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暴君勇者と良心的な魔王  作者: ノア
旅路編
16/26

◇タバラン攻防戦 Ⅶ


 ――無能、貧弱、平凡。


 ブリュンヒルト帝国第四王子フィリップ・ローレッジの代名詞である。

 帝国の第四王子として生を受けた彼は、王家の血族としてその肩書きに恥じぬ才能と活躍を期待されていたが、周囲の期待とは裏腹に武術、魔法の才は上の兄達に遠く及ばず、特にこれといって秀でたものもなかった。

 とにかく気が弱く、頼りない。王家としての威厳も覇気も感じられない才無しの凡人、能無し王子と皆口を揃えて彼をそう評価する。


「その服の紋章…。誰かと思えば帝国の王子様がこんなところに居るとはな」

「帝国の王子、平凡な顔、そして精霊召喚。ヒヒッ、アンタが噂に名高い凡人…いや、能無し王子か」


 目を潰されたオーガを下がらせフィリップの前に立ち塞がったトロールとオーガは、相手が取るに足らない人間だと分かると緊張を解き、嘲笑を浮かべてフィリップを見下した。

 彼等の赤き瞳に映る帝国の第四王子は今にも失神するのではないかと思うほど蒼白を通り越して白っぽくなった顔で立ち竦み、指先から何まで気の毒なくらいガタガタと震え、視線は定まることなく右往左往している。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう…)


 半泣きになりながら恐る恐るフィリップは前に立ち塞がるを魔族を見上げた。怪力のオーガ、巨躯のトロール。所謂パワー型の隊編成なのは一目瞭然。奇襲を仕掛けてきた時点で言えることだが、やはり力技で捩じ伏せるつもりらしい。

 タバランの反抗勢力が人間ならば、人間よりも遥かに優れた五感と身体能力を持つ魔族を差し向けた方が速やかに鎮圧出来るという目論みなのだろうが、諸国や情報屋でさえ把握していなかった魔族との共生関係――言わば切り札を、たかが反抗勢力鎮圧、もとい七つの国の中で一番領土の小さな小国ミルニスタの十分の一ほどしかないタバランの領土を獲得する為に使うものだろうか。


(…って、今はそんなことどうでもいいだってば!問題は、この場をどう切り抜けるかだよ〜)


 頭を掻きながらフィリップは困ったようにため息を吐き、後ろでフィリップの服を掴み、辺りで繰り広げられる乱闘を虚ろな眼差しで見ているルーナを一瞥した。


「…ルーナ、またあの夜鷹に憑依出来る?」

「あと一回くらいならできる。でも、あんまり長い時間はひょういできないかも」


 フランの部分的な強化やルーナの特殊能力は魔力によるものであり、そうした能力というのは自身が蓄えている魔力から引き出される。

 フランの場合は部分的な身体能力強化で力を使わない限り魔力が消費されることはなく、おまけにその消費量も少ない。対してルーナは憑依という所謂思念を相手に送り、相手の意識を一時的に自分の意識として上書きするという身体能力の強化よりも遥かに魔力を消費するタイプ。能力を使う際に消費する魔力量は計り知れず、無理をすれば命を落としかねない。

 唯一の戦闘員であるリリスは気絶してしまい、戦える状態ではないし、動物に憑依出来る能力を持つルーナも既に限界が来ている。残る戦力はタバラン防衛志願者達だが、彼等も体力を消耗しきっていて憎悪という気力だけで剣を振るっているような状態であり、時間は稼げても、宿から追い返すなどということは奇跡でも起きない限り不可能だ。


(まぁ、それでも時間稼げるんだからいいよね…。僕なんかまるっきり戦えないし…)

「ふぃりっぷっ!」


 ルーナが切羽詰まった声でフィリップの名を呼び、くいくいと服を引っ張る。


「え?」


 ルーナに引っ張られ、我に返ったフィリップは不意に差した影にゆっくりと顔を上げた。オーガの振り上げた斧が今まさに振り下ろされようとしている光景が瞳に映り、目を見開いたままゆっくりと迫り来る刃を茫然としながら直視する。


 頭上で停止した斧をフィリップは腰を抜かして床に尻餅をついたままの姿勢で仰ぎ見て、ごくりと唾を呑んだ。視線は斧からその刃を拳で受け止めた人物へと注がれる。


「は、ハゲさん!…………じゃなくて、いや、間違ってないけど、宿屋の主人!」

「ボサッとすんじゃねぇ!死にてぇのか!戦えねぇなら嬢ちゃん共々すっこんでな!」

「ごっ、ごめんなさいぃぃ!気力だけで戦ってるとか偉そうなこと思って本当にごめんなさい!」


 青筋を浮かべてフィリップに檄を飛ばすバーンの気迫に尻込みし、竦み上がながらもフィリップは慌てて気絶したリリスを担ぎ、ルーナの手を引いてカウンターの奥に引っ込んだ。


 バーンが立つ床は重さに耐え兼ねてメキメキと嫌な音を立て、ついに陥没する。

 オーガとバーンの攻防を見兼ねたトロールが棍棒を振り上げ、横に薙ぐ。バーンはその様子を尻目に、茹でだこのように顔を真っ赤にして歯を食いしばると片手で斧を支え、もう片方の空いた手を体を斜めに捻り勢いよく横に突き出す。バギンッと耳をつんざくような音が響き、棍棒の中央部分が粉砕したかと思うと、棍棒を握っていたトロールまでもがその勢いで壁に叩きつけられ、店の外へと吹っ飛んだ。余波で棍棒の先端が空中で弧を描きながらフィリップ達の方へと飛来し、手前で落下して床に突き刺さる。


(あの人もフランやルーナと同じように、魔力で運動神経が強化されているのか…)


 唖然としながらフィリップはずり落ちた眼鏡を中指で上げてから、目の前の光景を凝視する。

 フランが自身の魔力により強靭な蹴りと瞬発力を誇るように、バーンのこの人間離れした怪力も恐らく魔力によるものだ。ただ、バーンの体格を見るに、魔力による強化もあるが筋肉で怪力を補強している部分もあるのかもしれない。いや、逆に筋肉により更に強化されているのだろうか。

 バーンはすぐさま空いた手で斧の先端部分を掴むと背負い込むような姿勢になる。


「ぬぅっ!?」


 徐々にオーガの体が中に浮きはじめ、ついに足が地面から離れた。瞠目し、声を上げるオーガにバーンはニヤリと口の端を吊り上げ笑みを浮かべると、思いっ切り床に叩きつけた。

 地面が揺れるほどの強い衝撃に再び土埃が舞うも、壁や屋根に空いた穴が換気口となって視界はすぐに晴れる。

 どうだとばかりにバーンはしたり顔でフィリップ達の下へ歩み寄ると、フィリップは慌てて会釈をした。


「怪我はねぇかい?」

「はい、ありがとうございます、大丈夫です。リリスも気絶しているだけなので…」

「そうか、そりゃあ良かった。お前さん達に万が一のことがあれば暴君様に合わせる顔がねぇからな」


 へへッと鼻頭を指で擦りながら、やれやれとバーンは肩を竦める。フィリップはそんなことありませんよと苦笑しつつ、バーンに治癒魔法を施した。


「ありがとよ。互角というところまでいけると思ったんだが、まさか魔族なんぞを投入してくるとは予想だにしなかった。ストラがあんな隠し玉を用意してるとはな…」

「シンなら何とか出来るんですけど…。あ、いや、そういう意味じゃなくて…。その、気分を害しましたよね?ごめんなさい…」

「別に構いやしねぇさ。奴さんが居ればどうにかなるのか?」


 バーンの言葉にフィリップは背筋をぴんと伸ばして、力強く頷く。


「は、はい。結果的に一時凌ぎにしかなりませんけど…。その、あくまで僕等の安全を最優先に考えた策なので…」

「あんた等は部外者なんだ、それでいい。それで、俺等は…、といっても、もう俺しかいねぇか。俺は何をすればいいんだ?」

「最低限、此処にいる魔族を一人残らず外に追い出す必要があります。後は僕が結界を張ってシンに合図を送れば、引き分けに持ち込めるはず。でも、この人数じゃ、あなたがいくら強くとも…」


 轟音が響き、フィリップは思わず肩を竦ませ、目をつぶる。恐る恐る音のした方を薄目を開けて確認すると、どうやらタバラン防衛志願者の一人が魔族の攻撃を食らい近くの柱に激突した音のようで、バタリと床に倒れ伏す。

 ルーナが救援に向かおうとするのをフィリップは慌てて手を引っ張って止め、首を横に振る。バーンは悔しげに舌打ちし、両拳を打ち合わせて十を越える数の魔族に向かい吠えた。


「多勢に無勢だろうが、何だろうがこの際関係ねぇ!タバランは俺達人間が一から築き上げた領土だ!他国以前によりによって魔族なんぞに奪われてたまるかっ!漢の…人間の誇りと意地にかけて此処だけは絶対に譲らねぇ!」

「む、無茶ですよ!僕は戦えないし、あなた一人でどうこう出来る相手じゃ…」

「一人じゃねぇさ、お前さんだっている。戦えなくとも魔法が使えるなら援護くらい出来るだろ」

「ぼ、僕は訳あって攻撃魔法が使えないんですよ〜!無理です!」

「――じゃあ、ボクがいれば問題ない?」


 扉のない玄関口から放たれた声に、そこにいる全員が玄関口を注視し、声の主を見る。そこには腰に両手を当てたフランが仁王立ちした。煤で所々黒くなった肌や、焼けた服が外の有様を物語っている。


「フラン!」


 フランはカウンター奥で半泣き半笑いになっているフィリップと目が合うと、呆れたようにため息を吐く。その姿が一瞬にして消え、刹那、徐々にフィリップ達との距離詰めていた魔族――トロールの一人が前に立っていたオーガを道連れに前へと弾き飛ばされ、フィリップの横を擦過してカウンター奥の厨房に突っ込む。


「あと十ッ!」


 飛び蹴りを決めたフランはカウンターに降り立つと、くるりと一回転してフィリップに背を向ける。裾の長いローブが風を孕んで膝上まで膨らみ上がる様を、フィリップは顔を赤らめながら慌てて目を逸らした。フランはフィリップに背を向けたまま話す。


「一段落ついたからシンにこっちの加勢に入るよう頼まれてね。後からシンも来るよ」

「そ、そっか。とりあえずフランと主人がいれば何とかなるかな…」

「嬢ちゃん、裏門の方の防衛志願者は」


 無事かとバーンは言葉を続けようとしたが、唇を噛むフランの表情を見て全てを察したらしく、拳を握りしめて押し黙る。


「ごめん、間に合わなかった。多分、全滅したと思う」

「そうか…。わざわざすまねぇ。早いとこケリつけて、これ以上犠牲を出さねぇようにしないとな」

「この程度ならボク一人でも平気だけど」

「へへっ、折角十なんてきりのいい数なんだ。俺だって嬢ちゃんのような美人さんに少しは格好いいところを見せてぇんだぜ?」

「ふ〜ん。見栄じゃないことを期待しとくよ。ボクより強くなきゃ、いくら格好よくても眼中にないんだからね。…フィリップはちゃんとそこで縮こまってて。ルゥ、二人を頼んだよ」


 素気なく答えて、フランはルーナの方を振り向く。ルーナは、ん、と一つ頷いてフィリップとリリスの手を握った。

 それを確認すると、フランは再び前に向き直り、辺りを取り囲む魔族を一瞥する。しばらく睨み合いが続き、緊張が飽和して遂に弾けた。


 魔族の一人が雄叫びを上げ、武器を振り乱して突進するのに倣い、他の魔族も一斉に飛び掛かってくる。最初に向かって来た魔族をバーンが迎え撃ち、振り下ろされた斧をすんでのところで躱し、相手の懐に潜り込んで放たれた一撃は唸りを上げて後ろにいた他の魔族共々外へと吹っ飛ばす。それを見ていたフランも負けじと跳ね回るように魔族を蹴散らしていく。最早、宿屋の壁は蜂の巣のように所々大穴が開き、外の様子が窓を見ずとも分かる。

 バーンが最後の一人を外へ吹っ飛ばしたのを見届け、フィリップは直ぐさま袖から例の書物を引っ張り出し、頁を捲って宿屋を覆う結界を張ると更に頁を捲って書かれた文字を詠唱する。


「光を司りし精霊よ。我が声を聞き、空に光の軌跡を描け」


 書から勢いよく飛び出した照明弾らしき光の玉が穴の空いた天井から飛び出し、花火のように大空へ上がって弾けた。数秒遅れてそれに応えるように一本の青白い光の柱が空に立ち上り、雲を霧散させながらタバラン全土を包んでいく。

 閃光が街を満たす。風とも衝撃波とも異なる無重力にも似た奇妙な、それでいて不快ではない感覚に誰もが言葉を失い、美しく、恐ろしい光景に打ち震えていた。


「ん…」

「リーズ!」


 光の眩しさに当てられてリリスがうっすらと瞼を開く。それに気が付いたルーナはぴょこぴょこと彼女の周りを跳ね回り、フランやフィリップは安堵の表情を浮かべ胸を撫で下ろした。


「おいおい、これならわざわざ外に追い出さなくとも良かったんじゃねぇか?」

「いえ、そうなると結界が張れないんです。僕、まだ広範囲しか結界を張れなくて…」


 閃光は陽射しのように部屋の中まで満ち、視界が白く染まった。かと言って眩しい訳ではないが、辺りが全て塗り替えられてしまったことで圧倒的な破壊の息吹に巻き込まれてしまったような感じにさせられる。外で一体何が起きてるのか想像だに出来ないが、とにかくバーンは顔を引き攣らせてフィリップに問い掛けると、フィリップはバーンの言葉の意味を別に解釈したらしく、申し訳なさそうに頭を掻く。フランは全く、本当にダメダメじゃんと肘で小突きながら小言を漏した。


「…お外にいる魔族はどうなるの?死んじゃった?」

「ううん。多分、タバランの外に放り出されてるはずだよ。シン曰く、建物とかは壊れるけど、生物は対象外らしいから。どういう原理かは教えてくれなかったけど、結界を張っときゃ大丈夫だって」

「ってことは、視界が晴れたら此処以外はみんな更地ってことか?」


 深刻な表情でバーンがフィリップに詰め寄ると、フィリップはそれはそうなんですけど、ちゃんとその対策もしてありますと苦笑しながら答える。


「シンからストラのタバラン奇襲の話を聞いて、念のためにタバラン全土に仮想結界を張っておいたんです。命は返らないけど…、壊された建物とかは元に戻っるはず…」


 フィリップが言い終わるやいなや、視界は徐々に色を取り戻し、宿屋に空いた大穴は全て塞がり、壊れた椅子や机も元位置に戻っていた。窓から見えるタバランの景色も、訪れた時と何一つ変わっていない。


「だから、あの時遅れて来たのですね」


 起き上がったリリスがフランとフィリップの後ろに立ち、恥ずかしそうに頭を下げる。


「お役に立つどころか、逆に迷惑をかけてしまい申し訳ありません」

「いいよ、そんなの…」


 照れながらブンブンと手を振るフィリップに、フランはしたり顔で頷く。


「そうそう。こいつだってぴーぴー喚くだけで戦闘の役には全然立ってないし。それより、怪我は?本当に大丈夫?」

「はい。もう大丈夫です。…すっかり、治りました」


 少々歯切れ悪くリリスは言い、複雑な表情で辺りに目をやる。怪我を負い、気絶していた防衛志願者達も次々とけろりとした表情で起き上がり、狐に摘まれたような顔で眼前に広がる第二の故郷タバランを見ていた。

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