淡泊な響きがある。


「まっ、敵討ちじゃなくてよ、お前の言葉通り居場所探しっつーんなら俺は別に構わねぇ。お前みたいな戦える美人が旅の共になってくれるなら寧ろ大歓迎だ。町民Cはいざという時に使いもんになんねぇし、まだまだ貧乳は危なっかしいからな〜」


 ボリボリと頭を掻きながらぼやくシンをフランは素直じゃない奴とくすくすと声を押し殺して笑う。それを見てシンは僅かに顔をほころばした。


「……!」

「やっと笑ったな。……別に。この世界の何もかも、俺には何一つ関係ねぇよ」

「でも関わってくれたじゃん。やっぱ、勇者だから?」


 からかうフランを鼻で笑い、一蹴する。


「理不尽なのが嫌いなだけだ」

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