◇暴君勇者と偽魔王 Ⅲ
「チッ…。広すぎんだよ、この屋敷。浴室の場所聞いときゃ良かったぜ」
悪態をつきながらシンは辺りを見回す。
広い屋敷だけあって、流石に部屋数も多い。手当たり次第ドアを開けては中を確認するという作業を繰り返し、かれこれ二十一回目のドアを今開けようというところだ。
「…此処か?」
何の躊躇なくシンは取っ手に手を伸ばし――
ガラッと、二つの音が重なった。
「ん?」
「な、ななななななな……」
ドアを開けた先は更衣室だった。問題は、更衣室は更衣室でも女子更衣室という一点に尽きる。
そうとは知らず、ちょうどシンがドアを開けた瞬間にリリスもまた浴室から出て来たのだった。
二つの視線が交差する。動作は揃えど、反応は異なる。
一拍。妙な間を挟んでから各々異なった反応を見せた。
リリスは火照り、仄かに朱色に染まる頬を完全に赤く染めながら、恐らくは何で居るんですかの"な"の文字を連呼する。
シンといえば、使用中のトイレのドアを間違えて開けてしまった時のようなあの軽いノリで、おう、間違えたわと、特段動じた様子なく更衣室を出て行った。
「な、何なんですか一体…。もう少し動じてくれても…」
良いじゃないですかと少ししょげながらリリスは視線を落とし、タオルの巻かれた自身の胸に手を当てる。そして、がっくりと肩を落とした。
「無理ですよね…」
因果なもので、会いたくないと思う時ほど邂逅を果たしてしまうものである。まさに運命の悪戯としか言いようがない。
廊下の隅でリリスが自身の体格――とりわけ胸に煩悶としていると、部屋に向かう途中なのか向かい側からシンが歩いて来た。今し方沐浴を済ませたらしく、毛先から雫を滴らせながら凝っているのかトントンと剣で肩を叩いている。
やがて隅でうずくまっているリリスの姿に気付くと見なかった振りをして通り過ぎようとした。
しかし、うずくまったままのリリスにガッと服を掴まれ、ため息を吐きながらシンは足を止めた。
「何だよ。何か用か?」
顔を上げ、身を強張らせたリリスを一瞥し、シンは担いでいた剣に視線を移すと、あー…と何やら気不味そうに声を上げ、剣を小脇に抱える。
「…さっきは、悪かったな」
視線を逸らし、バツが悪そうに呟く暴君の謝罪に今ひとつピンとくるものがなく、リリスは首を傾げた。
彼が謝るということは何か余程のことを仕出かしたのだろうが、思い当たるものと言えば一つしかない。
「………?覗きのことですか?」
「違う。お前の平たい胸なんか例え頼まれたって見ねぇよ」
「見たじゃないですか!」
「仕方ねぇだろ、部屋間違えたんだよ、ボケッ!」
盛大に舌打ちするシンをよそに、先程の光景が脳裏に浮かんでしまい、リリスの顔がうっすらと熱を帯び始める。
一方的に恥じているのもまた恥なので、何とかして話題を変えようと試み、リリスの視線はシンの持っている剣に注がれた。
「…その剣は、喋るのですか?」
「あぁ?」
明からさまな侮蔑の視線を向けたシンに、リリスは慌てて立ち上がって言い繕う。
「剣が選ぶって言ってたじゃないですか。どう選ぶんです?」
またその話かと言いたげなけだるい視線をリリスに向けながら、シンは淡々と説明する。
「まず、一列に並ばされる。そして長っ細いガラスケースに入れられて二人掛かりで運ばれてくる剣の柄を一人ずつ掴む。それで刀身が光ったら即決定だ」
「何だかお伽話みたいですね」
「…そうであってほしかったよ」
哀愁を帯びた呟きに、リリスは驚いてシンを見た。漆黒の瞳は遠くを見つめている。濡れた黒髪が相まってより寂しげな印象を持たせていた。
――…迷子みたい。
あの自信に満ちた瞳が嘘のように不安げに揺れている。いや、これは不安じゃない。
リリスは考えに考えてようやくその正体に行き着いた。
――罪悪感だ。
そんなものを一度として感じたことのないリリスは戸惑うばかりだったが、その考えは妙にしっくりきてしまって、どうして彼はそんな感情を抱いているのか不思議に思った。
勇者の癖に周囲に暴君とまで言わしめた少年だ。これまでの数々の仕打ち――所業に対する罪悪感ではないことだけは確かだろう。
「何だよ、ジロジロと見やがって。何か付いてんのか」
リリスの視線に気付いたシンは不快そうに尋ねる。その声に思案に耽っていたリリスははっと我に返った。
「あ、いえ…。シンは今何歳ですか?何処の生まれなんです?」
「はぁ?逆ナンか?」
「ぎゃくなん?よく分かりませんが、シンが纏う雰囲気が何か違うと言いますか、上手く説明出来ませんけど…不思議な感じです」
一瞬。リリスの言葉に、シンの周りの空気が僅かに揺れた。虚を突かれたように肩が小さく跳ね、僅かに瞳が見開かれて驚愕を露わにする。
しかし直ぐさま狼狽は霧散し、何事もなかったかのように振る舞いながらシンは記憶の糸を手繰り寄せた。
「地名知らねぇし、歳だって数えたことねぇから答えようがねぇな。多分町民Cと同じくらいだと思うぜ。だから、十七、十八くらいか。住んでた所は、此処と似たような森――此処より緑は多くなかったけどな。そこに一軒小屋が建ってて、勝手に借りて住んでた。森の近くには国…なんだろうな。町しか覚えちゃいねぇが、たまに行ったりした覚えがある。あとは…どのくらいの距離か知らねぇけど、砂漠があったな。そんなところか」
嫌々ながらもちゃんと答えようとしてくれているシンにちょっと胸を打たれながらリリスはにやける口元を慌てて隠した。
しかし、随分と抽象的な答えだ。子供の頃の思い出とはそんなにも曖昧なものだろうかとリリスは不可解に思う。とはいえ、自分に当て嵌めてみると専ら好きな料理が頭の中に浮かぶだけで、後の記憶は霧がかかったように薄ぼんやりとしていることに気付き、考えを改めた。
「砂漠に森というと、東辺りですかね…。空の明暗は?」
「一日曇ってるって印象が辛うじてある。砂漠は超晴れてた」
「そうですか。では、南東に間違いないでしょう」
「そうなのか?」
意外そうに尋ねるシンに、リリスはちょっと得意げになりながら頷く。
「ノスタジア大陸の北は"夜の大地"、対極の南は"朝の大地"と呼ばれています。東は南北の影響なのか、太陽も月も出ない不安定な気候なのだと本に書いてありました」
「何だ。お前、外に興味あるじゃねぇか」
言われてリリスもはたと気付いた。数回目を瞬せてから租借するようにゆっくりと頷く。
「そう、ですね…。そもそも外への興味は全くないわけではなくて、お父様がいなくなる前は憧れていましたよ。しかし、形だけの領主でも居ないよりは良いでしょう?だから、外への憧れは捨てて、食べ物にしか興味を持たないようにしていたような気がします。
今までは本の知識が全てでしたが、村人以外のお客様は貴方達が初めてですし、本以外からの外のお話しを聞くのも初めてですから楽しいです」
「村はどうなんだ?」
「嫌いではないのですが…何だか怖いです。最近は違いますが、村人は滅多に此処に近寄りません。今はルベア村と呼ばれていますが、昔は本当にただの森でした。いつの間にか人間が住み着くようになって村に発展し、村となって、先に住んでいた私…もとい、お父様が領主という形になったんです」
「だからお前は村がどうなろうと関係ないのか?」
「そういうことに、なりますね…」
最早、質問というより尋問に近い。
いつの間にか問答の立場が逆になっているのだが、二人がそれに気付いた様子はない。
「魔王はどうだった?」
「さぁ…。覚えていません。お父様とはあまり会っていないので…」
「屋敷にいなかったのか?」
「いえ、屋敷には居ます。ただ、滅多に部屋から出て来ないから何をしているのか以前に私はお父様の顔すら朧げで、今ではお父様の顔がベルゴの顔に成り代わりつつありますね」
「落ち着け、早まるな。魔王を見たことはねぇが、あのオッサンよりはマシなはずだ。多分。朧げなままにしとけ」
訳が分からずとも素直に頷くリリスに、シンは困ったように頭を掻いた。あるいは柄にもないことをしたと少し照れているのかもしれない。
それを隠すようにぎこちない嘲笑を浮かべ、シンは余裕たっぷりの表情で嫌味を言う。
「まぁ、何だ。どうやら、お前の引きこもりは父親譲りみたいだな」
「し、失礼な!私はともかく、お父様は違います!お母様のことがあったから少しふさぎ込んでしまっただけです」
「不謹慎だが、死んだのか?」
全くもって不謹慎らしからぬ物言いで聞いてくるシンを咎めるわけでもなく、リリスは平然と答える。
「いえ、生きてます。離婚です。勇者――人間に負けてた癖に、殺される訳でもなく魔力を封印されて生き恥を晒すようなお父様とは一緒に居たくないとのことで…」
「結構、リアルな話だな…。お前はそれで納得出来たのか?」
はい、とリリスは苦笑を浮かべながら頷いた。
「魔族って縦社会ですから、嘗められたら終わりなんです。お母様なりの処世術なのだと理解していますし、こういうのは、私が駄々をこねてもどうにかなるものではないでしょう?
私はお母様に似ましたから、お父様は私を引き取ったんだと思います。お母様もそれを分かっていましたから、異論は唱えませんでしたよ」
シンは何か言いたそうなじとっとした視線でリリスを見たが、その口から出たのは罵詈雑言ではなくため息だった。
「最後の頼みが聞き入れられたのにも関わらず、引きこもったのか」
「私の顔を見るとどうしてもお母様を思い出してしまうらしくて、否応なしに突き付けられる現実から逃避するためのお父様なりの保身行為だったのでしょう」
遠い目をして語るリリスに憐れむような視線を向けてから、シンはさりげない風を装って尋ねる。
「父親が突然姿を消して、お前はどう思った?捨てられたと思ったか?」
「何か事情があるのだと、今でも思っていますよ」
達観した表情で言うリリスに、そうかと相槌を打つこともなく、シンは呆気にとられたようにその横顔を見ていた。
「結局、シンは何を謝りに来たのですか?」
リリスに声をかけられて、そこで初めてシンは、ん?あぁ…と夢から覚めたような心地でぼんやりと返事をしてから、
「さぁな。無い胸に手ぇ当てて考えな」
口元に微かな笑みを浮かべ、シンは優しい声色でしらを切る。
じゃあなと剣を肩に担ぎながら去っていくその足取りが何処となく軽いので、それなりに機嫌が良いのだろう。
変な人、と小首を傾げながらリリスはその背を見送った。
「………あ」
リリスの中に閃くものがあった。思わず声を上げてしまったが、シンには届いていないようで振り返らない。
小さくなりつつあるシンの背中を見つめながら、まさかねとリリスは苦笑し、淡いため息を零す。
――斬ろうとして悪かったなど、暴君勇者が吐くにはあまりにも不釣り合いな謝罪ではないか。
***
月の光や星の瞬きのない夜闇を松明の明かりが彼処へと追いやる。
梟さえ鳴かぬ森の静寂を壊す足音が彼方より響いてきた。
死者の行列の如く目深にマントを被り、鎌や鍬などの農具を痩せこけた手で握り締めた村人達は領主の屋敷の扉を叩く。
山羊を騙そうとする狼のように。いつもの調子で。
やがて扉が開き、中から燭台を手にした子供のような背丈の顔の厳つい執事が隙間から身を滑らせて外へと出て来た。
「おやおや、夜分遅くに何の御用ですか…と聞くのも野望というものですね」
執事ベルゴは全てを察したようにため息を一つ吐く。そして指をパキリと鳴らした。
鍵のかかる音が静寂を破り、空しく響き渡る。
それが合図のように、村人はベルゴの周りを取り囲んだ。
「井戸の水が枯れちまった…」
「近くの川の水も腐ってる。魚が全部浮いてるんだ」
「土地が痩せて作物も育たない」
「もう食糧も底を尽きて」
「木の根をかじって飢えを凌ぐしか…」
断片的な言葉。常軌を逸した血走った目が松明の明かりに照らされて赤く輝く。
「あんたの所には全部あるんだろ?頼む、俺達に分けてくれ」
村人の一人がベルゴの胸倉を掴んだ。身長差があるのでベルゴの足は宙に浮く。彼は村人の目をじっと見て、首を横に振った。
「―…申し訳ございません。当屋敷に保管して食べ物は、今し方底を尽きました」
その言葉に、村人は目を見開き手を離した。動揺が村人の間に広がる。
ベルゴは即座に地に頭を付けて平伏し、静かな声でもう一度謝罪した。
「申し訳ございません」
「う、嘘だっ…!だって、昼間あの領主は菓子食ってたんだ!まだあるはずだろ!?」
頭を掻きむしりながら村人は平伏したままのベルゴを何度も踏み付ける。
ベルゴを囲っていた村人のいくつかは屋敷の扉に駆け寄り、開けようと試みるも扉は固く閉ざされていた。
――何の騒ぎでしょう…?
外の騒ぎを聞き付けたリリスは寝ぼけ眼を擦りながら自室を抜け出し、一階に降りると扉に手をかけた。
「駄目だよ」
「――……っ!?」
扉を開けようとするリリスの手を掴み、制したのはフィリップだった。
リリスと同じように彼も騒ぎを聞き付けて出て来たようで、寝間着姿のままだった。ただ、リリスと異なるのは彼が状況を把握しているということである。
「どうしてです?外で一体何が…?」
「扉は魔法で内側から開けれないようになってる。だから開けたら駄目なんだ。開けたら村人が殺しに来る…ってシンが」
殺しに来るという言葉に青ざめながらリリスは扉から手を離し、後ずさる。
フィリップはそんなリリスに気遣わしげな視線を送りながら二階の窓からなら見えるんじゃないかなと指差した。
「少々私の身の上話をさせていただきたい」
蹴られながら。殴打されながら。平伏したままベルゴは声を張り上げる。
「種族戦争が終わり、魔族の中でも一二を争う弱さであった我がゴブリンの種族は住家を追われ、その大半が人間の奴隷となりました。勿論、私も例外ではなく、苦汁を嘗める日々を過ごしました。
自由欲しさにその人間の主を手に掛け、恐怖のあまり捕われたままの同族を見捨て、命からがら逃げ出した自分勝手な私を拾って下さったのが先代領主レイモンド様にございます」
村人は誰ひとりとしてベルゴの話に耳を傾けない。それを承知で、彼は話を続けた。たった三人の聴衆に向けて。
「しかしながら、恩知らずな私めはレイモンド様に仕えながらも魔王の座を狙っておりました」
「レイモンド様が姿を消され、まだ幼いリリス様が一人残された時、その好機は巡ってきたのです」
「魔力は魔族であれば誰からでも奪えるもの。レイモンド様の足元にも及ばぬ私でも、まだ幼いリリス様なら赤子の手を捻るように簡単に魔力を吸い取り、殺めることが出来ます」
「ベルゴ…」
複雑な表情を浮かべて見守るリリスの視線を浴びながらベルゴは懺悔する。
「しかし、私は出来なかった…。あまりにも無防備で、食い意地の張った、食べるしか能のないお嬢様ですが、悪意を知らぬ無垢なお心の持ち主を、殺めることなど私には…」
「褒められているのでしょうか、それとも、けなされているのでしょうか」
「仮に後者だとしても…、それは本当のことなんだから仕方ないんじゃないかな」
遠い目をして問うリリスに、フィリップは苦笑を浮かべて止めを刺す。
「いや、もしかするとそんなものは言い訳に過ぎず、憐憫の情、もしくは親の情というものを抱いたのかもしれません」
「……どちらにせよ、変態だよね」
同意を求めるフィリップにリリスの心は打ちのめされてしまって返事ができる心境ではなかった。
「悪意に触れたことない心というのはこれ程までに美しいものか!あの方の純粋さを守るためなら私は…ふごぉっ!?」
予想に反してフィリップが何も言わないので、リリスは怪訝に思いながら彼を見ると、フィリップは遠い目をしていた。
――終わってる、という意味なのだろう。声に出すのも憚られるほど気持ち悪いと表情が物語っている。
窓の外では思わぬ闖入者に村人がざわついていた。
上から降ってきた暴君勇者はベルゴに落ちる勢いを殺さず見事な蹴りを決め、着地する。そして、欠伸をしながら心底どうでもいいという風に、
「死亡フラグ建設ごくろーさん。オッサンの半生なんかどうでもいい。夜中に大声出してんじゃねぇよ。うるせぇ」
「もしかして、助けに…げふっ」
近寄ってきた村人の一人を鞘に収めたままの剣でぶん殴った。昏倒する村人を更に蹴り飛ばし、周囲を一瞥する。
「あ、あんたは一体どっちの味方なんだ!」
「俺様の安眠の邪魔する奴は誰だろうと敵だ。ったく…、一体、何の騒ぎだってんだよ?これで大したことねぇやつならぶった切るからな…」
眠たそうに言うシンに、聞いてなかったのかよとその場にいた村人は思ったが、相手が相手なので口には出さず心の中で詰る。
「いや、だから、井戸の水が枯れて…」
「新しい水脈見付けて掘り直せ。次!」
「ち、近くの川の水が腐ってるらしくて魚が、」
「あぁ、あれな。別に腐っちゃねぇよ。心配なら沸騰させてから使用しろ。魚が浮いてんのは、単なる餌不足だ。毒じゃねぇ。で、他は?」
次々に繰り出される村の困り事の解決策をシンは早口で言っていく。
「あ、あんたが若い衆を連れて行くから畑仕事が…」
「元からはかどってねぇだろ、馬鹿。食べ盛りの歳のあいつらが木の根かじって飢えを凌いでるもんだから食べ物や酒恵んでやったら勝手に居着いただけだ。人のせいにすんな。もう…」
ないか?と口を開きかけたシンに縋り付くように村人二人が近寄る。
「土地が痩せて作物も育たない…」
「もう食糧も底を尽きて…。だが、此処は違う!奴は嘘つきだ!此処の食糧が尽きるわけない!あの食い意地張った領主が食糧を独占しているんだ!」
噛み付かんばかりの勢いでまくし立てる男の肩を掴んで落ち着かせると、シンは棘のない口調で話しかける。
「腹減って苛立ってんのは分かるが、落ち着け。俺だって眠い。そこのオッサンの言ってることは本当だ。今日俺達に振る舞った晩飯で最後だったんだろ。まぁ、それ以前に此処の領主は世間知らずでこの村が飢饉だってことにも気付いてないから何の施しもしてねぇんだろうが、分かりゃ何かしら恵んださ。お前達もこんな暴動起こす前に素直にそう言えっての」
「と、土地が痩せ…」
聞こえていないと思ったのか、蝦の鳴くようなか細い声で言う村人をまたかと言わんばかりのげんなりとした様子でシンは見た。
「俺は最初に村に来た時、ちゃんと勧告したぜ?芋植えろ。サツマイモ。こっちじゃ違う名前だったか…?何だっけな…。とにかく赤い芋だよ。あれは痩せた土地でも育つ。それで何とかならなきゃ諦めて他所に行け。それまでの食糧は魚とか木の実で食いつなげ。この森は意外と山菜が豊富だから何とかなる。もういいか?あっても無いと言え。おい、オッサン。起きろっつか開けろ。俺は寝る!」
「は、はぁ…。かしこまりました…」
叩き起こされたベルゴは訳が分からず目を白黒させながらもシンの言う通り、指を鳴らし扉の鍵を開けた。
何事も無かったかのようにズカズカと屋敷に戻って行くシンを一同は唖然としながら見送り、互いに顔を見合わせる。
リリスとフィリップといえば感嘆のため息を吐きながら屋敷に戻っていくシンを迎えに走った。
「随分と詳しいのですね…」
「植物に関しては博識なんだって。やっぱり凄いなぁ、シンは。最後は完全にシンの独壇場と化してたよ」
そんな会話が交わされているとは知る由もないシンは周りを囲って帰そうとしない村人達に痺れを切らしていた。
「ま、待って下さい!まだ聞きたいことが!」
「るっせぇ!」
ついに堪忍袋の尾が切れたらしく、は剣を鞘から抜くと剣先を押し寄せてくる村人に向ける。
刹那、剣先から放たれた衝撃波が容赦なく村人を吹っ飛ばし外へと追いやる。
「家宝は寝て待てっつーだろ!明日また聞きに来い!オッサン、鍵!」
「は、はい!」
いそいそと施錠するベルゴをよそに、シンは床に横たわり寝はじめていた。
シンを迎えに行った二人は彼の自分勝手さに苦笑しながら互いに顔を見合わせて笑い合う。
「解決するにせよ、あんな風にやることなすことあまりにも粗野だから英雄と思われないんだ。そこがシンらしいんだけどね」
「暴君の呼称の意味が分かったような気がします。本当に自分勝手で、捻くれ者なんですね、シンは」