表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
19/26

◇魔王降臨 Ⅱ

 ――空の穴の向こうに行ってたんだ。


「それでよ~、その店主が実はな……」

「はははっ、シンの話は相変わらず面白いなぁ」

 シンと肩を並べて前を歩くサシャの背中をリリスは無言で凝視していた。

 フィリップの兄という先入観を除いても悪い人には見えない。というか、常に人をからかうシンや平然と毒を吐くフィリップに比べれば善人だ。

 シンの方も親しい間柄だけあって警戒を解き、打ち解けて話している。フィリップとは異なるある種の絶対的な信頼を寄せているようにも見えた。フランはそれが気に入らないらしく敵意を剥き出しにしているし、フィリップは警戒こそしていないが、兄と距離を縮める気もないようで一人黙々と歩いていた。

「リリスー、さっきからアイツにガン飛ばしてどうしたの? やっぱ、リリスも気に食わなかったり?」

「えっ?! いえ、別にそんなつもりじゃ……」

「でも、ずっと見てる」

 リリスの後ろを歩いてフランは呆れ顔で「ねぇ?」とルーナに同意を求める。ルーナもこくりと頷いてリリスの瞳をじっと見つめて答えた。

 確かに見つめてはいるけれど、別に好意を寄せているとかそういう甘酸っぱい感情など抱いていない。出会ってまだ数十分しか経っていない相手にいくら私でも恋はしないと、二人の指摘にリリスは顔を赤らめて直ぐさま否定しながら恐る恐るシンの方を見る。シンは相変わらず一方的に話し続けていたが、リリスには彼があの意地の悪い笑みを浮かべている予感がしたのだ。案の定、シンはピタリと足を止めその場に立ち止まると、振り向きもせずに喜色を含んだ声色で言い放った。

「おい、お前等、こっち来い。んでもってサシャは後ろで貧乳と歩け」

「ほーい」

「う~い」

「? 分かった」

「な、なななななっ……!?」

 唖然とするリリスを駆け足で追い越し、フランとルーナは嬉しそうにシンの腕をとって隣に並んだ。サシャはシンの提案に不思議そうに小首を傾げたが、素直に頷くとリリスの隣に来る。

「あの、その、すみません……」

「いいよいいよ。謝らないで。オレもリリスちゃんと話したかったし」

 顔から湯気が出そうなほど羞恥で顔を赤らめたリリスに、サシャはにこやかに微笑みかける。

 そんな二人の様子をフィリップは面白くなさそうにむっつりとした表情を浮かべ前を向いた。それを横目で見ていたシンは呆れ顔を浮かべていたが、やがて静かに口の端を吊り上げ、その表情がバレないように顔を背けながらフィリップに声をかける。

「何だよ、町民C。不満そうだな? よし、何なら一時間交代で貧乳の隣を歩……」

「何でそうなるの」

「良いじゃねぇか。ものはついでだ」

 フィリップにしては珍しく険のある声で咎めると、シンは肩を竦めながらおどけてみせる。

 それを聞いたリリスは私はおまけですかと頬を膨らませ、隣ではサシャは腹を抱えて笑い出す。更に頬を膨らませたリリスをサシャは目尻に浮かんだ涙を拭いながら慌てて謝った。

「はははっ! いや、リリスちゃんからすれば笑い事じゃないんだろうけど、皆仲が良いんだと思ってね」

「どうせ、私はお父様の代理人ですから仕方の無いことではあるのですが、これでもれっきとした女の子なんですから、それ相応の扱いをしてほしいものです」

「代理人?」

「私のお父様は魔王でして、フィリップの王位継承の課題がお父様……魔王の処刑。しかしその内情は、姿をくらました魔王が第二次種族戦争を引き起こそうとしているか否かというのを聞ければ良いわけで、とりあえず娘である私が代理人というか身代わりでという事情なのですが、フィリップの課題の件、もしかしてご存じありませんでしたか?」

「オレはいの一番に帝国を出たからね。そっか、リリスちゃんは魔王の娘さんなんだ。色々大変だったでしょ? 現にこうして変な争いに巻き込まれちゃってるし」

「いえ、今まで村の外には出なかったもので……」

 恥ずかしさのあまり俯きながら告白すると、親しみの篭った眼差しと優しい笑みを浮かべてリリスを見てからサシャは空を見上げた。そして頭上に浮かぶ白い雲を眺め、噛み締めるように感慨深く呟く。

「オレも。今まで帝国の外になんか出たことなかったから見るもの全てが目新く感じるし、毎日楽しくて仕方ないよ」

「分かります! 色んな物が光り輝いて見えますよね! ……その反面、今まで贅沢をしていたので、他のところに行くと今まで自分が如何に贅沢をして過ごしてきたのか思い知らされますけど」

「そうだね。それでも知るのは大切なことだよ。時に行動の指針となることもあるからね。その点について、シンは何か言ってなかった?」

「自分の道は自分で選べ、というようなことなら言われました」

「シンの人生観なんだ。オレも言われた。自ら享受するのとただ流されて受け入れるんじゃ重みが違う。他人には分からないだろうけど、要は自分が納得出来るかどうかが問題だって。自分には関係ないって言いながら何だかんだと世話を焼いてくれるんだから、本当に素直じゃない奴だよね」

「全く、一言も二言も余計なんです。あの減らず口がどうにかなれば大分印象が変わると思うのですが」

「でも、リリスちゃん。もし、魔王が第二次種族戦争を本当に起こそうと目論んでいたらどうする?」

 サシャは相変わらず笑顔のままだったが、瞳は全く笑っていなかった。リリスは内心、冗談だよと言ってくれるのを期待したが、彼の目は真摯だった。

 言い淀むリリスに「困らせちゃったね、ゴメン」と微笑みかけ、サシャは前を歩く四人の背中を見据える。

「だから、リリスちゃんもただ流されるんじゃなくて、ちゃんと自分で考えて、これから自分がどうするべきなのかを選ぶといいよ。流されて後悔するより、自ら選んで後悔した方がまだ納得出来るからね」

「どちらにせよ、後悔はするのですね……」

「さぁ、どうだろう。それはその時になってみないと分からないし、良い方に転ぶことだってあるんじゃないかな?」

 物事は何でも前向きに捉えなきゃねと優しく諭しながらサシャは同意を求めるように、だろう? とリリスに微笑みかける。

「では、もし、選択を間違えて、納得したとしても、後悔したら、その時はどう責任を取るべきなのでしょう? どう償うべきなのでしょうか?」

 自分は領主としての役割を何一つ果たさなかった。村の問題もシンが解決してくれたし、今もベルゴが面倒を見てくれている。結局、自分は何もしないまま村を出てしまった。

 他人に答えを求めること自体、まだまだ自分が甘えている証拠。それでも尋ねずにはいられなかった。この人もまた自分と似たような何かを背負っているような気がしたから。

「場合によるよ。オレだったら、行動で示す。それでも駄目だったらその時また考えるさ。とにかく、前に進むことが重要かな。……それじゃあオレも聞いちゃおうかな。例えば、自分が負い目を感じていても相手がその事を全く気にしていなかったなら、償うこと自体、相手にとって迷惑でしかないよね。そしたら、リリスちゃんだったらどうする?」

「わ、私ですか? 私だったら、その人が困っていたらいつでも力になります。なりたいと、きっと思います」

 その答えにサシャは少し目を見開いてから、優しくリリスの頭を撫でてつまりはそういうことだよと朗らかに笑った。

「中々、良さげな雰囲気だな」

「案外、お似合いなんじゃない? どーでもいいけど」

「そ、そうかな~……。何て言うか、互いに相談相手って感じだと思うけど」

 聞き耳をそばだてながら三人は思い思いの感想を口にする。ルーナは黙って歩いていたが、三人が中々構ってくれないので繋いだシンの手をぐいぐいと引っ張ってぐずり出した。

「ぼーくん、おんぶ~」

「へいへい。んじゃ、そろそろ交代すっか。町民C」

「だからいいってば! もう直ぐ着くし、万が一ミレアに見られでもしたら……」

 その様を想像したのかフィリップの顔がさっと青ざめる。フランは、ふ~んと適当に相槌を打つとシンの腕を組みながら尋ねた。

「ミレアって、例のフィリップの婚約者だっけ? この近くに住んでんの? 生まれがアークティとか?」

「いや、あのお嬢さんは帝国出身だ。あー、そういやアークティに別荘があるんだっけか。……まぁ、大丈夫じゃね?」

 シンはルーナの頭をわちゃわちゃと撫でて機嫌を取り、背中に飛びついてきた彼女を背負うと思い出したように呟く。

「他人事だと思って楽観視しないでよ」

「バレたらお前以外の全員が被害被るっての。女の嫉妬ほど恐ろしいものはねぇって言うからな。万が一見つかってもサシャがいるし、大丈夫だろ」

「そこで何でお兄様がいれば大丈夫になるのさ」

「あんな野郎よりボクの方が役に立つもんね」

 シンがサシャの名を口に出すとフィリップとフランは同時に口を尖らせて不満を露わにする。吹き出しそうになるのを何とか堪えながらシンはニヤリと口角を上げてフィリップとフランの額にデコピンをくらわせるといつものように意地悪な笑みを浮かべた。

「その時になれば分かる」


****


 ミルニスタ領水の都アークティ。東南東に位置し、都市人口は約五千人。白を基調とした街並みと緑溢れる清涼な空間はまさに楽園のようだと訪れた旅人は口々に言う。

 しかし、目の前に広がっている光景は、楽園には程遠い荒れ果てた都の姿だった。

「これは……」

「そんな、水が無くなってるなんて……」

 無数の水路の水は全て干上がり、船は全て道端に打ち上がっている。通行の妨げになっているが、退かすつもりはないらしくそれなりの年月が経過したと思われる木船には苔が生えていたり気が腐って船底に穴が開いていた。

 どれだけ歩こうと街に人影は無く、白で統一された町並みは静寂を浮き彫りにして得体の知れぬ不安を煽るばかりだ。

「住民の姿が見えないし、気配も感じないから、何処かに避難したんだろう。状況から察するに昨日今日の話しじゃないね」

「む~……。鳥がいれば上から探せるのに」

 一旦、地面に下ろされたルーナはリリスと手をつなぎながらきょろきょろと辺りを見回し、頬を膨らませる。仕方ないですよとルーナの機嫌をとりながらリリスは少しためらちがちに口を開く。

「しかし、人どころか動物の姿まで見えないのは流石に変ですよね」

「何なら、ボクが建物の上から見てみようか?」

「いや、今歩いてんのは俺達だけだ。かと言って室内に誰か居るって訳でもないみたいだが。まさか、水が無くなるなんてな。此処まで酷いのは初めてだ。場所の問題なのか、単に水が影響を受けやすいのか……」

 外は閑散としていても、家々の窓ガラスから中を覗けば子供の玩具や絵本が床に散らかったままで、テーブルには食器が並べられている。家によっては庭に洗濯物が干してあったりと妙に生活感がある。

 内と外の対照的なコントラストがより一層気味の悪さに拍車をかけていた。

 森とは違い、都市という確実に大勢の人が居るはずの場所に人気が無く、尚且つ寂れた外観と対照的な家内の生活感が六人の口数を減らしたが、少しでも場の雰囲気を盛り上げようという無意識下における共通の意識によって断続的に会話は続いていた。

「皆、街を捨ててどっか行ったんじゃないの?」

「他に行くところなんてねぇと思うぜ。何処も自分とこの領土を保ち続けるので手一杯だろ。まっ、こちとら人目を避ける必要がねぇから楽でいいけどな」

「でも、誰かしらに会わないと街中で野宿する羽目になるよ。誰もいない廃都で」

「どうせもぬけの殻なら勝手に使っても問題ねぇだろ。とは言っても、鍵かかってるっぽいからどっかしらに集まってるんだろうな。この街で住民全員が入りきれるくらいデカイ建物って言ったら……」

 その言葉に、シンは一言余計なんだよと心なしか青くなりながらフィリップをど突く。それから近くの民家のドアノブを捻り鍵がかかっていることを確認した後、シンは振り向きざまに言いかけて――視界の端に映った建物から目を逸らした。

「スィロン家の別荘宅だね」

「あのお屋敷ですね!」

 嬉々とした表情を浮かべ、丘の上にそびえ立つ城を縮小したような構えの洋風のコテージを指差すサシャとリリスに、

「居るな」

「居るね」

 シンとフィリップは死んだ目をして同時に呟く。

「ぼーくんは、フィリップの婚約者に会ったことあるの?」

「あぁ。帝国じゃ袖がすれ違った程度だ。旅の最中で何回か顔を合わせたな何処かの馬鹿が駆け落ちだなんだと手間を吹聴したせいでお嬢さん単体で追ってきてよ。しかも、最初は女と勘違いされて大変だったぜ。いくら髪が長かったとはいえ、町民Cみたいな女顔でもねぇのにひでぇ話だと思わねぇか?」

「僕は女顔なんじゃなくて童顔なの。長髪はお嬢様の証だからね。あの時のシンの仏頂面ったら、そうそう忘れられないよ」

 その時のことを思い出したのか、フィリップはくすくすと笑う。シンは渋面を浮かべて舌打ちすると、そっぽを向いた。

「止まりなさいっ!」

 降り注ぐ声にフィリップは顔を強張らせ、シンは噂をすれば何とやらだなとため息を吐いて声のした方を見上げた。

「み、ミレア……」

「まぁ、フィリップ様! ご無沙汰しております」

 フィリップは自分の婚約者に対し限りなく戦慄に近い態度を示しながらその名を呼べば、ミレアはぱあっと顔を輝かせフィリップを見た。

 白銀の長い髪は糸のように細く、薔薇色の頬に小さな唇。紺碧の瞳はサファイアのように輝いている。

 ミレアは浮遊魔法が施してあると思われるレースの傘を開き、ゆっくりと地上に降り立つ。そして花が咲いたような満面の笑みを浮かべ、薄桃色のドレスの裾を摘んで一礼した。

「チッ……。パニエが邪魔で見えなかったぜ」

「…………。」

 悔恨の表情で舌打ちし、呟いたシンの頭をフィリップは袖口から本を取り出すと、無言でぶん殴った。

「ッ~~~! 角っこ当たったぞ!?」

「どうしてこんな時にそう火に油を注ぐようなことを言うのさ!?」

「仕方ねぇだろ! 男として至って健全な反応だ。大体、ドレスのくせに高所から飛び降りる奴が悪い」

「ぼーくん、ぱにえってなぁに?」

「ん? あぁ、スカートを膨らませる為に穿く下着……って感じだな。あれだと体のラインも分かりにくいから大変便利な代物だ」

「シン・キリタニぃいい……!!」

 顔を赤らめて殺気を噴出させるミレアに、シンはやれやれと言わんばかりにため息を吐くと隣にいるフィリップの肩をポンポンと叩いた。

「ミレアお嬢さんよ、こんなん怒るほどのことでもねぇだろ。よくよく考えてみろ。婚約者というものがありながら女三人を囲ってる町民Cの方が不健全だと思わねぇか?」

「ちょっ、ええええぇ!?」

「それもこれも、お前のような低俗な輩がフィリップ様のお側に居るせいで……! 今日こそ消し炭にして差し上げます!」

 わなわなと怒りに身を震わせ、若干涙目になりながらミレアは銀の指輪をかざした。

 銀の光が瞬き、突如空が陰ったかと思いきや、約五十メートル先の上空に数え切れないほどの爆弾が音もなく現れる。

「ひぃいっ!」

「お~」

 それを見たフィリップは情けない悲鳴を上げ、頭を抱えてその場にうずくまり、対称的にルーナは手を叩きながら感心している。

「あの指輪、空間魔法の魔具なのですか?」

「そんなの、今はどうでもいいって!」

「あぁ、見ての通りだ。確か、異次元とかとにかく他の空間に干渉して、一種の瞬間移動テレポートを可能にさせれるんだったかな。お前の瞬間移動の魔具と違う点はその効果が広範囲に及ぶってことだ。あのはスィロン家本邸にある爆薬庫に干渉したんだろ」

「シンも解説しなくていいから!」

「貴族なのに爆薬庫なんてあるの?」

「フランも質問は後でいいでしょ!」

「町民C。怖いのは分かるが、しゃがんでたら身動き取れねぇから逃げ遅れて死ぬぞ」

「あっ、うん。そうだね」

 シンの言葉にフィリップは素直に頷くとシンの後ろに這いつくばって避難する。それを見届けるとシンはフランに向き直って説明を始めた。

「で、貴族が爆薬庫を持ってるか否かだっけか? 答えはNOだ。んな物騒な貴族があってたまるか。スィロン家は元々武器の流通で身を立てたらしい。成金っつーのとは意味合いが少し違ぇのかな……。。そこんとこは知らねぇが、功績は確かだ。とにかく、サシャ、後は頼んだ」

「任せて……って、丸腰なんだけど」

「男に二言は無ぇだろ。お前なら丸腰でも大丈夫だ」

 戦闘体勢に入ったものの、武器を持っていないサシャは困ったようにシンの方を振り向くが、シンはにべもなかった。

「シンの剣を貸してあげればいいじゃないですか」

「俺以外の人間が触れるなら勇者なんて最初から喚ぶ必要ねぇだろ。触ったら皮膚はがれ落ちんぞ」

 淡々とした口調のせいであながち冗談とも取れない台詞を吐くシンに、リリスは青ざめながらフィリップに目配せして真偽のほどを問うフィリップは血の気の失せた青白い顔で小さく頷く。

「何ならボクが代わりに……」

「止めとけ、下手に衝撃を与えたらドカンだ。適材適所っつーもんがあんだから、ここは大人しくサシャに任しとけばいいんだよ。ミレア、一応聞いておくが、ここでこの数の爆弾を爆破させたらよ、よゆーで俺等、木っ端微塵なんだが」

「ご安心あそばせ。あなた以外の全員、私の魔具で安全なところまで運んで差し上げますから」

「そうか。そんじゃあ、俺とアークティの街は文字通り灰燼に帰すしかねぇな。独りで死ぬのは嫌だが、別荘も勿論巻き添えを食らうだろうから住民も共倒れだ。心配ねぇか」

 ボリボリと頭を掻きながら口の端を吊り上げて意地悪な笑みを浮かべるシンをよそにミレアの顔色はみるみるうちに青くなっていく。やがて糸の切れた人形のようにふらりと力なくその場に倒れるのをサシャが難なく受け止めた。

「周りへの被害、想定してなかったんですね……」

「このお嬢さんの悪い癖でな、毎度毎度頭に血が上ると目先のことしか見えなくなるんだよ」

「それにしても少しからかい過ぎ。あまりいじめてはミレアお嬢様が可哀想じゃないか」

 へいへいと軽々しく返事をするシンにミレアを預けると、サシャは踵を返し五人と距離を置く。そして立ち止まり、間近に迫る爆弾を見据えた。

 ピンと空気が張り詰めるのを肌で感じながらリリスは固唾を呑んでサシャの動向を見守る。通り風が髪を巻き上げれば、斜め前に立っていたシンが剣を抜くと深々と地面に突き刺す。一度振り向いて何か言ったようだが、風の唸り声に掻き消されてしまっていた。

 いつの間にかサシャの足元に魔方陣が描かれており、翠の閃光を放っている。吹き荒れる風が上空に散らばっている爆弾を優しく包み込み、一カ所にまとめ上げていた。

「サシャは、風属性の魔力因子が多い。つまり、比較的風属性の魔法が得意ってことだ。風の性質は千変万化。とはいえ、剣術の方が得意だから、使えるのは初級程度の魔法だけらしいが」

 目を開けていられない程の暴風の中、リリスは薄目を開けてルーナが風に飛ばされないよう抱きしめながらシンの後ろに避難した。とはいえ、既にフィリップはシンの右足にしがみついているし、フランも倒れたミレアを抱きかかえながらシンの左足に摑まっているので、何処にも掴まるところがない。背に腹はかえられないと意を決して、リリスは近くにいたフィリップにしがみつく。

「初級って、基礎魔法のことですよね? 風の基礎魔法は風喚びゲイルですけど、流石に此処までの威力はっ……!」

「魔法の威力は、術者の魔力量に比例するからね。まぁ、正確には術者がその魔法に対してどれ程魔力を注いだかだけど。ローレッジ家は平均より魔力量の多い血統なんだよっ……」

 フィリップが言うようにローレッジ家が極めつけ魔力量の多い血統なら、街全体を覆う結界を張れたり、複合魔法の巨大な魔造兵ゴーレムなど並外れた芸当をやってのけれるのも頷ける。彼等に一体どれ程の魔力量があるのか見当もつかないが、魔族と並ぶ可能性も否定出来ない。

(問題は、それほどの魔力を何故人間が有しているのかですけど……)

 内心、小首を傾げるリリスであったが事実なのだから仕方が無い。

 構造上、人間の肉体は魔族の肉体より遙かに脆く、魔力を持ちながらも寿命という枷に縛られる。それは人間の肉体が自身の魔力を完全に統制出来る仕組みにはなっていないからだというのをお父様聞いたことがある。人間が身の丈以上の魔力を有していれば肉体は早々に限界を迎え、魔力の漏出により周囲を崩壊に巻き込みながら消滅する。故に人間は多くの魔力を持つことは出来ないのだと。

「へぇっ! 本当は、人間の皮を被った魔族なんじゃないの!?」

「正真正銘、人間です。怒るよ」

 リリスの心の声を代弁するかのようにフランが声を上げると、フィリップは据わった目でフランを睨む。

「……どっちでもいいけどよ、お前等、俺を風除け代わりにすんな。踏ん張りきかなくてマジで飛ぶ」

「ぼーくん、エビみたいになってるよ」

「マジで今笑わせんな!握力が死ぬっ! さて、お前の出番だぞ、町民C」

「へっ? 僕?」

 身体をくの字にして耐えていたシンは本当に余裕のない声で言ってからフィリップの方を見た。いきなり振られたフィリップはキョトンとしながら小首を傾げる。

「おうよ。風ごと結界で包め。早くしねぇと木っ端微塵だぞ」

「え、そんなこと言われても、こんな風強い中、本なんて開けないし……、本当に飛ぶよ?」

「大丈夫だ。このままじゃ遅かれ早かれ飛ぶハメになる。貧乳、町民Cを支えてやってくれ。早い話が足掴め、足」

「この密着具合が限界なんですけど……なんて言ってられませんよね。し、失礼します」

 腕を伸ばし、シンの右足をしっかりと掴む。それによってフィリップの背中と更に密着するが、今は恥じらっている場合ではないとリリスは自分に言い聞かせた。そうしている間にフィリップはごそごそと袖から本を取り出すと吹き荒れる風の中、頁を捲り詠唱を始める。

 一瞬風が止み、しばらくしてそよ風が髪を揺らす。リリスは恐る恐る目を開けた。円形の結界が風ごと爆弾を包み込んでおり、結界の中で爆弾は未だ風の力によりまとめ上げられたままである。

 シンはサシャは互いに目配せし合い、サシャはぶつぶつと詠唱を始める。すると結界内の風は更に荒れ狂い、見えない刃となって爆弾を切り裂いた。眩い光が結界内で星のように幾重にも瞬く。

「町民C」

「分かってる」

 シンの呼びかけにフィリップは静かに頷くと再び詠唱を始めた。その声に応じて結界は徐々に収縮していき、やがてシャボン玉のように弾けて消える。それを見届けると、シンは地面に突き刺した剣を引き抜き鞘に収め、一件落着だなと呟く。

「よ、良かった~」

「万が一失敗した時はどうするつもりだったの?」

「そんときゃ、こいつで吹っ飛ばすつもりだったぜ? だが、サシャと町民Cがいればその必要はねぇからな」

「要するに、ただシンが楽したかっただけじゃないですか!」

「良いじゃねぇか。何か文句あんのか?」

「まぁまぁ、二人共落ち着いて。ミレアをこのままにはしておけないし、とにかくスィロン家の別荘に行ってみよう。此処に長居していても良いことはないだろうから」

 サシャは笑いながら二人の間に割って入ると背中を押して先を促す。その笑みに毒気を抜かれたのか、シンはため息を吐くとそうだなと素直に頷いて、さっさとフィリップの隣に並んで歩き出した。

「あのシンがあっさりと引くなんて……。凄いです」

「さっ、リリスちゃんも早く」

 催促されて足早にシン達の後ろに並ぶと、サシャが隣に来てこっそりとリリスに耳打ちした。

 ――迎えが来たみたいだよ、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ