#009「フォキアの気持ち/マルコの気持ち」
シトレイっていう男の子がいる。去年からよく遊ぶようになった子だ。彼はあたしと同い年だった。
第一印象は不気味だった。背格好は普通の男の子だったけど、目つきがやばい。本人は怒っているわけじゃないと言っていたけど、なぜか常に睨んだような目つきをしていた。目の下のクマも凄い。おかげで、顔の真ん中が常に影で覆われているように見えた。
目つきだけじゃない。彼の目そのものも相当やばい。瞳が小さくて、白目から浮いている感じに見えた。一度、彼が大きく目を見開いていたところを目撃したけど、目がイってるとしか思えなかった。
ロノウェの紹介によれば、彼は領主様の息子らしい。領主様のことは何度か見たことがあった。常にニコニコしていて、爽やかな感じだった。息子のシトレイとは、少なくとも目つきは似ても似つかない。領主様の姿を見て、お母さんたちがキャーキャーと騒いでいたことがある。カッコイイおじさんって感じだった。
最初会った時、どう見ても悪人顔の彼に話しかけることを、あたしはためらった。そんな彼と打ち解けたきっかけは、確かヴィーネが話しかけたことだったと思う。ヴィーネのお父さんが彼の屋敷で働いてるらしいのだけど、そのことを話題にして話しかけたのだ。彼は意外に礼儀正しく、話すと普通の男の子だった。
その後、あたしたちはアンコをして遊んだんだけど、彼の考える作戦にあたしたちは苦戦した。そのせいでマルコをぶちのめすことができなかった。だから最初はムカついたけど、でも彼の考える作戦には感心させられた。
「今度はあたしと一緒のチームだからね、シトレイ」
マルコは最初から「シトレイ」と呼び捨てにしていたけど、あたしは呼び捨てにするのをためらっていた。遊んでいるうちに良い人そうだってのはわかったけど、それでも領主の息子だし、彼の態度がいつ、彼の悪人顔どおりのものになるか、まだ怖かったのだ。
だから、初めて呼び捨てで彼を呼んだときは、内心ドキドキしていた。
彼は色んなことを知っていた。
あたしたちが知らないことを聞いて、彼が答えられないことはなかった。アンコでの作戦もそうだけど、頭が良いんだと思う。
そんな彼も、運動神経は悪かった。
広場まで競争すると、彼はいつもビリか、もしくは下から二番目だった。今までいつも最下位だったアギレットの良いライバルができたのだ。
足が速いほうがカッコイイと思うけど、でも、あたしはアギレットと一緒に息を切らしてノソノソと走ってくる彼の姿にホッとしていた。
頭が良くて顔が怖いけど、彼も普通の人間なんだ。
この前の休日、あたしたちはシトレイやマルコの兄貴たちと空き地を巡ってアンコ勝負をした。最初から喧嘩腰だったあいつらはすごいムカついたし、あたしはその喧嘩を買ってもよかったんだけど、それはまずいとシトレイが言うから、仕方なくアンコで勝負をつけることになった。
あいつらの出した条件は、こっちが一方的に不利だった。それでもシトレイがやるって言ったから、とりあえずはアンコで勝負をつけることを了承した。負けたら負けたで暴れてやればいいやと思った。
けど、あたしたちは勝つことができた。これも彼の考えた作戦のおかげだった。
「でも何で、シトレイはアンコに拘ったの?
あたしは別に喧嘩してもよかった」
「確かに、こっちには君とマルコがいるから、喧嘩しても負けなかっただろう。
でも、喧嘩で彼らをたたき出したら、大人に怒られるのはこっちだよ」
「だけど、あいつら仕返ししてくるかも」
「そうなったら、今度こそは喧嘩で応えてやればいい。
先に手を出してきた方が怒られるだろうし。
まぁ、彼らも君やマルコの強さは知ってるだろうし、
怒られるようなことをしてくるほど馬鹿でもないさ。
だから大丈夫だよ」
シトレイの言うとおり、アンコ勝負で空き地を手に入れたことを怒る大人はいなかった。シトレイやマルコの兄貴たちも、たまに顔を合わせてもヒソヒソ話すだけで、こっちに手を出してくことがなかった。
最近、あたしはシトレイのことを、改めて凄い男だと思うようになった。こうなってくると、彼のひどい目つきも、彼にとってなくてはならないものだと思えてくる。
もし、彼の目つきが、人を二~三人殺してるんじゃないかと思うぐらいのあの凶悪な目つきが、普通のものだったら、寂しいというか、物足りない感じがする。
まだ週が始まったばかりだ。シトレイと遊べるのは休日に限られている。早く休日がやってこないか、待ち遠しい。
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空き地の使用権を巡ってアンコ勝負をしてから、俺は次兄アンドレフと言い争いをすることが多くなった。
元々、俺は家族と仲が悪い。
一番上の兄ボティアスとは歳が離れているせいか、滅多に話をすることがなかった。妹たちはまだ幼く、そんな妹たちの世話と鍛冶屋の仕事に追われる両親には、あまりかまってもらえない。
だから、今まではよくアンドレフと話すことが多かったのだが、アンコ勝負以来、ヤツは俺の顔を見るたびに嫌味を言ってくる。
「シトレイ様と仲が良かったなんてな。
よかったじゃないか、マルコ。そうやって、ずっと領主の息子に媚びてりゃいい」
「なんだ、兄貴。自己紹介か?
俺とシトレイは遊び仲間だけど、兄貴とアーモン様は、主と下僕そのものだったぜ」
「俺はアーモン様に友人だと言ってもらえてるんだ。
お前みたいに媚びた結果じゃない。俺とアーモン様の間には友情がある」
「俺がシトレイに媚びた?
だから、それは兄貴の自己紹介だろ。よそでやってくれよ」
「なんだと、マルコ」
「なんだよ」
「……チッ」
いざ、俺がこぶしを振りかざすと、アンドレフは不利を悟ってか舌打ちして逃げていった。
アンドレフは俺より三つ年上だが、身長は俺よりも低かった。腕力も身長どおりで、以前喧嘩した時には俺の圧勝だった。
「おい、マルコ、また喧嘩か!
お前はどうして、そう暴力的なんだ。いい加減にしろ!」
アンドレフは親父を連れて戻ってきた。
こういう時は、普通弟の方を庇って、兄の方を叱らないのだろうか。両親は、いつも腕力の強い俺の方を叱る。それがわかっているから、アンドレフはいつも親にチクるのだ。
「ごめん」
反抗しても、怒られるのは俺だった。だから、いつも適当に謝ってやり過ごす。まだ、親父には勝てなかった。
そういえば、シトレイも、あのアンコ勝負では自分の兄と対決していたっけ。今頃、シトレイも肩身の狭い思いをしてるのだろうか。
……いや、それはないだろう。
シトレイは俺と違って、両親に可愛がられているらしい。本人や、ロノウェやアギレットから領主様夫妻の話を聞いていると、そんな感じがひしひしと伝わってきた。
シトレイの兄は領主様と顔つきが似ていた。一方、シトレイはあのとおりの悪人面だ。だったら、普通は似ている方が可愛がられるものじゃないだろうか。まぁ、シトレイは頭の良いやつだし、その辺が親から好かれる理由かもしれない。
「おい、マルコ、ちょっと来い」
先ほど怒られた親に、俺は呼ばれた。謝ったんだから、もういいだろう。しつこいな。
呼ばれて家の食堂に行くと、そこには知らないおじさんがいた。どうやら説教の続きではないらしい。
「君がマルコシアス君か。
私はアミアス・ラングフォード。そう、君と同じラングフォード家の人間だ。
君の父の従兄弟に当たる」
言われてみると、このおじさんの外見はうちの親父とそっくりだ。身長は高く、色黒で、固太りしたような体格。顔つきも親父そのまんまだった。唯一違うといえば、うちの親父と違って頭がハゲあがってることだろうか。
「うん、うん。
マルコシアス君は……九歳か。
九歳でこの体格は立派なもんだ。うん、うん」
アミアスおじさんは、俺のことを見ながら満足そうに頷いている。
「アンドレフ君よりも、マルコシアス君の方が向いていると思うよ」
「やっぱり、そうでしょうなぁ」
アミアスおじさんの感想に、親父が同意した。
これは品定めだったのだろう。もしこの時、俺ではなくアンドレフが選ばれていれば、俺はどんな人生を送っていたのだろうか。選ばれたというか、捨てられたとわかった時は、嫌で嫌で仕方なかった。
ただ、後から思えば、選ばれたことは良かったと思う。俺は、アミアスおじさんがアンドレフではなく俺を選んでくれたことに感謝している。